リリカルブレイカー

 

 

 第48話 『貴様は本物の馬鹿かっ!?』






 そんなこんなで新年開けて早々、高町家、ハラオウン家、月村家、バニングス家、そして我が遠峯家合同の家族旅行である。
 うん、いざ集まってみるとなんだ、この人数。ざっと見て二十人は下らない。

「多すぎだろう、これ」
「泊る所、小さな旅館なんだけど丸ごと貸切みたいだよ」
「マジか」

 サラッとすずかがとんでもないことを言った。スケールでけぇ。
 ちなみに今こうして乗っているのも、ノエルさんの運転するマイクロバス。家族旅行でマイクロバス貸切とか初めてだぞ、俺。この規模で家族旅行と言っていいのか謎だが。
 俺は一番後ろの左隅。隣にすずか、その隣にアリサ、エイミィ、美由紀さん。俺の前になのは、ユーノ。その前にフェイトとレヴィ。後は適当に。
 後ろから眺める限りでは、ワイワイガヤガヤとみんな楽しそうである。

「とりあえず俺は眠いので寝ます。飯時になったら起こしてください」
「え」
「くぅ」
「早いよ!?」

 すずかの叫びが聞こえるが、普段、正月を寝て過ごす俺に早起きはしんどいのです。
 今回の旅行もシュテル達が楽しんで、俺がまったりできればそれで良い。
 というわけで、アリサが何か言ってるような気がするが、それをBGMにゆっくりと眠りにつく俺であった。


「おはようございます」

 そんなこんなで目的に到着。
 あまり大きな街ではないが、落ち着いた雰囲気の温泉街だ。
 木造の旅館が並び、石畳の細い路地。格子窓に土壁、頭上に張り出す渡り廊下の欄干。新年にも拘わらず、程よく人が行きかい、活気にあふれている。
 いいなぁ、こういうレトロな街並み。
 俺たちの泊る旅館は、小さく年代の入った建物だが、しっかり手入れされてて趣がある。

「本当にお昼以外は全部寝てたわね……どんだけ寝るのよ」

 人が感慨に耽ってる横で、呆れ顔でため息をつくアリサ。
 徹夜でポケモンしてたら眠くもなる。

「寝る子は育つ」
「旅行で寝なくてもいいのに」
「移動中ならいいじゃん」
「ゆーとくん、フリーダム過ぎるよ」
「いつもどおりですね」
「だから自分で言わないっ!」

 すずかとアリサの突っ込みは今日も絶好調です。

「荷物を部屋に置いたら、各自で自由行動ね。夕飯の時間まではちゃんと戻ってくること。いいわね」
「「「はーい」」」

 保護者様からのお言葉をいただき、各自自由行動となる。
 部屋は男女別なので、各自で荷物を置いてきてから、再度玄関に集合。

「見て見て、あそこに射的場あるよ!あ、あっちには卓球場だって!」
「ちょっと落ち着きなさいって。時間はたっぷりあるんだからそんな慌てなくてもいいでしょ」

 さっそく声を上げてるのはフェイトとアリサの金髪コンビ。
 フェイトにとって初めての旅行だからか、妙にテンション高いな。つーか、フェイトってあんなキャラだっけ?
 そこはかとない違和感に首を傾げながらも、これからの行動を思案する。
 個人的には温泉につかって、部屋でまったりしたい。寒いし。が。

「シュテルん、王様!あっちにお菓子一杯並んでたよ!」
「ふむ、食べ歩きも悪くないな」
「お年玉があるからといって、無計画に使い過ぎないでくださいね、二人とも」

 例の制限もあるし、こいつらから離れるわけにもいかんか。
 小さくため息をついて、なのは達に言う。

「とりあえず各自適当に行動しようか。この人数でぞろぞろ動くのはあれだし」
「あ、うん。そうだね」

 子供ばかりとはいえ、これだけの大人数でまとまって動くのは、他の観光客に迷惑がかかる。
 3、4人ずつで行動するのが一番いいだろう。

「ゆーとくんはシュテル達と一緒に行動するんだね」
「例の制限もあるし、監督役も兼ねてな」
「そっか……」

 なにか残念そうななのはに首を傾げるが、いきなりなのが身を寄せてくる。
 なぜかアルフも一緒だ。

「ね、フェイトちゃん、こっちに戻ってきてから前よりも明るくなったよね」
「ん?あぁ、そうだな」

 なのが言っているのはプレシアが亡くなって以降の話だ。
 さっきもそうだけど、前に家に来た時からそれは感じていた。ジュエルシード事件以降、フェイトはどんどん明るくなっていたが、ここ最近のフェイトは輪をかけて明るくなったと思う。

「私たちに心配かけないようにかなり無理してるんだと思う。本当はプレシアさんのことで凄く落ち込んでるはずなのに」
「――っ」

 なのはに言われて初めてその可能性に気付いた。てっきり、なのは達に励まされて元気になったんだと思っていたが、言われてみれば今のフェイトの明るさはどこか不自然だった。
 自分の迂闊さと無神経さに舌打ちする。自分を思いっきり殴りつけたい衝動に駆られるが、なのはの前でそれは自制する。

「フェイト、プレシアが死んだ日から一度も泣いてないんだよ」
「……マジで?」

 こくりと頷くアルフ。
 それはまずい。具体的に何がどうまずいかはわからんけど、すごくまずい気がする。
 精神的に脆そうなフェイトが泣いてないってどういうことなの。

