リリカルブレイカー

 

 

 第32話  『また会えるのかな』

 




 ヴォルケンリッターとクロノ達の間で共同戦線が張られてからしばしの時が流れた。
 今のところ蒐集は順調。それまでの過程でクロノは騎士たちの信用を得て、闇の書の主であるはやても、管理局の保護扱いになった。
 保護扱いと言っても、定期的に検査などを受けるだけで、今のところは海鳴での生活を保っている。なにはともあれ順調でよろしい。
 小学生の俺達は夏休みへと突入し、暑いながらも穏やかな時を過ごしている。
 と言っても、早朝の魔法練習は週二回、ヴォルケンズとの稽古は一週間に一回。本局に行って、ギンガ、スバルと遊ぶのが月一回と、普通の小学生らしからぬ行動は続いているのだが。
 すずかやアリサとも、夏休みに入って会う頻度は減っているのだが、フェイトへのビデオメールの件もあり、なんだかんだで一週間に一度は会っていたりする。
 例の俺の好きな人云々の話については、なのは達は俺から何を言っても信じないので完全放置――――フェイトには全力土下座で全てを話し、許しを乞うたことで、なんとか誤解を解き、許してもらった。
 と言っても、元々、フェイトは怒ったり、落胆してるようではなく、それどころか少し安心したように見えた。
 告白されて喜んでいた、というより、対応の仕方がわからず困っていたのだろう、というのが俺の見解である。
 リアルタイムのやりとりでない為、俺が謝った直後の反応を見たわけではないので、どこまで当たってるかはわからないが、フェイトの素直な隠し事のできない性格を考慮すれば、そう的外れでもないだろう。
 ともあれ、なんとか穏便にフェイトの誤解が解けたことに、俺はホッと息をついた。まぁ、代わりに一つばかりあるお願いをされてしまったのだが。

『良かったら勇斗の好きな人がどんな子なのか、教えて欲しいな』

 正直、かなり迷った。
 あいつのことは言葉にしたくないと思う反面、誰かに話したいという矛盾する気持ちもあった。無論、誰彼構わずに話せることでもないのだが。
 だが、フェイトなら口も固いだろうし、ちゃんと口止めを頼んで、俺がこの前みたいな自爆をしなければ大丈夫だろうと思える。
 それに、こちらが妙な勘違いさせてしまった以上、ちゃんと話すのが筋ではないだろうか?
 そんな自分に対する言い訳をいくつも並べ立て、結局、俺はフェイトへのビデオメールであいつがどんな性格でどんな子だったのかを思う存分、惚気ていた。

 今日、俺が海鳴から離れ、この地を訪れているのは、久しぶりにあいつのことを口に出したせいで、妙な感慨に囚われてしまったのが原因だ。
 前の俺が生まれ育ち、あいつと出会った場所。
 海鳴から三時間以上もかけて辿り着いた駅の改札を出た時、俺は抑えようのない胸の高鳴りと同時に、自分の全てを失ってしまいそうな言いようのない不安を抱いていた。



 彼女――白河優奈と俺――鷺沢侑斗が出会ったのは高校の入学式当日。隣の席に座っていた肩まで伸ばした髪に、やや幼い顔立ちをした女の子。あっさりと俺は一目惚れした。

「よろしくね、鷺沢くん」

 初めて見た優奈の笑顔は今でも忘れることなく、俺の記憶に刻まれている。第一印象は大人しくて真面目な子。それは間違いではなかったが、接するうちにもっと色々な彼女を知っていくことになる。
 幸い、出席番号が並びあってることもあって、学校では彼女と接する機会も多く、一学期が終わる頃にはそれなりに仲良くなっていた。

「おーい、鷺沢くーん、もう放課後だよー」

 放課後まで爆睡してた俺を起こしてくれたり。

「ほら、見て見て。これ、かーいでしょー?」

 新しく買った携帯のストラップを嬉しそうに見せびらかしたり。

「うぅー、鷺沢くん酷いよぉ」

 しっかり者と思えば、意外に抜けててからかいやすかったり。

「うん。班対抗戦、絶対勝とうね」

 変なとこで頑固で負けず嫌いだったり。

「やっほー、バイトしてるとこ見学しに来たよー」

 優奈の傍にいて、他愛も無い話をする。ただそれだけの時間が何より楽しかった。
 あいつと一緒にいられるなら、どんなことだって頑張れる。何だって出来る。本気でそんなことを思っていた。




