リリカルブレイカー
第42話 『この生命ある限り』
辺り一面に広がる色は赤。
どこまでも見渡しても、赤、赤、赤。
ぴちゃりという音に、自分の足元を見れば赤い水に浸った自分の足。
――否、これは水ではない。血だ。
気付けば辺りには、血の海に倒れ伏す無数の人影。
一目見ただけでは生きているのか、死んでいるのかさえわからない。
何がどうして。何故、俺がこんなとこにいるのかさっぱりわからない。
ただ、目の前の地獄のような光景が恐ろしく、全身を震えさせていた。
「ひっ」
不意に目の前で倒れている人影が動きだし、情けない声を上げながら後退る。
一つ、二つ、と次々に人影は動き出し、その全てが這いずる様にこっちに向かってくる。
光のない瞳が俺を見つめ、語りかけてくる。
――オマエダ
――――オマエガ
――オマエガコロシタ――
声につられるようにして見た自分の両手は――――真っ赤な血に染まっていた。
「うわあああぁぁぁぁぁっ!?」
気付けば――そこは見知らぬ部屋のベッドで、母さんが驚いた顔でこっちを見ていた。
「大丈夫?随分うなされてたみたいだけど……?」
「ゆ……め……って、いつっ」
自分の全身が冷や汗に濡れていること、そして体を動かそうとして走る痛みに顔をしかめる。
よくよく見れば、ここは病院のようで、俺の全身はあちこちに包帯やら絆創膏で酷い有様だった。
そうか、あれは夢か。
うん、思い返せばあれははっきりと夢だと断言できる。夢特有の現実感のなさというかそんな感じだった。
あんな地獄のような光景が現実ではありえるはずがない。
「……って、フェイトは!?他のみんなは!?」
気を失う前のことを思い出し、母さんに問い詰める。が、何故か母さんは心底呆れたように深いため息をつく。
「怪我だけで言えば、ゆーちゃんが一番重症。他の子達は程度の差はあるけど、みんな無事よ」
母さんの言葉を聞いて、ようやく安堵の息をつく。
良かった、みんな無事なのか。一時期は本当にもう駄目かと思ったが、みんな助かって本当に良かった。
この時、もう少し俺に注意力があれば、母さんの言葉と表情に陰りがあることの意味に気付けたのだろうか。
「もう。あんまりおかーさんを心配させないで。おとーさんもおかーさんも本当に心配したんだから」
むぎゅ、と母さんに抱きしめられる。魔法関係に首突っ込んで、親を心配させるのはこれで何度目か。
「リンディさんとクロノ君から大体の話を聞いたわ。あんまり無茶しないで……」
さすがに言い訳も浮かんでこず、不肖の息子としては、ただ一言言うのが精一杯だった。
「……ごめんなさい」
「ん。でもよく頑張ったわね」
母さんに抱きしめられたまま、背中を撫でられる。
撫でられるがまま思う。
確かにあの時の自分は全力を尽くした。だが、本当はもっとうまくやる方法があったのではないかという思考が、ずっと頭の中を埋め尽くしていた。
俺が簡単な診察を受け、クロノが病室を訪れたのは正午を回ってのことだった。
母さんは一度家に戻ると言って、席を外している。
「さて、何から話そうか」
「みんなの状況を詳しく頼む」
開口一番、そう言ったクロノに間髪入れずに答えた。
母さんから聞き出せたのは、みんながとりあえずは無事だということ。俺が三日間眠り続けたこと、大きな傷は魔法で直してもらったが、体力の低下が著しく数日の入院が必要なことくらいだった。
「みんな丸一日はまともに動けないほどに消耗していたが、外傷に限れば、みんな軽傷みたいなものだ。命に別状はないし、ほぼ完治している。君に比べれば大したことはない……って、前にもこんなことを言った気がするな」
「あー……」
うん、確かに時の庭園でも同じようなことを聞いた気がする。なんというデジャヴ。
まぁ、母さんも大体同じようなことを聞いていたが、クロノから聞かされることで、改めてホッとする。
「みんなの詳しい状況を話す前に、一つ君に訊きたいことがある」
「なんだ、改まって」
