リリカルブレイカー

 

 

 第36話 『永遠の闇に抱かれて眠りなさい』

 

遠峯勇斗が目の前で消滅した。その場にいた大半の者がそれを彼の死として解釈する。

「おまえぇっ!」

 真っ先に動き出したのは、アルフ。牙を剥き出しのまま、溢れ出る感情を拳に乗せて振り被る。
 アルフにとって勇斗は、なのはと並んでフェイトに笑顔を取り戻させた恩人であり、気の良い友人であった。
 何を考えているのか、いまいち把握しづらい子供だが、その行動の端々からフェイトへの気遣いと優しさを感じ取ることができ、アルフなりに仲間意識を持っていた。
 そんな勇斗をフェイトに任されたのに、何もできなかった。不甲斐ない自分自身とフェリクスへの怒りを込めた一撃は、フェリクスが展開した障壁――漆黒のベルカ式魔方陣になんなく阻まれる。

「フッ」
「こっのぉぉぉぉぉぉっ!」

 嘲笑を浮かべるフェリクスの障壁を突き破るべく、なおも拳に力を込めるが一ミリたりとも先へ進むことはできない。
 アルフお得意のバリアブレイクも、出力に差がありすぎるゆえかまるで効果がなく、逆にフェリクスの一撃で弾き飛ばされてしまう。

「よくも……勇斗をっ!!」
「レイジングハート!」
『all light』
「――――っ!」

 ハーケンフォームへと変形したバルディッシュを携え、飛翔するフェイト。
 砲撃を放つべく、愛杖を向けるなのは。
 言葉にならない叫びを上げながら、剣十字――シュベルトクロイツを構えるはやて。
 三人が三人とも大事な友達を消された怒りで、頭に血が上っていた。
 勇斗の仇を討つ。その想いゆえに意識がフェリクスへと集中し、自らに迫るものに気付けない。
 アルフを弾き飛ばしたフェリクスは三者に対して、構えを取ることもなく、悠然と笑みを浮かべていた。

「キミの相手は僕だよ」
「――っ!?」

 煌く蒼の閃光。フェイトの背後から迫ったその影は一瞬でフェイトを追い抜き、回り込むようにその刃を振るう。

「くぅっ!」

 とっさに構えたバルディッシュで辛うじて受け止めるも、衝撃を殺しきれず弾き飛ばされる。

「フェイトちゃんっ!」
「なのは、上だ!」

 ユーノの警告に振り向けば、そこにはなのはと同じように砲撃態勢をとったシュテルの姿。

「くっ、バスターっ!」

 咄嗟に方向を切り替えたなのはとシュテルが砲撃を放ったのは、全くの同時。正面からぶつかり合う砲撃が拮抗するのは、ほんの一瞬。

「くうぅっ!」

 じりじりとシュテルの砲撃が、なのはのそれを押し返し――撃ち砕いた。

「!?」
「このぉっ!」

 シュテルの砲撃がなのはの小さな体を飲み込む寸前、なのはの眼前に発生した緑色のシールドが、光の奔流を遮る。
 そのわずかな隙にユーノはなのはを抱えて離脱する。

「あ、ありがと、ユーノくん」
「うん、でも……まさかなのはが力負けするなんて」

 目の前で起きた事象が信じられず、呆然と呟くユーノ。元々なのははずば抜けていた魔力を有していた。その砲撃力はまさに一撃必殺。並の魔導師なら防御の上からでも一撃で落とす威力を持ち、単純な威力で言えばこの場で最強の攻撃力と言っても過言ではないはずだった。
 それをあっさりと打ち負かした相手への戦慄を禁じ得ない。
 当の本人は、なのはとユーノの視線を受け、クスリと微笑む。

「一瞬とはいえ、私の砲撃を遠隔操作のシールドで阻むとは……なかなか良い腕ですね」

 通常、遠隔操作で発生させたシールドは、距離が離れるほどその強度が落ちる。にも関わらず、自身の砲撃を曲がりなりにも遮ったユーノの力量に、シュテルは素直な賛辞を贈る。

