リリカルブレイカー

 

 

 第34話 『以後、お見知りおきを』

 




「と、いうわけで今日から新しい友だちになる海外からの留学生です。フェイトさん、どうぞ」
「あの、フェイト・テスタロッサと言います。よろしくお願いします」

 そう言って教室の壇上で挨拶するフェイトは、見ていて気の毒になりそうなくらい緊張していた。
 俺やなのは達に気付いてあの状態なのだから、そうでなかったらどうなっていたのやら。
 微笑ましくもあり、少しだけハラハラドキドキものだが、これが子を持つ親、もしくは弟や妹を見守る兄の心境というものだろうか。
 しかし、まぁ、世の中、色々上手く回っているものである。頬杖をつきながらこうなった経緯を思い返す。

 フェイトの裁判の結果は、想定通り保護観察処分ということで、実質無罪。プレシアに関しては数百年単位の幽閉という処分――が本来の実刑になるはずだっ たのだが、例のロストロギアの影響下にあったことで正常な状態ではなかったこと、その他司法取引もろもろに加え、プレシアの病気のこともあって、管理局の 監視下にある病院で療養中らしい。魔力の大幅封印や、外出禁止などの多くな制限はあれど、ある意味では無罪のようなものである。
 闇の書事件についてフェイトとなのはに話した結果は、こちらも当然のように二人の協力を得られた――どころか、何故もっと早く話さなかったのかと逆に怒られた。既にはやては二人にとっても友人なので、こちらも想定の範囲内ではあったのだが。
 そんな訳でこちらの予定通りことは進み、なのは・フェイトVSヴィータ・シグナムの模擬戦を経て(結果はもちろんヴィータ・シグナムの圧勝)、二人の同 意のもと、リンカーコアを蒐集。現在はなのはとフェイトのデバイス強化、アースラのアルカンシェル取り付け及び、メンテナンス待ちといった状況である。な のフェイの回復と、それらが終わり次第、二人のリハビリ代わりの模擬戦を行い、俺のリンカーコアを蒐集、闇の書消滅作戦実行という手はずである。
 で、何故フェイトが聖祥に転入しているのか?アースラの整備中、リンディさんらアースラクルーがヴォルケンリッターの監視という名目で海鳴に引っ越して くるのは想定どおりだったが、それにフェイトまでついてきたのは、少しばかり意外だった。フェイトの性格を考えれば、入院したプレシアの傍を離れないだろ うと思っていたからだ。
 それについてフェイトにそれとなく聞いてみたところ、「母さんがね、私ぐらいの子供はちゃんと学校に行って、友達と過ごす時間を大事にしなさい。それ で、どんなことがあったのか一杯聞かせてねって言われて……」、ということらしい。寂しさ半分、嬉しさ半分といった感じのフェイトに俺の保護欲が大いに掻 き立てられたのは、秘密である。
 そんなわけで、週に一度プレシアに会いに行くのが、フェイトの一番の楽しみでもあるらしい。
 よくよく考えれば、原作と状況が違っているのにも関わらず、わざわざリンディさん達が引っ越してきたのは多分にフェイトの為だったのだろう。あらかじめ プレシアと話し合った結果、こうなるようにしたのかもしれない。真相はどうなのかわからんが、フェイトが幸せそうならば、まぁ、いいやと思う。

 などと俺が思い耽っているうちに、朝のホームルームは終了し、フェイトはクラスメイトたちに囲まれ、質問攻めに遭っていた。
 うむ、こうして大勢に囲まれて質問攻めに遭うとか一種のイジメやね、これは。
 人事のように生暖かく見守っていたのだが、ちょうど人ごみの隙間から、ばっちりとフェイトと視線が合ってしまう。

(ど、どうしよう!?)

 念話を使わずとも、その表情が如実にそう語っていた。
 いや、うん、俺に言われても困る。自慢じゃないが、人を仕切るのは得意じゃないぞ、俺。知らんぷりしようにも、フェイトの視線は俺から離れず、切実に助けを求めてきていた。今にも念話を使ってきそうな勢いである。

『ど、どうしよう、勇斗?た、助けて』

 うわぁい、本当に念話使ってきましたよ、おい。ええぃ、その捨てられた子犬のような目はやめぃ!
 たまらず俺は視線をそらし、学級委員長にゼスチャーで助けを求める。
 幸い、聡明な委員長様ことアリサ・バニングスはすぐさまこちらの意図を察したようで、大きく頭を振りながら、クラスメイトの輪へを向かっていく。

