リリカルブレイカー

 

 

 第46話 『これは悪夢だ』





「何か身体に変化はありますか?」
「んー、なんとなくおまえらとラインで繋がった……?ような気がする。なんとなく」

 マテリアル達との契約はつつがなく終わった。
 今、シュテルに言った通り、自身のリンカーコアとマテリアル三人のコアと魔力的な繋がりを感じる。
 アルフの時はほとんど感じなかったが、これは俺が主としてちゃんと設定されてるせいなのか。

「魔力的な負荷はどうだ?」
「全くない」

 三人とのライン以外は、別段、体に変わったことはない。負荷らしい負荷など微塵も感じない。

「……貴様本当に人間か?」
「……前に戦った時も思ったけど、本当は別の生き物なんじゃない?」
「おまえらに言われたくねぇ」

 人を変なモノを見る目をしてくるディアーチェとレヴィにぴしゃりと言い放つ。
 いい加減、自分の魔力が人外じみてるのは自覚してるが、おまえらはそのおかげで助かったんだろーが。リンク切ったろか。

「何はともあれ、これで契約は完了です。これからよろしくお願いします、我が主」
「…………っ!?」

 主……、だと?
 予想だにしていなかった響きに衝撃が走る。
 シュテルの無感情な言葉で何故これほどの衝撃を受けるのか。いや、無感情だらこそか?
 いかん、これは良い……!
 まさか、自分が主と呼ばれるのがこれほど良いものだとは……!
 妄想の中でならいくらでもあるが、現実に呼ばれるのは別格の味わいがある……!
 相手がちんまいとはいえ、可愛い女の子なら全然アリだ。
 これは萌える……萌えるぞぉぉぉっ!

「おい、なんかこいつフリーズしてるぞ」

 ヴィータの声で我に返る。

「ははっ、そんな馬鹿な」

 頭を振って、何事もなかったかのように振る舞う。危ない危ない。もしこれがシグナムとかアルフだったら即死だった。

「変なご主人様ー」
「!?」

 レヴィの言葉に、一瞬意識が飛びかけた。
 なんだ、この破壊力。いかん、あの声でご主人様はヤバい……!
 相手がちんちくりんのレヴィでも筆舌に尽くしがたい破壊力がある。
 くそっ、俺にメリットがないと思っていた契約に、まさかこんな特典があるとは。
 ご褒美です!本当にありがとうございました!
 脳内でレヴィの言葉をリピートしつつ、少しだけ期待を込めてディアーチェへと視線を送る。

「言っとくが、我は貴様ごときを主とは認めておらんぞ」
「だろうな」

 少しだけホッとしたような、残念なような。

「まぁ、いいや。リンディさん、とりあえず俺はそろそろ帰りますね」
「そうね。今日のところはこの辺でお開きにしましょうか」

 あんまり遅くなるとまた親に心配かける。こいつらの話はまた明日に回していいだろう。幸い休みだし、明日ならたっぷり時間はある。

「なのははどうする?帰るなら送ってくけど」
「あ、うん、そうだね。私も帰るよ」
「では、行きましょうか」
「うむ」
「うん、僕お腹減ったー」

 なのはに続く、シュテル、ディアーチェ、レヴィの声に俺は無言で振り返る。

「どうした、早く貴様の家に案内しろ」
「おまえらは一体何を言ってるんだ」

 ふんぞり返るディアーチェに冷たく言い放った。
 俺だけでなくマテリアル達以外の全員が怪訝な目でこいつらを見つめている。
 その視線にシュテルは不思議そうに首を傾げ、何かを思い出したかのようにぽんと手を叩く。

「あぁ、説明していませんでしたね」
「何を」

 なんだか猛烈に嫌な予感がしてきましたよ、俺。

「主と私達を繋ぐラインは非常に不安定なので、あまり長い時間、離れているとリンクが切れてしまうんです」
「……ちょっと待って」

 俺は額に手を当てて、シュテルの言ったことを頭の中で整理する。

「離れているって距離で具体的にどのくらい?」
「主の半径200メートル以内ならセーフです」
「めっちゃ近くね?」
「はい」

 こともなげに頷くシュテル。半径200メートルって、めちゃくちゃ距離近いよね?

