リリカルブレイカー
第33話 『お初にお目にかかります』
「はっ!!」
「おっと!」
気迫の篭った拳を、右手で払いのけると同時に左の拳を突き出す。
――手応えはない。相手は俺が払いのけた勢いそのままに踏み込むことで、俺の後方へとすり抜けるように俺の拳をかわしていた。
舌打ちして振り返れば、眼前には風を切りながら迫る足先。受けるか、かわすか。俺は瞬時に判断し、更に踏み込んだ。
「ふんっ!」
足が振り切られる前に自ら額をぶち当てることで、威力を半減させる。
「――!?」
予想外の対応と、激突の衝撃に相手の体勢が崩れる。頭への衝撃は少なからず俺にダメージを与えていたが、それを堪えながら、相手の足が引き戻される前に掴み、軸足を払う。
「わっ!?」
当然、両足が地につかない相手はそのまま背中から地面に倒れこみ、俺は彼女の足をつかんだまま、その眼前に拳を突きつける。
「俺の勝ち、だな」
「う゛ーっ」
ニヤリと俺が笑いかけると、倒れたままの少女――ギンガは悔しそうに頬を膨らませる。
「むー。今のはいけると思ったんだけどなぁ」
「はっはっは。そう簡単に幼女に負けるわけにはいかんのだよ」
若干、フラつきながらも、そのままギンガの手を掴んで起こしてやるが、言葉で言うほど余裕があったわけではない。
こうして手合わせをするようになって何ヶ月か経つが、彼女の成長ぶりは凄まじい。
最初の頃は体格や元々の魔力量に差があったため、俺でも軽くあしらえていたのだが、最近は手加減する余裕がどんどんなくなってきた。
俺たちくらいの年齢だと、わずかな年齢の差が見た目以上の大きなハンデとなるはずだが、それを覆す勢いでギンガは強くなってきている。
魔力量で言えば俺が圧倒的に上だが、いかんせん、その魔力を俺は全く有効に扱えていない。最近ではギンガも、デバイスなしの俺と同等の身体能力強化ができるようになっている。
格闘の技術的にもギンガが毎日シューティングアーツの練習してるのに対し、俺は週に一度のヴォルケンズとの練習くらいしかやってないので、当然といえば当然なのだが。
魔法の練習は飛ぶこと最優先にしているのだが、少しだけ比重を変えたほうがいいかもしれん。
「あはは、今度こそお兄ちゃんに勝つんだって頑張ってきたのにねー」
クイントさんが、楽しそうに笑いながらギンガを宥めるが、当の本人はぷくーっと顔を膨らませたまま、こちらに迫ってくる。
「むー、お兄ちゃん。もう一回!もう一回やろっ!」
「あははー、いいけど、少し休憩してからなー」
俺は引き攣った笑みを浮かべながら、ギンガの頭を撫でる。
さっきの蹴りのダメージがまだ残っていて、連戦はちょっときついのだ。と、いうかそもそも俺はそんなに体力ないぞ。
「お疲れさまー。おねーちゃん、おにーちゃん。はい、タオル」
「お、サンキュー」
「ありがとー、スバルー!」
たたたと駆け寄ってきたスバルがタオルを差し出すが、タオルなど目に入らない様子でスバルをムギューっと抱きしめるギンガ。
「お、おねーちゃん、苦しい……」
ギンガに強く抱きしめられたスバルがもがくが、ギンガには聞こえていないようだ。スバルの苦鳴を気にもとめずに頬ずりを続ける。
なるほど。このコミュニケーションのおかげで、内気なスバルが十年後にはああなるのか。納得した。
「お、おにーちゃんも見てないで、助け……」
ギンガのハグから俺に助けを求めたスバルの言葉が途中で途切れる。その顔は思いっきり引き攣っていた。はて?と首を傾げて、ようやく額に流れるぬらりとした感触に気づく。
「おお?」
ドクドクと物凄い勢いで出血していた。あ、まずいと思った瞬間に、クラリと酷い立ち眩みをしたときのように世界が回る感覚。
「勇斗くん!?」
「おにーちゃんっ!」
クイントさんとギンガ、スバルの慌てた声を聞きながら、俺の視界はフェードアウトしていった。
「大丈夫、おにーちゃん?」
「あー、ダイジョブ、ダイジョブ」
頭に包帯を巻いてベンチに横になった俺を、スバルが心配そうに覗き込んでくる。
思えば、スバルもよくここまで懐いてくれたものだと思う。
初めて会ったときは、怖がられてまともに会話すらできなかったことを思うと感無量である。
とはいえ、スバルが俺に心を許してくれたきっかけが、俺にとってのトラウマであることを思うと中々に複雑な気分だったりするのだが。
