リリカルブレイカー
第44話 『楽しく遊ぼうかっ!』
「私はもうすぐ死ぬわ」
プレシアの容態が悪化したと連絡を受け、ミッドチルダの病院で再会した母の最初の一言がそれだった。
「……」
「大丈夫、すぐに治るよ」と、声をかけたかった。だが、やせ細り、青白い顔でベッドにもたれかかる母親の姿は、そんな言葉をかけることさえ躊躇わさせた。
プレシアの死期が近いことは誰の目にも明らかだった。
この半年間の生活でプレシアが不治の病に侵されていること、最後の別れがそう遠くないことも、薄々わかっていた。
その上で、プレシアがなのはや勇斗達、友達の元へフェイトを送り出したことも。
だからといって、プレシアの言葉にそのまま頷くことは母の死を肯定するようで、フェイトは押し黙ることしかできなかった。
「いらっしゃい、フェイト」
そんな娘に苦笑しながら、フェイトを呼び寄せるプレシア。フェイトが近くまで寄り添うと、そっとその頬を撫でる。
「あなたの話を聞かせてちょうだい。学校でのこと、友達とのこと、そしてこれからのこと」
これから、というのがプレシアが死んだ後のことを指しているのが否応にもわかってしまった。
切なくて、悲しくて、涙が溢れそうになりながらも、それを堪え、プレシアの望みを叶えるために口を開く。
ジュエルシードの事件以降、母に対して少しだけ変わった言葉遣いでポツリポツリと話し始める。
「うん、あのね……」
なのはやアリサ、すずか。そして勇斗ら友達のこと。学校での生活。そして闇の書事件でのこと。自らがもう二度と魔法が使えなくなってしまったことを、一つずつ、ゆっくりと。
海鳴に来た後、定期的に送っていたビデオメールで既に話したことも、改めて話していく。
母との会話を、全て自分の中に刻み込むように。
「シンクロドライブを使ったこと、後悔してる?」
プレシアの問いかけに、フェイトは迷うことなく首を横に振る。
「後悔なんてしてないよ。私は自分のできることをやりきったから」
数日前、勇斗に言ったのとほぼ同じ言葉。それは嘘偽りのないフェイトの本音だった。
プレシアも事のあらましはリンディから聞き及んでいる。
フェイトが自らの教えた魔法「シンクロドライブ」を使ったことで、二度と魔法を使えない体になったことも。
その経緯に関して、誰かを恨むつもりも無かったし、自分にそんな資格があるとも思ってない。
フェイトが自分で選び、自分で決めて、自分でやったことならば、自分が口出しすることは何もない。
シンクロドライブを含め、今の自分がフェイトに与えられるものは、全て託したのだから。
こうして話を聞いているのは、ただの自己満足にすぎない。
「魔法を使えなくなったことに未練はない?」
勇斗がついに出来なかった質問をプレシアは直球ど真ん中に投げ込んだ。
フェイトはそれに少しだけ困った顔をしながらも、すぐに口を開く。
「……ないって言えば嘘になるかな。でも、魔法が私の全てじゃないから。魔法が使えなくても、私は私の道を進んでいける」
そう言って目を閉じたフェイトが浮かべるのは、ひたむきに自分に向かってくる白い少女と何度倒れてもその度に立ち上がる少年の姿。
白い少女は出会う度に自分の名前を呼んでくれた。拒絶する自分に臆することもなく。
少年は自分の力ではどうにもならないことでも諦めることなく、何度も立ち上がった。
力のあるなしは問題ではない。
本当に大事なのは魔法の力じゃなく、その心の強さ。
どんな時にだって諦めない強さ。それをあの二人は教えてくれた。
「それにね、闇の書の夢の中でアリシアの声を聞いたの。リニスと一緒にずっと私のこと見守っていてくれるって。だから私は平気だよ」
――わたしはフェイトのお姉さんだからね。リニスと一緒にずっとフェイトを見守っているよ
あの時に聞こえたアリシアの声。他人に話せば幻聴だと笑われるかもしれない。
それでも、あの声は幻聴や聞き間違いではなく、本当のアリシアのものだと信じることができた。
「そう、アリシアが……」
フェイトの言葉にプレシアもまた、目を瞑る。
最愛の娘、アリシア。アリシアのことをよく知る彼女だからこそ、フェイトの言葉が真実だったのだろうと、すんなり受け入れてしまった。
時折、我儘を言って困らされたりしたこともあったけど、あの子は誰よりも優しい子だった。
きっとフェイトの言葉通り、いつまでもアリシアは自分の妹を見守っていくのだろう。
アリシアとリニスは今の自分達を見てどう思うだろうか?