「ちなみにどのくらいの時間離れると駄目なの?」
「今の状態だと一日4時間以上離れるとアウトですね。時間が経ってラインが安定すれば距離も時間もだいぶ伸びると思いますが」
「…………ちょい待ち」

 手で待ったをかけて、改めてシュテルの言葉を整理する。
 えーと、つまり一日20時間以上をマテリアル達と200メートル以内の距離で生活しろと?
 ははっ、ナイスジョーク!

「冗談だよな?」
「大マジです」

 あっさりと返されたシュテルの言葉に絶句する俺。
 いやいや半径200メートルの制限って相当しんどいよね?

「……アルフとの契約ではそんなことなかったけど」
「先ほども言いましたが、こうして私たちが契約すること自体イレギュラーなので、色々制約がつきます。せめて主の魔導の才が人並みであればこの制約はなかったのですが」
「……ディバイドエナジーとかじゃ駄目?」
「それができたら苦労せんわ。プログラムの不具合で我らが魔力を受け渡しができるのは同じマテリアルと闇の書システムのみ。他者から魔力を供給するには契約を通してラインを通さねばならんのだ。全部貴様らのせいだぞ」

 そう言ってジロリと俺を睨むディアーチェ。そんなん俺が知るか。

「ちなみにラインが切れたらどうなる?」
「もう一度最初から契約の結び直し……と言いたいところですが、一度契約を結ぶと三カ月は再契約が不可能です」
「なにその色々後付けっぽいたくさんの制約!?色々聞いてませんよ!?」
「何も聞かれませんでしたから」

 しれっと言ってのけるシュテルの言葉に軽く意思が飛びかけた。
 確かに契約によって俺自身に直接かかる負担は魔力以外にない。だけどそんな制約やデメリットとかあるなら、最初に言っとけよ!?

「困ったわね……。私たちのマンションはゆーとくんのお家より1キロ以上はあるし、24時間以内に部屋を借りるのも難しいわよ」

 となると、こいつら俺ん家に泊めなきゃならんの?しかも一日二日とかじゃなく長期間?
 
 「そんなわけですので、お世話になります」

 ぺこりと頭を下げるシュテル。

「なるよー」

 シュテルに続いて楽しそうに声を上げるレヴィ。

「ふん、せいぜい我に尽くすがいい!」

 そして偉そうに踏ん反り返るディアーチェ。
 え、え、ちょ、マジで?四六時中こいつらと一緒にいなきゃあかんの?
 ハハッ、これなんてエロゲ?
 つーか、相手がシグナムとかシャマルならともかく、こんなのと一緒の生活なんて全く嬉しくねぇっ!
 主とかご主人様にはちょっときゅんと来たけど!

「これは悪夢だ。夢に違いない。こんなん現実に起きるわきゃねぇ、ハハッ」

 虚ろな目で呟く俺に、クロノがポンと肩を置く。

「残念ながらこれは現実だ」




「お話は大体わかりました」

 リンディさんから一通りの説明を受けた父さんが神妙に頷く。
 幸か不幸か、今日は父さんも母さんもちゃんと帰って来る日だ。
 ただでさえ俺の怪我が増えて、こんなの三人連れてきて何をどう説明すればいいのかと悩んだが、そこら辺はリンディさんに丸投げして解決した。
 が、うちの両親は色々大らかだけど流石に今回の事態はそんな簡単じゃないだろう。

「勇斗」

 父さんが俺をジッと見てくる。

「おまえはこの子らに怪我させられて、それでも許して、この子達を助けたいと思ってるんだな?」
「……まぁ、流石に消滅させるのは可哀相だし、根っから悪い奴らじゃないと思ってる。やっていいことと悪いことの区別がまだついてないだけで」

 なんかフェイトにも同じようなこと言ったな、俺。
 俺がそう言うと父さんは口元に笑みを浮かべ、隣の母さんはニコニコしながらぽんぽんと俺の頭を撫でてくる。
 人前で恥ずかしいからやめて!

