リリカルブレイカー
第51話 『究極にして至高の闇』
学校が終わって家に着くと同時に母さんからメールが来た。
内容は急な用事が入ったため、今日、明日と家を空けること。
食材はあるから、食事は各自で作ってくれと言う内容だった。
明日は休みだから弁当は作らなくてよし。
父さんは出張中でいないから、俺とマテリアルズだけか。
美少女三人と一つ屋根の下と文字で書いたらドキドキものなのだが、いかんせん年齢が低すぎて情緒も何もあったものじゃなかった。
それはさておき、冷蔵庫の中身を確認。確かに食材は一通り揃っているので、二日くらいは大丈夫そうだ。
「そんなわけで、今日の夕飯は俺が作ることになりました」
ザワッ。
「貴様が……?」
「作れるんですか……?」
「僕、ハンバーグがいいー!」
ディアーチェとシュテルの疑惑の視線。「お前ら、正座な」と、言いたいところだが、気持ちはわからんでもない。
レヴィの要望通り、今日の夕飯はハンバーグにしてやろう。
「母さんやはやてとかと比較されても困るけど、人並みに食えるものは作れるぞ。あんまり凝ったものは作れないけど。ハンバーグくらいならいける」
こう見えても優奈やはやての手伝いはよくしたし、両親がいないときはたまに自炊もする。
自信を持って美味いと断言はしないが、あからさまに不味いものは作らない程度の自信はある。
「…………」
「…………」
「やたっ!」
それでもなお尽きない疑惑の視線。レヴィは後で頭を撫でてやろう。
「文句があるなら自分で作れ」
「ふむ、そうするか」
「え」
と、したり顔で言うディアーチェに今度は俺が驚く番だった。
俺の出した声に、不満そうに睨んでくるディアーチェ。
「今の『え』はなんだ?」
「いや、おまえ料理できるの?」
一緒に生活するようになって一カ月以上経とうとしているが、シュテルはおろかディアーチェが料理してるところなんて一度も見たことがない。
俺が疑問に思うのも当然だろう。
「ふっ。我を甘く見るなよ。王たる我にかかれば、料理など朝飯前よ!」
と、偉そうに胸を張るディアーチェ。王は料理とかしないじゃないかと突っ込みたいところだが、あえて黙っておこう。
しかし晩飯を作るのに朝飯前とかこれ如何に。
普段の言動を見るに、とても料理が上手そうには見えないが、オリジナルがあのはやてだ。
もしかしたらはやてと同等の腕前かもしれん。
「よかろう。そこまで言うならその腕前、見せてもらおう。だが、お前に俺の舌を満足させることができるかな?」
と、なんとなく漫画の悪役風に挑発してみた。多少、危険な賭けをしていると思わないでもないが、外れても一食くらいならリスクは少ない。
ディアーチェの性格を考えれば、多少煽ったほうがその力をフルに使ってきそうだし。
「フッ。その挑戦しかと受け取った!我が至高の力、その舌で存分に味わうがよい!ハーッハッハ!」
そして、案の定、高笑いを上げながらノッてくるディアーチェ。
闇統べる王は実にノリが良かった。
そして夕飯の時が訪れる。
テーブルに並べられた料理を見て、思った。
王様、超すげぇ、と。
「ざっと、こんなものよ」
「おみそれいたしました」
勝ち誇るディアーチェに、俺は即座に頭を下げる。
テーブルの上に並べられた料理の数々。香ばしい匂いと豪華な見た目に思わず、感嘆の息を漏らす。
レヴィのリクエストしたハンバーグは和風からデミグラスソースまで選り取り見取り。形状も綺麗な楕円を構成し、完璧。歪さなど欠片も見受けられず、焼き加減も完璧だ。
添えられたニンジンやじゃがいもも綺麗にカットされ、見た目にも食欲を誘う。
他にもブイヨンスープにグラタン、サラダなど、どれを見ても一流レストランのフルコースと比較しても遜色ない出来栄えと言っても過言ではないだろう。
漫画とかギャルゲーだと見た目が良くても味が破滅的だったりするだろうが、ここまで完璧な見た目と匂いでそれはないと断言できる。
これは絶対に美味い。
