リリカルブレイカー

 

 

 第50話 『私がゆーとを守るから』




「あれ?シュテル達は髪乾かさなくていいの?」

 風呂から上がったシュテルとレヴィは、浴衣に着替え、髪もタオルで水気を取るとそのまま脱衣場を出ようとしていた。

「はい、ゆーとが待っていますから」

 シュテルからゆーとへ一方通行の念話だったが、部屋での会話でこちらの意図は充分通じてるはずだ。
 どちらかの部屋か、浴場の入り口辺りで待っているだろう。
 なのはが反応を返す前に、シュテルとレヴィは脱衣場を後にする。

「ゆーとくんが?」

 ゆーとが待っていることと、髪を乾かさないことの因果関係がわからず首を傾げるなのは。

「そういえばシュテルとレヴィの髪はゆーとが乾かしてるって言ってなかった?」
「あぁ、確かにそんなことも聞いたかも」

 アリサが言うように、シュテル達が聖祥に転入してきたときにそんな会話があったことを思い出す。

「…………」

 一瞬の沈黙。
 そしてなのは、アリサ、すずかの三人は素早く脱衣場から通路へと顔を覗かせる。

「つーか、ドライヤーとブラシあんのか」
「こんなこともあろうかとバッチリ準備してます」
「シュテルん、さっすがー♪」

 そこには並んで歩く三人の姿。
 三人の距離の近さは仲の良い兄妹のように見えた。

「昼間も思ったけど、ゆーとくんとシュテル達って、すっかり馴染んでるよね」
「うん。学校じゃあんまり話してるとこ見てないからちょっと意外かも」

 すずかの言葉に頷くなのは。
 同じクラスとはいえ、学校では勇斗とシュテル達は必要最低限の会話しか交わしていない。
 とはいえ、昼間や今の様子を見る限り、勇斗とシュテル達の関係は非常に良好そうだ。

「普段、どんな風にしてるのかちょっと想像し辛いわね……」

 脱衣場に戻りながら、アリサも「うーん」と唸りながら首を傾げる。

「というか、アンタは行かなくていいの?ぼっち?」
「誰がぼっちか!?」

 アリサの失礼極まりない発言に、自らの髪を乾かしていたディアーチェが噛み付かんばかりの勢いで吠える。

「あやつにそこまで気を許していないだけだ!貴様らとて、ユートにそこまでとさせようと思わんだろうが!」
「それは、まぁ」
「ちょっと抵抗あるかな」

 ディアーチェに言われて納得するアリサとすずか。
 どうしても嫌だと言うほどではないが、積極的にやって欲しいとは思えなかった。

((ゆーと(くん)に髪を梳かしてもらう……))

 一方、おもむろにその光景を想像するなのはとフェイト。

(あんまりイヤじゃないかも)
(ちょっと興味あるかも)

 と、満更でもない様子だった。

「シュテルとレヴィが懐いておるのはオリジナルの影響か?」

 なのはとフェイトに不可解なものを見るような視線を向けるディアーチェだった。





「ほい、ドライヤー終わりっと。そのままじっとしてて」
「はい?」

 シュテルの髪を乾かし終え、昼間のうちに買っといたものを取り出す。
 俺の言うとおり、じっとしたままのシュテルの後ろ髪を素早く束ね、サッとリボンで留める。
 赤いリボンに束ねられた小さなしっぽ。素の髪型も悪くないが、これはこれでいい感じのアクセントになっていて可愛らしいと思う。
 自分のささやかな仕事に、満足して頷く。

「よし、オッケー」
「はぁ。これは……?」

 怪訝そうに自分の髪を束ねる赤いリボンを触るシュテルに、俺は胸を張って言った。

「俺の自己満足!うん、すごい似合ってる」
「……そうですか」

 シュテルの視線が微妙に冷たかったけど、解いたりしない辺り嫌がってはいない、と思う。多分。
 手鏡で色んな角度から自分の髪型を確かめるシュテルが妙に和む。表情変わってないけど!
 エイミィと美由紀さんの生暖かい視線がすっごく痛いけど、ここは気にしたら負けなので、全力で平静を装う。