以前、ローラーブーツを借りたまではいいが、それを上手く制御できずに暴走してた挙句、壁に激突して人形の穴を空けるという、ギャグ漫画のような醜態を
晒してしまったのは、間違いないく俺にとっての黒歴史。が、それでスバルが大笑いして、気を許してくれたきっかけになったのだから、人生何がどう転ぶかわ
かったものではない。スバル、ギンガの中で、「面白いお兄ちゃん」として俺のキャラクターが成立してしまったことは非常に泣けてくる。せっかく、俺を年上
として扱ってくれる貴重な相手なのに。
「ほら、ギンガ」
クイントさんの声に振り向けば、しゅんとしたギンガがクイントさんに背中を押されていた。
「あ、あの、ごめんね、おにーちゃん」
何をしょげているのかと思ったら、俺に怪我させたことを気にしてるらしい。やれやれと思う反面、そんなギンガを可愛らしく思う。
「そんなもん気にすんな。これは試合中の事故だから仕方ない。俺は全然気にして無いから」
「ホントに?ホントのホントにおにーちゃん、怒ってない?」
あぁ、もう。涙目で首を傾げるギンガ、マジで可愛いなぁ。
身体を起こし、こいこいと、手を振って、ギンガを招き寄せる。
「ホントにホントに怒ってないからだいじょーぶ。そんなことで怒ったりしないぞ、おにーちゃんは」
そう言って、ギンガの頭に載せた手をワシャワシャと動かす。
少しくすぐったそうに目を細めながら、こちらを上目遣いで伺うギンガがまた可愛い。
やがて、ギンガも俺が怒ってないということを理解したのか、えへへー、と心地良さそうに顔をふやけさせていた。
いやいや、こういう素直で可愛い子供は本当に癒されるね。
「今日も泊まってくから、夜までたーっぷり遊んでやるからな」
「うん!」
月に一度、俺がギンガ達に会いに来た時はこうして昼に魔法の練習して、夜は俺が持ってきたDVDを見たり、ゲームして遊ぶのが習慣になっている。
なんだかんだで、ギンガもスバルも俺と遊ぶ時間を楽しみにしてくれているので、俺としても遊びがいがあるというものだ。
「ん?」
服の裾を引っ張られて、振り向けば期待に満ちた眼差しで俺を見上げるスバル。
「Wの続きは……?」
「大丈夫だ、問題ない」
俺の言葉にパァっと顔を輝かせるスバル。サイクロンとジョーカーのメモリを渡したら、一晩中それで変身ごっこするくらいにナカジマ姉妹は仮面ライダーWにご執心だった。
本局にあるナカジマ家にお泊りした翌日。俺はリンディさんに先導されながら、本局の通路を進んでいた。
「ごめんなさいね、段取りをつけるのが遅くなってしまって」
「いえ、無茶を言ったのはこちらなので。お気になさらずに」
今回、俺が本局を訪れた理由は三つあった。一つは勿論、ギンガたちに会うこと。まぁ、こっちはただの習慣というだけで、今回はオマケみたいなものだ。
本題の一つは今日の午後、フェイトの裁判が終わるため、なのはと一緒に彼女と会いに来たのだ。
その為、実は昨日、本局に来た時点でなのはも一緒だったりする。裁判の参考人として一足先に本局に来ていたユーノとクロノらが、本局初訪問となるなのはを案内するということで、到着早々別行動だったわけだが。
裁判終了が俺の記憶にあるより、一ヶ月以上も早い気がするが、そこら辺はプレシアが生存しているところが影響しているのだろう。プレシアの病状など気になる点がないわけでもないが、今のところ良い方向に影響しているようなので、結果オーライと言ったところだ。
なのはとフェイトが喜んでいるところに、闇の書関連の話をするのは少々気が引けるのだが、闇の書の完成が近付いているのも事実なので、これ以上、話を先延ばしにするわけにもいかない。
今の蒐集ペースに加え、なのはとフェイト、俺を蒐集すれば、十二月の頭には、闇の書は完成することだろう。
色々、順調過ぎて、何か落とし穴が待っているような気がしなくもないが、今のところ理想の流れではある。柄にもなく、裏で色々動いた甲斐はあったという
ものだ。正直、これ以上面倒なことはしたくないのだが、最後にもう一つだけしておかなければならないことがある。それが、今回、本局を訪れたもう一つの目
的だ。