フラフラと匂いに釣られた動物のように食卓につく俺。
やばい、これはマジに美味そうだ。早く食いてぇ。
「さっすが王様〜」
レヴィも俺同様、手のひらを合わせて目を輝かせている。わかる、わかるぞ、その気持ち。でも、涎は拭け。
「いっただきまーす♪」
「いただきます」
これ以上、食欲を抑えられず、目の前の料理へと手を付ける。
まずはハンバーグ。ソースは和風を選択し、箸で小さく切り分ける。溢れ出る肉汁の量がすげぇ。なに、これどう焼いたらこんなんなるの。
恐る恐る口に運ぶ。やべぇ、超うめぇ。
レヴィと俺は、二人で凄まじい勢いで料理を口に運んでいく。これマジにうめぇ。
味付けが俺の好みにジャストフィット過ぎるぞ、おい。
凄まじい勢いで料理を掻き込んでいく俺とレヴィを見て、ディアーチェはフフンと鼻をならし、満足そうな笑みを浮かべていた。
「それにしても王」
「む?」
「この量はいささか多すぎではないでしょうか?」
「う……」
シュテルのツッコミに、ディアーチェの顔が引きつる。
シュテルの言葉通り、テーブルに並べられた料理の量は四人分にしては、ちょっと、いや、かなり多い。
「ちと、張り切りすぎたか」
何をそんなに張り切ったのか……って、俺の煽りとレヴィの期待の眼差しのせいですね、すみません。
だが、二人の心配は杞憂に過ぎない。
「ふっふっふ、二人共そんな心配は無用だよ、あぐ、んぐぐ」
「レヴィの言うとおりだとも」
「む?どういうことだ?」
訝しげに眉根を寄せるディアーチェに、レヴィと俺は胸を張って答える。
「こんな美味しいご飯、僕達が残すわけないじゃないかっ!」
「おうとも。せっかくの手作り料理だ、何が何でも食べきってみせよう。それが美味いモノならなおのことよ」
そして更なる勢いで食べ始める俺とレヴィ。こんな美味いものを残すなんてとんでもない。
「……アホウ共が」
と、小さく呟くディアーチェだが、その口元に小さな笑みが浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。
こいつらといると、アホなテンションになるときが増えてきたが、まぁ、これはこれで。
そしてなんとか全ての料理を平らげることは出来たのだが。
「さすがに食い過ぎた……」
「うぅ…僕、もう動けない……」
俺とレヴィは完全に食い過ぎて、動くことも出来なかった。
「だから無理して食うなと言ったであろうが」
「……せっかく王様が作ったご飯だし」
「どうぞ、胃腸薬です」
「さんきゅ……」
ソファで仰向けになりながら、シュテルから薬を受け取る。
うー、しんど。
ここでシュテルの膝枕とかあったら、なお言うことなしだったのだが、口に出したらディアーチェにぶっ飛ばされそうな気がするのでそれは黙っとこう。
代わりに口にしたのは別の言葉。
「しかしお世辞抜きに美味かったぞ。こんだけ上手いなら普段から作ればいいのに」
「僕も王様のご飯もっと食べたい!」
シュタッと手を上げて俺に賛同するレヴィ。コクコクとシュテルも頷く。
「父さんも母さんもディアーチェの料理食べたら泣いて喜ぶぞ。冗談抜きに」
父さんと二人の時に、「可愛い娘の手料理食べれたら幸せだよなー」とポロリと零したのを聞いたことがある。
あの父親なら本当にマジ泣きするんじゃなかろうか。
「まぁ、貴様らがそこまで言うのなら、たまには作ってやらんでもない」
微かに頬を染めて喜んでるディアーチェ可愛い。
「だが、勘違いするなよ。レヴィとシュテル、父様、母様の為に作るんであって、貴様にはそのおこぼれをくれてやるに過ぎんのだからな!」
「知ってた」
おこぼれだろうが、何だろうが美味い飯が食えるなら何でもいいです。
余談だが、マテリアル達は父さん母さんの意向(というか懇願)とか紆余曲折あって、二人とはちゃんと父親、母親として付き合っている。
ディアーチェが父様、母様、シュテルがお父様、お母様、レヴィがパパ、ママと、呼んでいる。
一番渋ったのはディアーチェだったが、最終的に母さんの泣き落としに陥落した。
