リリカルブレイカー
第41話 『これが勝利の鍵や!』
金の閃光が奔った。
「な」
一瞬だった。
スターライトブレイカーを跳ね返されたフェリクスが第二波を放つべく構えた右腕が宙を舞い、ゆっくりと消えていく。
その場にいた誰もがその姿を認識することすら叶わなかった、高速を超えた神速。
なのはも、はやても、そしてフェリクスすらもフェイトの動きを捉えるどころか反応することすら許されなかった。
ザンバーフォームのバルディッシュを両手で振りおろし、ソニックフォームとなったフェイトの姿はフェリクスの遥か後方。
両腕、両足、そして背中に輝く光の羽根――高速機動魔法ソニックセイルは、半ばまでがフェイトの魔力光の金、そして残り半分が勇斗の魔力光である濃紺で形成されていた。
ぐらりと一人残された勇斗の姿が崩れる。
とっさに勇斗はダークブレイカーを逆手に持ち替え、地面に突き刺すことで体勢を立て直す。
残った力を振り絞り、伏せた顔を上げて叫ぶ。
「いけぇっ、フェイトォッ!」
凍り付いていた時間が再び動き出す。
轟音。
瞬く間に距離を詰めたフェイトは、再びバルディッシュを振り下ろし、フェリクスは残った左腕と背中の翼で防御し、それを受け止めていた。
激突は一瞬。フェリクスの闇の翼に光の亀裂が生じる。
フェイトはすぐに刃を引き、体を旋回。横殴りの一撃を見舞い、最初の一撃で罅割れていたフェリクスの翼を真一文字に切り砕く。
幾重にも張り巡らされたはずの物理と魔力の複合フィールドは、フェイトの刃の前になんら意味を持たない。
フェリクスはその間に再生した右腕からの砲撃。そこにフェイトの姿はすでになく、フェリクスの背後へと移動している。
振り下ろされた刃はフェリクスの背中を翼ごと撫で切り、放たれた砲撃は空を切る。
続けて放たれた砲撃もフェイトの影さえ踏むことができない。
「プラズマ……スマッシャアアアァッ!」
フェリクスの頭上から撃ち放たれ砲撃。フェイト単独のそれとは全く別物と言えるほどの威力。
凄まじい轟音とフェリクスの体を丸ごと飲み込んで有り余るほどの雷。
フェリクスの防御を貫き、その体を大地へと叩きつける。
その勢いは半径数メートルをクレーター状に穿つほどだ。
「フェイトちゃん、凄い」
なのは達が束になっても勝負にすらならなかったフェリクスを完全に圧倒していた。
フェリクスに落とされたクロノとユーノ達を救助するなのはが、思わず手を止めてしまうほどその力は凄まじかった。
『あぁ、たしかに凄まじい力だ……だが』
リインフォースもなのはの言葉に頷くが、
「フェイトちゃん、苦しそうや……」
「ハッ、ハァッ……ハァッ、くっ」
はやての言うとおり、フェイトは滝のような汗を流し息を切らせていた。
(体力の消耗が予想以上に激しい――!)
勇斗とのシンクロドライブは当初の想定以上にフェイトの体力を奪っていた。
そして力を振るう度、フェイトの全身を激しい痛みが苛んでいく。
その余りに大きすぎる力はフェイトの技量をもってしても、細かい制御が効かず、その動きも大雑把なものになってしまう。
最初の一撃を浴びせたとき、必要以上にフェリクスとの距離を取ってしまったのが最たる例だ。
本来のフェイトならば、無駄な距離を開けずにすぐさま第二撃を放っているところだ。
そればかりかフェイトの体を苛み、リンカーコアもろとも無視することのないダメージが蓄積していく。
(あまり長くは保たない……一気に決めないと!)
