リリカルブレイカー

 

 

 第29話 『この剣にかけて』

 


『でね、ゆーとくんってば結局拗ねちゃって、今日来てないんだ。意外と頑固だよね、ゆーとくんて』

 なのはの言葉に同意するように頷くアリサとすずか。そして八神はやてという新しい友達。
 プレシアと共に、なのはから送られてきたビデオメールを見ていたフェイトは、そんななのはたちの様子にくすりと笑みを零してしまう。
 その理由はフェイトの手元にあるもう一枚のディスク。なのは達に先んじて送られた勇斗からのビデオメールである。
 自分が行方不明になったことで、フェイトが必要以上に心配していたのではないかと考えた勇斗。自分がフェイトにとってそこまでの存在かどうか、自意識過剰なのではないかと二時間も無駄に悩んだ末に、ふとフェイトの沈んだ顔を想像してしまったのが決め手だった。
 妙な焦燥感に駆られた勇斗は、結局アースラへの報告だけではなく、フェイト宛のビデオメールを編集してしまう。
 何を話すべきかも纏まらない内にビデオカメラを回し、編集が終わったのは夜が明けた頃だった。これがはやての誕生日に勇斗が寝不足に陥った原因である。
 編集されたビデオメールの内容そのものは10分にも満たないものだったが、ビデオにはばっちり時計が映っており、目ざとくそれを見つけたプレシアによって、勇斗がどれだけの時間を撮影に費やし、言葉選びに四苦八苦したのかを看破されていていたりする。
 勇斗はこのビデオメールの存在をなのは達には秘密にしておくように頼んでおり、それがフェイトの笑みを深くする一因となっていた。言うまでも無く、それがなのは達に知られるのは照れくさかったのである。

「ああいうのをツンデレと言うのよ。あの手のタイプが親しい相手に冷たい態度を取ったら、裏では正反対のことを考えてると思いなさい」
「……そうなの?」
「そ。男の考え方なんて単純なものよ」

 母とそんな会話を交わしながら、勇斗のビデオメールを見ていた時のことを思い出すフェイト。
 なのは達がこのことを知ったらどんな反応をするのだろうか。勇斗に頼まれた以上、実際に話す気はないが、なのは達や勇斗の反応を想像するだけで、自然とフェイトの顔に笑みが浮かんでしまう。
 が、すずかが口にした言葉にビクリと身体を竦める。

『そうそう、ゆーとくんて好きな女の子いるみたいなんだけど、フェイトちゃんは知ってた?』

 ――――勇斗が好きな女の子。フェイトの脳裏に勇斗が時の庭園で叫んだ言葉がよぎる。

『フェイト!愛してる!』

 嬉しさと困惑、恥ずかしさが綯い交ぜになり、フェイトの顔を徐々に赤面させていく。
 それとは対照的に、一緒にビデオを見ていたプレシアの目が鋭く細められた。なのは達の言う、勇斗の好きな子がフェイトではないことを理解している為だ。
 フェイトと勇斗の性格、心情。それらを考慮し、どう立ち回るべきか。フェイトにとって最善の結果を導く出すべく、プレシアの頭脳が瞬時にフル回転する。
 遠峰勇斗の性格はある程度、把握している。アースラに自分の無事を連絡しているにも関わらず、こうしてわざわざビデオメールで無事を知らせることから も、フェイトのことをそれなりに大切に思っていることは推察できる。たとえ彼の好きな人とやらが、フェイトではないとしても、フェイトを傷つけるような行 動は取らないだろう。
 一方、フェイトは間違いなく勇斗に対して好意を持っている。ただし、それはまだ男女のソレではなく、自分たちを救ってくれたという恩義と告白された(と 思い込んでいる)困惑による、友情の延長のようなものだ。真相を知っても、今の段階ならば必要以上に大きなショックを受けることは無いだろう。予定よりも 早いが、勇斗本人の口からネタ晴らしをさせるのがベストだろうと、プレシアは判断する。

「どうするの、フェイト?なのはちゃんたちに教えてあげる?」

 そんな考えはおくびにも出さず、したり顔で尋ねるプレシア。

「え?で、でも、勇斗が教えなかったってことはなのは達には知られたくないってことだよね?だったらこういうことは言わないほうがいいんじゃない、かな」
「ふふっ、そうね。だったら勇斗くんには、このことは秘密にしておくから大丈夫って伝えて、安心させてあげなさい」
「う、うん。そう、します」

