リリカルブレイカー

 

 

 第49話 『絶対許さない』






「勇斗が謝るまで、絶対許さない」

 部屋に戻ってきたフェイトはかつてないほど不機嫌な様子で頬を膨らませていた。

(アルフさん、私フェイトちゃんが怒ってるの初めて見たんですけど……!)
(あたしだってずっとフェイトと一緒にいたけど、この子が怒ってるのなんて初めてだよ!)

 フェイトが怒るという初めての事態に慌てふためくなのは達。
 何しろアルフですら、フェイトが怒っているのを見るのは初めてなのだ。しかも怒っている相手は敵とかではなく、友達である勇斗に対して。
 あのフェイトが友達に対して、こんなに怒りを露わにすることなど誰も想像することすらできなかった。

(あぁ、でも怒ってるフェイトもこれはこれで可愛い!)
(アルフさん……)

 一人悶えるアルフにかける言葉もないなのは。

「あやつは人を怒らせる才に長けているのか?」
「一理あるわね」

 心底どうでもよさそうなディアーチェの言葉にうんうんと頷くアリサ。
 意図してか無意識なのかしらないが、遠峰勇斗という人物は煽ることに関しては、超一流だとアリサは思っている。

「で、でもゆーとくんだって、フェイトちゃんのためにやったんだし、ね?」
「そういう問題じゃないよ!」
「わっ!?」

 声を荒げるフェイトに唖然とする一同。一体、何が温厚なフェイトの逆鱗に触れたのか、誰も理解できない。

「そもそもゆーとは自分のことを大事にしなさすぎだよ!無茶しすぎなの!」
(えぇー……)
 と、心の中でハモると同時に、そういうことかと納得するなのは達。

「フェイトちゃんも人のこと言えないと思うけど……」
「なのはも大概だと思う」
「君もな」

 なのはからフェイト、ユーノからなのは、そしてクロノからユーノへと突っ込みの三重奏が続く。
 自覚のないフェイトとなのはは「えぇー」と、不満の声を上げ、自覚のあるユーノは「うぐっ」と少しだけ悔しそうに唸る。

「あはは、クロノくんも苦労が絶えないねぇ」

 クロノが小さくため息をつき、エイミィがそう締めたところで、ドッと笑いが起きる。

「まぁ、フェイト達のことは置いといて、普段のあいつは十分すぎるほど自分勝手で自分を大事にしてると思うけど……」
「だよねぇ」

 アリサの言葉にすずかも云々と頷く。
 普段の勇斗は、基本的に自分の興味のないことは自分から動くことはしないし、積極性もない。一言で言えばやる気のないぐうたら人間である。フェイトの言うように、無茶をするような人間からは程遠い。

「あと意地悪だし。いつだって自分のこと大事にしてると思うけどなぁ……」

 と、なのはもアリサ達に同意する。
 ヴォルケンリッター達との訓練中でも「痛いの嫌だァァァっ!」と言って、ヴィータから逃げ回っていたのは記憶に新しい。
 もっとも、それでも訓練そのものを投げ出したりしない辺り、変なとこで律儀だなぁとも思っていたが。

「へー、なのははそんなこと言っていいのかなー?」

 と、ニヤニヤしながら口を出してきたのは、なのはの姉こと高町美由希である。

「えっと……なにかあったっけ?」
「ジュエルシード探しのとき、ゆーとくんに何度もおぶって貰って帰ってきたのはどこの誰だったかなー?」
「にゃあああぁっ!?」

 本人すら忘れかけていたことを蒸し返され、慌てふためくなのは。
 ジュエルシード探しを始めたころ、魔法を使うことに慣れていなかったなのはは必要以上に体力を消耗し、勇斗におぶってもらって帰宅したことが数回あったのだ。

「へー。そんなことがあったんだ?」
「美由希さん、その話詳しく聞かせてください!」

 美由希の振った話に颯爽と食いつくすずかとアリサ。

「あの時は随分と幸せそうな顔で寝てたよねー。一度ゆーとくんの肩によだれをべったりと垂らしてたりして」
「おおお、お姉ちゃん!?」

 なのは自身、寝てて身に覚えのないことを暴露され、見る見る間に羞恥に顔が朱に染まっていく。

「そ、そ、それ嘘だよね!?私、涎なんか垂らしてないよ!?ユ、ユーノくん!嘘だよね!?」

 一縷の望みをかけて、ユーノへと縋るなのはだったが、無情にもユーノは首を横に振る。

「ごめん、なのは。美由希さんの言ってることは本当だよ」
「えええええぇっ!?だ、だって、そんなの私知らない!!」
「そりゃ、なのはは気持ちよさそうにゆーとくんの背中で寝てたもの。なのはを背負って家まで来るの、ゆーとくん凄く大変だったと思うけど、文句ひとつ言ってなかったよ?家まで来た時、プルプル手が震えてた時もあったもの」