「なになに、シュテルんイメチェン?カッコイー♪」
「そうですか?」
「うん!赤はシュテルんの色って感じでバッチリだよ!」
「ありがとうございます」

 レヴィに褒められた途端、頬を赤らめてすごく嬉しそうなシュテル。俺とレヴィとで反応が凄まじく違いますね。

「あ、シュテルん終わったんだったら、次は僕の番だよね!ハイ!」
「へーい」

 ドンと俺の前に座るレヴィに投げやりに返事を返しながら、ドライヤーとブラシを手に取る。
 夜にシュテルとレヴィの髪を乾かし、朝レヴィの髪をセットするのは、もはや日課となっている為、俺もかなり手慣れたものだ。
 レヴィの髪を乾かし終えたところで、先程と同じように昼間買っておいた水色のリボンを取り出す。
 いつものようにアップのポニテにして、と。

「ほいよ、これで終わり」
「うんっ……って、あれ?リボンがいつもと違う?」
「ちょうどいい水色のがあったからな」

 シュテルは赤、レヴィは水色、ディアーチェは紫と、それぞれ自分の魔力光というかイメージカラーをいたく気に入っている。
 たまたま物色していた店でそれぞれに似合いそうなのを見つけたから、遅めの誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを兼ねて買っといたのだ。
 12月はバタバタして金なかったからな。

「お、お、おおー?」

 シュテルが持った手鏡を見ながらくるくる回るレヴィ。
 いつもの紐状リボンと違い、今回のはなのはと同じタイプの布状のリボンで、少し雰囲気も変わってる。
 それが物珍しいのか、妙に楽しそうだ。

「どう?どう?シュテルん?」
「えぇ、とてもよく似合ってます」
「えへへー。やっぱ水色最強だよね!」

 最強の意味がまったくわからんが、とりあえず喜んでるようで何よりだ。

「一応ディアーチェの分もあるけど……どうしたもんだかな」

 いつもあいつが付けてるとの同じタイプの髪留め。バリアジャケットでは紫だけど、前に買いに行ったときは紫が無いと文句を言っていた。
 紫の見つけたから、ここぞとばかり買っておいたけど、面と向かって渡すのはちょいと照れくさい。
 俺から貰ったもんを素直に喜ぶとは思えんしなぁ。
 手の中で紙袋を転がしながら、どう渡したものか思い悩む。

「王の分ですか?」
「うん。シュテルとレヴィだけじゃ不公平だし、一応な」
「へー、ユートにしては気が利くじゃん」
「おまえはもう少し謙虚さというか人を敬ったり感謝する気持ちを学べ」
「ありがとう!ユート!」