「はーいはい、転入初日の留学生をみんなでよってたかって、わやくちゃにしないの!」

 アリサの視線が「貸し一つね」と語っていた気がするのは気のせいだと思いたい。多分。

「あはは、フェイトちゃん大人気だね」
「まぁ、小学生の転入なんてこんなもんだろ」

 手際よくクラスメイト達の質問を仕切っていくアリサの姿に、ホッと肩の力を抜いたところにやってくるすずかとなのは。

「自分でフェイトちゃんを助けに行かなくて良かったの?」

 と、どこか含みのある言い方をしてくるなのは。こいつはいまだに俺とフェイトの仲を変な方向に解釈しようとしていやがる。

「適材適所。ああいうのはアリサに任せる。俺の出番じゃないやい」
「あはは、そういうことにしてあげるよ」
「そういうことにしとけ」

 意味深に笑いあうすずかとなのはにちょびっとだけイラッとするが、ここでムキになってしまっては大人として負けである。
 紳士たるもの、この程度で感情を顕にしたりなんかしないのである。

「あ、お昼、私達はフェイトちゃんと一緒に食べるんだけど、ゆーとくんはどーする?」
「いきません」

 ニヤニヤと聞いてくるなのはに即答。聖祥は給食ではなく、弁当持参なので基本的には仲の良い友達同士で、屋上や中庭、教室など適当な場所で食べるもので ある。無論、俺らくらいの年齢だと、流石に普段から男女混合というグループは少なく、それは俺とて例外ではない。放課後は一緒に遊んだりするようになって も、昼飯まで一緒に食べたりはしてない。

「えー、フェイトちゃん、ゆーとくんと一緒にお昼食べるのすっごく楽しみにしてたよ?」
「うんうん、友達としてフェイトちゃんの期待を裏切っちゃいけないと思うな」
「…………」

 二人の悪意が透けてみえるのはきっと気のせいじゃないと思う。
 それでも相手がこの二人、いやアリサを加えた三人ならば、俺は難なくいつもどおりの悪友との昼飯を過ごしていただろう。別にフェイトと昼飯を食べるのが 嫌なわけではないが、わざわざ学校で女子四人に混ざって昼飯というのは流石に気恥ずかしいものがあるのは否定出来ない――気もしたけど、よくよく考えたら 夏の祭り以降、その辺りの感覚は大分麻痺してたな、そういや。でも、さすがに昼飯まで一緒にするのはなぁ……。




――昼休み。

「え、勇斗は一緒じゃないの?……そっか。ちょっと残念、かな。あ、いいよ、全然気にしないでっ、私は全然平気だから」

 あからさまに肩を落としながら言っても説得力ありません、フェイトさん。というか、クラス中の視線が俺に集まって、俺が悪役ムードなのですが。
 はぁ、と静かにため息をつきながら覚悟完了。仕方ないね。

「今日だけだかんな」
「あ、うん!」

 俺が弁当を持って横に並ぶと、フェイトの顔がパァッと花が綻ぶような笑顔で頷く。やれやれである。そこの三人組、ニヤニヤした顔でこっち見んな。







「な、なんだかいっぱいあるね……」
「まぁ、最近はどれも同じような性能だし、見た目で選んでいいんじゃない?」
「でもやっぱ、メール性能がいいヤツがいいよね」
「カメラが綺麗だと色々楽しいんだよ」
「うぅ……」

 三方からの異なる意見を浴びせられながら、フェイトは唸りながら携帯電話のカタログとにらめっこしていた。
 三者の意見がそれぞれ分かれてて、初心者を混乱させるなよとは思いつつも、眼前の光景自体は微笑ましくもあり、何も問題ない。
 問題なのは……

「何故、俺の席に集まる?」

 わいわいがやがやと集まるこの四人は、何故か休み時間にわざわざ俺の席に集まっていた。
 四人の誰かのとこでいいじゃん?

「だって、ゆーとくん自分からは絶対にこないし」

 微妙に不満そうに頬をふくらませるすずかに手に持った本を見せる。

「見ての通り、俺は読書中なのですが」
「そもそもフェイトちゃんの為に携帯のカタログ集めてきたのゆーとくんだよ?」

 俺の言葉は華麗にスルーされ、なのはは相変わらずニヤニヤとした視線を向けてくる。
 うん、たしかに昨日家電量販店にガンプラを買いに行ったとき、フェイトが携帯を持ってないことを思い出して、ついでとばかりにカタログを集めて持ってきたのは俺だ。

「カタログはお前らに渡したんだから、別に俺のとこに来る必要ないよね?」
「何言ってんのよ。そこまでしたんなら男として最後まで面倒見なさいよ」
「誤解を招く言い方はやめぃ」