 実際、当時の勇斗は魔法も使えない、正真正銘のただの小学生である。ほぼ同じ体格のなのはを背負って高町家まで送り届けるのは、かなりの重労働であった。

「え、私そんなの聞いてない」

 初めて聞く出来事に戸惑うなのは。勇斗の性格ならそれをネタにからかったり、嫌味の一つも言ってきそうなものだ。

「なのはに気を遣ったんだと思うよ。なのはがこれ知ったら、ゆーとくんに遠慮しちゃうでしょ?あ、これ内緒にしてって言われてたけど、もう時効だよね」

 そう言って、てへっと笑って舌を出す美由希。

「変なとこで気を遣うわね、あいつ」
「ゆーとくんらしいって言えばらしいかも」

 呆れるアリサとクスリと笑うすずか。
 普段の行動は色々配慮に欠けているかと思えば、時たまこんなふうに気を遣う。実にアンバランスというべきか。

「そういえば、あの時も……」

 勇斗がジュエルシードに取り込まれた時を思い返すなのは。
 泣くほど痛いくせに、フェイトの前では何事も無かったかのように振る舞っていた。
(そっか。自分以外の誰かが気にするような時には優しいんだ)
 もしかしたら、普段、意地悪なのもそれを悟られないためのポーズかもしれない。
(いや、やっぱりあれは素で楽しんでるよね、絶対)
 無駄に深読みしかけたなのはだが、すぐにそれはないと頭を振る。
 なのはやアリサをからかっている時の勇斗は実に楽しそうで、あれがポーズだということは絶対にない。

「なのは」
「え、な、なに、フェイトちゃん」

 ガシッとフェイトに肩を掴まれたなのはは、怯えたように身を竦める。

「何か、私に隠してるよね?」
「そそそそ、そんなことないよ!?」

 慌てて否定するなのはだが、その態度が全てを物語っていた。
 フェイトはじっ、となのはの目を覗きこんだまま言う。

「私達、友達だよね?」

 フェイトの目は完全に据わっていた。

「やっぱり、ゆーとは弱いくせに無茶し過ぎだよ。もっと自分のことを第一に考えるべきだと思う」

 一通り、なのはから話を聞いて、フェイトが出した結論がそれだった。
 「フェイトちゃんが怖かった」っと、えぐえぐと涙目で語るなのはをアリサとすずかが慰め、クロノ達は心底どうでもいいと思いながら、フェイトの言葉を聞いていた。
 そして時の庭園や、ディアーチェ達と戦ったときのことを持ちだして、勇斗に対する愚痴を語るフェイトに対し、誰もがこう思った。
 (愚痴に見せかけた惚気だ、これ)
 レヴィとディアーチェに至っては、とっくの昔に興味を失い、二人でカードゲームを始めている。

「ね、ディアーチェ。私は魔法使えなくなってもいいから、ゆーとを元に戻してあげる事はできない?」
「部品交換じゃあるまいし、そうポンポンと気軽に戻せるものか、たわけ。我のターン、ドロー」

 フェイトのほうを振り返ることなく切り捨てるディアーチェ。
 ディアーチェの言葉にシュンとするフェイトだが、続くディアーチェの言葉にハッと顔を上げる。

「そもそも元より奴の心配などする必要なぞないわ」
「えっ、それってどういう……」
「放っておいても一ヶ月もすれば、元に戻る。二度と魔導が使えなくなるというのも奴の器を試すための方便よ。期待外れもいいとこだったがな」
「そうなの!?」

 パァァァッとフェイトの顔が輝く。

(わぁー、すっごく良い笑顔)
(よっぽど嬉しいのね……)
(あはは、フェイトちゃんは可愛いなぁ)

 と、アリサ、すずか、エイミィと、フェイトの表情にそれぞれの感慨を抱く。

「方……便ってなんだっけ?」

 そして言葉の意味がわからず一人首を傾げるなのは。

「喜ぶのは勝手だが、このことは奴に喋るなよ。興が削がれる。それ、このモンスターでダイレクトアタック」
「えぇーっ!?僕の負け!?」

 釘を刺すディアーチェに一瞬躊躇するフェイトだが、
(うん、魔法が使えないって思ってればゆーともそうそう無茶しないよね)

