リリカルブレイカー
第40話 『私に力を』
「ほう……」
勇斗を守るように並び立つフェイト達に、フェリクスは感嘆の声を漏らす。
あれだけ徹底的に打ちのめされたにも拘わらず、誰の目にも諦めや怯えは見られない。
それどころかボロボロだったはずのバリアジャケットも修復され、その姿は今まで以上の覇気に満ちていた。
「ふん、あれだけやられてまだ懲りぬか。いくら外見を取り繕おうとも、貴様らに戦う力など残っていまい」
そんなフェイト達の姿勢を、ディアーチェは虚勢と見てとった。
フェイトはもちろん、シグナム達もフェリクスとマテリアルの圧倒的な力によって徹底的に打ちのめされた。
非殺傷とはいえ、その苛烈な攻撃は彼女たちの魔力を根こそぎ削り取られ、戦う為の力など残っているはずがなかった。
「シャマル、テスタロッサ。遠峯を頼む」
「ええ」
「シグナム達も気を付けて」
ディアーチェの言葉を無視して、シャマルは勇斗へ回復魔法をかけ、フェイトがそれに寄り添う。
「我らに戦う力があるかどうか――」
バリアジャケット同様、自身の魔力で修復したレヴァンティンを携え、シグナムが一歩を踏み出す。
「その身で確かめろ!」
繰り出す一閃はまさに電光石火の如く。
「わわっ!?」
瞬く間に間合いを詰めた横薙ぎの一閃が、受け止めたバルフィニカスごとレヴィの体を吹き飛ばす。
「おのれ!」
「させない!」
シグナムに攻撃をしかけようとしたディアーチェとシュテルだが、そうはさせじとなのはとクロノの砲撃が放たれる。
「ちっ!」
攻撃を中断し、砲撃を飛翔してかわすディアーチェ。そこに唸りを上げて迫るのは鋼の鉄塊。
「おらぁっ!」
横殴りにグラーフアイゼンを叩きつけるヴィータ。その威力はシールドごとディアーチェを弾き飛ばす。
「ちょっと、ちょっと!こいつら普通に戦えるよ!?なんで!?魔力切れじゃなかったの?」
「確かに……残り魔力を全て振り絞った一撃、というわけではなさそうですね」
空中で踏みとどまったディアーチェの元へ集うシュテルとレヴィ。
シュテルの言葉通り、シグナム達の攻撃は平時と比較しても遜色ない威力だった。息切れ一つ見せない立ち姿からも、残り少ない魔力を振り絞ってようやく繰り出した一撃、というわけでもないらしい。
「――まさか」
「――そういうことか」
シュテルとフェリクスが同時に同じ結論に思い至り、その視線を勇斗へと向ける。
シャマルの回復魔法を受けたまま、まだ意識が戻っていないようだが、二人には意地悪くほくそ笑む勇斗のイメージが重なって見えた。
「あの塵芥……とことんふざけた真似をしてくれる」
「え?なになに、どういうこと?」
二人の視線から察したディアーチェと、一人だけ状況を理解できないレヴィ。
「君らの想像通り、勇斗が僕たちに魔力を供給したんだ。おかげでもう一度戦うことができる」
時間稼ぎの意も込め、クロノがあっさりとネタばらしをする。
「まんまと彼にしてやられたわけですね」
シュテルは静かにため息をつく。
勇斗が結界内を魔力を放出したあの時、てっきり、勇斗の高ぶった感情と未熟な技量のせいで制御できない魔力が放出されていたと思い込んでいた。事実、先
の戦闘中にも、魔力を高める度ごとに無駄な魔力がだだ漏れであった。その考えは間違いではないが、勇斗は放出する魔力を目晦ましとして利用し、それに乗じ
て長距離からのディバイドエナジーを実行。クロノ達に魔力を供給していたのだ。
放出する魔力量に圧倒され動揺していたこと、勇斗の技量であの距離のディバイドエナジーができるわけがないと侮っていたことでその可能性を見逃していた。(実際、勇斗自身もあれだけの長距離からの魔力供給ができるかどうかは賭けではあった)
「ついでに言えば、おまえらに念話を漏れさせていたのもわざとだ。ダミーの念話でおまえらを油断させたとこで、こっそりと本命の念話を送り続けてたんだよ、あいつ。変なとこで器用だよな。内容ほとんど同じだったからあんま意味なかったけど」
と、ボヤくヴィータだが、勇斗がその念話を送り続けなければ、なのはやフェイト達はクロノ達の制止も聞かずにすぐ飛び出していたに違いない。
「なん……だと?」
ヴィータが語る言葉に衝撃を受けるディアーチェ達。
最初に湧き上がってきた感情は驚愕。自分たちに翻弄されるだけだった勇斗が影でそんな芸当をしていたのか。
