リリカルブレイカー
第31話 『遠峯勇斗、行くぜぇっ!』
週末の土曜日。以前、シグナムが言い出した守護騎士によるいじめ、もとい、俺の稽古が行われていた。
「死ぬ死ぬ死ぬっ!」
迫りくる鉄塊をしゃがみ込むことでギリギリ避ける。
頭上の僅か数センチ上をヴィータのデバイスことグラーフアイゼンが通過する。
「安心しろ、お前の防御でも防げる程度にしか力込めてねーから。おまえでもちゃんと受け止められる」
と、片手でハンマーことグラーフアイゼンを軽々と振り回すヴィータだが、怖いものは怖い。
ブンッと唸りを上げて旋回するハンマーが今度は頭上から振り降ろされる。
「無理っ!」
横っ飛びで大きく距離を取る。
ハンマーを叩きつけられた地面が、サッカーボール大ほどの穴を開ける。
いやいや、あんなの受け止めたら俺の腕、砕けるって!
「動きに無駄が多すぎだ。かわすならもっと小さな動きでかわせ。あと目をつぶるな」
「素人に無茶言うなっ!鉄塊が迫るだけで怖いんだよっ!?うひゃらおうっ!?」
叫んでいる間に一発、二発と飛来するゲートボール、もとい鉄球。
大分速度は遅めに調整してあるんだろうが、それでも怖いものは怖い。
こっちは大げさに体を逸らしたり、飛んだり跳ねたりしながら必死に回避する。
「言っとくけど、一度かわしたらそれで終わりじゃねーぞ。魔導戦は相手だけじゃなく全周囲に気を配っとけ」
「は?ぶぅっ!?」
背後から衝撃。一人が体当たりしてきたような衝撃に、前のめりに地面に叩きつけられる。
「ちゃんと受身取らねーと痛いぞ」
「…………はい」
言葉通りヴィータはちゃんと手加減してくれるようで、大したダメージはない。
何をどうあがいても勝てる道理はないのだが、このままヤラレっぱなしというのも格好がつかない。
「……ふんっ!」
せめて一撃くらいは浴びせようと、手を付いて跳ね起きる。
右足を距離を取るため後ろに置き、軸足の回転に合わせて、ヴィータ目がけて打ち出す。
が、いくら力の差があるとはいえ、ヴィータの容姿は幼女。一瞬だけ心のブレーキがかかり、初動が遅れる。
「遅い」
全力の前蹴りは、わずかにヴィータが体を逸らすだけであっさりと避けられる。
そしてヴィータが気怠げに振るったグラーフアイゼンが俺の体めがけて飛んでくる。
とっさに左腕でガード!したまでは良かったのだが、
「うおぅっ!?」
ガードした腕ごと体をふっ飛ばされた。
数メートルほどゴロゴロと転がり込んでようやく停止する俺の体。左腕が思いっきり痺れた。
「無理ゲーすぎるだろ、これ……」
さっきからヴィータは片腕しか使ってない。
何をどうやっても一撃を当てるヴィジョンすら浮かんでこねーぞ、これ。
「動きが素直すぎるんだよ。何を狙ってるかバレバレだ。っていうか、それ以前にお前、一瞬攻撃を躊躇ったろ」
「……いやぁ、さすがに幼女相手だとどうしても良心が痛んで」
相手の実力とか関係なしに躊躇するのは人の性質だと思うのですよ。
「ゆーとくんが良……心?」
黙れ、そこの幼女。はやてには心のなかでだけ突っ込みを入れてスルー。
仰向けに転がった状態からもそもそと起き上がる。
「お前があたしに遠慮なんて100年はえーよ。こう見えてもおまえなんかよりずっと長く生きてるんだ。もっと全力でぶつかって来い」
ビシッとグラーフアイゼンを突きつけるヴィータ。
幼女とはいえ、その実力故かその様は中々堂に入っている。なんとなく俺も同じように指を突きつけ、言ってみた。
「つまりロリババァ!」
「いっぺん死んどけ、コラァッ!」
言うまでもなく、俺はヴィータにボコボコにされた。
「うぅ……痛いよぉ、痛いよぉ」
シャマル先生の回復魔法を受けながら、痛みに喘ぐ俺。ちゃんと手加減はされてても痛いものは痛かった。
「今のはゆーとくんが悪い」
「ゆーとくんが悪いですね」
「自業自得だ」
「おまえが悪い」
はやてに続き、シャマル先生、シグナム、ザフィーラとフルボッコの嵐だった。
「すんませんでした……」
つい、勢いに任せて口走ったことはいえ、弁解の余地はまるでなかったので、土下座にて許しを請う。
「ふん」
案の定、取り付く島もなかった。ヴィータは軽く鼻を鳴らすが、こちらを見向きもしない。