照れながら父様、母様と呼ぶディアーチェがとても可愛かったです。
「じゃあ、俺のことは兄と呼ぶべきだな」、と言ったらゴミを見るような目で「馬鹿か、貴様は」と真顔で言われたけど。扱いの差が酷い。
最初は不安しか無かったけど、こうして一緒に生活してみると、なかなかどうして悪くないと思う、現金な俺だった。
「――てください、ユート」
「…………おはようございます」
翌日。休日ということで惰眠を貪ってたらシュテルに起こされた。
「来客ですよ」
「……誰ぞ」
特に誰かと約束した覚えはないのだが。時計を見れば10時を回っていた。
休日の朝っぱらから人んちに来るなんてどこの物好きだ。
「ちゃんと顔を洗って、着替えてから降りてきてください」
「へーい」
シュテルに生返事を返しながら、のそのそと起きる。
普段はちゃんと自分で起きてるけど、こういうやりとりは久々で新婚とか同棲っぽくていいなぁ、と思う。
いやいや、あいつは妹。血が繋がってないけど妹。でも、血が繋がってないなら結婚も問題ないわけで。
って、何考えるんだ、俺。駄目だ、このギャルゲ脳、まだ寝ぼけてる。
まともに機能していない脳を正常な状態に戻すべく、パンと頬を両手ではたく。さっさと着替えて顔洗ってこよう。
「もしやと思ったが、やっぱりまた君たちか。おはようございます」
「おはよー、ゆーと」
「おはよ、ゆーとくん。でも、挨拶より先にその台詞はないと思うよ」
今の来客は予想通りのなのフェイで、レヴィ、ディアーチェらと共にこたつでぬくぬくしてた。
「アポなしで来客する輩には相応の対応だろう。ふぁーあ」
「昨日、ゆーとの予定確認したでしょ?今日は家で一日中だらだらしてるって」
そういやそんなやりとりをした気がする。
「朝食は食べますか?」
「うん」
「では、すぐに用意しますので、15分ほどお待ちください」
「はい」
テーブルにシュテルがお茶を置いてくれたので、ありがたく頂戴する。あったけぇ。体が温まる。
「休日の朝っぱらからウチに来るなんて暇だな、おまえら」
「だってゆーと、最近学校であまり構ってくれないんだもん」
フェイトがふくれっ面で睨んでくる。その台詞だけ聞くと、色々誤解されそうで非常にアレだ。
「こっちは只でさえ男連中とつるんでる時間減ってるんだ。学校くらい見逃してくれ」
フェイト達といる時間も楽しいが、やっぱり男は男同士でつるみたい時間もあるわけで。
ここ一ヶ月は常にマテリアルと一緒にいるから、なおさらそういう時間が減っている。ユーノも本局行っちゃったし、クロノは仕事忙しいみたいだし。
多少なりとも学校の男連中との仲も維持しておきたいとこなのだ。
「うん、わかってる。だから、今日でゆーと分、一杯補充するね」
「…………」
フェイトの好意が余りに真っ直ぐかつ、あからさまで黙りこむしかなかった。
嬉しいんだけど、何か複雑な気分。明らかにこれ「like」じゃなくて「love」だよな。フェイト自身が自覚してるかは怪しいところだけど。
「あはっ、ゆーとくん照れてる♪」
「うっせーよ」
「こやつの何がそんなに良いのか……」
フェイトを訝しげに見るディアーチェに心底賛同せざるを得ない。
フェイトのことを好きか嫌いかで言えば、もちろん好きだが、それが「love」かと言うと断じて「否」と言える。
今のところはこの距離感が一番適切だと思ってるし、フェイトもそれ以上の関係は望んでいないだろう。年齢的にもそれが良いと思う。
先のことはわからないけど、今はこのままでいいかな、うん。ちょいと受け身で情けない気はするけど。
もっとも、フェイトの好意が薄れたり、他のやつに向かったりするとかなり複雑な気はする……つーか、悲しいものがあるけど。
逆にもっと強くなったら、俺はその時どうするだろうか?
成長したフェイトに今と同等以上の好意を向けられたとこを想像してみる。
「…………」
至極、あっさりと攻略される気しかしなかった。あれ?