「うん、わかった。絶対に言わない」

 と、強く頷くのであった。
 そもそも管理局に入ったりするのならともかく、日常生活においてはそうそう無茶をする機会も必要もないのだが、微妙に興奮状態のフェイトはそこまで頭が回っていなかった。
 伊達にレヴィのオリジナルをやっていない。

「いいのかなぁ?」
「ゆーと自身があんまり気にしてなさそうだし、いいんじゃない」

 微妙に罰が悪そうなすずかに対し、投げやりに答えるアリサ。もはや付き合いきれず勝手にやってくれと、その表情で語っていた。

「って、あれ?そういえばシュテルは?」

 ふと、なのはが部屋を見回せばシュテルの姿が見当たらない。フェイトが部屋に戻ってきた時には、確かに一緒にいたはずだったのだが。

「シュテルんならオリジナルと入れ替わりに出てったよ」
「私と?」
「うん。えっと……あれ?今はユートと一緒にいるみたい」
「そんなのわかるの?」

 なのはの問いに、レヴィは自慢げに胸を張る。

「もっちろん!僕達三人は元々同じシステムの一部だからね。お互いの状態や位置の把握くらいすぐわかる。ついでにユートとも契約で繋がってるから、位置くらいならすぐわかるのさ!」
「へー、そうなんだ。すごいね」
「えっへん!」
「二人で何してるのかな?」

 ポツリと呟いたすずかの言葉に、一瞬、部屋が沈黙に包まれる。

「これは様子を見に行くしかないわね」
「何を期待してるのか、こやつらは」

 キラリと目を輝かせるアリサに、呆れ顔で呟くディアーチェ。
 考えてることは大体察しが付くが、勇斗とシュテルに限って、アリサ達が期待しているようなシチュエーションはないと断言できる。
 二人が一緒にいる原因も検討は付く、というか自分が原因だとわかっているがそれを口にする気にもならない。

「レヴィ、風呂に行くぞ」
「えぇー。、その前にもう一戦!」
「後にしろ。まずは昼間の汗を流さねばな」
「は〜い。じゃ、シュテルんも呼んでこよーっと!」
「あ、こら、待て!」

 ディアーチェが呼び止める間もなく、部屋を飛び出すレヴィ。

「まったくあやつは本当に人の話を聞かぬな」

 そう愚痴りつつも、自分とレヴィ、シュテルの分を含め、三人分の浴衣とお風呂セットを用意するディアーチェ。
 そして周囲の生暖かい視線に気付き、ジロリと睨め付ける。

「なんだ、貴様ら」
「あはは、ディアーチェは面倒見良くて優しいなーって」
「本当、本当。シュテルとレヴィのこと、本当に大事なのねー」
「見てて微笑ましくなるね」
「な、な、な……」

 なのは、アリサ、すずかのコンビネーションアタックにより、見る見る間にディアーチェの顔が赤くなっていく。
 それを見ている美由希、エイミィ、フェイト、アルフ、クロノ、ユーノもまた、より一層生暖かい視線をそれぞれ送っていた。

「こ、これは王としての務めよ!王が臣下の面倒を見るのは当然の責務であろう!」

 精一杯見栄を張っているディアーチェだったが、照れ隠しなのは一目瞭然だった。

「私たちもまたお風呂はいろっか?」
「うん、そうだね」

 ディアーチェによって和んだ空気のせいか、毒気を抜かれてたフェイトとなのは達もまた、温泉に入る準備を始めるのだった。





 気付けば見慣れぬ部屋で寝かされていた。

「あれ?」

 どこだ、ここ?

「おおっ?」

 身体を起こそうとしたところで、視界がぐるっとまわり崩れ落ちる。

「まだ寝ていたほうがいいですよ」

 声のした方に目を向ければ、和椅子に座ってるシュテルがいた。

「えーと?」

 状況がよくわからない。俺なにしてたんだっけ?……って、そか。旅館に戻ろうとして、いきなり力抜けたんだっけ。

「リンカーコアの一部を摘出した影響です。王の摘出方法があまりに雑だったので、念のため様子を身に戻ったのですが、案の定でしたね」
「あぁ、シュテルが助けてくれたのか。ありがとう」
「いえ、ユートに凍死されては私も困りますし」

