リリカルブレイカー

 

 

 第35話 『もう離さない』

 

「結界内内部との通信つながりません!」

 アースラ内部は、突如として発生した古代ベルカ式の結界魔法――封鎖領域のせいでクロノ達との連絡が取れず混乱していた。
 闇の書に何らかの異変が生じたところまではモニターしていたのだが、封鎖領域が発生してからは、内部をモニターすることはおろか、通信することすらできない。
 以前、シグナムらに同じものを実演してもらい、ある程度の解析を行ったのだが、現在発生しているものはそれよりも強固で、内部への侵入すら固く阻まれていた。
 この様子では、結界を完全に破壊しない限り、内部からの転移も不可能であろう。

「一体、何が起こっているというの……?」

 勇斗や守護騎士達からの話を元に、綿密な調査を行い、計画を立てたはずだった。
 それが最後の最後に思わぬアクシデントが生じた。
 提督としての経験と勘が、今、起きている事態が尋常ならざるものであると告げている。それにも関わらず、現状打つ手立てがない。
 モニターから伝えていた状況は、明らかに今まで起きた闇の書の暴走とは異なるもの。なのは達が内部に囚われている以上、無闇にアルカンシェルを撃つこともできない。

「リンディ提督。私たちで内部に侵入できないか試してみます」
「これはちょっと、普通じゃないからね……」

 今回の作戦に同行したグレアムの使い魔、リーゼアリアとリーゼロッテ。普段は陽気な彼女らの表情も、何時になく厳しいモノに変わっている。クロノの父で あるクライドが殉職した事件以来、彼女らも闇の書と深い因縁を持ち、長年独自に調査を続けてきたが、その彼女らからしても今回の事態は想定外のモノだっ た。

「えぇ、お願いします。あのメンバーなら何が起きても大抵のことはなんとかできるはずなのだけど……」

 戦力的にはAAAクラス以上の魔導師が五人以上も揃っているのだ。犯罪組織の一つや二つ、簡単に殲滅できるだけの戦力なのだが、今起きている事態はそれだけの戦力を以てしたなお、不安を抱かせるに足る何かがあった。

「了解しました。リーゼアリアとリーゼロッテ、出撃します」
「あいつらは、私らが責任をもって連れて帰ってくるよ」

 そんなリンディの不安を払拭するように、リーゼとロッテの二人は力強く頷いて笑ってみせた。




「また最後の最後で俺の知らないのが出てくんのかよ……!」

 アルフに支えられた勇斗が苛立たしげに呻く。脳裏に浮かぶのは時の庭園での出来事。結果的に、より良い結末を迎えたものの、一歩間違えば誰かが命を落と してもおかしくはなかった。今、眼前で起きている出来事も以前と同様、もしくはそれ以上に悪い事態が起こったように思える。引き金となった原因が、明らか に自分の存在であることも。
 忌々しげに睨みつけるその先には、なのは、フェイト、はやてに似た少女と全く見覚えのない男。
 そんな勇斗の苛立ちを嘲笑うかのように、男は優雅な仕草で片手を上げ、一礼する。
 整った顔立ちと長身、そして白いスーツといった出で立ちも相まって、男の振る舞いは、気品のようなものを感じさせる。そして、その容貌はある人物を連想させた。
 警戒心を顕にしながらも、ぽつりとはやてが呟く。

「リインフォースに似てる……?」

 透き通るような銀の髪。勇斗達を見下ろすその眼差しは燃えるような紅。さらに男が漂わせている空気――気配とも言うべきそれは、たしかにリインフォースのものと似通っていた。

「私の名はフェリクス・アンゾルゲ。初めまして、八神はやてと管理局の諸君。そして久しいね、守護騎士達と管制人格――いや、今はリインフォースと呼ぶべきか」

 一見、友好的とも思える挨拶に、なのは達は戸惑い、リインフォースを含めた守護騎士達は眉根を寄せ、視線を交わし合う。

「生憎だが、我らに貴様との面識はない。ただの人間ではなかろう……闇の書とリインフォースに何をした?」

 詰問するシグナムの声は硬い。
 蒐集された勇斗ほどではないが、ザフィーラに支えられたリインフォースは明らかに衰弱していた。先程のリインフォースから発せられた光に力のほとんどを奪われたかのように。
 勇斗から聞かされた話もそうだったが、自らの一部とも言える闇の書が自分達の知らぬ現象を引き起こし、あまつさえそこから明確な意志と知能を持った存在が現れれば、平静を保てと言う方が無茶なことだろう。