クロノはやけに真剣な顔をしていた。真面目な顔をしているのはいつものことだが、妙に鬼気迫ってるというかなんというか。
「君はこの世界の人間じゃないのか?」
「…………」
この質問には意表を突かれた。
何を言ったらいいのやら。これだけ真剣な顔をしているということは、冗談や軽口で言っているわけではないのだろう。
別に隠すことではないが、どう言ったものか。
「んー」
一しきり唸った後、俺は言った。
「イエスでもあり、ノーでもある」
俺の言葉にクロノは動揺することなく、視線で続きを促す。
「この俺、遠峯勇斗の体は間違いなくこの世界の人間だよ。ただ、魂っていうか記憶っつーのかな。遠峯勇斗じゃなく、別の人間として生きてきた記憶がある。そういった意味じゃ、遠峯勇斗の中身としての俺はこの世界の人間じゃないのかもな」
「なぜ、それを黙っていた?」
「話す必要性がなかった。いきなりこんなことを言っても、普通は信じないだろ?話してどうこうなる問題でもないし。せいぜい危ないやつだと思われるのが関の山だ」
「……確かにそうだな」
そう言って、わずかに苦笑するクロノ。
今回の話にしたって、クロノから聞かれなければ、相手がクロノでなければ、こんな妄言じみたことは話せない。
なのはやフェイトが相手だったなら、適当にすっとぼけてたところだ。
「その話、詳しく聞かせてくれ。別の人間の記憶……前に言っていた君のいないこの世界の記憶とも関係あるのか?」
そういやヴォルケンリッターや闇の書の知識に関して、前にそんなことを話してたな。
「まぁ、大体そんなところだ。正確には別の世界の人間である俺の記憶の中に、この世界の知識があったっていうべきかな」
「…………別の世界。それはどういう世界なんだ?管理局の定義で言う次元世界ということか?」
「んー、次元世界の括りを正確に知らんけど、多分違うな。どっちかっていうと並行世界って言ったほうが正しいかな」
「並行世界……か」
並行世界。よく漫画や小説にある魔界や異次元世界なんかとは異なるパラレルワールドとも言われるifの世界。
幸い、クロノも並行世界という言葉は知っているらしいので、その辺りの説明をする手間は省けたようだ。
「ここと同じ地球、同じ歴史。生きてた時間というか年代にちょっとズレはあるけど、数年だから誤差の範囲……って言っていいのか。細かい差異は結構あるけ
ど、この地球と大差はないよ。あぁ、有名人とか歴史の教科書に載ってるような出来事は大体同じだな。知らない出来事もちらほらあったけど。魔法とかはな
い……はずだけど」
もしかしたら俺が知らなかっただけで実はあった可能性もあるけど、そこはとりあえずどうでもいい。
「この世界に、前の君はいるのか?」
「さぁ、な。いるかもしれないし、いないかもしれない。少なくともこの時期に住んでた住所にはいなかったな」
「……前の世界の君はどうなったんだ?」
「さて、ね。死んだのか、それ以外の何かあったのかもさっぱりだ。普通に暮らしてた記憶はあるが、それが途中でぷっつりと切れてそのままだ」
特に悲嘆するでもなく、ため息交じりに話す。
「……そうか。並行世界、別人としての記憶――」
それだけ言って、クロノは何やら難しい顔で黙り込んでしまう。
「つーか、なんでいきなりそんなこと訊くんだ。何があった?」
「……実はフェリクスが君のバカげた魔力の大きさに何か心当たりがあったみたいなんだ」
寝耳に水の話だった。
「どういうことだ?」
自分でも薄々わかっていた。自分の魔力量が異常だとか突然変異とかそんなレベルで片付けられるものじゃないということを。
闇の書に蒐集されて、なおあれだけの魔力を使えていたのだ。普通に考えてそんな魔力を持った人間がいるとは思えない。
「詳しいことは何もわからない。だが、フェリクスは消滅する瞬間、君のことをこう言っていた。『彼はこの世界の人間ではない』、と」
俺のバカげた魔力は、前の記憶を持っている……ということに起因している、ということなのだろうか?