 さらっと怖いことを言われた。

「……そんなにやばかったのか?」
「今のユートなら二時間くらいでアウトです」
「…………」

 いやいやそれ笑えないって。
 ディアーチェに文句を言いたいとこだが、特に見返りなしでフェイトの治療やってくれただけでも御の字というか、下手に突っつくと藪蛇になりそうな気がする。
 結果オーライということで、今回だけは黙っとこう。

「どのくらい寝てた?」
「二十分ほどですね」

 思ったより時間経ってなかった。どうするかな、と思ったけど別に何かやることもあるわけでもないのだから、このままぐったりしてよう。
 ごろんと横になったまま、顔だけシュテルの方に向ける。

「フェイト達は俺のこと知ってるの?」
「いいえ、言ってませんから。今ごろ、皆でトランプでもしてるんじゃないしょうか」
「そか。一応フェイト達には黙っといてくれ。変に気にされてもうざってぇから」
「…………」

 不思議なものを見るような目で見つめられた。

「なんだよ」
「いえ。強引な手段を躊躇いなく使うくせに、そういうところには気を使うのですね」
「まぁ、一応」
「そういう気遣いが出来るなら、最初からきちんと説得すればよかったのでは?」
「いや、だって面倒くさかったし」
「…………」

 無言の視線がなんとも居心地悪い。

「そんなことをしてるといずれ愛想を尽かされますよ」
「…………それもいいかもな」

 俺を見るシュテルの目が細まる。
 《――――でも、大好き》
 さっきフェイトに言われた言葉を思い出す。
 くそぅ、胸がドキドキしてきた。
 あの好きがどういう意味での好きなのかはわからない。友達としてのソレなのか、異性としてのソレなのか。
 前者なら問題ないが、もし後者ならば色々問題ありというか。
 もちろん個人的には嬉しい。凄く嬉しい。勢いでオッケーしてもいいんじゃないかと思うくらい嬉しい。
 今はもちろん年齢的にも精神的にも手を出せないが、10年、いや6年も経てば、俺的には問題はないどころか大歓迎だ。
 が、フェイト側からすれば色々問題ありだろう。
 フェイトが俺のどこを好きになったのかはわからんが、それは純粋に俺に惹かれたというより、特殊な状況とかが重なった吊り橋効果的なものに違いない。
 一歩引いた立場で見れば、色々と正気に戻ると思う。
 それはそれで物凄く勿体ない気がするけど!
 あと色々釣り合わないのがみえていて、愛想を尽かされた時フェイトに捨てられるのが怖い。
 自分で言うのもアレだが、相手への依存心はかなり高いほうなのだ。
 フェイトに捨てられたら立ち直れないぞ、俺。

「まぁ、ほら、俺なんか好きになっても得することなんてないし」

 シュテルの視線がチクチク刺さるので、つい言い訳してしまう俺。

「意外ですね。普段の溺れそうなくらい自信に満ち溢れたユートからそんな言葉が出るなんて」

 シュテルの忌憚のない言葉に思わず失笑する。まぁ、周りから見たらそう見えるように振る舞ってるんだから当たり前か。

「あんなのは只のポーズ、ハッタリだ。何時だって自分に自信なんてない。戦いだってその場の勢いとノリだけでやりすごしてたきただけだ。お前らと戦った時 だって怖くて怖くて仕方なかった。特別頭が良いわけでもないし、体力も平凡。魔力だってただデカいだけで使いこなせないし、性格だってロクなもんじゃない しな。俺が自信持てるものなんて何一つない」
「たしかに」

 そこで即肯定されると辛いです、シュテルさん。事実だけど。

「でも、ハッタリでも見せかけでもそう振る舞ってれば、後は腹くくって動くしかなくなる。周りの人間だって、必要以上に不安に駆られることもないしな」

 形から入ることで、中身の無い自分を誤魔化している。いつの間にか、そんな風にする癖が身についてしまった。
 普段の生活でそれを意識することはほとんどないし、感じる必要もない。
 だけど、魔法に関わって、なのはやフェイト、ユーノ、クロノ達との差を見せつけられる度に、自分が何も持ってないことを思い知らされてきた。
 人に誇れるものが何もない。それを口にすることはないようにしてきたが、それでも時たま、無性に胸が痛くなる時がある。
 ……って、なんで俺にシュテルにこんな暴露してるの!?