「ふむ、そうか。君達の記憶は一度リセットしたままだったか。私のことを覚えていないのも無理はないね」

 ただ一人得心が行ったかのように頷く男――フェリクス。嘲笑うわけでもなく、だが明らかに自分達の知らぬ何かを把握している男に守護騎士達は言い様のない不安と不快感が湧き上がるのを抑えられない。

「あたしらの記憶をリセットだぁ?フカしこいてんじゃねーよ!とっとと、こっちの質問に答えろ!てめーらは一体何者で、リインフォースに何をしやがった!」

 ヴィータの怒声に反応したのはフェリクスではなく、その傍らに控える三人の少女の二人。フェイトとはやてに似た二人がクスクスと嘲笑を浮かべていた。

「この――――っ」

 それを挑発と受け取ったヴィータは、グラーフアイゼンを構えて飛び出そうとするが、フェリクスが口にした言葉にピタリと動きを止める。

「八神はやてとリインフォース、そして君達を闇の書から切り離した。八神はやてを蝕んでいた闇の書の呪いは消え失せたはずだ。ついでにリインフォースの記憶とリンクして共有させてもらった――こんな説明でいいかな?」

 バカな、と守護騎士の誰かが呟く。知らず知らずのうちに、その視線がリインフォースへと向けられる。

「奴の言葉は事実だ。私と守護騎士システムは完全に闇の書から切り離された。我が主も、闇の書の枷から解き放たれている」

 リインフォース自身も戸惑いながら、フェリクスの言葉を首肯する。闇の書は、本来、その真の所有者のみがそのシステムに干渉することができる。もし、そ れ以外の他者が無理に干渉しようとすれば、持ち主を飲み込んで転生してしまうという、厄介極まりない特性を持つがゆえに、今まで誰も闇の書の暴走を止める ことができなかった。また、真の所有者と言えど、闇の書の完成後に、管制プログラム(リインフォース)と防衛プログラム、双方の認証を受けなければ、管理 者権限を得ることはできない。現在の主であるはやて、そして管制プログラムであるリインフォースを介さずにシステムに干渉することなど、普通に考えれば有 り得ない事態なのだ。
 そんなリインフォース達の動揺を嘲笑うかのように――否、嘲笑いながら、更なる爆弾を投下するフェリクス。

「夜天の書の最後の主、そして闇の書の最初の主――そう言えば納得できるかな?」

 闇の書の正式名称は夜天の書――本来は主人と共に旅をし、様々な技術を記録し保存する為の健全な魔導書であった。
 歴代の主によって改変を重ねた夜天の書は、いつしかその主と周囲に破滅をもたらす制御不能の危険物と変わってしまう。例え破壊しても、主足りえる素質を持った人間の元へ転移し、また破滅に導く。長い時の間に本来の名は失われ、闇の書と呼ばれるようになった。
 だが、その過程はあくまで偶発的なもので、改変を加えた歴代の主たちが意図してそうしたわけではないというのが、調査結果であり、クロノたちの認識であった。

「――――まさか、夜天の書を闇の書へと改悪したのは君なのか?」
「改悪したつもりはないがね。まぁ、全てが私の意図した通りは言わないが、概ねその通りだ」

 クロノの問いにさも心外そうな顔をしてみせるフェリクスだが、それがフェイクであることは誰の目から見ても明らかである。むしろ、そういう流れを意図的 に作り出し、これから語られる話の演出をしているようにすら見えた。自分のコレクションを見せびらかすコレクター、あるいは自らの研究成果を自慢する学者 のように。
 それを察したクロノは、これからの行動を左右する為の情報を得るために、あえてその流れに乗ることを選択する。

「君の言う目的とはなんだ」

 その問いに、フェリクスはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、口の端を釣り上げて言った。

「永遠の命と決して砕けることのない強大な力」
「………………バカ?」

 漫画やアニメならともかく、まさか現実に、真面目な顔でそんな妄言を言う人間がいたことを信じられず、思わず呟く勇斗。

「――しっ。本人、真面目に言ってるつもりらしいから、最後まで黙って聞く!機嫌損ねて話聞きそびれたらどうするん。妄想垂れ流しの厨二病全開とか思っていても口に出して言ったあかん」
「はやてちゃん、自分で全部口に出してるよ……」
「あ」

