リリカルブレイカー
第38話 『俺の妄想を舐めるな』
無造作に接近してくるフェリクスに対し、真っ先に動いたのはシグナムとヴィータだった。
左右両側からの挟撃。並の魔導師なら反応することも叶わないほどの苛烈な一撃。
だが、フェリクスは両手を動かすことしない。
背部にある闇の翼がその形を人間の手のそれへと変化し、白刃と鉄槌をそれぞれ受け止める。
「どうした、守護騎士の力はそんなものか?」
「くっ!」
「こっ、のおおおおおぉ!」
シグナムとヴィータ。二人ともがデバイスを握る手に力を込めるが、闇の手に掴まれたデバイスはびくともしない。
「その程度では話にならないな」
突如としてデバイスを掴む闇の手が爆発する。なのはの砲撃にも匹敵しかねない威力の爆発が二人を吹き飛ばし、入れ替わりに突撃するアルフとザフィーラ。
ユーノとシャマルが二人の突撃をバインドで援護。
ユーノのチェーンバインドとシャマルのクラールヴィントの糸がフェリクスの四肢へと絡みつく。
「君たちの全力をぶつけてくるがいい。その全てを砕き、絶望に染め上げよう」
自らの四肢に絡みつくバインドを、闇の翼で無造作に引きちぎり、アルフとザフィーラを体ごと闇の手で鷲掴みにする。
「うぁっ!?」
「おおっ!?」
そのまま無造作に後方へと投げ捨てる。さして力を込めているように見えない動作だが、投げられた二人はまともに受け身を取ることもできないほどの勢いで大地へと叩きつけられる。
フェリクスは自ら攻撃をしかけることなく、薄ら笑いを浮かべながらその場に静止する。
対策を練る時間を与えてやるといわんばかりの余裕だ。
「リインフォース。奴の言ったことは全て事実だと思うか?」
フェリクスに相対しながら、はやての中のリインフォースに尋ねるクロノ。
先ほどは威勢よく啖呵を切ったものの、フェリクスの言葉が真実ならば、例えどれだけダメージを与えようとも、フェリクスには決定打足りえない。封印とて容易ではないだろう。
何の策もないまま戦い続ければ、こちらが消耗するだけでやがて力尽きる。
フェイトと勇斗を見捨てるつもりはないが、執務官として勝算のない戦いを続けるわけにはいかず、撤退も考える必要がある。
執務官としても個人としても歯がゆいばかりだが、クロノにこの状況を打破する手立ては思い浮かばなかった。
だが、闇の書の管制人格であったリインフォースなら何か手立てを見出せるかもしれないと、かすかな望みを託したのだが。
『……例えアルカンシェルで消滅させたとて、闇の書本体と同様に再生する可能性は十分にある。奴のハッタリ、とは言い切れない』
「凍結魔法やほかの手段での封印は?」
『それも不可能だろう。凍結も一時的な時間稼ぎにしかならない。一定以上の攻撃ならばダメージは与えることはできるだろうが、それだけだ。時間さえあれば無限に再生する』
リインフォースの答えは尽くこちらの希望の芽を摘んでいくが、それでも簡単に諦めるわけにはいかない。
「何か打つ手はないか?」
『転生プログラムに割り込みをかけることができれば……あるいは』
「なるほど。たしかに良いアイディアだ。転生プログラムに干渉し、機能不全に陥っている隙に私のコアを撃ち抜けば、確かに再生はできない」
クロノとリインフォースの会話を邪魔することなく聞いていたフェリクスが口を挟む。
あっさりと自分を消滅させる手段を吐露するフェリクスに訝しむクロノだが、すぐにそれが余裕からきているものだと理解する。
「だが、今の君に干渉する術はない、そうだろう?」
『…………』
リインフォースの沈黙は、そのままフェリクスの言葉を肯定していた。
もし、本来の計画通り、はやてが夜天の書の主として目覚め、システムが自分の管理下にある状態ならば転生機能を停止させ、自分ごと闇の書を消滅させることができた。
だが、今はこうして闇の書システムと切り離され、融合騎としての能力以外はほとんど失い、自身に残された魔力はこの場の誰よりも低い。
今の自分が外部からシステムに干渉しても、負荷をかけることすらできないだろう。
自らの無力さに歯噛みしながらもリインフォースは思考を走らせる。かけがえのない主と大切な騎士達を生かす術を。
初めて出会えたのだ。課せられた使命ではなく、自らの意志で守りたいと思える主に。
祝福の風として新しい名前をくれた優しい主。悲しみの連鎖を断ち切ってくれると約束してくれた。
たとえ、自らが消えてもその主と大切な家族だけは守りたい。
だが、目の前の闇はそんな想いすらあざ笑うように動きだす。
「作戦タイムはこの辺でいいだろう。そろそろ私からも仕掛けさせてもらおうか」
フェリクスが威嚇するように両手と闇の翼を広げる。
「させるかよっ!」
「はああぁっ!」
「主に手出しはさせん!」
フェリクスの左右、後方から、ヴィータ、シグナム、ザフィーラが襲い掛かる。
四つの影が交差するのは一瞬。右から迫る鉄槌を拳で砕き、左からの斬撃を手刀で断ち切る。そして背後からの拳は闇の翼によって叩き落す。
「アイゼン!?」
「な……っ!?」
一瞬で自らの相棒を砕かれたヴィータが目を瞠る。レヴァンティンの刀身を半ばから断ち切られたシグナムも動揺を隠しきれない。
「ヴィータちゃん!シグナムさん!離れて!」
「クラウソラス!」
なのはとはやての同時の砲撃。桜色と白の閃光が爆ぜる。
だが、二人の砲撃はフェリクスにダメージを与えることなく、闇の翼によって遮られていた。
「上ががら空きだ!」
「後ろもね!」
両手の塞がったフェリクスを狙い撃つのはクロノとアルフ。上からブレイズ・キャノン。後ろからプラズマランサーマルチショット。
「温いな」
受け止めていたなのはとはやての砲撃を闇の翼で振り払う。
ただそれだけの動作で二人の砲撃は相殺される。そして蒼い閃光と雷の弾丸はそれぞれ闇色の砲撃と闇の雷によって迎撃される。
「今のはなのはとフェイトのっ!?」
辛うじてフェリクスの雷撃を回避したアルフが叫ぶ。
今、フェリクスが使ったのは、魔力光こそ異なるものの、間違いなくディバインバスターとプラズマスマッシャーだった。
「あぁ、言うまでないと思っていたが、闇の書が蒐集した魔法は私も使える。その点も踏まえて攻撃してくることだ」
闇はただ笑う。人の意志を砕き、絶望に染め上げる為に。
「う……ここは?」
フェイトが目覚めたのは、アスファルトの上だった。
見回してみるも、辺りに人影は見当たらない。代わりに見えるのは見知らぬ街の風景。どうやらどこかのビルの屋上で気を失っていたようだ。
ビルの柵から見下す風景は海鳴やその近辺のそれではない。ジュエルシードを探すために、海鳴やその近辺を調べつくしたフェイトには一目でそれがわかる。
辺りに戦闘や魔法が行使された形跡は全く見当たらない。なのはやフェリクス達の姿も。自分が置かれた状況について、フェイトは混乱することなく冷静に分析する。
この状況、そしてフェリクスが語った言葉から推察すれば、答えはほぼ限られてくる。
「もしかして、ここが勇斗の夢の中?」
『It is thought that it is very likely』(その可能性が一番高いと思われます)
試しに最大効果範囲での念話を試みる。ただ、勇斗の名を呼びかける。
勇斗の名を呼びつづけて数分。それに対する応えはない。
単に自分の念話が届いていないのか、勇斗が応えないだけなのか。
前者ならまだいい。だが、後者だとすれば。
ズキンと心に痛みが走る。勇斗が現実の自分を拒絶し、この夢の世界を選んだのだとしたら。
「そんなこと……ない!」
ブンブンと頭を振って、弱気な考えを振り払う。
――大丈夫。ちゃんと会って、話せば勇斗は必ず戻ってきてくれる。探そう、勇斗を。
眼下の街を見下ろす。そこにはたくさんの人がいて、にぎやかな街の喧騒が見て取れる
この広い街のどこに勇斗がいるのかはわからない。だけど、このまま無為に時を過ごすこともできない。
バリアジャケットを解除し、駆け出す。
――勇斗、絶対、一緒に帰ろう
「――フェイト?」
フェイトが俺を呼んだ――ような気がした。
が、いくら耳を済ませてもフェイトの声は聞こえない。
「どうしたの?侑斗?」
手を繋いだ優奈が可愛く首を傾げる。
今は優奈と二人でのデート中。街中を目的もなくただ歩くだけのどうということはない時間。
「あ、いや……気のせい、かな」
人の行きかうショッピングモールを見回したが、フェイトの姿はもちろん、声すら聞こえない。