 俺の言葉に対して即座にニパッとした笑顔で返してくるレヴィ。

「……うん、自分が嬉しいことされたらそうやってお礼を言おうな」

 くっそぅ。アホの子可愛い。反射的に頭を撫でてしまう。

「えへへー」

 と嬉しそうに撫でられてるレヴィ見てるとこちらもほっこりしてしまう。

「私も大事にします。ありがとう、ユート」
「ん」

 二人とも喜んでくれて何よりだ。こそこそ買いに行った甲斐があったというものだ、うん。

「……って、あれ?」

 なんか急に眠くなったきた。なんだ、これ。

「そろそろ限界みたいですね」

 あぁ、ディアーチェがやったやつの後遺症か。あぁ、くそっ、ダメだ。眠い。

「おやすみなさい、ユート」

 シュテルの声を聴きながら、俺は意識を手放した。




「あれ?ゆーとくん寝てるの?」

 シュテルが振り返り見れば、なのは達が浴場から戻ってきたようだった。
 戻る途中で誘ったのだろう。クロノやユーノの姿も見受けられる。

「ご覧のとおりです。昼間にはしゃぎ過ぎて疲れが溜まってたんでしょう」

 シュテルの膝に頭を乗せ、無防備に眠る勇斗の姿。穏やかな顔で静かに寝息を立てていた。

「はしゃぐゆーと……?」

 まだ面と勇斗と話す覚悟ができず、なのはの影に隠れるようにして部屋に戻ってきたフェイトが、レヴィのようにはしゃぐ勇斗の姿を想像しようとして失敗していた。

「そんなことよりねぇねぇ、王様!」
「む?」

 これみよがしに自分の髪に結ばれているリボンをチラチラと覗かせてアピールするレヴィ。
 
「ほう、新しいリボンか。なかなか似合っているではないか」
「えへへー、でしょでしょー?」
「やれやれ、その程度ではしゃぐな、まったく」

 と、言うディアーチェだが、言葉とは裏腹にレヴィを見る視線はとても優しいものだった。

「…………む?」

 が、不意に強烈なプレッシャーを感じ、その根源へと視線を移す。

「…………」

 そこにはこちらに視線を送りながらチラッチラッとリボンで止めた髪をアピールするシュテルの姿。
 余りに露骨すぎて、素直に褒めることを躊躇いそうになるディアーチェだが、スルーしたらしたでシュテルがあからさまに落ち込むのは想像に難くない。
 レヴィ同様、思ったことを素直に伝えることにした。

「イメチェンか?ふむ、普段と異なる趣だがうぬと赤の組み合わせは実に様になっておるな」

 勇斗が聞けば、「おまえはホストか」と言わんばかりの台詞をサラリと言ってのけるディアーチェ。
 今回のようにシュテルとレヴィがディアーチェに褒めてもらいたがるのは日常茶飯事なので、ディアーチェも慣れたものだ。

「もっと褒めてください」
「いよっ!シュテルん最高っ!カッコいい!理のマテリアルは伊達じゃない!」
「えへん」

 ディアーチェとレヴィに褒められ、シュテルはとても嬉しそうだった。
 最後は全くリボンと関係ないが。

「あ、はい。王様の分だよ!」
「む?」

 そしてレヴィが手渡したのは、勇斗が用意したディアーチェへのプレゼントだった。
 ディアーチェが袋を開けると、いつも愛用している髪飾りの色違い。以前、買い物に行った時に見つけられなかった紫色の髪飾。

「ほほーう」

 内心から滲み出る嬉しさを隠しきれず、いそいそとお気に入りの色の髪飾りに付け替えるディアーチェ。

「ふむ。やはり紫こそ王に相応しい至高の色よ」

 シュテルの持った鏡に映る自分を見ながら、満足そうに頷くディアーチェ。

「えへへ、王様嬉しい?気に入った?」
「うむ。悪くない」

 鷹揚に頷くディアーチェ。言葉だけでなく、表情からも上機嫌なのが見て取れた。
 レヴィもそれに満足しながら、ディアーチェにとっての爆弾をさらりと投下する。

「じゃ、ユートにお礼言わなきゃだね!」
「は?」

 レヴィの言葉の意図が理解できず、怪訝な声を上げるディアーチェ。

「私たちのリボンも、王の髪飾りもユートからのプレゼントですよ」
「…………なんと」

 シュテルの言葉になんとも言えない表情に変わるディアーチェ。
 てっきりシュテル、もしくはレヴィからのプレゼントと思っていただけに、思わぬ方向から不意打ちを喰らった気分だった。

「自分が嬉しいことされたらちゃんとお礼を言わないとイケないんだよ、王様」
「む、むう」

 得意げにで勇斗が言っていたことを語るレヴィ。先のやりとりをみていたエイミィと美由紀はクスクスと忍び笑いを漏らしている。
 周りの視線が集中し、心理的プレッシャーを受けるディアーチェ。
 レヴィの言うことは正論だ。王として変に誤魔化したり、逃げを取るのは彼女のプライドが許さない。
 覚悟を決め、小さく咳払いするディアーチェ。