 駅から歩いて数分。
 俺とあいつが通っていた高校へと辿りつく。
 夏休みにも関わらず――いや、だからこそか。部活動に勤しむ連中の喧騒が聞こえてくる。
 幸か不幸かはわからないが、オンボロな校舎は、俺の記憶の中にあるものと大差はない。
 さすがに中に入ったりはしないが、グラウンドや校舎を眺めていることで、あの頃の記憶が鮮明に思い出せる気がした。
 なんだかんだで、三年間通っていたこの学校にはあいつとの思い出が山ほどある。
 体育祭や文化祭、球技大会などのイベントはもちろん、宿題を写させてもらったり、図書室で一緒に本を探したり。この学校での記憶のほとんどはあいつとの記憶ばかりだった。
 俺達が入学した年まであと三年。その上、部活も料理部だったあいつがいるはずもないのに、その姿を探している自分に苦笑してしまう。頭では分かっていてても、感情というか根っこの部分まではどうも制御が効いてない。
 名残り惜しくもあるが、今日一日という限られた時間で回りたい場所はまだまだある。
 後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にする。
 あいつと一緒に行った様々な場所。何度も行ったあの店に、プールに公園、カラオケや映画館、ゲーセンなどなど。思いついた場所に足を運ぶだけで、あっという間に時間が過ぎていく。
 そして最後に辿り着いたのは、小さな高台だった。


 夕焼けの色に染まる街の景色を見下ろしながら、そっと息をつく。
 かつての俺の家や、あいつの家にも行ったが、どちらもまったく別の表札がかかっていた。
 この世界に前の俺がいない、というのは少しだけホッとした。別に俺が存在したからといって、何か弊害があるわけでもないだろうが、気持ち的に良い気分はしないし、なんというか反応に困る。
 優奈がいないのは、高校入学の時期にこちらに引越してきたのだから、ある意味当然と言える。いたらいたらで、存在を確認できて嬉しいことこの上なしなのだが、これもどう対応すべきか困る。
 遠く離れた地に住んでいるただの小学三年生が出来ることなんて何一つない。ろくに面識も接点もないのにアプローチのしようもない。
 小学生というのは気楽で時間がある反面、制限も大きい。
 門限も厳しいし、バイトもできない。小学生のお小遣いではここに来るだけでも金銭的にいっぱいいっぱいだ。おかげで今日、海鳴である祭りにも行けやしな い。高校生以降の自分勝手にやってた頃を思い返せば、存外不自由な面も多く、たまにミッドチルダでバイトできないか、本気で考えることもある。
 せめて高校生の身ならば、こっちの学校に入学なり、編入なり、バイトなど、できることが一気に広がるのだが。
 やれやれと自嘲しながら、そっと目を瞑る。
 この丘は小さなベンチがあるだけで他には何も無い。だが、俺にとっては思い出深い、とても大事な場所だった。
 あの夜のことを、俺は絶対に忘れない。


 クラスの仲の良い数人で花火大会に連れ立ったあの日。花火が始まる前にみんなで出店を満喫してたはいいが、人が多すぎて結局みんなバラバラになって。花火が始まる少し前にあいつを誘ってこの場所に来た。
 あの時は、断られたらどうしよう、って本当に緊張していたっけ。
 少し迷った素振りを見せながらも、頷いてくれたあいつの手をはぐれないようにって手を繋いだ。我ながらあざとすぎる。
 人ごみを抜けても、手を離したくなくて、あいつが何も言わないのをいいことにずっと手を繋いでた。
 ぐっ、思い出したならなんか恥ずかしくなってきた。