当たり前だ、ここは俺の夢の中だ。キャラクターとしてのフェイトならばこの世界にもいるし、俺の部屋にもDVDやコミックはおろか、フィギュアもある。
が、キャラクターとしてのフェイトが俺の名前を呼ぶなんてことは絶対にない。
フェイトが俺の夢の中に来た?そんな馬鹿なと思う反面、有り得ないことではない、と思う。あの世界が夢でなかったとしたら。
正直、優奈と過ごす時間が増えれば増えるほど、あの世界での出来事は夢だったのではないか、という思いが強くなっていく。
夢と現実の境が曖昧になっている、というべきか。
情けない話だが、自分からこの世界に別れを告げることはできそうになかった。この世界で過ごす時間が多くなるほど、深みにハマっていることを自覚しているのに。
ただ、さっきの声をそのまま無視することも躊躇われた。
念の為、というわけでもないが、最大音量で念話を発する。ただ、彼女の名前だけを。
数回の呼びかけに応える声はない。やはりさっきの声は気のせいだったのか。
「ゆーとー?」
「あぁ、悪い。行こうか」
ぎゅっと手を握る力を強くする優奈に、手を握り返し笑いかける。
「ん」
たったそれだけのことで嬉しそうににへらーと笑う優奈に苦笑すると同時に愛しさがこみ上げてくる。
あぁ、どうしようもないくらい自分はこいつを好きなんだと何度も認識させられる笑顔。
同時にこみ上げてくる罪悪感。わかってる。こんなことをしているはずじゃない。こんな夢の世界にいつまでも逃げこんでていいはずがない。外ではなのは達が必死に戦ってるはずなのに。
「また難しい顔してる」
「ぬ」
優奈の指が俺の頬に突き刺さる。
そのまま楽しそうにぷにぷにと突っついてくる優奈。
じろりと優奈の顔を睨みつけるが、この状態で効果があるはずもなく。
「えへへー」
「…………」
胸から込み上げてくる罪悪感に優奈の顔を直視してるのが辛くなってくる。
さっきのフェイトの声が聞こえるまでは、そんなものほとんど感じなかったはずなのに。
「あっ、と、ちょっと喉乾いたから飲みもん買ってくるわ」
「え、あっ、ちょっと!」
優奈の指から逃れるように身を引き、繋いでいた手を放す。
一度、気にし始めたら、次々に罪悪感が膨れ上がってくる。
この罪悪感を抱えたまま、優奈といるにはちょっと骨が折れそうだった。
気分を一度リセットするべく、少しだけ一人になりたかった。
「すぐ戻るからそこで待ってろ」
傍にあったベンチを指さしながら、優奈に背を向ける。
「もーっ」っと頬を膨らませた優奈の顔に、ちょっとだけ笑いを零しながら俺は自販機へと向かった。
人混みの中をフェイトは走り抜ける。
勇斗の姿は一向に見つからない。当たり前だ。何の手がかりもなく人一人を探すことなど容易ではない。土地勘のない場所ならなおさらだ。
走りながら何度も何度も念話で勇斗へと呼びかける。
だが、それに応える声はなく、時間と共に不安や焦慮ばかりが募っていく。
「わっ」
「あっ」
周りに意識を割きすぎて、前方への注意を怠っていたのがまずかった。
進行方向に立っていた女性にまともに正面衝突をかましてしまう。
かなりの勢いで走っていたため、双方バランスを崩し、ぶつかった女性にのしかかるように倒れこんでしまう。
「ご、ごめんなさい!」
「いたた……だめだよー、よそ見しながら走ったら……って」
慌てて立ち上がり頭を下げるフェイト。女性のほうは尻餅をついた格好になっていたが、すぐに立ち上がり、スカートの上からお尻のあたりをさすっていた。が、なぜかフェイトの顔を見ると、驚いたように目を瞬かせる。
「あの、本当にごめんなさい!お怪我はありませんか?」
「うん、平気。あなたのほうは大丈夫?」
「あ、はい。平気です」
フェイトが応える間にも女性は、自分の目でフェイトの体を見て、怪我がないことを確認するとフェイトの服の汚れを払ってくれる。
「うん、これでよし」
「あ、ありがとうございます」
親切な人だな、とフェイトは思う。屈んでフェイトと視線の高さを合わせた女性の、腰まで伸ばした髪から柑橘系の良い香りが漂ってくる。
年は十代後半だろうか、少なくともエイミィよりは年上に見える。落ち着いた雰囲気に優しい笑顔。あと胸がおっきい。
以前に聞いた勇斗の好きな人はこんな人なのかな、と考える。
「そんなに急いでどうしたの?」
「え、と……人を探してるんです。私と同じ位の年の男の子で、ちょっと目つきの悪い遠峯勇斗って子なんですけど」
「ゆーと……」
女性はうーん、と首を傾げるものの、申し訳なさそうに口を開く。
「うーん、ごめんね。今日はそんな子見かけてないなぁ」
「そう、ですか」
期待はしていないかったものの、どうしても落胆してしまう。
「ね、良かったら、お姉ちゃんも一緒にその子探してあげよっか?」
「え?」
「そのほうが一人で探すより早く見つけられるでしょ?」
思いがけない提案に、反射的に頷きかけるが、これ以上迷惑をかけられないという思いで踏みとどまる。
「そんな、悪いです」
「んー、でもあなたのそんな必死な顔見てると、どうしても放っておけなくて。ダメかな?」
「……」
自分一人で効率が悪いのは確かだ。念話も通じないこの状況で、勇斗を見つけ出す自信もなかった。
この女の人に迷惑をかけるのは心苦しかったが、あまり遠慮をしている余裕がないのも確かだった。
「すみません。お願いできますか?」
「うん。じゃあ、えっと携帯は持ってる?連絡用に番号交換できるかな?あと、探してる男の子の特徴も」
「あ、はい。え、と……」
言われるままに互いの連絡先を赤外線通信で交換したところで、ピタリと女性の動きが止まる。目を瞬かせてて、何かに驚いてるようだった。
「あの?」
「あ、ごめん。フェイトちゃんって言うんだね。私は優奈。改めてよろしくね」
「はい、こちらこそ。それでこれが探してる男の子の写真です」
優奈と名乗った女性が何に驚いたのか気になったものの、今はそんなことを気にしている場合ではない。交換したメールアドレスに、携帯に保存してあった勇斗の写メも送る。
携帯を買ったばかりの頃に撮った、気怠そうな顔をした勇斗の画像を見た女性は、小さく吹き出してしまう。
「?」
「あはは、ごめんね。お姉ちゃんの知ってる人も、よくこんな仏頂面してるなぁって思って」
優奈はくすくすと楽しげに笑った後、すくっと立ってフェイトに笑いかける。
「じゃあ、別れてこの子を探そうか。お互いに見つけたらすぐに連絡ね。私の他にももう一人いるから、きっとすぐ見つかるよ」
もう一人、という言葉でまた遠慮しそうになったが、それをグッと飲み込む。まずは勇斗を見つけないとどうにもならないのだ。
「はい、ありがとうございます!よろしくお願いします!じゃあ、私はあっちのほうを探してみます」
「今度は人にぶつかっちゃだめだよー」
優奈に勢いよく頭を下げたフェイトは、そのまま背を向けて歩き出す。優奈に言われた通りに今度は人にぶつからないようにちゃんと前にも気を配りながら。
目的の人物が、間抜け面で自分を見ていたことに気付くことなく。
「…………」
優奈とフェイトが一緒にいるのを目撃した瞬間、誇張でもなんでもなく思考が停止していた。
なぜ、とかどうして、という言葉すら浮かんでこない、文字通りの思考停止。
フェイトは俺に気付くことなく去っていき、優奈がそれを見送る。
わかってるはずだ。フェイトが俺を呼びに来たというのなら、俺は目を覚まさなきゃいけない。
――――優奈に別れを告げなければならない。
「あ、侑斗」
俺を見つけた優奈が駆け寄ってくる。
「ね、ね、今の子、見た?すっごく可愛い子だよねっ、おまけにあの子、フェイト・テスタロッサって言うんだって。なのはに出てくるフェイトちゃんにそっくりなだけじゃなくて、名前も同じなんてすっごい偶然!」
どうでもいいことだが、同棲してる関係上、自然と俺が見るものは優奈も見ることが多い。俺ほど深くはないものの、優奈もアニメに関してはそこそこの知識を持っている。『リリカルなのは』に関しても。
「実際にいるんだねー、ああいう子。人形みたいですっごく可愛いっ。それで、あの子が友達探してるっていうから――」
テンションの上がる優奈に、普段なら軽口の一つや二つ叩いて見せるところだが、今の俺にそんな余裕はなかった。
一向に返事を返さない俺に、優奈が心配そうに顔を覗き込む。
「侑斗?大丈夫?顔色悪いよ?」
