リリカルブレイカー
第30話 『私は応援するよ』
「嘱託試験ねぇ」
「受かるといいね、フェイトちゃん」
「だな」
煎餅をかじりつつ、なのはの言葉に頷く。
なのはの家でフェイトからのビデオメールを見終えた俺たちは、まったりと雑談していた。
ビデオの内容は、フェイトが嘱託魔導師試験の受験を決めたこと、それに向けて勉強を頑張っているということだった。
プレシアから新しい魔法も教わっているらしく、終始、笑顔のフェイトにこっちまで嬉しくなってくる。やっぱり女の子の笑顔は良いね。ただし、可愛い子に限る。
フェイトからのビデオメールが届いたのは今朝。本来ならばアリサとすずか、はやても加わるはずだったのだが、アリサとすずかはお稽古。はやては通院の
為、今回は俺となのは、ユーノを含めた三人だけだ。全員の都合が良い日に改めて集合し、フェイトに送るビデオメールを作成することになるだろう。
「そういえば、ゆーとくんはまだ魔法の練習再開しないの?」
「んー、まだ自由に出歩けないからなぁ」
「そっかぁ、残念」
なのはの言う魔法の練習というのは、毎朝の早朝練習のことだ。ジュエルシードがらみで始めた魔法の練習だが、なのはは今でもその習慣を続けている。
俺もつい最近までは続けていたが、母親から出された【移動時は保護者同伴】命令が未だに解除されないので、これ幸いにと早朝練習を休んでいた。
前の人生でも部活に入っていたわけでもなく、バイトくらいしかしてない俺には、早朝練習はしんどすぎる。魔法の練習そのものは嫌いではないが、P.T事
件中のように切迫した事態でもなく、これといった目標もないまま、朝早く起きて、練習を続けることがだんだんと辛くなり始めていた。
自慢ではないが、基本だらけるのが大好きなダメ人間なのだ。
それでも今まで続けてこられたのは、惰性と、なのはが続けてるのに先に自分が挫折するのはみっともないという、酷く情けく消極的な理由だった。日々の練
習で確実な進歩が見られれば、また違ったのだろうが、才能皆無な俺の成長はあまりに芳しくなかった。おまけに人が半歩進んでいる間に五十歩も百歩も先を進
んでいく輩がいては、やる気が失せてしまうのも仕方のないことだろうと言い訳してみる。
一度、習慣が途切れてしまうと、なかなか再開しようという気にならないのが人の性。このペースでいくら頑張ったとしても、闇の書事件においても何かでき
るようなレベルになれるとも思えず、【移動時は保護者同伴】命令が解除されたとしても、毎日から週に二回くらいの頻度に減らす気満々の俺であった。実にヘ
タレである。
「え、と。ゆーとくんにちょっとお願いしたいことがあるんだけど……」
なのはが何やらおねだりしたそうな視線でこちらを見上げてくる。その様はまるで餌をねだるわんこだ。
「ヤダ」
「まだ何も言ってないよ!」
言わなくてもわかるから先に断ったのだが。
「俺宛てのディスク見せろっつーんだろ」
「う……」
じろりと一瞥すると、図星を刺されたなのはは慌てて弁解を始める。
「だ、だって、やっぱり気になるもん!別に見ても減るものじゃないんだからいいでしょっ?」
あたふたするなのはに苦笑しつつ、思案する。なのはが言っているのは、フェイトが俺宛に送ってきたビデオメールのことだ。
基本的にフェイトから送られてくるディスクは二種類存在する。一つは魔法のことを伏せたアリサ達にも見せられるディスク。もう一つは魔法関連の話題も収めたディスクだ。
それが今回に限って後者が二種。一つはいつもどおり、俺となのは宛て。もう一つは俺個人に宛てられたものだ。
前回なのは達に先んじてビデオメールを送っていたので、それに対して返したものだろう。
なのはの言うとおり、別に見せたところで減るものではないのだが、わざわざ自分に宛ててくれたのをなのはと一緒に見るのもいかがなものかと考えてしまう。
「お手」
「……?」