 ジロリと睨みつけるが、アリサはふふんと胸を張るばかりでまるで意に介さない。わざとやってないか、こいつ。

「ごめん。迷惑、だったかな?」
「いや、そんなことはないけどさ」

 シュンとするフェイトに慌てて言い繕う。迷惑というか単純な疑問なだけで。

「それでゆーとくんからフェイトちゃんへのアドバイスは?」
「や、なんでもいいんじゃない――か?」

 さらりと流れを無視するすずかへの返答に、三方から冷たい視線が突き刺さる。
 俺にどうしろと?当のフェイトはそっかー、と頷いて再びカタログに見入ってるから問題ないだろーが。

「……適当に目星つけて、後は店頭で実際に見て決めればいいんじゃないか。もしくは誰かと同じのとか」
「そっか。そういうのもありだね」

 三人の視線に耐えかねてそう口にしたところ、フェイトは素直にうんうんと頷くのに対し、

「微妙に的外れだよね、ゆーとくんて」
「30点」
「意外とへたれ?」
「……どう答えりゃ満足なんだよ」

 フェイトに聞こえないように、それぞれ好き勝手呟く三人に対して、俺は深く深くため息をついた。




「どうしてこうなった」

 結局、放課後も四人に付き合って、フェイトの携帯を買ってそのまま翠屋コースまで付き合わされてしまった。なんかもうどっと疲労感で一杯である。
 でもまぁ。なのは達と楽しそうに携帯を弄るフェイトを横目でチラリと見る。会ったばかりのどこか暗い雰囲気を持ったフェイトも良いが、女の子はやはりこういったニコニコとした楽しそうな笑顔が一番似合う、フェイトを見ていると、こちらもなんだか癒された気分になる。

「ね、ゆーとくん」
「んー?」

 正面に座ったすずかの声に向き直りながら、生返事を返す。

「フェイトちゃんと一緒にいて楽しい?」

 いきなり何を言い出すのだろうか、こやつは。言葉の代わりに、白けた視線をそのニヤけた顔に目一杯送ってやることにする。

「ふふっ。フェイトちゃんを見るときのゆーとくん、どんな顔してるか気付いてる?」
「…………」

 とっさに言葉を返せず、思わず押し黙ってしまう。

「どんなって……普通、だろ?」

 わずかの間を置いて口にした言葉は、自分で思っていたより力がなかった。それはすずかにも伝わったらしく、クスクスと小さく忍び笑いを漏らし、それがまた俺を憮然とさせる。

「ふーん、あれがゆーとくんの普通なんだ?へー、へー」

 何時になく挑発的なすずかに対し、無言で指先を曲げ、こいこいと手招きする。

「?……わっ」
「おまえもなのはも無駄に勘ぐりすぎだっつーの、こら」

 無防備に顔を寄せたすずかの頬を突っつく。子供特有のぷにぷにとした感触が指先を押し返すが、気にせずグリグリと押し付ける。

「ご、ごめんなさい、あはは」

 笑いながら誤っても、まるで誠意が感じられんのですが。まぁ、許してやるとしよう。

「みんな仲良いんだね」

 すずかとじゃれ合っているところをしっかりとフェイトに見られたらしく、こちらもなんだか楽しそうにニコニコしていた。こっちが送ったビデオメールでもそれなりに雰囲気は伝わっているはずだが、こうして一緒の場にいるとまた違った感慨があるのだろう。

「うむ、見ての通りだ」

 あえて否定するほどのことでもなかったので首肯すると、なのはが呆れたような視線で口を開く。

「いつものことだけど、ゆーとくんてすっごく偉そうだよね」
「うむ。頼もしいだろう?」
「いやいや、意味わかんないから」

 ビシッとアリサから裏拳で突っ込みをいれられた。俺なりに意味はあるのだが、わざわざ口にして語るほどのものではない。

「フッ」
「何よ、その意味深な笑いは」
「いや、別に?ふっふっふ」
「すっごい悪人の笑みだよぅ」
「ゆーとくんて、そーゆう表情似合うよね」

 口の端をわざとらしく釣り上げて笑ってみたら、なのはとアリサは思いっきり嫌そうな顔で引き、フェイトとすずかは何故か笑っていた。

「そうだろう、そうだろう」
「褒めてない褒めてない」

 心底疲れた顔で呟いたアリサは、今見た嫌な光景を振り払うように頭を振り、フェイトへと向き直る。その表情は何時になく真剣なのだが、どこか慄いているように見えるのは気のせいだろうか。