「――だが、所詮は塵芥よ」
『我が主!』
「!?」

 降り注ぐは無数の黒刃。いち早くそれに気付いたリインフォースが声を上げるが、すでに砲撃体制に入っていたはやてにそれを防ぐ術がない。いくらこの半年間、魔法についての知識習得に励んだとはいえ、それを活かす経験がなさすぎた。
 闇色のナイフが驟雨のごとく降り注ぎ、はやての姿を爆炎が覆い尽くす。

「はやて!」
「主!」
「はやてちゃん!!」
「よそ見してる暇はありませんよ?」

 守護騎士やなのは達が声を上げて、はやての元へと飛ぼうするが、それを許す相手ではなかった。

「くっ!?」

 守護騎士達には自身のコピーが襲いかかり、なのはとユーノにはいくつもの光弾が飛来する。

「ははははっ!遅い遅い!君のスピードはそんなものかい!?」
「……っ!」

 高速で空を縦横無尽に飛翔するフェイトに追随しながら嘲笑うレヴィ。そのスピードはフェイトを上回り、ときに纏わりつくように、ときには回り込むように して、斬撃を加えていく。なのはが自らを上回る砲撃力を持った相手に出会ったことがないように、フェイトもまた、自身のスピードを超える敵と相対するのは 初めてであった。その戸惑いと勇斗のことに対する動揺が、彼女の動きをわずかながら鈍らせ、防戦一方になる一因となっていた。

「ずいぶんと隙だらけだな、塵芥ども?」

 防戦一方のなのはとフェイト、そのいずれかが、決定的な隙を見せた瞬間を狙い撃とうと、その手に魔力スフィアを発生させるディアーチェ。
 嗜虐に満ちた笑みを浮かべながら、その狙いを定める。

「バルムンク!」
「!?」

 爆煙の中から放たれたのは白い閃光。不意を突いた砲撃は狙いを違えることなくディアーチェへと直撃する。

「私には祝福の風がついとる!そう簡単にやれると思ったら大間違いや!」

 たとえ、はやて自身に経験と技能が足りなくても、それを補うのが祝福の風たるリインフォースだ。
 反応できないはやての代わりに、防御魔法を発動し、そのまま攻撃の補助までやってのけた。
 闇の書本体としての機能の大半を失っているが、融合騎としての機能は健在である。

「羽根も揃わぬ小鴉風情が……」

 シュベルトクロイツを構えて啖呵を切るはやてに、ディアーチェは忌々しげに舌打ちし、手にしたデバイス――エルシニアクロイツを向けた。




「くっ、このっ……!」

 一方、クロノは自身のコピーに加え、ユーノ、アルフのコピーらに三対一の状況を強いられていた。
 コピークロノの砲撃、ユーノのバインド、そしてアルフの射撃を紙一重で回避、あるいは防御しつつも、その瞳は冷静に戦況を見据えていた。
 フェリクスと同一化した闇の書がオリジナルのデータを保有しているせいだろう。守護騎士たちとそのコピーの能力は完全に同一のようで、その戦力は限りなく拮抗しているように見受けられた。
 自分たちのコピーも蒐集時のデータや、蒐集された人間の記憶から忠実に再現されているようで、こちらも侮れる敵ではない。
 そして、なのは、フェイト、はやてのデータを元にして作られた三人は、単純な出力で言えばオリジナルを上回っている。
 後退したフェリクスは今のところ積極的に参戦する気はないようで、傍観に徹している。数の上では互角だが、戦況的にこちらが不利なのは否めない。

(――だが、付け入る隙はある!)