「フェイトの性格で涙一つ流さないのは、凄く無理してると思うんだ。でも、あたしやクロノ達がいくら言っても大丈夫って……」

 アルフの言うことはもっともだ。あんだけプレシアにべったりだったフェイトが泣かないって相当なことだ。
 どういう経緯でそういう無理しているのかはさっぱりだが、これでフェイトの不自然な明るさにも合点がいった。
 色々我慢して空元気を出しているが今のフェイトなんだろう。
 確かに最初のうちは空元気でもいいと思ったが、それがあまりに長期間続きすぎている。
 今は良くても、そのうち無理したツケが出てくるんじゃないだろうか。最悪プレシアみたいに壊れるかもしれない。それはまずい。
 とにかく、だ。

「よーするに俺になんとかしろってか」
「うん、私じゃ無理だったけど、ゆーとくんなら多分」

 それは買い被りだ。
 
「あたしからも頼むよ。今のフェイトは見てて正直辛いんだよ。あたしにできることならなんでもするからさっ、お願いっ」

 だから無理だってば。なのはで無理だったなら俺にできるわけがない。
 わけがないのだが、なんとかしないわけにもいかない。こうなった原因の一端は俺にもあるし……って、こんなんばっかりじゃねーか、ちくしょう!
 どうにかするのは確定事項として、じゃあ、どうするっていうと何も手段が思い浮かばない。
 そんな簡単にいい案が浮かぶかっ!

「とりあえずなのはも協力しれ」
「何かいい方法あるの!?」

 パァッとなのはが嬉しそうに綻ぶ。

「そんなものはない」

 なのはとアルフの視線が一気に冷たくなった。

「だが行き当たりばったりは得意だ。まかせろ」
「…………うぅ、不安だよぉ」
「人選間違った気がしてきたよ……」

 自分から頼んでおいて失礼な奴らだ。俺に頼んだお前らが悪い。

「ユートーっ、早く行かないと置いてくぞーっ!」

 あぁ、レヴィ達のやつ、もうあんなとこまで行ってやがる。早いよ!

「よし、とりあえずなのは隊員に指令。えーと」

 夕飯の時間が19時だから……。

「17時ぐらいに旅館戻ってきて、俺とフェイト、んでなのはの三人で話ができるように場をセッティングすること。オーケー?」
「了解であります、隊長!」

 ビシッと敬礼するなのは。なんだかんだでこの子もノリがいい。

「ユートーッ、はーやーくーっ!」
「あぁ、わかったってば。今行くっ」

 はてさて、どうしたものか……。
 レヴィ達を追っかけながら、途方に暮れる俺だった。




「疲れた……」

 あれからずっとレヴィ達に付き合った結果、へとへとになりながら旅館へと戻ってきた。
 なのはとの約束した時間にはまだ少し余裕がある。

「貴様は本当に体力無いな」
「おまえらがはしゃぎすぎなんだよ」
「はぁっ?誰がいつ何時何分はしゃいだ!?」
「卓球に射的とレヴィと二人ではしゃぎ回ってたじゃねーか。相手してた俺とシュテルの身にもなれ」

 食べ歩き一時間、射的15分、卓球ダブルスをぶっ続けで二時間とか正月明けからハード過ぎるわ。
 なんで子供ってこんな元気なの。

「はっ。あの程度、はしゃいでたうちに入らぬわ。あの程度でバテる貴様がへタレなのだ。我の下僕ならこの程度涼しい顔でこなしてみろ」
「おまえらと普通の小学生男子を一緒にするな……俺が死にます。あと下僕じゃねぇ」

 見た目は小学生だけど、なんだかんだでこいつら、体力も凄いある。学力はすぐ冬休みに入ったからよくわからんけど、魔力なしですずかとタメ張るような奴らに体力勝負とか素で死にます。

「ご飯までは僕達の部屋でカード勝負だねっ!」
「ごめんなさい、少し休ませて」

 体力的にしんどいのもあるけど、フェイトの件を先になんとかしなきゃいけない。

「えー」
「レヴィ、あまり無茶を言ってはいけませんよ。まだ時間はたくさんあります」
「はーい」

 シュテルがレヴィを諭してくれて一安心だけど、おまえらと遊ぶのは確定なのね。
 表面上はシュテルもいつもと変わらんけど、やけに目が輝いてる。楽しんでるならいいけど。

「じゃ、また後でな」
「はい」

 ひらひらと手を振って、自分の部屋へと戻る。
 部屋割りは割と適当だが、一応子供組は男女別にしてある。
 子供組は俺とクロノ、ユーノで一室。小学三年生組とアルフ、エイミィさん、美由紀さんは一緒の部屋。
 余談ではあるが、恭也さんと忍さんは同じ部屋。あとメイドの嗜みがどーたらこーたらでノエルさんとファリンも別室らしい。大人組はまぁ、どうでもいいや。

「あぁ、戻ってきたか」

 部屋に戻ると、先に温泉にでも入ったのか、浴衣に着替えたクロノがいた。
 和椅子に座って本を読む姿が妙に絵になってるな、このイケメン。

「なのはから伝言だ。フェイトと一緒に中庭で待っているそうだ」
「そっか、サンキュ」

 中庭って外か。寒くないか、それ。どんくらい前から待ってるんだ、一体。
 あまり待たせてもまずいので、部屋に入って早々身を翻したところで、声がかかる。

「君も気付いてると思うが、プレシアのことでフェイトはかなり無理をしていると思うんだ」

 すいませんすいません。なのはに言われるまでほとんど気付いてませんでした。
 あまりの罰の悪さにクロノとまともに顔を合せられてねぇ。

「僕や母さんもそれとなく気を使っているんだが、あまり効果がなくてな。彼女をどうにかできるとしたら、君かなのはしかいないと思っている」
「俺にどーしろと」

 半身だけ振り返ってぼやく。
 正直、なんとかしたいのはやまやまだが、俺なんぞにメンタル的なケアを求められても困る。

「具体的に何をどうしろとは言わない、ただできるだけ彼女を気をかけてやってほしいんだ。頼む」
「……わーったよ。でも、変な期待はすんなよ」

 そんな真剣に頼まれたら茶化して誤魔化すこともできない。渋々ながらも了承する。
 どーせなのはにも言われてたし、やることは変わらない。

「あぁ、わかってる。それに元々僕が言うまでもなかっただろうしな」

 こっちの考えを見透かしたかのような笑いがちょっとムカつく。
 憮然としながら、再度中庭に向かおうとしたところで、また背中に声がかかる。

「フェイトを頼む」
「あぁ」

 声だけで返事をし、なのは達の待つ中庭へと向かった。




「あ、ゆーと」
「おう」

 中庭、正確には中庭への出入り口に設けられた長椅子に、なのはとフェイト二人並んで腰かけていた。
 こちらも温泉上がりなのか、浴衣に髪降ろしたVerという素晴らしい組み合わせだった。