半年前までなら、自分の在り方に心を痛めていたと思う。
でも、今の自分達の在り方なら、そう悪くはないはずだ。例え、別れの時が近いとしても。
「私、管理局に入ろうと思うんだ。もちろん、今すぐってわけじゃないし、魔法も使えなくなっちゃったけど」
魔法が使えなくても、エイミィ達のように管理局で働くことはできる。
自分がはなのはやクロノに助けてもらったように、誰かを助けていきたい。
直接、自分が誰かを助けることはできなくなってしまったかもしれないが、それでも誰かの手助けをしたい。
その為に選んだ道が管理局で働くことだった。
まだ、具体的にどんな道を進んでいくのかは決めていないが、幸い話を聞く相手に困ることはない。
色んな人から色んな話を聞いて、ゆっくりと自分の道を決めていきたい。
一つ一つ、自分に言い聞かせるように、自らの夢を語るフェイトにプレシアは微笑を浮かべて相槌を打っていた。
自分がいなくなっても、フェイトは大丈夫だという安堵を抱きながら。
「ゆーとくん、最近ボーっとしてること多いよね」
学校からの帰り道、なのは、アリサ、すずかの三人娘と一緒に歩いていると、唐突にすずかが話を振ってきた。
フェイトが目を覚まして五日後の放課後。フェイトは大事を取って自宅療養を続けていたが、プレシアの容態が急変したとのことで、ミッドチルダの病院へと行ってしまった。
三日前から学校に復帰しつつ、昨日までフェイトのところへ毎日通い詰めていた俺は唐突に予定が空いてしまい、こいつら三人と一緒に帰っている。
フェイトが目を覚ました日のことを含め、なのはたちに散々冷やかされたのは言うまでもない。
元凶の俺としては当たり前のことをしていただけなのだが、なのはにそれを言ったら、
「あれはゆーとくんのせいじゃないよ。誰の責任でもない。そんな風に自分のせいにして決めつけたら駄目っ。そんなのフェイトちゃんだって喜ばないもん」
と、ふくれっ面で怒られた。
はやてやリインフォース、ヴォルケンズとも少しだけ話したが、フェリクスのことは自分たちの責任と考え、俺に原因があると言う人間は誰一人いなかった。
まぁ、元々の歴史の流れというか原作知識がなければ、確かにそういう見方もあるのだろう。
ここで俺の責任だと喚き立てたところで、結局それは俺の独りよがりで自己満足にしかならないので特に反論はしなかったが。
肝心なのは、俺がこれからどう行動するか、だ。
まぁ、それはそれとして。
「傷が痛くて痛くて今にも死にそうなんだ」
「大人しく入院してなさいよ」
俺の言葉にアリサが呆れたように突っ込む。
「一度、無理言って退院しといて、どの面下げて戻れと言うか」
フェイトがこっちにいない以上、無理に退院する必要性はなくなってしまった。
アリサの言うとおり、もっかい入院してたほうが楽だったかもしれないが、さすがに体裁が悪い。
こう見えて、俺は見栄っ張りなのだ。
それに傷が痛むことは事実だが、実際はそこまで痛くない。
俺が学校でボーっとしている理由は別にある。
「複数の思考行動・魔法処理を並列で行う」マルチタスクの練習を兼ねて、ブレイカーにミッドチルダの文字を教えてもらっているのだ。
もっとも、大きな魔力を持っているとその分マルチタスクの処理が難しくなるらしく、もともとの才能がない上に、限度知らずの魔力を持ってる俺は、文字を習う程度のことでも他のことがおろそかになりがちになる。
慣れればもうちょい改善はされるらしいが……。
マルチタスクを習ったばかりのなのはが、戦闘シミュレーションなんて高度なことをやっていたことを思い返すと、あまりの格差社会に泣けてくるが、俺も無限書庫で調べもの出来るようになる程度には、ミッドの文字を覚えておきたいのだ。
『授業中に魔法の練習するなとは言わないけど、ゆーとくんはまだ怪我してるんだから無理しちゃダメだよ?』
『へいへい』
無論、なのはには速攻でばれていた。やっていることの難度には天と地くらいの差があるけどこいつも最初は結構ボーっとしてることが多かったので、止めはしないらしい。
「それだけフェイトちゃんに会いたかったんだもんね。仕方ないよ」