「ディアーチェちゃん、シュテルちゃん、レヴィちゃん」

 今度は母さんがマテリアル達の前にしゃがみ、名前を一人一人呼んで、顔を覗き込む。
 今まで黙ってた三人が、少しだけビクッとする。母さんに顔を見つめられる三人はどことなく罰が悪そうな顔をしている。
 さっきまでそんな顔全然見せ無かったろ、お前ら。母さんすげー。
 どうでもいいけど、こいつらの名前にちゃんづけって呼び辛そうだな。

「もう無闇に人を傷つけたり、悪いことしないって私と約束できる?」
「な、なんで我がそのようなこ――」
「約束できる?」

 反論しかけたディアーチェの言葉をぴしゃりと遮る母さん。すげぇ、母さんのひと睨みでディアーチェが押し黙った!
 心なしか父さんが怯えてるような気がするのは気のせいということにしておこう。

「……約束します」
「ぼ、僕も」
「……わかった」

 シュテル、レヴィ、ディアーチェの三人が恐る恐る頷くと、母さんはにっこりと笑みを浮かべる。

「うん、素直でよろしい」

 微妙に脅迫混じってたと思うけど黙っておこう、うん。とばっちりは嫌だ。

「お父さん」
「うん、どうせ部屋も余ってることだしな」

 そう言って、父さんと母さんは互いに頷き合う。
 え、それでOKなの?

「リンディさん、この子達は私達が責任を持ってお預かりします」
「はい、よろしくお願いします。こちらでも出来る限りのことはさせて貰いますので」

 母さんとリンディさんはこちらも何やら話が通じてる。本当にあっさりだな、おい。

「ディアーチェちゃん、シュテルちゃん、レヴィちゃん。これからよろしくね」

 にっこり笑いかける母さんを、マテリアル達は呆気にとられた顔で見ていた。





 夕食後、居間のソファに座り、図書室で借りてきた本を読む。
 なんだか、どっと疲れた。

「お疲れさん」

 隣に父さんが苦笑しながら座り、頭をぽんぽんと叩いてくる。

「……色々ありがとう」

 マテリアル達、そして、その他色々なことも含めて感謝の言葉を口にする。
 照れくさいので正面からは言えなかったが。

「娘が増えたと思えば、これくらいなんてことないさ。母さんも喜んでたろ?」

 うん、まぁ。リンディさんが帰った後、あれこれ戸惑う三人に話しかける母さんは傍から見ていても楽しんでいたのがわかった。
 なのは達が来た時もそうだが、子供を相手にしている時の母さんは本当に楽しそうだ。
 これは俺がちゃんと子供らしく振る舞えてないから余計になのかな、と思ってしまう。

「母さんたちの後は、久しぶりに父さんと一緒に男二人で入るか」
「むさ苦しいし、狭いからヤダ」

 反射的に答えてから、しまったと思うも時既に遅し。

「こいつは……!」

 父さんは笑いながら人の頭を鷲掴みにし、乱暴に揺すってくる。おおうっ。
 今日のお礼に背中くらい流してやれば良かったと思うが、今から言い直すのも恥ずかしいので、またの機会にしておこう。

「こらっレヴィ!」

 ディアーチェの怒鳴り声が聞こえてきたので何事かと思って振り向けば、そこにはバスタオル一枚で駆け回るレヴィの姿。
 すかさず俺は立ち上がり、レヴィの背後から脳天に手刀を叩き落す。

「あいたっ!?」
「ちゃんと服着なさい。はしたない。とゆーか、髪ぐらい乾かせ」
「ええー?めんどくさいからいいよぉっ」

 ぷくーっと頬を膨らませるレヴィ。
 しょーがねーな、こいつは。

「とりあえずパジャマ着てきなさい。あぁ、パジャマ濡れないように髪をタオルで覆ってな。そしたら俺のアイスくれてやるから」
「……アイスってなに?」

 む、アイスも知らんのか。

「甘くて冷たくて美味しい食べ物だ。きっとレヴィも好きになると思う」
「本当っ!?言ったからね!約束だよっ!」
「って、早っ!?」

 目を輝かせたと思ったら速攻でいなくなっていた。どんだけ物につられやすいんだ。
 知らない人にはついていかないよう、しっかり言い聞かせないといかんかな、これ。なんという父親気分。だが、これはこれで悪くない。
 とりあえずドライヤーとブラシ取ってくるか。