もしくは俺の記憶を覗いての台詞なのか。それだけでは判断のしようがない。
「他には何か言ってなかったか?何か……えっと他に何かわかるようなことは」
幾分動揺していたのだろう。自分でも考えがまとまらないまま口走っていた。
「いや、それだけだ。残念ながら他には何もない」
「…………そっか」
クロノの言葉に一気に脱力する。はっきり言って、それだけでは今までわかっていることと何も変わらない。
少し整理しよう。
フェリクスは俺の魔力の大きさに何か知っていた。奴が俺のことを別の世界の人間と言った。
安易に考えれば、俺のバカ魔力は、俺が並行世界の人間であることに影響している、ということになる。
……が、単に俺の記憶を見てそう言った可能性もある。
「……どのみち、これだけじゃ何にもわからんか」
推測に推測を重ねただけで答えが出るはずもなく、大きくため息をついた。
「すまない。僕から話を振っておいてなんだか、情報が少なすぎる。こちらに人手が余っていれば、無限書庫で調査をしたいところなんだが……」
申し訳なさそうに言うクロノに肩を竦める。万年、人手不足の管理局にそんな余裕があるはずもない。
「いいよ、別に。謝ることはないさ。何かわかったところで、何が変わるとも思わんし。何かのついでにわかったことがあったら教えてくれ」
この世界に生まれて十年近くが経っている。
もし、人為的な方法で俺をこの世界に転生させ、何かしようっていう輩がいるならもっと早くに事を起こしているだろう。
俺の魔力に何らかの秘密があったとしても、今更何か起こるとも思えない。
闇の書事件に一区切りがついた今、これから先、魔法絡みの事件に関わることもそうそうないだろう。
「そうか。そう言ってくれるとこちらも助かる」
「そういや、この話はみんな知ってるのか?」
別にバレたらバレたらで構わないが、変に気を使われたり、勘ぐられると面倒臭い。
「いや、僕の他には艦長だけだ。フェリクスの言葉は他のみんなには聞こえなかったらしい」
「そっか。なら黙っといてくれ。いちいち説明すんのも、余計な気を使われるのも面倒だ。」
隠す必要もないが、わざわざ話す必要もない。
「そう言うだろうと思っていたよ。まったく、君は次から次へと新しいネタを提供してくれるな。おまけに前に話したことと微妙に設定が変わっている」
「……悪かったよ。もうこれ以上のネタは出ないから安心してくれ。こっちもこっちでわかりやすく説明するのに色々考えたんだよ。こっちだって前世の記憶云々の話なんて信じてもらえるとは思わなかったし」
「君の考えた設定も大概だがな。とんでも具合では、実際の話とそう大差はない」
「うっせ」
ニヤリと笑うクロノに仏頂面で返す。色々と皮肉めいたことを言ってくれるが、俺が嘘を言っていたことを咎める気はないらしい。
ここで説教されても面倒くさいだけなので、有難い。
「とりあえず君の九歳児らしからぬ言動や性格に色々納得がいったよ。前の記憶、というが元の君はいくつだったんだ?」
「一応、こんなでも二十歳は越えてたよ」
「……とすると今の君の精神年齢は三十路越え、ということか」
意地悪く笑うクロノに小さく嘆息を返す。
「どうだかな。精神年齢ってのは、環境によって変わるもんだろ。赤ん坊からやり直して小学生やってた俺が順当な成長をしてるとは思えんな」
朱に交われば朱くなると言うように、こんな特異な環境で全うな精神的成熟をしているとは思わない。と、いうか自分の精神が30代になったとかは思いたくない。
「あぁ、確かにそういう考えた方もあるか。むしろ君の場合は退化してたりするのかもな」
それに関してはあまり否定する気もない。
「少年の心を忘れない純真な大人だと言ってくれ」
「ふっ」
鼻で笑いやがったこの野郎。まぁ、想像通りの反応なので、一々腹を立てたりはしない。