極度の疲労と全身を苛む痛みによって、動きを止めた一瞬がフェイトにとっての隙となった。
「!」
視界に映るのは、文字通りの弾幕。数えるのも馬鹿らしいほどの魔力スフィアから無数の魔力弾が撃ち出され、壁となって迫っていた。
体を苛む痛みによって初動が遅れたフェイトに、回避する術はない。
「くっ!」
とっさにシールドを展開。
金色の魔法陣が壁となり、迫りくる無数の魔力弾を尽く遮る。
だが、フェリクスの無差別射撃は留まることを知らない。絶え間なく撃ち出される弾幕にフェイトは完全に身動きができなくなってしまった。
「その力、そう長くは保つまい……これでチェックメイトだ」
両手を翳して魔力弾を撃つフェリクスは静かに告げる。
切り飛ばされた腕も、切り砕かれた闇の翼も先にフェイトから受けたダメージも完全に回復していた。
フェイトの表情を見れば、その限界が近いことは一目瞭然である。
こうして足止めさえしておけば、すぐにフェイトは自滅することだろう。
実際、今こうしている間にもフェイトは苦痛に顔しかめ、魔法陣の輝きにも揺らぎが生じている。
その光景を目にしながらギリっと、歯噛みする勇斗。
勇斗の位置からでは遠すぎて、フェイトの表情までは伺えない。
だがリンカーコアシンクロの影響からか、フェイトが極度に体力を消耗し、苦痛に苛まれていることははっきりと理解できた。
ダークブレイカーの柄を握る手が、白く変色するほどまでに強く、強く握りしめる。
できることなら今すぐフェイトが受けている痛みを変わってやりたい。
大の男であるはずの自分が、自分よりずっと年下で小さな女の子に代償を支払わせている。
その事実に。こんな状況にしてしまった自分への不甲斐なさ、迂闊さに対する怒りで胸が張り裂けそうになる。
フェイトへ魔力を送る以外、文字通り歯噛みしながら見守ることしかできない。
――――くそっくそっくそっ!
悔しい。
あまりにも無力な自分が。
本来守るべき対象である、小さな女の子に痛みを背負わせている自分が。
――――力が
かつてプレシア・テスタロッサ事件の時にも抱いた想いが。
今、再び蘇る。
――――力が欲しい!
ダークブレイカーを通じて注ぎ込まれる魔力と共に。
勇斗のその想いはフェイトへと流れ込む。
(――大丈夫。大丈夫だよ)
注ぎ込まれる魔力と熱い想いに応えるように。
フェイトの体にもまた、際限なく力が満ち溢れてくる。
シールドを張る手とは逆の手のバルディッシュを後方へと引き、力を注ぎ込む。
「はぁぁぁぁっ!!」
「何っ!?」
湧き上がる想いを刃に変えて。
数十倍にも膨れ上がった強大な刀身がフェリクスの体ごと弾幕を薙ぎ払う。
「――私は、私たちは絶対に負けないから」
勇斗の想いを微妙に勘違いしながらも、フェイトはしっかりとバルディッシュを握りしめる。
土塊と共に宙を舞うフェリクスが、体勢を立て直す前に。
フェイトは一筋の閃光と化す。
一閃。
閃光と化したフェイトの一撃で弾き飛ばされるフェリクス。
一閃。
フェリクスが反応する間など与えない。
一閃。
フェリクスの再生を上回る速度でダメージを与えていく。
一閃。
一閃。
一閃。
一閃。
「はああああぁっ!」
仕上げとばかりに刀身でフェリクスの体をより高く打ち上げる。
打ち上げた先にはあらかじめ設置しておいた設置型捕獲魔法「ライトニングバインド」が仕掛けてあり、不可視の魔法陣に触れたフェリクスの両手首、両足首が金色のリングによって、拘束される。
「ぐっ!」
フェイトの攻撃で受けたダメージを再生中のフェリクスに、瞬時にその拘束から逃れる術はない。
「勇斗っ!」
「おうっ!」
振り返らずに自分を呼ぶ声に、応える勇斗。
それ以上の言葉を交わさずとも、フェイトが為そうとすることは理解できた気がした。
フェイトはバルディッシュを両手で胸の前にかざし、勇斗はダークブレイカーを通じて残った魔力の全てをフェイトへと注ぎ込む。
『アルカス・クルタス・エイギアス!』
フェイトと勇斗、二人の声が重なる。
フェリクスの周囲に次々と一メートル弱の魔力スフィアが生じていく。
「疾風なりし天神、」
「今導きのもと撃ちかかれ!」
フェイトの言葉を引き継いだ勇斗が叫ぶ。
リンカーコアだけでなく、二人の想いと心が互いのデバイスを通じて一つになる。