すずかが茶化してくるが、その言葉自体は間違ってないので否定しない。フェイトが目を覚ました日、俺がフェイトの額に手を乗せていたことがお子様三人の妙な想像に拍車をかけたようだ。やれやれである。
「俺に対しては別にいいけど、フェイトや他の奴に今みたいに行き過ぎた勘ぐりはやめとけよ。自分の想像や願望で物事を決めつけたり、度が過ぎると色々こじれて面倒なことになるからなー」
たとえば、フェイトが俺以外の誰か他の異性に興味を抱いた時とか。なのは達が変に決めつけて、あれやこれやと話を進めたとき、色々面倒くさい方向に拗れてしまうことがあるかもしれない。
年頃の女の子が恋愛ごとに興味を持つのは当然のことだし、悪いことではない。
が、それが行き過ぎると色々面倒なことになる。実体験こそないが、その手のトラブルに関する体験談はことかかない。
過去の俺の友人や、優奈の友人も何度かそれを経験している。
子供のうちは、ちょっとした喧嘩程度で収まるだろうが、釘を刺しておくに越したことはないだろう。
「見れば、三人とも呆気にとられたような顔でこちらを見ていた。失敬な奴らだ」
「そ、そこは声に出して言うことじゃないよ!?」
「本当にあんたは極々稀にまともなこと言うわよね……万に一回くらいだけど」
なのははともかく、アリサが失敬極まりない。一体、こいつは俺を何だと思っているのか。
「ま、何事もほどほどにな」
「あ、あはは……ごめんね」
「謝らなくてもいいけどな。俺以外の奴には気を付けてと言うか」
すずかの謝罪に軽く肩を竦めながら言う。
いたずら好きの俺があんまり偉そうに言えた義理でもないし。
「俺に対して言う分には……まぁ、好きなだけ言ってくれ」
それくらいの度量は持っていたいと思う。傍から見たら偉そうにしてるだけですね、はい。
「え、と、じゃあ、この際だから聞いてみるけど、ゆーとくんは、結局フェイトちゃんのことどう思ってるの?」
控えめに手を上げておずおずと聞いてくるすずか。
「どうって言われてもな」
「こういこと言ったら、また怒られちゃうかもしれないけど、ゆーとくんのフェイトちゃんへの接し方は、私たちより優しいっていうか、なんか特別な気がして」
すずかの言葉になのはとアリサも凄い勢いで云々と頷いている。勢いつけすぎだろう。
確かに言われてみれば、そんなこと気もしないでもない。
なんでだろう。妙に保護欲が刺激されるのかな。
「ゆーとくん、フェイトちゃんと話してる時、自分がどんな顔してるかわかってる?」
すずかの言葉に一考する。フェイトと話してる時の自分の顔、ねぇ。
「すずかん家の猫たちを可愛がってるような顔?」
俺がそう言うと、三人揃って、うん?と首を傾げた後、すごく不味いものを食べたんだけど、素直にそれを言えないような、なんとも言えない表情になった。
そして俺に向けられる視線が揃って冷たい。
「まぁ、フェイトの可愛いとは思ってるよ。ペットとか愛玩動物的な意味で。あとはこんな妹が欲しかった的な?」
「ペット……」
「愛玩動物……」
「妹って……」
すずか、アリサ、なのはの視線がもっと冷たくなった。
ちょっと居心地が悪いが、本当のことなのだから仕方なかろう。
「だいたいフェイトだって俺のこと異性としてどうこう考えてないだろ」
異性どうこうというよりは頼れる相手というか、保護者……もなんか違うか。
ただの友達以上には思ってくれているとは思うが、そこに恋愛感情云々はないと思う。
「ゆーとくん……」
「これだから男は……」
「はぁ……」
三人揃って憐れみの視線を向けてくる。これが見解の相違というものか。
その辺はフェイトに直に確認しとけと言いたいところだが、経験がないだけに本人も男女のそれとかあんまりわかってなさそうな気がするしなぁ。
下手に思考誘導して勘違いされてもアレだ。
「フェイトにはあんま下手なこと言うなよ。あいつが勘違いで俺のこと好きになったら不幸すぎるだろ」
「あ、うん。それはそうかも」
「間違いなく不幸ね」
「うん。確かに」
一秒の間もなく速攻で肯定された。なにその華麗な三連コンボ。
うん、自分で言っててなんだけどそこまでストレートな反応されると悲しくなるね!