「まぁ、君の戯言は置いておくとして、この話をカリムにしても構わないか?」
「カリムに?まぁ、別に構わないけど」
まぁ、あの子なら下手なことはしないだろう。美少女だし。美少女だし。美少女だし。
大事なことなので三回言いました。
「ある意味では、管理局よりも顔が広いからな。ひょっとしたら君のことも何か情報が入るかもしれない」
「まぁ……そうかもな」
聖王教会のことはあまり詳しく知らないが、管理局とは別の分野でロストロギアやら何やらに詳しいイメージがある。
俺のことに関して、そう簡単に情報があるとも思わないが、情報源が多いに越したことはないだろう。
「次に君が気を失ったあとに起きたことだが……」
俺が気を失った後の戦いの顛末を、詳しく聞かされることになる。
「そんな面倒なやつだったのか……」
一通り、クロノの話を聞き終えてげんなりする俺。
なんだよ、それ。フェイトと俺のシンクロドライブだけじゃ止めを刺せず、はやてとリインフォースの逆ユニゾン。
なのはのスターライトブレイカー二連打にシグナムのシュツルムファルケンまでしてようやく倒したとか、聞いてるだけでも頭が痛くなっている。
よくもそんな輩を相手に全員無事だったものだと、改めて思う。洒落抜きに死人が出てもおかしくない状況だったことを思い出し、背筋がゾッとする。
「にしてもあのパチモン三人組が生きてるのか……」
「あぁ、彼女らに関しては捜索を続けているが、管理、管理外世界問わず、今のところ彼女らの痕跡は見つかっていない。無害とも思えないが、しばらくは様子見だな」
「できればそのまま消滅とかしてくれてると、後腐れなくて助かるんだがなぁ……」
「その可能性はなくもないが……」
気付けば、クロノは意外そうな顔でこっちを見ていた。
「なんだよ?」
「いや、フェイトや守護騎士達については随分親身になっていたのに、マテリアル達に対しては辛辣だと思ってね。なのはやはやて辺りは逆に彼女らの心配をしていたが」
「んー」
実にあいつららしい反応だと思う。一方で確かに俺のほうは傍から見ればダブルスタンダードとも言える反応をしているのかもしれない。
「あいつらが出てきた原因が俺だからな……そのせいで他に迷惑をかけるくらいなら、さっさと消えてくれと思ってる、のかな」
フェイトや守護騎士達に関しては、事情を詳しく知っていたというのも大きいかもしれない。
マテリアルの性格も、オリジナルであるなのは達に比べて物騒……いや、結構アホっぽかったな。
ちゃんと話してみれば、意外に害はない……かも?
とはいえ。
「あいつらにはただボコボコにされただけだしな……どうにかしようと思うより、自分の責任になるのがヤなだけかな……」
自分で言ってて、アレだが微妙に日本語がおかしい上に、実に自己保身全開で、人間が小さい。
これでもかというくらい痛めつけられたし、あれを笑ってはい、そーですかと流せるほど器が大きい人間ではないのだ。
あー、自分で思ってて、ちょっと凹んできた。
「別にフェリクスが出てきたのは君の責任じゃない。あんな事態は誰にも予測できなかった。もし、責任があるとすれば僕や艦長だ。君は所詮ただの民間協力者なんだからな」
「……と、言われてもな」
理屈の上ではクロノの言っていることは正しい。下っ端が問題を起こせば、その責任はその管理者にあるというのが、組織の基本だ。――実際に守られているかどうか別として。
が、実際問題として全ての元凶は俺にあるのだ。はい、そーですかと言われて納得するのは難しい。
まぁ、責任を取れと言われても何もできないのだが。
「まったく……普段はちゃらんぽらんなくせに変な所で責任感が強いな、君は」
「さすがに今回は、な」