 予想通り、しどろもどろになって話すフェイトを、さらりと誘導するプレシア。こうすれば、勇斗は自身のミスに気付き、次のビデオメールでは弁解せざるを得ないだろう。
 フェイトの勘違いがそのままであることを知った勇斗がどんな顔をするのか見れないのは残念だが、ビデオ越しとはいえ、勇斗がどんな顔で弁解するのか今から楽しみで仕方ない。
 以前の意趣返しをようやくできることに一人ほくそえむプレシアだった。






「……!?」
「いきなり震えてどないしたん?」
「いや、なんかいきなり悪寒が……」

 なんだろう、このフラグをスルーしたせいで、とてつもなく巨大な地雷を設置してしまったような後味の悪さは?

「そんなことはいいからとっとと話を聞かせろ。いい加減こっちは待ちわびてんだよ」

 首をかしげて心当たりを思い返してみるが、そんなことをするまでもなく悪寒を感じる原因は目の前に山ほどあった。
 俺の目の前に座る鉄槌の騎士は随分とご機嫌斜めのようです。

「おまえの言うとおり、一週間待ったんだ。今更約束を違えるようなことはあるまいな?」
「はっはっは。そんな命を捨てるような真似するくらいなら、最初から来ないって」

 ジロリと睨んでくるシグナムの視線が恐ろしいので、両手を挙げて降参の意を示す。
 はやての誕生日から一週間。騎士達との約束どおり、俺の知っていることを話すため、八神家を訪れていた。
 リビングにはシグナム達、守護騎士一同はもちろん、はやても同席している。
 誕生日会以来、顔を会わせていなかったが、一週間ぶりに出会った彼女たちの雰囲気は幾分か和らいでいるような気がしなくもない。

「つっても、何から話したもんかな?」
「そういうことは前もって整理しとけよ」

 ヴィータの態度が非常に冷たいです。雰囲気が和らいだと感じたのは俺の気のせいかもしれない。

「まず、この世界の人間であるおまえがどうして我らと闇の書のことを知っているのか、ということから話してもらおうか」

 どう切り出したものかと考える間もなく、シグナムから詰問される。その目には、あの夜に話した時と同じように、強い疑念と微かな敵意が含まれていた。
 いきなりそれから話してもまず信じてもらえないだろうが、上手く納得させられる話し方が思い浮かぶわけでもない。
 頬を掻いて思案した後、当初の予定どおり、ありのままを話すことにした。

「これから先に起きることを知っているから。正確に言えば、俺のいない並行世界での出来事を知っているって言った方が正しいかな」
「……頭でも打った?熱でもあるん?病院行く?」

 笑われる、もしくは怒鳴られるのを覚悟で言った言葉に対する最初の反応がこれだった。
 はやての表情からして、かなり本気なのが実に微妙な気持ちにさせてくれる。

「熱はないし、精神は正常だから大丈夫。とりあえず最後まで話を聞けぃ」

 萎えかけた気持ちを奮い立たせるように顔を上げたところで、騎士達の表情に気付く。
 てっきりふざけるなと怒鳴り散らされるものとばかり思っていたが、意外にも騎士達は平静を保ったまま、こちらに視線を送っていた。
 あれ?と思わず首を傾げるのも束の間。

「そういった類のレアスキルを持つ者の話は聞いたことがある。おまえがそうであるという保証はどこにもないがな」

 そのシグナムの言葉には、俺の言うことを信じたわけではないが、話くらいは聞いてやる、というニュアンスが込められていた。
 話を聞いてくれるのであれば、こちらには都合が良い。特に反論はせず、軽く肩を竦めるだけで話を続けることにする。