 なのはの指摘に、慌てて口を抑えるはやてだが、時既に遅し。ぼそりと生暖かい視線と共に呟く勇斗。

「間抜け」
「うぅ、元はと言えばゆーとくんが」
「責任転嫁すな」
「うー」

 フッと鼻で笑う勇斗と悔しそうに唸るはやて。
 いきなり漫才を始めた二人のせいで、緊張感とか緊迫感とか色々台無しだった。
 フェリクス達から目を離したりはしないが、クロノは頭痛を感じたかのように顔をしかめる。

「すこし黙っててくれ」
「ごめんなさい」

 流石に漫才を続ける状況でないことはわかっているので、素直に謝罪する二人。

「ふ、くくく。中々面白い子達だね」

 一方のフェリクスはそんなやりとりに気分を害するわけでもなく、楽しげに肩を揺らす。その傍らに控える三人の少女達は、若干白けた視線を送っていたが。

「遠峰勇斗くんだったね。たしかにそう感じるのも無理はない。永遠の命と砕けることのない強大な力。どちらも夢物語のようなものだ」

 だが、と言葉を切り、その手に闇の書を出現させる。勇斗が突っ込みたいのは、内容よりも言い回しの方なのだが、流石にこの時点での突っ込みは自重する。

「夜天の書の転生機能と防衛プログラムが暴走したときの力。その二つを完全に自分のものとした場合はどうかな?」

 闇の書の暴走は、放置すれば世界の一つを滅ぼしかねないほど危険極まりないものである。
 空間歪曲と反応消滅を引き起こすことで対象を殲滅する、アルカンシェルクラスの力を持ってようやく止められるものだが、それとて完全ではない。封印することはできず、破壊すればそのまま新たな主の素質を持った者のもとへと転生することで無限に再生してしまう。
 無限再生機能と圧倒的な魔力を、一個人の意志の元、自由に扱えるようになった時、その力の強大さは計り知れない。アルカンシェルが、暴走した闇の書に通 用したのも、明確な意思を持たないものであったことも大きい。もし、適切な知識と判断力が備わっていたなら、アルカンシェルの力を以てしても、一時的な破 壊すら困難になるだろう。
 闇の書が暴走した力の恐ろしさを、話でしか聞いていないなのはやフェイト達と、ぼんやりとしか覚えていない勇斗はピンと来ない顔で首を傾げているが、クロノや守護騎士達はその戦慄に身を震わせていた。
 湧き上がる恐怖と嫌悪感から、反射的に反論の言葉を口にするシャマル。

「そんなことできるはずが……!」
「できるのさ。容易いことではなかったけどね。闇の書を主を必要としない自律稼働ができるシステムとして再構築し、自身をそのシステムと一体化する、と言えば解りやすいかな?」

 その言葉の意味することを理解したクロノが、信じられないといったように口を開く。

「つまりはお前自身が、主を兼ねた闇の書そのものとなったということか」
「その通り。さすがその若さで執務官になっただけのことはある。理解が早い」

 感心、感心と頷くフェリクスだが、口で言うほど簡単なことではない。闇の書の構成システムの煩雑さは言うに及ばず、また一個の生命体を魔法生命体として 再構成するということは、ミッドチルダなどの管理世界でも現存せず、かつてプレシアが求めた死者蘇生と同様、禁断の秘術とされる類のものだ。使い魔のよう に、人造魂魄を憑依させて新たな個体を創りだすものとはまた別の、一線を画す技術である。
 その難度の高さを理解するクロノやリインフォース達は、驚愕を禁じえない。それに機嫌を良くしたフェリクスは、さも自慢気に話を続ける。

「私の頭脳をもってしても、容易いことではなかったよ。再構成のプロセスを構築したまでは良かったが、システムの起動には外部からの膨大なエネルギーが必 要でね。それを集める前に、私の命は尽きるところだった。そこで夜天の書の機能を応用し、プログラム化した自身をそのメモリの一部に眠らせておいたのさ。 こうして必要な魔力が貯まるその時までね」

 自身の望みが叶った喜びからか、その声は僅かに震えていた。

「闇の書の暴走は、貴様が意図的に仕組んだものなのか?」

 そう問い掛けたシグナムの声に感情の色はない。
 闇の書の守護騎士として、長い時間を過ごしてきた。始まりすら思い出せない長い長い時の流れ。道具として、永劫とも言える時間の中をひたすら戦い抜いて きた。そこに安らぎなど存在しない。ただ感情を凍てつかせ、戦い、殺し、殺されるだけの終りのない旅。それでも、そこには騎士としての誇りと使命があった はずだった。
 だが、フェリクスの語る言葉と、そこから推測される事実がその全てを否定しようとしていた。
 問われた男は、ゆっくりと口の端を持ち上げ嗤う。