優奈の言う通り、血の気が引いてる感覚はあった。
「あ、うん。平気」
どうにか止まっていた思考を解凍し、それだけ答える。
「どうみても大丈夫じゃないよ。顔、真っ青だよ?とりあえず、座ろう?」
優奈に言われるがままに手を引かれ、ベンチに座らせられる。
優奈が不安げに俺の様子を伺ってくる。
言わなきゃ。
「もう、俺は行かないといけない」って。
こうして繋いだ優奈の手を振りほどいて、行かなきゃいけないんだ。
夢を見る時間は――もう、終わらせなきゃいけないんだ。
ただ、それだけのことなのに。
体は小刻みに震え、顔を上げることすらできない。
情けない。フェイトはちゃんと自分の力で夢の世界から目覚めたのに。
動かなきゃいけないってわかってるのに。この手を放したくない。
「侑斗」
ぎゅっと、優奈が俺の手を両手で包み込む。
「大丈夫、侑斗ならきっと大丈夫だよ。ほーら、ちゃんと顔を上げて、ね?」
顔を上げれば、見慣れたいつもの笑顔。今まで何度も俺に力をくれたあの笑顔。
「……くっ」
自然と笑いが零れる。そうだ、この笑顔にちゃんと向き合える自分でいなきゃ。
いつだってそうだ。今までも、これからも。
「ちょっと、いきなり笑うのはヒドイんじゃないかな」
ぷくーっとふくれっ面で睨む優奈。
「悪い、悪い。ふんっ!」
「ゆ、侑斗!?」
いきなり自分の額を殴りつけた俺に慌てる優奈。
「〜〜っ」
思ったより効いた。自分で殴った額を抑えつけながら、優奈に笑いかける。
「ちょっと気合入れただけだ、心配すんな」
「そう言われても……」
少しだけその瞳が可哀想な人を見るものになっているのに、苦笑しながら立ち上がる。
「悪い。俺、もう行くわ」
「……それが侑斗の答え?」
俺を見る優奈はどこまでも穏やかで優しい瞳をしていた。
「あぁ」
優奈の顔を見据えてしっかり頷く。
「この世界なら私はずっと侑斗と一緒にいてあげられるんだよ。元の世界に私はいない。それでもいいの?」
優奈の言葉一つ一つに胸が張り裂けそうになる。優奈のいない世界に戻る。
「よくはない……けどさ」
できることならずっとこの世界にいたい。他の誰に何を言われてもいい。ただ優奈と一緒にいることができるなら、世界中の全てを敵に回したって構わない。
フェイトやなのは達を見捨てでも。
だけども。
「現実で俺のことを呼ぶ仲間を見捨てたら、おまえに顔向けできねぇもん」
自分ではちゃんと笑ったつもりだったが、どこか無理のある笑いだったかもしれない。
「俺があんな小さな子見捨てたっつったら、絶対怒るし」
そう、優奈なら絶対にそんなことを望まない。むしろ悲しむし、怒る。
優奈はそういう奴なんだ。だから、そんな優奈だからこそ、俺はあいつに胸を張って会える自分でいたい。
いつだって、優奈の笑顔と真っ向から向き合える人間でいたいんだ。
「だから、俺は行くよ」
「……うん」
目を閉じて優奈は静かに頷く。その口元に小さな笑みを浮かべながら。
「そんな侑斗だから、私も好きになったんだよ」
ゆっくりと立ち上がり、両手を差し出す優奈。その手の平には黒い金属のプレート、ダークブレイカーが載せられていた。
いつしか周囲から人影は消え、二人だけの世界となっていた。
「可愛い女の子を泣かせたらダメだよ?」
「善処はしよう」
クスリといたずらっぽく笑う優奈に投げやりに答えながらダークブレイカーを受け取る。
この夢の世界から出る前に一つだけ確認したいことがあった。
「なぁ、この世界……ってか、遠峯勇斗がいる世界にお前はいるのかな?」
「さぁ、どうだろ、わかんない。私はあなたの記憶の中の存在でしかないもの」
まぁ、そうだよな。ここはあくまで俺の深層意識が創りだした世界であって、そこにいる優奈が俺の知らないことを知っているはずがないのだ。
それでも、ただ聞いてみたかった。
「もし、こっちの世界の私を見つけたらどうするの?」
いたずらっぽい眼をして優奈が俺の顔を覗き込んでくる。
そんなもの決まっている。
「告白して付き合う」
「侑斗のこと振っちゃうかも知れないよ?」
「何度だって諦めない」
「他に好きな人や付き合ってる人がいるかもしれないよ?」
「殺してでも奪い取る」
優奈が一瞬白い眼をしたが、スルーされた。
「侑斗より年上かもしれない」
「百も承知」
「侑斗よりずっとずっと年下かもしれないよ?」
「ロリコン上等」
「変態」
「…………」
自分が優奈にしたことを考えると割と否定出来なかった。
俺の考えを見透かしたのか、優奈は若干、顔を赤くしながら睨めつける。
「侑斗のえっち」
「……まぁ、好きな相手にはしょうがない」
微妙に目を逸らしながら、もっともらしく頷いておいた。
「もうっ」
俺の態度に困ったような、呆れたような顔をしながら優奈は続ける。
「人妻やおばあちゃんだったりしたらどうする?」
これはさすがに即答できなかった。むぅ、そう来たか。
「……その時に考える」
「あはは、侑斗らしいね」
優奈は心底、おかしそうに笑う。
うっせ。流石の俺もそのレベルまで来ると即答で付き合おうとか言える自信はねーよ。
「でも、この世界に私がいたとしても、あなたの知ってる私じゃないんだよ。同じようでまったくの別人」
そんなことは言われるまでもなくわかっている。
「この世界の私に、元の世界の私を見ないで接することができる?」
「…………」
答えることができなかった。いや、答えはわかりきっている。わかっているからこそ、答えられなかった。
そんなことできるはずがない。
彼女と同じ顔、同じ名前、同じ存在でありながら、別の人間。そんな子に会えば、嫌でも俺の知っている優奈の面影を重ねることだろう。
押し黙る俺を見て、優奈はくすりと笑う。
「だめだよ。誰かに私の代わりなんて求めちゃ。それがこの世界の私でも、ね」
「…………」
優奈の言葉にぐうの音も出ない。確かに彼女の言うことは正論だ。
もしも、自分を好きな相手が自分を通して他の誰かを見ていたら、それはとても切なく悲しいことだろう。
この世界の優奈が、俺の世界の彼女と全くの同一である保証はない。いや、俺自身が別人となっているのだから、俺と会った時点で別の存在になるとも言える。
二人の優奈に何かしらの差異があるごとに、きっと俺は二人の優奈を比べてしまう。それをこちらの優奈に気付かれたら、必ず彼女を悲しませてしまう。
そんなのは絶対に嫌だ。
好きな女を悲しませるようなことだけは絶対にしたくない。
「この世界の私に会うな、とは言わないよ。でもね、鷺沢侑斗じゃなくて、遠峯勇斗として、ちゃんとその子自身と向き合ってあげて」
この世界の私に限らずにね、と優奈はどこか寂しそうに笑う。
「私のことを想ってくれてるのは嬉しいけど、あなたを縛る枷にはなりたくいから」
「でも、俺はっ!」
「ほーら、もう行かなくちゃ。これ以上、あの子を待たせるわけにもいかないでしょ」
自分でも何を言おうとしたのかわからない言葉は、優奈の言葉に遮られる。
「さっきも言ったけど、可愛い女の子を泣かせちゃダメだよ」
優奈はぴたりと突き出した指を俺の口に当てる。
何か言わなくちゃいけない。優奈にぶつけなくちゃいけない想いが喉まで出かかっているのに。それがどうしても言葉にならない。
「私を言い訳にしないで。あなたのことを大切に想っている女の子とちゃんと向き合ってあげて、ね?」
不意に視界が歪む。優奈の言ってることは正しい。何をどうしたって、俺が俺の知っている優奈と元の俺として会うことはもう絶対にないのだ。
だから、優奈の言ってることが正しい。
「私のこと想ってくれるのは嬉しい。でも、ね」
一度言葉を切って、優奈は寂しそうに笑う。
「あなた自身のために、忘れることも忘れないでね」
「――――っ」
気付けば俺は優奈の体を強く抱きしめていた。言葉にならない想いを彼女に告げる為に。強く、強く。
「うん、大丈夫……侑斗ならきっと大丈夫だから」
俺の胸に顔を埋めながら、優奈はそっと俺の背中を撫でる。
どうしようもないほど彼女が愛おしく大切だった。
「……俺、お前のこと好きで良かった」
「うん、私も侑斗のこと大好き」
そっと手を緩め、唇を重ねる。触れるだけの拙いキス。
腕の中の優奈は涙ぐんだ顔で微笑む。
「侑斗、大好き」
――――だから、侑斗は侑斗の幸せを見つけて。私の好きな侑斗のままで
――――侑斗ならきっと、どんなことでも乗り越えていけるはずだから
――――約束、だよ?