と、いうか今のフェイトでもこれ以上の関係望まれたらどうだろう?断れるか、俺?
…………うん?
もしかしなくても今の段階で俺かなりフェイトに攻略されてる?いやいやいや、流石に考えすぎだと思う、けど。ううむ。
「なんか難しい顔してるね?はい、フェイトちゃん、あーん」
「あーん。うん、何考えてるんだろう?」
人が微妙に真剣に悩んでる横で、なのはとフェイトはみかんの食べさせっこしてイチャついていた。
くっそぅ、なんかムカつく。
「お待たせしました」
「お、さんきゅ」
そうこうしてる間にシュテルが朝飯の用意をしてくれた。
焼き鮭に豆腐の味噌汁とだし巻き玉子に白ご飯と、オーソドックスな朝飯だった。
「いっただきます」
両手を合わせてから、有り難くいただく。
まずは玉子から。
「あ、これ美味い」
いつもと味付けがちょっと違うが、これはこれで。
向かいに座るシュテルがわずかに胸を撫で下ろすような気配。
よくよく見たら、エプロンしとる。
今更気付いたけど、これ全部シュテルが作ったのか。ディアーチェはさっきからずっとこたつに入りっぱだし。
そうか、シュテルも料理できるのか。ディアーチェができるならシュテルができても不思議はない。
鮭も良い焼き加減だし、味噌汁も普通に美味い。
何時になく新鮮な気分なせいか、普段よりも箸も進む。
五分も経たずに、あっという間に平らげる。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「お粗末様です」
そしてすぐさま食器を片付け始めるシュテル。
「あ、いいよ。食器洗いくらい俺やるって」
「いいえ、ゆーとは座っててください。デザートもありますから」
そう言ってシュテルが出してきたのはみかんの入った牛乳寒天。
「これもシュテルが作ったのか?」
「はい。口に合うかどうかわかりませんが」
「シュテルが作ったんなら大丈夫だろ」
料理が不味いやつは基本レシピ通りに作らないから不味いわけで。
さっきの朝食は普通に上手かったから、そこは心配する必要もない。
スプーンで掬い、口に含む。
寒天特有の控えめな甘さながらもすっきりとした味が口の中に広がる。
「うん、やっぱり美味い」
「なら良かったです」
食後のデザートをまったりと味わう。うむ、これも休日の至高の過ごし方よな。
なんとも懐かしいやりとりで、心底安らぐ。
「ゆーとくんってさぁ」
「ん?」
スプーンを加えたまま、なのは達のほうを見ると、なのフェイがジッとこちらを見ていた。
「ご飯食べてる時、すっごい幸せそうだよね」
「本当。見てるこっちまで幸せになってくる感じ」
実に反応に困る言葉だった。どんな顔して食ってたんだ、俺。
「それにシュテルとゆーとって、なんだか新婚さんみたいだね。なんか微笑ましい」
追い打ちでさらっと、そんなことを笑顔で言ってくれるフェイト。
俺も薄々そんなことを思ってたけど、傍から見てもそんな感じだったのか。ちょっと照れる。
ってか、お前はそんな感想でいいのか。嫉妬とかそういうのゼロっぽいけど、今の俺はそんな程度のポジションか。ホッとしたような残念なような。
ちらりとシュテルを見ると、目が合った。
肩を竦められた。心底どうでも良さそうな反応だった。ですよね!ちょっと傷ついたけど、これが当然の反応だった。
「まぁ、実際シュテルとディアーチェは嫁力たけーよ。炊事洗濯掃除と家事全般能力高いし」
そうなのだ。料理だけじゃく掃除から洗濯まで何やらせても俺以上にこなして、父さん、母さんからの評価も高い。おかげで俺の肩身が狭い。
「二人共将来、良い嫁になると思うよ。俺が保証する」
「またわけのわからんことを……そもそも誰と結婚しろというか」
またアホなことを、と言わんばかりの顔のディアーチェ。
問題はそこだ。二人なら引く手数多だと思う。実際、クラスでもクールな感じがいいとか、踏んで欲しいとか罵って欲しいとかそういった人気もある
って小学生の癖にうちのクラス変態多すぎだろう。
それはさておき、この二人が異性に対して好意を抱く様がサッパリ想像できん。無理やりに結婚相手を想像するならば、だ。
「例えば……俺とか?」
「寝言は寝て言え。アホウ」
「…………はぁ」
ディアーチェは一言で一蹴し、シュテルには盛大なため息をつかれた。
「すんませんでした」
自分でも言っててないと思った。
仮に俺がこいつらと結婚した場合はどうなんだろう。
ちょっと、想像してみよう。まずはディアーチェから。
「…………」
無理だった。というか俺にデレデレなディアーチェが想像できない。
まぁ、なんだかんだで文句を言いつつもしっかりと世話をしてくれそうな気はする。って、それだと今と大して変わらんな。
シュテルの場合はどうだろう?