「わぁっ」

 花火が打ち上げられた時間に少し遅れて、ここに辿り着いた優奈は真っ先にそんな声を上げた。

「ふっふー。いい穴場だろ?出店出してるとこから離れてるし、階段登るのもしんどいからあんま人来ないんだ」
「うん、ありがとう。鷺沢くん」

 得意げに胸を張る俺に、優奈はくすくすと笑う。
 そのまましばらくは二人で花火を見ながらはしゃいでた。

「な、白河」
「ん?」

 花火の光に照り返されながら振り向く優奈は、凄く幻想的で綺麗で。その姿を愛しく思いながら、俺は自分の気持ちを口にした。

「俺、お前のこと好きだ」
「え?」

 不意な言葉に優奈が目を丸くする。見る見る間に優奈の顔が朱に染まっていく。

「え、えと、今、なんて……?」

 顔を真っ赤にしたまま慌てふためく優奈の姿がまた可愛くて。さらに愛しい気持ちが込み上げてくる。

「俺は白河のことが好きだって言ったんだ」
「…………っ」

 今、思い返してみれば、どんだけ唐突で捻りのない告白なんだよ、と過去の自分で突っ込みたくなる。
 俺の再度の言葉に白河は言葉を詰まらせ……その瞳から一筋の涙が零れた。

「し、白河っ!?」
「……うっ、……ひっく」

 流石に慌てたね。あいつがどんな反応するか、いくつか予想はしてたものの、まさか泣かれるとは思わなかった。

「ご、ごめん!あのっ、ええと……っ、と、とにかくごめん!」

 すっかりパニクってまともな言葉一つすら出てこなかった。
 慌てふためきながら慰めようとする俺に、優奈は涙を流したまま、首を振る。

「違……ごめん、その……嬉しくて」
「え」

 えへへ、と笑いながら涙を拭う優奈は涙ぐんだ声ではっきり言った。

「私も鷺沢くんのこと……好き、です」

 その言葉を聞いた瞬間、思考が止まり、再起動するまでに数秒かかった。
 正直、脈はあると思ってた。だが、妄想していたのと違って、直に聞くその言葉は、俺の思考を凍りつかせるには十分すぎる破壊力を持っていた。

「鷺沢くん?」
「あ、えとっ、そのっ、本当に?」

 顔を真っ赤にしたまま、こくりと頷く優奈。
 我が世の春が来た!心の中でガッツポーズを取るが同時にパニクってもいた。この後、何を口にするべき言葉がまったく沸いてこなかった。
 それでもどうにか頭をフル回転させて、ようやく言葉を搾り出す。

「その、俺と、付き合ってください」
「……はい!」

 嬉しそうに頷いたあいつの笑顔は今でも脳裏に焼き付いている。
 そうして付き合い始めた俺達は、文字通りいつも一緒にいて、バカップルとして周りによく冷やかされたもんだ。
 もっとも、あいつと一緒に過ごす時間を心から楽しんでいた俺に、その程度の冷やかしなど何するものでもない。
 料理が好きで、わざわざ俺の分まで弁当を作ってくれて。その癖、変に嫉妬深くて。

「鷺沢くんて、さっきの子と仲良いいんだね」
「えー、と、もしかして川村のこと言ってる?」
「バイトしてるとき、凄く楽しそうに見えたけど」
「いや、普通だと思うけど。……もしかして妬いてる?」
「…………そんなことないもん」
「今の間はなんだ、間は」
「気のせいです」

 と、言いつつもあからさまにふくれっ面でわかりやすぎる。

「心配しなくても、俺は優奈しか眼中に無いから安心しろ。いつでも優奈一筋だよ」
「わっ」

 そう言って優奈の頭を引き寄せて撫でる。

「うー」

 頬を膨らませながらも、優奈は俺の手を払いのけることなく、頬を赤く染めたまま、俺の胸に体重を預けてくる。
 そんな優奈がますます可愛らしくて。

「で、そういう優奈は何時になったら俺こと名前で読んでくれるのかなー?」
「あ、うぅ……」

 付き合ってから二ヶ月経って、俺は優奈のことを呼び捨てにするようになったが、優奈は相変わらず苗字でしか呼んでくれない。
 単に照れてるだけなのはわかってるが、そういうところを苛めたくなるのも優奈の魅力の一つだった。