「とりあえず一枚」
「「え?」」

 二人の声がハモる。
 パシャリと携帯で一枚。無論、画質は最高クオリティで保存。役得役得。

「なんでいきなり撮ってるの!?」
「いや、可愛い子見かけたからつい」
「えっ」
「ゆーとくん、いきなり何言ってるの!?」

 しどろもどろになるフェイトとなのはがマジに可愛くてほっこりする。変に耐性ないのが余計に素晴らしい。
 もう一枚パシャリと。当たり前だけど、可愛い子がいても見ず知らずの人にはやりません。

「いや、冗談抜きに二人とも可愛いぞ。浴衣も似合ってるし、髪降ろすと普段と全然雰囲気変わって凄く良い」
「え、そ、そうかな」

 照れ照れのフェイト、ごちそう様です。制服の時のツインテにしながら真ん中だけ髪降ろしたのも大好きだけど。

「髪降ろしたなのはも久しぶりだけど、やっぱ俺は髪降ろしたほうが好きだな。そっちのが普段より可愛い」
「……ゆーとくんってたまにサラッとそういうこと言うよね」

 照れながらも若干ジト目のなのは。

「おまえらくらいしか言わんて」

 同年代というか異性として意識してる女の子には、そうそう言えないけど、妹くらいの女の子に可愛いというのに抵抗ある男はいまい。

「えっ!?えっ!?それってどういう……?」
「顔を真っ赤にしておたおたするなのちゃん可愛い」
「な、なのちゃん!?ど、どうしたの、今日のゆーとくん変だよ!?」
「嫌ならやめるけど」
「え、あ?べ、別に嫌じゃないけど……うぅ」

 プシューッと湯気が出そうなくらい真っ赤になるなのちゃん、マジに可愛い。これはお持ち帰りしたくなる。

「…………それで私たちに話って何?」

 気付けばフェイトの冷たい視線が突き刺さっていた。

「あぁ、えっと……」

 いかん、目的を忘れかけてたっていうか、結局何も思いついてない。
 どうしよう。

「ゆーと?」

 小首を傾げるフェイトにどうしたものかと思い悩む。うーん、ここはストレートにいくか?

「単刀直入に言う。泣け」
「え?」

 フェイトがきょとんとした顔でこっちを見るが、構わず言葉を続ける。

「皆、お前が無理してるって心配してるんだよ。だから一度思いっきり泣け、喚け、叫べ」
「……ゆーとくん、それはちょっと」

 なのはが心底呆れた顔をしているが、今は無視。俺だってかなりアレなこと言ってるのは自覚してる。ロクな考えが浮かばなかったんだよ。

「全然無理なんてしてないよ、私は大丈夫。強い子だもん」

 グッと拳を握って笑うフェイト。その笑顔には一片の陰りもない。が、アルフの話をお聞いた後だと、逆に不安を煽ってくる。
 多分、なのはやクロノ達にも同じことを言い続けたのだろう。人の良いなのは達なら、これ以上は強く言えなかったのかもしれない。

「てい」
「あいたっ!?」

 問答無用でその額にデコピンを打ち込む。
 それも一発では終わらせず、二発三発。

「な、何するの!?」

 サッと手で額をガードするフェイト。ちょっとだけ涙目だ。

「全然大丈夫に見えねーから皆心配してるんだよ。何をそんな意固地になってるんだよ?まるでなのはみたいだぞ?悪い意味で」
「私!?しかも悪い意味って!?」

 何やら騒がしい声が聞こえるが、これもまた無視。

「別に……意固地になんてなってないもん」

 頬を膨らませて、ぷいっと目を逸らすのは意固地になってる証拠です、フェイトさん。
 小さくため息をつきながら思案する。どうすっかなぁ。
 フェイトの様子を見る限り、今は大丈夫かもしれない。が、このまま心の裡に色々ため込んでいくと、後で取り返しのつかないことになるかもしれない。
 そうなる前になんとかしたいけど、どーすんだ、これ。地雷踏む覚悟でいってみるしかないかなぁ。

「アルフから聞いたけど、おまえプレシアが死んでから泣いてないんだろ?どう考えても無理してるだろ」
「無理してないもん。私は強い子だから平気だよ」

 ……完全に駄々っ子モードに入っとる。これはこれでレアなんだが、それで満足するわけにもいかない。
 なのはと顔を見合わせると、向こうも少し困ったような顔をしていた。

「それは泣かない理由になんねーよ。つーか、やけに強い子にこだわるな。プレシアと何があった?」

 フェイトが強い子だというのは異論はない。が、今のフェイトは必要以上に『強い子』に固執している気がする。

「……母さんと約束したんだ。魔法が使えなくても、母さんがいなくなっても、強く生きていくって」

 そういう、ことか。
 なんとなくだが合点がいった。
 プレシアと約束したから。強くなるって決めたから。だから泣くこともしない。そうフェイトは決めたのか。
 一途で真っ直ぐなフェイトらしいと言えばフェイトらしいのかもしれない。が。