そして、いつしか腕の中の優奈は消えていった。
俺の手の中に、その温もりだけ残して。
くっそ。言いたいことだけ言って消えやがって。
夢の中なら夢らしく、もっと俺にだけ都合の良い展開になれよな、ちくしょう。
「くっくく」
知らず知らずのうちに笑いが零れる。
勝手に一方的な約束だけしてんじゃねーよ、バカ。
あんな顔であんなこと言われたら、守るしかないじゃないかよ、アホ。
どれくらいの間、そうして立っていたのだろう。気付けばフェイトがすぐ傍に立っていた。
「……あなたは?」
全ての人間が消えていった中、フェイトが警戒心を露わにしたまま俺を睨み付ける。
何故そんな目で見られてるのかわからなかったが、すぐに自分の姿のことを思い出す。
「あぁ、この見た目じゃわからないか。俺俺、勇斗」
「え、勇斗?本当に?」
驚きに目を瞬かせるフェイト。
今の俺の姿は鷺沢侑斗であって、遠峯勇斗ではない。どことなく面影があるような気がしなくもないが、体は全くの別人なので遠峯勇斗が成長しても、今の俺の姿には絶対にならない。
フェイトがわからないのも当然だった。
「本当、本当。その証拠に……そうだな、お前と初めて会った時の痴態を余すことなく語ってみせようか」
「えっ!?」
フェイトの顔が瞬時に羞恥に染まる。
「いやぁ、あの時は傑作だったな。シリアスな場面でいきなり「わーっ!わー!わー!信じる!信じるから!」
言いかけた言葉はフェイトの大声によって掻き消される。うむ、顔を真っ赤にして両手を振る必死な様が実に苛め甲斐があって良い。
「も、もー。勇斗のいぢわる」
「ははっ」
ぷんすかと怒る様がまた子供らしくて可愛かったが、さすがに今はフェイトで遊んでいる場合ではない。
「悪かった。手間をかけさせたな」
「え、あ、うん。えっと、その……」
「ん?」
何か気まずそうに言い淀むフェイトに首を傾げる。なんぞ?
「その、泣いてる、の?」
「は?」
何を言われてるのか、さっぱりわからなかった。
「涙、流してる」
「おおっ!?」
慌ててフェイトに背を向ける。言われて自分の顔に手を当ててみれば、頬には涙が伝い、確かに泣いていた。自分でも気付かぬまま、涙をたれ流していたようだ。
げ、マジか。
フェイトにマジ泣きを見られたことに、顔が赤くなるのを感じる。ぐぬぅっ、なんという不覚。
ゴシゴシと手で涙を拭い、何事もなかったかのようにフェイトへと向き直る。
「あ、あはは」
乾いた笑いしか出てこなかった。
フェイトはしょうがないなぁ、と言った感じに小さく笑みを零す。
ぐ、幼女に同情されるとは不覚すぎる。
「それで、なんでそんな姿に?」
「あぁ……まぁ、色々と複雑で面倒な事情があってだな。まぁ、細かいことは気にするな」
「説明がめんどくさいだけでしょ?」
「はい」
半目になったフェイトにぴしゃりと言い当てられた。
それなりに付き合いが長くなってきただけあって、ある程度はこっちの思考も読まれるようになってしまったようだ。
「ま、とりあえずはさっさとここから出るか。ここにいてもしゃーないし」
「うん、そうだね」
フェイトが頷いた瞬間、コツコツと足音が響き、俺とフェイトは素早くその音源へと向き直る。
「やれやれ、どうやら今回の賭けは私の負けのようだ」
そいつは敵意の籠った俺たちの視線を止めず、悠然と近づいてくる。
「賭けとやらが何のことかは知らんが、何しに来た」
「完全に堕ちたと思ったものだが、その姿といい君は中々に面白いね」
こっちの問いをサラリと無視し、フェリクスは俺を観察するように視線を動かす。
奴がどこまで俺のことを知ったのかは知らないが、男に見られても何も嬉しくない。
「つーか、なんでお前がここにいんだよ?外はどうした。あと、勝手に人の夢の中に入ってくんな」
「つれないことを言うね。この世界を作り出したのは私だ。私の処理能力をもってすれば、外とこの世界、同時に活動することなぞ造作もないことだよ」
いちいち身振り手振りするな、気障ったらしい。
「そーかい。ま、なかなか良い夢を見せてもらったよ、礼を言う。が、そろそろタイムリミットみたいなんでな、帰らせてもらうぞ」
「そうかい?遠慮せず、もっとゆっくりしていけばいい。現実で君を待っているのは絶望だけだ。そちらのお嬢さんも一緒に、終わらない夢を見ていけばいいじゃないか」
「悪くはない提案だが、こっちにも都合ってもんがある。お断りだ」
きっぱりと言う俺の言葉に、フェリクスはやれやれと肩を竦める。
「こちらは親切心で言っているのだがね」
「くどい。邪魔するってんなら力づくで押しとおるぞ」
「……君程度の力で?ふっ」
今、鼻で笑いやがったぞ、こいつ。
「帰るというなら邪魔をするつもりはなかったが……そういうことならお相手しよう」
そう言ってフェリクスはゆっくりとその両手を広げる。
しまった、余計なこと言ったか。
「ま、いいか。ちゃっちゃと片付けて帰ろうぜ、フェイト」
「うん」
俺はダークブレイカーを、フェイトはバルディッシュを取り出して構える。
熱い。体の奥底から心が燃え上がる。力が。想いが。次々と体の奥から溢れてくる。
体の芯からゾクゾクしてくる。
普通に考えれば、俺がこいつに勝てる道理はない。だけど。
――負ける気がしない。
相手がどこの誰だろうが、どんな手を使ってこようが今なら微塵も負ける気がしない。
そんな確信があった。
「ダークブレイカーっ!」
「バルディッシュ・アサルト!」
二人の声、二つのデバイスの声がそれぞれ唱和する。
『変身!』
『Get set』
俺とフェイト、共に黒いバリアジャケットを纏い、飛び出す。
フェイトはいつものマントにスカートのライトニングフォーム。
俺はジャケットをロングコートへと代え、少しだけマイナーチェンジ。なぜならこっちのが裾がはためいて格好良いから。
「ふ。帰る?どこに帰るというのだね?」
俺よりスピードに勝るフェイトが先行し、フェリクスの背後へと回り込む。
「私達が想う人のところ。私達を想う人のところに!」
振り下ろされた戦斧はフェリクスの背中から生えた蝶のような黒い羽根に止められる。
「邪魔はする奴はぶっ飛ばす!」
そこへ突進の勢いそのままに拳を振り下ろす。
空振り。
掴んだバルディッシュを受け流すように逸らしたフェリクスは空高く舞い上がることで、俺の拳をかわしていた。
「君たち程度の力でそれが為せるとでも?」
「やぁぁ「やってみせる!」
取られた!?俺の決め台詞取られた!?
