リリカルブレイカー

 

 

 第43話 『ずっと傍にいる』





  寝覚めは最悪だった。
 頭ん中を色んなことがぐちゃぐちゃしてて、まともな睡眠が取れていない。
 クロノの話の後、なのは達が来てた気がするが、何を話していたのかまるで覚えてない。
 くそっ。どうせ魔法が使えなくなるなら、フェイトではなく俺がそうなるべきだったのだ。
 フェイトが代償を払う理由なんてどこにもなかった。
 フェイトがこれから歩むべき道、フェイトがこれから救うべきはずだった人、その全てを全部俺が台無しにしてしまった。
 吐き気がする。このまま自暴自棄になって、がむしゃらに暴れたい衝動に駆られる。
 だが、それを実行するだけの度胸も行動力もなく、何度も自問自答を繰り返しながらこうして今に至る。
 自分自身が非常にうざってぇ。
 駄目だ、このまま考え込んでも変に思考のループに入るだけでマイナスにしかならない。

 ――侑斗ならきっと、どんなことでも乗り越えていけるはずだから
 ――約束、だよ?

 闇の書の中で優奈が残した言葉が脳裏によぎる。

「いきなりこれはキツイよ……」

 額に手を当てて、天井を見上げる。
 こんなん何をどう乗り越えりゃいいんだよ、と泣き言を言いたい。
 はぁ、とため息をつきながらベッドを下り、カーテンを開ける。
 太陽の日差しが眩しい。
 太陽の光に目を細めながら、右手を開いて閉じる。
 傷はもちろん、関節など体中の至る所に痛みが走る。特に左腕は骨にひびが入っているらしく、痛みが酷い。
 だが、多少無理をすれば動けないことはない。
 何はともかくフェイトに会いに行こう。
 何を話していいか、何ができるのかはわからない。いや、きっと何もできない。
 それでも。
 今はとにかく行動あるのみ。
 右手で頬をはる。

「いてぇ」

 けど、少しだけ胸のモヤモヤが吹っ飛んだ気がする。
 思い立ったら即行動を実践すべく、俺は病室のドアへと向かった。



 結局、無理やり退院の許可とり、ハラオウン家を訪れたのは午後になってからだった。
 しきりに一緒に行こうとする母さんを追い払うのに大分労力を使ったのは余談である。
 フェイトの見舞いに母親がついてくるとか恥ずかしすぎる。

「おーう、よく来たな。まずは上がりなよ」
「…………」

 インターホンを鳴らして出てきたのは、StSで見た、人間形態のちびアルフだった。

「あの、アルフさん?その姿は一体……?」
「あぁ、フェイトがあんなことになっちゃったからね。魔力節約のためだよ」
「――っ。えっと、大丈夫……なのか?」

 アルフの言葉に自分の考えの足りなさを思い知る。少し考えれば、アルフにも影響が出ることなどすぐわかることだったのに、まったく思い至らなかった。

「んー、まぁ。あと二、三日は平気かな。ただ、それ以降もフェイトが治らないようだと誰かと魔力供給の契約だけでも結ばないとまずいんだけど」
「俺!それ俺がやる!絶対に俺!」

 使い魔は主から魔力の供給を受けて、その存在を維持している。フェイトのリンカーコアがその機能を停止するということは、そのまま使い魔でもあるアルフの存在すらも消えてしまうことに繋がる。
 今は蓄えていた魔力とか、何らかの手段で存在を維持しているのだろうが、それももって、二、三日ということなのだろう。
 そして、フェイトが治らない状態で、その問題を解消するならば、魔力供給を他の誰かに頼らければならない。
 なら、その役目は、全ての元凶である俺がやるべきなのだ。

「……そう言うと思ったよ」

 俺の勢いに一瞬きょとんとしたアルフだったが、すぐにそれを苦笑に変える。

「……バレバレですか」
「それはもう。クロノやリンディさんはもちろん、なのはまで絶対言うよねーって断言してたからね」

 ニヤリと笑うアルフ。そんなにわかりやすいか、俺は。

「ふーん」
「?」

 アルフが云々と何か納得したように頷いてるのに、首を傾げる。

「クロノからこの世の終わりみたいな顔して落ち込んでるって聞いたけど、案外元気だね」
「……そんな酷い顔してたのか、俺は」

 してたんだろうなぁ。

「まぁ、いつまでも落ち込んでてもしょうがないしな」
「うんうん。あんたのその立ち直りの早さは良いことだと思うよ」
「そうだろう、そうだろう」
「……自分で頷くとこじゃないだろう、そこは」
「ふぅん」