「あいたっ!?」

 再度、全力全開のデコピンをお見舞いしてやる。

「おまえ、バカ。ホントにバカ。頭固い。豆腐メンタルが無理すんな」
「そ、そんな言い方って――っ」
「フェイトちゃんっ!」

 声を荒げるフェイトに俺が反論するより早く割り込む声。
 なのはがギュッとフェイトの手を握る。

「あのね、私、上手く言えないんだけど、フェイトちゃん間違ってると思う」

 微かに目に涙を浮かべながら迫るなのはは、フェイトに反論する隙を与えることなく言葉を捲し立てる。

「そういうのは多分、強いって言わない。悲しいときはちゃんと泣いて、全部吐き出して。自分一人で抱え込まないで。私じゃ、あんまり役に立てないかもだけ ど、それでも色々話して欲しいし、頼ってほしい。ううん、私じゃなくてもいいの。ゆーとくんでも、アルフさんでも、クロノくんでも、リンディさんでもい い。ただ我慢して自分の中に抱え込むのだけはダメ。そんなことしたら、いつかフェイトちゃんが壊れちゃう。私、そんなのは嫌だよっ!」
「なのは……」

 なのはの訴えにフェイトは戸惑うように瞳を揺らす。

「誰かに弱みを見せることができるのも、強さのうちだ。受け入りだけど。泣きたいときは思いっきり泣け。誰かに聞いて欲しかったら、俺でもなのはでもいいから、何でも言え。一人で抱え込むよりずっといい。そうやって頼る相手がいるのも、そいつの強さだ」

 言いながら、ポンポンとフェイトの頭を優しく叩く。なのはもフェイトも、困っていたら勝手に助けてくれるような奴らが周りにいる。
 それはとても幸せなことで、本人の人徳によるものだ。
 それに引き替え俺なんて……負のスパイラルに陥りそうだから思い出すのはやめておこう。

「誰にも頼らない強さってのもあるかもしれない。けど、それは同時に誰にも頼れない寂しい強さなんじゃないかって、俺は思う。フェイトにはそんな風に強く なってほしくないかな。どーせ人一人の力なんて高が知れてるんだ。頼れる相手には頼って、そいつが困ってる時は自分が力を貸す。お互いがお互いを助け合え る強さを目指すほうがフェイトにはあってるんじゃないかな……って、何言ってるんだ、俺」

 深く考えずに思うままを言葉にしてたら、自分でもよくわからんことを口走っていた。
 何も言わずにこっちを見つめてくるフェイトとなのはの視線がちょっと痛い。

「あー、っと。とりあえずプレシアが死んで悲しかったんだろ。いままで泣けなかった分まで全部泣いちゃえよ。ここでさ」

 くしゃりとフェイトの顔が歪む。

「……うっ、くっ」

 押し込めいた感情が少しずつ溢れていくように、フェイトの瞳から涙が零れていく。

「フェイトちゃん」

 涙を零すフェイトをあやすように、なのはがそっと抱きしめる。

「……なのはぁ……」
「うん。大丈夫……大丈夫だから」

 嗚咽を流してすすり泣くフェイトの背中を、なのはが優しく撫でていく。
 よく見れば、なのはの目からも光る雫が零れ落ちていた。

「…………」

 もう大丈夫かな。
 ポロポロと涙を零すフェイトを抱きしめるなのは。いつぞやの別れとは逆の構図。
 その光景を心に焼き付けながら、そっとその場を後にする俺だった。



 自分の部屋に戻ろうとしたら、途中に浴衣姿のアルフとアリサ、そしてすずかが待ち構えていた。
 俺はそのまま浴衣姿のアルフへと歩み寄り、ぎゅっとその手を握る。

「ナイス浴衣!」
「第一声がそれかいっ!」

 アリサに思いっきり頭をはたかれた。痛い。

「仕方ないだろ!?アルフの浴衣姿最高だったんだから!こんなもの前にして他に優先して言うことなんかあるか!?」

 微かに濡れた髪!浴衣越しに強調される胸のボリューム!今回の旅行で一番楽しみにしてたんだからな!

「あー、まぁ、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、他に言うことあるよね?」

 しゃがみこんだアルフにガシッっと両肩を掴まれた。本気と書いて目がマジだった。

「すいません。とりあえず万事オッケーな感じでどうにかなったと思います。今はなのちゃんが面倒見てます」
「なの……」
「ちゃん?」

 アリすずが変なとこで反応した。

「本当?本当に?フェイトはもう大丈夫?」
「うん。今頃なのはと一緒に思いっきり泣いてるから大丈夫だって」

 フェイトを心配するアルフが妙に可愛くて、苦笑しながらもしっかり頷いてみる。
 つーか、あれ俺がいなくても良かったよね。多少時間はかかっても、なのはなら自力でどうにかできた気がするけど、まぁ、いいか。

「良かった……良かったよぉ……」

 へたりと座り込んで、ポロポロと涙を零し始めるアルフ。
 まったく、主従揃って涙もろいなぁ。
 できれば頭を撫でたいところだが、肩をがっちりと抑えられてるので、肩に置かれた手をポンポンと叩くに留める。

「あれ、なんか良い雰囲気?」
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よって奴かしら……」

 すずかとアリサが何やらこっち見て小声で囁いてるがよく聞こえない。なんとなくロクでもないことのような気はするが。

「ありがとね、ゆーと。プレシアのことといい、あたしの魔力のことといい、今回のことといい、あんたには世話になりっぱなしだねぇ」

 えへへと笑いながら涙を拭うアルフにドキッとする。
 あんま意識したことはなかったけど、こうして至近距離で見ると、アルフもすげー美人だなぁと再認識。
 やばい、ちょっとドキドキしてきた。