「そう、全ては私が望んだものだ」

 だらりと下げた両手を広げ、自らの成果を誇るように声を上げる。

「闇の書の蒐集は、その主に力を与えるためではない。私の為に魔力を蓄えるもの。もっとも、その機能は完全ではなかった。一度、完成してしまえば、それ以 上蒐集をすることはできず、必要な魔力量にも届かない。ゆえに蒐集が終わる度に暴走を起こし、蒐集をリセットさせるという回りくどい手段を取らざるを得な かった。おまけに蓄積できるのは、完成時の過剰魔力と、暴走後の残魔力だけという致命的なバグを残してしまった。おかげでここまで来るのに随分と長い時間 がかかってしまったが、まぁ、それも些細なことだろう」

 フェリクスはシグナム達へ向かって、深々と一礼する。

「守護騎士の諸君、君達のおかげで私の望みは叶った。感謝する。君達はもう用済みだ。私が与えた偽りの記憶を信じ、戦い続ける君達の姿は実に愉快だったよ」
「ふざ――」
「つまり、我らは貴様の掌の上で踊らされ続けたということか」

 はやてが上げた怒声を制し、静かに問うシグナム。その声色に怒りはなく、むしろ穏やかですらあった。声を発したシグナムだけでなく、他の騎士達も同じようにどこか達観した雰囲気を纏っていた。
 予期していたものとは違う反応に、フェリクスは眉根を寄せる。

「意外に冷静だね。君達が長年苦しんできた原因は私にあるわけだが、それに対して含むことはないのかい?」

 リインフォースと記憶を共有するフェリクスは知っている。シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、守護騎士四騎が、如何に自分達の運命を呪い、嘆き、苦しみ、怒りを感じていたことを。
 それを表立って顕していたのはヴィータのみだが、表面に出さないだけで、他の三人も例外ではない。
 それを与えた元凶が眼前にいるにも関わらず、こうして平静でいることはフェリクスにとって意外かつ興味深いことであった。

「恨みつらみが無いと言えば嘘になるだろうな。だが、それは所詮、過ぎた過去の話だ」
「犯してきた罪から目を逸らすつもりはねぇ。罰は受けるし、償いもしていく。だけど、あたし達にとって一番大事なのは現在(いま)と未来(これから)だ」
「はやてちゃんや執務官が示してくれた道を一歩一歩、歩んでいく。それが私達、夜天の守護騎士の新たな責務」
「そして主とその友に害なすものあらば、その全てを払いのけて進むのみ」

 それは守護騎士達の誓いの言葉。はやてと過ごしたこれまでの時間の中で見出した新たな道。守護騎士達は、はやてやクロノと話し合い、闇の書の闇と決着を付けた後は、管理局に所属し、過去の罪と向き合っていくことを既に決めていた。
 フェリクスに対する怒りや憎悪以上に、今、自分達が手に入れた主とその幸せを守っていく――それが守護騎士達にとって一番の願いだ。
 こうしてはやてと巡り逢い、初めての幸せを手に入れた事を思えば、過去の境遇などなんら問題ではない。全てが語られたことで、かえってそれを感謝すべきかもしれない――そう思えるほどに。

「そんなことより、こうして結界を張ったということは何かしら目的があるのだろう。それを聞かせてもらおうか」

 予想だにしない返答に、唖然とした表情を見せていたフェリクスだが、シグナムの声に我に返ったように肩を竦める。

「いやいや驚いたね。実に面白い変化をしたものだ。まったく、これだから世の中は面白い」

 くくく、と忍び笑いを漏らしながら、ひとしきり笑ったフェリクスは、居住まいを正して、その真意を告げる。

「そんなに大したことじゃない。人間、誰しも新しいチカラを手に入れたらそれを試してみたくなるだろう?目の前にこれだけ力を持った人間が集まっているんだ。手に入れた力を試す絶好のチャンスだと思わないかい?」

 ようやく見えてきたフェリクスの真意に、クロノはグレアムから譲り受けた新型デバイス――氷結の杖、デュランダルを構え直す。フェリクスの目に宿る光と同じものを、過去の犯罪者に見たことがある。半ばそれを確信しつつも、あえて問いを投げかける。