「優奈の呼び方が余所余所しくて、たまに俺、本当は嫌われてるんじゃないかなーって」
「そんなこと絶対ない!」

 こちらがびっくりするくらいの大声で叫ぶ優奈を呆気に取られた顔で見つめる。

「あ」

 優奈は自分が出した声の大きさに自分で驚き、恥ずかしくなったのか、顔を赤くしたまま、シュンとうなだれる。

「鷺沢くんのこと……大好き、だよ」

 今度は掠れるくらい小さな声。
 声を大にして叫びたい。
 
 俺 を 萌 え 殺 す 気 か
 
 だが、それくらいで許してやるほど、俺は優しくない。

「じゃ、名前で呼んで」
「うぅー、いじわる……」

 ニヤニヤと見つめる俺を、優奈は恨みがましい眼つきで睨み返すが、やがて意を決したように口を開く。

「ゆ、侑斗、くん……」
「君付けかぁ」
「うぅー、いじわるぅ…‥っ」

 ちょっと苛めすぎたのか、優奈は涙目になったきたので、思わず笑い出してしまう。

「わーった、わーった。今回はこれくらいで許してやるよ。でも、いつかは名前呼び捨てにできるようにな」
「……努力します」

 結局、優奈が俺を呼び捨てにできるようになったのは、高三になってからのことだった。
 やがて、高二になってからは、優奈も俺と同じ店でバイトを始めて。ほとんどの時間をあいつとばかり過ごした。
 常に一緒に何かをやる必要なんてない。ただ、お互いがお互いを感じられる距離にいられればそれだけでよかった。
 悲しみも喜びの記憶も全部あいつとの記憶ばかり。
 大学も同じところを受けて、二人で同じ部屋を借りて、一緒に住んだ。もちろん、たまには喧嘩もしたけど、その記憶すら二人にとっては大切な想い出になって。
 優奈と出会い、優奈に触れて、優奈と笑いあった。ただ、大好きなだけの不器用な恋。
 俺にとって、あいつと過ごした時間は何よりも輝いていて、かけがえのない時間だった。
 もし、運命というのがあるなら、あいつこそ運命の相手だと、本気で思っていた。
 あいつの隣が俺の指定席。それがずっと先、これからもずっと、ずっと続いていく。それを疑うことすらなく、信じ続けていた。




「本当、何がどうなったんだろな」

 そっと目を開けて、眼下に広がる光景を見つめる。ここから見る景色は記憶にあるものとなんら変りない。
 それが妙に胸を苦しくさせる。
 気付けばこの世界で生まれ変わっていて、元の世界の俺がどうなったのかはさっぱりわからない。
 俺は死んだのか。それともただ、俺の記憶だけがここの俺にあるのか。それを確かめる術すらない。
 願わくば、元の世界のあいつはどんな形であれ、幸せになっていて欲しい。幸せそうに笑っているあいつの横にいるのが、俺であれば言うことはない。

『boss』
「ん?」

 不意に声をかけられた。
 声の元は俺の腰のベルト――ダークブレイカーだ。こいつから俺に声をかけるのは珍しい。

『Is it all right?』(大丈夫ですか?)

 何が、と問い返そうとして、自分の頬を涙が伝っているのに気付き、慌ててそれを拭う。

「わりぃ。大丈夫、ちょっと昔を思い出しただけだから」

 そう。俺は大丈夫。
 たしかにあいつと会えなくなったことで、かつての俺は絶望した。今の状況を呪いもした。いっそ、自ら死を選ぼうかとも思った。
 だけども、あいつの笑顔が俺を救ってくれた。
 例え、もう二度と優奈に会えなかったとしても、あいつと過ごした日々を無に返すことなんてできやしない。
 俺が自ら死を選んだりすれば、あいつは絶対に怒り、悲しむ。だから俺は精一杯、現在を生きる。あいつに胸を張れるように。
 そう思ったら、絶望して跪いてなどいられない。前を向いて、真っ直ぐに生き抜く。
 そして、運が良ければ、この世界にもあいつがいて、また会えるかも知れない。あの日々を取り戻せるかも知れない。
 たとえ世界が変わっても、何度でも二人で生きていきたい

「また会えるのかな、おまえに」

 目を細めてあいつと何度も見た光景を強く心に刻み込む。
 この世界にも優奈がいたとして、会える可能性は限りなくゼロに近いだろうと思う。そして、俺にとって如何に大事な想い出だろうとも、それは既に十年以上過去のものだ。いつまでも鮮明に覚えておくこなとできないし、実際、朧気になってきてる記憶も少なくない。
 いつかは優奈のことを諦め、他の誰かを好きになる時がくるかもしれない。
 会えない人間をいつまでも忘れずに、そいつだけを愛し続けられるほど、俺は強くはないし、一途でもない。
 いつだって、本当は誰かの温もりに触れたくて求め続けている。自分の心全てをさらけ出して、それでも安らげる相手を。
 それでも、いつかそう遠くないときにそんな時が来たとしても、俺は優奈のことを忘れたりはしない。
 例え、他の誰かを好きになったとしても、あいつへと続くこの記憶は決して無くすことはない。
 あいつと過ごした日々があるからこそ、今の俺があるのだから。
 そうだよな、優奈?