「ご主人様!アイス!」
「だからはえーよ!?」



「レヴィがお手数をおかけします」
「いいけどな、別に」

 女の子の髪を弄るのは嫌いじゃない。
 パジャマに着替えたレヴィの髪を持ち上げながら髪の内側から乾かすようにドライヤーを当てていく。
 ちなみにマテリアル達が今着ているパジャマは、家に帰る途中にリンディさんが、数日分の着替えと一緒に買ってくれたものだ。
 レヴィは水色、シュテルがピンク、ディアーチェが紫と各々自分の好みの色のパジャマだ。
 シンプルだが、子供らしくフリルとかついてて、三人ともそれなりに似合ってる。
 明日は明日で、三人用の家具とか日用品とか、追加の服など色々買いに行く予定だ。めんどくせぇ。

「あー、これ気持ちいーかもー」

 後ろからでは見えないが、声から察するにさぞかしふやけた表情をしているのだろう。
 髪が傷まないよう、細心の注意を払いながら乾かしていく。
 その最中にもレヴィはずっと「あー」とか「うー」とか気持ち良さそうな声を上げているので、こちらとしてもやりがいがある。
 あー、久しぶりだなぁ、女の子の髪乾かすの。
 7,8割乾いたところでブラシに持ち替え、長い髪を梳かしていく。
 サラサラな上に綺麗だからいじり甲斐ありそうだな、これ……。触り心地もバッチリだ。
 そのうち、髪型弄らせてくんないかな。長いから色々な髪型を楽しめそう。
 ポニテとかポニテとかポニテとかっ!

「よし、終わり」
「ふえー」

 一通りブラッシングを終えるとレヴィはすっかり蕩けていた。

「そんなに気持ち良かったのか?」

 問いかけるディアーチェに、レヴィはテーブルに突っ伏したまま頷くという器用なことをやってのける。
 クイクイ。
 振り返れば、シュテルが俺の服の裾を引っ張り、無言の眼差しで訴えていた。
 可愛いな、おまえ。

「……おまえもするか?」

 コクコク。
 無言で頷くシュテルに少し萌えた。
 自分でドライヤーかけたのか母さんがかけたのかは知らんが、もう髪は乾いてるけど、ま、いいか。
 レヴィにしたように、シュテルの髪も梳かしていく。
 レヴィのように声は上げなかったが、多分満足してくれたんだろう。多分。こいつはイマイチ表情が読めぬ。

「ディアーチェはどうする?」
「いらん」

 まったくデレなかった。うん、これが正しい反応だ。
 まぁ、レヴィとシュテルもデレたというよりはモノに釣られたっていったほうが正しい気がするけど。

「ふふー。ゆーちゃんも良いおにーさんやってるわねー」

 気付けば母さんと父さんが微笑ましそうに俺達のやり取りを見ていた。
 うわー、なんだかすげぇむず痒い。
 だけどまぁ、こういうのも悪くはない、かな。うん。
 レヴィはアホの子だけど、アホの子ほど可愛いというか。
 シュテルも無表情で何考えてるかわからんが、仕草に可愛いところあるし。
 ディアーチェは一向に態度変わらんけど、小さい子の反抗期のようで、ある意味微笑ましくて可愛い。
 ……………………あれ、もしかして俺マテリアル達のことかなり気に入ってる?

「どうした、愉快な顔をして」
「……なんでもない」

 こいつらに異常なまでの親近感を覚えている自分に気付き、愕然とした。
 ちょっと待て。こいつらはこの前、っていうかついさっきまで敵と認識してたはずだぞ。
 滅茶苦茶痛い目に遭わされたし、シグナム達やフェイトと違って、知っていることも少ない。
 なのにこんな簡単に心を許していいのか!?敵意とまではいかなくても、もっと警戒心もっとけよ!
 自分自身を嗜めてると、またクイクイと服の裾を引っ張れる感触。