「シュテルっ、今言ったのは全部オフレコな!絶っっっ対、誰にも話すなよ!」
「今夜の話の種として最適だと思っていたのですが」
「やめてください、死んでしまいます」

 微かに小首を傾げて言うシュテルに、奥義、猛虎落地勢を発動する。つまり全力の土下座。
 こんなことなのは達に知られたら、マジに俺が色々終わってしまう。マジにやめてください。

「貸し一つ、ですね」
「……はい」

 かすかに口を弧を描いて言うシュテルに否応なしに頷く。
 ぐぅぅ、本当になんでシュテルにこんなこと漏らしてしまったんだろう。
 体力落ちて精神的にも弱気になってたか?それかシュテルがあんまり茶化したり感情を出すタイプじゃないから気が緩んでたとか。どちらにしろ、今度からは気をつけよう。割と洒落にならん。
 そのまま二人とも無言。シュテルは手元の本に視線を戻し、俺は寝転がったままボーっとしてる。
 やばい、これはそのまま寝てしまいそうになる。まだ温泉入ってないのに寝るのはちょっとやだ。
 ムクリと起きて、端っこに移動されたテーブルの急須を手に取る。
 む、微妙に体に力入らんな。どんだけ適当にやったんだ、あの王様。

「お茶入れるけど飲むか?」
「いただきます」

 二人分のお茶を入れると、シュテルもこっちに来て座る。
 二人してズズッとお茶を飲む。

「落ち着きますね」
「あぁ」
「甘いもの欲しくなりません?」
「はやて達のお土産用に買った饅頭くらいしかないぞ」
「いただきましょう」

 お土産は後で買いなおしておこう。

「おいしいですね」
「うん、うまい」

 ズズーッとお茶を飲んで一息。
 なんという至福の時間。
 シュテルもそこはかとなく、満ち足りてそうな顔をしていた。
 はぁ、落ち着く。
 これだよ、これ。俺が今回の旅行で求めていたものは。

「もう一息ついたら風呂行ってくるわ」
「はい。私も上がる時は念話を送るので合わせてくださいね」

 それは家でやっているように俺がお前の髪を乾かせと言うことか。
 こういう場所でくらい、自分で乾かすか他の奴にやってもらっても良かろうに。
 まぁ、いいけど。試したいこともあるしな。

「了解」

 そして部屋の中はズズーッとお茶を飲む音だけが響く。
 平和だ。
 ドタドタドタッ。
 そして俺の至福の時を破壊する使者の足音が聞こえてきた。
 短い至福の時だった。

「シュテルん、お風呂はいろーっ!」

 ドタドタとやかましい音を立ててレヴィが部屋に侵入してきた。
 やはりお前か。

「奇遇ですね、ちょうどそうしようと思ってました」
「えっへへー。さっすがシュテルん。以心伝心だね!……って」

 レヴィの視線がシュテルの手元の饅頭に移動する。

「二人だけでお饅頭とかずるい!」

 おまえは晩飯前に散々お菓子とか食ったろうが。
 やれやれ。

「おまえもお茶飲むか?」
「もちろん!」

 勢い良く頷き、シュテルの隣に腰を下ろし、饅頭を頬張るレヴィ。
 遠慮も躊躇いもねーな、本当に。いいけど。

「ほれ。熱いから気をつけろよ」
「うん!」

 饅頭を頬張りながら、ふーふーとお茶を冷ますレヴィは実に小動物チックだった。

「こら、レヴィ。風呂に入るのに着替えも持たんでどうする?ほれ、貴様とシュテルの分だ」
「おお!」
「ありがとうございます」

 レヴィに遅れてディアーチェや、他の面子までゾロゾロとやってきた。
 その中にはフェイトの姿も見受けられた。
 そのフェイトと目が合った。
 プイッと目を逸らされた。まだ怒ってるみたいだが、どう反応すればいいんだ、これ。
 つーか、さっきの告白?みたいなのはスルーしろということでいいのか、おい。
 フェイトへの対応に困り果てる俺に、なのはがそっと耳打ちしてくる。

「あのね、ゆーとくんが謝るまで口利かないし、許さないって。だから早く謝っちゃったほうがいいよ」
「謝るって何を……?」

 正直、どれについて謝ればいいのかわからない。
 今までの経験からして、何が悪いのかもわからずに謝るのは更なる地雷を踏むことになりかねないんですよ。

「えーっと、ゆーとくんが無茶をしたこと?」
「いつの話だ、それ」

 シュテル達が出てきたときはともかく、それ以降で無茶なんてしてないぞ。そもそもいつも好きで無茶してるんじゃないくて、無茶せざるを得ない状況だから無茶してるだけで。

「あ、えっと、無茶っていうか自分を大事に?」
「いのちだいじに?」
「作戦の話じゃないよっ!ゆーとくんが自分を犠牲にしてフェイトちゃんを治したのを怒ってるの!」
「自分を……犠牲?」