「具体的に俺が知っているのは、この街で起きる魔法がらみの事件が二つと10年後の出来事。まぁ、10年後のほうは今回関係ないから脇に置いておくけどさ」

 ここで一息をついて、シグナム達の表情を見回す。一向に口を開かないとこを見ると、俺の話が終わるまでは口を挟む気はないようだ

「で、魔法絡みの事件ってのが、一つはシグナム達が出てくる前にあったジュエルシード事件。おおまかな話の顛末ははやてから聞いてるよな?」

 俺が確認すると、肯定するように首を振るシグナム達。一から説明する手間が省けたことにホッとしつつも、俺は本題を切り出す。

「肝心なのはもう一つの事件。闇の書とそれに関わる事件」

 薄々予想はしていたのだろう。騎士達はそれに何の反応を示すことなく、沈黙を保っている。
 はやてが僅かに動揺する気配を見せるが、彼女が口を開く前に言葉を続ける。

「正確な時期は俺もわかんないけどな。半年もしないうちに、シグナムたちが闇の書の蒐集を始めるんだよ」
「バカな」

 そんなことが有り得るわけがないと、俺の言葉を一笑に付するシグナム。ヴィータも鼻白んだ顔をし、シャマルとはやてが頭の可愛そうな子を見るような目で見つめてくる。ザフィーラは狼形態なので、表情はわからないが、鼻で笑われた気がする。
 さっきからこんなんばっかしじゃね?と、泣きたいところだがこれも想定の範囲内。主であるはやてが蒐集を望まない以上、今の段階で蒐集を行う理由も必然 性もないので、彼女らの反応は当然と言えるだろう。だが、次に放った俺の一言で、少なくとも守護騎士達の顔色は一変した。

「放っておけば闇の書がはやての命を奪うってことがわかっても?」
「へ?」
「……今、なんと言った?」

 きょとんとするはやてと対照的に、シグナムを始めとした他の面々は鋭い目つきでこちらを睨んでくる。その視線の鋭さに思わず、仰け反り息を呑みつつも、どうにか言葉を搾り出す。

「闇の書がはやての命を奪うって言った。細かい理屈や原理はわかんないけど、闇の書がはやての体に負担をかけてるんだとさ。足が動かないのもそれのせいらしい」
「あはは、またまたー」

 と、はやてだけが軽く笑い飛ばすが、他の面々はそうもいかない。
 俺の言ったことが、頭ごなしに否定できる事象ではないと理解しているのだろう。その表情は、焦燥とそれに思い至らなかった自分たちに対する怒りで歪んでいた。

「あ、あれ?」

 場の雰囲気から、はやても俺の言ったことが単なる冗談と笑い飛ばせるものではないと悟り、やや困惑した表情を浮かべる。

「……シャマル」
「……うん。はやてちゃん、ちょっとごめんね。クラールヴィント、お願い」

 搾り出すようなシグナムの声に、シャマルが立ち上がる。はやての隣に座り、彼女の指輪型デバイス、クラールヴィントが起動すると、はやての体の周りに緑 に輝くリングのようなものが浮かび上がる。はやては何も言わないまま、シャマルの指示に従っている。その顔に困惑は既になく、どこか達観したような何かが 浮かんでいた。
 そんなはやてを見て、チクリと胸に痛みが走ると同時に、何気なく言った自分の言葉を後悔していた。実際には何とかなるにしても、本人を目の前にして『死ぬ』なんて言い出すんじゃなかった、と。そんな自分の迂闊さに小さく舌打ちしたものの、口早に話を続ける。

「まぁ、結論から言えば、はやては助かるし、足も完治する。闇の書の完全消滅という形でな」

 シャマルの検査結果を待たずに口を開いた俺に、一斉に視線が集中する。

「……お前は一体、何を知っている?」
「闇の書の、本当の名前を覚えてるか?」

 シグナムの質問に答えず、俺はそう返した。
 案の定、はやても騎士達も、何を言っているのかわからないという困惑した表情を浮かべている。

「闇の書には別の、本当の名前があるんだよ。正式名称『夜天の書』。闇の書が呪われた魔導書となる前の呼び名だ」

 俺が静かに告げたその言葉に、騎士達がビクリと反応する。反射的に否定しようとして、それが失敗したかのようにその瞳が揺らいでいた。例え、記憶に無くとも、夜天の書という言葉に何らかのインスピレーションを受けたのだろう。
 その中でも一際強い反応を見せるものがいた。

「夜天の、書……?」
「ヴィータ?」

 手の平で顔を覆ったヴィータが画面蒼白にして声を絞り出す。その危うい雰囲気に、思わず腰を浮かすが、それよりも先にヴィータへと伸びる手があった。

「…はや、て?」
「……大丈夫。何も心配せんでええ。大丈夫やから、な?」

 まるで小さな子供をあやすかのようにヴィータを抱きしめるはやて。ヴィータの震えはピタリと止まり、すっかり落ち着きを取り戻したようだ。
 九歳とは思えぬ包容力と行動に、感心するやら呆れるやらで、小さな笑みが零れてしまう。
 これがなのはやアリサなら茶々の一つでも入れるところだが、流石にヴィータ相手にそれをするような度胸はないし、空気が読めないわけでもない。
 たった一週間という短い間でも、はやてと騎士達の間には確かな絆が結ばれているようだ。それに少なからず安堵しながら、シグナムへと向き直る。