「ご主人様、アイス!」

 ……ニパッと笑うレヴィになんか色々どうでも良くなった。
 俺ってチョロイなぁと思いつつ、アイスを取りに冷蔵庫へ向かった。





 皆が寝静まった夜。なんとなく目が冴えてしまい、今で一人居間にいた。
 自分で入れたココアをすすりながら、今日何度目かになるため息をつく。
 本当にどうしてこうなった。
 レヴィがアイスを食べ終えた後は、俺の両親を含め、トランプやらウノやらで盛り上がっていた。
 数日前には考えもしなかったことがこうも色々起きると、何か変なものに憑かれてるんじゃないかとさえ思えてくる。
 まぁ、単純に悪いこととは断じれないんだけど。
 つーか、普通に楽しんでたしな、俺。

「まだ起きていたのですか?」

 振り返れば、パジャマ姿のシュテルがそこに立っていた。

「おまえこそどうした。眠れないのか?」
「はい。なんとなく目が覚めてしまいまして」
「おまえもココア飲む?」

 俺が聞くと、シュテルはわずかに考え込んだ後に頷く。

「頂きます」

 俺は座っていたソファから立ち上がり、キッチンへと向かう。
 適当にカップを取り出し、ココアを入れる。
 その間、シュテルは何も言わずその作業を見ていた。

「ほら」
「ありがとうございます」

 俺からカップを受け取ったシュテルは、軽く頭を下げる。

「他の二人は?」
「ぐっすり寝ていますよ。今まで野宿ばかりで、暖かい布団で寝るなんて初めてのことですから」
「なるほど」

 ソファに座りながら、思わず苦笑する。正直、こいつらがサバイバル慣れしているとは思えない。
 ここに来るまでの間、さぞかし苦労したのだろう。
 レヴィとディアーチェが騒ぎ、それをシュテルが宥める光景が目に浮かぶようだ。
 しかしこいつと二人きりになるなんてのも妙な状況だ。これから一緒に暮らすならそんな機会も増えるのかもしれないけど。
 ……ちょうどいいからここで聞いておくか。

「なんで俺なんだ?」

 俺の言葉にシュテルは不思議そうに小首を傾げる。

「本当は俺に頼らなくても何とかする方法はあったんじゃないか?わざわざ俺のとこに来たのは他に目的があるんじゃないのか?」

 根拠は何もない。が、一度そう考えたら何か裏があるんじゃないのか?という考えが消えなくなってしまった。

「考えすぎですよ。少なくとも私達はこれが最善と考えたからこそ、あなたを頼ったのです。ですが……」

 そう言葉を切って、シュテルは俺の隣にちょこんと座る。

「私があなたに興味を持っているのは事実です。あくまで個人的に、ですが」

 興味、ねぇ。

「あの戦いは99%私達の勝ちが決まっていました」

 目を閉じながら語るシュテルに目を向ける。
 その横顔には何の感情も浮かんでおらず、淡々と事実を語っているだけのように見えた。

「なのに覆されました。あなた方が勝利したのは奇跡と言っていいでしょうね」

 まぁ、クロノから事の顛末を聞く限り、シュテルの言うこともあながち間違いではない。
 九死に一生を得たと言っても過言ではないほど、あの戦いは厳しいものだった。
 その元凶が俺だというのが尚更頭の痛いとこだが。

「その奇跡を起こした一番の原動力はあなただと思っています。

 そう言ってシュテルは真っ直ぐに俺の目を見てくる。
 こいつは一体何を言ってるのか。シュテルの荒唐無稽な言葉に思わず鼻で笑ってしまう。

「ねーよ。大した事はできてない……と思いたくはないけど、勝ったのは他の皆が頑張ったからだ」

 あの場の誰が欠けても勝つことはできなかっただろう。その中で俺が果たした役割なんて微々たるものだ。

「確かに純粋な力だけで言えば、あなたは魔力が大きいだけ。あの中で最も弱かった。割合で言えば全体の0.1%にも満たないでしょうね」

 ……多分事実なんだろうけど、それって虫けら以下ですねよね!ちょっと泣きそうになるね。くすん。

「ですが、ただ大きな魔力を持っているだけで何度も立ち上がれるほど、私達の攻撃は軽くないつもりですよ」
「…………」

 うん、まぁ、あれは確かに痛かったし、自分でもよく頑張ったと思う。マジに何回も死ぬかと思った。あれだけの痛みは今までに味わったことがない。
 つーか、マジによく気絶しなかったな、俺。まさに奇跡かもしんない。
 あの時の痛みは今、思い出しても思わず身震いしてしまう程だ。
 そんな俺の心情を読んだかのように、シュテルは問いかけてくる。