「ん、んんっ。まぁ、その、なんだ。貴様にしては良い仕事をしたな。褒めてやろう」

 と、シュテルの膝上で寝息を立てている勇斗に向かって言い放つ。

「起きてる時に言えばいいのに」
「う、うるさい!せっかく我が礼を言っているのに寝ているこやつが悪い。これで充分よ!」

 なのはの指摘に、頬を染めてそっぽを向くディアーチェだが、単に面と向かってお礼を言うのが照れているだけなのは、誰の目にも明らかだった。

「あはは、でも三人とも本当に仲良いんだね」
「当然!僕、王様もシュテルんも大好きだもん!」

 そう言って両手でそれぞれディアーチェとシュテルの腕を抱きかかえるレヴィ。
 その反動で勇斗がシュテルの膝から転がり落ちたが、特に気にする者はいない。

「ええぃ、暑苦しいわ!」

 口ではそう言いながらも、決して振り払おうとしないディアーチェとなすがままのシュテル。
 そんな三人を見て、なのは達も自然と笑顔になるのだった。

「あ、そうだ!」

 なのはがいそいそと自分のリボンを取り出し、シュテルと同じように後ろ髪を束ねる。

「えへへー、これでお揃い♪」
「…………」

 髪の長さこそ違えど、の手をきゅっと握ってくるなのはに、シュテルはほんわかとした気持ちにさせられる。

「なんだか胸のあたりが温かくなりました」
「えへへ、でしょー?」

 シュテルの反応に、笑顔を零すなのは。
 シュテルはその知識や性格に比して、自身の感情や人の気持ちと言ったものについては疎い部分がある。
 そういった部分を刺激すると、時々こんな反応をしてくれるので、ついつい構ってしまいたくなる。
 自分に似た容姿も相まって、シュテルを妹のように思ってしまうなのはだった。

「ねぇねぇ、オリジナル」
「うん、私たちもお揃いにしよっか」
「えっへっへー」

 自らの袖を引っ張るレヴィに対し、フェイトも快く頷き、レヴィと同じように髪型をポニーテールにセットする。
 後で話を聞いた勇斗が、寝ていたことを心底悔やみながら床を叩くことになるのだが、それはまた別の話。

「えへへーっ、おっそろい♪おっそろい♪」
「あはは」

(レヴィを見てると、アリシアを思い出すな)
 レヴィの自由奔放さは、不意に記憶の中にあるアリシアの記憶を呼び起こす。
 フェイトの記憶の中のアリシアも、レヴィのように明瞭快活なところがあった。
 アリシアとレヴィがちょっとだけ似てるかな、と思うフェイトだが、「そんなことないよー」とすぐに否定する声がどこからか聞こえてきた気がして、クスリと笑みを零すフェイト。

「どうしたの、オリジナル?」
「ううん、なんでもない」

 と、言いながら、レヴィの頭を撫でるフェイト。自分に妹がいたらこんな感じなのかなと、フェイトもまたなのはと同じようなことを考えていた。
 そんなこんなで自分のオリジナルたちと楽しそうにしてるシュテルとレヴィを微笑ましそうに見守るディアーチェ。
 自分達にこの姿を与えたかつての主であるフェリクスが滅ぼされ、一時はどうなることかと思ったが、今の二人を見ていればこの生活も悪くないと思える。
 フェリクスを主とし、この姿で顕現したときに持っていた、あらゆるモノを蹂躙し、破壊し、全てを奪いたい――そんな破壊衝動が今ではすっかり消失している。
 死と混沌。破壊と永遠の闇が自分たちの望みだったはずだ。
 それが何の因果か、こうして穏やかで平和な時を過ごしている。
 (我も丸くなったものよ)
 色々不本意な流れで始まったこの生活だが、ディアーチェ自身も心地よいと感じている。
 何か重大なことを忘れている気もするのだが、それを考えようとすると、記憶に靄がかかったようになり、上手く思い出すことができない。
 この件に関してはシュテルとレヴィも同様なのだが、そのうち思い出すだろうと、気長に考えることにしている。
 ちらりと今の生活の元凶とも言える存在に目を向ける。
 世界に二人といないだろう巨大な魔力を持ちながら、才能皆無というある意味矛盾した存在。
 人間的には特筆すべきことのない、どこにでもいる普通の凡愚。
 躊躇なく己の力を手放すという、ディアーチェには理解のできない愚行を犯す愚者。
 こんな輩に出し抜かれたかと思うと腹立たしいことこの上ないが、無防備にアホ面を晒して寝ている顔を見ていると腹を立てていることすらアホらしくなってくる。
 不平不満を上げればキリがないが、勇斗の両親には非常に世話にもなっているし、髪飾りの件も含めて多少は感謝してやろうと思いながら鼻を鳴らすディアーチェだった。




 寝覚めはすこぶる悪かった。
 寝起きはそんなに悪い方ではなかったはずだが、昨日の後遺症か普段以上に気怠い。
 あの後、シュテル達の部屋で寝た俺をクロノ達に運んでもらったらしく、睡眠時間はたっぷりなはずなのだが、あまり芳しい体調ではなかった。