そう言って手の平を上にして差し出すと、首を傾げながらもおずおずと手を載せてくるなのは。
「たまにおまえ、凄く可愛いよね」
「え?え?え?」
手を乗せたままきょとんとするなのはの姿に和む。俺が元の姿だったら、思わず頭を撫でているところだ。同年代の姿でやるとアレだからしないけど。
「さて、見るもの見たし帰るか」
立ち上がろうと膝立ちになったところで、ガシッと手首を掴まれた。
「……見せないよ?」
「お手したのに?」
「別にお手したら見せるなんて言ってないし」
「……ジーッ」
「声に出してもダメだから」
「うぅ……、ゆーとくんのいじわるぅ」
涙目で見上げる視線に、むくむくと嗜虐心が鎌首をもたげてくる。やばい。これはもっといぢめたくなる。
「ゆーと……あんまりなのはを苛めちゃダメだよ」
さて、どうしてくれようかと思ったところで、ユーノから釘を刺された。
「いや、そう言われても、こういぢめてオーラを出されると……」
「そんなの出してないからっ!」
この場で『いぢめてオーラ』を察知できるのは俺だけらしかった。ちっ。
まぁ、なのはの言うとおり、別に見せても減るものではない。フェイトがわざわざ俺宛てにしたのも、俺が先に送ったビデオメールのことを内緒にして欲しい
と言ったから、その辺りについて言及してあるからだろう。ネタにされるのがわかりきっているから、あまり見せたくはないが、どうしても隠し通さなければな
らないというほどのものでもない。これだけ頼まれると、見せてもいいかなとも思ってしまう。
とはいえ、無条件に見せるのも何かあれだしなぁ。
「よし。なのはには貸しイチな」
「え?」
俺の言葉に、なのはとその肩に居座るユーノが揃って気の抜けた声をあげる。
「ただで見せるのはイヤだから、今度、俺が何か頼みたいこととかあったら、無条件で何か一つ言うことを聞く。この交換条件でどうだ?」
口の端を吊り上げ、なのはの不安を煽るようにふっふっふと、怪しい笑みを浮かべる。
「うぅ、なんだか物凄い変なこと頼まれそうだよぉ……」
「僕にはゆーとに悪魔の尻尾と羽根が生えてるように見えるよ……」
「ふふふふふふのふ」
俺はなおさら二人の不安を煽るように笑いながら、ディスクをかざす。
「イヤなら構わんぞ。ただしこいつを見るなら諦めるんだな」
「ううぅ……」
頭を抱えて悩むなのはは、手の平を向けて言った。
「ご、五分、考えさせて!」
俺の言うことを一つ聞くというのはそんなにも悩む条件なのだろうか?
そう思った自分が如何に浅はかで愚かなことをしたと思い知ったのは、わずか数分後。もっと悩むべきは俺自身だったのだ。
メールの中身は、予想通り無事を知らせたメールを送ったことに対する礼だった。この程度の内容ならわざわざ別個にする必要はないのに、律儀な子である。
感心する俺の傍らで、なにやらものすごくニヤニヤしたなのはとフェレットが、チラチラとこちらを見てくるが、そんなものは無視だ。フェレットの表情なんて
読めないけどそういう雰囲気だけは伝わってくる。
『あとね、なのは達が勇斗の好きな子が誰かって聞いてきたんだけど』
フェイトのその言葉に、ジロリとなのはを睨み付けると、なのはは乾いた笑いを浮かべて目を逸らす。
そんなものフェイトが知ってるはずないだろうに。つーか、そんな情報を拡散すな。などと、お茶を飲みながらのんきに構えていたら、いきなりフェイトが、もじもじと顔を赤くしながらとんでもないことを言い出した。
『勇斗が私を好きだってことは絶対話さないから安心して』
ブフゥッ!
「きたなっ」
「げふっ、げふっ、がふっ、げほっ!」
盛大に噴き出した。おもいっきり咽た。
「だ、大丈夫?」
あまりに咽すぎたので、見かねたなのはに背中をさすられる。
「いったい、何を……」
とりあえずビデオを止めたが、フェイトが何のつもりで今の発言をしたのか、まるで理解出来ない。いつの間にそういう話になった?
