リリカルブレイカー
第37話 『闇は砕けぬ』
空中を飛び交う複数の光。それらの幾つかが時に交差し、時にぶつかり合う。
複雑に入り乱れる光の一つは『雷刃の襲撃者』レヴィ・ザ・スラッシャー。
シュテルの砲撃から逃れるべく飛行するなのはを、背後から急襲する。
トップスピードに乗った死角からの一撃。回避や防御はおろか反応することすら許さない最速の一撃――のはずだった。
死角からの刃を振り下ろそうとしたその瞬間、くるりと反転するなのは。
その手したデバイスには今まさに放たれようとしている砲撃の光が輝いていた。
レヴィの額にたらりと一筋の汗が流れる。
「バスターっ!!」
「わーっ!?」
なのはのショートバスターを必死で回避するレヴィ。
フェイトすら上回るスピードを持つ彼女だが、フェイト同様なのはの攻撃力をもってすれば、その装甲は紙のようなものだ。
威力より発射スピードを重視したショートバスターとはいえ、こんな近距離で直撃すれば洒落にならないダメージを受けてしまう。
「なんで!?なんで、なんで今のに反応できるのさ!」
それはなのはが持つ天性の空間認識能力ゆえに為し得た業。
常人よりはるかに優れたその能力が、視覚外からの攻撃さえも認識し、空戦を行うでの大きなアドバンテージとなっている。
「レヴィ!その場を離れなさい!」
「え?」
シュテルの声に振り向いたレヴィが見たものは、範囲攻撃魔法のチャージを終えたはやてがシュベルトクロイツを振り下ろす姿。
「わわっ!?」
散弾のように撃ちだされる楔状の光弾。撃ちだされる量も範囲も並大抵のものではない。例えるなら無数の刺が壁となって迫りくるようなものだ。
回避は間に合わない。シールドを張って防御しようとするレヴィだが、はやての光弾がそれに届くことなかった。
「アホゥ!こんな塵芥どもに言いようにさせてどうする!」
はやての光弾を撃ち落としたディアーチェが怒鳴る。
始めは圧倒的に優位に立っていたはずが、気付けば五分の戦いに持ち込まれている。
スペックでは完全に上のはずなのに。何故か押しきれない。相手の戦闘データも全て持っているはずなのに、相手はそれらを尽く上回ってくる。
「って、王様、後ろ!」
「――っ!?」
まともな声も出ないまま振り向き、シールドを展開。背後から迫る切っ先が、肌に触れる数ミリ先で辛うじて止まる。
「貴っ様ぁ……!」
ギリ、と歯噛みをしながらハーケンフォームのバルディッシュを振り下ろしたフェイトを睨みつける。
――五分ではない。完全に押されている。
理性ではそれを理解するが、彼女のプライドがそれを否定する。
「おのれぇっ!」
シールドを張った手とは逆の手で砲撃を撃つが、そんな見え透いた攻撃がフェイトに当たるはずもない。
「でぇぇぇぃっ!」
「むん!」
そんなディアーチェに襲い掛かるのは二つの影。頭上から急降下してくるアルフとザフィーラのダブルキック。
「ちぃぃぃっ!」
ディアーチェのシールドはその一撃も防ぐが、二人は止められた反動を利用してそのまま反転。
二人を追ってきたコピーユーノとコピークロノに交差気味に一撃を与える。
「くそっ、何故だ!塵芥どもは何故こうも我らのデータを上回ってくる!?」
なのは達の連携は戦う相手を選ばない。状況に応じてめまぐるしく攻撃をする相手を変更し、柔軟にフォーメーションを変えていく。
ゆえにディアーチェたちはデータにないその動きに翻弄され、惑わされる。
「所詮、データはデータでしかない。僕達人間は日々進化していくものさ」
声と共に降り注ぐは蒼き閃光の刃。スティンガーブレイド・エクスキューションシフト。
「くっ!」
シールドで防御するディアーチェだが、無数の魔力刃が防御の上からでも魔力を削り取っていく。
「そして強い想いは、いつだって私達の力を限界以上に引き出してくれる!」
バスターモードとなったレイジングハートを構えたなのはが吼える。
『Divine Buster』
圧倒的な破壊力を秘めた桜色の閃光が迸る。クロノの攻撃で消耗したディアーチェが耐えれる威力ではない。
「うわあああぁっ!?」
直撃。そして爆発。
「……やった?」
「いや」
なのはの言葉を否定しながら、クロノは次への布石を打つ。