次に湧き上がってきたのは、遥かに格下である相手の思惑にまんまと乗せられたという屈辱感。
「まったく。普段は自己中心的かつめんどくさがりでやる気ないくせに、追い詰められると無茶ばかりする」
クロノが辟易したように呟く。時の庭園でもそうだった。頭に血が上ると人の言うことなんか聞きやしない。自分の力量も鑑みずに感情のままに行動する。そのくせ小細工には抜かりない。
厄介極まりないが、それに助けられたこともまた事実であり、そうさせざるを得ない状況にしてしまった自分の見通しの甘さが腹立たしくもある。
「……あの少年にしてやられたことは認めよう。それで、君たちに何ができる?」
例え、魔力が回復したとしても戦力の差は埋まらない。それは先の戦いで証明されている。
クロノ達の総力を結集したとしても、無限に再生するフェリクスには決定打を与えられないのだ。いや、それどころかこちらの攻撃はほとんど通らず、返り討ちに遭う始末。
撤退しようにも、転移を妨害する結界を破壊するスターライトブレイカーは、チャージを妨害され失敗に終わっていた。
勝利も撤退も不可能。打つ手立てなど、何一つないはずだった。
「――私は今日まであいつを見くびっていた」
不意にフェリクスの問いを無視して、ぽつりとシグナムが呟く。
訝しげに眼を細めるフェリクス達にも構わず、シグナムの独白は続く。
「稽古をつけたところで、あいつにとっては所詮遊び感覚だったのだろうな。少し厳しくすればすぐに音を上げ投げ出す。高町やテスタロッサ達のような戦士とは比するに値しない、普通の人間だとな」
シグナムの言うとおり、勇斗はなのはやフェイトのように本気で強くなろうとはしていなかった。
強くなりたいとは思っても、才能がないことを理由に最初から諦め、多少の練習はしても、本気で努力することをしなかった。
むしろ自らそれを茶化し、努力しないことへの理由づけにしていた。
シグナム自身、それが悪いことだとは思わない。
人間、誰しもがなのはやフェイトのように努力し、研鑽を続けられるような人間ばかりでないことはよく知っている。
闇の書に関しての情報をくれたことには感謝はしていたし、ある種の度胸のようなものは認めていたが、勇斗の人間性そのものは人並み程度にしか評価していなかった。
「だが、あいつはこの場の誰よりも弱いくせに、諦めることをしなかった。絶対に勝ち目のない戦いと知りつつもどこまでも足掻き、戦い抜いた」
万が一にもフェリクス達に気付かれることを懸念し、こちらから念話を返すことはしなかったが、それでも勇斗が自分たちに念話を送り続けたのは、自分たちが立ち上がることを信じていた為だろう。
そして、その上で自らの全力を尽くした。
自分一人だけでフェリクス達を倒すと言ったのも、はったりではなく本心からの言葉だったに違いない。
ただ時間を稼ぐだけならば、最後の特攻など行う必要もないのだから。
「結果は徒労に終わったがな」
ディアーチェが鼻で笑い飛ばす。
実際、勇斗が稼いだ時間など十分にも満たず、フェリクス達にも毛筋ほどの傷すら付けられなかった。
愚かな行いだと嘲笑う。
たしかに結果だけ見れば、勇斗の行為は愚行と言えるかもしれない。
最後の特攻などその最たる例だ。シグナム自身、あそこまでやるとわかっていればもっと早くに出て止めていた。
「たしかにな――――だが、否、だからこそ、騎士たる我らが貴様らに屈することなどできん」
シグナムの言葉は、そのままなのは達全員の総意だった。
結果がどうあれ、誰よりも弱い勇斗があそこまでやってみせたのだ。
何度も傷付き、倒れ、地面に這いつくばり、それでもなお立ち上がり、挑んでいく。
途中で何度飛び出そうと思ったことか。歯を食いしばり、自身を抑制し、勝利への道を模索したのは、勇斗の意気に報いる為。
あの奮闘を見せられ、黙っていられるわけがない。
騎士としても、―個人としても、このまま終われる理由などどこにもなかった。
「ならば再び貴様らを地面に這いつくばらせるのみよ!」
「――残念だが、そういうわけにはいかん」
響いたのは、なのは達でもフェリクス達でもない男の声。
「何っ!?」
「これはっ!?」
「うぇっ!?」
突如としてマテリアル達、一人一人を拘束するように光の輪が発生し、その動きを封じる。