おかげで跳ぼうとしてたのにバランス崩してこけたぞ、おい。
フェリクス同様、空高く飛び上がったフェイトが、ハーケンフォームのバルディッシュを横薙ぎに一閃。
フェリクスはその一撃を闇の翼で撫でるように受け流し、横薙ぎの拳でフェイトを弾き飛ばす。
追撃は砲撃の一手。フェリクスの手から生じた魔力スフィアが膨張し、閃光が迸る。
「――――っ!」
――防げない。
そう思ったフェイトは反射的に目をつぶってしまう。
「――やっぱりな」
背後から聞こえてきた声と共に、体が何かに抱きとめられる。
直後に響く轟音。
だが、それだけだ。予想していた衝撃も痛みもまるでない。
「――?」
恐る恐るを目を開けてみれば、自分の背後から伸ばされる腕が視界に入った。
そのまま視線を動かせば、自分の肩に回された手と、見慣れない顔がそこにあった。
「ゆーと?」
左手でフェイトを抱き止め、右手を突き出した体勢の勇斗がニヤリとした笑みを浮かべて笑っていた。
自分を助けてくれたのが勇斗であったことに安堵する反面、どうして?という疑問が浮かび上がる。
勇斗は、戦闘力という意味では自分よりも遥かに弱い。その勇斗が何故フェリクスの攻撃を止められたのか。
いや、それ以前に勇斗は飛ぶことができなかったはずだ。それにも拘わらず、今の勇斗は空中でフェイトを抱きとめ、自身の力で飛んでいる。
「フン、どーやら思った通りみたいだな」
「なんのことかな?」
そうとぼけたように言うフェリクスだが、勇斗が何を言いたいのかすでにわかっているだろうことは、その楽しげな表情から予測がついた。
突き出していた手の平を、感触を確かめるように開いたり閉じたりしながら、勇斗は確信に満ちた声で語る。
「ここは現実の世界じゃない。お前が作り出した一種の精神世界みたいなもんだ。現実の強さや物理法則がそのまま適用されるわけじゃない」
それは勇斗自身の体が、『遠峯勇斗』ではなく、『鷺沢侑斗』のままでいることから推測したことだ。
「ここでの強さを決めつけるのは現実の強さじゃない。精神力、つまり心の強さが全てを決める。たとえ現実では不可能なことも、自身のイメージとそれを具現化する精神力さえあればなんだってできる」
勇斗の言葉を裏付けるように、フェリクスの笑みが深くなり、勇斗も歯を剥き出しにして凶悪な笑みを浮かべる。
単なる幻覚やそれに類する魔法の可能性もゼロではなかったが、こうして自身が体現したこととフェリクスの表情が、自身の推測が当たっていることを物語っている。
「だったら!今の俺は絶対無敵だぜ!」
その言葉を証明するかのように、その右手に凄まじい魔力が集中し、その余波がフェイトの髪やマント、勇斗のコートをたなびかせる。
「フ。それに気付いたのは褒めておこう。だが、こう見えても私は生身で100年以上を生きた身だ。今の外見は肉体の最盛期である20代に設定してあるがね」
自身に満ちた勇斗の言葉を、フェリクスは一笑に付す。
「たかだか十数年にも満たない時間しか生きていない君たちが私に勝てる道理はない」
精神力の強さは生きた年月と経験に比例する。自分の生きてきた年数の半分も生きていない勇斗やフェイトでは、絶対に自分に勝つことはできない。フェリクスはそう言いたいのだろう。
「自分で飛べるな?」
「あ、うん」
だが、勇斗はフェリクスの言葉に些かも動じることはない。フェイトが自力で飛翔魔法を発動させたことを確認すると、その手を離し、余裕の笑みを浮かべたままフェリクスへと向き合う。
フェリクスの言いたいことは十分伝わっている。確かに、精神力や心の強さといったものは、生きてきた年月と培った経験に比例することは事実だろう。
――だが。
「俺達が勝てないかどうか……その身で確かめてみろ!」
右手に魔力を集中して、真正面から突撃。
フェリクスはいつものように手をかざすこともせずに障壁を張って攻撃を防ごうとし――
「――っ!?」
初めて、その表情を驚愕に染める。
フェイトやなのはの攻撃を尽く防いできた障壁が、ただの拳の一撃で、何の苦も無く破壊された。
障壁を破壊した拳はそのまま勢いを減じることなく、フェリクスの顔面に突き刺さり、その体ごと吹き飛ばす。
「ぐっ、馬鹿な!?」
空中で体勢を立て直しながら、口元を拭うフェリクス。その手には口から流れ出る血が付着していた。
「馬鹿はてめーだ!てめーみてな、ポッと出の寄生虫野郎が今の俺に勝とうなんざ――」
腰だめに拳をかまえ、瞬時にフェリクスの懐へと潜り込む。動揺するフェリクスに防御や距離を取る間も与えない。
「一億年はえぇんだよ!」
下から渾身の力を込めて振り上げられる拳が、フェリクスの下顎を打ち抜く。
――力が漲る。
溢れ出る気持ちが。想いが。そのまま自分の力となる。
それが勇斗の素直な感触だった。
仮に闇の書の夢の世界に来る前の勇斗ならば、ここまでの力を発揮することはなかっただろう。
心の強さとは、生きてきた年月と経験、それだけで決まるものではない。
今の勇斗は優奈との再会、そして新たに交わした約束によって、かつてないほど気勢が燃え滾っている。
それが幻だろうと錯覚だろうと夢だろうと関係ない。重要なのは自身の心の在り方。
ただ長い年月を生きてきたことを誇るような相手など物の数ではない。
今の自分なら不可能はないと錯覚できるほどに、その心は燃え上がり、果てしなく強さを増してく。
調子に乗った単純バカの勢いほど、始末に負えないものはない。
皮肉にも、この夢の世界での出来事が一時的とはいえ、フェリクスを圧倒する心の強さを勇斗に与えていた。
「勇斗凄い」
「はっ!まだまだこんなもんじゃすまさねぇ!」
フェリクスに向かって右手をかざす。
――いける。
今まで感じたことのない、確かな手ごたえに、勇斗の口の端が吊り上る。
「カイザード!アルザード!キ・スク・ハンセ・グロス・シルク!」
その手に渦巻くは紺色の魔力。勇斗が言葉を紡ぐごとに秘められた魔力は強くなり、その大きさを増していく。
「灰燼と化せ冥界の賢者!七つの鍵を持て開け地獄の門!」
勇斗の手に生じた光球は優に直径二メートルを超えるほど巨大なものとなり、その力を解き放つ瞬間を待つ。
「七鍵守護神(ハーロ・イーン)ッ!!」
迸る紺色の閃光。
なのはのエクセリオンバスターと比較してもなんら遜色ない砲撃魔法。
現実世界では一度も成功したことない砲撃に、勇斗の興奮は留まることを知らない。
空を自在に飛び、砲撃を撃つ。ユーノと出会い、目指し、叶うことのなかった魔導師としての自分が今ここにあるのだ。
高揚する気分を抑えられるわけがない。
ちなみ、別に呪文の詠唱をしなくても砲撃は撃てる。わざわざ詠唱をしたのはあくまで自分の気分を盛り上げるためだ。
その盛り上がった気分で威力が上がるので、全くの無駄というわけではないのだが。
「いつまでも調子に乗らないでもらいたいな」
先の体験から、勇斗の砲撃を受け止める愚を犯さずに回避したフェリクスは、その周囲に無数の魔法陣を発生させる。
それは召喚の魔法陣。体長数メートルを超える異形が次々に召喚されていく。
鋭い牙と爪を持ち、体躯を鉄よりも固い鱗で覆い、その背に翼をもつ異形の名はドラゴン。
噛み合わせた牙の隙間から、灼熱の炎がちらちらと垣間見える。召喚された数は50は下るまい。
「これだけの火竜のブレス。さばききれるかな?」
フェリクスの言葉が終わりきれない内に、無数のドラゴンがその口から灼熱の炎を吐き出され、勇斗へと襲い掛かる。