深くため息をつく。プレシアの時も大概だが、今回はそれに輪をかけてやばかった。責任を丸投げして、何事もなかったことにするほど、図太い神経はしてない。
改善はしたいとは思うものの、どちらも予想外のこと過ぎて対応のしようがなかった、とも言えるのだが。
「正直……君にこの話をするのは気が引けるな」
「ん?」
どこか後ろめたさを感じる表情で、クロノが息をつく。
まだ何かあるのだろうか。
「みんなの詳しい状況をまだ話していなかったな」
「あぁ」
言われてみれば、怪我は大したことないで終わってて、別の話に誘導されてた気がする。
外傷が大したことないと聞いて安堵していたが、さっきのクロノの言葉が妙に引っかかり、急に胸騒ぎを覚える。
「なのはは心身共に問題なく、今はもう普通に学校に行っている。ユーノやアルフ、リーゼ姉妹や守護騎士たちもほぼ全快し、今は事後処理で本局にいる」
クロノの言葉に頷く。ここまでは特に悪い話ではない。残るははやてとリインフォース、そして本来ならなのはと一緒に学校に行っているはずのフェイト。
母さんもクロノも、怪我は大したことないと言っていた。ならば、それ以外に何かあるというのだろうか。
嫌な胸騒ぎが収まらない。
「はやては逆ユニゾンの負荷が大きかったんだろうな。目を覚ましたのは昨日のことだ。リンカーコアも当初の予定より大きな負荷がかかっていて、安静の為、
一カ月は魔法禁止。とはいえ、足の回復には時間がかかるだろうが、後遺症もなく、今は本局で検査入院。数日で自宅療養に戻れるだろう」
「……そっか」
ホッと胸を撫で下ろす。逆ユニゾンとやらが、どれだけはやての負担になるのかわからなかったが、聞いた限りでは、原作よりも負荷がかかったものの、許容範囲と言えるものだろう。
不謹慎かもしれないが、そのくらいなら大きな問題ではない……のかな。
「そしてリインフォースだが、フェリクスに強制的にユニゾンしたこと、転生プログラムの強制停止の代償でユニゾン能力と夜天の書の機能の喪失、保有魔力の
大幅低下――実質、もう戦うことはできなくなった。が、他の守護騎士同様、闇の書システムから完全に切り離されたおかげで、当初に想定していた防衛プログ
ラム再生の脅威はない」
「……と、いうことはだ」
「あぁ、彼女が消滅する必要はなくなったということだ。戦闘能力はほぼ皆無になったが、日常生活を送る分には何も問題ない。しばらくは安静にする必要があるけどね」
要するに魔法の使えないただの人(?)になる、ということか。
リインフォース本人としては、色々不本意だろうが、はやてとしては何も問題はないだろう。
「とりあえずは結果オーライ?」
「そういうことになるな。はやてはもちろん、リインフォースや守護騎士も喜んでいたよ」
「……そっか」
災い転じて福となす。本来の歴史であれば消えるはずだったリインフォースが生き残れるのは、単純に喜ばしいことだ。
リインフォースに甘えるはやてを想像して、自然と頬が緩んでしまう。
良いことばかりではないが、マイナスよりはプラスのほうが大きいだろう。
「そして最後にフェイトのことなんだが……何度も言うように怪我自体は大したことはない。シンクロドライブの影響でまだ意識は戻ってないが、目を覚ますのは時間の問題。普通の生活を送る分には何の問題もない」
「……普通の生活?」
クロノの回りくどい言葉に再び嫌な汗が流れる。
一度言葉を切ったクロノは、俺の様子を伺いながらゆっくりと口を開く。
「フェイトのリンカーコアは、シンクロドライブの負荷に耐えられたなかった。彼女はもう二度と魔法を使うことはできない」
世界がぐらりと揺れる感覚。
頭が真っ白になった。
クロノの言っている言葉が理解できなかった。いや、理解することを拒んでいた。
フェイトが……二度と魔法を使えない?