辺りを見回せば、ディアーチェ以外のマテリアルの姿がない。
爆発の煙が晴れたそこには、予想通りディアーチェを守るようにレヴィとシュテルの姿があった。
「たしかにデータ以上の力を発揮しているようですね」
シュテル達が持つデータは一ヶ月以上前、それもデバイスにカートリッジシステムを追加する前のもの。
リインフォースの暴走に備え、なのは達が戦力アップをする前に蒐集した為だ。
もちろん、マテリアル達は元々持っているデータに加え、なのは達の成長を踏まえた上で戦っていたのだが、彼女たちはこちらの予想を尽く超えてくる。単純
な力量の話ではない。互いの力を補い、合わせ、そして何よりもその強い意志で、個々の持つ力以上のものを発揮してくるのだ。
一瞬とはいえ、自らが追い詰められたことに、苦々しげな表情をしていたディアーチェだが、すぐに余裕を取り戻し口の端を釣り上げる。
「ふん、いいだろう。認めてやろう、奴らの力を」
認めなければならない。自らの慢心を。相手を侮っていたことを。力を合わせた彼女たちの力が自分たちに匹敵することを。
だが、それは敗北を意味するものではない。
「ま、それでも勝つのは僕達だけどね!」
オリジナルであるフェイト達以上の生み出された自分たちに敗北などあるはずもない。
自らの力に対する自信以上の確信を持って、闇統べる王は宣告する。
「我らが全力を持って、貴様らを打ち砕こう」
緩やかに振られるエルシニアクロイツを振るディアーチェ。その周囲に次々と浮かび上がる魔力スフィア。
「……いやいや、ちょっと、待て」
その数が軽く50を越えた所で、思わず呟くクロノ。クロノだけでなく、なのはもフェイトもたらりと冷や汗が流れる。
詠唱もチャージも行わず、ほんの一秒ほどの時間で魔力スフィアを80前後も発生させる魔力とその処理速度。
フェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトが発生させる魔力スフィアが最大でも50に満たないことを鑑みれば、その異常さがよく分かるだろう。
「先の屈辱、百倍にして返してくれる」
ディアーチェがニヤリと口の端を釣り上げる。
エルニシアクロイツが振り下ろされ、計83個の魔力スフィアから一斉に魔力弾が撃ち放たれた。
「これは……っ!」
全周囲に放たれたそれを回避することもできず、シールドを張って受け止めるクロノ。
ディアーチェの傍に控えているシュテルとレヴィ以外の全ての者がその攻撃に晒されている。コピーも、主であるフェリクスさえも。もっとも、フェリクスだけはシールドで防ぎながら薄ら笑いを浮かべているのだが。
一撃一撃は決して小さなものではないが、耐えられないほどの威力ではない。
問題なのはその数と範囲、そして連射速度。敵も味方も見境なく、容赦なく乱れ撃つ。
だが、これだけの攻撃をそう長く続けられるはずはない。この攻撃が途切れた瞬間に反撃に出るべく思考を巡らせるが、それを断ち切るように閃く光があった。
バスターモードとなったルシフェリオンを構え、酷薄な笑みを浮かべるシュテルの姿。その切っ先は真っ直ぐ自分に向けられていた。
クロノの背筋が凍りつく。
なのはの砲撃すらあっさりと打ち負かすアレの直撃を受ければ、一撃で落とされる。それがわかっていても手の打ちようがない。
クロノの焦燥をあざ笑うかのように、紅蓮の炎の如く迸る紅き閃光。
「クロノくん!」
なのはの叫びも虚しく、クロノのシールドは紙切れのように撃ち抜かれる。そしてグラリとクロノの体は崩れ落ち、落下していく。
「人の心配してる場合じゃないと思うけどなぁ」
嘲笑する声は背後から。防御とクロノへ意識を向けた分だけ、反応が遅れた。
「あ」
背後からの蒼刃がなのはの背中を切り裂く。
辛うじて顔だけ振り返ったなのはが、信じられないといった風に目を見開く。
この弾幕の中を、どうして移動できるのか、とその表情が物語っていた。
理屈自体はそんな複雑なものではない。ディアーチェが意図的に弾速を調整し、なのはへと繋がる空白を作り出し、そこをレヴィが高速で駆け抜けただけのこと。だが、口で言うほど簡単なことではない。