 アルフの突っ込みに不敵に笑って見せる。
 空元気に過ぎないが、それでも落ち込んでる姿を見せて周りを心配させるよりは遥かにマシである……と思う。

「アルフー。いつまでそんなとこで話し込んでるのー。ゆーとくんも早く上がりなよー」

 奥からエイミィさんの声が聞こえてくる。

「っと、いけない、つい話し込んじゃったね。まずは上がって、上がって」
「おじゃまします」

 アルフに促され、居間へ通されるとエイミィさんがジュースを用意してくれていた。

「いらっしゃい、ゆーとくん。艦長とクロノくんは今お仕事でいないけど、まぁ、ゆっくりしていってよ」
「ありがとうございます。えっと、それでフェイトは……」
「フェイトちゃんはあっちの部屋で寝てるよ。おいで」

 エイミィさんに案内されるまま、フェイトの部屋へと入っていく。
 フェイトの部屋を訪れるのはこれで二回目。それ以前は引っ越しの時に一回だけ入ったっきりだ。
 シックな内装は至ってシンプルで必要最低限の家具の他には、俺らやプレシアとの写真が飾ってあるだけ。
 あまり女の子らしくないのが、ある意味フェイトらしいとも思えた。
 そしてフェイトはベッドの中で、安らかな寝息を立てていた。

「クロノくんに聞いてたかもしれないけど、身体のほうはもう問題なし」
「まぁ、ちょっと過労みたいな感じでしばらくは安静にしてないとだけどな。そろそろ目も覚める頃合いじゃないかな」

 エイミィさんの言葉をアルフが補足する。

「じゃあ、私たちは居間のほうにいるから何かあったら呼んでね」
「あ、はい」

 気を利かせてくれたのか、エイミィさんとアルフは俺を残して部屋を出ていく……と思いきや、ひょこっとエイミィさんが顔だけ覗かせる。

「眠り姫は王子様のキスで目覚めるんだよねー、ふふふ」
「……しませんてば」

 というか何故こっちの世界の話を知っている。それとも向こうにも似たような話があるのか。

「んー、残念。フェイトちゃんも喜ぶと思うんだけどなー」
「ないない」

 嫌われてはいないと思うが、流石にそれはないし、超えちゃいけない一線だろう。

「ちぇー、つまんないのー。ま、いいや。ごゆっくりー」
「……まったく」

 やれやれ、エイミィさんの冗談にも困ったものだ。まぁ、落ち込んでる俺に対して気を使ってくれた……と、勝手に思っておこう。

「よっと」

 机に備えられていた椅子をベッドのすぐ横に移動させて座り、フェイトの寝顔を眺める。
 背もたれに腕を乗せ、その上に顎を乗せる。
 すーすーと可愛い寝息を立て、血色も良いところを見ると、本当にただ寝ているだけのようだ。
 少し揺さぶれば、すぐにでも目覚め、いつもの笑顔を見せてくれそうな雰囲気だ。
 リンカーコアのことを告げたら、どんな顔をするのだろうか。
 落ち込むのか、平然と受け止めるのか。
 いや、内心はどうあれ、俺達に気を遣い、少なくとも表向きは落ち込んだりはしない気がする。
 フェイトはそうやって、色々自分で抱え込んでしまう子だ。
 なのは辺りにならその辺もさらけ出しそうな気もするが、俺では役者不足かな、やっぱ。
 変に背負わないで済むのが楽かなと思う反面、寂しいとも思う。
 って、もう既に背負いきれない程の責任があるっての。
 自分に突っ込みを入れつつ、フェイトへと手を伸ばす。
 突き出した指先は、プ二プ二と柔らかい頬へと突き刺さる。
 が、フェイトは一向に目覚める気配はない。
 そのまま手をフェイトの額へと当てる。
 ……まぁ、平熱、なのかな。
 にへら、とフェイトの口元がだらしなく緩んだ気がした。