「あまり調子よくなさそうだな」

 洗面場で顔を洗ってきた俺に、クロノが気遣うような表情を見せる。

「あー、少しな」

 熱とかはなさそうだが、いかんせん体がだるい。普通に動く分には問題ないが、正直あまり動きまわりたくないのが本音だ。

「リンカーコア移植の後遺症も大変だね。今日はあんまり出歩かないで、ゆっくりしていたほうがいいよ」
「だなー。レヴィ達にもそれとなく……ん?」

 待て。なんでユーノが俺の調子が悪い原因を知ってるんだ。

「後遺症のことシュテルから聞いたのか?」
「ううん。なんとなくそうじゃないかなって思ってカマをかけただけ。ゆーとって実はけっこう単純だよね」

 と、そんなことを爽やかに笑って言ってのけるユーノ。
 ぐぬ。そんな単純な手に引っかかるとは……!

「ま、君と付き合ってくならこれくらいできないとな」

 よほど俺が間を抜けた顔をしていたのか、小さく笑いながら言ってのけるクロノ。
 人をなんだと思っているのか。
 パンッと手の平で自分の顔を叩く。しっ、ちょっと気合入った。

「わかってると思うけど、フェイトやなのは達には黙ってろよ」
「うん、わかってる。だけど、君が無理してバレたら元も子もないんだから、そこは気をつけたほうがいいよ」
「へーい」

 ユーノの忠告に生返事を返す。
 あっさりとこの二人にバレてしまったことが悔しいが、フェイトにバレなければいいや。
 今日、明日バレないようになんとか頑張ろう。そしたら冬休み終わるまでの数日会う機会もないだろうし、うん。
 って、フェイトとは昨日喧嘩(?)したままだっけ。
 どうしよ。落ち込んではいないから、放っておいても良い気もするのだけど。
 まぁ、顔合わせたとこの出たとこ勝負か。
 などと考えていたら、コンコンとドアをノックする音。

「はーい、どうぞー」

 ユーノが返事をし、開いたドアからひょこっと顔を出したのはフェイトだった。

「おはよう。あ、あの、ゆーと、今ちょっといいかな?二人で話したいことがあるんだけど」
「いいけど」

 微妙にそわそわした様子のフェイト。
 なんか昨日とえらい違いだな。あれから何があった。
 まぁ、仲直りの申し出なら渡りに船だ。昨日の無理やりバインドの件も謝っておこう。

「じゃ、ちょっと行ってくる」



「フェイトが来た途端、シャキってしてたね」
「わざとやってるのか無自覚なのかわからないが、あの切り換えは凄いな」
「前に『実力はないが、ハッタリと虚勢は任せろ!』とか言ってたしね」
「何の自慢にもならないけど、こういう時は感心するべきなのかな」
「どうだろうね」

 投げやりに語り合うクロノとユーノだった。




 お互いに話すことなく、昨日、なのはとフェイトと話した場所へとやってきた。

「あのね、リンカーコアのこと、ありがとう」
「ん」

 こちらに向き直ったフェイトの言葉を素直に受け取る。
 ここに来るまでに覚悟を決めたのか、先程までの浮ついた様子はなく、普段通りのフェイトだったので、なんとなく拍子抜けしてしまった。

「俺が謝るまで口きかないって言ってたみたいだけど、もういいのか?」
「うん、もういい。ゆーとは我儘だし、何言ってもこっちの言うこと聞いてくれないもん」

 それだけ聞くと、俺が物凄い駄々っ子のようにしか聞こえないんですけど。

「失敬な。正しいと思ったらちゃんと言うこと聞くぞ」
「正しいの前に『俺が』って付くんでしょ?」
「…………」

 まったくもってその通りだったので、反論ができない。
 黙りこくってしまった俺を、フェイトがおかしそうにクスクスと笑う。

「ゆーとが好き勝手するなら私もそうするって決めたの。私のやりたいように、私が好きなことをするって」

 フェイトがこんなことを言い出すのはちょっと、いや、かなり意外だった。
 勝手に俺が抱いていたイメージに過ぎないが、基本的には自分より他人を優先する子だと思ってた。
 明らかに俺の影響の気がして仕方ないが、フェイトに限って言えば、これは良い変化なんじゃないかな。
 とか思ってたら、急に真剣な顔になるフェイト。