「ね、フェイト。さっきから不思議に思ったことあるんだけど一つ聞いていい?」
「ん、何?」

 フェイトが頷くと、アリサは一呼吸置いて言った。




「なんであんた、ガンダム知ってるの?」


「……え、と?」

 アリサの質問の意図がわからず、首を傾げるフェイト。俺の方はあぁ、とアリサの言いたいことに察しがついたが、口を挟まずに見守ることにする。

「こっちの常識、じゃないの?」

 きょとんと答えるフェイトに、アリサは大きく頭を振る。

「たしかにガンダムを知ってるくらいなら私も驚かないわ。ガンダムが世界的に知名度が高いのは確かなんだろうけど……でもね」

 そこで言葉を切ったアリサは、俺に向かってビシッと指をつける。

「女の子で海外に住んでたあんたがアレと語り合えるほど詳しいのはおかしいでしょ!」

 アリサが言ってるのは家電量販店で携帯を買った後の出来事である。ようはフェイトの買い物ついでにいつもの習性で俺がガンプラコーナーを覗き、ついてき たフェイトとそこに並んでたガンプラについて小一時間ほど語り合ってたことについてである。まぁ、語り合ってたといっても、一方的に俺が解説してたような ものだが。
 無論、一般的な女子小学生ならば、そんなものを聞いて楽しいわけがないし、俺とてそのくらいは理解しているのでアリサ達に講釈じみたことをしたことはな い。が、フェイトはというと、実に興味深げに話を聞いて一々感心してくれたので、俺としてもつい熱の入った講釈をしてしまった。もちろん、アリサ達は話に ついていけず置き去りである。自分の好きなものになると熱くなるオタクの悪い癖である。ちょっと反省。

「そう、なの?」
「そう!なんであんなに詳しいのよ!?」
「え、と、勇斗にXとGのDVDを貸してもらって、あとGジェネレーションFっていうゲームを本体ごと借りてクリアしたから?」

 どこかおかしい?、といった感じに首を傾げるフェイトに対し、アリサがもの凄い勢いでこちらへ振り返る。

「次にアリサはやっぱりお前かと言う」
「やっぱりお前かーっ!?、って言わせたのはあんたでしょう!?」

 グイグイと頬を引っ張れる。理不尽な。

「はひかほんひゃいへも?」
「問題大ありよ!フェイトに何を見せてるのよ!」

 俺の頬から手を離し、胸を張って吠えるアリサへ、俺はニヤリと笑って言い放つ。

「自分の好きなモノを人に勧めるのに何か問題でも?別に無理に見せたわけでも押し付けたわけでもないぞ?」
「……う」
「フェイト自身が確かめて、自分で気に入ったんだ。人の趣味嗜好に文句をつける気か?」
「……くっ」

 俺の正論にアリサは悔しそうに言葉を詰まらせる……が、やがて諦めたようにため息をついた。

「……はぁ。別にあんたの趣味嗜好にとやかく言う気はないけど、フェイトを変な方向に引き込むのだけはやめてよね」
「うむ、大丈夫だ。まかせとけ」

 日本の小学校の一般常識を教える意味でも、絶対無敵な地球防衛組のDVDセットも見せたから問題ない。あと基本として仮面ライダーBLACKも。

「二人は何の話をしてるの?」
「えーと、ガンダムは世間一般的にはあまり女の子が見るものじゃないかなぁ、と」
「そうなの?」
「うん、割合で言えば少ないほうかな。でもXとGから入るなんて、ゆーとくんて、やっぱりマニアックだよね」
「ほっとけ」

 趣味が入っているのは否定しないが、これはフェイトに対する情操教育も兼ねているのだ。フェイトに対する羞恥心を覚えさせるのに何がいいか、色々考えた ものの、結局良い案が思い浮かばず、とりあえず一般的な男女間というか恋愛観みたいなものを覚えさせるのが間接的に羞恥心を覚えるのに繋がるかなー?とい う自分でも強引過ぎる結論ゆえの選択だ。Xはガンダムにしてはラブコメ要素が強いからちょうど良かったんだよ。地味だし、子供受けはしなさそうだけど!G も色々アクが強いけど、普通に熱いし面白いし、ラブあるし。
 って、うん?フェイトの疑問に答えていったなのはとすずかだが、今の発言には引っ掛かるものがある。

「もしかしてすずかもガンダムわかるの?」

 俺と同じことをアリサも気付いたらしく、俺が言おうとしたことをそのまま代弁してくれた。

「お姉ちゃんが機械弄りとか好きで、前から結構ロボットもののアニメとかは見てて。私が機械系とか工学系とかに興味あるのもそれに影響受けてたり……」

 えへへ、と照れたように笑うすずか。
 なのはもアリサも親友の意外な一面に絶句している。フェイトだけ事態が飲み込めず、きょとんとしているが。
 意外だ。普段のすずかの外見と性格からは想像も付かなかった事実に俺とて驚愕を禁じえない。物凄く意外だけど、元凶が忍さんというあたりでなにか物凄く納得した。ノエルにわざわざロケットパンチをつけるような人間ならそれも頷ける。
 今まで話題にしなかったのは、なのはやアリサに遠慮してのことだろう。俺と二人きりで話したことはないし。