 眉間に指を当てて考え込む。

「んんー…………って、あぁ」

 俺が魔法を使えなくなったこと言ってるのか。ようやく合点がいって、ポンと手を叩く。

「となると俺が謝ることはないから、もうフェイトと一生口聞いてもらえないのか。すごく残念だけど仕方ないな」
「えっ!?」

 と、思わず声を出して反応したフェイトとバッチリ目が合う。慌てて眼を逸らすフェイトちゃん可愛い。
 フェイトの反応が面白くて、少しだけ顔がにやけてしまう。

「なんでそうなるの?」

 口を利かないことになってるらしいフェイトに変わって質問してくるなのは。良いコンビだねおまえら。
 どうでもいいけど最初に耳打ちした意味すっかりなくなってるな。

「だって別に謝ることだと思ってませんし。そもそも自分を犠牲にしたとか、これっっっっっぽちも思ってませんし」
「なんでそんなにドヤ顔なのよ、アンタは」

 アリサが呆れ顔で突っ込んでくる。
 ただのノリだ。

「じゃあ、どういうつもりだったんだい?」
「えーと」

 アルフの質問になんと答えるべきか。フェイトも横目でチラチラ見てくるし。
 俺的には自分の尻拭いしただけなんだが、それだとフェイト納得しなさそうだし。

「魔力の有効利用?宝の持ち腐れの俺が魔法使うより、色々やる気のフェイトが魔法使えたほうがどう考えてもいいだろ。元々、これ以上魔法に関わる気なかっ たし、何も問題ないじゃん。言っとくが、俺は自己犠牲精神なんぞ、これっぽちも持ってないからそこは安心しろ。何時だって自分最優先だ」
「だってさ、フェイト」
「…………」

 アルフがフェイトに振るが、フェイトは横目で頬を膨らませてて、凄く不服そうだった。
 これ以上は埒があかない気がしてきた。

「じゃあ、そうゆことで。俺は温泉行ってくる」
「え、それ以上フォロー無し!?」

 なのはのリアクションが期待を裏切らず、俺は嬉しい。

「だってなぁ……これ以上何言っても平行線っぽいし。どうしろと」
「そ、それはそうかもしれないけど!ほら、もっとこう……何か、ね?」
「その何かを教えてください」

 口先だけで謝るのは簡単だけど、それだとすぐバレそうだし。強引にバインドした件のほうなら、謝るのは吝かではないのだが。

「では、ゆーと。先に行ってますね。また後ほど」
「おう」
「後でねー」

 そして空気を読まず、部屋を出ていくマテリアル三人娘。
 ヒラヒラと手を振って見送るが、我関せずの態度は実にフリーダムだ。
 って、よく見たら饅頭の箱、全部空じゃねーか!?いつの間にか湯呑一個増えてるし!?
 ディアーチェと三人で全部食い尽くしていきやがった……!

「俺の分、残しとけよ……!」
「なのは、私達もいこ」
「えっ、でも……」

  ワナワナと怒りに震える俺をよそに、フェイトが不機嫌そうになのはの手を取って、部屋を出ていこうとする。
 困惑するなのはが俺とフェイトを交互に見てくるが、俺は肩を竦めるだけだ。お手上げです。

「本当面倒臭いわね、あんた達」

 手を繋いだまま、部屋を出ていく二人を見送りながら、アリサが心底呆れたように言う。

「俺も微妙に困ってます」
「微妙に……ね」

 すずかが意味深に呟くが、それに突っ込む気は起きなかった。
 フェイトと喧嘩をしたいわけじゃないし、仲直りできるならしたいと思ってる。
 その反面、フェイトとある程度、距離を取ったほうがいいじゃないかとも思う。
 なのはならともかく、俺に依存とかしたらアレだろうし。ちょっと寂しいし、かなり勿体無いとも思うけど!