現れたのは仮面を被った一人の男。その手には一枚のカードがクルクルと回っていた。
「貴様ぁっ!何者だ!」
「……人形風情と話す舌など持たん」
「あうっ!」
仮面の戦士はその手をかざし、三人まとめて更なるリングで拘束し、計六重のバインドの上から半透明な正四角錐――クリスタルケージを構築する。
クリスタルケージの中に閉じ込められたレヴィとディアーチェが何事かを喚き散らしているが、その声はクリスタルケージに遮られ、外に届くことはない。シュテルが懸命にバインドを解除しようとしても、強固なバインドはシュテルの力をもってしてもビクともしない。
「これで貴様の人形どもは当分の間動けんぞ」
マテリアルたちの様子を確認した仮面の戦士は、フェリクスに向けて静かに宣告する。
「私の結界に侵入してくるとは大したものだ。君達のお友達かな?」
マテリアルたちが拘束されたことになんら動揺を見せず、フェリクスはクロノへと問いかける。
一瞬だけ、仮面の戦士へと目を向けたクロノはきっぱりと断言した。
「いや、全く知らない見たこともない赤の他人だ。間違っても一緒にしないで欲しい」
「…………」
クロノの言葉に仮面の戦士は沈黙を守っているが、その視線はフェリクスにだけ向けられ、クロノ達もまた、仮面の戦士へ警戒を払っていないことから、言葉とは裏腹に協力関係にあることは一目瞭然だった。
もしかしたら勇斗が時間稼ぎしている間にクロノ達を介抱したのは、この仮面の戦士かもしれない。
「まぁいい。何人こようと何を企んでいようと結果は変わらない」
おしゃべりの時間は飽きたと言わんばかりに笑みを浮かべ、フェリクスはその両手に魔力スフィアを発生させ、臨戦態勢に入る。
「さぁ、せいぜい私を楽しませてくれたまえ」
「……う」
シャマルが回復魔法をかけ続けること数分。シャマルの腕の中で、ようやく勇斗がその目を覚ます。
「勇斗……!大丈夫?」
「……」
フェイトの声に顔をあげるが、その瞳は焦点が合わず声を返すこともない。
子供の体には大きすぎるダメージを受けただけに、まだ意識も半ば混濁しているようだった。
シャマルもフェイトも、勇斗に無理強いを強いることはせず、自然と意識がはっきりするのを待つ。
意識のはっきりした勇斗がハッと顔を上げるまで、待つこと十数秒。
「――っ。勝った……のか?」
自分の最後の一撃が通じたのかどうかはわからない。
だが、こうしてフェイトが目の前にいてシャマルに介抱されているということは戦いが終わったということなのか。
そう考えた勇斗だが、すぐに否定される。
「ううん、まだ。今はなのは達が戦ってくれてる」
「……だったら、俺に、構わないで……二人も行けって」
体に走る痛みに顔をしかめながら言う勇斗。
気を失い、一度緊張の糸が途切れたことで、さっきまでのように痛みを無視して動くことはできそうにない。
例え、自分が動けるようになったとしても戦力にならないのはわかりきっている。
だから足手まといでしかない自分のことは放っておいて戦え、と言ったのだが、それに対してフェイトは静かに首を振って否定する。
「残念だけど今の私たちだけじゃ勝てない。勇斗の力も必要なの」
「…………」
胡乱げな眼差しでフェイトを見返すが、その表情は真剣そのもので、冗談を言っているようにも見えない。
そもそも自分と違って、こんな状況で冗談を言うような性格ではない。
こんな自分が何の役に立つのだろうかと、半信半疑ながらも、勇斗は視線で先を促す。
「……まだ、魔力は残ってる?」
少しだけ力の戻った右手には、自爆しても手放さなかったダークブレイカー。
ちらりと目を馳せると、罅だらけのフレームにはまっている宝玉が、「問題ない」とでも言いたげに瞬く。
ブレイカーを握る手にグッと力を込め、目を瞑る。
正直に言えば、体力も精神力も限界まで使い果たしていた。
シャマルの回復魔法を受け続けているとはいえ、立ち上がることすら億劫だった。
(――だけど、それでも)
「俺の力が必要なんだな?」
「うん」
寸暇を置かずに返される力強い声。
こんな状況にも拘わらず、自分が必要とされているという事実に少しだけ嬉しくなる。
――たとえ魔力がなくなろうが、魂を燃やし尽くしてでも必要な魔力を絞り出してやる
そう思うだけで、確信が沸いてくる。
沸々と込み上げて来る気持ちが、そのまま魔力へと変換されるかのように。