「わざわざ管理局を敵に回してどうする気だ?そんなことをして、君が得をすることはないと思うが」
「損得の問題ではないよ。私が楽しめればそれでいい。如何に管理局だろうと、今の私をどうこうすることはできない。君達が今まで闇の書に対して何も出来なかったようにね。そして何より私は――」

 一呼吸の間を置いて、嗤った。


「絶望と恐怖に歪んだ人間の顔が大好きなんだ」


 その笑みを見たなのは達の背筋を冷ややかな何かが駆け抜け、知らず知らずのうちに一歩後ずさる。
 それは、なのはやフェイト達が初めて感じた純粋な人の悪意。どこまでも禍々しく、歪んだ狂気と言う名の感情。

「ただの愉快犯かよ」

 げんなりと呟く勇斗の言葉にも、フェリクスは余裕の笑みを浮かべて頷き、その視線を勇斗へと固定する。

「まぁ、君が立てた計画が上手くいけば、どうしようもなかったけどね。こうして覚醒できなければ、如何に私といえども防衛プログラムもろとも消滅していた」
「どうせならそのまま消滅してろ。そのほうが後腐れなくて助かる」

 一般人である勇斗からすれば、フェリクスの悪意に恐怖と嫌悪感を抱かずにいられない。それを打ち消すようにわざとふてぶてしい態度を取ると同時に、事態が自分の想像以上に悪化していることに舌打ちする。

「そう邪険にしないでくれたまえ。君には純粋に感謝しているのさ。本来なら私がこうして覚醒するまで、あと数回は主を渡る必要があった。君の人間離れした魔力のおかげでこうして顕現することができた。ありがとう」
「はん。感謝するなら言葉じゃなくて態度で表せ。具体的に言えば、俺に迷惑のかかるような真似するな。誰にも迷惑かけないとことでひっそりしてろ」
「なんで君はそんなに偉そうなんだ」

 自力で立つことも出来ないほど消耗し、アルフに支えられたままの勇斗だが、その言葉と態度だけは普段通り――どころか、更に強気であった。思わず突っ込んだクロノの言葉に他の面々も一様に頷いてしまうほどに。

「……ひょっとして、自分がどういう状況に置かれているかわかっていないのでしょうか?」
「頭の悪そーな顔してるもんねぇ」
「塵芥共の中でも特別なアホのようだな」

 フェリクスの傍らに控える三人にすら呆れられていた。

「うるせぇ、ほっとけ。そもそもお前らはなんだ。どっかで見たような格好しやがって。パチもんですか?2Pカラーですか?アホですか?生まれたてのちびっ子の分際で偉そうにほざくな。100年早ぇ」

 怒鳴り散らすわけではない――が、淡々と喋る勇斗の口調には、傍らで聞いているなのはが思わず「うわぁ」と、呟いてしまうほどに悪意に満ちていた。たし かに三人の少女の容姿は、それぞれなのは、フェイト、はやての三人に似ているが、髪型や目付きなどに差異が見受けられ、身に纏うバリアジャケットやデバイ スの色も、より暗く、闇をイメージさせるものに変じている。本人達と並べてみれば、格闘ゲームなどの2Pカラーと言い張ることも出来なくはない。

「……あいつ、僕がヤッちゃってもいいかな?」
「塵芥風情が……貴様には口の聞き方を教え込んでやる必要があるようだな」

 フェイトとはやてに似た少女は、青筋を立てて、これでもかというほど言わんばかりの殺気を勇斗に向ける。
 対する勇斗はそれを鼻で笑い飛ばし、ますます二人の殺意を煽っていた。

「こ、の……っ!」

 今にも勇斗へと襲いかからんとする二人を制したのは、なのはに似た漆黒のバリアジャケットを纏った少女。

「落ち着いてください、二人とも。あの程度の存在相手にムキになることはありません」
「その通りだ。ゲームを始める前に自己紹介を済ませておこう」

 その少女の言葉に頷くフェリクスは、傍らの少女達を紹介するように指し示す。

「彼女たちは、君たちの言う闇の書の最深部に封印された永遠結晶「エグザミア」と、それを支える無限連環(エターナルリング)の構成体(マテリアル)。それを元に私が創り出した、ヴォルケンリッターに代わる新たな守護騎士のようなものと思ってもらっていい」