「もしかしてガンダム以外も網羅してたりする?」
「うん、スパロボに出てくるやつなら一通り見たことあるよ」
「…………」

 さらりと言ってのけるすずかだが、もしかして俺より詳しかったりするのだろうか。
 すずかの底しれぬ恐ろしさを実感した気分だった。

「お嬢様方、こちらはサービスになります。どうぞ、お召し上がりください」

 そんな声とともに、テーブルの中央にフルーツタルトの皿が置かれる。
 聞き慣れた声に声の主へと目を向けると、ロングコートを来た三十代後半の男が立っていた。
 俺にとって見慣れた、またフェイトを除いた三人にとって面識のある男は人懐こい笑顔を浮かべて軽く会釈し、なのはたちもこんにちわーと気軽に挨拶を返す。
 男は初対面であるフェイトへと向け、一人ほうほうと、したり顔で頷く。何を考えてるのか微妙に想像つくのが嫌だ。

「え、と?」
「これは失礼。初めまして、フェイトちゃん。勇斗の父、遠峰相馬です。よろしく」

 一人、事態が飲み込めず混乱するフェイトに向かって自己紹介をする我が父。

「え、勇斗のお父さん?は、はじめまして、フェイト・テスタロッサです。よろしくお願いします」

 流石にこの展開は不意打ちというか想定外だったらしく、フェイトは必要以上に慌てふためきながら、挨拶を返す。

「そんな緊張しなくていいぞ。俺が言うのもなんだけど、適当な扱いでいい」
「おいおい、せっかく帰って来たばかりの父さんに向かって随分だな」

 くしゃくしゃと俺の頭を撫でる父親をジロリと睨めつける。

「自分の息子を差し置いてその友達に挨拶をするのはどうなんだ?というかなんでここにいんのさ」
「もちろん可愛い息子に会いに来たにきまってるじゃないか!はっはっは、お前の居場所は携帯のGPSでいつでも把握してるからな!」

 グリグリと頭を撫でられながら思う。うむ、我が父ながら相変わらずテンション高い。

「……え、と?」
「あぁ、うちの父さん、普段は海外出張に行ってること多くてさ。今日、ちょうど日本に帰ってきたばかりなんだよ」

 相変わらず混乱状態の続くフェイトへ簡単に事情を説明する。なのは達は授業参観やら、うちに遊びに来たときに面識があり、その時にさらっと事情は説明済みである。
 余談ではあるが、フェイトに貸したDVDの持ち主はあくまで父さんである。俺が誕生日プレゼントに強請ったのもあるが、小学生が自力で多数のDVDセッ トを揃えられるはずもない。良く言えば、少年の心を忘れない大人。身も蓋もない言い方をすれば、子供を卒業できない大人のオタクである。母さんも若干、こ の趣味には辟易気味だが、かなり前から諦めてるようだ。

「フェイトちゃんのことは勇斗からよく聞いてるよ。可愛くて良い子だってね。かなりひねくれてた子だけど、勇斗のことこれからもよろしく頼むよ」
「あ、はい、こちらこそ」

 可愛くて良い子、というあたりにフェイト以外の三人のニヤニヤした視線が俺に集中してくる。たしかに言ったけど、断じて自発的に言ったのではない。あくまで客観的意見を述べただけで俺の主観で言った訳ではない。いや、主観的に見ても間違ってはいないけど。

「うんうん、なんなら私のことはパパと呼んでくれて構わないからね。フェイトちゃんみたいな可愛い子ならいつでも勇斗の嫁に来てくれて構わないよ。なんなら養子でもいい」
「え?パパ……?」

 突然のことに何を言われたのかわからなかったらしく、一瞬、首を傾げるフェイトだが、すぐにその意味を理解したのか見る見る間にその顔が赤くなってい く。俺としては赤くなったフェイトがとても可愛いのでもっと見ていたいが、ここらで助け舟を出しておかないと色々まずい気がして仕方ない。

「軽い冗談だから、真に受けなくていいからな。なのは達がウチに来たときにも同じこと言ってるから」

 そのことを思い出したのか、なのは達は一様に苦笑いを浮かべている。なのはもアリサも今のフェイトと同じように慌てふためいたのは、まぁ、俺も見ていて楽しくはあったけど。

「冗談だとは心外だな。お父さんはいつでもどこでも本気だぞ?フェイトちゃんやすずかちゃんたちのような可愛い女の子が娘になるというのは父親冥利に尽きるというものだ」
「ええい、小学生に言う言葉か!いいからもう帰れ!」