「このお詫びは翠屋のシュークリームにてどうか一つ」
「……ちゃんと、はやての分も買っとけよ」
「イエッサー」
ジロリと横目で睨めつけられながら、へへーと、地べたに頭を擦り付けながら謝罪する俺。
今月の小遣いがマッハでピンチである。
「さて、一休みしたら今度は私が相手をしよう。ヴィータよりはお前もやりやすいだろう」
「……うぇい」
シグナムの言葉に生返事を返すものの、ヴィータとはまた別の意味でやりづらい。
とんでもなく美人な上に、スタイル抜群。正直、直視するのが辛いくらい綺麗なのだ。あと、どうしてもその胸に目が行ってしまう。
なんてことを口走ったら色んな意味で人生が終わるので流石に口に出さない。
あいつも十分でかかったけど、シグナムはさらにその上を行く。さすがにおっぱい魔神の異名は伊達じゃない。
いつかあれに顔を埋めてみたいが、未来永劫叶わぬ夢だろう。
訓練のどさくさに紛れれば……と思わないでもないが、さすがにそこまでする勇気はない。実にチキンな俺である。
「…………とりあえずレヴァンティン使うのはやめませんか」
「心配いらん。ちゃんと切れないように魔力でコーティングしてある。せいぜい木刀で軽くこづかれた程度にしか感じないだろう」
と言われてましても、まず刃物は視覚的によろしくないのですよ。普通にこえぇ。
「ゆーとくん、腰引けとるよー」
「うるせー!こっちは刃物怖いんだから仕方ないだろっ!」
自分ではそんなつもりはないのだが、傍から見ると思いっきり腰が引けてるらしい。
口に出していったとおり、刃物怖いから仕方ない。シミュレーションで向けられるのと、実際に向き合うのではまた恐怖の度合いが違うのだ。
素手で刃物相手とか心理的に超無理ゲーなんですけど。レバ剣超こえぇ。
「……一応、実戦はくぐり抜けたと聞いているが」
「あんときはマジギレしてて、テンションおかしかったからな……一回だけだし」
シグナムは時の庭園でのことを言っているのだろうが、あれをカウントしていいのかどうかは個人的に疑問だ。
デバイスもなしにいきなり時の庭園に突っ込むとか、冷静になって考えると色々有り得ねぇ。
ブレイカーのある今でも、同じことが出来るかというとかなりの疑問だ。二度とやりたくないぞ、あんなん。
テンション振り切った時の俺の行動は色々おかしい。
「マジキレ?ゆーとくんが……?」
「……なんだ、その目は」
ボソリと呟いたはやてが、心底意外そうな顔でこちらを見ていた。
「いや、ゆーとくんでもマジキレすることがあるんやなー、と」
「……若気の至りだ」
「いや、今も十分若いやん」
はやての突っ込みを聞き流しつつ、心の中でため息をつく。
あの時のことは思い出すと恥ずかしいのであまり突っ込まれたくない。勢いに任せるとロクなことをしないのが俺の悪い癖だ。
「やれやれ、どうやらお前は刃物に慣れることから始めないといけないようだな」
「やー、慣れても無駄な気はするんだよなぁ。何をどうやってもおまえらレベルに辿りつける気しないし……才能ないからなぁ」
適性が無いのは管理局のお済み付きだし。闇の書戦では、魔力吸われて終わりだし。
魔法は使い続けたいけど、管理局に入る気は無いから、ぶっちゃけ俺が強くなる必要性感じないし。
ジュエルシードの時はなのはだけに戦わせるのに抵抗があったが、今回は上手くいけば、なのはもフェイトも上手く戦わずに済む可能性もある。
はやてとリインフォースが防衛プログラムを切り離せば、アルカンシェルでドカンで終わるし。
なんだかんだで前ほどの緊迫感がないのだ。何かあれば前みたいに力ないのを悔やんだりするんだろうけど……。
あれだ。普段はまったく勉強するつもりもないくせに、テスト直前になって、なんで普段から勉強しなかったんだって後悔するようなものだ。
後悔したところで、テストが終われば結局教訓を生かさずに今まで通りっていうダメパターン。
「……おまえのその桁外れの魔力は十分才能の一つだと思うがな」
「元があっても、他の資質が皆無って言われてるしなぁ。まぁ、やるだけやってみるけど」
と、口に出してから自分の失態に気付く。経緯はどうあれ、人に付き合ってもらってこんな愚痴々言ってるのは非常に礼節を欠く行為だった。