いくら俺でも泣くぞ!
「あははっ、冗談だよ」
「は?」
精神的に軽く泣きが入ったところで、吹き出すように笑うなのは。アリサとすずかも同じようにケラケラと笑い出す。
「ふっふーん、最近ようやくあんたの微妙な表情を読み取れるようになったわ。慣れれば意外と読みやすいわよね」
「うん。今のゆーとくん、ちょっと可愛かったよ」
いや、読みやすいのは否定せんけど、憮然としてたのを可愛いと言うのはなにかおかしいぞ、すずか。
「それにこないだのゆーとくんとフェイトちゃんを見てたら、不幸だなんて思わないよ」
「そうそう、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい、ラブラブなオーラ漂わせてたわよ。当人の自覚あるなしに」
「二人ともなんだかすごく幸せそうだったよ?」
なのは、アリサ、すずかの順にそろって生暖かい視線を向けてくる。
こいつらの目にフィルターがかかってただけ……だと思うけどな、うん。
確かに居心地は良かったけども。
「……まぁ、なんでもいいけどな」
投げやりに呟いた俺の言葉に三人がくすくすと楽しそうに笑う。
まぁ、可愛い子が笑ってるのは良いことだと思っておこ――小さくため息をつこうとしたところ、不意に魔力を感じた。
「おい、なのは」
「……うん」
一瞬だけ、なのははアリサとすずかに目を這わせるが、躊躇っている場合でないと判断し、頷きあう。
「なに、どうしたの?」
「いいからちょっと下がってろ。説明は全部後だ」
なのはと一緒に二人をかばうように、前に出て、それぞれのデバイスを構える。
前方5メートルほどの場所に浮かび上がる蒼い魔法陣。この魔力光には見覚えがある。
冗談じゃねぇぞ、こんな街中で出て来るのか。クロノ達アースラ組やヴォルケンリッターもまとめて本局に出払ってて、今この街にいる魔導師は俺となのはだけ。やばい。
周囲に人影がないのが不幸中の幸いか。
「な、なによっ、あれ!?」
「な、なにが起きてるの……」
「変身!」
「レイジングハート!お願い!」
驚く二人をよそに俺となのははそれぞれバリアジャケットを纏う。
「え、ゆーとくん?なのはちゃん?」
「ちょ、何っ!?」
バリアジャケットを纏った俺達に慌てふためくすずかとアリサだが、それに構っている暇はない。
どうする。どうこの場を切り抜ける?
蒼い魔法陣はより強く輝き、その上に人影が浮かび上がる。
「あっははは!遂に見つけたぞ!」
斧状のデバイスを振り回し、外套を靡かせる小さな人影。
レヴィ・ザ・スラッシャー。
フェイトと同じ姿を持つ、闇の書のマテリアル。
ハーケンフォームとなったデバイスを振り回し、彼女の口が弧を描く。
「さあーて、楽しく遊ぼうかっ!」
場所がまずい。結界もなしにこんな奴の相手をしてたら色々まずい。どうする?どうする?
時間が足りなさすぎて、考えがまとまらない。
だが、レヴィより早く何か行動しなければならない。
「じゃん!けん!」
レヴィの口にした「遊ぼう」というキーワードにとっさに叫び、右拳を左手で覆うように腰溜めで構えていた。我ながらテンパりすぎだろう。
「「ポン!」」
そして出される俺のグーとレヴィのチョキ。
「そんな……僕が負けた!?」
ノッてきた。薄々感じてたけど、やっぱりこいつはアホだ。だが、この流れを損なうわけにはいかない。
「あっちむいてぇぇぇぇ!」
人差し指を付きだし、このまま勢いとノリで全部誤魔化す!