 なのはに似たショートカットの少女が、ゆっくりと一礼する。

「理のマテリアル、シュテル・ザ・デストラクター。短い間ですがお見知りおきを」

 青い髪をしたフェイトに似た少女が声を張り上げる。

「僕は強くて格好良い力のマテリアル、レヴィ・ザ・スラッシャー☆君達を永遠の闇に葬る者だ。その魂に僕の名を刻みこむがいい!」

 はやてと瓜二つの姿をした少女が冷酷に口の端を釣り上げて嗤う。

「貴様ら塵芥共の命、この闇統べる王、ロード・ディアーチェに捧げよ」

 三人から放たれる魔力と威圧感――そのどれをとっても、敵として容易ならざる強さを感じさせるには十分なものがあった。

「おまえらがなのは達の姿をしてるのはなんでだ。わざわざそんな姿にする理由がどこにある」

 どこか震えるような勇斗の質問に答えたのは、マテリアル達ではなくフェリクスだった。

「強いて言えば、今回の蒐集した人間達の中でもとりわけ優れた力と資質を持っていた、ということかな。まぁ、私の趣味が占める割合が一番大きいがね」
「つまり……そういうことかよ」

 心の底から沸き上がってくる戦慄を抑えられないのか、わなわなと小刻みに身体を震わせながら、声を絞り出す勇斗。
 次の瞬間には、辺り一帯に響く大声で叫ぶ。





「てめぇ、ロリコンかぁぁぁぁ――――――ーっ!?」




 それを聞いた誰もが思考を停止した。
 その叫びに込められた想いは深く――切なく。静かな怒りが込められていた。

「何がかなしゅーて、なのはやはやてみたいなちんちくりんでぺったんこなロリなんか増やさきゃならんのだ!」
「ちんちくりん?」
「ぺったんこ?」

 悪し様に名前を出されたなのはとはやてが引きつった笑みを浮かべる。

「どーせならアルフやシグナムみたいにもっとこうムチムチで大人の魅力に溢れた若くて胸のデカイ綺麗な美人にせんか、ドアホー!!」
「ちょう黙れ」
「はうっ!?」

 なおも叫ぼうとする勇斗のみぞおちにはやての裏拳が炸裂。蒐集のダメージが抜けていない勇斗は、そのまま沈黙せざるを得なかった。

「あー、っと」
「こほん」

 アルフとシグナムが、勇斗の空気を読まない発言を払拭するように咳払いをする。若干、その頬が朱に染まっているように見えるが、それに突っ込むものはいない。どさくさとはいえ、誉められて悪い気はしていない二人だった。

「……貴様ら、そいつの仲間でいることが恥ずかしくないか?」
「……言うな」

 ディアーチェの憐れむような声に、僅かな間をおいて答えるクロノ。

「……仕切り直しと行こうか」

 気勢を削がれたのはフェリクスも同様で、どこかげんなりしながらも新たな術式の構築と詠唱を始め、その周囲に新たな光が生じる。
 その数は計八つ。光はフェリクスやマテリアル達が現れた時と同じように姿を変じていく。それは、なのは達にとっても見覚えのあるものだった。

「あれは……シグナムさん達?」
「だけど、シグナム達のあの格好は……」
「クロノやユーノに勇斗……アルフまで」

 なのは達の前に立ち塞がったのは、かすかに色素の薄い、勇斗、クロノ、ユーノ、アルフ、そして見たことのない騎士甲冑に身を包んだ守護騎士四騎の姿だった。

「あの姿は……」
「あぁ。昔のあたし達だ」

 新たに出現した、自分たちと同じ姿をした者たちにも、動じることなく分析するシグナム達。
 プログラムである守護騎士達は、システムさえ完全であれば、闇の書同様、何度でも再生可能である。オリジナルともいうべきシグナム達は、フェリクスに よって闇の書から切り離されてしまったが、バックアップデータというべきものはフェリクスの持つ闇の書に保存されている。それゆえ、今やってみせたように 過去のシグナム達のデータを再現することは、そう難しいことではない。

「そして執務官や遠峯勇斗の姿は、蒐集時のデータから創りだした、というところか」
「で、でも、クロノくんやアルフさんは蒐集されてませんよ?」

 苦い顔で呟くシグナムになのはが反論する。なのはの言うとおり、執務官という立場上、常に有事に備えなければならないクロノや、使い魔であるアルフは蒐集されていない。蒐集したデータなど存在するはずがないのだが、リインフォースは静かに首を振る。