「すまん、言い訳がましかった」
軽く頭を下げてから、パンと頬を叩いて気を入れ直す。思ってても、わざわざ口に出して言うことでなかった。
うん、やるからにはちゃんとやんなきゃ駄目だな。
「お願いします」
改めてシグナムに向き直って、拳を構える。今はやるだけやっておこう。
「……よくわからんな、おまえは」
シグナムに珍獣を見るような目をされた。
「放っとけ」
スウッと息を吸って、吐き出す。まずは一撃でも当てることを目標に……。
「遠峯勇斗、行くぜぇっ!」
地を蹴って、後ろに引いた拳を突き出す。
当然のようにするりと身をさばいたシグナムにかわされ、横薙ぎの一閃が脇腹へと突き刺さる。
「がふっ!」
「不用意に跳ぶな。空中で身動きが取れない分だけ、おまえは敵に無防備を晒すことになる」
横薙ぎの一撃をまともに喰らった俺は、ゴロゴロと転がりつつもなんとか起き上がり、自らの脇腹へと視線を向ける。
ズキズキと痛みはあるが、衣服を始め、確かにに切られてない。シグナムの言うとおり、切るというよりは棒で殴られたような衝撃だった。
とはいえ視覚がまんま刃物なので、やられる側としては非常に心臓に悪い。
シグナムは右手に剣を下げたまま追撃してこない。
どうする?迂闊に攻めればまたさっきの二の舞だ。かと言って、俺がシグナムの隙を見つけることなんてできるはずもない。どうすればいいんだ、これ。早くも詰んだ気がする。
「こないのなら……こちらから行くぞ!」
「おおっ!?」
下から切り上げるように迫る白刃。思わず片目を瞑りながらも、後方に飛んで交わす。
すかさず返すように振り下ろされる一撃。反射的に上げた両腕でガード。なんとか止めた、次は……っ。
「腹ががら空きだ」
「うっ……」
下を見れば、シグナムの爪先が俺の体に当たるギリギリで止まっていた。
「一撃を止めたところで気を抜くな。剣士の攻撃が剣だけのものとは限らないのだからな」
「……了解」
もっとも、そんなん言われただけで実行に出来れば苦労はないのだが。
「さて、今度は好きなだけ打ち込んでこい。私から反撃は一切しない。まずは一撃でも当ててみろ」
そう言って、シグナムは先程同様、片手に剣を下げた状態で手招きをする。
と、言われても。まったく当てられる気がしないのだが。
「まぁ、やるだけやってみるか……」
今の俺が隙を見出そうとするだけ無駄だ。ならば、何も考えず突撃あるのみ。
そして結論。
「ゼェ……ゼェ……どー考えても無理!」
「諦め早いなー」
十分後、体力を使い果たした俺はあえなく地面に転がっていた。
茶化してくるはやてだが、見てるだけのお前には言われたくないぞ。
「う……る、せぇ……」
無理なもんは無理だ。元々俺は体育の成績も並で運動が特別得意でもないのだ。
何をどうしたってシグナムに当てられる道理があるわけねー。
「ヴィータも言っていただろう。動きに無駄が大きすぎる。がむしゃらに動くのではなく、まず相手の動きをよく見てそれに合わせて動け」
「こ、こちとら魔力がでかいだけの……普通の、小学生、だ。んな、簡単に……出来る、か」
「流石にすぐに出来るとは思ってない。おまえのペースでゆっくりやれば良い。稽古をつけると言い出したのは私だからな。おまえがやるというなら時間の許す限り付き合おう」
私服に戻ったシグナムがこちらを見下ろしながら、有難いお言葉をかけてくれる。くっ、この角度ではスカートの中が見えない!あ、でもこの角度でも胸の大きさはよくわかる。すげーな、本当。
それはさておき、嬉しいような、嬉しくないような実に複雑なお言葉である。
痛いのも疲れるのも嫌だが、シグナムのような美人にそう言われるのは悪くない気分だ。内容が色気もへったくれもない戦闘訓練だというのは置いといて。
「ひょっとしてシグナムがそう言うってことは、もしかして俺って格闘のほうの才能あったりする?」
微かな希望を抱いて聞いてみた。
「ないな」
「ねーよ」
「ないですね」
「ないな」
守護騎士全員で完璧にハモりやがった。
しかも全員馬鹿にしてるわけでもなく、ただ淡々と事実を述べてるって感じなのが泣けるね、ちくしょう!