「大丈夫だ、いける」
「うん」
しっかりと頷き返した勇斗に、フェイトもまた頷き返す。
「時間がないから手短に説明するね。まずバルディッシュとダークブレイカーを媒体にして、私と勇斗のリンカーコアを同調させる」
「……うん」
聞いたことがない手法に若干の疑問を抱きながらも頷き、先を促す勇斗。
「そうすれば同調したリンカーコアを通じて、私が勇斗の魔力を自分のものとして扱える」
「……そんなことできんのか?」
人の魔力を自分のものとして扱う。そんな都合の良いものがあるのかと、半信半疑で聞き返す勇斗だが、
「うん。元々は魔導炉とかの自分以外の魔力を自分の力として使う母さんのレアスキルなんだ。それを魔法でエミュレートできるようにって、母さんが私用に術式を組んで教えてくれたの」
どこか嬉しそうに語るフェイトの言葉に、得心がいったように頷く勇斗。
思い返してみれば、いつかのビデオレターでもプレシアから新しい魔法を教わっていると嬉しそうに話していたことがあった。
「まだ未完成だけど、今回の場合はそれを応用して勇斗自身をカートリッジに見立てたもの……っていうとイメージしやすいかな」
「エサマスターに人間補給装置の次は人間カートリッジ……か」
自分に回ってくる役割が尽く裏方的かつネタ的なネーミングが付くことに、苦笑を禁じ得なかった。
同時にそれも悪くない、と思う。
自分が主役的な立ち回りを演じたいという願望もあるにはあるが、取り立てて目標もなく、大した努力もしてない自分にはそれが分相応だろう。
今は自分にできることがあるだけでも上出来とも言える。
「オーケー。任せろ。特大の魔力を注ぎ込んでやる。何をどうすればいい?」
ようやく立ち上がれる程度までに回復してきた体を起こしながら、口の端を釣り上げる勇斗。
勇斗の魔力を半分でも使えていれば、自分を倒すことができるとは、フェリクス自身の言葉だ。
フェイトが言うとおりのことが出来るならば、それで十分片を付けられる。
あの傲岸不遜な鼻っ柱をへし折り、なおかつ自分の不始末をこの手で拭えると思えば自然と笑みも浮かぶが、そこでふと気付くことがあった。
「……お前の体は大丈夫なのか?」
「えっ……」
突然の勇斗の言葉に、フェイトは虚を突かれた顔をする。
「普通のカートリッジシステムだって体に負担大きいんだろ?俺の魔力をカートリッジ代わりに使ってお前の体はなんともないのか?」
「えっと……」
気まずそうに言いよどむフェイトに、勇斗は自分の勘が嫌な方に当たっていることを悟る。
元々、カートリッジシステムは瞬時に爆発的に魔力を上げたり、魔力総量の底上げができる強力なシステムだが、その分制御は難しく、使いこなせるデバイスと術者は少ない。その上、ミッドチルダ式の魔法や繊細なインテリジェントデバイスとの相性は良くないとされているのだ。
その理由として最も多く上げられる理由の一つはデバイスの破損や術者の負傷が相次いだことにある。
自分の能力を外的な要因で引き上げるには、多かれ少なかれリスクを伴うものなのだ。
勇斗の問い詰めるような視線を浴び続けたフェイトは、観念したかのようにポツリポツリと語り始める。
「全くの無事……ってわけにはいかない思う。単なる魔力総量の底上げじゃなく、出力そのものも大幅に引き上げるから、私の体やリンカーコアにもかなりの負担がかかる、かな。最悪、私自身が大きすぎる力に耐えられなくなるかもしれない」
その言葉と雰囲気で、フェイトの言葉がオブラードに包んだ言い方であることを勇斗は直感した。
リンカーコアのシンクロによって、魔力総量や出力が上がったとしても、それを受け止めるフェイトの許容量<キャパシティ>そのものがあがるわけではない。
空気を入れ過ぎた風船が破裂するように、術者の能力以上の魔力は術者の体そのものを破壊しかねない。
フェイトの言う最悪というのは、フェイト自身の死を意味しているのだろう。
「でも、大丈夫。勇斗やみんなは絶対無事に帰れるようにするか痛っ!?」
額をチョップされたフェイトが涙目で勇斗を見るが、逆に勇斗に睨み返され、たじろいでしまう。
「阿呆。お前も一緒じゃないと意味がないわ。お前も必ず無事に帰れ。いいな、約束しろ」
他に手立てがない以上、止めることはしない。シャマルが何も言わない以上、他に自分たちが勝つ方法もないのだろう。