 割と本気で言ってるようだからこの父親も困ったもんである。俺の一喝もなんのその。軽く肩を竦めただけで堪えた様子はまるでない。

「はっはっは。言われなくてもこの辺で失礼するよ。なのはちゃんのお父さん、お母さんや、リンディさんとも話をしていきたいからな」

 そう言って、いつのまにかリンディさんと桃子さんたちが集まってる一角を指差す。どうやら、俺らの席に来るまでに軽い挨拶は済ませてきたようだ。

「勇斗ー、帰るときは久々にお父さんと一緒に帰ろうな〜」
「あー、はいはい」

 しっしと邪険に追い払い、ため息をつく。嫌いじゃないけど、人に紹介するには若干恥ずかしい父親であることは否めない。まぁ、母さん同様、こんな俺を一人息子として大事に扱ってくれる有難い家族ではあるのだけど。

「あはは、相変わらず楽しい人だね。ゆーとくんのお父さん」
「……俺はすごく疲れるぞ」
「ああして話してるの見てると、やっぱりゆーとのお父さんって感じするわ」
「うんうん、親子って感じするよねー」

 うん、素直に喜べない。どう考えても褒めてないぞ、こいつら。

「パパ……お父さん、かぁ。……うん、でも……」

 もしもし、フェイトさん?聞こえてきた呟きの元を辿ると、フェイトは何やら真剣な表情でぶつぶつと呟いていた。
 おーい、と声をかけようとしたところで、フェイトにとって父と言うべき存在がいないことを思い出し、思い留まる。リンディさんの養子になった場合もしかりだ。この場合、どう言ったものか。
 よくよく思い返してみれば、はやても両親は不在である。一応、うちの両親にははやての家庭環境のことは伏せているが、一年以上もの付き合いでそれとなく 気付き、はやてに対しても、実の息子である俺と同じように接している。フェイトが望みさえすれば、父さんも母さんも、実の子どものように接してくれるのは 間違いない。
 しばしの間、言うべき言葉を迷ったが、意を決して口を開くことにした。

「まぁ、フェイトさえ良ければ好きに呼んでくれていいぞ。父さんは間違いなく喜ぶから」

 我ながらなんとも気の利かない台詞である。

「えっ、あ、わ、私は別に」

 またしても慌てふためき、弁明するフェイトに少しだけ苦笑する。プレシアが存命している中、リンディさんから養子の話が出てるかどうかはわからない。が、フェイトを一人の子どもとして扱ってくれる人間は多ければ多い程良い。

「遠慮すんな。フェイトがしたいようにすればいい。誰に迷惑をかけるでもない。むしろ、父さんは喜ぶだけだから」
「あ、えっと……」
「んな真面目に考えなくていいから、適当でいいって適当で」

 真剣に答えようとするフェイトにやっぱり苦笑を禁じえない。

「ね、ね、ゆーとくん」
「……なんだ?」

 異様に目を輝かせたすずかに嫌な予感が全開である。

「ひょっとして、今の遠まわしなプロポーズ?」
「え?」
「わ」
「へぇ」
「…………」

 フェイトが驚きの声をあげ、なのはとアリサが興味深げに声を漏らす。

「いやいや違うから。なんでそーなる」
「えー、だって?今のは普通に考えたらそう取れるよ?」
「普通じゃないから」
「え、あの、勇斗?」
「そんな意図はないから安心していいぞ。あんまりこいつらの言う事、真に受けるな」
「あんたが言うなが、あんたが」
「ええぃ、やかましい」
「またまたー、ゆーとくんの照れ屋さん」
「おまえ、生意気」
「あいたっ!?なんで私だけデコピン!?」
「やりやすかったから」
「酷っ!?」

 そんなこんなでフェイトが転入してからも、相変わらずの日常が続いたのであった。






 あっと言う間に時は流れ、ついに闇の書を完成させる時が来た。
 既に場所は無人の管理世界。この場にいるのは、俺、フェイト、なのは、ユーノ、クロノ、アルフに加えてはやて、ヴォルケンリッター、リインフォースのみで、他には虫一匹すら見当たらない見渡すかぎりの荒野だ。
 ここで俺のリンカーコアを蒐集して、闇の書を完成、はやてが管理者権限で闇の書の防衛プログラムを排出、俺以外のメンバー全員で防衛プログラムのコアを露出させ、アルカンシェルでドカン、という手筈になっている。
 闇の書は現在、管制人格ことリインフォースの起動に必要な400頁まで蒐集完了している。さすがにクロノ達管理局正規の人間は、有事の時に備える必要が あったため、蒐集はできなかったらしいが、蒐集を開始した時期が早かったこと、なのはとフェイトの協力もあって、かなりゆったりしたペースで蒐集は進んだ らしい。
 あとは俺のリンカーコアだけで残り266頁を蒐集すれば、めでたく闇の書は完成する。つーか、なのはやフェイト達でさえ、50頁いかなかったことを考え ると、我ながらどれだけ非常識なんだと思う。どのみち、自分じゃ全然扱いきれてないんだけど。管理局の調査によれば、実際は俺のリンカーコアからは260 頁より多く蒐集できるらしいが、蒐集期間に余裕があったこと、完成時に確実に周りに被害を出さないこと状況を作ることを優先した結果、一番最後に蒐集する ことになった。蒐集の犠牲になった野生動物には申し訳ないが、防衛プログラムの暴走に巻き込まれるはマシと思ってもらうしかない。