フェイトが冗談を言うとも思えないので、少なくともフェイトにはそういう風に思い込む何かがあったのだろう。
それが何かを、混乱した頭で思い出そうとしたところ――――俺に向けられる二つの生暖かい視線に気付く。
「…………」
そこには物凄い笑顔のなのはがこちらをじっと見つめていた。心なしか目が輝いてるようにすら見える。その肩に乗ったフェレットは、グッとサムズアップしていた。
「違う。これは違うんだ」
咽たせいで涙目の俺はイヤイヤと首を振るが、そんなことでこの状況が覆せるはずもない。
「えへへー。そっか、そっか。フェイトちゃんだったんだー。そういえば勇斗くん、フェイトちゃんだけには凄く優しかったもんねー」
「だから違う!あんまり調子の乗るとほっぺた引っ張るぞ!」
「うにゃあぁ!?へもへもゆーとひゅんはおまっはひゃよー」
「どう見ても照れ隠しだよね」
「ええぃっ、やかましいっ!」
「じゃあじゃあ、ゆーとくんはフェイトちゃんのこと嫌いなの?」
「なわけあるか。好きに決まってんだろ!」
と、反射的に答えたところで、なのはがさらにへらーとした笑みを浮かべたことに気付く。
あれ?なんか取り返しの付かないこと口走った?
「レイジングハート、今のちゃんと録音した?」
『Of course. I'm perfect』
「おぉぉいっ!?」
ちょ、おま!?何してんの!?
「やったね、なのは」
「うん、大成功!」
幼女とフェレットが打ち合うシュールな図に突っ込みたくなったが、それより先に突っ込まなければいけないことがある。
「なのはのくせにそんな高度な技を!?」
「えへへー。そうそうゆーとくんにやられてばかりじゃないよ?すごいでしょー?」
「何、無邪気な笑顔で恐ろしいことしてんだ、この悪魔!」
「前に君がやってたこと真似しただけだと思うよ」
「えへへー、はやくアリサちゃんやすずかちゃんに教えてあげないと」
「待てぃっ!?」
すちゃっと携帯を取り出し、メールを送信しようとするなのはを阻止しようと立ち上がろうとして――――緑色の光に雁字搦めにされた。
「僕に任せて!」
「ユーノ君ナイスっ!」
「てめぇぇぇぇ!ユゥゥゥノォォォッ!?」
バタバタと丘に上がった魚のようにあがくものの、それでメール送信を阻止できるはずもなく。
あえなく他の三人に俺がフェイトを好きだという誤報が広まってしまったのである。
この手の話題はムキになればなる程、相手が喜ぶという事実を、動転した俺はすっかり忘れ去ってしまっていた。
フェイトが勘違いした理由と、なのはに対して一つだけ命令できる権利があったことを思い出したのは、しばらくしてからだった。
人間、動転するとまともに思考が働かないものだね。
「ふっふっふー、そーか、そーか、あんたがフェイトのことをねー」
「フェイトちゃんはゆーとくん好みの大人しくて可愛い子やもんなー」
「ゆーとくん、私は応援するよ。頑張って!」
後日、今まで見たこと無いほど生き生きとしたお子様達を前に、俺は深く深く息をついた。
こいつら相手に誤解解くの無理。俺は即座に釈明を放棄した。
何もかもが面倒になった俺は、お子様連中の話を適当に聞き流し、フェイトの誤解をどうやって解くべきか頭を悩ませるのだった。
えぇ、同じ日に届いてたシャマルからのメールなんて二の次にしてしまうほどに。
「まったく、君から話があるときはいつも厄介ごとばかりだな」
「本当に……流石にこの展開は予想できなかったわねぇ」
俺の話を一通り聞き終えたクロノとリンディさんは共に呆れが混じった苦笑を零す。
そしてマジマジと俺の隣にいる――長く、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした女性――変身魔法を使っているシグナムへと視線を移す。
ここはアースラ内にある一室。俺はクロノにロストロギアの話があるということで、アースラへの乗船許可を申請した。