 「スティンガー!」

 数発の光の弾丸をばら蒔くようにようにして発射する。威力よりも速度を重視したその弾丸は、目標に衝突すると同時に爆発を起こし、その目を眩ませる。
 ダメージはほとんど与えられていないだろうが、今の一撃は元より牽制が狙いだ。コピー三人が蹈鞴を踏んだ隙に一気に距離を取り、そのまま攻撃の狙いをつける。

『Blaze Cannon』

 デュランダルより放たれる蒼い閃光。

「ちぃっ!?」

 放たれた砲撃の狙いはシグナムのコピー。オリジナルのシグナムと相対し、互いに牽制しあっていたところに放たれた一撃はレヴァンティンを一閃することで迎撃する。だが、それは相対するシグナムに大きな隙を作ることになる。
 無論、シグナムがその隙を逃すはずもない。

「はあああぁっ!」

 コピーシグナムが気づいたときには、刃を分割し、鞭状連結刃――シュランゲフォルムとなったレヴァンティンの刃が周囲を舞っていた。
 自分の死角から襲い来る刃を、勘でたたき落し、強引にその囲いを突破するが、それはシグナムに誘導された結果だ。

「飛竜一閃!」

 自身の心臓目がけて、飛来する連結刃。膨大な魔力を乗せたその一撃と自身の間にレヴァンティンを挟み込んだまでは良かったが、その勢いと威力を止められない。

「わっ、バカっ!!」

 吹き飛ばされるコピーシグナムの先にはコピーヴィータ。まさか仲間を迎撃したり、避けたりするわけにはもいかず、そのまま巻き添えを食らう。
 狙い通り、自分たちのコピーを払いのけたシグナムとヴィータは残りの守護騎士コピーへと一撃を当て、そのままクロノの元へ合流。
 返す一撃でマテリアル達へ牽制の一撃を繰り出す三人。

「そこっ!」
「はぁっ!」
「おらぁっ!」

 マテリアル達は危なげ無くそれを回避するが、その隙になのはたちも離脱し、クロノ達と合流する。
 集結したなのはたちへデバイスを向けるマテリアル達だが、フェリクスが手でそれを制す。
 なのは達の体制が整うまで待て、という意だ。そんな主の意を察したマテリアル達は呆れたようにため息を付くが、元より圧倒している身だ。その程度のハンデを与える余裕は持ち合わせている。

「あまり余裕ぶるのもいかがなものかと思いますが」
「ふん、塵芥どもが何をしようとも我らの勝利は揺るがぬ」
「そうとも。所詮奴らは僕達の力の前に跪く運命なのさ」

 マテリアル達は自らの勝利を疑わない。如何なる力をもってしても、闇を砕くことはできない。砕け得ぬ闇こそが自分たちにとって唯一絶対の力なのだから。





「大丈夫か、みんな」
「うん、私たちはなんとか……」

 クロノに頷き返すなのは達。バリアジャケットはところどころ傷付いているが、動きに支障が出るようなダメージは受けていない。
 でも、とその先に呟く言葉が続かない。言うまでもない、消えてしまった勇斗のことが彼女たちに大きく影響している。

『遠峯勇斗は無事だ。心配する必要はない』
「本当っ!?」

 なのはとフェイトの喰いつくような反応に苦笑しながらも肯定するリインフォース。

『あぁ。遠峯優斗は消失したのではない。闇の書内部の捕縛空間に閉じ込められているだけだ』

 それを聞いたなのは達をの顔がぱぁっと明るくなる。

「助ける方法は?」

 そう尋ねるフェイトの声は若干、浮ついていた。絶望から一転、希望へと変わった故に多少気が逸っているのだろう。

「方法は二つ。私を倒すか、彼が自分の意思で夢から覚めることだ」

 ――答えたのはリインフォースではない。トントンと自分の胸を叩きながら答えたのは、フェリクスだった。

「夢?」
「そう。彼は現実では決して叶うことのない夢を見ているのさ。自分が望む、自分にだけ優しい、自分にだけ都合の良い、心地良い夢をね」

 そう言ってフェリクスが浮かべる穏やかな笑みが、なぜかなのはやフェイト達の背筋に悪寒を走らせる。口では言い表せない、何か嫌な予感が。

「断言してもいい。彼はこのまま闇の書の中で夢を見ているほうが一番幸せだ。彼にとって理想の夢を見ているんだからね。そのまま夢を見続けさせてあげるのが、彼にとって一番良いことだと思わないかい?」
「そんなことない!勝手なことを言うな!勇斗のこと何も知らないくせに!」