「い、いや……まぁ、大本の原因はその、俺にあるようなもんだし」
「んふふ〜、謙遜しなくてもいいよぉっ!よし、約束通り、ご褒美をあげよう」

 ポンポンと人の頭を叩くアルフに首を傾げる。

「ご褒美?」
「そ。さっき言っただろ?あたしにできることならなんでもしてあげるって」

 そういやそんなこと言われたような……って、そっちの意味だったのか。
 って――。

「なんでも?」
「ん〜、なんでも♪」

 視線が一瞬だけ下がる。
 ………………………………なんでも?
 ……………それはひょっとしてエッチなこと、いや一緒に風呂とかもアリですか?
 普通ならアウトだけど、今の俺が子供なのと合わせてアルフなら軽いノリでオッケーしてくれそうな気がする。
 「ん、そんなんでいいの?それくらいならお安い御用さ」みたいな感じで!
 そして湯船にタオルをつけるのは、ルール的にNG。
 場合によっては、全部見える可能性がある!
 よく考えろ、俺。
 この選択肢は超重要だ。フラグを一歩間違えればアウトだ。
 まずアルフ以外に知られたら色んな意味で俺が死亡する。なのは達の視線的な意味で。
 旅館の風呂はアウト。色々危険な要因が多すぎる。
 ここは温泉街。個室の混浴とか探せばいくらでもある。
 上手くアルフだけを誘い出して一緒に旅館を抜け出すという手も使えるだろう。

「いつになく真剣な顔してるわね」
「なんか目が血走ってるような気もするけど……」
「……そんなに真剣に悩むことかい?」
「今まで生きてきた中で一番真剣に悩んでます」
「どんだけ薄い人生なのよ」

 アリサの突っ込みは今日も鋭利です。
 だが、俺にとっては重大なことなんだ。
 シグナムのいないこの場において、アルフは一番貴重で身近なおっぱい成分なんだよ!
 一緒に温泉というミッションさえ達成されれば――
 「へーえ、あたしの身体見て、こんなんにしちゃったんだ……いけない子だねぇ」
 とかアルフが迫ってきて、さらにあんなことやこんなことになる可能性がコンマ数パーセントでもあるかもしれないのだ。
 ふ、ふはははははっ!この世の春がきたぁぁ!

「目が物凄く真剣なのに、口元緩んでるよ……」
「何かよからぬこと企んでるんだろうけど……はっきり言ってキモいわね」
「おーい、ゆーとー?帰っておいで〜」
「――――ハッ!?」

 ぺしぺしと頭を叩かれたことで正気戻る。
 いかんいかん、久々に妄想全開してた。

「え〜と、すまん。この件に関してはまた後で」
「はいよ。何考えてるか知らないけどほどほどにしておくれよ」
「あ〜、まぁ、無理なら適当に拒否ってくれればいいです、はい」

 っていうか、冷静になって考えれば程々のお願いしとかないと後でしっぺ返しくるよね、色々と。
 うん、さっきのは妄想に留めておこう。勿体無いけど!勿体無いけど……!

「ち、血の涙……?」
「いったい、何を頼む気だったのこいつは……」
「あはは……」

 アリすずがドン引きし、アルフが苦笑していた。
 その後、夕食時にフェイトと顔を合わせたとき、少しだけ恥ずかしそうに「ありがとう」と言われた。
 とりあえずは、任務完了ってとこかな?








「ね、クロノくん。魔法の練習、相手してもらっていいかな?」

 発端はなのはのこの一言だった。
 別にどうということはない。なのはが夕食後に魔法の練習をするのはいつもの日課らしいし、たまたまクロノがいたのでその練習相手に指名し、ユーノに結界役を頼み、他の連中がそれを見物する。
 ただそれだけの話だったのだが。

「ねぇねぇ、オリジナルはやんないの?」

 レヴィがさらりと地雷を踏んだ。
 そうか、こいつらはまだ知らなかったか。

「えっと……私はもう魔法使えなくなっちゃったから」
「そうなの?」

 なのは達の練習を横目にフェイトがマテリアル達に事情を説明するが、それを聞いてるだけで耳と心が痛い。
 結局、今だに解決手段も見つかってないし、俺もロクにフェイトにしてやれることがない。
 なんというか自分のダメさ具合を突き付けられているようで辛い。

「ええ!?それじゃもう僕とガチバトルできないじゃん!?」
「うん、ごめんね」
「むー。せっかく対オリジナル用に新しい必殺技とか色々考えたのにー」
「あはは」

 ぷんすかと頬を膨らますレヴィを宥めるフェイト。
 微笑ましい光景ではあるのだが、俺は自分の罪悪感でいっぱいいっぱいです。
 ……旅行なんてこないで無限書庫に引き籠ってたほうが良かったんじゃないかと今更ながらに思ってきた。

「王、すこし良いですか?」
「む?」

 一通り、話を聞き終えたシュテルがディアーチェと本を広げて何やら話していた。
 っていうか、どっからあの本出てきた?装丁は闇の書、もとい夜天の書に似てるけど。

「……ここの式をこうすれば」
「ふむ、たしかに。だが、触媒はどうする?」
「一人うってつけの人間がいるじゃないですか」
「ん?あぁ、そういえばそうだな」

 クルリと二人の視線がこっちに向く。いきなりだからちょっとビビった。

「……えー、と、何の話だ?」
「一言で言えば、フェイトのリンカーコアを治せます」
「マジで!?」
「え?」
「さっすが、シュテルん!」

 シュテルの一言に俺とフェイトが驚きの声を上げ、レヴィがはしゃぐ。

「念のため、コアの状態を確認したいのでリミッターを解除してもらえますか?」
「え?ああ、うん」

 現在、マテリアル達は保険の意味合いを兼ねて、魔力リミッターをかけてある。なので今こいつらが使えるのは念話くらいのものだ。
 まぁ、俺からの供給ラインがまだ不安定だから、全力で暴れるのはしばらく無理だろうけど。
 有事に備えて……というわけでもないが、形だけの主とはいえ、クロノ、リンディさんに加えて俺もリミッターの解除権限を持っている。
 つーか、負荷だけでかくて供給量が少ないってどんだけ変換効率悪いんだ。俺とこいつらのどっちに原因あるかは知らんけど。