「くっ!?」
フェリクスを囲い込むように配置された魔力スフィアは計十二。その一つ一つが膨大な魔力を秘めていることは一目で見て取れる。
バインドを必死で振りほどこうとするフェリクスだが、その四肢を拘束する雷光の輪はビクともしない。
「バルエル・ザルエル・ブラウゼル。雷光爆裂!プラズマザンバーファランクスシフト!」
溢れ出る魔力を解き放つ瞬間を焦がれるように、魔力スフィアとバルディッシュの刀身に幾筋もの雷が奔る。
バルデッシュを天高く掲げる。
この戦いを終わらせる最初の一撃を撃ち放つ為に。
「こらぁぁぁぁっ!よくも僕達をこんな目に遭わせてくれたなぁぁぁぁっ!」
拘束されていたマテリアルたちがようやくその戒めを破り、クリスタルケージから脱出する。
が、彼女達は少しばかり遅かった。
『撃ち砕け!スパークッファイアァァァァッ!!』
フェイトと勇斗、二人の声が重なる。
展開した魔力スフィア、振り落とされたバルディッシュの刀身から雷光が迸る。
計十三の同時砲撃。全周囲からの同時砲撃の威力はフェリクスの防御を紙切れのように貫き、その身を蹂躙する。
「ぐっあああああああああぁぁぁ――――――っ!!」
断末魔の叫びに等しい絶叫。
その絶叫すらも、砲撃の轟音の前に掻き消えていく。
非殺傷設定ではあるが、純粋魔力生命体と化したフェリクスには、魔力ダメージがそのまま存在そのものへのダメージとなる。
同時にその強すぎる威力は闇の書システムそのものであるフェリクスを通じ、マテリアルたちにすらダメージを与える。
「あっぐっああああああああああぁぁぁっ!」
フェリクスからフィードバックされたダメージに悲鳴を上げ、再び行動不能の状態へと陥るマテリアル達。
「スパァァァァァァクッエンドッ!!」
雷光がより一層強い輝きを放ち、一点へと集束する。
全力を振り絞った最後の一撃。
いくもの雷光が爆発の連鎖を起こし、フェリクスを包み込む。
「ハッ……ハァッ!……ハァッハァ……!」
全力を出し尽くしたフェイトの眼差しは、確かにフェリクスの肉体が跡形もなく消滅するのを捉えていた。
「へっ……ざまぁ、みやが……れ」
それを見届けた勇斗は、今度こそ魔力、精根共に使い果たして気を失い、どさりと崩れ落ちた。
そして全ての力を使い果たしたのはフェイトもまた同様だった。
「あとは……おね……が、い」
シンクロドライブによって酷使された体とリンカーコアはとうの昔に限界を超えていた。
意識を失い、落下しようとするフェイトをアルフが受け止める。
「お疲れ様、フェイト」
優しく微笑みながら、限界を超えて全力を尽くした主を心から誇りに思うアルフ。
『――――だが、言ったはずだ。全ては無意味だと』
その声は全員の頭の中に響いた。
聞き間違えるはずもない。勇斗を除いた全員がまだ終わってないことを理解していたのだから。
声の発信源はフェリクスの肉体が消滅した場所。
そこに闇色の小さな光が瞬いていた。
闇の書システムの核ともいうべきもの。
たとえ、いかなる攻撃によって肉体が消滅したとしても、闇の書システムは無からの再生さえも可能とする。
長き時に渡り、幾多の人間を苦しめてきたもっとも厄介な機能がそれだった。
『私は蘇る。何度でも』
フェリクスの肉体が瞬く間に再生されていく。
傷一つない、完全な状態へと。
『――ところがどっこい、そうは問屋が卸させへん』
「――――っ!」
フェリクスの背後に現れたのはリインフォース。
完全消滅から再生するほんのわずかな隙を狙って突き出された拳が、フェリクスの胸を貫く。
フェリクスの目が驚きに見開かれる。
いくら再生中の隙を狙ったとは言え、自らに力を奪われたはずのリインフォースにこんな芸当をするだけの力が残っているはずがなかった。
僅かに振り返ったその瞳で捉えたリインフォースは、背中に三対六枚の黒翼と騎士甲冑を備え、全盛期の力を取り戻しているように見えた。
そしてフェリクスがその動揺から立ち直る前にリインフォースは更なる行動を起こす。
「ユニゾン・イン」
「なっ!?」
リインフォースの姿が掻き消える。
ユニゾン・インの言葉通り、フェリクスへと強制的にユニゾンしたのだ。
闇の書のシステムそのものとなったフェリクスとその管制人格であるリインフォース。