ここ、数ヶ月、何度も似たような話をしたかと思うと、我ながら気が滅入るが、これが最後と自分に言い聞かせる。ギンガとスバルの為でもあるのだから。
「ここよ」
リンディさんに案内されて入った部屋には二人の男性が待っていた。
「お久しぶりです。グレアム提督」
まず、既に顔見知りとなった初老の男性に挨拶する。表向きはリンディさんとクロノ経由で知り合ったことになっているが、それはさておき、俺はもう一人の人物へと向き直る。
「初めまして、ゼスト・グランガイツさん。今日はわざわざお越しいただきありがとうございます」
そう言って頭を下げる俺を、ゼスト・グランガイツは胡乱気な眼差しで見つめていた。
ゼストさん相手に話すことなど、端から決まっていた。
レジアス中将(現在の階級はもっと低いらしいが)と最高評議会、ジェイル・スカリエッティとの繋がり。戦闘機人絡みの捜査で、クイントさんを含めたゼス
トさんの部隊が全滅すること。そして、死亡したゼストさんと、ゼスト隊の一員でもあるメガーヌの娘、ルーテシアが、スカリエッティの手により、レリック
ウェポンとして利用されたことなどなど。
うろ覚えながらも、リンディさんやグレアム提督のフォローを交えつつ、なんとか最後まで話を聞いてもらうことができた。
「そんな与太話を信じろというのか?」
そう言って、鋭い眼光で俺を見据えるゼストさんは、誰がどう見ても不機嫌そのものだ。まぁ、自分の親友が犯罪者の片棒を担ぎ、自分の部隊が全滅させられ
ると聞かされれば、誰だって良い気分になるはずもない。おまけに、ゼスト隊が全滅する時期や、その過程などに関して詳しい情報は一切不明――というか俺も
知らん――のだ。与太話と一蹴されるのは当然だった。
「そう思うのが自然だろうな。我々としても、彼の話が妄想や与太話、あるいは何かの間違いであって欲しいと思っている」
グレアム提督が重々しく口を開く。聞こえようによっては酷いことを言われてる気もするが、グレアム提督やリンディさん達の立場を考えれば、そう思いたい
のも無理はない。実際、この場を設けてもらうにあたり、あらかじめ話の内容をクロノを含めた三人に伝えたときは、三人揃って頭を抱え、苦い顔をしていた。
「なんで君は、そういう洒落にならないことをさらっと話すんだ」
無論、他人事だからに決まっている。それを口にしたら、三者ともが恨みがましい目付きで俺を睨んできたのは、記憶に新しい。
「だが、この子の話を一概に虚言や妄言の類と断ずることも出来ないのが頭の痛いところでね。非公式ながらもP.T事件や闇の書事件において、それが証明されている」
深い深い溜息をつきながら語るグレアム提督に、ゼストさんは沈黙し、リンディさんが用意した資料を手に取る。P.T事件と闇の書事件。その二つの事件に
関する俺の発言とかをまとめたものらしい。俺が公にしないでくれと、頼んだことなので、非公式の資料ではあるが、二人の提督のお墨付きなので、ある程度の
信頼性は得られるだろう。
「仮に君の言ったことが、事実として……俺にどうしろというつもりだ?」
一通り、資料に目を通し終えたゼストさんは呻くように言った。
予想された反応の一つではあるが、中々に難しい問題だ。管理局の人間に対して、危険だから捜査を打ち切れと言って済ませられる問題ではない。対策を立て
ようにも、ゼスト隊がどのような状況で、どんな風に全滅したのかを俺は知らない。部下を庇ったゼストさんをチンクが殺したというのは、微かに覚えている
が、そんな情報だけでは何の役にも立たない。スカリエッティの戦闘機人、ナンバーズに対しても、誰がどんな能力を持っていたかすら覚えていないし、そもそ
も名前と顔もほとんど一致してない。つーか、一度にあんな人数出されて覚えられるわけがねー。
この件に関して、俺が言えることなどたかがしれていた。せいぜいがナンバーズの能力の一部、AMF機能を備えたガジェットの情報くらいのものだ。
「具体的に何をどうすればいいってのは、俺にもわかりません。俺が知っている通りのことが、実際にこの世界で起こるという確証もありませんし」
現実に俺が関わったことで変わったことはあるし、俺が知らないだけで異なっている部分もたくさんあるかもしれない。