表情は今と大して変わらないだろう。だけど行動とか言葉でストレートに好意を表してくる。
昼の弁当とか俺の分だけシュテルが作ったり、座る時もいつも俺の隣にしたり。
祭りとか人混みとかではぐれないようにさり気なく俺の服の裾掴んだり。
フェイト辺りに「ユートは私のです」とか宣言したりとか。
………………めちゃくちゃアリだな。
やべぇ、シュテル滅茶苦茶可愛い。余裕で惚れる。
「なんかゆーとくん、ニヤニヤしてる……」
「どーせ、なにか良からぬ妄想をしているのだろう」
気付いた時にはなのはとディアーチェの視線が冷たかった。
「えーと、とりあえず何する?」
こほん、と小さく咳払いして取り繕った言葉に、フェイトは小首を傾げる。
「だらだらするんでしょ?」
微妙に答えになってない。いいけどさ。
「よろしい。ならばサイバーフォーミュラ鑑賞会だ」
棚からDVDBOX一式を取り出す。こういう機会でもなければ、あんまり見ないんだよなDVDって。
「面白いの?」
今までずっと寝そべって漫画を読んでたレヴィが反応した。
「ラスト2話が神だ。晩飯のおかずを賭けてもいい」
レヴィの目が輝いた。小説を読んでいたディアーチェも顔を上げる。
長すぎて今日中に最終話までたどり着けないことは黙っておこう。
洗い物を終えたシュテルもいそいそと集まってくる。
プレーヤーにディスクをセットしたところで、はたと気付く。
俺とシュテルがこたつに入れない。
「シュテル、こっち」
なのはが端に寄って、ポンポンと自分の隣を叩く。
「では失礼します」
なのはとセットでこたつに入るシュテル。
あれ、俺は?と、思ったらフェイトが端に寄る。
「はい、どーぞ」
「あ、うん」
薦められがままにフェイトの隣に腰を下ろす。
「狭い」
体の小さい子供とはいえ、二人は狭い。腕と腕が完全に密着しとる。
「でも暖かいよ」
「そーゆー問題か?」
顔が近い。確かにフェイトの体温が直に感じられるし、なんか良い匂いしてくるけど。
なんでこいつこんな平然としてんの。俺のほうが無駄に意識しててなんか釈然としない。
って、寄りかかってくんなっ。
「えへへ」
すぐ隣で聞こえた小さな、でも凄く楽しそうな声。なんだこの可愛い生き物。
…………しょうがねーなぁ。
つーか、甘え方うまくなったな、おい。
まぁ、フェイトが嬉しそうならいいや、と思いつつ、鑑賞会を始めるのであった。
「レヴィー。こたつで寝るなー、風邪ひくぞー」
「zzz……」
駄目だ、これ。
さすがに長時間の視聴は疲れたのか、レヴィが完全におねむだった。
涎を垂らして、実に気持ちよさそうに寝とる。
「ユート」
シュテルの視線が俺を捉える。言わんとすることは大体察せられるのだが。
「こたつから出たくないです」
「夕食はユートの好きなハヤシライスです」
「イエッサー」
なのフェイが俺らのやりとりに首を傾げてる中、全気力を振り絞ってこたつから出る。
レヴィをベッドまで運ぶミッションスタート。
魔力が使えなくなってるから、滅茶苦茶しんどいけどな!