「まずは俺の知ってることを話しとくよ。色々突っ込みたいこと言いたいことはあるだろうけど、とりあえずは最後まで聞いてくれ」
「……いいだろう」

 困惑から立ち直ったシグナムは、考えるような素振りを見せつつも、静かに首肯し、そのまま視線をシャマルへと送る。
 既にはやての検査は終わったようで、どこか悲壮感溢れた表情でシャマルが頷く。闇の書がはやての身体を侵している、という確認が取れたのだろう。念話でも何か会話がなされたのかも知れないが、盗聴スキルのない俺に、それを確認する術はない。

「んじゃ、まずは闇の書事件の顛末からだな。さっきも言った通り、あくまで俺が知ってるのは俺の存在しない平行世界での話だ」

 そう前置きした俺は、ゆっくりと自分の知っていることを話しだす。
 はやての身を案じたシグナム達が、はやてに内密で蒐集を開始したこと。ヴィータのなのは襲撃から始まる管理局との戦い。改変された夜天の書――闇の書が 完成しても、主に待ち受けているのは、防衛ブログラムの暴走という破滅。そして、はやては完成した闇の書の呪縛を破り、暴走を止める為に闇の書の防衛プロ グラムを切り離すことに成功し、フェイト達と協力して防衛プログラムのコアをアルカンシェルで消滅させたこと。時をおけば無限に防衛プログラムを再生して しまう闇の書を、守護騎士プログラムを切り離した後、完全消滅させることで、闇の書の呪いを断ち切ったということを。

『闇の書の管制人格は、はやてとお前らの幸せだけ祈って逝ったよ。自分は世界一幸せなデバイスだって言い残してな』

 リインフォース――闇の書の管制人格のことだけは、俺の口からはやてに伝える気にはならず、守護騎士達のみに念話でこっそりと伝えた。

「と、まぁ、俺の知ってる顛末はこんなところだ」

 時折、シグナム達から詰問されることはあったものの、覚えている限りの出来事はなんとか話し終えた。が、話を終えても誰も沈黙したまま言葉を発することはない。
 はやては何時の間にやら浮いてきた闇の書をぎゅっと抱きしめ、シグナムたちも考えこむように腕を組んだままだった。

「――それで、おまえが私達にそれを話した目的と理由はなんだ?」

 おそらく、守護騎士達は俺とはやてに聞かれないよう、念話で相談していたんだろう。しばしの間をおいた後、シグナムが口を開いた。

「理由の一つは俺の存在。どーも、俺の魔力は人並み外れてるらしくてな。俺が蒐集されんのは一向に構わないんだが、そのせいで闇の書の完成が変なタイミン グ、ようはフェイトやなのはが回復しきってないときに、暴走されると全てを丸く収めるのが難しくなる。だったら俺の知ってることを話して完成させる場所と 時期を調整してもらいたいなって」

 放っておいてもハッピーエンドになることに干渉する一番の理由はそれだった。

「暴走した防衛プログラムを止めるのは、シグナム達だけじゃ多分無理だ。闇の書の完全消滅は、俺の知ってる皆の力が揃って始めてできる奇跡だと思ってる」

 実際、リインフォースという犠牲があったにしろ闇の書事件は結果だけ見れば、最良と言えるだろう。だが、それはあくまで綱渡りのような、一歩間違えば地 球が終わりを迎えかねない危うさを孕んでいる。原作であの結果を出したのはあくまでいくつもの偶然と奇跡が重なった結果と言っても過言ではない。
 出来れば何も干渉しないのがベストなのだろうが、俺という存在がいることで何がどう転ぶかはわからない。プレシアの時もそれで痛い目を見ている。もしかしたら、俺が死ぬなりなんなりするのが一番ベストなのかもしれないが、流石にそんな自己犠牲精神は持ちあわせていない。