「むぅ、流石に緊張するな」

 いざ、闇の書にリンカーコアを蒐集される段階になると、さすがの俺も緊張を拭いきれない。フェイトもなのはも例外なく、蒐集された後は気を失っているからなぁ。

「おまえが緊張してどうする。どうせ蒐集した後は何もしないだろうに」
「いや、まぁ、そうなんだけど。計画の発案者としてはやっぱこう、責任感みたいなものを感じるじゃん?」
「え?ゆーとくんにそんなんあったん?」

 シグナムとはやてが酷い。

「失敬な」

 が、どうやら俺の味方は一人もいないようで、他の面々も釣られたように笑いを上げていた。

「そんな心配せんでもへーきや。私にはリインフォースがついとるし、ばっちりや」

 と力強く宣言する車椅子の少女――八神はやてはいつも以上に、気合が入っていた。
 400頁の蒐集が完了した時点で、はやては検査やその他諸々の準備の為に、アースラ艦内で保護されていた。その間に管制人格にリインフォースと名づけ、 色々な話をした結果、はやては今まで以上に色々ご機嫌なのである。(俺は知らなかったが、400頁以上の蒐集と主であるはやての許可さえあれば、力は行使 できないまでも実体化までは可能らしい)
 闇の書の完成させてしまえば、否応無く別れることになるリインフォースの存在をシグナム達がはやてに伝えたのは、防衛プログラムの破壊という目的を抜き にしても、可能なかぎりはやてとリインフォースの想い出を増やそうという意図があったのだろう、と思う。例え、共に過ごした時間が短くともそれははやてに とっても、リインフォースにとってもかけがえのない宝物になるのだから。

「それにシグナム、ヴィータやシャマル、ザフィーラもおるし、なのはちゃんたちもバックアップしてくれる」
「そういうことだ。リーゼ達もなにかあったときにフォローできるよう、アースラで待機してくれている。大概のことはどうにかできるよ」
「そうそう。クロノくんの言うとおり。皆で力を合わせればきっと大丈夫」
「うん。その為にバルディッシュもレイジングハートも新しい力を手に入れたんだしね」

 はやての言葉にクロノも頷き、なのはとフェイトもそれぞれのデバイスを手に頷く。

「まぁ、たしかにこれだけの面子が揃っててどうにかできないことのほうが少ない気はするけどな……」

 どいつもこいつもAランク以上の猛者で、全員でひと暴れすれば小国ひとつくらいなら簡単に制圧できそうだから困る。頼もしいと言えば頼もしいのだけど。
 が、俺以外に不安を抱いていたものがもう一人存在したらしい。

「主、本当に闇の書を完成させてしまうのですか?もっと時間をおいてからのほうが……」
「おめーはまだうだうだ言ってんのか。はやてがやるって決めたんだから、いい加減、覚悟決めろ」

 一人、おろおろとうろたえて、ヴィータに叱責されたは、言わずとしれた闇の書の管制人格ことリインフォースであった。

「いや、しかし、万が一、主が管理者権限を取り戻すことができねば……」
「せやから、それは私がなんとかするから平気やって言うてるやろー」

 このやりとりは何度か繰り返してきたようで、はやてもいささか辟易してるようだった。
 リインフォースの心配していることもわからなくはない。もし、はやてが管理者権限を使うことが出来ず、暴走を許してしまうようなことになれば、クロノがグレアム提督から譲り受けた氷結の杖――デュランダルで、はやては凍結封印をされてしまうからだ。
 もちろん、守護騎士一同やなのは、フェイトも、その対応について積極的に賛同しているわけではない。だが、闇の書を完成させなければはやての命は失われ るし、暴走してしまっても結果は同じ。次善の策として、はやてが凍結封印されるのは、はやて自らが望んだことでもあり、闇の書からはやてを解放する手段を 模索する時間を得るためのものであるのだ。それについてはこの場の誰もが納得済みのはずなのだが、リインフォースだけは未だに踏ん切りがつかないようだっ た。

「みんなが手伝ってくれてここまでこれた。だから今度は私達の番や。大丈夫、みんなの想いをムダにしないためにも、絶対に成功させてみせる、ええな?」

 リインフォースを自分の目線の高さまでかがませ、母親が子供に言い聞かせるように説き伏せるはやて。体格や年を考えれば立場的には逆なのに、それはどこか滑稽なようで、微笑ましい光景であった。