「ゆーとはあんまり自覚してないかもしれないけど、時の庭園でも闇の書の時も、ゆーとは凄く危なかったんだよ?いっぱい怪我して、たくさん血を流して。誰よりも弱いのに、誰よりもボロボロになって、それでも立ち向かっていって」

 自覚はあった。あったよ?痛かったし、怖かったし、もう二度とやりたくないと思うくらいには。

「私、怖かった。時の庭園でゆーとが倒れて、なのはが泣きながらゆーとのこと呼んでても全然目を覚まさなくて」

 なにそれ初耳。いや、確かに目を覚ました後、なのはにいっぱい怒られたけど。
 とはいえ、なのはの性格を考えれば容易にその光景は思い浮かべることができる。当然と言えば当然だった。
 やっべ……過ぎたこととはいえ、大いに申し訳ない気分になった。

「シュテル達と戦ったときだってそうだよ。私もなのはもはやても、ゆーとのことすっごく心配したんだよ。すぐに飛び出していきたかった。ゆーとを助けに行きたかった。それを我慢するの、すごく辛かった。もし、逆の立場だったらゆーとはどうだった?」
「う……」

 そういう言い方をされると、こちらとしては本当に返す言葉がない。確かにあの時はあぁするしかなかったと思ったし、今も他に手段を思いつけない。
 だが、俺の行動がフェイト達に凄く心配をかけたというのは間違いない。
 フェイトの言うとおり、逆の立場で考えると……非常に申し訳ない気分で一杯になってきた。

「その……ごめんなさい」
「反省した?」
「はい……本当にごめんなさい。すいませんでした」

 素直に頭を下げる。

「えへへー。ゆーとに謝らせちゃった♪」

 頭を下げた俺に、フェイトが満足そうに微笑む。
 してやられた感が強いが、非は俺のほうにあるので何も言うまい。

「でも、ゆーとはこれから先、同じようなことがあったらきっとまた同じことするよね。誰に心配かけても、きっと自分のやりたいように、思うままにするんだよね。相手が自分より強くても、真っ直ぐに立ち向かっていく」
「どうかなぁ……」

 あんなことそうそうないだろうし、あんな無茶は金輪際したくないぞ。

「きっとするよ。ゆーとだもん」

 そんな自信満々に言い切られても困る。どう返そうか困る俺に構わず、フェイトは言葉を続ける。

「だから私は強くなる。今までよりも、もっと、ずっと強くなる」

 静かな。だけどそれは強い意志を込めた誓いの言葉だった。

「ゆーとがどんな無茶をしても守れるように強くなるよ。ううん、ゆーとだけじゃない。なのはもアルフもはやても。私の大切な人たち皆を守れるくらい強くなる。だから、ゆーとに何かあった時、困った時があったら、何でも言って」

 ぎゅっと手を掴まれる。そしてフェイトの真剣な眼差しに気圧され、思わず仰け反る。

「何があっても、私がゆーとを守るから――って、なんでそうな嫌そうな顔するの!?」

 今の心境がダイレクトに表情に出てしまったようだ。

「いや、女の子に守るって言われて、喜ぶ男もそうそういないと思うぞ」
「えっ」
「ミッドじゃどうか知らんが、こっちの世界じゃ逆だ。そういうのは男が女の子に言うものであって、逆は喜ぶどころか情けなくて惨めになってくる」

 フェイトの決意に水を差すつもりはなかったんだが、守られるしかない自分を想像して凄く微妙な気分になってしまった。
 いや、実際今までもそうだったんだけど、改めてそれを言われると物凄く凹む。

「ええっ!?あっ、えと、私そんなつもりじゃ全然なくてっ!」

 手をわたわたとして、否定するフェイト。

「うん。まぁ、それはわかってるけど」

 っていうか、まだお前完治してないだろうが。いや、でも俺も魔力使えないから条件同じか。
 魔法なしの状態だと…………アカン、それでもフェイトのほうが強い気がしてきた。

「ちょっとマジに凹んできた」
「ええっ、あっ、えっ、うぅ、だ、大丈夫、大丈夫だよ!ゆーとは全然情けなくないし、惨めじゃないよ?」
「そういう風に慰められると逆効果の時もあるって覚えておいたほうがいいぞ」
「ええっ」