「で、こっからは俺のお願い。最初から管理局と協力して闇の書を完成させて欲しい。それがはやてを救うのに最良の手段だと思うし、守護騎士の皆のためになると思う」

 そう言って、俺は頭を下げる。結局、どれだけの時間を費やしても、俺には他にベストな案など思い浮かばなかった。
 俺自身は魔力がデカイだけで何の取り柄も知恵もない。下手な小細工を考えるより、最初から管理局と連携を取って、闇の書を完全消滅させるのが一番リスクが少ないと思ったのだ。

『それに俺の知っている通りに、シグナム達が人を襲って蒐集した場合は、管理局の法的には無罪になっても、少なからずはやてが負い目をもつことにもなる。だから、そんなことにならないよう合法的な手段で蒐集して欲しいっていうのもある』

 念話ではやてに聞こえないよう、こっそりとシグナム達に伝える。

「なるほど、な」

 頭を下げたまま聞こえてくる言葉は、わずかに苦渋の色を含んでいるように感じられた。

 「お前の言いたいことは理解した。だが、おまえの言葉が真実だということをどうやって証明する?何故、おまえにはそんな知識がある?」

 顔を上げた俺は、シグナムから目を逸らさず、苦笑する。
 シグナム達からしたら、当然の疑問だろう。当然過ぎるがゆえに、その疑問に対する俺の答えも既に決まっていた。

「証明なんて何もできやしない。さっきも言ったとおり、俺はあくまで知っているだけだ。頭の中にある知識を証明する手立てなんてなにもないさ」

 人の記憶を覗く方法、StSでヴェロッサが見せたようなレアスキルがあれば話は別だろうが、あんな力を持った人間がそうホイホイといるわけがない。というかいたらイヤだ。それに、あまり人に見られたくない記憶もある。
 リンディさんやクロノに話した時と同じように、ただ信じてもらうしかない。

「で、俺になんでそんな知識があるかっていう質問だが……」

 肩を竦めて小さく苦笑した。

「それはむしろ俺が知りたいところだ」

 そう。俺に何故、前世の記憶とでも言うべきものがあるのか。
 人の未来を知っているということは、それに干渉し、そいつの未来を左右することができ得る。
 無論、人と関わる以上、自分が誰かに影響を与えることは十分にありえるだろうが、未来を知ってて行動するのと、それを知らずに行動するには大きな違いがある。
 自分が誰かの人生を変えてしまう。それがより良いものであれば問題ない。だが、自分が行動したせいで、不幸な未来へ変えてしまったとしたら?
 明るい未来を自分の行動が摘みとってしまう。それがとてつもなく恐ろしい。
 そんな未来の知識などないまま、いや、いっそ前世の記憶すらないまま、「遠峰勇斗」として真っさらな人生を送っていたほうが良かったのではないか。
 ゲームで言う二周目とも言うべき今のこの状況。本来なら数年かけて培うべき知識や経験が最初からあるのだから、それによって受ける恩恵は大きい。ある意 味、強くてニューゲームみたいなものだ。そのアドバンテージに酔いしれ、周りを見下し、優越感に浸ったことがないといえば嘘になる。
 だけど、そんな俺がこれから先、普通に暮らしていけるのだろうか。中身と身体のズレがいつかどこかで決定的な破綻をもたらしてしまうのではないだろうか?
 ――本当の意味で、誰かを愛していくことができるのだろうか、と。今までに何度も繰り返してきた疑問。何度もそれに対する答えを探し、出た結論はいつも同じだった。

「物心ついたとき、初めから知識として持ってたんだ。実際に知ってたことが起きるまでは半信半疑だったけどな。何でそんなこと知ってたのかなんて、俺にもわからん。自分がどうして歩けるのかとかそんなようなレベルの話だよ」

 肩を竦めて、微かに自嘲を浮かべる。
 先を知っていようがいまいが、結果はやってみなければわからない。どうせ結果などやってみないとわからないのだから、その時々で自分が一番良いと思った行動をやり通す。
 多分、何もしないで後悔するよりは、がむしゃらにでも何かやって後悔するほうがいくらか前向きな考えだと思う。
 一度こうと決めたらそれが終わるまで、ためらいや後悔は全て後回しにして、終わったあとでいくらでも反省すればいい。
 それが俺の出した結論だった。

「俺の話はこんな所だ。シグナム達が管理局と共同戦線張るって言うなら、話は俺が通す。クロノ執務官やリンディ提督は話のわかる人だから、そう悪い扱いは受けないはずだよ」
「それを断ればどうする?」