「それでも、もし、俺が言ったことが現実に起こったとき、そうと知っているのといないのでは、取れる選択肢も行動も異なるはずです。変えられる悲劇があるならば、俺はそれを変えたい。あなたやクイントさんに死んで欲しくない――ギンガやスバルの為にも」
「……そうか、聞き覚えのある名前だと思ったが、君がクイントの言っていた子か」
クイントさんから、俺の話を聞いたことがあるらしい。まぁ、ギンガやスバルらの遊び相手程度にしか聞いていないだろうけども。
「クイントの子供たちのことをどの程度知っている?」
ゼストさんの探るような視線に、どこまで話したものか、一瞬、逡巡するが、ここは正直に答えることにした。
「二人がスカリエッティ以外の何者かが、クイントさんの遺伝子を基にして生み出した戦闘機人のプロトタイプだということ。製作者に関してはスカリエッティ
も把握してなくて、十年後の時点で、彼女らのことを知ったときはタイプゼロと呼んでいたこと。後は、俺の記憶だと、ミッド在住でしたね。今現在、なんで本
局で暮らしてるのかは知りませんけど」
「……なぜ、クイントの子供たちと接触した?」
ゼストさんの疑問に、俺は寸暇を置かず、きっぱりと答える。
「ただの偶然です。局内で迷子になってたとき、迷子のスバルに泣きつかれました」
「…………」
場に白けたような空気が漂った――ような気がする。
「――――そうか」
長い長い沈黙の末、ようやくゼストさんが搾り出すように呟いた。心なしか、物凄く脱力しているようにも見えるが、気にしないようにしとこう。
その後は、お約束になりつつある、相手方からの質問に俺が答えるというやりとり――半分もまともに答えられなかったが――を経て、お開きとなり、俺はリンディさんに連れられ、部屋を後にした。
「ふへぇ……」
部屋を出た俺は、大きく息をつきながら肩を落とした。
「ふふっ、お疲れ様」
そんな俺の様子がおかしかったのか、リンディさんがくすくすと笑いながら、ねぎらいの言葉をかけてくれる。
「流石に疲れた?」
「疲れたというかなんというか……どっちかっていうと肩の荷が降りたってのが正しいですかね。もうこんな役回りをすることはないでしょうし」
グッと肩を解すように腕を回す。元々、交渉や説得などといった話術は得意ではない、というか大の苦手だ。人間、性に合わないことはするべきではないと、とことんまで実感した。
とはいえ、今回の件ばかりは何もせずにいたら、後々絶対に後悔することになるので、そうも言ってられなかったのだが。一応、やれるだけのことはやったつもりだが、今回の結果がどう転ぶかはなんとも言えない。願わくば、最良の結果になって欲しいとは思うのだが……。
そんな考えが顔に出ていたのか、リンディさんの手がぽんと、頭に乗せられる。
「大丈夫。あなたの思いはちゃんとゼスト隊長に伝わっているわ。管轄は違うけれども、私やグレアム提督も可能なかぎり、彼に協力していくつもりよ。あなたが心配しているようなことには絶対させないから、安心して」
「……はい」
リンディさんに頭を撫でられながら、ゼストさんが言った言葉を思い返す。
「君の言葉を全て信じることはできない。だが、クイントとメガーヌ――いや、俺の部下たちは絶対に死なせないと約束しよう」
――そこにあんた自身も含めろよ、と思ったが、口に出すことはしなかった。部外者である俺が、これ以上の言葉を挟むのも筋違いな気がしたからだ。
それにしても、だ。未来を知ってても、やれることに限りがあるというのはやるせないものがある。
ティアナの兄、ティーダ・ランスターのことにしてもそうだ。首都防空隊だか何かの任務中に殉職したということは知っているが、それだけではゼスト隊以上
に手の打ちようがなかった。俺がコネを持っているリンディさんやグレアム提督の管轄が海なのに対し、ティーダ・ランスターは陸の所属。部署の配置換えとか
で回避する手段も考えはしたものの、管轄の違いや本人が首都防空隊の任務を志望しているケースを考えるとそれも難しいだろう。そもそも、殉職の時期がわか
らないのが一番のネックだ。一番ベストなのは、前線から離れてもらうことだが、ゼストさんの時と同様、死ぬかもしれないから前線を離れろなどと、言うわけ
にはいかない。死の危険性があるのは、本人は承知の上だろうし、管理局の任務――いや、生きている限り、死の可能性っというのは大なり小なり隣合わせにあ