複数のスフィアから発射する弾速を部分的に調整する繊細な処理能力と、ほんの一瞬だけ作られた空間を駆け抜ける圧倒的な速度。この二つがあって初めて成し得るコンビネーション。
「なのはぁっ!」
フェイトの悲痛な叫びが響く中、なのはさえもその小柄な体を落下させていく。
「レヴィも言ったであろう。貴様らに人の心配をする余裕はない、と」
ディアーチェの弾幕の威力が増す。
「貴様らに許されるのは絶望の中であがき、もがき、苦しみ続けることのみよ!」
圧倒的な魔力を誇るマテリアル達に小細工など必要ない。ただ、その圧倒的な力を持って、正面から喰らえばいい。
ディアーチェが範囲攻撃で動きを止め、シュテルが撃ち砕き、レヴィが切り裂く。
互いの短所を補うのではなく、ただ長所を組み合わせる。
それがマテリアルにとって最大の力を発揮する最良のコンビネーション。
彼女らからすれば、フェリクスが生み出したコピーも元より不要。初めから自分たちだけがいれば十分なのだ。
「くっ、うおおおおお!」
「ザフィーラっ!?」
この窮地を打開すべく動いたのは蒼き守護の獣。シャマルの呼びかけに応えることなくシールドによる防御を捨て、その身を弾幕に晒しながら突っ込んでいく。
被弾面積を減らすために頭から突っ込んでいく様はまるで人間ミサイルのごとく、文字通りの特攻だ。
「ふっ、愚かな。シュテル」
「えぇ」
ディアーチェに言われるまでもなく、その照準をザフィーラへ移すシュテル。如何に守護の獣とはいえ、シールドもなしにシュテルの砲撃を受ければ只では済まない。
「これで三人――!?」
今まさに砲撃を撃ち放とうとするその瞬間、シュテルの手元に絡みつく魔力の鎖。
輝く魔力光は淡い緑。それはフェレット形態になることで被弾面積を減らし、接近したユーノが仕掛けたチェーンバインド。
いくら被弾面積が減ったとはいえ、この弾幕の中を移動するのは、目隠しで綱渡りするような自殺行為に等しい。
ザフィーラに気を取られたシュテル達の隙をついた、ユーノの英断と言えるだろう
ユーノのバインドに引っ張られたルシフェリオンの矛先がディアーチェへと向かう。
「ば――っ!」
「――っ!!」
「王様!シュテるん!」
今更、砲撃を止められるタイミングではなかった。超至近距離で放たれた砲撃が自身もろとも巻き込み暴発する。
弾幕が止んだ。
「いまだ!」
『Barrier jacket. Sonic form』
フェイトのバリアジャケットが変化する。限界まで防御を薄くし、より高速移動に適した形態へと。
マントやスカートを排除し、フェイトの幼い肢体を包むのは薄手のレオタードとスパッツ。受けに必要な手足以外の防御は捨て、限界まで速度のみを特化させた超高速機動形態。
両手両足に発現した光の翼「ソニックセイル」によって加速したフェイトの姿が掻き消える。
「速――っ!?」
予想外の事態に動揺しながらも、フェイトの攻撃に反応できたレヴィは流石というべきか。
だが、いくらデータを持っていてもそれを活かす経験のないレヴィは、動揺から完全に立ち直ることができず、先ほどまでとは段違いのスピードで攻め来るフェイトに反撃するここともままならない。
「そんなっ。この僕がスピードで負ける!?」
実際にレヴィとソニックフォームでのフェイトとの間にスピード差は殆ど無い。だが、精神の揺らぎが二人の明暗を分けた。
ついにはレヴィのバルニフィカスをバルディッシュが弾き、フェイトの手がレヴィの胸に添えられる。
「待――っ」
「プラズマスマッシャァァァァァッ!!」
零距離から砲撃を受けたレヴィの小柄な体が吹き飛ぶ。
「ヴィータちゃん!シグナム!」
「おう!」
「わかっている!」
今が好機と見たシャマルがヴィータとシグナムに呼びかける。
長年、共に戦い続けたきた彼女らにそれ以上の言葉は不要。
ディアーチェの攻撃が止んだ時点でコピー達もシグナム達も動き始めている。
ユーノに攻撃しているコピークロノをシグナムが紫電一閃で叩き落し、コピーザフィーラの蹴りをかわしたヴィータが、救い上げるように相手の体を打ち上げる。
二人のコピーの行く先にはシャマルが待ち受けている。
「クラールヴィント、お願い!」