「蒐集した者たちの記憶にあるデータを再現したのだろう。直接、蒐集したときより再現度は劣るがな」
「な、なるほど……」

 感心するなのはと対照的に、勇斗は辟易した様子で呟く。

「まるっきり、自分と同じ姿ってのもゾッとしないな」
「本当に……」
「まったくだ」

 勇斗の言葉に頷くユーノとアルフ。マテリアルたちもよく似ているが、細部や雰囲気はオリジナルとは似て非なるものだ。だが、勇斗達のコピーは文字通りの 瓜二つ。並んで立てばオリジナルとの見分けはまったくつかないだろう。本来、鏡などでしか見ない自分の姿をこうして見るのはなんとも奇妙な気分だった。

「さて、お喋りの時間はここまでにしよう。構えたまえ」

 フェリクスの言葉に応じて、マテリアル、そしてコピー達が各々に戦闘態勢を取る。

「リインフォース、行けるか?」
「闇の書の機能はほぼ使えん。私個人の魔力もあまり残ってないな……」

 ザフィーラの声に、苦々しい声で答えるリインフォース。かつて守護騎士達と比してなお、最強を誇った力の大半はフェリクスに奪われており、個人としての力はほとんど残されていなかった。

「ということはユニゾン能力には何の問題もないっちゅーことやな」
「は、いや、しかし、我が主――――っ」
「諦めろ」

 はやての不敵な笑みに、全てを察したリインフォースが反論の言葉を口にしようとして、シグナムに止められる。

「我らが主は一度決めたことを曲げるお方ではない。ならば、騎士として我らが為すべきことは、ただ一つ。――違うか?」

 はやてやシグナムだけでなく、他の守護騎士三人も一様にその視線で諦めろと語っていた。何事か上手く反論しようとしたリインフォースだが、言葉に詰まったように唸った後、やがて諦観のため息を漏らした。

「…………はぁ。お前の言うとおりだな、将」
「ん、主のいうことは聞かなあかんでー」

 それに満足するようににっこりと笑うはやて。

「あなたと言う人は……」

 呆れ半分、感心半分に呟くリインフォース。実戦経験のないはやてを今回のような戦いに加わらせたくないというのが本音であるが、それを許せる状況でもな く、なによりはやて自身がやる気満々である。ならば、融合騎として最善を尽くすのが自分の役目、と気持ちを切り替える。――――信頼できる仲間と共に。

「いくよ、リインフォース!」
「はい、我が主!」

 その声とともに二人は融合<ユニゾン>する。主とその融合騎が一つになることで他のデバイスを遥かに凌駕する力を得る、融合型デバイスのみに許された力。
 はやての髪と瞳の色が白と蒼へと変化し、その身を自身がイメージした騎士甲冑が覆っていく。

「よっしゃ、準備完了や!」

 三対六枚の黒き翼を羽ばたかせ、白の騎士甲冑に身を包み、その手に剣十字の杖を携えたその姿は、闇の書の呪いから完全に解き放たれた、夜天の王に相応しいものだった。

「アルフは、勇斗をお願い!」
「オッケー」
「ぐっ……!」

 フェイトの指示に、アルフは勇斗の身を横に抱き抱えて後方へ飛ぶ。
 自分より経験が浅いはやてですら戦うというのに、自らは何も出来ないもどかしさに歯ぎしりする勇斗。
 普段は自分が戦う必要も意義も見いだせていないが、いざこうして戦いになると自分に力がないことに憤慨してしまう。
 例え、万全の態勢であったとしても自身が何の戦力にもならないことは理解しているが、実際にお荷物として扱われる状況は歯がゆいばかりだった。

「先手必勝、こっちから行くぜ!アイゼン!」
『Jawohl』(了解)

 手にした鉄球を、ハンマー状のアームドデバイス――グラーフアイゼンで打ち出すヴィータ。
 四発同時に打ち出された鉄球が一直線にフェリクス達へと向かう。
 もちろんこの一撃でどうにかなるような相手でないことはヴィータも承知している。あくまで牽制の一撃を先に繰り出し、戦いの流れを引き寄せるための一手に過ぎない。
 実際、ヴィータの予想通り、マテリアル達やコピーはなんなくその一撃を回避――――

「のわ――――っ!?」

 否、約一名ほど、為す術も無く直撃し、幻のようにその体を霧散させた者がいた。
 あまりの呆気無さに、敵味方ともに呆然としてしまう。

「こ、こらぁぁぁっ!なんだ、その弱さは!?弱いにもほどがあるだろっ!?」

 言うまでもなく、吹き飛んだのは勇斗のコピーである。

「あー、いや、そのなんというか」

 コピーを生み出したフェリクス自身もこれは予想していなかったのか、なんとも言えない表情で頬をかく。

「オリジナルが弱すぎたせいでしょうね」
「うわ、しょぼっ」
「口程にもないとはこのことか……」
「実際に弱いから仕方ないな」
「あぁ、結局あたしらにも一発も入れられなかったしな」
「やられてばっかりでしたもんねぇ」
「結局、この半年で大した進歩は見られなかったな」
「うるっせーよっ、こんちくしょうっ!!」