無駄に大声で叫びながらなのはに念話を送る。
『今のうちにバスターでぶっとばせ!』
『ええっ!?いや、それはなんというか、あの、ちょっと酷いと思うんだけど!?』
『外道上等!』
『駄目だよっ!』
ええぃっ、使えない奴!っていうか俺は俺で何をしてるんだとセルフ突っ込みしつつも、突き出した指を動かす。
「ホイッ!」
俺の指が指したのは上。レヴィが向いたのは左。
ニヤリと笑うレヴィ。
そして再び始まるバトル。
「じゃん!けん!」
ノリノリだな、お前。
本当に何やってるんだろう、俺。後ろの三人がどんな目でこっちを見ているのかは想像したくもない。
「「ほい!」」
奴はパー。俺はグー。
キラリとレヴィの目が光った――ような気がした。
「あっちむいて……ほぉぉい!」
レヴィの指差した方向と俺の向けた顔の方向は完全に一致していた。
「負けた……!」
がっくりと項垂れ、大げさに膝付く。
「あっははー!僕の勝ちー!強いぞ、凄いぞ、かっこいー!」
あー、うん。凄いね、ハイハイ。実に簡単な性格だな、おい。
「え、と……なのは、何この……何?」
「フェイト……ちゃん、じゃあ、ないよね?」
「え、えっと、これはね、その……えっと、なんて申しますか……」
後ろから聞こえてくる声で、実に平和な光景が想像できるが、こっちはこっちでこれからどうしようと脳がフルに回転中である。
このままなんとか戦闘を回避したい……。
最低でもアリサとすずかからは引き離せるようにしたいが、どうしたものか。
「さぁ、次は何して遊ぼうか!」
「…………」
立ち上がり、胸を張って言ったところで、レヴィはジッとこちらを見つめてくる。
嫌な予感しかしねぇ。
「そんなの決まってるじゃないか」
ニヤリとその口が歪み、左手を掲げるレヴィ。その手には魔力スフィア。
俺、即座に反転してダッシュ。
「この前の続きだぁぁぁっ!」
「やっぱりかぁぁぁぁぁっ!?」
俺と入れ替わるように前進するなのはと後方での爆音を置き去りに、すずかとアリサを両脇に抱えて走る。
「えっ、あっ、ちょっ、ゆーとくん!?」
「ちょっ!?バカ、スケベッ!どこ触ってんのよ!?」
「舌噛むから黙ってろ!後でいくらでも文句は聞いてやる!」
抱きかかえた二人の罵声もほどほどに聞き流し、全力で走る。
たいして体格の変わらない子供二人を抱えるのは割と一苦労なんだよ!
なのは一人を置いて逃げるのは心苦しいが、互いの能力を考えるとこれが最善だと言い聞かせる。
なのはならあいつ一人ならなんとかなる……はず。他の二人が出てくる前に、この二人をどっか適当なところに降ろしてクロノに連絡しないと。
「ねぇねぇ、どこいくの?」
「とりあえず人のいないとこ……ろ?」
横を振り向くとそこには、ソニックフォーム(?)となったレヴィの笑顔。
人が全力疾走してる横で「やっほー」とか手を振ってんじゃねぇよ!
『右に跳んで!』
なのはからの念話にすぐさま右に跳ぶ。
コンマ数秒の間を置かずに飛来する桜色の砲撃。
危ねぇよ!
レヴィの末路を見届けることなく、近場の公園へと駆け込む。
近所では一番大きい公園で、山のほうに行けば比較的人が少ないはず。
「せーのっ!」
声は頭上から。反射的に横に跳ぶ。
両脇から小さな悲鳴が聞こえてくるが、構っている余裕はない。
すぐ横を光の刃が掠めていく。
だから危ねぇっての!?
おまけに無理やり跳んだ為、上手く着地できる体勢になかった。
視界に映るのは、ハーケンフォームの刃を地面に突き刺したまま、もう片方の手をこちらに向けるレヴィの姿。
魔力弾の輝き。砲撃じゃないだけマシだが、空中じゃまともに身動きが取れない!
フローターフィールドじゃ間に合わねぇ!