 今日、何度目かによるシグナムの詰問に俺は肩を竦める。

「どうにもできない。俺から蒐集したいってんならいつでも応じるけど、それ以外は何もできないさ。俺だって命は惜しいから、管理局にも通報しない。信用できないんだったら24時間監視付けてくれたっていいぞ」

 実際、シグナム達が管理局と敵対すると言い出したら、俺にはどうすることもできない。
 それとなくシグナム達の説得を続けるくらいで、シグナム達の目を盗んでまでどうこうしようとは思わない。
 命が惜しいのは勿論だが、相手に信用してもらおうというなら、こちらも信じてもらえるような行動を取り続けなければならないと思うからだ。
 ……もっとも、俺がそんな信用を勝ち取れるかどうかはかなり怪しいところだが。

「聞きたいことがあるんやけど」

 それまで俺の話を黙って聞いていたはやてが口を開く。じっと、俺の目を真っ向から見据えていた。

「どうぞ」
「ゆーとくんが初めて会ったときに声かけてくれたのは、私のこと知ってたから?私の境遇も、これから起こることも全部知ってて声かけたん?」

 いつになく真剣なはやての声に思わず気圧される。
 ――怒っている、のだろうか。
 だとしたら無理もない。誰だって自分のことを、本人の知らぬ間に知られていい気はしない。ましてや、これから起こることまでも知っていたというなら、嫌 悪すら浮かべてもおかしくない。友達と思っていた人間が、何らかの意図や目的を持って自分に近づいてきたのだとしたら――嫌われこそすれ、好かれはしない だろう。

「あぁ、全部知ってた」

 俺は正直に答えた。後ろめたさに目を逸らしたくなるが、それをしてしまうのははやてに失礼な気がして、グッと堪える。

「あそこで出会ったのは偶然。声をかけたのは、まぁ、はやてが一人だってことを知ってたから、同情と言えばそうなのかもな」
「うん」

 はやては何の感情も見せないまま頷く。その無反応が逆に怖くて、居心地が悪い。

「……けど、そのまま仲良くなったのは、お前の境遇とか先のこと知ってたとか関係ないからな。……はやてがはやてだから友達になれたんだ。自慢じゃないが、あの時は俺に魔力あるなんて知らなかったし、先のことなんて考えてなかったからな」

 自分で言ってて何が言いたいのかわからない。なんだか妙に気恥ずかしい気になってくる。なおもじっと無言で見つめ続けてくるはやての視線に耐え切れなくなり、ついに視線を逸らしてしまう。
 逸らした目を再びはやてに向けるが、相変わらず無言のまま見つめてくるばかりだ。すぐにまた目を逸らす。
 はやてだけでなく、騎士達も何も言わず、ただじっと俺とはやての成り行きを見守っている。
 ぐっ、やりづれぇ……。と、いうかいい加減何か言ってくれ。この場合、下手な罵詈雑言より無言のほうが余計に妙なプレッシャーを感じる。

「くすっ……あはは」

 不意に、はやてが笑い出す。
 うん、確かに今の俺は傍から見たら挙動不審になってるかもしれない。が、だからと言って笑われて良い気分がするはずもない。けれども、俺が何か文句を言うのも間違いな気がして、ただ憮然とした表情を作ることしか出来ない。

「ゆーとくんは基本お人好しやもんなー」

 それだけ言ってケラケラと笑い続けるはやて。俺にどうしろと。正直言って、リアクションにも困る。
 ヴォルケンずも呆気に取られたように笑い続けるはやてに困惑していた。

「ゆーとくん」
「ん」

 不意に俺を呼ぶ声は穏やかで。どこか安心しきっているように思えた。

「今日話したことに嘘はない。全部本当だって誓える?」
「うん」

 はやての言葉に寸暇を置かずに頷く。少なくとも今日言ったことに嘘はない。まぁ、言ってないことはあるけど。

「もし、嘘だったら翠屋のメニュー全品奢りな?」
「どんとこい」
「ヴィータのハンマー百叩きも追加で」
「手加減抜きで思いっきりぶっ叩いてやる」
「それ死ぬよね。いいけど」
「シグナム」
「生まれてきたことを後悔させてやります」
「……いいけどさ」