「本当、君はトラブルに暇がないな」

 クロノがため息混じりに言う。
 好きでそうなったわけじゃないんだけどなー。どうしたものだか。






「で、結局どうするの?」
「うぅ…………」

 すずかの問いに、フェイトは顔半分をお湯に沈めて困ったように唸る。

「さっきまでの威勢はどうしたのよ」

 アリサの言うとおり、勇斗の目がなくなった途端、フェイトは意気消沈してずっと唸りっ放しだった。
 勇斗を許さないと言ったまでは良かったが、当の本人が無茶をしたという自覚もなければ、自己を犠牲にしたという気持ちは皆無のようだった。
 確かに勇斗の言うとおり、本人に魔法に対する未練はないのかもしれない。元々魔法と密接な生活を送ってきた自分と違い、勇斗は魔力に目覚めて一年足らず。その上、馬鹿みたいに大きな魔力も才能がないせいで宝の持ち腐れで、大した執着は持っていないようだった。
 時の庭園でも、闇の書事件でも、確かに状況が無茶を強いていたのもまた事実だった。
 そして、これからの生活でも無茶をする機会などそうそうにないだろう。
 これでは完全に自分の空回りだ。
 かと言って今更、勇斗にどういう態度を取っていいかわからない。

「うぅー、なのはぁ、どうしよう……」

 涙目でなのはに泣きつくフェイト。

「だ、大丈夫だよ。なんとかなるって」

 よしよしとフェイトを慰める反面、夕方までのフェイトとのギャップに苦笑するなのは。
 もちろん、なのはからすれば今のフェイトのほうがよっぽど安心できるのだが。

「結局、フェイトはどうしたいわけよ?」
「えっと……ゆーとにお礼言って、仲直り……したい」

 涙目かつ上目遣いで人差し指を突き合わせながら答えるフェイト。
 その可愛らしさに質問したアリサが、一瞬きゅんとなるのを誰が責められようか。

「だ、大丈夫よ!あいつのことだから別に怒ってないってっ」
「……でも、あんな態度取って、どんな顔して会えばいいのかわからないよ」
「あー、うん、まぁ確かにね」

 実際、さっきまでの勇斗を見てれば、怒ってもいないし、さほど気にしているとも思えない。
 が、フェイトからすれば、どういう態度で接すればいいのかわからないのも確かだ。
 何事も無かったかのように接するのがベストな気もするが、フェイトの性格でそれは難しいだろう。
 面倒くさい。実に面倒くさいと思うのだが、こんな可愛らしいフェイトを放って置けないのもまた、アリサの性分だった。

「大丈夫、うん、私がなんとかしてあげるから!任せなさい!」

 ドンと胸を叩くアリサ。
 そんな頼もしいアリサに「お〜」と拍手を送るなのはとすずか。リーダー格の少女は実に頼もしかった。

「それでそれで、具体的にはどうするの?」
「それは……えっと、これから考えるんだけど」

 アリサに迫るなのはだが、アリサとてすぐに何か良いアイディアが閃くわけではない。

「それは一度置いといて!シュテルはゆーとと二人で何してたのよ?」

 話題転換とばかりにシュテルに話を振るアリサ。

「どうと言われましても……ただ話をしてお茶をしていただけですが」
「話ってどんな?」

 と、興味津々に食いつくすずか。

「強いて言えばユートの弱みについて、でしょうか?」

 ザワリと場の雰囲気が変わった。

「なになにっ、ゆーとくんの弱みって何?」
「教えなさい!それ今すぐ教えなさい!」

 真っ先に食いついたのはなのはとアリサ。
 すずかも迫りこそしないものの、興味深そうにシュテルを見つめている。

「残念ですがそれは秘密、です。ユートと約束しましたから」

 口元に人差し指を当てて言うシュテルは、微かに微笑む。

「えー」
「むむ……」
「残念」

 なのは、アリサ、すずかがそれぞれ不満の声を上げるが、レヴィならともかく、シュテルはそう簡単には口を割らないだろう。
 潔く引くしかないと考える三人だが、フェイトだけは違ったようだ。

「ゆーとが?シュテルに弱みを見せたの?」
「はい。バッチリと」
「なんでそんなことに?」
「さぁ?本人も自覚しないままに口にしたようでしたが」
「…………」

 シュテルとの会話で段々とその表情が無表情になっていくフェイト。

「フェ、フェイトちゃん?」

 その無表情は見ているものをやけに不安させるものだった。思わずフェイトを呼ぶなのはだったが。

「ずるい」
「え?」
「ずるい!なんでシュテルにだけ弱み見せるの!」
「私に言われても」

 不意に激高するフェイトだが、シュテルとてそんな風に言われても答えようがない。
 彼女自身、勇斗が何を思ってあんなことを漏らしたのか知る由もないのだから。

「私には全然そんなの見せてくれないくせに……私の弱みはいっぱい見られてるのに……」

(弱みと言うか、格好悪いところなら結構見てる気がするけど、それじゃダメなのかな?)