 胸の中にある言いようのない不安と焦燥から、思わず叫ぶフェイト。このまま勇斗が遠くに行ってしまい、二度と会えないかもしれない。そんな予感が生まれてしまった。

「ふむ。確かに私は彼のことを知らないな」

 闇の書の夢は、対象の深層意識にアクセスし、対象者が強く望んでいる夢を見せる。蒐集時に対象の記憶もある程度は読み取れるが、無論、記憶や考えなど、その全てを読み取るわけでもない。
 フェリクス自身、勇斗の望む夢や記憶などに大した興味を抱いておらず、読み取ってもいない。ゆえにフェイトの言うことを否定しない。

「逆に問おう。君たちはあの少年のことをどれほど理解しているのかな?彼が何者で、彼が望む夢が何なのかそれを理解しているのかい?仮に君たちが彼を夢から目覚めさせたとして、本当に彼は喜ぶのかな?逆に君たちを恨むのではないかな?」
「…………っ」

 反射的にその言葉を否定しようとするフェイトだが、それを否定するだけの材料を自分が持ってないことに気付き、息を飲む。
 勇斗が何を望み、何をしたいのか。そんなことまで勇斗のことを理解しているわけではない。

「――惑わされるな、フェイト」

 そんなフェイトを叱咤するように声をかけたのクロノだった。

「あいつは、君やなのはのそういう反応を楽しんでいるだけだ。一々あいつらの言葉を真に受ける必要はない」

 クロノの脳裏に浮かぶのは過去に相対した犯罪者であり、師ともいうべき姉妹の姿だ。この手の輩はこちらが反応すればするだけ、つけあがる。過去にいくつもの実体験があるのだから間違いない。
 現にフェリクスはクロノの言葉を否定もせずに、笑みを浮かべている。今、このやりとりさえもどう転ぶのか楽しんでいるのだ。

「……でも」

 フェイトにとって勇斗が何を望んでいるのかを知らないのは事実。もし、フェリクスの言うとおり、現実では叶わない夢を見ているとしたら、勇斗が自分たちを恨む可能性はゼロではないのではないか。
 もしも、大切な友達から恨みのこもった視線を向けられたとしたら。それはフェイトにとって、母から捨てられるのと同じくらい恐ろしいことだ。

「大丈夫だよ、フェイトちゃん」

 そっとフェイトの手に自らの手を重ねて、微笑むなのは。

「夢は所詮、夢や。いつまでも寝てるようなら私たちが叩き起こしてあげなあかん」

 なのはが重ねた手の上に、はやても自らの手を重ね、力強く断言する
 はやての言葉にうんうんと頷きながら、なのはが言葉を続ける。

「友達が間違ってたら、ぶつかってでもそれを正してあげるのが、本当の友達だよ」

 かつて、アリサ、フェイトと全力全開でぶつかりあったなのはだからこそ言える言葉だったが、とても九歳の少女が言う言葉ではない。そんじょそこらの男よりもよっぽど漢らしい考え方である。生憎とこの場でそれを突っ込める者は、目下、闇の書内部にて現実逃避中であったが。