「…………ですよね」
知ってた。言ってみただけだよ。
「大丈夫、別に戦えなくても、ゆーとくんにはいいとこ一杯あるよ」
「いや、そこで慰めとか同情いらないから」
本気で言ってるのが余計惨めになるわ。
「強くなるのに一番重要なのは才能ではない。努力をしても必ず報われるものではないが、才能があってもそれを磨く努力をしなければ伸びしろはたかが知れている。もし、お前が本当に力を必要とするのなら、大切なものは何か、自分でよく考えることだな」
「…………」
シグナムのご高説はもっともなのだが、あいにくと俺が戦うための力を必要とするかどうかはかなり微妙なところだ。
才能がないと言われているものをあえて頑張る理由も必要性も、今のところは皆無だった。
「……今日のところは、この辺にしておこう。この稽古、今後も続ける気はあるか?」
「んー」
中々難しい所だ。強くなりたいかどうかで言えばなりたい。
こうして魔力を全開にして体を動かすのも楽しいといえば楽しい。
だが、必死になって頑張るほどのことでもないというのが正直なとこなのだ。
「……シグナム達さえ良ければ週一で付き合ってもらっていいか?」
考えた末に出した言葉は、酷く当たり障りのないものだった。
「あぁ、構わん。おまえがそれで良いのならな」
シグナムは特に文句をいう事もなく頷いた。
……その目に僅かだか失望の色が浮かんだ気もする。
が、だからといってそれを払拭する為に何かしようとするほどの気概も湧いてこない。
所詮、俺は魔力がでかいだけのインドア派の一般人なのだと自分に言い聞かせて。
「おにーちゃーん!」
管理局本局のベンチに座り、ぼんやりと午前中の出来事を思い返していると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
顔を上げれば、ほぼ一か月ぶりに見かけるナカジマ姉妹とクイントさんの姿があった。
前に約束した通り、またギンガと遊ぶために本局を訪れたのだ。
「よぅ、元気にしてたか」
駆け寄ってくるギンガに手を挙げて答えると、嬉しそうに頷き、
「うん、元気だよ!おにーちゃんも元気にしてた?」
「おう、元気だぞ」
そしてスバルは相変わらずクイントさんの後ろでオドオドとこちらを覗き込んでいた。
「スバルも元気かー?」
ヒラヒラと手を振ったら、ビクッと怯えられた。ちょっと凹む。
「もー、スバルったらしょうがないわねー。ごめんね、ゆーとくん、この子人見知りするから」
「いや、まぁ、いいですけどね」
自分が子供に好かれやすいとは思ってないし。
「あはは。お詫びというわけじゃないけど、ちゃんと約束のものは持ってきたわよ」
そう言ってウインクしながら、ローラブーツを掲げるクイントさん。
「おおっ!」
今回の訪問に当たって、前もってシューティングアーツとローラブーツを教えて欲しいと頼んでおいたのだ。
正直シューティングアーツのほうはおまけ程度なのだが、あのローラブーツは一度使ってみたかった。
未知の体験に、心が弾む。
「おにーちゃんには私が一からしっかり教えて上げるね」
「ん、よろしく頼むよ。ギンガ先生」
俺の手を取って胸を張るギンガに思わず頬が綻ぶ。あぁ、もうこいつは可愛いなぁ。
フェイトやなのはとはまた違った可愛さを持つギンガは思いっきり甘やかして愛でたくなる。
フェイト達も十分妹的な存在だが、ギンガは純粋(?)に妹として扱いたい貴重な存在だ。
「うん!ビシバシ行くからね!」
こうして、ギンガとクイントさんによるシューティングアーツ体験講座が始まったのだが。
「うおおおおおっ!?」
ローラーブーツが作動し、下半身だけがもの凄い勢いで前進し、取り残された上半身が引っ張られるようについていく。
「おにーちゃん、魔力強すぎ!強すぎ!」
「どわぁぁっ!?」
必然的に体のバランスが崩れ、後頭部から落下する。
「おおおお〜〜〜〜〜〜っ!?