「ふん、造作もない。来い!レッドアイズダークネスドラゴン!」
大きくその手を横に払って叫ぶ勇斗の声に応えるように、その眼前に出現する巨大な影。
その瞳は燃える紅蓮のごとく紅く澄んだ瞳と漆黒の体躯。禍々しい体の数箇所に埋め込まれた赤い水晶、そして前腕と一体化した強大な翼を持つ黒竜。
勇斗にとってはカードゲームでお馴染みの、フェイトにとっても見覚えのある、かつてジュエルシードの力によって勇斗自身が変貌した竜の姿がそこにあった。
「全てを焼き尽くせ!ダークネスギガフレイム!」
レッドアイズダークネスドラゴンの吐き出す黒炎の奔流。黒炎と灼熱の炎が激突し、大爆発を引き起こす。
その余波だけで数体のドラゴンが飲み込まれ、消滅していく。
「ハーハッハッハ!どうした、でかい口叩いた割には大したことねぇなぁ!」
レッドアイズの背に仁王立ちで腕を組み、高笑いする勇斗はノリノリであった。
「レッドアイズ!そのまま全てを薙ぎ払え!」
勇斗の命令通り、レッドアイズは、吐き出す黒炎で次々とドラゴン達を撃ち落としていく。
相手のブレスなどものともしない、圧倒的な力の具現だった。
「な、なんか勇斗のほうが悪役っぽいような……」
フェイトの呟く通り、燃え盛る火炎の中で、破壊の限りを尽くす黒竜の背に立つその姿は誰がどう見えてもファンタジーの魔王そのものだった。
「くっ、いくらここが精神世界とはいえ、ここまで明確にイメージを具現化させるとは……!」
理屈で理解しても、普通はその個々人が持っている常識や理性によって、非現実を明確に具現化するのは制限される。
それは魔導師といえども同様。魔導師の使う魔法はあくまで物理法則や自然現象をプログラム化し、それを修正することで事象を起こしているのであり、今の勇斗のように現実世界の法則を一切無視した召喚や力の具現は、似ているようで全く異なるプロセスなのだ。
「はっはー!オタクの妄想力を舐めるな!封印していた厨二病を全開にすればこの程度、屁でもないぜ!」
勇斗にとってこの程度の妄想など日常茶飯事だ。漫画やゲーム、小説やアニメなどに出てきた様々な能力を自分が使えたら、と考えることは誰にでもあるだろう。
例えば、自分が通う学校の授業中に、学校ごと見知らぬ異世界へ転移する。そして現れる未知のモンスターや様々なトラブル。その中で自分は新たな力に目覚め、主人公として活躍する。もちろん、ヒロインは当時、自分の好きな女の子。
このような、とても人には言えない恥ずかして痛い妄想は多くの人間が一度くらいは考えたことがあるはずだ。
勇斗もその例に漏れない。ただ、勇斗の場合、その妄想がより鮮明かつ具体的、そしてバリエーションに富んでいた。
今回の場合、たまたまそれが有利に働いていた。無論、現実世界においてはほとんど役に立つことのない、むしろとても人には言うことのできない恥ずかしい性癖である。
「まったく……どこまでも出鱈目な人間だな、君は」
感心半分、呆れ半分といった感じにため息をつくフェリクス。
その周囲には直径1メートルを超える魔力スフィアが三つ。それぞれ、星が瞬くように周囲から魔力を収束する桜色、雷がスパークする金、そして白く瞬く輝きを発している。
それを目にした勇斗はすぐに狙いを察する。
「ふん、トリプルブレイカーか」
なのはのスターライトブレイカー、フェイトのプラズマザンバー、はやてのラグナロク。
厳密にはオリジナルと異なるプロセスだろうが、三人娘の最強技を同時に繰り出そうとしているのは間違いない。
「君の友人の技だ。存分に味わうと良い」
そして三つのスフィアから撃ちだされる三つの閃光。三つの奔流は互いに交じり合い、一つの巨大な奔流となって勇斗へ牙を剥く。
「だが断る!リバースカードオープン!」
レッドアイズの前に一枚の伏せたカードが浮かび上がり、それが捲られる。カードの色は暗い赤。描かれた絵は金属の装甲。
「魔法反射装甲レアメタルプラス!」
オープンになったカードはレッドアイズダークネスドラゴンへと同化し、その体を金属の光沢で包み込む。
トリプルプレイカーの光がレッドアイズの体へと直撃する。
「勇斗!」
そのあまりの凄まじさに戦慄するフェイトだが、その次に見た光景に言葉を失う。
黒竜へと直撃した光がその体になんらダメージを与えることなく吸収されたと思いきや、黒竜の体が眩い光を放ち始める。
ニイッと勇斗の顔が凶悪に歪む。
「レッドアイズダークネスメタルドラゴンに魔法は通用しない!受けた砲撃は全て跳ね返す!」
「ちょっと待てぇっ!法則無視にも限度があるぞ!?」
勇斗のあまりに理不尽な言葉に、思わず抗議してしまうフェリクス。
だが、もちろんそれに取り合う勇斗ではない。誰がどう見ても悪役のしたり顔で宣言する。
「俺がルールだ!全部跳ね返せぇぇぇっ!」
実際のゲームルールも現実も、一切合財無視した俺ルールを宣言した次の瞬間、吸収された魔力が全て放出される。ただ、放出するだけではない。威力の増幅
こそされていないが、吸収された膨大な魔力が幾筋もの光となって拡散され、理不尽なまでの破壊の力をまき散らす。生き残っていたドラゴンたちもその余波に
巻き込まれ、根こそぎ消滅していく。
フェリクスすらも盛大に顔を引き攣らせながら、それらを防御していた。
「強靭!無敵!最強!粉砕!玉砕!大喝采!ふぁーはっははは!」
「す、凄いけどなんだかなぁ……」
炎に包まれた街中で、拳を振り上げて高笑いする姿に、流石のフェイトもドン引きである。勇斗のテンションは色々な意味でクライマックスに達していた。
「お?」
不意に巨大な影が太陽の光を遮った。
なにかと見上げてみれば、そこには空を覆わんばかりの岩石の塊、いや隕石が落下しようとしていた。
「どうやらまともに君と相対するのは間違いだったようだ。理不尽には理不尽をもって返そう」
「いやいやいや、限度があるだろう」
お前が言うなという言葉を飲み込み、衣服がボロボロになったフェリクスはパチンと指を鳴らす。
それに呼応するように勇斗とフェイトをそれぞれ囲むように巨大な異形が出現する。
「げ」
全長100メートルは超えるだろうか、先のドラゴンなど比較ならないほど、巨大な体に触手が蠢くグロテスクな姿。
見覚えのあるその姿に、思わず声を漏らす勇斗。
アニメで見た、闇の書の防衛プログラムの暴走体だった。それが何体も並ぶその光景は怪獣大決戦と呼ぶに相応しい光景だった。
「おおっ!?」
考える間もなく、周囲の暴走体から一斉に攻撃される。
直径1,2メートルはありそうな太さの触手が振り回され、撃ち放たれる砲撃の嵐。
この世界でいくら自分が強化されていようとも、さすがにこれらの攻撃をまともに喰らう気にはなれない。
触手を回避すべく飛翔し、吐き出す黒炎で迎撃するレッドアイズの背にしがみつこうとしたところで、同じように翻弄されるフェイトの姿が目に入る。
チリッと胸に走る不快感。
反射的にレッドアイズの背を蹴り、飛翔する。
主が離れたレッドアイズは役目を終えたかのようにその姿を消失する。
「オルァ!」
フェイトに叩きつけられようとした触手を蹴り千切り、迫る砲撃を自らの砲撃で撃ち落とす。
「ふっ。君はともかく、そのお嬢さんには私の相手は務まらないようだね」
「――っ」
フェリクスの言葉に息を呑むフェイト。
「君が言ったように、この世界で優劣を決するのは心の強さ。悲しみと痛みに震える弱い彼女では戦力にならない」