「夢、見てるのかな」

 どことなく嬉しそうな寝顔を見ている限り、俺のように悪夢を見ているということはなさそうだ。
 結局、俺には何ができるのだろう。
 こうしてフェイトの寝顔を見ていても、償いになるようなことなど何も思い浮かばない。
 どうすんだ、俺。

「ん……」

 とか思っているといきなりフェイトが小さく声を上げ、その目がぱちりと開く。ちょっとびっくり。
 ぼんやりとしたフェイトの目がゆっくりと横に流れ、俺を捉える。

「ゆう……と?」
「おう。えーと、調子はどうだ?」
「…………」

 沈黙。多分、状況を整理しているのだと思う。

「ちょっと、だるい……かな」

 四日も寝たきりなら、健康体でもそうなるだろう。実際、昨日の俺も怪我とは別に体が重い感じがしていた。
 とりあえずエイミィさんやアルフに知らせて来るか。

「そっか。今、エイミィさん呼んでくるからちょっと待ってな」
「あ」

 そう言ってフェイトの額に乗せていた手を離すと、残念そうな声を上げるがこれは仕方ない。

「こんな手で良ければ後でいくらでも貸してやるから、安心しろ」
「……うん」

 目を潤ませながら嬉しそうに頷くフェイトは、ちょっと可愛かった。

「じゃ、ゆーとくんはちょっとここで待っててね」

 エイミィさんにフェイトが目覚めたことを伝え、エイミィさんとアルフに続いて部屋に入ろうとしたとことで止められた。

「え?」
「なに、女の子の着替えを覗く気かい?」

 エイミィの影からひょこっと顔を出したアルフがニヤリと笑う。
 オーケー、把握した。手を挙げて降参の意を示す。

「終わったら呼んでくれ」
「うん、ちょっと長くなるから、テレビでも見てゆっくりしてて」
「あー、はい」

 と、言われたものの、とてもテレビを見るような気分ではない。
 ソファに座ったまま、ぼんやりと過ごす。
 うむぅ、特に意識してやることがないと、ズキズキと地味に傷が痛い。
 こんなもんで済んだのは幸運と言えたのだろう。自分の力も弁えず、あれこれやろうとした結果がこのザマだ。
 そのツケを払うのが自分一人ならまだしも、他人を巻き込むあたり性質が悪い。
 マイナスだけでなくプラスとなった面もある。だが、フェイトに一生モノの傷跡を残したという事実はなんら変わりない。
 考えれば考えるほど頭が痛くなってくるという。
 …………誰かに色々弱音を吐き出したいとこだが、そういうわけにもいかない。
 やれやれだ。
 などと益体もないことを考えてどのくらいの時間が経過したのか。
 ガチャリとエイミィさんがフェイトの部屋から出てくる。

「今はアルフが話してるから、もう少し待ってね」
「あ、はい」
「一応、フェイトちゃんには私から全部話しておいたからね」

 他の皆の現状、そしてフェイトのリンカーコアのことだろう。
 本当なら、リンカーコアのことは俺から話さなければいけないことだったと思う。
 俺をいったん、部屋から追い出したのは、わざわざその役回りを引き受けてくれたということか。

「……ありがとうございます」

 すみませんと言いかけた言葉を飲み込み、代わりに感謝を告げ、頭を下げる。

「まったく、何でもかんでも自分の責任にしないの。こう言ったらなんだけど、誰もゆーとくんには期待なんかしてないんだからね。もっと自分の身を弁えること。君は自分の実力以上によく頑張ったよ」
「…………」

 反論の言葉を出ないまま、ぐりぐりとエイミィさんに頭を撫でられる。地味に傷に響くんですけど、それ。
 エイミィさんの言葉は正しい。誰も俺に期待なんかしてなかったろうし、あの戦いで実力以上のものを出し切ったとは思う。
 だが、だからと言ってそれで済まされる問題ではないのだ。
 それを言ってもどうにもならないことだから、口には出さない。顔には幾らか出てる気がするけども。

「おまたせー」

 やがて、フェイトとの話を終えたアルフが出てくる。

「ま、今の君の役目は少しでもフェイトちゃんの傍にいること。行ってこい、男の子!」

 エイミィさんに背中をはたかれながらも、フェイトの部屋へと後押しされる。

「どーでもいいけど、どっかから色々情報歪んで伝わってませんか」

 その役目は俺よか、なのは辺りの役目だと思うのです。
 まぁ、まだこの時間なら学校終わってないだろうけど。
 あ、なのはに連絡するの忘れた。まぁ、いいか。エイミィさんがやってくれるだろう。
 俺が部屋に入ると、別のパジャマに着替えたらしいフェイトが体を起こして待っていた。
 微妙に頭がふらついていて危なっかしい。