「……うん、そうだね」

 フェイト自身、なのはと真っ向からぶつかって、想いをぶつけられて、何度も何度も心を揺さぶられた。
 だからこそ、なのはの言葉が正しいと信じることができる。
 たとえ、どんなに夢が良いものだとしても、それは現実ではない。
 現実には自分やなのは、アリサやすずか、そして彼の両親やクラスメイト達。勇斗の帰りを待っている人間がたくさんいるのだ。それを放っておいて夢の中に逃げ込むことが、正しいはずがない。今から自分たちがやろうとしていることが間違っていないという確信が湧いてくる。
 確かな想いを胸に、しっかりとバルディッシュを構えなおす。

「それに勇斗なら自力で目覚めるかもしれないし」

 それはフェイトから勇斗への信頼。勇斗が見せる常に根拠のない自信と揺らぐことのない不敵な態度は、自身の精神的な脆さを自覚しているフェイトにとっ て、精神的な強さを持った人間の理想型であり、憧憬の対象でもあった。あともう少し、日常で勇斗と触れる時間が多ければ、それが間違いであることに気付け たのだろうが。

「いや、それはねーだろ」
『……自分の欲望に忠実な者ほど、夢に囚われやすいものだからな』
「……ゆーとくん、自分の欲求に素直だもんね」
「普段からわがままでやりたい放題やからなぁ」
「おまけに気合も根性もありません」

 ぼろくそな言われようであった。
 日常で勇斗と接する機会の多いなのはやはやて。週一の特訓で勇斗のヘタレっぷりを存分に知っている騎士たちは、フェイトのように誤った信頼を抱いたりはしない。
 基本的に勇斗は自分の欲求には限りなく忠実かつ怠け者で、闇の書の夢が見せるような誘惑には、一番弱いタイプの性格だと言えよう。
 もっとも、突飛な言動も多く読めない部分もあるので、自力で脱出する可能性もなきにしもあらずだが。
 なのは達の発言は八割本気、二割冗談といったである。

「みんな酷い……」
「事実だから仕方ない」

 ――それでも変なところで面倒見が良かったり、責任感があったりもするが。
 と、心の中でだけ補足するクロノ。本当に自分勝手なだけの輩ならば、ジュエルシード事件や今回の闇の書事件に首を突っ込んだりしない。本人の弁を信じる ならば、彼の介入がなくても事態は無事に解決するのだから。本人ができる限りで、より良い方向にしたいと思っているからこそ、面倒な立ち回りを自身の意思 で行ってきた。結果的にそれが事態の悪化を招いたとしても。
 口では偽悪ぶっているが、なんだかんだで勇斗はお人好しでバカなのだ。
 そんなバカを助けるためにも、改めて確認する。

「リインフォース。勇斗を叩き起こす方法は、奴の言うとおりで正しいのか?」
『あぁ。奴が行動不可能なほどのダメージを与えれば、夢の結界を維持する余裕はなくなる。奴にどれだけのダメージを与えようが、遠峯勇斗にダメージが及ぶことはない』
「つまり、おもいっきりやっていいってことだよね?」
『あぁ、思う存分やってくれ』
「うん!」

 何がそんなに嬉しいのか、先ほどまでとは打って変わってやる気全開のなのはが勢いよく頷く。
 そんなに砲撃を撃ちこむのが好きか、と突っ込みたいヴィータだが、あえてそれには触れず、口にしたのは別のことだ。

「まぁ、今あいつがいたらいたで邪魔だし、かえって都合がいいかもな」

 勇斗の魔力が如何に多かろうと、この面子の中では、戦闘力は皆無に等しい。魔力補給のみに専念させたとしても、彼の守りを考えればデメリットのほうが大 きい。先のコピーのように、このレベルでの闘いでは、当たれば一撃で墜ちる弱さなのだ。そもそも蒐集を受けた後では、ロクな魔力も残っていまい。ならば、 彼の安否を気遣わずにすむこの状況は却って好都合ともいえる。

「どのみち奴らを倒さねば、我らとてこの結界から脱出できん」
「私たちが蒔いた種ですもの。自分たちできっちり刈り取っていかないと」
「バックアップデータとはいえ、我らと同じ存在がいるのも良い気分ではない」
「おし。いっちょ、ぶちかましてやるか!」