取り返しのつかない過ちを犯してしまったという喪失感だけが、俺の感情を支配していた。
「はぁ」
リインフォースに車イスを押されながら、八神はやては大きくため息をつく。
理由は一つ。言うまでもなくフェイトのことだ。
シンクロドライブによる負荷で彼女のリンカーコアは大きく傷ついてしまった。
闇の蒐集によって小さくなってしまったのとは違う。
コアそのものの構成が傷つき過ぎて、回復が見込めない状態なのだ。
魔導師が持つ、魔力の源と言われるリンカーコアだが、その生成プロセスや構成など、解明されていないことも多くある。
異常をきたしたリンカーコアの治療方法も、ある程度は研究が進んでいるが、今回のフェイトのように一定のラインを越えて損傷したものは治療が難しいとされている。
フェイトが魔法を使えなくなる。それはあまりにも大きすぎる代償だった。
その原因は言うまでもなく、フェリクスの出現。そしてそれは闇の書の主である自分を救おうとすることから始まった。
責任感の強い彼女が、全ての原因が自分にあると考えるのは自然な流れだろう。
「我が主、あまり気を落とさぬよう。全ての原因は私にあるのですから」
このやりとりも何度目になるのか。はやてが自分を元凶と考えるようにリインフォースもまた、責任は自らにあると考えていた。
その言葉に反論しかけるはやてだが、朝から何度も同じやりとりを繰り返しているだけに、さすがに不毛と言う結論に至り、グッと言葉を飲み込んで小さくため息をつく。
「はぁ。まぁ、私たちがここで言い合っても仕方ないか」
「……騎士達も治療方法を探しています。きっと何か良い手段が見つかるでしょう」
躊躇いがちに口を開くリインフォースの言うとおり、守護騎士とユーノは残務処理の合間を縫って、無限書庫でフェイトのリンカーコアを回復させる方法を探していた。
本来ならばリインフォース自身もそれに加わるつもりだったのだが、フェリクスへの逆ユニゾンの後遺症で体の衰弱が激しく、守護騎士一同に猛反発を食らってしまい、結果として同じく安静にしていなければならないはやてに付き添っていた。
「ゆーと君も随分気にしてたみたいやしなぁ」
クロノから勇斗が目を覚ましたという連絡は入っている。
だが、フェイトのことを話した後は呆然自失として、何を言ってもまともな反応が返ってこなかったらしい。
なのはやアリサ、すずか達も見舞いに行ったようだが、何を言っても上の空で、まともな会話にならなかったようだ。
「あぁ見えて責任感の強い子ですから。ですが彼ならきっとすぐに立ち直ると思いますよ」
リインフォース自身は勇斗と話したことはない。だが、闇の書の中ではやてと接する勇斗をずっと見ていた。
なんだかんだで人を気遣うことの出来る心優しい少年だと思う。そしてフェリクスとの戦いで見せた精神の強さ。
欠点の多い性格ではあるが、なのはやフェイト同様、芯の強い子だと思っている。
今回の件は、自身の怪我以上にフェイトのことを気に病んでいるだろうが、きっと自力で立ち直れるはずだ。
「ん、そやね。私らが落ち込んでても何の解決にもならないし」
そもそも一番辛いのは自分達でなくフェイトなのだ。
責任の所在がどこにあれ、ただ落ち込んでいるだけでは何の解決にもならない。
自分たちに何ができるのかはわからない。だが。
「今は自分たちにできることをしていくしかない」
自己満足に過ぎないかもしれないが、フェイトやなのは、勇斗達に自分たちは助けられた。
ならば自分たちはそれに報いなければならない。
どう報いていくかはまだわからない。それでもしっかりと前を向いて、歩き出さなければいけない。
「私な、このまま管理局に入ろうと思うんよ」
「はい」
「フェイトちゃんやなのはちゃん、クロノくんやゆーとくん達に助けてもらったように私も色んな人を助けていきたい」
「はい」
それはこの半年間ずっと考えてきたこと。自分に力があるなら、それを人の為に使いたいと。
今はまだ弱く、小さく、頼りないかもしれない。
「私は強くなりたい。もっと、もっと色んなことができるように」
「はい」
リインフォースも薄々こうなる予感がしていた。
騎士たちが自分たちの道を決めたように、はやてもまた、自らの意思で道を選ぶだろうと。
「だからリインフォースにもそれを手伝ってもらいたい。教えてほしいこと、一緒にやりたいこと、たくさんある」
そう言って自分を振り返る小さな主にリインフォースは小さく頷く。
「この身は魔道の力を失い、非力な身です」
きっと、この先二度と自らが力を振るうことはないだろう。だけれども。
「この命ある限り、あなたと共に歩んでいきます。それが私の役目であり、喜びなのですから」
祝福の風、リインフォースの言葉に、小さな主は嬉しそうに微笑んだ。
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自らが招いた取り返しのつかない事態に勇斗は心を大きく痛めた。
彼を気遣う少女達の想いも勇斗には届かない。
罪悪感に苛まれる勇斗が起こした行動とは。
勇斗『ずっと傍にいる』
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UP DATE 12/3/3
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