『boss』
「ん、今度はなんだ?」
『I forever with you』(私は、いつまでもあなたと共に)

 突然、ブレイカーが発した言葉に意表を突かれ、思わず俺は言葉を失う。
 そして、プッと噴き出す。

「ありがとよ、相棒。頼りにしてるよ」
『All right』

 ブレイカーには、今日ここに来た目的も理由も話していない。それなのに、わずかな独り言と行動だけで、何かを察し、俺を励ましてくれた。ロクに扱ってやることすらできない主だというのにだ。
 つくづく、自分には過ぎたデバイスだと思う。

「そのうち、お前には話すよ」

 誰にも話していない俺の秘密と、語ることのないであろう過去。クロノやなのは達なら、もしかしたら信じてくれるかもしれないが、同時に憐憫や同情も受けてしまうだろう。そんなのは面倒くさいだ。
 だが、この相棒なら何も言うことなく、ただ話を聞いてくれるだろう。
 俺の大事な想い出をこいつならただ共有してくれる。そんな気がする。

「さて、そろそろ帰るか」
『Yes,boss』




 海鳴に戻った頃にはすっかり日が暮れていた。だが、今日は夏祭りということもあって、駅前は喧騒に包まれている。
 俺としても、誘われたクラスの男子連中に合流して、お祭り気分を楽しみたいところだが、今日の交通費で有り金を使い果たしている。
 ひとり寂しく、どこか景色の良いところで花火でも眺めてるか、と考えたところで、すずかからメールが届く。

『今、どこにいる?良かったら、一緒にお祭り行かない?なのはちゃんとアリサちゃんも一緒だよ』

 有難い誘いではあるのだが、これまた先立つモノがなくてはどうしようもない。
 適当に返事を返そうとしたところで、浴衣姿の三人娘の後ろ姿を発見した。ツインテールの肩にはフェレットもどきがいるので見間違いようもない。
 俺はメール返しながら、そっとその後姿に近づいてく。


「あ、ゆーとくんから、メール返ってきた」
「なんだって?」
「えーと、『今、後ろにいるよ?』って、え?」
「ふーっ」
「うひゃぁっ!」

 髪をアップにしたすずかがメールを読み上げると同時に、顕になったそのうなじに息を吹きかける。
 それに驚いたすずかが、飛び上がり、すずかの悲鳴になのはとアリサまで驚きの声を上げる。

「ゆゆゆゆゆゆーとくんっ!?」
「よっ、三人ともお揃いで」

 慌てふためく三人にケラケラと笑いかける。

「あ、あんたねぇ。もっと普通に声かけらんないのっ!?」
「……いや、俺にはこれが普通なんだけど?」
「そろそろ自分の普通が他の人の普通と違うってことに気付こうよ……」

 なのはが心底呆れたような顔で呟く。失敬な。

「で、できれば次からは、こういうことしないで、声だけかけて欲しいな」

 未だに心臓がばくばくしてるのか、胸を押さえながら言うすずかに、神妙に頷く。

「善処しよう」
「……絶対、する気ないよ、この人」

 なのはの言葉はスルーしてマジマジと三人の姿を見つめる。

「な、なによ」
「いや、三人とも浴衣なんだなって。よく似合ってる。普段と違う雰囲気出てていいな」
「そ、そうかな?」
「何よ。いきなり、褒めても何も出ないわよ」
「え、本当?えへへー、ありがとう」

 などと、三人とも誉められて満更でもなさそうだ。
 実際、お世辞でも何でもなく、本当に似合っていた。
 すずかは暗めの青をベースに花をあしらった、清楚ながらも落ち着いた印象を醸し出している。
 アリサは、赤をベースにした派手な色合いだが、アリサ自身の綺麗な金髪と相まって、嫌味にならない華やかさがある。
 なのはは、白い浴衣に赤やら青で模様のついたやつで、いつもどおりのイメージなのだが、似合っていることに変わりはない。

「でも、なんかゆーとくんに褒められるとなんか変な感じ」
「了解した。これからはなのはは絶対に褒めないで、貶すことだけに専念しよう」
「わぁっ、ごめん。ウソウソっ、今のなしっ!」