シャマルの指先にはめられた指輪、クラールヴィントから紐で繋がれた振り子が射出される。その振り子がコピー二人の体に巻き付き、締め上げて拘束する。
「でぃぃぃやぁっ!」
そこをヴィータがマテリアルたちのいる方角めがけて打ち出す。
同じようにアルフやユーノ達も残りのコピー達を同じ方向に誘導している。
圧倒的有利が覆されたことで生まれたほんの僅かな動揺が、コピー達の動きを鈍らせている。
反撃の時が訪れようとしていた。
「なのは、大丈夫?」
「うん、私は大丈夫。それよりフェイトちゃん」
レヴィの一撃をまともに受けたなのはだったが、レヴィの攻撃が非殺傷設定だったこともあり、なんとか持ち直していた。
もちろん痛みもあるが、そこは持ち前の不屈の意志でカバー。なのはの闘志にはいささかの陰りも見えない。
回復や体を慮るよりも先にやることがあると、その瞳が訴えていた。
なのはのそんな瞳を見てしまえば、フェイトはそれ以上何も言うことはできない。ただその意を汲むだけだ。
「うん。バルディッシュ、ザンバーフォーム!」
「レイジングハート、エクセリオンモード!」
『Ignition』
カートリッジをロードした二機のデバイスが、主の呼びかけに応え、その姿を変えていく。
全ての枷を解き放ち、自らと主人の力、その全てを出しきるための形態へと。
エクセリオンモードとザンバーフォーム。
レイジングハートは全ての悲しみを撃ち貫く意志を具現化した槍の如き姿へ。
バルディッシュは夜を切り裂く閃光の刃――巨大な魔力刃を携えた大剣へ。
「私達の全力全開!」
「ここで出しきる!」
互いのデバイスを携えた二人がその魔力を集中させていく。戦いを終わらせるために――。
「この塵芥どもがぁっ!!」
爆煙を吹き飛ばし、逆上したディアーチェが姿を表す。その傍らには弱ったレヴィを支えるシュテルの姿もある。
さすがのマテリアル達もそのバリアジャケットは所々破れ、少なくないダメージを受けていた。
「もはや容赦はせん!その身も魂も粉々に撃ち砕いてくれるわ!」
「悪いがそれは阻ませてもらう」
逆上したディアーチェの声を遮るのは、落ち着き払った少年の声。
「なっ!?」
「これは!?」
「わっ!?」
ディアーチェの宣告の応えるかのように発動するのは蒼の鎖。
空中から射出された魔力の鎖がマテリアルたちの四肢に絡みつき、その動きを拘束する。
「貴様はあの時……!」
シュテルの砲撃で落ちたクロノの姿がそこにあった。
「シールドを破られた瞬間、身を捻ることで直撃は避けたんだ。落ちたように見せかけたのはこの隙を突くための演技さ」
と、余裕ぶるクロノだが、完全にシュテルの砲撃を避けたわけではなかった。その証拠に左肩のバリアジャケット部分は完全に消し飛んでいる。
あとコンマ数秒でも反応が遅れていれば、演技ではなく本当に落ちていただろう。
クロノの言葉にギリッと歯噛みするディアーチェ。見れば、自分たちではなく、他のコピー達や、主であるフェリクスまでも、クロノのバインドによってその身を拘束されていた。
先になのはがディバインバスターをディアーチェに直撃させたときから準備していた、設置型のトラップ。
これだけの人数と広範囲にバインドを同時に仕掛けるなど、並の技量では到底不可能なことだ。
クロノのデータは持っていたが、蒐集を行っていない為、完全なものではない。ここまでの技量を持っていたことに少なからず驚かされる。
「だが、この程度のバインドなぞ!」
「拘束を解く暇なんて与えへん!クラウソラス!」
力任せにバインドを破ろうとするディアーチェだが、はやての砲撃がマテリアルたちに襲い掛かる。
「鋼の頸!」
それに続くは地面から突き出した巨大な魔力の杭。魔力の杭が檻のように構成され、マテリアルやコピー達の行動を制限する。
そんな彼女らを縛る更なる拘束。鎖状、あるいは縄状に構成された魔力が幾重にも彼女たちの体に絡みつき、その自由を奪う。
クロノ、アルフ、そしてユーノによる三重のバインド。フェリクスを含め、これだけの大人数を同時に拘束すれば、その分、効果時間も短くなるが、彼らからすれば、ほんの僅かな時間さえ稼げればそれで十分だった。
「お待たせしました。おっきいのいきますっ!」