条件さえ揃えられれば、ユニゾンすることそのものはそう難しいことではない。
「バカな……!力を失った君にこんなことができるはず……!」
無からの再生――転生機能は確かに膨大なリソースを必要とし、闇の書システムのガードプログラムは通常時に比べ、そのセキュリティレベルが低下する。
だが、自身の魔力のほとんどを失ったリインフォースにそのガードプログラムを突破し、自分とユニゾンするだけの力があるはずがなかった。
――あまつさえ、管理者権限を奪い、闇の書のシステムに干渉を行うことなど。
フェリクスとユニゾンしたリインフォースは、その全能力を闇の書プログラムの改変へと注いでいた。
デバイスが術者の肉体を掌握し、術者の意識に反して行動を行う、融合事故に近い現象を起こし、闇の書の転生機能プログラムの停止を行っているのだ。
『たしかに私一人の力では無理だったろうな』
『だけど今は私がおる!』
「――――っ!」
リインフォースに続いて響いた声――八神はやての声で、フェリクスは全てを悟る。
「逆ユニゾンか!?」
逆ユニゾン。それは術者がマスター権限により起こす、疑似融合事故とでもいうべき現象。
術者ではなく、デバイスが主体となるユニゾン(融合)。
リインフォースがはやてにユニゾンするのではなく、はやてがリインフォースにユニゾンすることによって、リインフォースはかつての力を取り戻すことに成功したのだ。
『これが勝利の鍵や!』
「くっ。だが、覚醒したばかりでそんな真似をすれば――っ!」
逆ユニゾンは、通常のユニゾンとは比較にならないほどの術者へ負担がかかる。
その状態でさらに他者へユニゾンを行えば、術者とデバイスの負担は余計に跳ね上がる。
長年、闇の書にリンカーコアを浸食され続けたはやてに悪影響が出ないはずがない。
『ゆーとくんやフェイトちゃんがあれだけ頑張ったんや……だったら私かてこれくらい!』
逆ユニゾンを言い出したのは、言うまでもなくはやて自身。
もちろん、リインフォースや守護騎士たちははやての身を案じ、反対したが一度決意を固めたはやての意思を覆すことはできなかった。
勇斗やフェイトのことがなかったとしても、元来責任感の強い少女の意思は変わらなかっただろう。
フェイトがフェリクスを消滅させ、無からの再生プロセスを起動させる。
その隙をついて、力を取り戻したリインフォースがユニゾンによって、管理者権限を掌握し転生機能を停止させる。
これが勇斗の稼いだ時間によって決まったプランである。
「ぐっ……くっ!わかっているのかっ。こんな真似をすれば貴様だけだなくリインフォース自身も只ではすまんぞ!?」
ユニゾン状態でや闇の書のプログラムに干渉するのは、少なからずリインフォース自身のプログラムにもダメージを与える。
いくらリインフォースでも管理者権限を掌握できるのはそう長くない。その短時間で転生機能だけをピンポイントで改変するのは流石に不可能だった。
転生機能の停止によって、リインフォースがどこまでの機能を損壊するかは、リインフォース自身にすら未知数。
最悪、存在の消滅すらあり得るのだ。
もちろん、当人達はそんなことは百も承知している。
『主と融合騎は一心同体』
『私もリインフォースもあんたなんかに負けるほど……やわやない!』
「くっ!」
フェリクスにはもはや止める術はない。
体の制御を奪われ、システムの停止も止めることができない。
『見つけた……システムU-D。これが転生機能の源……このリンクを断ち切れば』
「……っ!」
リインフォースは見つけたのは転生機能の力の源でもあるシステムU-D。
無限ともいえる魔力を供給するこのシステムとの接続を破壊すれば、転生機能もその機能を停止する。
時間を惜しんだリインフォースは、正式な停止プロセスを踏むことなく、自らの構成ごとその接続回路の破壊に取り掛かる。
フェリクスはそれを防ぐべく、制御を取り戻すことにリソースを振り分けるが、わずかに間に合わないことを理解していた。
そして気付く。
全てを撃ち貫く桜色の光が輝いていることを。
その直径は5メートルを優に超えていた。
なのはの制御能力限界まで集められた膨大な魔力。
それはこの戦いで撒き散らされた魔力の残滓。
フェリクス達との戦いで消費された互いの魔力。そして勇斗が放出したほとんどの手つかずの魔力。