以前のフェイトの件もあって、クロノは俺の話を無下にすることなく、話し合いの場を設けてくれた。もっとも、待ち合わせの場に事前の連絡無く、変身魔法
を使って変装したシグナムを連れてきたことには当然のようの難色を示す。だが、それもロストロギアの関係者だということ、そして、そのロストロギアが闇の
書と告げたことで、なんとか説得し、この状況へ持っていったわけだ。
シグナム達が出した結論は、俺が希望したとおり、管理局と協力して闇の書の防衛プログラムを破壊すること。
もっとも、それには条件付きで、俺を仲介とし、シグナムが管理局の人間――この場合はリンディさんとクロノが信頼に足る人物かどうかを見極めることだった。
シグナムが信頼に値しない人物だと判断すれば、管理局との協力はなし。そうなればクロノたちもシグナムをただで帰すわけにはいかないだろうし、荒事になるのは想像に難くない。その場合、俺がどうなるのかは想像したくもない。
俺と同行するのがシグナム一人だったり、変身魔法を使っているのは、そうなった場合を想定してのことだろうか。管理局と協力しない場合、彼女たちがどう
するのかは、聞いても教えてくれなかった。この辺り、俺もまだ完全には信用されていないことが窺い知れる。当たり前といえば当たり前だが。
「是非とも、闇の書の騎士としての見解を聞きたいな」
余談だが、シグナムが闇の書の騎士とは説明してない。まぁ、闇の書の関係者と言えば、守護騎士か主のほぼ二択になるので推測は難しくないだろうが。
「正直なところを言えば、我らも半信半疑ではあります。ですが、彼の話に否定し難い一面があるのも事実。実際、我らには闇の書完成後の主に関する記憶がほとんどありません。夜天の書、という名にも覚えはありませんが、名状しがたい何かを感じています」
「なるほど……ね。それにしてもよく彼の話でこちらと協力体制を取る気になったわね。彼の言うことに、嘘偽りがあった場合にはどうするつもりなの?」
「無論、生まれてきたことを後悔するほどの苦痛と恐怖を与えます」
うわぃ。即答だい。前にも同じようなことを言われた気がするが、聞かされる側としては全然嬉しくない話だ。そんな思いが顔に出ていたのか、リンディさんとクロノは小さく笑みを零し、
「その時はこちらも協力しよう」
「よろしくお願いします」
などと、のたまいやがった。俺としては憮然とするばかりである。
「彼の話を信じた根拠としては、現時点でわかる限りの情報は全て真実であること。また、我らを騙したところで、彼自身には何の利点もないということでしょうか。我らに害為すつもりならば、我らの出現前に闇の書と主を押さえることが出来たのですから」
「突拍子もなく、確たる証拠もない。その割に現時点で得られる情報はすべて事実で、君には調べようのないものばかり。本当に君の情報は扱いに困るな。大体、君、前は予知能力みたいな力だって言ってなかったか?」
「いやぁ、あの時はどう説明したものか散々迷っててさぁ。最初から知識があるって言っても信憑性ないから予知能力ってことにしたんだよ」
ジロリと睨むクロノに肩を竦めて弁解するが、
「予知能力もたいして変わるもんじゃない」
「ごもっとも」
返す言葉もなかった。
それから、シグナムとリンディさん、クロノの間で情報交換を交えて、協議が行われる。
具体的には闇の書の蒐集方法と、その間の騎士達と主の処遇について。
現段階では、シグナムは自分が闇の書の騎士であること以外は伏せ、主――つまりはやてのことにはまだ何も言及しておらず、クロノ達もあえて言及していな
い。闇の書の蒐集についても、管理局主導だからといって簡単にできる問題でもないし、アースラが闇の書担当になると決まったわけでもない。闇の書の防衛プ
ログラムを消滅させるためのアルカンシェルも、容易に装備できる武装でなく、話し合うべきことは山ほどある。それらが互いに納得いくように練られるまでは
そのことを切り出す気はないのだろう。その辺りに関して俺が口出しできることはない。話さえ詰めていけば、必然的にはやて自身のことに言及することになる