るものなのだから。リンディさんやグレアム提督に何か手を打ってもらえないかと頼んではみたものの、この件に関してはどうにかなる可能性は、かなり低いだ
ろう。
心の中で、深くため息をつく。いまさらではあるが、世の中どうにもならんことが多すぎる。
まぁ、ティーダ・ランスターの件に関しては、面識もないし、どんな人物かも知らんので、どうにかならくても、ニュースでまったく関わりの無い赤の他人が死亡したとか、その程度で済ませられてしまうのだけど。
――ただ、自分の手の届く範囲にいる、ギンガやスバル、なのはやフェイト、はやて達の笑顔だけはなんとか守りたいと思う。例え、どんなに自分の力が小さいとしても、やれるだけのことはやっていく。そう、決めたのだ。
暇だ。
リンディさんに連れられて、今度は別の応接間に通された。何でも、俺に会わせたい人物がいるから、ということで一人ここに待たされていた。
なんでも俺のことを話したら、向こうから話したいと言ってきたらしい。なのはとかならまだしも、俺と話したいとか奇特にも程がある。
まぁ、フェイトの裁判が終わるまでまだ時間がある。人と会うのは一向に構わないのだが、五分も待たされると暇を持て余してきた。
何か、退屈を紛らわす方法はないかなー、と考え始めたところで、コンコンとドアをノックする音が聞こえる。
室内にいるのは俺一人。え?これ、俺が返事しなきゃいけない?
どう反応するべきか一瞬、迷ったものの、「どうぞ」と、返して扉が開くのを待つ。
「失礼します」
と、扉を開けて入ってきたのは、十三、四歳の少女だった。
頭には赤いカチューシャを付け、髪は長い金髪。だが、その質感はフェイトよりもふわっとした感じで、いかにもお嬢様っぽい雰囲気を漂わせていた。
整った容姿に、どこか気品のようなものを感じさせる可愛い子だ。
「どちら様?」
首を傾げながら尋ねると、少女は、俺の手にしたグラスに気付いたのか、こちらの質問に答えないまま、手振りでジュースを飲むよう勧めてくる。特に遠慮す
る必要もなかったので、俺はそのままグラスのストローに口をつける。少女はそのタイミングを狙ったかのように、自らの名を告げた。
「お初にお目にかかります。私はカリム・グラシアと申します」
「――っ!?」
咽た。危うく口に含んだ液体を盛大に噴き出すところだった。
「だ、大丈夫ですか?」
咽た俺の背中を、少女――もとい、カリム・グラシアがさすってくれる。美少女に背中を摩ってもらうのは悪い気分ではないが、何よりも先に言いたいことが一つある。
「なんで、聖王教会のお偉いさんがここに……?」
「……その様子ですと、私のこともご存知のようですね、遠峰勇斗さん?」
俺の背中をさすりながら、にこやかに告げるカリムの言葉で、俺は自分の失態を悟った。いや、別に後ろめたいころがあるわけではないので、これといった問題はないのだけれども。
「……で、俺に用って何です?」
気を取り直してそう尋ねたものの、半ば予想はついていた。以前、リンディさんとクロノに俺のことを、持っている知識のことを含め、とある人物に話しても
よいかと、聞かれたことがある。二人が信用における人物ならば、という条件付きで許可を出したが、その相手がこのカリムなのだろう。二人が信用してる人物
ならば問題あるまいと、その時は気にも止めなかったが、少し考えれば、十分予想できることだった。内容は十中八九、俺の持っている知識に関することだろ
う。
「リンディ提督から伺っていませんか?あなたと“お話”したかったんですよ」
口元に指を当てて、にっこりと微笑むカリム。距離が近い。
“お話”という単語に妙なざわつきを感じてしまったのは、まちがいなくなのはのせい。
が、それ以上にカリムの笑顔がヤバイ。その微笑みに不覚にも胸がときめく。いかん、可愛い。本来なら守備範囲外のはずだが、いや、今の俺の状態からすれ
ば十分ストライクゾーンか。いや、まぁ、とにかく必要以上にドギマギしてしまうのは、美少女を前にした男の悲しい性というものだろう。
『浮気者』
なにか、脳内で誰かの声が聞こえてきたような気がするが、今のはノーカン……だろう。
「……まぁ、なんでもいいけどさ」