いてぇ!咄嗟に圧縮魔力でガードしたけど後頭部からモロに落下は痛い!
「だ、大丈夫、ゆーとくん?」
「は、はい。なんとか……」
心配そうに駆け寄ってきたクイントさんになんとか頷き返す。
「おにーちゃん、涙出てるよ……」
「……うん、大丈夫だけど痛かった」
ギンガは可哀想な子を見るような目で見つめ、スバルは遠くからハラハラとした顔をしていた。
「だめだよー、いきなりあんな風に魔力全開にしたら。初めははもっとゆっくり小さく魔力を注いでいかななきゃ」
指を立ててしたり顔で言うギンガ。
「いや、俺としては針の穴に糸を通すようなつもりでゆっくり注いだつもりなんだけど……」
いくら俺でもいきなり魔力全開でローラーブーツを発動させたりなんかしない。
リミッターもかかってるし、以前アースラのデバイスをぶっ壊した前科も踏まえて、細心の注意を払って魔力を注ぎこんだ……はずなのだが。
「……あれで?本当に?」
「…………うん」
ギンガの驚いたような呆れたような視線に気まずく頷く。その隣ではクイントさんがアラアラと苦笑していた。
「おにーちゃん」
「はい」
腰に手を当ててたギンガが、やれやれといった感じで小さくため息をつく。
おかしい。いつの間にか立場が逆転しているぞ。
「魔力はもっと、もーっと小さくしないとダメだよ。おにーちゃんの大雑把で大きすぎるよ。ローラーブーツはでりけーとなんだからねっ!」
「……はい」
ギンガの言葉にただ頷くことしかできない。あとクイントさん楽しそうにクスクス笑わないでください。
スバルはスバルで何かギンガを尊敬の眼差しで見てるし。なんだ、これ。
「じゃ、おにーちゃん、もっかい最初っからやってみようか」
「あいよ」
転ばないように、バランスを取りながら慎重に立ち上がる。
できる限り小さくして魔力を注ぎ込む。
「お」
ほんの少しだけ、ローラーが回りだす。
「うん。その調子。そのままの出力で動いてみて」
「了解」
ギンガの言うとおり、体のバランスを上手く取りながら出力を維持する。
トロトロと亀の如きスピードながら、俺の体は少しずつ前進していく。
「そうそう、その調子♪」
ギンガが手本を見せるように俺の前へと回りこんでくる。
その動きに淀みは無く、ローラーブーツの制御を完全にモノにしているようだ。
うぅ、俺も早くあのくらい動けるようになりたい。
こうしてギンガに先導されながら、訓練室をグルリと一週する。
「よしっ!じゃあ、ちょっとずつ出力あげてみようか。ちょっとずつだよ、ちょっとずつ。いきなりドバーッてやったらダメだよ」
「あぁ、わかってるよ」
ギンガがそっと俺の横に並び、俺もちょびっとだけ魔力の出力を上げる。
「と、ととっ」
前進するスピードが上がり、一瞬だけバランスを崩すがすぐに立て直す。
「うん、そう。上手上手!」
ギンガがスピードを上げた俺の横に並び、嬉しそうにパチパチと手を叩いてくる。
こっちはこっちで魔力制御に必死だけど、段々楽しくなってきた。
「その速さでいいから、ちゃんと私のあと付いてきてね」
「お、おう」
ただ室内を回るだけではなく、ジグザクに動いたり、180度ターンと、ギンガのあとをノロノロとついていく。
普通に歩くのと大して変わらない速度だが、最初に比べれば大分動けるようになれたと思う。
「そうそう、その調子。良い感じだよ、おにーちゃん♪」
それにしてもギンガ可愛い。妹属性はなかったはずだが、ギンガのせいで何か目覚めてしまいそうだ。
ギンガの「おにーちゃん」は何か癖になる。
「って、おにーちゃん、速い速い!」
「おおおっ!?」