 気合十分なヴォルケンリッター達に、クロノも頷く。

 「僕らがこうして戦っている間に、勇斗一人夢の中というのも癪だ。あいつらを倒してとっとと叩き起そう」

 自分たちの勝利を疑いもしないクロノの口調に、ディアーチェが失笑する。

「愚かな。コピーは貴様らと互角。そして我ら三人の魔力は貴様らを上回っている。魔力でも数でも劣る貴様らに勝機などないわ。現に先の貴様らは我らに防戦一方だったではないか」
「そうとも。所詮、君たちは僕達の踏み台に過ぎないさ。闇の力の前にひれ伏すがいい!」
「最終的な目標はフェリクスだが、まずは確実に戦力を削いでいく。フォーメーションを組んで一気に行くよ」
「うん!」
「練習通りに、だね」
「所詮、コピーはコピーでしかないことを思い知らせたる!」

 自信に満ちたレヴィの言葉を華麗にスルーするクロノ達。

「聞けよ!僕達の話を!無視するな、こらー!」
「壊れかけの融合騎と使い捨てのプログラムごときが……笑わせてくれる」

 そんなクロノ達に不満を露わにするレビィと、鼻で笑い飛ばすディアーチェ。
 レビィはぶんぶんと手を振り回し、ディアーチェは嘲笑を浮かべているが、自分たち――特にディアーチェは巨大な地雷を踏んだことにまだ気づかない。

「そんな君達に素敵な言葉をプレゼント」

 そんなレビィに、はやてはにっこりと笑いかけて告げる。

「弱い犬ほどよく吠える。キャンキャン耳障りやからちょう黙れ」
『あ……主?』

 明らかにはやての雰囲気が激変していた。言葉の刺々しさ以前に彼女が纏う空気そのものが。
 表面上はにこやかなだけに、その小柄な体から発せられる怒気がなおさら恐ろしく感じれられる。その豹変ぶりにリインフォースを始めとした味方のほうが思わず距離をとってしまう程に。

「小鴉風情が……今、なんと言った」
「黙れ言うたん聞こえんかったか?闇統べる王だかなんだか知らへんけど、人の家族を侮辱して、ただじゃ済まさへんからな」
「こ……のっ」

 まさに一触即発。ディアーチェとはやて。闇統べる王と夜天の王の視線が交差し、見えない火花を散らす。

「はやてが怒ってるの……初めて見た」

 ヴィータの呟きに思わずコクコクと頷く守護騎士一同。普段の温厚が服を着て歩いてるようなはやてが、ここまで怒気を露わにするなど想像すらできなかった。
 『普段、温厚な人間ほど怒ると怖い』という言葉をまさに体現している。

「ヴィータとザフィーラ、フェイトちゃんが前衛!最優先撃墜目標は向こうのシャマルとユーノくん。敵さんにはチャージタイムを与えないことを第一に!」

 てきぱきと指示を飛ばすはやて。この半年間、魔法の知識習得と並行して受けた指揮官研修は伊達ではない。

「シグナムとクロノくんは遊撃!ちょいと数多めに受け持つことになるかもしれんが踏ん張って!アルフとユーノくん、シャマルはそのサポート!なのはちゃんと私はみんなが盾になってくれてる隙にでっかいのの準備!」

 自分が出そうとした指示を全て出されてしまったクロノが密かに肩を落とし、その肩を慰めるようにして叩くユーノ。

「小鴉風情が調子に乗るなぁっ!ガラクタ同然の融合騎と守護騎士ともども灰塵と化してくれる!」
「やれるもんならやってみぃ!夜天の王とその守護騎士の力、その魂に刻み込んだる!」