カリム相手にあれこれ駆け引きする必要もないだろう。相手が何を考えてるかはわからないが、久々に年頃の美少女と話す機会だ。気楽にお喋りするとしよう。
正面に座り直すカリムに、肩の力を抜きながらそんなことを考えていた。
「で、クロノの奴、顔を真っ赤にしてさー」
「へぇー、あのクロノ執務官が?」
カリムとのお喋りは、予想以上に弾んでいた。初対面の相手と何を話したものかと思ったが、話の種は意外と転がっているもので、俺はクロノや八神家の面々
を話題に出し、カリムはカリムで弟(ヴェロッサ)や、幼少時からの付き合いがあるシスターの話題など、話題に困ることはなかった。ちなみに彼女の護衛でも
あるシスターは別の部屋で待機しているらしい。一応、俺の知識のことはできるだけ広めないで欲しいという俺の希望に配慮してくれたらしい。ありがたや、あ
りがたや。
それはさておき、カリムとのお喋りの結論。
――美少女とのお喋りめっちゃ楽しい。
いくらなのは達の精神年齢が高いとはいえ、所詮は子供。なんというかこうしてカリムのような、ちゃんとした年頃の少女と話すのは、また別の感慨というか
楽しさがあるのだ。うん、やっぱ幼女と話すよりカリムのような美少女と話すほうが精神衛生的にも楽しいことを再認識。子供としてではなく、ちゃんとした異
性の女の子として接することのできる相手って初めてじゃないだろうか。シグナムやシャマルはそれ以前の問題が山積みだっただし、エイミィはある意味、人妻
のようなもんだしなぁ。
「……それにしても」
などと、話が一段落したところで一人悦に浸っていると、カリムがじっ、とこちらを興味深そうに見つめていた。
「勇斗さんと話していると、年下と話しているという気がしませんね。同年代か、年上の方と話しているような……」
「ふむ」
なんとも的を射たカリムの言葉に、相づちを打つ。
「ま、こう見えても色々あるから、な」
「色々、ですか」
「そ、色々、な」
適当にはぐらかす俺を見つめるカリムの視線に、少しだけ動悸が早まり、それを誤魔化すように――カリム自身がわざわざ入れてくれた――紅茶のカップに手を伸ばす。
そういや前の人生では、優奈を除けばこうやって女の子と一対一で話した記憶はほとんどなかったような気がする。
なのはと仲良くなって以降、幼女も含めた女の子と話す機会が随分増えたものだ。
そのまま、なんとなく会話が途切れ、沈黙が続く。しばしの間をおいて、それを破ったのはカリムのほうだった。
「――災いの時来たれり。古き妄執に囚われた者、集う地。十三に分かたれた欠片は再び一つとなり、虚空の彼方より来たりし魂を贄に、古の神蘇らん。其の力、数多の理を喰らい尽くし、全てを破滅へ誘うだろう」
カリムがいきなり電波なことを呟きだした――と思ったのも一瞬、すぐにその言葉が何なのかと気付く。
「もしかしなくても、カリム――さんのレアスキルで出した予言か?」
カリムは呼び捨てにしかけた俺の言葉に、機嫌を損ねること無く頷く。
「カリム、と呼び捨てで結構ですよ。お察しのとおり、私の能力『預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)』によって書き出された預言書の一節です」
俺が知っているスカリエッティ関連のものとはまた別物。しかもパッと聞いた響きでは、スカリエッティの時より遥かに規模がでかく、悪い内容の気がするのは気のせいだろうか。
心なしか、カリムの表情も硬くなっているのは、その不吉極まりない内容ゆえか。
「私の『預言者の著書』については、どの程度、ご存知ですか?」
「えー、と?」
こめかみに手を当てて、過去の記憶を掘り返す。うー、あそこら辺は放送時とDVDで一回見ただけだから、あんま覚えてないんだよな。
「何年かに一回使えて、よく当たる占い程度の確率で未来を予言する……で合ってる?」
「えぇ、正確には一年に一度、ですけど。大雑把にはその通りです。そこまでご存知なら話は早いですね」
その先のカリムの言葉を予想しながら、姿勢を正す。
「率直にお聞きします――この予言についての知識をお持ちですか?」
「ないな」
予想通りの問いに、俺は即答した。その即答ぶりに目を丸くしたカリムを可愛いな、と思いつつ、続く言葉を口にする。