 と、なのはがそんな感慨を抱いていることも知らず、フェイトは再び頬を膨らませて不機嫌な顔になる。

(ヤキモチ……かな?)
(どうかしら……どっちかっていうと自分だけ弱みを見られてて悔しいとかそんな感じ?)
(かなぁ)

 ヒソヒソと話すすずかとアリサの二人もいまいちフェイトの考えが読めない。というか、フェイト自身よくわかっていないように見受けられる。

「もっかい聞くけど、フェイトはどうしたいのよ?」

 ため息交じりに先ほどともう一度同じ質問をするアリサ。
 本人のやりたいことをはっきりさせなければ何も始まらない。
 フェイトは一しきりう〜ん、と唸った後、首を傾げながら言う。

「えっと……ゆーとの弱みを握りたい?」
「アリサちゃんみたい」
「ちょっと、なのは?それはどーいう意味かしら?」
「べ、べべつに深い意味はないよ!?」

 アリサがなのはに迫る間も、フェイトは自問自答を繰り返し、うんうん唸っている。

「違う……ぎゃふんと言わせたい?うーん、力になりたい……?」

 そして不意に何かを悟ったかのようにポンと手を合わせる。

「そっか。私、ゆーとに頼って欲しいんだ」

――俺はお前の力になりたい。俺にできることがあったらなんでも言ってくれ
――俺にできることなんてたかが知れてるけど、出来る範囲ならなんでもやる

 闇の書事件のすぐ後に勇斗に言われた言葉。
 嬉しかった。自分に優しくしてくれる人がすぐ傍にいてくれるという安心感をくれた。
 もちろん、勇斗だけでなく、なのはやアリサ、すずか、クロノやリンディ達もそれは同様だ。
 それでもやはりフェイトにとって、なのはと勇斗の二人は特別な存在だった。
 自惚れかも知れないが、自分はなのはを必要とし、なのはは自分を必要としてくれている。
 では勇斗とはどうだろうか?
 フェイトにとって、勇斗はなのはと同じくらい大切で大好きな友達だ。
 ずっと傍にいて欲しいし、仲良くしていたい。自分にとって無くてはならない存在だと思う。
 だけど勇斗は多分違う。
 ズキリと胸が痛む。
 勇斗は自分を大切にしてくれている。それは間違いない。そうでなければ、自らのリンカーコアを代償に自分を助けたりはしないだろう。
 だけど、そこまでだ。
 なのはのように自分を必要とはしていない。いや、多分、自分だけでなく特定の誰かを必要としていない。そんな気がする。
 それが無性に寂しくて悲しい。
 自分が勇斗を必要としてるように、勇斗にも誰かを、いや、自分自身を必要として欲しい。頼って欲しい。
 だから勇斗の自分自身を顧みない行動に、あんなにも腹を立てたのだと思う。

「よし!」

 そうと決まれば後は行動あるのみ。
 まずは自分の気持ちをしっかりと勇斗に伝えよう。何ができるかはわからない。いや、多分すぐにできることはないだろう。
 でもまずはしっかりと自分の気持ちを伝えることから始めなければならない。
 それを目の前の大事な友達が教えてくれたのだ。

「なのは、私頑張ってみる!」
「え、あ、うん?」

 グッと自分の両手を握ってくるフェイトの勢いに押されながら頷くなのは。
 正直、何がどうなったのかさっぱりわからない。わからないが、フェイトのすっきりとした表情を見る限り、何かしらの答えを見いだせたのだろう。

「頑張ってね、フェイトちゃん。私、応援してるから」
「うん!」

 しっかりと手を握り合い、お互いに微笑む二人。

「どーでもいいけど、私達すっかり蚊帳の外ね」
「あ、あはは……」

 アリサの言葉に苦笑するしかないすずかだった。

「極楽、極楽〜♪」
「月を見ながらの温泉もまた趣きがあるものですね」
「うむ。たまにはこういうのも悪くないな」

 マテリアル三人娘は思う存分、露天風呂を堪能していた。

 一方その頃。

「ゆーとー、僕たちは先に上がってるよー」
「……女の風呂ってなげぇ」

 シュテルからの連絡を待つ勇斗は、のぼせかけていた。





■PREVIEW NEXT EPISODE■

自らの気持ちをはっきりと見出したフェイト。
勇斗にフェイトの想いは届くのか。


フェイト『私がゆーとを守るから』





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UP DATE 12/8/31

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