のだから。
今のところははやて本人の素情には触れず、闇の書の主という呼称で話を通していた。
そんなこんなで話し合いは5時間以上も経過し、詰めの部分へと入っていた。
「最終的には、今の闇の書の主に全てが掛かっているわけか」
ぽつりとクロノが呟く。そう、闇の書の呪いを断ち切る鍵は、はやてが握っているのだ。
闇の書の蒐集を行うのは確定事項だ。年内に闇の書を完成させなければはやての命は保たない。管理局としても、今のはやてはロストロギアによる被害者でし
か無く、保護対象なのだ。闇の書だけ取り上げて済む問題ではない。どのみち、はやてが死んでしまえば闇の書の転生機能が働き、何処かへと転移してしまうの
だから。
だが、たとえ闇の書が完成してもはやてが闇の書に取り込まれ、暴走してしまえば、結局は同じことの繰り返しだ。せいぜいアルカンシェルを使うか否かの差しか無い。
「本人はやる気満々だったがなぁ」
俺の話を聞いた時から、色々決意したようで無駄に活力溢れていた。実際、魔法について鋭意勉強中で、幼いながらもどこか達観してた今までのはやてとは何かが変わっていた。諦めていた自分の命に希望が見えたから――――ではない。
今の家族と過ごす大切な時間が、自分が思っていたよりずっと先の未来へと続いていける。それを自分の手で為すことができる。そんな想いがはやてに力を与えているのではないかと思えた。
「だけど、やる気だけでどうにかなるものでもないわ。万が一、今の主さんが闇の書の暴走を止められなかった場合も想定して、何らかの対策は用意しないと」
「……遺憾ながら、我が主も同じ意見です」
リンディさんの言葉に首肯するするシグナムがこちらに視線を向け、それを受けて、以前に彼女たちへ話した方法を再度繰り返す。
「暴走間際を狙った凍結魔法による永久封印」
「なるほど……確かにそれならば、一時的にとはいえ、闇の書を封印を出来る可能性はあるが……」
「所詮は一時しのぎで、根本的な解決にはならないわね」
「その間に、はやてを救う方法が見つかれば御の字ってとこでしょうけどもね……」
正直、それは難しいだろう。実際、グレアム提督が何年も闇の書を調べ、その果てに出したのが凍結魔法による永久封印だ。少なくとも、あと半年やそこらでより良い方法が見つかる可能性は低い。
「主も自分が闇の書の管理権限を取り戻せなかったときは、そうされることを望んでいます」
苦虫を噛み潰したようなシグナムの表情から、それが苦渋の決断であることは容易に見て取れた。闇の書の呪いやアルカンシェルで蒸発させられるよりはわず
かにマシなだけで、はやての刻が奪われることに変わりはない。たとえ、長い時間の果てに闇の書から解き放たれても、守護騎士以外の友人――俺やなのは達と
は異なる時間を過ごすことになってしまう。出会って間もないとはいえ、そうなった時に味わう苦しみや孤独は、筆舌に尽くしがたい。俺とて曲がりなりにも同
じような状況に陥ったのだから。
脳裏をかすめた笑顔を頭の片隅に追いやりながら、場の暗い雰囲気を変えるべく、俺は口を開いた。
「ま、それもこれもあいつが上手くやれば杞憂に終わるんだけどな。なんとでもなるさ」
「気楽に言ってくれるな」
「気負ったところで事態が好転するわけでもない。備えは必要だけど、何もかも万端の備えなんてそうそうできるわけじゃない。手持ちの札を揃えたら、あとはドーンと構えてりゃいいさ。あれこれ考えすぎてたら、禿げるぞ」
「君は楽観過ぎだ」
「ふふっ、でも勇斗くんの言うことにも一理あるわね。それに闇の書についての情報がこれだけ揃って、守護騎士達までもこちらに協力してくれるんだもの。事前の備えとしては、これだけでも十分すぎるわ」
もちろん、情報の裏づけは必要だけども、とリンディさんは付け足す。
おそらくこれから無限書庫漁りが行われるんだろうけど、その辺りのことは俺の管轄外だ。ユーノが駆り出されるかどうかは知らんけど。