「どのくらい解除すればいい?」
「Dランクまで解除してもらえれば十分です」
「我の分も忘れるなよ」
「あいよ」

 言われるままにシュテルとディアーチェのリミッター制限を緩める。

「ねぇねぇ、シュテルん、僕は?」
「今回はお休みです」
「えー、つまんなーい」

 まぁ、レヴィはこういうの向いてなさそうだし。

「魔力が完全回復するまでは我慢しとけ。そしたらなのはでもシグナム達でも好きなだけガチバトルで遊んでいいから」
「ふふー、今の言葉しかと覚えたからな!」

 だからどこで覚えた、その微妙な言い回しは。

「では失礼します」

 キンッと甲高い音を立てて、フェイトの体を包み込むように環状魔法陣が生じる。
 そして十数秒して魔法陣が霧散する。

「大丈夫、これならなんとかなります」
「本当?」

 そのシュテルの言葉に俺はグッと拳を握り、フェイトが嬉しそうに聞き返す。
 やった!これでフェイトがまた魔法を使えるようになる!
 これは本気で嬉しい。知らず知らずのうちに頬が緩む。

「もっとも、完治には時間がかかりますし、それまでは一切の魔法が使えませんよ?」
「全然平気!」

 おおぅ、フェイトもテンションあがってる。いつにない勢いでちょいびびった。

「時間かかるってどのくらい?」
「一年か二年か……あるいはもっとかかるかもしれません。そこら辺はリンカーコアの回復力次第ですね」

 思ったよりなげぇ。が、今まで全く快復への手がかりがなかったのに比べれば大きな進歩だろう。
 チラッとフェイトを見ると思いっきり目が合った。そして頷くフェイト。

「おね「頼むシュテル。フェイトを治してやってくれ」

 あ、思いっきりフェイトの台詞に被った。フェイトが微妙に恨めしそうな視線で睨んでくるが、まぁ、いいや。可愛いからむしろご褒美です。

「治すのは構わん。だが、何の代価も払わずに治せるわけではない。それ相応の代償が必要だぞ?」
「代償?」

 ディアーチェの言葉に鸚鵡返しに聞き返す。どうでもいいけど、なんでお前そんなにすっごく楽しそうな顔してるだ。

「この治療法は、治癒するもの以上の魔力キャパシティを持つリンカーコアの一部を移植し、それを元に本来の機能を回復させる。実際には違うが、リンカーコアを移植するようなイメージだな。そういえば相応のリスクを生じることは想像に難くあるまい?」
「王?」
「シュテル、貴様は口を挟むな」

 小首を傾げたシュテルをディアーチェが一喝する。

「リスクってどういうこと?」
「フッ、大体察しはついておるのだろう?」

 フェイトの質問にディアーチェは心底楽しそうに口の端を釣り上げる。
 そしてディアーチェの視線は真っ直ぐに俺を射抜く。
 まぁ、この場合、提供者は必然的に俺だよな。フェイト以上の魔力キャパシティを持ったリンカーコアなんてそうそういないだろう。身近でお手軽なのは、そ れこそ俺くらいしかいねぇ。クロノやユーノじゃ、フェイトよりキャパシティは少ないし、なのはでもフェイトと大して変わらんだろう。あぁ、はやてならいけ るのかも?
 とはいえ、リスクがあるならそれこそあいつらにやらせるわけにはいかない。

「提供者は二度と魔導を使えん。魔力自体の生成は可能だが、それを行使する機能が失われるのだからな。未来永劫、自力で魔導を行使することは叶わぬ。さぁ、どうするユート?」
「問題ない。やってくれ」

 俺は迷わず即答する。

「…………」

 なぜか、周りの奴らが驚いたような顔をしてフリーズする。

「なんだよ?」
「貴様は本物の馬鹿かっ!?わかっているのか!?貴様は二度と魔導を使えなくなる!ただ魔力を生むだけの機械となるのだぞ!?何を一切の迷いなしに即答するか!?もっと悩め!苦しめ!苦悩しろ!」

 何をキレているのか、こいつは。つーか、魔力を生むだけの機械って。どこで覚えたそんな表現。

「なぁ、こいつなんでキレてんの?」
「ユートが悩む姿を見て愉悦に浸りたかったんじゃないでしょうか」
「……歪んだ性格してるなぁ」
「貴様に言われたくないわっ!」

 そうだろう、そうだろうと煽りたくなったが、フェイトを治す前に機嫌を損ねるのもまずいので自重する。

「まぁ、そんなわけでフェイトを治してください。お願いします」
「だ、ダメだよ、ゆーと!そんなこと――んんっ!?」

 とりあえずフェイトがうるさそうなのでバインドで猿轡かまして、両手両足を拘束しといた。
 んーんー唸るフェイトをディアーチェの前に転がす。

「ちょっ!?いきなり何してんのよ!?」
「バインド」

 アリサに即答しつつ、ディアーチェへと愛想笑いを向ける。

「ささっ、王様。今のうちにフェイトの治療お願いします」
「ゆーとくんらしいと言えばらしいけど、これはちょっと……」
「貴様は目的の為ならば手段を選ばんのか」
「一切の躊躇いの無さが逆に怖いですね」

 すずかどころかディアーチェとシュテルまでが思いっきり引いていた。
 フハハ、なんとでも言うがいい。この遠峰勇斗、目的のためならば手段を選ばん!