「N&F中距離殲滅コンビネーション!」
魔力チャージを終えたなのはとフェイト。二人がそれぞれの愛機を携え、叫ぶ。
「全力全開!」
レイジングハート・エクレセリオンが、照準・弾道安定のためのバレルフィールドを展開。
「疾風迅雷!」
なのはの魔力をバルデイッシュ・ザンバーの刀身に集中させ、自らの魔力を上乗せして斬撃を放つ。
攻撃ではない。斬撃によって放たれた魔力は、相手に一切のダメージを与えることなく、フィールドを満たしていく。
「……これはっ!?」
そのことに気付いたシュテルが声を上げるが、既に時遅し。
『ブラストカラミティ!』
唱和する声と共に放たれるエクセリオンバスターとプラズマスマッシャー。
バレルフィールド内に満たされた魔力が、混じり合う二つの砲撃の威力を拡張・拡散し、単独ではなし得ない威力の空間攻撃が完成する。
その範囲ゆえに、回避できる代物ではない。
フェリクスによって生み出されたコピーとマテリアル。そしてフェリクス自身をもその範囲に加え、全力全開の一撃が炸裂する。
金と桜色の閃光が乱舞し、その先にあるもの全てを飲み込み、爆発の渦へと包み込んでいく。
「この……塵芥どもがぁぁぁぁっ!!」
ディアーチェの怒声も、その姿ごとブラストカラミティによって生じた爆音と光に飲み込まれていく。
「も一つおまけや!」
辺り一面を眩い輝きが満たす中、二人に遅れてチャージを完了したはやてが、天高く掲げた剣十字を振り下ろす。
「遠き地にて、闇に沈め……ディアボリックエミッション!」
ブラストカラミティによって発生した爆煙が収まらぬ中に発生する闇色の魔力スフィア。それは瞬く間に巨大化し、飲み込んだものすべてをその牙にかける。顎に捉えた獲物を食らい尽くす純粋魔力攻撃。その効果範囲はなのは達のブラストカラミティすら上回る。
共に非殺傷設定ではあるが、その威力は絶大。たとえオーバーSランクの魔導師が万全の状態で防御したとしても只では済まない。バインドの拘束を受けていたフェリクス達が今の攻撃を耐えたとしても、まともに戦える力など残っていまい。
そう確信させるほど、凄まじい一撃だった。
「これだけの攻撃だ……ただで済むはずはない」
と、口にするクロノの表情は未だに硬いままだ。
まともな防御も回避もできない状況に追い込み、あれだけ大規模な攻撃を直撃させた。常識的に考えれば勝負は決まったようなものだ。
嫌な予感が拭えないのは、フェリクスが浮かべていたあの笑み。バインドによって拘束され、攻撃を受ける直前になっても、あの笑みが消えることはなかった。あれは自分たちが何をしても、自分を害することはできないという確信によるもの。
だが、たとえ闇の書の力を得たとしても、あの攻撃を食らって無事でいられるはずはない。仮に暴走体が相手だとしても、確実に通ると断言できるほど、強力な一撃だったのだから。
そう確信してなお拭えない不安を抱きながら、クロノはデュランダルを構える。自らの不安が杞憂であることを祈りながら。
息を切らしたなのはたちも油断なく構えながら、爆煙が晴れるのを待つ。
それから飛び出したのは複数の影。
ブラストカラミティの攻撃範囲ギリギリにいたことで、僅かながらも威力が減じたヴォルケンリッターのコピー達であった。
その姿は満身創痍も、その目は戦う意志を失っていない。
それらに抗すべく向かったのは、もちろんオリジナルの騎士たち。
「一々気に入らねぇんだよっ!おまえらも!あいつらも!」
ボロボロになりながらも鉄槌を振るうコピーヴィータ。
過去の自分自身の攻撃をいなしながら、ヴィータは内心で深々と溜息をつく。
――昔の自分はこんなにも余裕がなかったのか、と。
思い返せば心当たりは山ほどある。いつも苛立ち、周りに当たり散らし、自分の運命を呪うばかりの日々。自分だけではない。他の守護騎士たちも自分ほど表面には出さないまでも、苛立ち、嘆き、自らの運命を呪っていた。
八神はやてと出会うことで自分は、自分たちは変わることができた。
悪い夢は終わり、現在(いま)という幸せを得ることができた。
「だからおまえの悪夢も終わらせてやる」
呟きながら、ギリッとグラーフアイゼンのグリップを強く握りしめる。