「寝てろ」
「あぅ」

 有無を言わさず頭を押さえ、勢いが付き過ぎないようにゆっくりとベッドに寝かしつける。

「話は全部聞いたんだな?おまえのリンカーコアのことも」

 ここに来て、回りくどい話をする気はなかった。
 単刀直入、本題から切りだす。

「うん」

 自分がもう二度と魔法を使えないかもしれない。そのことを知っているはずなのに。
 この少女は何故、そんな穏やかな顔をしていられるのか。

「すまない。全部、俺の責任だ。俺がもっとうまくやれていれば」

 静かに頭を下げる。
 もしも、俺が自分の魔力をちゃんと使いこなせていれば。もっと、別の方法で立ち回っていれば。
 頭に浮かぶ方法はどれも実現不可能で、今更何をどうすることもできない。
 こうしてフェイトに謝罪をしてみたものの、これから先、何をどう償っていけばいいのかもわからない。
 色々どうしようもなかった。

「勇斗、顔を上げて」

 フェイトの言葉に下げていた頭を上げる。
 わかっている。この子が俺に謝罪も責任も求めないことも。こうして謝罪することも俺の自己満足でしかないことも。

「私は勇斗を恨んだりしてないし、自分のやったことに後悔もしてないよ」
「…………」

 フェイトの言葉は間違いなく本心だろう。その表情はどこか誇らしげですらあった。

「勇斗にはばれちゃったけど、ちゃんと生きて帰れる自信もなかったんだ。多分、あの時勇斗の言葉があったから私はここにいひゃ!?」

 ぎうーっと、フェイトの頬を引っ張り、程よく伸びきったとこで指を放す。

「いきなり何するの!?」
「最初にアホなこと考えてたことの罰です。どんな時でもちゃんと自分のことを第一に考えるようにしなさい」
「……勇斗に言われたくないよ」

 頬を抑えたフェイトにジト目で睨まれた。

「失敬な。俺はいつでもどこでも自分が最優先だぞ」
「へー」

 まったく微塵もこれっぽっちも信じていない目だった。ちょっとイラッと来たので、また頬を引っ張ろうと手をワキワキさせる。

「と、とにかく!私は自分のできることをやりきったんだもん。勇斗や皆と一緒に頑張ったことは、私にとって誰にでも自慢できることだよ?」

 俺の手を見たフェイトが慌てて弁解するように言葉を続ける。うん、まぁ、確かにちゃんと生きて帰ってきたし、俺がこれ以上何か言えるわけがないので、大人しく手を下ろす。

「……えへんと胸を張ってか?」
「うん。えへん」

 ベッドに寝たまま、わずかに胸を逸らすフェイト。

「…………」
「…………」

 沈黙の間。

「くっ」

 先に声を上げたのはどちらかだったか。どちらともなく小さく吹き出し、次第にそれが笑い声に変わる。

「もう、笑うなんて酷いよ、勇斗」
「自分で笑っといて言うセリフじゃないな」

 実際、言葉とは裏腹にフェイトの顔も綻んでいた。
 魔法が使えなくなったことに対して何の憂いもない、少なくとも表に出さないほどには割り切ってるらしい。
 ……強いな、この子は。
 おかげでこちらのモヤモヤもかなり吹き飛ばされてしまった。
 こんなフェイトを前に、落ち込んでうじうじと後悔している姿など見せられるわけがない。

「よし、決めた」
「?」

 いきなり声を上げた俺にフェイトが不思議そうに首を傾げる。

「俺はお前の力になりたい。俺にできることがあったらなんでも言ってくれ。俺にできることなんてたかが知れてるけど、出来る範囲ならなんでもやる」
「え、と」

 フェイトは俺の言葉についていけず、きょとんとしている。

「もし、お前が望むならずっと傍にいる。呼べばいつでも駆けつける」
「ゆ、勇斗?あ、あの、私の魔法のことを気にしてるなら」
「このまま何もしないなんて俺の気が済まない。おまえの気持ちなんて知ったこっちゃない。俺が俺自身の為にそうしたい」