なのは個人では到底為しえない魔力量が集束され、その力の全てがフェリクスに向けて解き放たれようとしていた。
そして。ついに転生機能とシステムU-Dとのリンクを破壊したリインフォースとはやてがフェリクスからユニゾンを解除する。
「なのはちゃん……あとはよろ、しく」
逆ユニゾンによって限界を超えたはやてもまた、力を使い果たしその意識を失う。
「今だ!高町なのは!」
そんなはやてを胸に抱いたリインフォースは、わずかに残された力を振り絞り離脱する。
フェリクスはリインフォースのユニゾンの影響でまだ体を動かすことができない。
「スターライトッブレイカ―――――ッ!!」
大気が震え、音さえ超えて光が迸る。
「ぬっおおおおおおおおっ!」
直撃の寸前に体の制御を取り戻す。
回避する間はない。
残った力全てを振り絞って受け止める。
リインフォースによって、転生機能とシステムU-Dとのリンクは確かに破壊された。
だが、まだ闇の書にはバックアップ機能が残っている。それを利用すればシステムU-Dとのリンクを破壊された復旧し、転生機能もまた復活する。
スターライトブレイカーを受け止めると同時にシステムの復旧も開始している。
システムが復旧するまでの時間は一分弱。
この一撃さえしのぎ切れば、もうなのは達に自分を止める術はない。
――これさえ、この一撃さえ凌げば
そしてフェリクスは見る。
受け止めた砲撃の先に瞬く更なる星の光を。
「みんなから受け取った想いと力、その全てを込めて……全力全開!」
辺りに撒き散らされた魔力は、なのはの力をもってしてなお一度で集束しきれる量ではなかった。
だからこそ可能なスターライトブレイカーの連打。
なのはは自身に残された全ての力を注ぎこみ、レイジングハートを掲げる。
繋がれた希望、託された想いの全てを込めた全力全開の一撃を撃ち放つ為に。
「スタァァァライトッブレイカアアアアアアァァァァッ!!」
闇を撃ち貫く星の光が再び爆ぜる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
受け止めていた最初のスターライトブレイカーの上から更に重ねられた一撃。
諦めも。
絶望も。
闇さえも消し去る光の中へ、フェリクスの姿は飲み込まれていった。
「ハァ……ハァ……やった、の?」
自分でも驚くほど凄まじい一撃だった。文字通りのなのはの全てを込めた全力全開。
自分の力だけでは到底為し得ないほどの威力のスターブレイカーを二発。
フェリクスのいた地点を見据えていたなのはだが、次第にその瞼がゆっくりと閉じられていく。
気力を限界まで使い果たしたことで気を失いつつあった。
ぐらりとその体が崩れ落ちる。
「なのはぁっ!」
それを、シャマルに介抱され意識を取り戻したユーノがしっかりと受け止める。
自身も飛ぶのがやっとだったユーノだが、受け止めたなのはが規則正しく寝息を立てていることに安堵する。
そしてフェリクスのいた場所へと目を向ける。
スターライトブレイカーの爆煙により、フェリクスがどうなったのかは伺いしれない。
予兆は何もなかった。
「私の勝ちだ!」
「――――っ!」
声は背後から。満身創痍。傷だらけのフェリクスがなのはの背後へと転移していた。
なのはの意識は無く、両手が塞がったユーノにもフェリクスの一撃を防ぐ手立てはない。
轟音。
思わず目を閉じたユーノだったが、いつまで立っても二人を襲うはずの衝撃はなかった。
恐る恐る目を開ければ、フェリクスは腕を振りかざした状態で静止していた。その胸に先ほどまではなかった風穴を開けて。
「確かに闇を砕くことはできないかもしれん。だが――」
その声は静かに告げる。
「闇は光の中に消え去るものだ」
シグナムはボーゲンフォルム――弓状になったレヴァンティンをそっと降ろす。
フェリクスは呆然と自らの胸に空いた穴を見下ろしていた。
シャマルが転移座標を算出し、シグナムが撃ち貫く。
コアを撃ち抜かれるのと転生機能の復旧までの差は1.3秒だった。
「――見事。私の完敗のようだ」
自らの敗北を悟ったフェリクスは静かに笑う。
コアを失ったフェリクスは、ゆっくりとその姿を光の粒に変え、消失していく。
「君たちがここまでやるとは計算違いだった。つくづく人間というものは面白いな」