「今の予言が何年後を示すのかは知らないけど、俺の持ってる知識には、その予言について聞いたこともないし、これから先、十年前後の間にそれらしき事件が起こったていう認識もない」
――あくまでも、俺が知っている知識の中では、と付け加えながら思案する。俺が知らないだけで、実際はあの世界でも今の予言に該当する事件が起きていた
可能性がないとはいえないが、この予言はニュアンス的にはスカリエッティのそれより大きな災厄のように聞こえた。もし、そんな大きな事件があったとした
ら、StSでも話題にくらいには出ていただろう。ゆえに、俺の知ってる世界では起きていないと考えるのが妥当だ。とはいえ、俺の推論だけで結論づけるのは
早計といえる。
「ちなみに今の予言は、どんな解釈がされてるんだ?」
「……過去に封印された何かが蘇り、管理局を凌駕するであろう力で、幾多の次元世界を崩壊させること……今の時点では、その程度しかわかりません」
ため息混じりのカリムの言葉は予想通り、とんでもない内容だった。ていうか、明らかにスカリエッティの時よりやばくね?
「大丈夫ですよ。勇斗さんが知っているとおり、よく当たる占い程度の的中率ですから、必ず当たるとは限りませんし」
と、眉根を寄せていた俺を安心させるつもりなのか、先程までの硬い表情を和らげて言うカリムだが、その言葉どおり、「はい、そうですか」と納得出来るものでもなかろうに。
とはいえ、それを口にしたところで、俺に何かできるわけではない。カリムに合わせて、気楽な雰囲気で肩を竦める。
「まぁ、俺の知ってる世界では、それに該当することは起きてないな。十何年経っても、管理局は健在だし。なんとかなるだろ」
万が一、なにかあったとしても、なのはにフェイト、はやてと守護騎士達が揃えば大抵のことはなんとかしてしまうだろう。というか、あの面子が揃ってどうにかならない場面が想像できない。完全に他力本願なのが男として情けなくはあるが。
「…………」
「……なに?」
紅茶のカップに口を付けようとしたところで、カリムが珍しいものを見るような目でこちらを見ているのに気付く。
「いえ、クロノ執務官の言うとおり、面白い人だな、と思いまして」
「あんまり良い意味で言われた気はしないな……」
クスリと笑うカリムに苦笑で返す。はっきり言って、クロノが俺のことを好意的に話す様が想像できない。と、いうか今の流れのどの辺でそう思うんだ。
そんな俺の内心を知る由もなく、カリムは上品に微笑む。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。フフッ」
笑いながら言われても説得力がない。まぁ、あいつがどんな風に俺のことを話していようが構わないのだけど。
「まぁ、何にしても悪かったな。今回の予言に関しては何の役に立てそうにもない」
「……今回の、ということは別の機会なら何か知ってらっしゃるんですね?」
にこにこと笑顔を崩さないくせに、一々、耳聡いな。
「こっちで同じことが起これば、の話だ。それにしたってことが起きるのは十年後。当分はそれに関して話すことはないよ。下手に話して悪い方向に流れが変わっても困るし」
情報の出し惜しみをするわけではないが、流石に今から機動六課のことを話したところで、時期尚早過ぎる。スカリエッティのことにしたって、ゼストさんに伝えた以上の情報は持ってない。
「それは残念。どんな話が聞けるか楽しみにしていましたのに」
頬に手を当てて、あらあらと呟くカリムだが、笑顔のまま言われても、まったく残念そうに見えない。
「心配しなくても、時期がくればちゃんと話すよ」
「はい。その時を楽しみにしています。約束、ですよ」
唇に人差し指を当てながら言うカリムに苦笑しながらも、「了解」と返す。
可愛いけど、一筋縄でいかないお嬢様。それがカリムとのファーストコンタクトに対する感想だった。
■PREVIEW NEXT EPISODE■
無事、フェイトとの再会を果たした勇斗となのは達。
闇の書の完成を目前としながらも、慌ただしくも穏やかな時間が流れる。
そして、ついに闇の書の完成の時が訪れる
シュテル『以後、お見知りおきを』
UP DATE 10/9/14
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