 フェイトの言葉をぴしゃりと遮り、自分の意思を伝える。
 そう、何がどういう結果だろうと、俺が俺自身のためにしか動けない。フェイトが俺を許そうが許すまいが関係なかった。
 フェイトやなのはのように誰かの為に自分を犠牲にしようなんて露ほども思えない。
 だから俺は自分の気が済むように自分のやりたいことしかやれないのだ。

「勇斗、言ってることがめちゃくちゃだよ……」
「前からだ」

 俺も思いつきと勢いで喋ってて、多分何を言っているかよくわかってない。

「……確かにそうかも」

 言って、くすりと笑うフェイト。

「おまえが逆の立場だったらどうするよ。俺が気にしてない。だからお前も気にするなって言われて、何もしないままでいられるか?」
「……それは」

 フェイトの性格からして、絶対無理だろう。というか俺以上に気にする姿しか見えない。

「まぁ、そんなわけだ。俺にしてほしいことがあれば何でも言ってくれ。お前に甘えてもらえると俺も嬉しいし」
「?私に甘えられると嬉しいの?迷惑じゃなくて?」
「んー、なんていうか自分が気に入ってる人に頼られたり、必要とされると嬉しくなったりしない?何かしてあげたいと思ったり。度が過ぎたり、好きでもない奴だとイライラするだけだけど」
「……それならなんとなくわかるかも」

 というかプレシアに対してのフェイトがまさにそれだったな。

「というわけで好きなだけ俺に甘えるがよいぞよ」
「……って言われても」

 困ったように苦笑するフェイト。
 ですよね。いきなりこんなことを言われても普通は困惑するだけだ。そもそも甘えたいと思える相手とは限らない。
 客観的に見て、フェイトが俺に対して甘えたいと思うかは……うん、まずねぇな。というか、実にキモい。ちょっと凹んだ。自重しろ俺。

「まぁ、なんかして欲しいこと思いついたら言え。できる範囲でならやらせてもらうから」
「……うん、ありがとう」

 わずかに逡巡を見せたフェイトだが、やがて観念したように頷き、苦笑の表情を見せる。

「でもね、勇斗。さっきの台詞、まるでプロポーズだよ?」
「…………」

 えーと、額に指先を当てて、自分が言ったセリフを一つずつ思い返す。
 ………………おおぅ。

「ち、違うぞ!?別にそういう意味じゃなくてだな!?」
「うん、わかってるけど。前にもこんなことあったよね」

 言うまでもなく時の庭園でのことだ。くすくす笑うフェイトに気の利いた返しの言葉も浮かばない。

「ごめんなさい」

 とりあえず謝っとく。何故に人はこうも過ちを繰り返すのか。

「気にしなくていいけど、勇斗って結構勢いだけでモノを言うよね。気を付けたほうがいいよ」
「……はい」

 優奈にも同じようなこと言われたことあったな……。
 九歳の女の子に諭されるとか何この寂寥感。
 くすくす楽しそうに笑うフェイトとしょんぼりする俺。
 どうしてこうなった。


 きゅるるる〜



「…………」
「…………」

 不意に鳴り響いた音に沈黙する二人。
 なんだ、この既視感。あまりに測ったようなタイミングに困惑せざるを得ない。
 無言のままフェイトを見ていると、その顔が見る見る間に真っ赤に染まり、やがて布団の中へと引っ込んでいく。
 やばい。これは可愛い。

「食欲はある?」
「…………一応」

 布団の中から小さく声が返ってくる。込み上げて来る笑いを声に出さないようにするのがかなりしんどいが、なんとか堪えつつ立ち上がる。
 鳴り響いた音には触れないのが紳士の嗜み。

「ん。じゃあ、エイミィさんに何か用意してもらってくるよ」
「…………」

 返事はなかったが、布団の中の膨らみが小さく頷いた気がした。あぁ、もうフェイト可愛いなぁ。超可愛い。
 フェイトを妹にするクロノがマジに羨ましい。ギンガもだけど、こういう可愛くて素直な妹がいたら、絶対に可愛がるぞ、俺。