二人のヴィータがラケーテンフォルムとなったグラーフアイゼンを構え、カートリッジをロード。
「はあぁぁぁぁっ!」
自分の体ごとグラーフアイゼンを旋回させ、瞬く間に二人の距離がゼロとなる。
コピーヴィータの一撃が帽子を吹き飛ばしながらこめかみを削り取り、ヴィータの一撃はコピーヴィータの体の真芯を捉え撃ち抜く。
「……なんで、なんで、同じ自分なのに」
コピーヴィータが、風穴の空いた自分の体を呆然と見下ろしながら呟く。単純なダメージの差だけではない。明らかに自分の動きは先読みされていた。
「昔の自分のやることだ。予想もつくし対処もできるさ」
力や技術は正に拮抗していた。確かに目覚めて以降の経験値分、オリジナルのヴィータに分があったのは確かだが、それ以上に二人の明暗を分けたのは別の要因だった。
今のヴィータにあって、昔のヴィータにないもの。それははやての存在。
過去のヴィータは守護騎士たる使命ゆえに戦ってきたが、今のヴィータはそれだけではない。
縛られた使命ではなく自らの意思で、主であるはやてと仲間である守護騎士達――大切な家族を守るために戦っている。
自分の存在すら呪い、揺らいできた過去の自分とは心の在り方そのものが違うのだ。
はやての為にも、自分の為にも、そんな過去の自分に負ける要素など、どこにもなかった。
「なんで……なんでだよ!」
もちろん、今のヴィータを知らないコピーヴィータにそれがわかるはずもない。ただただ理不尽に振り回される自分の境遇が悲しく、恨めしかった。
「泣くな。年中イライラ来て周りに当たり散らしてっから……辛い時や悲しい時……素直になんなきゃなんねーときも素直になれねーんだ」
そんな過去の自分を見て、自然とそんな言葉を口にしていた。
「うるせぇ……!うるせぇ……っ」
「泣くのも、素直に悲しいって言うのも、別に悪いことじゃねーんだ。思い出せ。仲間がいるだろ?自分たちだって悲しいのに辛いのに、全然素直じゃねーお前を受け止めてくれた連中が」
本人達に面と向かって言うことはこれからもきっとない。だけど、仲間たちと主への感謝を忘れることはこれから先一秒たりともないと断言できる。
「それは……う……ぁぁあ……っ!」
コピーヴィータの限界が訪れた。その体は少しずつ光の粒子となって消えて行く。
ヴィータ自身、過去に何度も経験してきた現象だ。何度経験しても自身が消失する恐怖と、これからも同じことが繰り返されるであろう自身の運命に対する絶望は筆舌に尽くしがたい。
「心配すんな。次に目が覚めたときには、はやての作ってくれるあったかくてギガうまなご飯が待ってる。お前を受け止めてくれた連中も一緒だ。悪い夢は全部終わるんだ」
それがわかるからこそ、柄にもなくそんな言葉を投げかけていた。
昔の自分に同じ言葉を投げかけて、それを信じる事ができるだろうかと自問自答する。おそらく、普通の状態なら無理だっただろう。
それでも。自らの身が消失しようとする今なら。
「……本当に?」
「あぁ、だから安心して眠れ」
半信半疑でも良い。過去の自分に少しでもいいから信じて欲しかった。感じて欲しかった。
自分と仲間たちを包み込んでくれる優しい主人。幸せな未来への希望を。
ヴィータの言葉を聞いたコピーヴィータはどこか寂しそうに、だが穏やかな顔でそっと目を閉じ、消滅していった。
コピーとはいえ、確かに自分と同じ存在だったあいつは未来への希望を信じる事ができたのだろうか。
それを確かめる術はないが、少なくとも前の自分とは違う気持ちで眠りにつけたはずだ。
グッと、グラーフアイゼンを握る手に力を込める。
まだ、やるべきことがある。今の自分の言葉を偽りにしないために。
長かった悪夢を、完全に終わらせるために。
その視線を全ての元凶へと向けた。
その煙が晴れた時に現れた光景は、少なからずなのは達を安堵させるものだった。
最初に目に入ったのは倒れ伏す三人のマテリアル達。
そのバリアジャケットは辛うじて衣服の形状を留めてはいるものの、ボロボロに引き裂かれ、手にしたデバイスもところどころ破損していた。誰の目から見ても戦闘は不可能だろう。
「――っ!」
そして最後の煙が晴れたそこにある影を認めた時、なのはやフェイト、はやてが小さく息を呑む。