 ディアーチェとはやて。闇統べる王と夜天の王。二人の王が火蓋を切って落とし、

「ふん、魔力の差は歴然だ!君たちがどうあがこうと勝ち目はないよ!」
「残念だけど、さっきのようにはいかない……!魔力の差が戦力の決定的差でないことを教えてあげる!」

 レヴィとフェイト。蒼と金の閃光が空を翔ける、

「我が力の全てを持って、あなた方を撃ち砕きましょう。永遠の闇に抱かれて眠りなさい」
「……いつかは眠るよ。でも、それは今じゃない。私たちも、ゆーとくんも帰りを待ってくれてる人がいる。だから……今は戦う!未来を掴むために!」

 シュテルとなのは。黒と白の砲撃魔導師がその力を解き放つ。
 互いの存在を掛け、未来を勝ち取るために、











 気まずい。ひたすら気まずかった。
 理由は言うまでもない。ついさっきまで恋人に泣きついていた自分が無様で情けなすぎて合わせる顔がないからだ。
 優奈はというと、こちらとは逆に上機嫌で朝飯の支度をしている。
 優奈の顔を見た瞬間、頭の中が真っ白になり、あんな行動をとってしまったが、ひとしきり泣いた今ではなんとか落ち着いている。
 まずは状況整理。これは多分、闇の書が見せる夢。
 これまでの九年間のことが夢で、優奈といる現在が本当だとも考えたいところだが、それにしてはこの九年間で体験したことを夢というにはあまりに鮮明過ぎた。
 立派なヲタであることを自認し、ある程度の妄想癖も持ち合わせている俺だが、流石に限度がある。フェイトやなのはとの出来事。今まで生きてきたはずの九年間は夢ではないと断言できる。
 自らの手を見る。『遠峯勇斗』の、子供の手ではない。もっと成長した男の、成人男性の手だ。鏡を覗き見れば九年振りの自分の素顔。懐かしいやら感慨深いやらで何とも言えない不思議な気持ちだった。

「ゆーとー、ご飯出来たよー」

 背中に掛けられた声にちらりと振り向く。寝巻き替わりのYシャツ(高校時代に俺が使ってたもの)から黒のフレアスカートとボーダーのシャツ、その上から アンサンブルを着込んだラフな服装へ着替え、伸ばした髪は一つにくくってポニーにしている。俺の視線に「ん?」と小首を傾げた姿が可愛らしくて、嬉しさと か愛しさとか綯い交ぜになった感情が湧き上がる。くそっ、夢でも相変わらず可愛い!
 気まずい思いはあるが、いつまでもそれにこだわっていると何も進まないので、ぐっと心を平静に保ちながら部屋の中央に置かれた小さなテーブルの前に座る。
 テーブルに並べられているのは、バターを塗ったトーストにサラダ。ベーコンエッグにコンソメスープと簡単な食事だ。
 俺も優奈も朝からそんなに食べるほうではないので、朝食としてはこれで十分、事足りる。
 いただきます、と手を合わせてから無言で食べ始める……のだが、優奈がじっとこっちを見てるのでひたすらに俺だけが気まずい。

「こっち見んな」

 力なく言ってはみるものの、それが照れ隠しであることは相手にもバレバレである。「ん、ごめん」と謝りつつも優奈はこっちをちらちらと嬉しそうに見てくる。
 何か言おうとも思ったが、今の俺が何を言っても効果がないことは明白なので、とりあえずは食事に専念しつつ、これからのことを考える。
 俺の選択肢は二つ。このまま夢を見続けるか、否か。これは夢で、現実では家族や友達が待っている。もし、俺が戻らなければ確実に悲しむ人間がいるのだから答えなんか決まっている。決まっているのだが……。
 ちらりと優奈を覗き見る。ばっちりと目が合う。優しく微笑む彼女の瞳を覗き込んだとたん、無性に胸が締め付けられる。
 九年間ずっと求め続けたもの。夢でも幻でも……この笑顔を自分から手放すことなんて出来るのか?
 嫌だ。手放したくなんてない。現実で彼女と会うのはほぼ不可能だろう。仮に、あの世界でも彼女がいたとしても、それは俺の知っている彼女とはまた別人なのだ。
 夢と現実、そこに何の違いがあるのか。
 戦力にならない俺がいようといなくても、なのは達の勝敗には何の影響もない。というかあの面子で負けるとこが想像できない。
 原作の流れを鑑みても、俺が中にいたら攻撃できないってことはなかったはず。フェイトが中にいた時、なのはは思いっきり攻撃してたし。
 なら、俺がこのまま夢を見続けても大丈夫なはずだ。フェリクスが敗れることによって、この夢が終わりを告げるのならそれでいい。
 だから、それまでは。
 言い訳に言い訳を重ねていることは自覚している。
 それでも。もう見ることのできないこの夢を見続けていたいという欲求を、俺は止められなかった。