眠ってるレヴィをこたつから引きずりだし、できるだけ刺激を与えないようにおぶって部屋まで運んでいく。
なんとか運び終えて戻ると、なのふぇいがニコニコとこっちを見てくる。
「なんだよ」
「ゆーとくん、ちゃんとお兄さんしてるんだなぁって」
「うん、なんか手つきが手慣れてたし」
「一度や二度じゃないからなぁ」
こたつ出してから何回目だろう、この作業。
レヴィほどじゃないが、ディアーチェも一回か二回運んだことがある。
「我の臣下ならばこのくらい当然よ!」などと、ふんぞり返って、全然照れたりしないのであまり面白味がない。
寝顔だけは見た目相応に可愛いのだけれども。
「レヴィは『こたつから布団へ夢の極楽ツアー』などと名付けていましたが」
「あんにゃろう」
俺に運ばせる気満々じゃねーか。
でも、気持ちはわかる。凄いわかる。こたつで寝て、そのまま布団へというのは筆舌に尽くし難い安心感というか心地良さがある。
ディアーチェもだが、特にレヴィのあのふにゃふにゃした寝顔見えてたら、『まぁ、いいか』とも思ってしまうのも事実である。
「さて、レヴィが起きる前に夕飯を作ってしまうか」
「ユートはお茶でも飲んでゆっくりしてください」
「へーい」
夕飯の支度に取り掛かるべく、キッチンに向かうディアーチェとシュテル。
「あ、私たちも手伝うよ。行こ、フェイトちゃん」
「うん」
と、なのはとフェイトもキッチンへと行ってしまう。
一人寂しく残された俺はシュテルの入れなおしてくれたお茶を啜りながら、こたつでみかん。
みかんとこたつの組み合わせは最強。異論は認めない。
……しかし、後ろからキャッキャッと声が聞こえてくる度に疎外感が半端ない。せつねぇ。
こういうときに野郎が最低もう一人欲しいんだけど、クロノもユーノも忙しいみたいだしなぁ。
かたや執務管にもう片方は無限図書の司書。どっちもエリート街道まっしぐらで俺との格差が酷い。
なのフェイやはやても、春から正式に局員になるし、置いてけぼり喰らった感がすげぇ。
本来ならそんなこと感じる必要性なんて微塵もないのだが、周りが変態的に凄い奴らばっかりなので劣等感がクライマックス。
今の自分がこのままでいいのかと、何度も思う。
思って結局何もしないんだけど。凡人の辛いとこである。
「フハハハハハ!みよ、これぞ究極にして至高の闇!」
「おおー!」
高笑いするディアーチェと、寝起きにはしゃぐレヴィだが、これってただのハヤシライスですよね。
『いただきまーす!』
と、いつの間にか夕飯どころか泊ることになってるなのフェイも交えて、皆でいただきますをする。
うめぇ。このハヤシライス超うめぇ。
「あはは、そんなに急いで食べなくてもおかわり一杯あるから大丈夫だよ」
「ちゃんとサラダとかも食べないと駄目だよ」
と、なのフェイ。
「母親か、おまえらは」
という俺に突っ込み、なのフェイが揃って笑う。
ディアーチェがレヴィの食べっぷりを見ながら、満足そうに頷き、レヴィの口元をシュテルが拭う。
昨日も思ったけど、こんな生活も悪くないとしみじみ思う。
いつまでもこの生活が続くかはわからない。
なのはやフェイトが正式に管理局に入ったら、こうして彼女らと接する機会は段々と減っていくだろう。
男女が別れる中学に進学したら、それはもっと顕著になる。そうなった時、俺は彼女らと疎遠にならず、今の関係を保っていられるのか。
普段の自分の人付き合いを考えると、あまり自信がない。
フェイトやなのはの笑顔が見られなくなるのはちょっと寂しい。
そしてマテリアル達とも、いつかは別れる日がくるだろう。それを思うと無性に胸が締め付けられる感慨に囚われる。
ただ、しばらくは何事もなく、こんな穏やかで平和な日々が続けばいい。
この時の俺は、そう思っていた。
ほんの一カ月も経たずに訪れる、あの日までは。
■PREVIEW NEXT EPISODE■
嘱託試験を受けるために本局を訪れた勇斗とマテリアル達。
試験の間、一人ナカジマ家を訪れる勇斗。
そこで勇斗は再び魔力を発動することになる。
勇斗『終わり良ければ全て良しってね』
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UP DATE 12/8/31
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