「もう一度だけ確認するが、本当にわかってるのか?脅しでも冗談でもなく二度と魔導が使えなくなるのだぞ?」

 これは俺のことを心配してくれているのだろうか?微妙に不機嫌そうなディアーチェの顔からはイマイチ判別できん。

「おまえらへの魔力供給は問題なくできるんだろ?なら問題ない。どーせ、元々まともに使えてないしな。前に戻るだけだ、バサッとやってくれい」

 魔法への未練がないと言えば嘘になる。自力で空を飛んでみたいし、もっと色々魔法を覚えてみたかった。
 が、俺のせいでフェイトが魔法を使えなくなったのだから、その程度の未練は断ち切らなければならない。
 俺じゃどうせ何もできないし、フェイトに有効利用してもらったほうが絶対に良い。

「…………つまらん奴だ」

 鼻を鳴らして、そう吐き捨てるディアーチェ。何がそんなに気に入らんのか知らんが、ほっとけ。

「ふん。シュテル、サポートは頼んだぞ」
「はい。おまかせを」

 シュテルがフェイトを中心に魔法陣を展開する。

「動くなよ、ユート」
「っ!?」

 俺の前に立ったディアーチェが問答無用で俺の胸に腕を突き立てる。
 いってぇぇぇぇっ!?
 心臓を鷲掴みにされたかのような激痛に思わず声が漏れそうになる。
 物理的に腕を突き立てられたわけじゃない。
 現にディアーチェの腕は俺の胸ではなく、胸に展開されてる異空間のようなとこへ突き刺さっている。
 シャマルの旅の鏡のように魔力的な何かで俺のリンカーコアへ干渉しているのだろうが、これはちょっとシャレにならないくらい、痛ぇっ!
 が、そんな俺にかまいもせず、ディアーチェは無造作に腕を引き抜く。
 うわっ、なんか体の中からブチブチ切れるような感覚。闇の書にリンカーコア吸われた時より痛ぇ!
 ディアーチェが腕を引き抜くと、その手には紺色の輝きを放つ光。あれが俺のリンカーコアか?
 って、全身から力が抜けていく感覚。俺はへなへなと座り込んでしまう。
 おおおおおっ、目が回る。

「シュテル、貴様のほうの準備は良いか?」
「いつでもどうぞ」
「んー!んー!んんー!」

 シュテルの足元にはバインドで拘束されたままのフェイト。
 何やら必死にもがいているが、あの状態では何もできない。
 そしてディアーチェが俺のリンカーコアをフェイトの胸へと押し当てる。

「んっ……んんっ!」

 ビクビクッとフェイトの身体が跳ね上がり、顔が真っ赤に染まっていく。
 なんか微妙にエロいな。つーか、大丈夫なか、おい。
 ディアーチェの腕に環状魔法陣が展開され、ゆっくりとフェイトの胸へと埋没していく。
 地面に展開されてシュテルの魔法陣とディアーチェの腕の魔法陣が同調するように明滅し、輝きを増していく。
 そして不意に魔法陣が消滅する。

「終わったぞ」

 フェイトの胸から腕を抜き取ったディアーチェとなんかぐったりしてるフェイト。
 とりあえずもうバインド解除するか。

「ん?あれ?」

 バインドが解けない。……って、そっか、解除もできないのか。

「すまん、シュテル。フェイトのバインド解除してやって」

 こくりと頷いて、シュテルがフェイトを縛るバインドに触れると、瞬時に弾けていくバインド。
 わかっちゃいたけど、俺のバインド弱いなぁ。

「うぅ……ゆーと、酷いよ」

 起き上がって涙目でこちらを睨むフェイトになんか凄くゾクゾクして興奮した。
 いかん、もっと苛めたい。

『ゆーとのヘンタイ』

 そんな優奈の声が脳内に響いた気がする。
 否定できる要素がなにもないね、うん。

「何やってるの?」

 ユーノを先頭になのは達が戻ってきた。

「って、フェイトちゃん大丈夫!?」

 涙ぐんでるフェイトに気付いたなのはが慌ててフェイトに駆け寄る。

「ゆーとくん、フェイトちゃんに何したの?」

 キッとなのはが俺を睨んでくる。
 いかん、これはマジに怒ってる。気付けばクロノもユーノも真剣な顔で俺を睨んでいた。

「待て、話を聞け。別に苛めてたわけじゃないぞ、単にフェイトのリンカーコアを治そうとしていただけで」
「フェイトちゃんの?」
「ええっとだな」

 三人の視線にビビりながら、なんとか要約して伝える。

「というわけで、決してフェイトを苛めてたわけじゃないです、はい」
「補足すれば、いつ完治するかはこやつの回復力次第。それまで一切魔導は使えんぞ。出血大サービスで完治したときには、すぐわかるよう仕掛けをしておいてやったぞ」

 ふふんと、鼻を鳴らす王様。
 さっきまで不機嫌だった割にえらく得意げだ。つーか、サービスいいな。
 本質的に世話焼きというか、人が良いというか、面倒見が良いと言うか。初対面ん時と印象変わりすぎだろ。
 俺にだけ風当り冷たい気がするけど。

「そうだったんだ。でもゆーとくん、本当に良かったの?」

 なのはの言わんとしていることはわかる。

「何も問題はない」

 キリっと付きそうな勢いで即答する。

「全然良くないよ!」
「おおっ!?」

 復活したフェイトが物凄い剣幕で怒鳴ってきた。

「なんで私の話聞かないでこんなことするの!?私が治ってもゆーとが代わりに魔法を使えなくなるんじゃ意味ないよっ!それで私が治っても全然嬉しくなんかないっ!」

 驚いた。フェイトがこんな怒ってるの初めて見た。なのはもクロノもユーノもアリサとすずかも目を点にして驚いてる。シュテル達は冷めた目で見てるけど。

「初めて会った時からそうだよ!ゆーとは私の都合考えないでいっつも!いっつも!勝手に話を進めて!振り回して!」
「ハッ」

 内心ではフェイトの剣幕にビビりながらも、鼻で笑い飛ばし、口の端を釣り上げる。

「前にも言ったろうが。俺は俺のやりたいようにする。お前の都合や気持ちなんか知ったことか!」
「ゆーともかなりテンパってるね」
「テンパり過ぎて自分で何言ってるか、わかってないんじゃないのか」

 そこの男二人うるさいよっ!フェイトがこんな感情丸出しで怒るなんて想像もしてなかったから、こっちだっていっぱいいっぱいだよ!