フェリクスの言葉を伝えるためか、暴走体はピタリとその動きを止める。
グッとフェイトがバルディッシュを握りしめる。何も反論できなかった。
リニスに教えられた魔法技術や戦闘技術には自信――いや、誇りがある。だが、自分の心の弱さについては誰に言われるまでもなく自覚していた。
「今の君はとても幸せな時間を過ごしている。だが、同時にいつも心のどこかで怯えている。違うかい?」
「…………」
何も言い返さず、フェリクスを見据えながら、フェイトはフェリクスの言葉を反芻する。
なのはを始めとする大事な友達。そして母であるプレシアとも上手くやっている。不満など何もない、幸せな時間を生きている。それは間違いない。
同時に、それがいつか壊れるのでないか。かつてプレシアに捨てられた時のように、またいつか全てを失うときが来てしまうのではないだろうか。
「人の温もりや優しさが本当は恐い。裏切られるかも知れないから。そうだろう?」
「……」
否――とは言わない。確かにその言葉は如実にフェイトの心情を表していた。
なのはもプレシアもクロノ、アリサやすずか、そして勇斗が自分に愛想を尽かしてしまうことが何よりも恐ろしい。
自分は誰かに縋っていなければ生きられない。そんな考えを否定することができない。
でも、それでも。
「それがどうした」
自分の胸から沸き上がってくる想いを代弁するように力強い声が響く。
「誰だって弱さや不安なんて持ってるし、一人で生きることなんてできやしない。俺がこの世界に引き籠ろうとしたようにな」
フェイトにとって、その言葉は意外なものだった。何故なら普段の勇斗はいつだって根拠のない自信に満ち溢れ、不安や怯えなんかとは一切縁のない素振りをしていた。
そんな勇斗でも自分と同じような不安を持っているなど、思ってもいなかった。
――そっか。勇斗も私も同じなんだ。ううん、勇斗だけじゃない。きっと、なのはやクロノ達も同じ。
それは当たり前のことで、誰もが不安や怖れを抱えて、それでも前を向いて生きている。
「大事なのは踏み出す一歩。迷いや恐れを乗り越える為の決意と勇気」
自然と言葉が出ていた。湧き上がる想いが、そのまま言葉になる。
「なのはが決意と勇気をくれた。母さんとリニスが私に力と願いを託してくれた。ひとりじゃないし、ひとりじゃなかった。――私達は、いつだって!」
――そうだよ、フェイト。わたしもずっとフェイトと一緒。だからあなたはひとりじゃないよ
不意に声が聞こえた。
驚きに眼を瞬かせ、辺りを見回すが、勇斗にもフェリクスにもその声は聞こえた様子はなく、不審げな顔でフェイトを見ていた。
――わたしはフェイトのお姉さんだからね。リニスと一緒にずっとフェイトを見守っているよ
心の中に響く優しい声。それが誰の声か理解した時――フェイトの胸を暖かい気持ちが満たす。
一度も話すことなく、一目会うことすらなかった存在。
それでも、今この瞬間、はっきりとその存在を感じることが出来た。
自分の中に眠る彼女の記憶と魂。それがこの精神世界で声という形を取ったのかも知れない。
――ありがとう、アリシア
心に浮かぶアリシアが嬉しそうに微笑む。
バルディッシュを握る手に力が篭る。
勇斗と視線を交わす。
不敵な笑みを浮かべて頷く勇斗。自然と自分も笑みがこぼれる。
こうして隣に誰かがいてくれる。見守ってくれる誰かがいる。それだけでどんな困難だって乗り越える力が湧いてくる。
「だから、こんなところで絶対に止まってなんかいられない!」
「そういうことだ。少なくともこいつはそれだけ強さを持ってる。おまえや俺なんかよりずっと強い力をな。なんなら賭けようか?おまえらの相手はフェイト一人で十分だ。俺はサボる」
自信に満ち溢れた顔で断言され、慌てたのはフェイトのほうだった。
「え?ちょ、勇斗?」
寝耳に水とはこのことだ。さっきまで自分がピンチになっているのを勇斗は忘れているのかと。確かに負けるつもりなんてないけど、わざわざ私一人で戦う必要なんてないよね?、と慌てふためきながら視線で抗議するが、当の本人は楽しそうに笑うだけだ。
自分の困惑してる様を明らかに楽しんでいた。
時と場合を考えてほしい。ちょっとだけムッとする。
「ゆ・う・と?」
「冗談だ、冗談」
抗議の意を込めて名前を呼ぶが、勇斗はまったく意に介すことなく、楽しそうにポンポンと自分の頭を叩く。
完全に子供扱いだった。フェイトからすれば不本意極まりない。
「なかなか面白いことを言う」
蚊帳の外にされかけたフェリクスが苦笑しながら口を挟む。
「ま、それはともかくこの暴走体は任せたぞ」
「ゆ〜と〜?」」
やっぱりサボるつもりなのか、と抗議の視線で睨みつける。
暴走体とやらに相対したのはわずかな時間だか、その攻撃力と再生能力は生半可なものではない。
それが計八体いて、それを自分一人で相手にしろという。どう考えても新手の苛めにしか思えなかった。
「大丈夫、大丈夫。ここは夢の世界。自分で出来るって思えばなんだってできるんだって。現実じゃなんにも出来ない俺がこんなに大活躍なんだぞ?」
「そういうことじゃなくて――」
「俺はあっちを片付ける。どっちが先に片付けるか競争な。負けたら罰ゲーム」
勇斗はその視線を天空へと走らせる。今にも落ちようとしている巨大な岩塊へと。
「あ」
確かにあれを放っておくわけにはいかない。あんなものが落ちてきたら、流石に自分も勇斗も只ではすまないだろう。
「というわけでこっちは任せた」
「うん」
二人して頷き、それぞれの相棒へと目を向ける。
「いくぜ、ブレイカー」
『OK, Boss』
バックル状のダークブレイカーから伸びた柄を掴む勇斗。
「バルディッシュ、こっちもザンバーフォーム、いけるね?」
『Yes, sir』
アサルトモードへと戻ったバルディッシュに、優しく語りかけるフェイト。
『Zamber form』
二機のデバイスが主の呼びかけに応え、その姿を変えていく。
紅い宝玉に紺色の魔力刃。
金の宝玉に金色の魔力刃。
カートリッジシステムの有無など、一部違いがあるものの、二機のデバイスは同じ姿へと形を変える。
闇を切り裂く閃光の刃へと。
(余談ではあるが、勇斗は大剣状にしか魔力刃を収束できなかったので、ブレイドフォームからザンバーフォームに名称を変更している)
互いのデバイスを見て、フェイトはくすりと笑う。
「お揃い、だね」
「そうだな」
元々はおまえのパクリだし、と心の中で呟きながら勇斗も笑う。
「いい加減、私を無視していちゃつくのはその辺にしてくれないかね」
延々とフェリクスの存在を無視し続ける二人を辛抱強く待っていたフェリクスだったが、流石に痺れを切らしたようだ。
常に余裕を絶やさなかった表情が、微妙に引き攣っている。
「あぁ、悪い悪い。意外に空気読むんだな、あんた」
「…………」
勇斗の言葉にフェリクスの顔からは感情が消えて行く。誰がどうみても不機嫌になっていた。
「んじゃ、さっさとあれを片付けておまえもぶっ飛ばしてやるよ。行くぞ、フェイト!」
「うん!」
二つの黒が飛翔し、同時に二人を囲んでいた暴走体も動き出す。
勇斗は一直線に天空へと飛翔し、フェイトは暴走体の真っ只中に飛び込んでいく。
「疾風迅雷!」
『Jet Zamber』
バルディッシュザンバーの刀身が数百メートルを超えるほどの長さへと伸びる。
全身を使って強大な刃を振り回すフェイト。
横薙ぎの一閃は何の苦もなく暴走体を真っ二つに切り裂く。
――戦える。力が――湧いてくる!