「まさか……この私がここまで追い込まれるとはね……」
彼女達が見たものは、片腕、片足を含む半身を消失し、見るも無残な姿となったフェリクスだった。
限りなく人間に近い実体として具現化しているシグナムと違い、フェリクスの肉体は純粋魔力で生成されたものだ。
たとえ、非殺傷の攻撃といえど、魔力による攻撃はそのまま肉体の損傷へと繋がる。
「些か以上に君たちの力を侮っていたようだ……」
顔面蒼白、息も絶え絶えといったフェリクスの姿は、文字通りに虫の息と言えた。
想像だにしていなかった光景になのはとはやての心が揺れる。自らの力と、人を傷つけたことに。
彼女たちは自分が傷つく覚悟はあっても、ここまで人を傷つけることを想定していなかった。
とはいえ、執務官たるクロノとヴォルケンリッター達には一切の動揺も躊躇いも罪悪感も存在しない。
「ここまでだ。大人しく降伏するんだ。今ならまだ弁護の余地が与えられる」
もうフェリクスに戦う力など残されていない。有利なのは自分たちのはずだ。この状況を覆すことなどできない。
――そのはずなのに。
胸の奥から沸き上がる不安を消すことができない。いや、それどころかますます大きくなっていく。
自分たちは何か思い違いをしている。そんな予感が半ば確信となって、クロノを苛む。
ヴォルケンリッターたちも同じものを感じているのだろう。その顔は緊張に強ばっていた。
「安い芝居はその辺にしやがれ。リインフォースの力を奪ったテメーがその程度で参るタマか」
ヴィータの言葉に、フェリクスの苦しげな息が止まり、表情が固まる。
「く、くくくっ」
そして零れるのは笑い声。
「やはり守護騎士の諸君には通じないか。流石に闇の書の力をよく分かっている」
残された手で自身の顔を覆いながらも哄笑は止まらない。それどころか傷ついていたその肉体は、ぼこりと肉が盛り上がり消失していた部分が瞬く間に再生していく。まずは骨。それを覆うように神経が構成され、肉と皮がそれを覆っていく。
あまりにグロテスクなその光景に、なのはとはやてが小さく悲鳴を上げる。
僅か数秒の後に、フェリクスの姿は傷どころか埃一つ無い姿に戻っていた。
「そんな……っ」
「驚くことはない。闇の書の防衛プログラムの力を持ってすれば、この程度の再生などたやすいことだ」
フェイトの驚く声にも、フェリクスは静かに答える。
「システムU-D……最大稼働」
フェリクスの魔力量が増大し、その背から闇色の翼が噴出する。
その形はまるで蝶のように。だが、その禍々しさはどこまでも不吉なものしか感じさせない。
「……この魔力量はっ」
クロノが呻き、その場の誰もが総毛立ち、その圧倒的なまでの力を悟る。
たった一個人がこれだけのプレッシャーを放つことができるのかと。
個々の力では絶対に歯が立たないことを本能で理解させられる。
魔力量だけなら勇斗も良い勝負かもしれないが、その出力や威圧感は比べ物にならない。
「そして」
ぱちんと掲げた指を鳴らす。その瞬間、倒れ付していたマテリアル達の体は光に包まれ、フェリクスの元へと飛んでいく。
パンッと、彼女達を覆う光がはじけた時、そこにはフェリクス同様、傷一つないマテリアル達の姿があった。
もしかしたら、という予感はあったが、それがこうも容易く目の前で起きると流石に動揺を隠せない。
「主ある限り、我らもまた何度でも蘇るのです」
閉じられた目を開き、ゆっくりと告げる星光の殲滅者。
「君たちがいくら抗おうともそれは無駄なこと。僕達は闇そのものなんだよ」
雷刃の襲撃者が嘲笑う。すべての抵抗は無意味だと。
「闇は砕けぬ」
闇統べる王が絶望を告げる。闇を切り裂くことも、撃ち砕くことも誰にもできない、と。
「そして闇の書の転生機能は、この身を塵一つ残さず消滅させたとしても、無からこの身を再生する」
それは絶望の宣告。自分を倒す手段はないと明言していた。
「なら、どんな手を使ってでも君を封印するまでだ!」
それが難しいことは誰よりもクロノ自身がわかっていた。
氷結の杖――デュランダル。闇の書を封じるべく、グレアムが作らせた最新式のデバイスだ。
フェリクスに通用するかどうかはわからない。だが、執務官として何もせずに諦めることなどできるはずもない。