「お、ゆーとくん。ちょうどいいところに」

 部屋を出ると、ちょうどエイミィさんがおかゆをトレイに乗せてるところだった。

「グッドタイミングです。エイミィさん」
「えへへー。フェイトちゃんも四日ぶりのお目覚めだからねー。お腹空いてるんじゃないかと思ったんだ。久しぶりの食事だから、胃に優しいおかゆにしといたよ」
「なんという先読み能力。嫁力高すぎですよ」

 フェイトを妹に、エイミィさんを嫁にするエリート執務管が羨ましすぎる。ちくしょう。リア充爆発しろ。
 エイミィさんからトレイごと受け取る。湯気が立った卵がゆは実に美味そうだった。

「ふふ、ありがと。ゆーとくんはもう食べてきたんだよね?」
「えぇ、一応」

 時間が時間だけに、ここに来る前に母さんと昼食は済ませている。

「そっか。じゃあ、フェイトちゃんのことよろしくねー」

 そうして肩に手を置かれ、くるりと反転させられる。
 俺だけかい。ソファに座るアルフもニヤニヤとこっちを見て、手を振るだけでこっちに来る気はないらしい。
 いいけどさ。
 そのままフェイトの部屋へと押しやられ、ドアを閉められる。
 なんだかなぁ。まぁ、いいや。
 見るとフェイトはまだ布団の中に引き籠っていた。

「フェイトー。お待ちかねのご飯ですよー」

 返事はない。フェイトは絶賛引き籠り発症中のようだった。
 やれやれ。
 俺はトレイを机に置き、布団へと手をかける。

「せいっ!」
「わっ!?」

 無理やり布団を引っぺがす。
 縮こまって涙目のフェイトがこちらを見上げていた。

「エイミィさんがおかゆを作ってくれてたよ。食べられるか?」

 特に突っ込むことなくスルーする俺マジ紳士。

「……うん」

 顔を真っ赤にしたまま涙目でのそのそと体を起こすフェイト。いかん、これは萌える。マジに可愛い。超撫でたい。

「じゃあ――」

 そのままトレイごとおかゆをフェイトに渡そうとして気付く。以前、俺がアースラで寝てたベッドと違って、このベッドには食事を置くような台はついてない。
 膝に乗せても良いんだが今のフェイトだと、ちょっと不安定で危ないか。どうすっかな。
 一瞬、あの時の悪夢が蘇るが、それをフェイトにやるにはちょっと恥ずかし……くもないな、別に。子供相手に真剣に考えるのもアホらしい。

「勇斗?」
「あぁ、悪い」

 椅子に座り、スプーンでおかゆを掬う。うん、まぁ、適度な温度に冷めてるかな?

「はい、あーん」
「えっ、ええっ!?」

 口元に差し出されたスプーンに大いに慌てふためくフェイト。

「期待を裏切らないリアクションありがとうございます」
「え、いや、平気っ!自分で食べられるからっ!」
「ダメ。具合の悪い半病人は大人しく言うことを聞きなさい」
「だ、大丈夫。ご飯くらい自分で食べられるから!」
「却下」
「物凄く良い笑顔で言われたよ!?」

 いかん、これは実に楽しい。むくむくと俺の嗜虐心が鎌首もたげてきましたよ?

「まぁ、フェイトがこんな俺なんかに食べさせられるのが絶対嫌だと言うのならしないけどどうする?」
「べ、別に嫌ってわけじゃないけど……恥ずかしいっていうか」
「……そうだよな、俺みたいな底辺を極めた人間なんかに食べさせられたら、フェイトにとって恥になるもんな」

 どんよりとした雰囲気を作って言ってみる。

「そんなこと言ってないよ!?そ、そうじゃなくて……」
「いや、無理しなくていいよ。俺が悪かった。心底、嫌がってる相手にこういうことするのはよくないよな……」
「う〜〜っ」

 涙目で唸るフェイトが恨めしそうにこっちを見てくる。あぁ、いいねぇ。その表情。ゾクゾクするね。

「勇斗のイヂワル……あ、あーん」

 やがて観念したように、フェイトがあーんと口を開ける。
 あぁ、もう可愛いなぁ。優奈もこうしてよく弄ったものである。チクリと胸を刺すような痛みがよぎったが、無視。
 こうして真っ赤になったフェイトにおかゆを食べさせるという俺の任務はバッチリ成功したのである。