「あの時と同じ事、もう一度出来ますか?」
「絶っっ対無理!」

 それだけは自信を持って言える。
 あんなんもう一回やったら絶対死ぬ!

「でしょうね。魔力ダメージとはいえ、あれだけまともに食らえば、普通は意識を保つことさえ出来ないはずです。それをあなたは訳の分からない力で何度も立ち上がって来ました」

 なんだか物凄い無駄に持ち上げられている気がして仕方ない。

「どう考えても買い被りで過大評価だと思うけどな」
「そうかもしれません。でも、それゆえに私はあなたに興味を抱きました。傍に入れば退屈しない、そんな気を抱かせる程度には」

 なんだかな。それは勘違いだと声を大にして言いたい。持ち上げられすぎて体がむず痒くなってきたぞ。

「はっきり言って、その期待には添えないと思うぞ。特に取り柄もないし、特別面白い話もできん」

 自分で言っててあれだが、俺は特別なのは魔力と前の世界の記憶を持っているだけで、それ以外は正真正銘の凡人だ。
 一緒にいたとしても大して面白いとも思わない。
 だが、シュテルは俺の言葉など聞こえなかったかのようにココアを啜っていた。って聞けよ、おい。
 思わず突っ込みたい衝動を抑えながら、ふと浮かんだ疑問を投げかかる。

「そういや色々ゴタゴタし過ぎて聞くの忘れたけど、これからどうするつもりなんだ?管理局にでも入んの?」

 俺の問いにシュテルは首を横に振る。

「管理局の仕事に興味はありません。王もレヴィも管理局のような型のハマった組織で働くのは性に合わないでしょうし」
「確かに」

 シュテルの言葉に思わず頷く。団体行動というか、規律行動みたいなの向いてなさそうだもんなぁ。

「それにしばらくはあなたの傍を離れらませんから。まずは世界のことを実際に目で見て、触れて、それからゆっくりと考えたいと思ってます」
「ふーん、そっか」

 こうした話を聞くと、なんとなく大したもんだと思ってしまう。
 俺は自分のこれからのことなんてロクに考えてないからなぁ。
 ネットしてプラモ作って、アニメ見て、可愛い女の子といちゃいちゃしたいぐらいしか思いうかばねぇ。
 人に迷惑かけずそれができれば後のことなんて割とどーでもいい。
 そう考えると前はそれを完全に満たしてたからなぁ。
 闇の書の夢の中でもそれを堪能してたし。久しぶりの優奈のちちしりふとももは実に最高でした!
 優奈のことは自身の中で一応の決着をつけたつもりではいる。
 この世界の優奈に拘ることはしないし、前の優奈に縛られすぎるつもりもない。
 だが、それを差し引いても、俺には出来過ぎた恋人だったのだ。見た目も性格もあのやーらかい体も色々勿体ねぇ!
 微妙に闇の書の夢の世界にも未練残してる辺り、実にダメダメな俺である。
 一時的に昔の自分に戻った影響か、単に子供の賢者タイム終了しただけなのかわからんが、闇の書事件以降、俺の煩悩は割と全開です。
 あぁ、くそ、思い出したらムラムラしてきた。

「……顔と手つきがいやらしいです」
「……………………」

 無意識のうちに両手をワキワキさせていたようだ。隣のシュテルの視線が物凄く冷たかった。




■PREVIEW NEXT EPISODE■

マテリアル達と奇妙な関係を結んだ勇斗。
戸惑いを感じながらも、新しい生活に心地良さを感じていく。
その一方、なのは達は密やかにある計画を企ていたのだった。

なのは『温泉だよ!温泉!』




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UP DATE 12/5/25

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