トラブルの原因たる自分が偉そうに言える立場ではないことは、十分わかっていたがそれでも言わずにいられなかった。
「…………」
フェイトは何も言えずに目を逸らす。元々が嘘をつけない性格だ。その場しのぎの嘘を言うことすら躊躇ってしまう。
「フェイト」
「う」
フェイトの頬に手を添え、ぐいっと無理やり正面を向かせ、目を合わせる。
「おまえが死んだりしたら俺も死ぬ。俺自身が人質だ。いいな、俺を死なせたくなかったら必ず生きて帰れ」
「……」
一瞬、勇斗が何を言っているのかわからず、きょとんとするフェイト。傍で聞いているシャマルも同じ反応だ。
勇斗自身、勢いで馬鹿なことを口走っているのは自覚しているが、一度口に出したことを無かったことにもできない。
間。
勇斗とフェイトの周囲一メートルだけ沈黙が支配しているかのような錯覚。
数秒の沈黙に耐えられなくなった勇斗の目が泳ぎ出す。
「ぷっ……あははっ」
静寂を破ったのはフェイトの笑い声。
「自分が何言ってるかわかってる?」
涙が出るほどおかしかったらしく、フェイトはくすくす笑いながら目元をこする。
「うるせー、わかってて言ってるよ、ほっとっけ。ついでに冗談じゃなく、本気の大真面目だ。俺はやるといったらやるからな」
そう言って顔を真っ赤にしながら、ぷいっと顔を背ける勇斗がおかしくて、ますますフェイトの笑いを誘う。
「うん、わかった。約束する。みんな無事に帰ろうね」
「……おう」
とびっきりの笑顔で言うフェイトに、少しだけ見惚れながら頷く勇斗。
「で、俺は何をどうすればいい?」
「術式の構築と制御は私がするから、勇斗とダークブレイカーは私の指示通りに呪文の詠唱と魔力の制御をして。それ以外はとくに動いたりする必要もないから」
「了解……っ」
「ゆーとくんっ、まだダメよ!」
頷いた勇斗は体の痛みに顔を顰めながらも、立ち上がろうとし、シャマルに止められる。
出血は止まり、ある程度は体の痛みも和らいだが、まだ左手も動かず十分に回復したとは言い難い。
「いや、もう大丈夫。あんまりのんびりもしていられないだろ?」
よろよろと立ち上がった勇斗の視線は上空で繰り広げられる戦いへと向けられる。今はまだ均衡を保っているようだが、それもいつまで保てるかはわからない。
「立ってるだけなら、もう十分だ。シャマルはあっちのサポートに行ってやってくれ」
シャマルは迷うようにその視線をフェイトに向けるが、フェイトは苦笑しながらも頷く。
「……もう、二人ともあまり無理はしないでね」
そう言うシャマルはどこか哀愁を漂わせながらも、ゆっくりと飛翔し、勇斗とフェイトを守るように位置取るユーノ、アルフと合流する。
あの三人は後衛組として前線メンバーのサポート兼勇斗とフェイトのガードの役割なのだろう。
「じゃ、こっちも始めよう。ダークブレイカーをバルデュッシュに重ねて」
そう言ってフェイトはザンバーフォームのバルディッシュを両手に持ち、刃先を胸の高さくらいに合わせるようにして構える。
「こうか?」
それに習い、フェイトに寄り添うように並び立った勇斗も形ばかりの魔力刃を形成し、刀身を交差させるようにダークブレイカーを重ねる。
「うん」
フェイトが頷き、目を閉じると重なり合った2つの刃先を中心として金色の魔法陣が展開される。
「アルカス・クルタス・エイギアス。煌めきたる天神よ。いま契約のもと新たな道を指し示せ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」
フェイトの言葉が紡がれる度、新たな魔法陣が展開され、複雑な術式が展開され、金色の魔法陣が明滅する。
勇斗もまた、念話で伝えられた言葉を復唱し、ダークブレイカーへ魔力を放出していく。
ドクン、と。心臓の鼓動のように二人のリンカーコアがリンクを始める。
「ぐ……っ!?」
ダークブレイカーを通じて無理やり力を吸い出されるような虚脱感。
バチッとダークブレイカーとバルデュッシュの交差点で、魔力の余波が弾ける。
バルデッシュを通じてフェイトに溢れんばかりの魔力が注がれていく。
「……ふぁっ……んっ、くっ」
フェイトの体の中を熱い奔流が埋め尽くすように、勇斗の魔力が駆け巡る。
「あ……うっ、ああぁぁぁっぁっ!」
「フェイトッ!?」
(想像していた以上に魔力の流れが強い……!)