 そんなやりとりにすずかとアリサが笑い出し、釣られるように俺となのはも笑い出す。

「ここにいるってことは、ゆーとくんもお祭り行くんだよね?一人?」
「他に行く相手がいないんだったら、一緒に連れてってあげてもいーわよ」

 何故に上から目線なのだ、この金髪は。

「行きたいはやまやまなんだが、生憎と持ち合わせがない。ちょっと、用事があって、財布の中身がすっからかんなのだ」
「……前から思ってたけど、あんた、本当は凄いバカでしょ?」

 アリサの言葉には遠慮も容赦の欠片もなかった。

「ご想像におまかせしよう。とにかく、そんなわけでどっか景色のイイトコで花火見物でもしてるよ、一人だけ飲み食いできないのはしんどいからなー」

 久しぶりの屋台の味を楽しめないのは残念だが、これが最後の機会というわけでもない。

「あ、だったら、私と半分こする?多分、私一人じゃ食べきれないの多いし、そのほうが色々なの食べれそうだし」

 などと、すずかがとても有難い提案を申し出てくれた。しかし女の子に奢ってもらうのはどーよ?、と思った瞬間、俺の腹の虫がこれ以上ないくらいのタイミングで反応した。

 ぐきゅるるー。

「あはは、お腹は正直だね」
「えっと、その、いいのか?」
「うん。どーせならみんなで回ったほうが楽しいもん」

 やべぇ、ちょっと、ジーンときた。すずかの心意気に惚れそうだ。

「有り難くその提案を受けさせていただきます」

 へへー、と土下座しそうな勢いで頭を下げる。最近、すずかに借りを作りっぱなしが気がするが、それはそのうちコツコツと返しておくことにして、今は有り難く甘えさせてもらおう。

「すずかはこいつを甘やかしすぎ」

 正直、俺もそう思う。

「今なら荷物持ちでもなんでもやらせてもらおう」
「お祭りでそんなに荷物出ないと思う」
「なのはのくせに的確な突っ込み……だと?」
「あ、せっかく私も分けてあげようと思ったのに、そういうこと言うんだ?」

 即座に俺は膝をついて頭を下げる

「イヌとお呼び下さい」
「……あんた、プライドってもんはないの?」

 俺は胸を張って答えた。

「フンッ、プライドで腹は満たされぬわっ!」
「…………はぁ、しょーがないわね、私の分も分けてあげるわよ」
「マジか」
「すずかとなのはが分けるのに、私だけ分けないわけにはいかないでしょーが」
「いかん、アリサが漢らしすぎて、これまた惚れてしまいそうだ」
「よし、その喧嘩買ったわ。そこになおりなさい」
「調子に乗りました。ごめんなさい」

 拳を手の平に打ち付ける音が、アリサの本気度を感じさせたので、即座に謝った。






「はい、ゆーとくん、あーん」
「え」

 目の前には爪楊枝に刺されたたこ焼きが突き出されている。
 以前のアースラでの出来事がフラッシュバックする。
 それはいい。
 だが、この衆人環視の中でこれは一種の羞恥プレイではなかろうか?

「えっと……すずかさん?」
「えへへ。一度、こういうのやってみたかったんだよね」

 うわぃ。なに、このデジャヴ。
 流石にこれは勘弁して欲しいなぁと思ったところで、俺の腹の虫が泣きだす。
 そういや、昼飯も食ってなかったか。ぐきゅるるーと、腹の虫は美味そうな餌を前にしたことで、全力で暴れだしたようだ。

「ちなみに普通に自分で食べるのはなし?」
「うん」

 笑顔で即答だった。
 ……まぁ、いいか。正直、羞恥よりも空腹のが耐え難い。
 子供相手に深く考えたら負けだと、自分に言い聞かせ、すずかの差し出したたこ焼きにかぶりつく。
 うん、熱い。熱いが美味い。

「美味しい?」
「ほふほふ」
「ゆーとくん、ゆーとくん、今度はこっち」

 たこ焼きを口いっぱいに頬張ってコクコクと頷いてると、なのはから焼きそばを突き出される。
 なんとかたこ焼きを飲み込むと、焼きそばを口の中一杯に突っ込まれる。
 まぁ、美味いことは美味いんだが、何かこう・・・・・・色々間違っている気がして仕方ない。