いや、むしろここは俺からユーノのことを密告して扱き使うよう申請しよう。この間の恨み、はらさでおくべきか。
「もう一つ確認しときたいんだが」
「ん?」
腕を組んだクロノが視線を俺に向ける。何時に無く鋭い視線にわずかながらも怯みつつ、その言葉の先を待つ。
「君の話だとなのはとフェイトを巻き込むことが前提だが、本気か?たしかに闇の書の完成までにはフェイトの裁判も終わってるだろうが」
クロノの言いたいことはわかる。ジュエルシードのときや、A'sと違い、今回はなのはもフェイトもこの件に関わる必要はない。
闇の書の防衛プログラムが現れるのは海鳴ではなく、無人惑星。はやてさえ、管理権限を取り戻せば、後はアルカンシェルだけで片が着く。
シグナム達が蒐集されなければ、戦力的にもなのはたちを巻き込む必要は無い。
「あぁ、まぁ、クロノと守護騎士のみんなでも大丈夫だろうけどな。備えがあるに越したことは無いし」
俺とて闇の書の全てを知っているわけではない。俺の知らない何かが起きる可能性もゼロではないのだ。あの二人がいてくれたほうが心強い。無関係な二人をわざわざ危ない目に遭わすのは心苦しくもあるが、そこで躊躇し、救えるはずの友達を失うほうがもっと苦しい。
それに、二人とももうはやての友達になっているのだ。話をすれば、自分から協力を申し出てくるに違いない。こっちが嫌だって言っても、だ。
その様子が手に取るように想像でき、思わず苦笑が漏れる。あいつらが友達の危機にじっとしていられるはずないのだ。
「事情を話せばきっと自分達から手伝うって言うだろうさ」
「……確かにあの子らの性格ならそうだろうが。まぁ、本人達から協力を申し出るのなら、僕から言うことはない。こちらとしても、手札が増えることに異論は無いからね。それに……」
人の事を言えた義理でもないしな、と小さくクロノは呟く。
「ん。あ、でもあの二人には当分黙っててくれないかな。この話をするときは、俺の口から話したい」
「この計画の発案者は君だ。好きにすればいい」
「さんきゅ」
責任とも言えない、ただの自己満足。おそらくクロノもそれを察してくれたような気がするが、あえて俺の好きなようにやらせてくれたことに感謝した。
そして最終的には以下のような条件で話が決まった。
闇の書の蒐集は管理局の監視下の元、管理局指定の野生動物、もしくは任意の協力者から行うこと。
シグナム達が管理局を信用し、自分達から主の素性を明かすまで、管理局側は主の調査をせず、守護騎士たちにも干渉しない。
闇の書の主――はやてに関しては、シグナム達から素性を明かされ次第、管理局による検査を受け、闇の書の頁が400頁、つまり管制人格が起動するまでは従来通りの生活を行う。管制人格起動後は、闇の書ともどもアースラの保護下に置く。
闇の書は、完成までの間、管理局の預かりとし、アースラにて保存する。
闇の書の完成は無人惑星にて行う。
他にも色々あるが、大雑把に言えばこんなところだ。
蒐集の開始時期に関してはアースラ側の準備や根回し、上層部の説得など色々ある為、すぐに、というわけにはいかないらしいが。
そして最後の蒐集は俺から。蒐集された場合、数日間はまともに魔法が使えなくなる。常時人手不足にある管理局の人間から収集することはできないし、作戦
の内容からして、公に蒐集する人間を募るわけにもいかない。その上、アルカンシェル使用のことを考えれば、闇の書完成時、周囲に生き物がいない状況が望ま
しい。そういった状況を作り出す為にも、自由に大量の頁を蒐集でき、戦闘ができなくても差し支えないのは俺くらいのものだ。多少、ページのロスがあって
も、より確実な状況を作り出すことを優先したのだ。
余談ではあるが、シグナム曰く、俺から蒐集した場合、一人で100ページは下らないとの推測だった。
なのはでさえ、16だか30くらいだったっけ?少なくとも40は超えてなかった気がするから、それを考えると冗談みたいな数値である。