「ゆーとくんって実は想定外のことに弱い?」

 なのはまでうっせぇ!あぁ、もう、なんか頭ぐるぐるしてきて訳分かんなくなってきた!

「げ」

 気付いたらフェイトがこっちを睨みながらポロポロと涙を流していた。
 待って、待って。ここで泣くのはおかしい。おかしいよね!?なにこの、どうすりゃいいのっ!?

「――――っ!?」

 不意に。フェイトに思いっきり抱きつかれた。
 ちょっと待て。身長差があまりないから顔が近い!
 俺の肩に顔を埋めるようにして嗚咽を上げるフェイト。え、なにこれ、マジにどうすりゃいいの?
 助けを求めようと周りに視線で訴えようとするが――

「痴話喧嘩か、アホらしい」
「部屋でトランプでもしましょうか」
「いいねー、おやつ賭けての真剣勝負……燃えるね!」
「私たちも先に戻ろっか」
「うん、そうだね」
「そうしましょう」
「僕達もなのはの部屋にお邪魔させてもらおう」
「留守番してるアルフにもこのこと伝えないといけないしね」

 え!?この状態で皆帰るの!?

「ちょっと待ってっ!置いてかないで!お願いします!助けてっ!」

 身動きの取れないままそう叫ぶが、シュテル達は一度も振り返ることなく去っていく。
 すすり泣くフェイトと俺だけが無情にも取り残される。
 フェイトを振り払うわけにもいかず、途方にくれる俺。
 えっと……、こういうときは抱いたほうがいいんだろうか。
 恐る恐るその華奢な腰に手を添えて、もう片方の手を頭へと載せて優しく撫でていく。
 どのくらいそうしていただろうか。

「ゆーとのバカ」

 顔を伏せたままフェイトが小さく呟く。

「バカ、バカ、バカ…………大っ嫌い」

 大嫌い入りましたー。つーか、そんなにバカバカ連呼しなくてもよかろうに。
 まぁ、自分でも自覚してるから、甘んじて受け入れるけど。

「――――でも、大好き」
「――――ッ!?」

 小さくため息をついたところに、辛うじて聞こえるくらいの小さな囁き。
 そしてぎゅっと俺に捕まるフェイトの手に力が入る。
 この状況でその言葉はあまりに不意打ち過ぎた。

「え、あ?」

 予想だにしなかった衝撃に、言葉が上手く出てこない。
 え?この状況での好きって?え?あ?どういう意味?
 少しだけ顔の向きを変える。
 相変わらず、フェイトは俺の肩に顔を埋めているので表情が見えない。
 どういう意図での発言なのか、まったく予想できない。
 どころか、フェイトの髪から漂う良い匂いに、不覚にもクラクラとしてきた。
 ちょっと待て、俺。何フェイト相手にドキドキしてんの。
 待て待て待て、小学生相手にドキドキするとかおかしいだろ。
 シチュエーションか!?シチュエーションのせいか!?
 わからん!もう何もかもわからん!
 だが、待て。落ち着いて良く考えろ。まだ幼いとはいえ、フェイトは将来を約束された美少女。
 こんな美少女に俺が告白されるなんてことがこの先あるか?否、あるはずがない。
 こーなったらもー、フェイトで行くしか――!
 って、ちょっと待て、俺。この思考はおかしい。さっきから色々テンパりすぎだろう。
 一度、頭を冷やせ。まずは深呼吸して呼吸を整えて……って、スッとフェイトが俺から離れる。
 あれ?
 フェイトは目を赤くし、涙を貯めた半目でこちらを睨みながら言う。

「ゆーとのバーカ」
「えっと……フェイト?さっきのは?」
「べーっだ!」

 呆然とする俺に対し、フェイトはあかんべーで返す。
 なんか凄く可愛くて貴重なものを見た気がするけど、これはどういう反応をすればいいのでせう?
  一瞬レヴィがダブって見えた。
 そしてそのまま身を翻し、タタっと走り去ってしまうフェイト。

「oh……」

 一人取り残される俺。
 わからん。女って何考えてるかさっぱりわからん!

「……俺も戻るか」

 フェイトの姿が見えなくなって、さらに数秒ほどボーっとした後、一人ごちる。いい加減、寒いし。
 そして一歩を踏み出し――

「あれ?」

 不意に視界が真っ暗になった。
 立ち眩みの酷い奴だ、と思った瞬間には体中から力が抜け、崩れ落ちる。
 あー、これやばくね?などと他人事のように思いながら、俺の意識は途切れた。






■PREVIEW NEXT EPISODE■

意識を失った勇斗を介抱したのはシュテルだった。
体力が低下し、精神的にも弱った勇斗はその心情をシュテルに吐露していく。
そして勇斗への態度を変化させたフェイトに勇斗は困惑しながらも、フェイトとの距離の取り方を考えることになる。

フェイト『絶対許さない』



TOPへ INDEX BACK NEXT

採点(10段階評価で、10が最高です) 10
お名前(なくても可)
できれば感想をお願いします

UP DATE 12/8/3

#############

なのちゃんフラグ立ちました(棒