「……おかしい、本来ならあーん、という行為はもっと心ときめくラブラブな雰囲気の元で行われるべきではないのか」
「どっちかっていうと、餌をもらうペット?」
「鬼か、お前は」

 とうとうなのはに人外扱いされた。甚だ不本意だ。

「あはは。ま、でも間違ってないんじゃない?珍獣的な意味で」
「誰が、珍獣か」

 ギロリとアリサ睨んだところで、なのはが口を挟む。

「でも、さっきイヌって呼んでいいって言ったよね?」
「…………」

 俺は自らの行いを大いに自省した。これからはもう少し後先考えて発言することにしよう。というか、近頃、この三人組の会話レベルが飛躍的に上がってる気がして仕方ない。

「言っておくけど、私はやらないわよ」
「そのほうが助かります」

 この状況であーんされてもまったくときめかないし、嬉しかない。どう考えても拷問です。本当にありがとうございました。
 と、そこに背後からたったったと、足音が聞こえてきた。

「ゆぅぅぅとぉぉぉぉっ!!」

 振り向けば、見覚えのある子どもが、物凄い勢いで駆け寄ってきたかと思うと、地を蹴って飛び上がった

「死ねぃっ!」
「おまえがな」

 繰り出された飛び蹴りを半歩身体をずらして回避し、カウンター気味に額に掌打を押し当てる。

「ふべっ!」

 あえなくクラスメイトAの男子は尻から落下し、無様な声を上げる。

「なにやってんだ?」
「それはこっちの台詞だ!なんだよっ!金無いから来ないとか言ってたのになんでいるんだよっ!?」
「金ないのは本当だぞ。ただ、すずかたちが奢ってくれるっていうから付いてきてるだけだ」
「……おまえ、男としてのプライドないの?」
「空腹の前にはそんなものポイ捨てだ」

 沈黙の間。

「とりあえず、詳しいを聞かせてもらおうか?」

 背後からどこからともなく現れたクラスメイトBにガシッと肩を組まれた。

「そーそー、ちょっと男同士で話そうぜ」

 さらに反対側をクラスメイトCに掴まれる。どうやらこいつらはこの三人で祭りにきてたらしい。

「あー、ちょい待っててくれ」

 俺らのやり取りに呆気に取られてる三人娘に手を振りながら、ズルズルとクラスメイト三人に引きずられていく。

「さて、皆の者。どうなのだ、こやつの量刑は?」
「死を」
「死を」

 人気のない場所に連れ込まれた途端、これである。これ以上ないというくらい殺る気全開だった。

「さて、そこのリア充?なにか言い訳はあるか?」

 どこにリア充がいるというのか。辺りを見回してみるが、俺らの他にそれらしき人影は見当たらない。
 どこにそんな輩がいるのか、視線で問いかける

「おまえだよ!おまえ!何、訳分からんこと言ってるんだ、こいつら、的な目してんじゃねーよ!」
「何、訳分からんこと言ってるんだ、こいつら。バカじゃねーの。死ねばいいのに」
「口に出して言うな!さらりと付け加えるな!」
「わがままだなぁ」
「誰のせいだよっ!」
「大変だな、頑張れ。じゃ、そゆことで」
「こらこらこらぁっ!?」

 あまり三人を待たせても悪いので、話を切り上げようとしたらガシッと手を掴まれた。

「いや、俺そっちの趣味はないんだけど……」
「俺だってねーよっ!?」
「それは結構」
「落ち着け、孝太。こいつの口車に乗るな」
「勇斗、何も言わずオレの言ったとおりのことを想像してみろ」

 このままグダグダやっても解放されそうにないので、仕方なく頷く。

「親友の誘いを断って、女と一緒にいるけしからん輩を見つけた」
「ふんふん」
「そしたら、そいつはクラスでもトップ5に入る可愛い子二人にあーんして、焼きそばやらたこ焼きを食べさせてもらってた。お前ならどうする?」