「んなくそぉぉぉぉっ!」
限界ぎりぎりまで意識を集中。
『Flier Wing』
俺の背中から黒翼が広がる。右の羽根を強くはばたかせることで無理やり方向転換。
レヴィの蒼い魔力弾が頬を掠め、羽根を撃ち貫く。
魔力で作った羽根だから痛みはないが、その勢いで体勢が更に崩れる。
「南無三!」
地面に激突する寸前に、クッション代わりにフローターフィールドを展開。ワンバウンドで衝撃を殺した後に、地面へと放り出される。
「つぅ……!」
「一体全体なんなのよーっ!もうっ!」
「勇斗くん、その羽根……!?」
「げっ」
両脇から聞こえる声を無視して顔を上げるとそこには砲撃の光。
今からじゃ二人を抱えて避けられない。
反射的に二人を放り出し前進。
「ぐっ……があああああぁぁっ!」
両手を広げ、身体全体で砲撃を受け止めるが、俺に受けきれる威力じゃない。踏ん張った足ごと押されていく。
せめて後ろの二人に当たらないようにしないといけない。ほんの少しでいい。軌道を逸らせれば!
「ぬぅぅぅらあぁっ!」
魔力を集中し、下から右足を蹴り上げ――俺の体は数回転する勢いで後方に吹っ飛ばされた。
後ろにあった木をいくつかぶち折ったところでようやく止まる。
「か……はっ」
やべぇ、意識が飛びかけた。
「ゆーとくん!」
「ゆーとっ!」
聞こえてくる声からすると、二人は無事か。
霞む視界に二人が駆け寄ってくるのが見て取れた。
額にぬらりとした感触を感じながら立ち上がろうとするが、上手く力が入らない。
くそっ、動け、俺。
なんとか震える手で体を支えつつも、なんとか起き上がり、そのままこちらに向かってくるアリサとすずかを交差するように駆け抜ける。
「ちょっ!ゆーと!?」
「ゆーとくん!?」
二人の声を置き去りにして、拳を振り上げる。
「うらぁ!」
勢いに振り下ろした拳はレヴィのシールドになんなく受け止められる。
「へー、あれを食らって立ち上がれるんだ?やっぱり君頑丈だね」
割と本気で死にそうだけどな!
余裕綽々のレヴィに内心毒づきながらも、拳を叩きつけた反動で距離を取る。
「なのはは、どうした?」
肩で息をしながら問いかける。流石にあの短時間でなのはがやられたとは思えない。
「へっへーん、あんな奴に僕が止められるもんか!無視して置いてきた!」
「置いてくんなよ!あいつと遊んでろよ!」
俺じゃまともにお前の相手なんかできねぇんだよ!こんちくしょう!
「えー?だって君が逃げるからしょうがないじゃん」
フェイトと同じ顔でぷくーっと頬を膨らます様は、ちょっと可愛いが、違う。そうじゃない。
「逃げたら追ってくるとか犬か、おまえは」
「えっへん!」
「褒めてねぇよ!偉そうに胸張るな!」
ええぃ、アホの相手は疲れる!
「ぶーっ、わがままだなぁ」
「おまえがな!」
疲れる。アホの相手は疲れる。
「あんたそっくりね」
「一緒にするな!すずかも頷くな!」
こんなんと一緒にされたらさすがに傷付く。
「大体君のせいで僕たちは酷い目に遭ったんだぞ!ちゃんと責任取れ!」
「誤解を招く言い方をするな!こっちだって死ぬほど痛かったんだよ!おまえらこそ責任取れ!」
「……えーと、痴話喧嘩?」
すずかさん黙っててください。
「え……と、どういう状況?」
レヴィに置いてかれ、ようやく飛んできたなのはがぽつりと呟いた。
俺もよくわからん。
「げ」
そこに感じた二つの魔力。先ほどのレヴィと同じように浮かび上がる二つの魔法陣が浮かび上がっていた。
――色はそれぞれ燃えるような赤と紫がかった闇色。
■PREVIEW NEXT EPISODE■
レヴィに続いて現れたはシュテルとディアーチェ。
絶体絶命の危機に陥ったかにみえた勇斗達だが、
物語は意外な方向へと展開していく。
シュテル『その身を持って罪を贖いなさい』
TOPへ INDEX BACK NEXT
UP DATE 12/3/21
#############