全身に電流が流れたかのような痛みが襲い、なおもフェイトの体を蹂躙する。
二人のリンカーコアの波長のズレによって、勇斗の魔力がフェイトの制御から外れ、暴走しているのだ。
ただでさえ、難しい他人の魔力制御。それも自分より遥かに大きな魔力を制御するのはフェイトにとっても容易なことではない。
自分のリンカーコアの波長を制御し勇斗のそれと上手く同調させられなければ、待っているのは魔力暴走による自身の破滅。
「大……丈夫、だ、か……らっ、勇斗はそのまま、魔力の……出力をい、じ……し、て」
「だけどっ!」
勇斗の目から見て、とても大丈夫そうには見えない。
フェイトの体の至る所から紺色の魔力光がスパークし、その表情は苦痛に歪み、汗にまみれている。
出力を半分程度に抑えているのに、この状態だ。
このままではフェリクスを倒すどころか、自滅しかねない。
「大丈夫っ、だから……!私、を……信、じてっ」
苦痛に喘ぎながらも、フェイトは必死に術式を維持し、リンカーコアの同調させようとしている。
「……っ」
今の勇斗にフェイトの助けになるようなことは何一つできない。ただ、何もできない自身に対する怒りと屈辱だけが勇斗の心を苛んでいく。
『Boss』
そんな勇斗に相棒であるダークブレイカーはただ一言呼びかける。
それ以上の言葉はなく、ただ本体である宝玉を明滅させる。
勇斗にはそれが「自分の為すべきことを為せ」と、無言のメッセージのように感じられた。
「……ちっ」
小さく舌打ち。さっきからこの相棒に活を入れられっぱなしだった。これではどっちが主か分かったものではない。
ぎゅっと、ダークブレイカーを握る手に力を込め直す。
悔やむのも悩むのも全ては後回し。今はただ為すべきことを為さねばならない。
「わかった。お前を信じる。俺の魔力も、命も、全部お前にくれてやる。だから絶対勝つぞ!」
勇斗の言葉にフェイトは苦しげに呻きながらも小さく笑みを浮かべる。
そしてより強く、深く集中する。自分に全てを預けてくれた勇斗の為に。
今、自分たちを信じて戦ってくれているなのはやクロノ達の期待と信頼に応える為に。
「うっ……ん……っ!」
自らの中で暴れ回る魔力の熱さに苦しみながらも、少しずつリンカーコアの波長を調整していく。
やがて無秩序に暴れるだけだった魔力は、少しずつその流れを変えていく。
フェイトの意に沿って流れを変えながらも、どこまでも熱く、燃え盛る炎の如く激しい流れへと。
(熱い……)
リンカーコアの同調率が上がるにつれ、自身の体が芯から燃え上がるような感覚。
だが、それは決して不快なものではない。
むしろかつてないほど気分が高揚し、無限に力が沸いてくるような気がしてくる。
(これが……勇斗の魔力)
自分の中を駆け巡る熱い奔流。その中から勇斗の心を感じたような気がした。
戦いに対する恐怖。色んなものを失くすことに怯える弱さ。自身の無力と絶望。自分に対する心配と信頼。
気のせいかもしれない。
だけど、心と心が繋がった気がして、凄く嬉しかった。
「勇斗、もっと強く!」
だからこそより強い力を求める。
心と心をより強く繋ぎ、感じたいから。
「もっと強く……?」
フェイトが自分の魔力を制御し始めているのは勇斗にも伝わっていた。
フェイト同様、勇斗もまた、フェイトの心を感じ始めている。
自分に対する掛け値なしの信頼と昂ぶる心を。
それがむずかゆくもあるが、それ以上に心地良さを感じていた。
今まで感じたことのあるものとはまた違う、誰かとの一体感。
それにより心が高揚する。
こんなボロボロの体でも、今まで以上の力が出せる気がしてくる。
もっと。もっと強くなれる気がしてくる。
勇斗からフェイトに注ぎ込まれる魔力が増大する。
「もっと強く!」
「もっと強く!?」
足りない。もっともっと強く。
「もっと、もっと……もっと強く!」
「もっと……もっと……強く!」
金と紺の輝きが交互に明滅する。
それは二人の心を写す鏡のように。
交互に明滅する光は、互いの輝きを単独のそれより強く引き立たせる。
だが、その強すぎる輝きはフェリクスの目をも惹きつけることになる。
「なるほど。あれが君たちの起死回生の一手……というわけかい?」