一度それを自覚すれば、あとは湧いてくる力をそのまま解き放つだけだった。
瞬時に再生する暴走体の触手、砲撃をくぐり抜けながら刃を振るい、次々と切り裂きながら、術式を構築する。
溢れ出る想いを形にする魔法を。
黒雲が空を覆い、雷鳴が鳴り響く。
「サンダァァァ!レイジッ!」
広域雷撃魔法サンダーレイジ。リニスからの卒業課題であり、今までに何度もフェイトを救ってくれた切り札の一つ。
勇斗がやったように強く、強くイメージする。
全てを焼き尽くすように焦がし、一片の肉片すら残させない強い雷を。
――今の私ならできる。アリシアとリニスが見守ってくれている。なのは達が待っている。そして何より勇斗が隣にいてくれる
無数の雷が閃く。遅れて鳴り響く轟音。
再生もへったくれもない。常では有り得ないほど巨大な雷が暴走体へと降り注ぎ、一瞬でその巨体を消滅させる。それも八体一度に。
そして雷雲を引き裂いて翔ぶ影が一つ。
「燃えろぉっ!」
右手で突き出した大剣の刀身が灼熱の炎に包まれる。
「もっと、もっと、もっと、もっとっ!燃え上がれぇぇぇぇぇっ!」
刀身を覆う炎は留まることを知らず、どこまでも激しく燃え盛る。
勇斗の全身すら包み込み、なお燃え上がる。
それはまるで一筋の流星のごとく。
「おおおおおおおおっ!」
流星が岩塊へと激突する。
空一面を覆わんばかりの巨大な岩塊が一瞬にして粉々に砕け散った。
「馬鹿な……!」
フェリクスが呆然と呟く。
有り得ない。自分の力がここまで簡単に、完膚なきまでに打ち負けるなど。
自分の半分も生きていない子供程度が自分の力を凌駕する?それも二人も。
いくらここが精神世界とはいえ、そんなことあり得るはずがなかった。
「フェリクスッ!」
茫然自失していたフェリクスの意識を呼び戻したのは青年の声。
紺色に輝く刃が自分に向けて振り下ろされようとしてた。
「ちっ!」
闇の翼を体を包み込むように広げ、全力の力を込めた障壁を展開。激しい衝撃を受けながらも、なんとか刃を受け止める。
だが、刃に込められた力は些かも緩まず、フェリクスを押し続ける。
「何故だ……何故、私が押される?」
フェリクスの声に、勇斗は歯を剥き出しにして嘲笑う。
「言ったはずだぞ、俺の妄想を舐めるな」
強引にブレイカーを振りきり、フェリクスを弾き飛ばす。
「有り得ない……私が負けることなど!」
フェリクスの手が手刀を形作り、そこから魔力刃を構成し、振り上げる。
衝撃。肉を切り裂く感触は――ない。
振り上げた刃は、素手で勇斗に受け止められていた。
受け止めた刃を力任せに握りつぶす。それだけで魔力の刃は粉々に砕け散る。
勇斗はフェリクスの傍へと飛び、呼びかける。
「決めるぞ、フェイト!」
「うん!プラズマランサーファランクスシフト!」
既に術式の構築は終えている。
40を超える魔力スフィアを展開し、バルディッシュザンバーを振り下ろす。
展開された計42個の光弾が放電と輝きを放ち始める。
「ファイア!」
フェイトの声と共に、プラズマランサーの一斉発射が開始される。
秒間10発の高速連射を4秒間、計1064発の雷の矢を叩きこむフェイトの必殺魔法。
文字通り、雷の嵐となってフェリクスへと放たれる。
「舐めるなっ!」
闇の翼と両手で障壁を展開し、防御。力を集中すれば、この程度の攻撃を防げない道理はない。
だが、その瞳に信じられないものを見る。
無数の雷の中、自らに向かって飛翔する存在を。
「おおおおおっ!」
紺色の刃が閃く。障壁が一瞬にして砕け散る。
「貴様っ!」
「まだだ!」
振り下ろした大剣を突き上げるようにしてフェリクスの胸へと突き刺す。
「ぐっ!?」
「うおおおおっ!」
刃を突き刺したまま、更なる上空目指して飛翔する。
「フェイトォッ!」
飛翔する先には、雷を纏った大剣を振りかざしたフェイトの姿。
「雷光一閃!プラズマザンバー……ッ」
バルディッシュザンバーに集められた魔力が、今までのどの一撃よりも大きく、強く収束されていく。
闇を切り裂く閃光の刃。その名を冠するに相応しい一撃を放つ為に。
「ブレイカァァァァ!」
渾身の力を込めて、バルディッシュザンバーを振り下ろす。
轟音さえも置き去りにして、閃光の刃が天と地を貫く。
「おおおおおおらぁぁぁ!」
勇斗はフェリクスの体を盾にし、なおも上昇を続ける。
上からフェイトのプラズマザンバー、下から勇斗の刺突。
さしものフェリクスも声にならない叫びをあげ続けるが、二人の一撃は止まらない。
そして、ついにフェイトと勇斗、二人の位置が交差し、二人の刃がフェリクスの体を断ち切る。
「ば……か、な」
呆然としたフェリクスの声が響く。
「私達の」
「勝ちだ」
二人の言葉の後、フェリクスの体は爆発の光に包まれた。
「くっくくく。いやいや、実に恐れいった」
下半身を断ち切られ、上半身だけの姿となって、なおフェリクスは健在だった。
これだけボロボロになっても、まだ笑みを浮かべる余裕があった。
「……おまえもしつこいな」
フェリクスのしぶとさに辟易したようにため息をつく勇斗。
止めを刺すべく、ダークブレイカーを振り上げるが、フェリクスの口から出たのは予想外の言葉だった。
「いや、ここは大人しく負けを認めよう。君たちは私の想像以上に強かった」
フェリクスの殊勝な言葉に、勇斗は訝しげに眉根を寄せるが、続く言葉ですぐに納得することになる。
「君に優しい夢のステージはこれで終わりだ。ここからは残酷で厳しい現実のステージで君たちをもてなすとしよう」
「ふん、そういうことか」
「君たちは必ず後悔することになるだろう。私の言うとおり夢の世界で幸せな夢を見続けたほうが良かったとね」
「しねーよ、んなもん」
ダークブレイカーを一閃。残ったフェリクスの上半身を縦に二分割する。
「ふふふ、君たちの絶望楽しみにさせてもらうよ」
顔を二分割されたフェリクスは、そう言い残して消滅する。
言葉通り、決着は現実世界で着けるつもりのようだ。
「なのはやシグナム達がおまえなんかに負けるかよ」
「……そこに自分は含めないんだね」
「ふっ」
フェイトのジト目での突っ込みを鼻で笑って受け流す勇斗。
現実で自分が役に立つと考えるほど、自惚れてはいないつもりだった。
ただ単に他人任せなだけとも言えるが。
「ね、勇斗」
「ん?」
――私、勇斗のこと迎えに来て良かったんだよね?
フェイトが思い浮かべるのは涙を流していた勇斗の顔。
だが、口に出したのは別の言葉だった。
「絶対、みんな一緒に帰ろうね」
「あぁ」
フェイトの言葉に勇斗は力強く頷く。
この世界で何があったのかはわからないが、勇斗は自分で答えを選んだ。
それが自分の中に浮かんだ疑問の答えなのだろう。
今の勇斗の顔に、迷いや後悔はない。
なら、きっと自分がこうしてここにいるのは間違いでなかったはずだ。
話したいこと、聞きたいことが一杯ある。
だけどそれは戦いが終わってからでいい。
今は大切な友達と一緒に戦い抜くのみ。
「……ところで」
「ん?」
先ほどまでとは打って変わって、途方に暮れた顔で勇斗は言った。
「どうやってここから出りゃいいんだ?」
「…………」
■PREVIEW NEXT EPISODE■
現実の世界へと戻った勇斗とフェイトを待っていたのは残酷な現実だった。
圧倒的な力の前にはいかなる想いも無力なのか。
恐怖と絶望に囚われた勇斗は、再び立ち上ることができるのだろうか。
ダークブレイカー『Are you going to give up?』
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UP DATE 11/9/10
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主人公出番なし