 だんだんフェイトが涙目になってきたが、俺の惨め具合も急上昇です。マジに泣きたくなってきた。

「じゃ、じゃあじゃあ、私に何かしてほしいことない?私ゆーとのして欲しいことなんでもするよ?」

 その台詞は色々グッと来ますけどね!今、この心境で言われても色々微妙なのですよ!
 でも、とりあえずはだ。

「フェイト」
「うん」
「今の台詞、他の奴には絶対言うなよ。なのはだろうが、クロノだろうが、ユーノだろうが、誰にも絶対言うな。特に男には。絶対だぞ」

 フェイトの目を真っ向から見つめて、俺は力強く言い聞かせた。

「う、うん。よくわからないけどわかった」

 あんなもの、他の奴になんて絶対に聞かせられない。
 フェイトは色んな意味で自覚がないから、ちゃんと線引きしておかないと色々心配でしょうがない。
 どうにもこの子は俺の保護欲を必要以上に掻き立ててきて困る。

「それで、ゆーとは私に何かして欲しいことないの?」
「いや、別にないけど」

 フェイトの表情が見る見る間に曇った。
 そうそう九歳の女の子にして欲しいことなんてあるはずなかろう。

「な、なんでもいいんだよ!?ゆーとが私にしてくれたように、私もゆーとに何かしたいの!」
「……と言われましても。とりあえず落ち着け」

 何か色々テンパりすぎだ。そんな大したことしたか、俺?……って思ったけどリンカーコア移植は傍から見たら大したことか。

「てゆーか、友達相手に何かして欲しいことないって、わざわざ言うもんじゃないだろ。どーせ、困ってたことあったら勝手に助けるくせに」
「最初に言ったのはゆーとだよ」

 ジロリと睨まれた。
 そう言えばそうでした。

「過ぎた過去のことは気にするな」
「ゆーとって自分のことは棚に上げるよね」
「すいません」
「謝るくらいなら、私のお願い一つ聞いてほしいな」
「……できることなら」

 この流れだと何か無茶ぶりをされる予感しかしない。
 人間、嫌な予感だけはよく当たるものだ。

「ゆーとの弱み教えて」
「何故そうなる」

 フェイトの思考が理解不能だった。

「シュテルには言ったんでしょ?シュテルだけずるいよ。私だってゆーとの弱いところ知って、力になりたいもん」
「いや、その思考は色々おかしい」

 言わんとするところはなんとなくわかるけども。

「大体、シュテルにだって本当は言うつもりなんてなくて、たまたまポロっと出ただけで」
「じゃあ、私にも言ったっていいと思うよ」
「嫌です」
「むー」

 思いっきり頬を膨らませるフェイト。
 なんだろう、これは嫉妬……か?なんか色々間違った方向にズレてる気がして仕方ないが、うーん。

「そもそも人には簡単に言えないからこそ弱みなわけで」
「シュテルには言ったんでしょ?」
「だから、その気はなかったんだって」
「じゃあ、どういう人だったら、ゆーとは弱みを見せるの」
「どう……って言われてもなぁ」

 真っ先に浮かんだのは優奈の顔。
 あいつにだけは色々弱みを見せられたなぁ。
 好きな人……っていうだけじゃないな。なんだろう。

「自分が心から甘えられるくらい気を許せる人?」
「ゆーとが甘える……?」

 うーんと、首を傾げるフェイト。
 俺が甘える姿を想像して失敗したようだ。

「どんな人だったら、ゆーとは甘えられるの?」

 なんだ、この怒涛の尋問。フェイトってこういうキャラだったっけ?