 想像してみた。

「よし、殺しに行くぞ。どこだ、そいつは」
『おまえだよ!』

 三方から同時に声がハモった。
 あぁ、客観的に見たらそうなるのか。

「なら、問題ないな。一件落着」
『するか!』

 再びハモられる。
 まぁ、気持ちはわからなくもない。主観的に拷問だったとしても、そんな光景を見せられれば誰だって殺意を抱かざるを得ないだろう。

「つまり、おまえらも同じことをしたいと?」
「…………」

 三人は揃って口を噤む。
 殺意を抱くには十分だが、自分が同じことをしたいかというと、単純にイエスとは言えないだろう。
 冷静になって考えれば、周りに人がいる中あれをやるのは恥ずかしいし、照れくさい。
 仮にしたいと思っても、この年代の子どもが素直に言えるはずもない。
 それを理解した上で俺は口を開く。

「まぁ、その、なんだ」

 俺は口元にたっぷりと悪意と嘲りを込めて嗤った。

「負け犬乙」
「コロスッ!」
「シネッ!」
「ユ"ルザン!」
「わはははーっ!」

 即座に手やら足が飛んできたので、すかさず逃げる。

「てめぇっ、逃げるな!ゆーとっ!」

 そんな言葉をわざわざ聞く義理はない。魔力で強化した逃げ足でささっと距離を取り、胸をはる。

「ふははっ、生憎だがこの遠峰勇斗。逃げも隠れもするし、嘘も言う!」
「全部ダメだろ!」
「ふぅん、よかろう。ならば出店の出し物で決着をつけようではないか」
「のったぁっ!俺の射的の腕前見せてやる!」
「よし、金魚すくいとカタヌキもくわえよーぜ!」
「ビリは罰ゲームだな!」

 なんだかんだでノリの良いこいつらが大好きです。

「こらー、アンタ達いつまで待たせんのよー」
「悪い、悪い。ちょっとこれから出店で勝負することになってさ」
「とりあえず一致団結してこいつを潰す」

 云々と頷くクラスメイト一同だが、射的や金魚すくいでどうやって一致団結するのか、実に興味深いとこだ。

「へー、なんか楽しそう」
「私達も参加しよっか?」
「うん、それもいいね。あれ?でもゆーとくん、お金ないんだよね?」
「大丈夫!こいつらが全員で俺一人の分くらいカンパしてくれるらしいから」
「え」

 呆けるクラスメイトに胸を張って言う。

「自慢じゃないが、今の俺の財布には百円玉一枚とてないぞ」
「……本当に自慢になんねーな」
「なんでそんな偉そうに言えるんだ」
「こいつに常識を適用したら負けだぞ」

 どこに行っても俺の評価はこんなものばっかりである。世の中理不尽な。

「まー、おまえらが金出さんなら、勝負の話はなしだな。まさか男と男の勝負なのに、女に金出させるわけにはいかんだろう」
「ちっ……」
「汚いな、さすがゆーと。汚い」
「もっと褒めれ」
「褒めてねぇ!」

 クラスメイトABCは顔を付き合わせて、しばらく逡巡していたが、結局は三人で俺の分を出すということで合意したようだ。

「ぜってー、ぶちのめすからな!」

 いきり立って、先を歩いていくお子様三人の背中を見送りながら、俺はひそかにほくそ笑む。

「よし、これでタダで遊べるぜ」
「……もしかして、ゆーとくん、最初から狙ってた?」

 なのはが戦慄したように恐る恐る尋ねてくる。
 俺はニヤリとした笑みでただ一言だけ答えた。

「計画通り」

 なのはとアリサがサッと、一歩距離を取った。

「小悪党の鏡ね……」
「だろー?」
「だから褒めてないってば」
「あはは」

 そんなこんなでお子様連中と賑やかにお祭りを楽しむこととなった。
 賑やかな喧騒の中、そっと星の瞬く夜空を見上げる。
 もし、優奈がこの世界にいるのなら。あいつもこの空の下、同じように星を見ているんだろうか?

「ゆーとーっ!何ボーっとしてんだ、置いてくぞー」
「おー、今いくー」









■PREVIEW NEXT EPISODE■
プレシアとクロノ達の尽力により、フェイトの裁判は予定より早く終ることになる。
勇斗となのは、二人はフェイトとの再会の約束を果たすために、管理局本局へと赴く。
そして、勇斗はとある人物との出会いを果たすのであった。

カリム『お初にお目にかかります』
 




 

TOPへ INDEX BACK NEXT

採点(10段階評価で、10が最高です) 10
お名前(なくても可)
できれば感想をお願いします

UP DATE 10/8/16

#############