 朝食後、食器洗いを終えたところで、優奈にでこぴんをお見舞いする。

「あいたっ!何っ!?いきなり何するのっ!?」
「いつまでも人のことニヤニヤ見てるからだ」

 誰がどう見ても八つ当たりである。

「うー、だって、ゆーとが私に抱きついて泣くなんて初めてだったし。私を頼ってくれたんだって思ったら、なんかこー自然と顔がにやけちゃったんだもん」

 聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる理由に、頬がかぁっと赤くなるのを自覚する。
 一々そういう反応されると、こっちも反応に困る。

「あー、と」

 言葉に詰まって優奈の頭にぽんと手を置く。

「……おまえぐらいにしか見せないからな、俺の弱みは」

 さすがに面と向かっていうのは恥ずかしいので目を逸らしながら、ぼそりと呟く。
 小声で呟いたものの、優奈にはしっかりと聞こえていたらしく、一瞬、きょとんとしたものの、すぐに嬉しそうに頷く。

「……うん」

 その笑顔を見て、改めて自覚してしまう。俺はどうしようもなく、この笑顔が好きで、こいつの為ならなんでもできてしまう。
 ただ、こいつと一緒にいたい。それだけが俺にとって一番大事なことなのだと。

「優奈、こっち」
「……?」

 窓側の陽の当たる場所へ移動して座り、優奈を呼び寄せる。

「あの、えと、ゆーと?」

 俺の前に座らせた優奈を、後ろからそっと抱きしめる。
 困惑した優奈の声が聞こえるが、今は無視。

「悪い。しばらくこのままで頼む」
「……珍しいね、ゆーとがこんな風に甘えてくるのって」

 強ばっていた優奈の体から力が抜け、そっと俺に体を預けてくれる。

「たまには……な」
「何があったのかは教えてくれないの?」

 さっきも同じことを聞かれた。

「……ごめん」

 言える、はずがない。それを言ったらこの夢が終わってしまう気がして。

「しょーがいないなぁ、もー」

 今日は講義を休みと言ったときにも、同じことを言った優奈。
 俺が普段の状態でないことを察してくれた優奈は、それ以上、何も言わずに今日一日俺といることを了承してくれた。
 その気遣いが有難い。
 優奈の腰に回した俺の手に、そっと優奈の手が重ねられる。

「ゆーとの手、冷たくて気持ちいい」
「冷血だから仕方ない」
「ん、でもゆーとにこうして抱かれてるとすごくあったかいよ?」
「そりゃ良かったな」
「うん」

 今はただ、こうして何も考えずに彼女の温もりに触れていたかった。


















■PREVIEW NEXT EPISODE■

マテリアル達との激闘は続く。
一度は優勢に立ったかに見えたなのは達だったが、それは新たな絶望の始まりに過ぎなかった。

ディアーチェ『闇は砕けぬ』




TOPへ INDEX BACK NEXT

採点(10段階評価で、10が最高です) 10
お名前(なくても可)
できれば感想をお願いします

UP DATE 11/2/15

#############