フェリクスの目から見て、具体的に何をしようとしているのかはわからないが、勇斗の魔力を使って何かしようと言うのは見て取れた。
「しかしあの少年……よくもまぁ魔力が続くものだ。あれだけの魔力を一体、どこに……。いや、待てよ……」
勇斗の底なしとも言える魔力量に感心すると同時に呆れるフェリクスだが、不意に自分の記憶に引っかかるものを感じた。
通常ではあり得ないほどの魔力。かつてそれを可能にする技法を耳にしたことがあったような。
「あの普通じゃない魔力……何か知ってるのかい?」
既に満身創痍、息も絶え絶えといった変身魔法の解けた仮面の戦士――グレアムの使い魔であり、クロノの師匠でもあるリーゼロッテが面白そうなことを聞いたと言わんばかりの笑みを浮かべ、問いかける。
もっとも、ロッテの笑みが虚勢からくる空元気ということは誰の目にも明らかだった。
姿を消し、影からクロノ達をサポートしていたロッテの姉妹――リーゼアリアもその姿をさらけ出され、二人そろってボロボロの姿になっている。
もっとも、程度の差はあれ、フェリクスを除いた全員がボロボロで、限界が近いことには変わりはない。
「いや、考えるのは後にしよう。例えあの二人が何をしでかそうと私の身を脅かせるとも思えないが、君たちが何の勝算もなく挑むほど愚かだとは思えないのでね」
フェリクスの言葉にロッテ達は内心で舌打ちをする。
上手いこと話を長引かせて時間を稼ぐつもりだったが、今度はあっさりと流れを断ち切られた。
最初の時のように、こちらの攻撃を全て受ける心算ならば事はもっと楽に運べたのだが、そう上手くはいかないらしい。
「そろそろ遊びは終わりにさせて貰おう」
フェリクスがかざした手の先には勇斗とフェイトの二人。
「させるかよっ!」
上空からヴィータ。
「あの二人に手出しはさせん!」
下からシグナム。
「フェイトはあたしが守る!」
後方からアルフ。
「クラウソラス!」
「エクセリオンバスター!」
そして左右からなのはとはやての砲撃。
「貫け。闇の雷よ」
輝くのは闇の光。
フェリクスの周囲に大小三十を超える闇色の魔力スフィア。全方位に放たれた闇の光がなのはとはやての砲撃を撃ち貫き、近接戦をしかけた者を尽く撃ち落とす。
「星よ、集え。全てを撃ち貫く光となれ」
フェリクスのかざした手に流星の如く魔力が収束していく。
その様を見て、誰もが理解する。
フェリクスが放とうとしているのは、スターライトブレイカー。
なのはの切り札。そして先程、なのは達に壊滅的なダメージを与えた魔法でもある。
「スターライトブレイカー」
放たれるは全てを撃ち貫く星の光。
それを真正面からその身で受けたのは3つの影。
「ぬおおおおおおおおっ!!」
「あんたの思い通りにだけはさせないよ……!」
「あの二人に手出しはさせない……!」
ザフィーラ、ロッテ、アリアの三人は文字通り自らの身を盾とするように、正面からスターライトブレイカーを受け止める。
ヴォルケンリッターであるザフィーラは言うに及ばず、ロッテとアリアにとってもフェリクスは因縁のある相手だ。
11年前。闇の書の暴走により、グレアムの部下であり、クロノの父親でもあるクライド・ハラオウンは命を落とした。
クライドの死が幼いクロノやリンディに与えた影響は言うに及ばず、ロッテとアリアの主、グレアムはクライドの死を自らの責任としてずっと己を責め続けていた。
使い魔であるロッテやアリアもまた、自分たちの教え子でもあるクライドの死を嘆き悲しみ、闇の書を憎み続けてきた。
公式の捜査が打ち切られた後でも、グレアムと自分たちは闇の書を永久に葬り去ろうと誓い、密かにその痕跡を追い続けていた。
そして遂に闇の書の呪縛を完全に断ち切る機会を得た。
当初の予定とは異なってしまったが、より少ない犠牲で済むのならばそれがいいと、グレアムはそれに賭け、渋々ながらも二人もそれを承知し、クロノ達に全てを託したはずだった。
そこに現れた全ての元凶とでも言うべき存在。
心のどこかで、自分たちの憎しみをぶつけるべき相手が現れたことを喜んでいたかもしれない。
自分たちの手で止めを刺せないのは業腹だが、ここで奴を倒せるならばこの身がいくら傷つこうが構いはしない。