「ね、勇斗。一つお願いしてもいい?」

 食事を終え、再び横になったフェイトがこちらを見上げ、おずおずと言う。

「さっきも言ったけど、一つと言わず、何個でも来い」

 俺のやることが償いになるとは思わないが、フェイトの望みは出来る限り叶えてやりたいのは本音だ。

「さっきみたいに手、乗せてもらっていい?」

 そういやさっきなんか名残惜しそうにしてたな。
 リクエスト通り、フェイトの前髪をかき分け、おでこに手を置いてやる。

「こんなんでいいのか?」
「ありがとう。勇斗の手、冷たくて気持ちいい」
「冷血な人間だから仕方ない」

 そっけなく言うと、なぜか可笑しそうに笑いだすフェイト。

「なんだよ」
「アリサが言ってたよ。手が冷たい人は、心のあったかい人なんだって」

 なんとも言えない答えが返ってきたものだ。

「それはただの迷信で、手が冷たいのは冷え症なだけだからな?」
「フフッ」

 俺の言葉にフェイトは嬉しそうに笑うだけだった。
 何がそんなに楽しいんだか。

「つーか、俺の手より濡らしたタオルのほうが良くないか?」
「ヤダ。勇斗の手が良い」

 思わぬ言葉に胸がきゅんとした。やだ、この子可愛い。
 そして言った後に恥ずかしくなったのか、少しだけ布団を引き上げて顔を隠しながら言葉を続ける。

「あ、えっとね。誰かの手が触れてると、なんだか安心するの。だからタオルより勇斗の手のほうが……いいなぁって」

 あぁ、確かに弱ってる時に誰か、というか人の温もりに触れていると安心できるもんな。
 最後のほうはボソボソと小声になっていったのでよく聞こえなかったが、大体納得した。

「そうか」

 一言だけ返し、俺はフェイトの額に手を乗せ続けた。






「エイミィさん!フェイトちゃんが目を覚ましたって!」

 学校が終わるなり、なのははすずか、アリサと共にハラオウン家の住むマンションへと急行した。
 だが、連絡してきたエイミィは、何故かハラオウン家の住む部屋ではなく、そのマンションの玄関を待ち合わせ場所に指定してきた。念話も禁止というオマケつきで。

「ごめんね。今は訳あって面会謝絶なの」
「え」

 エイミィの言葉にフェイトの身に何かあったのかと、顔を青ざめるなのは達だったが、続くエイミィの言葉でそれが杞憂であることを悟る。

「あ、具合が悪化したとかそんなんじゃないよ?むしろ経過は順調バッチリ」
「じゃあ、なんで面会謝絶なんですか?」

 安堵のため息をついたなのは達だが、なのはもアリサもすずかの質問に同意するように頷く。

「ふふふ〜。それはですねー。見てのお楽しみなのですよ♪」

 人差し指を立て、シーッとゼスチャーをするエイミィに導かれるまま、なのは達が見たものは。

 フェイトの額に手を乗せ、いつになく穏やかな表情をした勇斗と、幸せそうな顔で目を瞑るフェイトの姿だった。
 フェイトは目を瞑っているだけで、眠っているわけではないらしく、時折勇斗へと話しかけ、それに勇斗が返すというなんとも近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
 ドアの隙間から除く小学生三人組が目を輝かせたのは言うまでもない。

(わぁ。なんかいい雰囲気♪)
(すずか!カメラ!)
(うん!)

 勇斗たちに聞こえないように携帯のカメラではなく、シャッター音をオフにしたデジカメという念の入りようである。
 小声ではしゃぐという器用な真似をする三人娘を、エイミィと子犬形態になったアルフは満足そうに眺めていた。
 こうなることを想定していたエイミィは、あらかじめフェイトの部屋に盗撮カメラを設置済みである。
 一連の流れは全て録画済みで、即日プレシアの元へ送られた。
 娘の可愛らしい姿は彼女を大いに喜ばせたという。
 勇斗とフェイトがなのは達に気付いたのは、散々彼女らにからかわれるネタを提供した後のことであった。







■PREVIEW NEXT EPISODE■

プレシアの死期が迫っていた。
目を覚ましたばかりのフェイトだったが、学校に復帰する間もなくプレシアへの元へと向かう。
母との最後の時間を過ごすフェイトは、これからの自分の道を模索するのであった。
そして勇斗となのはの前に再び彼女が姿を表す。

レヴィ『楽しく遊ぼうかっ!』




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UP DATE 12/3/21

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