「言わなきゃダメ?」
「うん」

 即答だった。

「なんか色々暴走してませんか」
「暴走でもいいよ。教えて」

 このフェイトさん、ちょっと怖い。微妙に目が座ってるよ。本気と書いてマジだよ。

「えーと……」

 俺が甘える相手って……どんなだ?
 優奈の普段の素行を思い返してみる。
 どう言やいいんだ、これ。

「具体的にどうこうってのはよくわからん。気付いたらそうなってたっていうか、なんだろうな。お互いに好きになってたら自然とそうなるのかな」
「お互いに……好き?」
「うん。ただの好きじゃなくて、こーなんていうのかな。お互いをお互いに必要として……ずっと一緒にいたいって思うような……って、うん。自分でもよくわからん」

 駄目だ。この辺りの感覚は上手く言葉に出来ねぇや。

「ううん。なんとなくだけど、わかった気がする。私にとってのなのはがそんな感じだもん」
「そっか」

 言われてみればそんな感じだ。
 普段のなのはとフェイトがお互いに甘えて、甘えられてをそのまま体現していた。
 そういった相手が身近に居るのは素直に羨ましいと思う。

「ゆーと、私、頑張るね」
「何を」

 グッと拳を握るフェイトに嫌な予感しかしない。いや、話の流れでなんとなくわかるけど。

「ゆーとに甘えてもらうように!」
「最初の目的見失ってないか?」

 正直、フェイトが何をどうしたいのかわからんが、色々どうでも良くなりつつあった。

「最初の目的……?」

 うーん、うーんと考え込むフェイト。

「あ」
「前から薄々思ってたけど、実はおまえアホの子だろ」

 流石レヴィのオリジナルは伊達じゃない。

「…………アホの子じゃないもん」
「声に力がないぞ」
「ゆーとのいぢわる」

 頬を膨らませて、こちらを睨みつけるフェイトは実に子供らしくて可愛かった。

「まぁな!」
「褒めてないよっ!」
「ハッハッハッ」
「もー、ゆーとのバカ」

 と、言いながらもフェイトはどこか楽しそうだった。





「あれ?」
「む?」

 フェイトと一緒に朝食に向かう途中、ディアーチェ達と鉢合わせた。
 目ざとくディアーチェの髪飾りが変わっていることに気付く俺。
 茶羽織のポケットを漁る。うん、ディアーチェ用に買っといた袋がない。
 シュテルにアイコンタクト。
 コクリと頷くシュテル。
 自然と自分の頬がニヤけてしまうのを感じた。

「えぇいっ!ニヤニヤするな、気持ち悪い!」

 と、言われても自分が買ったものを身に着けてくれるとやっぱり嬉しいわけで。

「すまんな。けど、似合ってるよ」
「ふん。王たる我には当然であろう」

 と、口では威張りながらも、微妙に頬を染めて照れるディアーチェが可愛くて、俺満足。
 基本的に俺にはつれない態度だけど、こういう顔や、シュテルとレヴィへの接し方を見てると、ディアーチェも根は良い子なんだと思わされる。
 最初の印象は最悪だったけどな、うん。過ぎたことは言うまい。

「見て見て!今日はすずかに髪セットしてもらったんだよー」

 髪の先端を俺が上げたリボンで束ねたレヴィがくるくると回る。
 フェイトが髪下ろした時と同じ髪型か。
 これでこれで。
 グッとサムズアップすると、レヴィも「えへへー」と嬉しそうに笑う。
 シュテルもリボン装備で結構嬉しい。

「後で雪合戦やるつもりですが、ユートもどうですか?」
「パス。昨日の卓球合戦で筋肉痛なんだよ」

 実際には筋肉痛よりも後遺症のが深刻なんだけど、シュテルもそれをわかってて話を振ってるのだろう。
 自然とフェイトに俺の調子が悪い理由付けをすることができる。ナイスフォローだ。
 実際、さっきから何回か軽い貧血気味でふらつきそうになってる。気合で耐えてるけど。この状況で激しく動いたら問答無用でぶっ倒れるぞ、俺。

「軟弱者め」
「うっせーよ」

 そんなこんなで旅行の時間は過ぎていくのだった。
 正直、滅茶苦茶疲れたが、結果的には行ってよかったと思える楽しい旅行だった。
 ただ一つ惜しむらくは。

「フェイトを怒らせたから、あたしが言うこと聞くってのはチャラだね。頼みたいことがあるんなら、フェイトにお願いしときな♪」

 アルフのこの非情な宣告に、俺が心で泣いたのは言うまでもない。






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マテリアル達との何気ない日常を過ごす勇斗。
そんな彼らを待ち受けていたのは、とあるイベントだった。
乗り気ではない勇斗だったが、なし崩し的に巻き込まれるのであった。

ディアーチェ『究極にして至高の闇』





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UP DATE 12/8/31

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