 ヴィータもシグナムも乗り気過ぎて困る。
 大丈夫だとは判ってても、万が一そうなったときのことを考えると恐怖を禁じ得ない。死亡フラグ全開な気すらしてくる。
 自覚のないまま、顔をしかめていたらしく、はやてもシグナムもヴィータもシャマルも人の顔を見て笑っていやがる。ちくしょう。

「仕方ないから、ゆーとくんの言う事信じたげるよ」
「……そりゃ、どうも」

 その言葉は有難いのだが、くすくす笑いながらでは有難味も半減である。

「ヴィータとシグナムもお仕置きのときにはよろしくなー」
「まかせろ」
「この剣にかけて」
「なんでおまえらそんな殺る気に満ち溢れてるんだ……」

 げんなりと呟くが、俺のつぶやきは八神家にとって笑いの種にしかならなかった。

「ね、もう一つ聞きたいんやけどいい?」
「一つでも二つでも、好きなだけ聞いてくれ」

 遠慮がちなはやての声に投げやりに答える。今更俺のほうで隠すことなんてそうそう無かった。

「私のために闇の書を蒐集して、完成したら少なからず、誰かが危ない目に遭うってことになるんよね」
「……まぁ、100%安全ってことにはならんな」

 はやての言葉に不穏なものを感じ、思わず顔をしかめる。シグナムたちもそれを感じ取ったのか、さっきまで緩んでいた顔つきが厳しいものに変わっていた。

「だったら――――」
「言っとくけど、助けられる友達を見殺しにしろとか言ったら、怒るからな」

 シグナムたちも口を開きかけようとしていたみたいだが、俺の方がわずかに早かった。はやての言葉を途中で遮り、睨みつける。

「誰かが危ない目に遭うくらいなら、自分が死んでもいいとか考えるなよ。そんなのはお前の自己満足だ。残された人間のことを考えない自分勝手な考えだ。俺は絶対認めないからな」

 ふつふつと込み上げてくる怒りを胸に、言葉を叩きつけるように言い放つ。なのはもフェイトもはやても、自分のことは置いて人を優先し、どこか達観しているような節がある。
 それはそれで素晴らしいことかもしれないが、自分を蔑ろにするという考えが気に入らない。この位の年ならもっと自分を優先するべきなのだ。
 考えの押し付けかもしれないが、彼女たちはもっとわがままを言っていいし、言って欲しい。

「少なくとも俺はお前を助けたいし、その為ならちょっとやそっとの危ないことなんてなんてことない。シグナム達やなのはだって同じ考えだ」

 ――――そこまで言って、自分の口が滑ったことに気付く。
 なんか勝手に突っ走って凄く恥ずかしいことを言った気がする。

「まぁ、闇の書が完成した時、俺に出来ることは何も無いから、足引っ張らないよう安全なとこに引っ込んでるしかないんだけどさ」

 言ってることがあまりに情けなくて、格好つかくて、そのまま目を逸らす。


 僅かの間。


「ぷっ。あははっ」

 はやての笑いを契機に、他の面子まで笑い出す。

「ぬぐぅ……」

 彼女らの笑いになに一つ抗うことも出来ず、気まずさと恥ずかしさから組んだ手で顔を覆うようにして伏せる。
 やべぇ。情けなくて死にたい。

「と、ともかくだっ!今後の方針はそっちで検討してくれっ。俺の言ったことも検証して欲しいし、それでもっと良い方法が出てくるならそれに越したことはないし」
「ゆーとくん、顔真っ赤」
「……ほっといてくれ」

 結局、八神家はなんとか俺の話を信じてくれることになり、今後の対応は俺の話を元に色々検討して備えるという結論に落ち着いた。
 管理局と協力するかどうかは、対応が決まるまでは保留と言うことになった。
 守護騎士達にしても、俺の話は鵜呑みに出来ず、彼女ら自身で色々検証するつもりらしいから当然といえば当然である。
 ともあれ、なんとか無事に話が着いたことに、俺はひとまず安堵の溜息をつくのであった。





■PREVIEW NEXT EPISODE■
嘱託魔導師試験に合格したフェイトから勇斗達の元へビデオメールが届く。
奇しくもそれは守護騎士達が管理局との共闘を決意した日だった。
シグナムと共にアースラへと赴く勇斗。
クロノとリンディは驚愕と共に二人を迎えるのであった

すずか『私は応援するよ』

 

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UP DATE 10/4/27

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