「君もその人間の一人だろう」
これまた意識を取り戻したクロノが半ば呆れ顔で呟く。
諭すように言うクロノの言葉にフェリクスは小さく笑う。
「そうだったな。運命に飲み込まれ絶望に沈むのが人ならば、それに抗い切り拓くのもまた人の業か」
フェリクスはかつての自分に思いを馳せるが、それもまた過ぎ去った過去のこと。それを語る時間もその気もない。
敗れ、消えゆくのみの存在となった自分だが、不思議と悪い気分ではなかった。
「長い年月をかけたわりに、あっさりした終焉だがこの気分のまま逝けるのならそれも悪くないかもしれんな」
「散々人に迷惑かけておいて、言うことはそれかよ。結局てめーは何がしたかったんだよ」
心底迷惑そうにヴィータが毒づく。
自分たちを――否、闇の書に関わり不幸になった者たち全ての元凶とも言うべき存在なのだ。
謝罪しろ――とは思わないが、したり顔で逝かれるのも、それはそれで不快だった。
「――あぁ、一つ思い出したことがある」
ヴィータの言葉を無視し、フェリクスは倒れたまま意識のない勇斗を指差す。
「彼はこの世界の…………――」
最後まで言い切ることなく、光の粒子となって消滅した。
夜天の書を闇の書へと改変し、多くの不幸をもたらした元凶ともいえる存在の最後は、ひどくあっさりとしたものだった。
「あいつ、何を言おうとしたんだ?執務官、聞こえたか?」
フェリクスの言いかけた言葉は途中で不明瞭になり、ヴィータの位置からでは聞きとることができなかった。
フェリクスに一番近い位置にいたクロノなら、と問いかけたがクロノは難しい顔で静かに首を振る。
「……いや。とりあえず終わったか」
フェリクスの消滅にともない、結界が消えていく。
フェリクスが最後に残した言葉が気がかりではあるものの、ひとまず闇の書事件は終わりを告げた――――かに見えた。
「こらーっ!僕たちのこと忘れるなーっ!」
突然響いた怒声に振り向けば、そこには顔を真っ赤にして怒鳴るレヴィ、悔しげに顔を歪めるディアーチェ。そして一人平然としたシュテルの姿があった。
『あ』
残ったものが皆、呆けたような声を上げる。
「よくもやってくれたなっ!今から強くてカッコイイこのレヴィ・ザ・スラッシャーが……あれ?」
威勢よく指さし、啖呵を切ろうとしたレヴィだが、ぐらりとその体が傾く。
「無茶ですよ、レヴィ。私達のダメージも相当なものです。ここは一度退くしかありません」
倒れかけたレヴィをそっと支えて諭すシュテル。
「えぇーっ!?」
「ここで無茶をしては元も子もありませんよ。王、よろしいですね」
レヴィ同様、ディアーチェもシュテルの案に不満を顕にするが、不承不承頷く。
「チッ。運が良かったな、塵芥ども!だが次に会った時は今回のように行くと思うな!」
「今度はおまえら皆、ギッタギッタにしてやるかなー!覚えてろよ!」
「それでは皆さん、ごきげんよう」
マテリアル達は三者三様の言葉を残し、飛び去っていく。
「いいの、クロノ?あの子達を放っておいて」
「……良くはないが、今はどうしようない。僕達に彼女らを追撃する力なんて残ってない」
「ま、そりゃそうだね」
問いかけたアルフ自身、今すぐにでも休みたい気持ちで一杯だった。
クロノの言うとおり、他の面子も皆満身創痍。とても戦う余力など残っていない。
「今はとにかく休もう」
アースラから数人の武装局員が降りてくるのを確認しながら、クロノは呟く。
気がかりはいくつかある。
逃亡したマテリアル達の対処、フェイトやはやて、リインフォースの容態。
そしてフェリクスが最後に残した言葉。
それでも今は。
全力を出し切った少女たちの寝顔を見ながら思う。
全てが終わった時、彼女たちが笑顔でいられるように、と。
■PREVIEW NEXT EPISODE■
闇の書に端を発した戦いはひとまずの決着を迎えた。
だがフェイトとリインフォース。二人の傷跡はあまりに深く大きい。
彼女たちの支払った大きすぎる代償に、勇斗は何を思うのか
リインフォース『この生命ある限り』
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UP DATE 12/2/08
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