などと考えこんだせいで、魔力制御が雑になった。気付けば、ローラーブーツが物凄い勢いで加速していた。
「くっ、なんのっ!」
伊達に俺もローラーブーツに慣れてきたわけではない。今度はきっちりと重心を制御し、体勢を整えることに成功する。
「危ないッ」
「おにーちゃん、前前っ!」
「げ」
姿勢を制御するために、視線が進行方向から離れていた。
スバルとギンガの声に目の前には壁。
当たり前だが、今の俺に急停止できるような技術はない。このままではモロに壁に激突してしまう。
「ぐっ!なんとぉーっ!」
右足を蹴り上げる。ローラーが壁面と激突するも、回転は止まらない。
「エフェクトファン全開!」
魔力を制御し、ローラーブーツの更なる機能を作動させる。
ローラーはそのまま壁面に大してグリップ力を発揮し、回転を続ける。
俺はその流れに逆らうことなく、体勢を整え壁面走行へと移行する。
「ずおっとっとぉっ!?」
半ばしゃがみ込むような姿勢になったが、ローラーブーツがうまい具合に重力を制御してくれるようで、なんとか走り続けられている。
「おにーちゃん、凄い凄い!」
ギンガの喝采になんとか手を振って返すが、割と冷や汗もんだった。危なねぇ。
「ハッハッハー!俺だってこれくらぶっ!?」
「あ」
壁を斜めに上昇して行き着いた先は天井だった。
そのままローラーブーツへの魔力供給が切れ、ボトリと落下。
「へぶっ!?おおおおっ!?」
べチャリと、顔面からモロに落下し、痛みで転げまわる。
「だ、大丈夫、ゆーとくん!?」
慌てて駆け寄ってくるクイントさんとギンガ。
「大丈夫ですけどいてぇっ!超いてぇっ!?」
ズキズキと痛む鼻を抑えながらぶつかったとこを見上げると、思いっきり人型に凹んでいた。
「……人型の穴なんて空くの初めて見たぞ」
どこのギャグ漫画だよと、言いたい。
「……プッ」
誰かが噴きだすような声に振り向けば、いつのまにか来ていたスバルが笑いをこらえていた。
「……フフフ、あははっ」
が、すぐにこらえきれず、思っきり笑いだしていた。
「ふふふっ、あははははっ」
釣られるようにしてギンガも笑い出す。うん、まぁ、これは笑うしかないな。
自然と俺の口にも笑みが浮かび、声を出して笑っていた。
「おにーちゃん、鼻血出てるよ」
「お、サンキュー、スバル」
ひとしきり笑ったあと、おずおずとスバルがティッシュを差し出してくる。
まだおっかなびっくりという感じだが、少しは距離が縮まったようでちょっと嬉しいと思いながら、ティッシュを鼻に詰める。
「……うむ、実に格好悪いな、俺」
「あははっ、でもおにーちゃんらしくていいと思うよ♪」
「…………」
うん、わかってる。ギンガは悪気があって言っているわけじゃない。
「それは物凄く嬉しくないぞ……どんなイメージだ、おい」
「えーと、お笑いの人?」
「なんでやねん!」
俺が突っ込むとギンガが笑いながらきゃーっと逃げ出し、スバルも小さく笑い出す。
やれやれ。散々な目にあったが、まぁ二人が楽しいからいいか。
なんやかんだで、ナカジマ家との交流を楽しんだ俺だった。
余談だが、この後のローラーブーツの練習で、三回ほど壁にぶつかるハメになる。流石に穴は開けなかったけど。
いつか絶対ローラーブーツを使いこなしてやると俺は心に誓った。
■PREVIEW NEXT EPISODE■
人は誰でも忘れえぬ記憶がある。
夏のある日、勇斗は一人海鳴を発つ。
そこは勇斗にとって、愛しく、かけがえのない思い出の場所だった
勇斗『また会えるのかな』
UP DATE 10/7/12
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