そしてフェリクスの言葉に屈する者など、この場に誰一人いない。
誰一人抵抗の意思を失うことなく、戦意を漲らせていた。
「ふむ、誰も私に屈する気はないようだね」
フェリクスの言葉に動く金の閃光。背後からの振り下ろされる大剣をフェリクスは片手で受け止める。
「当たり前だ!私達は勇斗を絶対に助ける!友達を見捨てたりなんかしない!」
振り下ろす切っ先に力を込めながら叫ぶフェイト。
もし、自分たちがここで諦めれば、勇斗は永遠に夢の中だ。そんなのは嫌だ。
大事な友達だからこそ、絶対に助けてみせる。フェイトの瞳がそう告げていた。
「ならば、直接彼を助けに行けばいい。君にそれだけの力と価値があれば、だがね」
「え?」
その言葉の意味を問いただす間はなかった。バルディッシュを振り下ろすフェイトが、先の勇斗と同じように光となって消失し、フェリクスの中へと消えていく。
「フェイトちゃん!」
「心配はいらない。あの少年の夢の中に送っただけだ」
嘲笑の笑みを浮かべながら、フェリクスはゆっくりとなのはたちの方へと振り返る。
「ゆーとくんの夢?」
「そう、そこで彼女は知るだろう。自らの無力を。あの少年は夢の中の世界をいたく気に入ったようだ。決して自らの意志で目覚めることはないだろう」
勇斗がどんな夢を見ているかはフェリクスにもわからない。だが、勇斗が現実では決して叶うことのない夢に囚われ、深みにハマっていることはわかる。
かつて闇の書の夢に囚われた誰よりも深い眠りに落ちていることを。
「たとえ彼女がどんなに呼びかけても、あの少年は自らの夢を捨てることなどできない。そして彼女は自分の無力さと価値を知るだろう」
フェリクスの表情が楽しくて楽しくて仕方がないという風に歪んでいく。
「大切な友達を助けることも出来ず、自らの無力に打ちひしがれる様はさぞかし滑稽だと思わないかね?」
「最低の発想だな」
聞いていているだけで虫唾が走る考え方だった。クロノはその嫌悪感を隠そうともせず吐き捨てる。
「そんなこと、絶対に起きない!ゆーとくんは絶対にそんなことしないよ!」
なのはがフェリクスの言葉を否定する。
「ほう?」
「確かに私達はゆーとくんのことを知らないかも知れない。でも、ゆーとくんは絶対にフェイトちゃんを、友達を悲しませるようなことはしないもん!」
意地悪で、皮肉屋で、お世辞にも性格が良いとは言えない。だけど、本当はすごく優しいことを知っている。
何の力もないのに、危険を承知でジュエルシード探しを手伝ってくれた。友達の為に、本気で怒ることができるのを知っている。
そんな勇斗がフェイトの声を無視したりすることなんてできるはずがない。
フェリクスの言うように、自分を呼ぶ友達の声を無視してまで夢の世界に逃げ込むことなど、できるはずがない。
「人の欲望の深さを知らないからこそ言える言葉だな」
言外になのはの言葉を否定しながら、フェリクスは嘆息する。
なのはの言うことは所詮、綺麗事でしかない。人の欲深さは、時にそれまで築いてきた情や絆、理屈など歯牙にも掛けないことがある。
「いいだろう。さほどの時を置かずとも答えは出る」
自分の言うこととなのはの言うこと、どちらが正しいかはまもなく判明する。勇斗自身の選択によって。
「だが、その前にまず君たち自身を絶望に染め上げよう」
力で持ってなのは達を撃ち砕く。然る後、勇斗の夢の中での結果を突きつける。
圧倒的な力の差を見せつけ、その上で心を砕く。
その時、彼女たちはどんな表情を見せてくれるのか。
今からそれを思うだけで身が震えるような快感を抑えられない。
闇の書の闇。呪いの根源がその力を、存分に振るおうとしていた。
※本作品のブラストカラミティはNanohaWikiを参考に独自の解釈で描写しています。
■PREVIEW NEXT EPISODE■
夢の世界へと迷い込んだフェイトは勇斗の名を呼び続ける。
勇斗は過去への想いを断ち切ることができるのか。
決断を下した勇斗の前に、フェリクスが立ち塞がる。
勇斗『俺の妄想を舐めるな』
TOPへ INDEX BACK NEXT
UP DATE 11/5/3
#############