「無駄だ。その程度では止まらんよ」
撃ち放たれた一撃は圧倒的な力を持って、三人の魔力を削り取り――――あっけなくその体ごと飲み込んでいった。
魔力も気力も根こそぎ奪い取られる中――ロッテとアリアの二人は僅かに振り返り、自分たちの弟子へと託した。
「ユーノ!」
「わかってる!」
スターライトブレイカーを止めたのはクロノとユーノが展開した五メートルにも及ぶ巨大な氷の盾。
青と緑の魔法陣が幾重にも展開され、全てを撃ち貫く星の光さえ受け止める。
ただの氷の盾ではない。氷結魔法に特化したデュランダルの機能を最大限に活かした氷盾であり、クロノとユーノにより幾重にも術式を重ねたクロノ達にとっての切り札である。
「無駄なことを」
クロノ達が必死に足掻く様をフェリクスは嘲笑う。
スターライトブレイカーの照射時間はそう長くない。放たれた一撃はすでにフェリクスの制御を放たれているが、込められた魔力はクロノ達全員の力を合わせても止められるものでない。数秒もしないうちに、彼らの後方にいる勇斗とフェイトをも飲み込むはずだった。
スターライトブレイカーの圧倒的な威力の前に、二人の魔力は瞬く間に削り取られていく。
まともに受け止めれば、三秒も持たなかったに違いない。
だが、二人の狙いは最初から受け止めることではない。
ユーノが展開済みの防御結界を維持し、クロノが最後の仕掛けを展開する。
「はあああぁぁぁぁぁっ!」
「こん……のぉぉぉぉっ!」
クロノとユーノが残った力の全てを展開した術式に注ぎ込み、氷の盾からバレルフィールドを展開された。
「――――まさか」
『跳ね返せぇぇぇぇぇぇっ!!』
フェリクスがその意図に気付いた瞬間――星の光は逆流し、自ら放った閃光にその身を曝す。
魔法ランクSSS――ミラージュ・リフレクション。
特殊な術式により、魔力を光、氷の盾を鏡に見立てて、相手の砲撃魔法を光のように反射する最高クラスの防御魔法。
デュランダルの超高速演算処理とクロノの長年培った魔力変換技術、そしてユーノのずば抜けた結界技能が合わさったことで初めて可能になった超高等魔法。
もちろん、強力な術特有の様々な欠点も存在する。
消費魔力は膨大で、術式の展開に時間がかかり、また魔法を受け止めて反射するまでの間、完全に無防備になるが、術式展開までの時間はロッテ、アリア、ザフィーラがその身を呈して稼ぎ、自身の力に驕りのあるフェリクスは追撃を仕掛けることはなかった。
おそらく今の一撃をもってしてもフェリクスには決定打足りえないだろう。その証拠に幾らかのダメージを受けながらも、爆煙を振り払うフェリクスの姿が垣間見えた。
今の一撃で魔力とともに気力、体力のほとんどを使い果たしてしまったクロノとユーノは、緩やかに落下していくが、自分達の役目を果たした二人の口元には小さな笑みが浮かんでいる。
「あ、と……は」
「まか……せた、よ」
薄れゆく意識の中、二人は金の閃光が一際輝く光景を目に焼き付けていた。
次々に仲間たちが倒れていく姿を前にしながらも、二人の心は揺るがない。
何故ならそれは倒れていった仲間たちの意思を、希望が自分達へ託されているだけなのだから。
「アルカス・クルタス・エイギアス。今、二つの力が一つとなりて、新たな力を紡ぎ出す」
目を閉じたフェイトは、互いのリンカーコアを同調させる最後の詠唱を紡ぐ。
そして、ゆっくりとその目を開く。
「私に力を」
勇斗とフェイト。二人のリンカーコアが完全に同調する。
「シンクロ……」
「……ドライブ」
勇斗からフェイトへ。二人の力が一つに昇華され、二つのデバイスの声が重なる。
『『Ignition』』
金色の閃光が。
爆ぜる。
■PREVIEW NEXT EPISODE■
フェイト達の反撃が始まった。
託された想いと絆。
未来を切り拓く力が闇を照らしだす。
はやて『これが勝利の鍵や!』
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UP DATE 12/2/08
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