「出鱈目だな」
「おまえ、本当に人間か」
「魔導の才能は欠片もないのに」
「非常識にも限度がある」
「さすが、人間補給装置や」
などと、八神家からは散々なコメントも貰った。はっはっは。
そんなことはさておき、あれだ。シグナムにしろ、クロノ達にしろ、俺の言うことが真実だという前提で話を進めているのが恐ろしく意外だった。
「フェイトの件もある。君の情報の正確さは前回に実証済みだ。それに彼女の言った通り、僕らを騙したところで君にメリットはないからな。無論、こちらでも裏付けは取らせてもらうが」
「ここまで来てお前の話を疑うようなら最初から別の手段を取っている」
さようですか。でもさ、なんでこんなすんなり話進んでるの?お互いの譲歩具合が普通じゃ考えられないくらい凄くて、聞いてるこっちが不安になってくるんだが。
「守護騎士自ら交渉に来ることなんて、今までに前例がないことですもの。折角のチャンス、急いてことを仕損じるよりも、慎重かつ確実にことを進めたいのよ。私個人としても。あなたの言うとおり、闇の書の呪いをここで断ち切れるのなら、この程度の譲歩、なんてことないわよ」
「上の説得や、根回しに関しては、多大な労力が必要だがな」
「すまん、苦労をかける」
俺としても、法的に見たらかなり無茶なことを頼んでいるのは理解できるため、素直に頭を下げるしかない。出来る限りの協力は惜しまないつもりだが、いか
んせん俺個人ができることなどスズメの涙ほどもない。飯くらいは奢ってやりたいところだが、小学生の俺ではそれすらもできない。つくづく小学生ってのはこ
ういうとこで不自由だと実感する。
「別に君が謝る必要はないよ。これは執務官として当然の責務だ。むしろ君には感謝しなければいけないんだろうな。君がいなければこうして彼女との交渉のテーブルに付くことも無かったんだ」
「うむうむ。これからは思う存分、俺のことを崇め奉るが良いぞ」
「調子に乗るな」
えへんと胸を張ったら軽く一蹴された。クロノの目に割と本気の色を感じた俺は、とりあえず肩を竦め、その視線をシグナムへと移す。
「リンディ提督やクロノ執務官が出された条件は、過去の我らの行いを鑑みれば過ぎた厚遇とすら言える。ならば、こちらも相応の礼儀を見せねばならんだろう。主の意向もあるしな」
なるほどと、首肯する。まぁ、はやての性格を考えれば、自分から管理局に身柄を預けようとしても不思議ではない。この条件ならお互いに許容範囲内らしい。
「ま、とりあえずは一安心、かな?」
「大変なのはこれからだがな」
「頑張れー」
心を込めて応援したら三方から睨まれた。
「や、どーせ、俺はもう最後蒐集される以外、何もできないしさ。戦力的にも役に立たんし」
その俺の言葉にしばし、沈黙を保っていた三人だったが、やがてゆっくりとシグナムが口を開く。
「ならば、お前にはわれらが稽古を付けてやろう。多少なりとも実力の底上げをしておくにこしたことはないだろう」
「え」
「あら、それはいいアイディアね」
「うん、君は近接タイプだからな。ベルカの騎士直々に教われるのはいい勉強になるはずだ。みっちり鍛えてもらうと良い」
「え」
「遠慮する必要はないぞ。主に教えるついでだ」
「いや、謹んで遠」
「なのはもフェイトも日々、練習してるのに君だけサボるつもりか?別に強制するつもりはないが、一人だけ何もしないとは良い身分だな」
「…………」
……なんでこんなことに?
話し合いが上手くいったのはいいが、どうしてこうなった?
予想だにしない成り行きに俺は一人頭を抱え、他の三人の笑いを買っていた。
■PREVIEW NEXT EPISODE■
とある休日。
勇斗はさっそくヴィータとシグナムの二人に稽古をつけてもらうことになる。
二人との稽古で勇斗は何を思うのか。
勇斗『遠峯勇斗、行くぜぇっ!』
UP DATE 10/6/24
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