 敵であるマテリアルばかりか、味方の守護騎士達からも酷評を受け、思いっきり涙目で叫ぶ勇斗であった。
 マテリアルたちはともかく、守護騎士たちに悪意はない。ただ単に事実を述べているだけである。

「ならば、これはせめての侘びだ。安らかな闇の中、幻の温もりを抱いて眠るといい」
「――――!?」
「――――なっ!?」

 突如として勇斗を抱えたアルフの目前にフェリクスが出現する。前衛として前に出ていたシグナムやクロノたちを抜いて出現したフェリクスに誰もが驚愕を隠せない。

「さようなら。遠峯勇斗くん」
「……あ」

 フェリクスのかざした掌に吸い込まれるように、アルフの腕に抱かれた勇斗の姿が掻き消えた。


「勇斗くん!」
「勇斗っ!!」

 なのはとフェイトの声が響き渡った。










「……て……さだ…………よ」

 まどろみの中、体を揺さぶられる感覚。どこかで聞いたような懐かしい声。
 その心地良さにいつまでも身を委ねたい衝動に駆られる。

「ほーら、いい加減に起き……って!!」
「おおっ!?」

 頭に鈍い衝撃。寝ぼけていた頭が急速に覚醒し、目を開き、その眼前の光景に絶句する。

「え」
「うん、やっと起きたね。今日は講義の日でしょ。早くしないと遅刻しちゃうよ?」

 そういって目の前の少女は満足そうににっこりと笑う。初めて会った時から随分と伸びた腰まで流れる黒髪。下着にYシャツを羽織っただけの簡素な格好。どれも見間違えようのはずのない、記憶の中にあるものそのままの姿。

「……あ、う」
「?」

 うまく言葉を発することができない。九年間ずっと求め続けたはずの姿がそこにあるのに。話したいことがたくさんあったはずなのに。
 次から次へと感情が溢れて混乱している。

「優……奈」

 ようやく彼女の名前だけを搾り出す。

「ん?」

 不思議そうに首を傾げる彼女が、次の瞬間――慌てたように俺の名前を呼ぶ。

「ど、どうしたの、侑斗!?」
「え、あ、あれ?」

 気付けば俺の瞳から、涙が溢れて出ていた。
 なんで泣いているのか、自分でもよくわからない。自分が直前まで何をしていたのかすら考えることもできず。ただただ溢れ出る感情に翻弄される。

「う……く……っ……あ」

 涙が止まらない。思考も感情もまとまらず、声にならない声で泣き続けることしかできない。こんなに泣いたのは何時以来だろうか。

「大丈夫……大丈夫だよ」

 ふわりと柑橘系の香りとともに、暖かい感触が俺を包む。
 いきなり泣き出した俺に呆気に取られていた優奈が、あやすように俺を抱いてくれたのだ。

「ゆ、う……なぁ……」

 情け無く声を上げて縋りつく俺の背中を、優奈は優しく撫で続ける。

「うん、大丈夫。私はここにいるから……大丈夫だよ」

 頭の片隅で何かが警鐘を鳴らすが、思考が上手く働かない。これは現実じゃない。夢だと何かが囁きかけるが、それでも構わない。
 失ったはずの……九年間追い求め続けた恋人が目の間にいる。それだけで良かった。他の何もいらない。ただ、彼女がいてくれるなら、それで良い。
 忘れかけたはずの記憶が次々に鮮明に蘇っていく。夢でも幻でも構わない。
 自分より大事なモノ。それを再び俺は手にすることができた。

「もう離さない」

 だから――――彼女の体を強く強く抱きしめた。














■PREVIEW NEXT EPISODE■

安らかな闇の中、勇斗は現実から目を背け、眠ることを選択した。
一方、なのはたちと守護騎士は、なのは達以上の力を与えられたマテリアルと自らの過去との対決に臨むのであった。

シュテル『永遠の闇に抱かれて眠りなさい』



※言うまでもありませんが、フェリクス・アンゾルゲおよび、マテリアル達の一部設定は当作品のオリジナル設定となっています。

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UP DATE 11/1/11

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