「……了解しました。我が主」

 やがて、はやての真っ直ぐな視線にリインフォースも負けたようで、渋々と頷く。

「ん、それでこそ、闇の書――いや夜天の書の祝福の風や」

 そんなリインフォースをはやては満足そうに見つめ、こちらへ向き直る。

「じゃ、ゆーとくん」
「おう」

 呼ばれて、はやての前に一歩進み出る。

「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」
「うぃっす」

 はやての脇には既に指輪型のデバイス――クラールヴィントと闇の書をスタンバってるシャマルが控えている。

「それじゃ、みんな、後は手筈どおりに。何が起きても、すぐに対処できるよう構えておいてくれ」

 クロノの指示に各々が返事をして、俺とシャマルを囲むようにして距離を取り、円陣を組む。

「それじゃ……行きます!」
「…………っ!」

 シャマルがクラールヴィントを用いて作成した『鏡』へ腕を差し入れると同時に、何かが俺の身体を貫く感触。痛みそのものはほとんどないとはいえ、自分の胸から人の腕が生えている光景はなんとも言えない不快感があった。

『Sammlung.』(蒐集)

 シャマルの手にした闇の書が、俺のリンカーコアから魔力を蒐集していく。

「あ……ぐっ!」

 全身から力を、いや魂を抜かれるような感触に思わず声が漏れる。
 一瞬――もしくは十数秒か、いつ終われるとも知れぬ感覚の中、悲鳴じみた声が聞こえてきた。

「――な、何これ!?」

 最初に聞こえたのはシャマルの声。

「蒐集が止まらない――そんな馬鹿な!?」
「一体、何が起きている?」

 リインフォースやシグナム達の声が聞こえるが、朦朧とした意識の中では何が起きているのか判別できず、ただ自分の中の力だけが奪われていく。

「うっ……くっ…………あぁっ!?」

 闇の書に吸われる力が勢いを増し、全身を針で突き刺されたような激痛が襲う。

「勇斗!」
「ゆーとくん!」

 フェイトとなのはの声が聞こえた、次の瞬間――――その痛みは消え失せ、代わりに全身に大きな衝撃を受けて吹き飛ばされた。

「あ……く、な……にが?」
「大丈夫かい、勇斗!」

 吹き飛ばされた俺はアルフに抱きとめられたようだった。背中に柔らかな感触を感じながらも、途切れそうな意識を繋ぎ止め、目をうっすらと開く。
 そこには禍々しい紫色の光を放つ闇の書。
 蒐集したはずのシャマルも、俺と同様に吹き飛ばされたらしく、ザフィーラとシグナムに支えられている。
 リインフォースやヴィータも驚愕と動揺を顕にしていることから、これが想定外の事態であることは理解できるが、何が起きているのかまったくわからない。

「これは……封鎖領域か!?」

 闇の書を中心として結界魔法が発動する。ザフィーラがそれを察知したとき、この場にいる誰もが行動を起こす前に囚われていた。

「なにか、ヤバイ!皆、一箇所に固まれ!」

 クロノの声に、みんなが俺の周りへと集まっていく。はやてと俺を最後方に据えながら、闇の書を警戒する。

『Anfang.』(起動)

 闇の書がそう発音した直後、闇の書を取り囲むように3つの光が出現した直後――その声は辺り一体に響いた。

「あああああああああぁっ!?」
「リインフォース!?」

 リインフォースの身体を闇の書が発しているのと同じ光が包み込み、すぐにその光はリインフォースから離れ、闇の書と同化する。
 何が起きてるのかわからず、呆然としている間に、三つの光と闇の書はうっすらと人の形を取っていく。
 闇の書は細身の若い男、そして三つの光は見覚えがある――しかし確実に異なる少女たちの姿へと。

「なのは……?」
「フェイト、ちゃん」
「そして主はやて……か」

 細身の男に見覚えはない。が、少女の姿は纏っている衣装や、髪、瞳の色こそ違えど、それぞれなのは、フェイト、はやての姿をしていた。

「貴様ら……何者だ!?」

 はやてを守るように立つシグナムがレヴァンティンを構え、問い掛ける。
 男を中心にして浮かぶ少女の内の一人――ショートカットの髪型をしたなのはそっくりの少女が、嘲笑うような笑みを浮かべて言った。

「闇の書の構築体(マテリアル)。以後、お見知りおきを」






■PREVIEW NEXT EPISODE■

マテリアル。そう名乗った者たちは圧倒的な力を持って、勇斗達へと牙をむく。
闇の書に隠された秘密とは?
激闘のさなか、一人動けぬ勇斗は敵の手に落ちる。
与えられた夢の中、勇斗は幻の温もりを抱いて眠ることを選ぶのであった。

勇斗『もう離さない』




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UP DATE 11/1/11

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