リリカルブレイカー
第25話 『僕がニュータイプだ』
遠峯勇斗に連絡が取れなくなった。
それを高町なのはが知ったのは5月31日の夜。
いつまでたっても帰宅しない勇斗を心配した彼の両親からの連絡が来たのは19時を回ってからのことだった。
いくら勇斗が外見に合わない行動や性格をしていたとしても、世間一般の目で見ればただの小学三年生に過ぎない。
こっそりと家を抜け出す程度ならばともかく、両親に一言の連絡もなく夕飯の時間にも帰宅せず、携帯にも繋がらない。
そんな状況で彼の両親が心配し、勇斗の友達に連絡をすることは当然の成り行きだった。
とはいえ、初夏も近いこの季節。携帯はバッテリーが切れてるだけかもしれないし、陽はまだ落ちていない。
それゆえ、勇斗の母からなのはへの電話も最初はそれほど深刻なものではなかった。
ことが深刻な事態なのかもしれないと、なのはが思い知ったのはその直後のことである。
念話が通じなかったのだ。正確に言えば、いくら念話で呼びかけても反応がなかったというのが正しいか。
なのはの魔力を持ってすれば、海鳴市全域に念話を届かせることはそう難しいことではない。
一度だけでなく、何度も何度も呼びかけたが、勇斗からの反応は一切無かった。
一瞬、念話が届かない海鳴市の外まで出かけたのかとも考えたが、平日であり、学校で会ったばかりの勇斗が両親に何の連絡もなしに遠出するとは考えにくい。
なのはの胸に言い知れぬ不安と焦燥が生まれる。
念話でユーノに、塾の授業を受ける為、その場に居合わせたアリサとすずかにも、勇斗と連絡つかないことを伝えて心当たりがないか聞いてみたが誰もが首を横に振る。
あからさまに顔色を変えるなのはに顔を見合わせるアリサとすずか。
念話のことを知らない二人からすれば、何がなのはをそこまで不安にさせるのかわからない。
時間と勇斗の性格を考えれば、それほど深刻な事態だとは思えないからだ。
「大丈夫よ。あのバカのことだから明日になれば普通に顔出すわよ」
「うん。そもそもゆーとくんが大変なことになってることを想像するほうが難しいかも」
「言えてるわ」
なんでもかんでも一人で抱え込み過ぎる傾向のある友達を元気付けるため、冗談交じりに笑い合う二人。
そんな二人の気遣いを察したなのはもぎこちないながら笑みを浮かべて頷く。
「……うん。そうだよね。ゆーとくんだもん、きっと平気だよね」
すずかの言葉どおり、普段の何事にも動じない、人をおちょくってばかりの勇斗がどうにかなるような場面は中々思い浮かばない。
なのはより遥かに弱いとは言え、まがりなりにも魔力を使える以上、誘拐などの犯罪に巻き込まれたとも考えにくい。
彼一人ならばともかく、ダークブレイカーというデバイスもついているのだ。もし何らかの事件に巻き込まれたとしても、念話で自分やユーノに知らせることぐらいはできるはずだ。
魔法関係のトラブルならあるいは、とも考えるが、ジュエルシード事件から一ヶ月ほどしか経ってないこの時期にそうそう魔法絡みの事件が起きるとも思えない。
きっとどこかで居眠りしてたり、念話の届かないような場所にいるだけに違いない。
明日になれば、いや、少しすれば「心配かけて悪かった。すまん」と、勇斗自身から何らかの連絡があるはずだと自分に言い聞かせ、塾の授業へと集中する。
結局その日、遠峯勇斗からの連絡はなく、翌日にクラスの担任から改めて勇斗が行方不明になったと聞かされるのであった。
遠峯勇斗が行方不明になったという事実は、なのはを通じてアースラクルーにも伝わることとなる。
『本当にすまない。手を貸したいのはやまやまなんだが、管理外世界のことには安易に手を出せないんだ』
「……うん。やっぱりそうだよね」
通信越しのクロノの返答に、なのはの心は更に沈んでいく。
学校が終わった後、ユーノと協力して念話で呼びかけたり、探査魔法まで用いて勇斗を探したが進展はなかった。
藁にも縋る思いでアースラへと連絡したのだが、結果は思わしくない。
もっとも、なのはとしてもこの返答は想定の範囲内ではあった。
基本的に管理局は、ロストロギアや管理世界に関わりのある犯罪者などが関与していない場合、管理外世界での活動は行えない。
個人や家族レベルでの移住や交流などはその限りではないが、今回のような事態の場合、クロノ達が何の名目も無く勇斗の探索に協力することはできないのだ。
『念のため、こっちでも転移魔法の痕跡やロストロギアの紛失記録を調べてるよ。何かあったら連絡するからね』
「は、はいっ。お願いします!」
『勇斗のことだ。きっと無事でいるさ。魔力と悪運の強さだけはぴか一だからな。そのうち何事もなかったかのように顔を見せるよ』
図らずも。なのはを元気付けようとしたクロノの言葉は前日にアリサが言った言葉と似通っていた。
「あはは、私の友達も同じようなこと言ってたよ」
『まぁ、ゆーとくんだもんね』
『勇斗なら仕方ないな』
エイミィの身も蓋もない言い分に、寸暇を置かずに頷くクロノ。
普段の勇斗がどう思われてるか、それだけで窺い知れようものだ。
そのことにほんの少しだけなのはにも笑顔が戻る。
「それじゃ、何かわかったら連絡ください。こっちも何かあったらまた連絡します」
『はいはーい』
なのはとの通信が切れた後、即座にクロノはリンディへと問いかける。
「どう思われますか、艦長?」
「今の段階ではなんとも言えないわね。自分の気まぐれで騒ぎを起こすような子じゃないとは思うけど」
現状では情報が少なすぎた。性格に多少の問題はあっても、常識まで欠けた子供ではないし、年齢以上に成熟した精神は持っている。
子供の家出やいたずらという線は除外できるだろうが、問題の解決にはならない。
何らかの事件に巻き込まれたと考えるのが妥当だろうが、その目的や由来などはまるで検討もつかない。
「なにかこっち絡みの問題ですかね?」
魔法絡みの何かに巻き込まれた。そう考えれば念話が通じなかったこと、デバイスのダークブレイカーからも何の連絡もなく失踪したことの説明はつく。
ある程度の魔法が使える者ならば、なのはやユーノに連絡を取る手段を絶った上で、連れ去ることはそう難しいことではない。
魔力が大きいとはいえ、彼個人の戦闘力は大したことはないのだから。
「ロストロギアの可能性も捨てきれないけど……ジュエルシード事件からさほど時間も経っていない。こんな短期間にそうそう何度もロストロギアが関係あるとは思いたくはないわね」
ジュエルシードのように、何らかの事故や偶発的な要因で管理外世界にロストロギアがあることは、実はそれほど珍しいことではない。
とはいえ、ジュエルシードが落下してから数ヶ月の間もおかずに、新たなロストロギアが落下、もしくは発見されるとは考え辛い。
実際にはジュエルシードだけでなく、9年ほど前から闇の書という危険極まりないロストロギアが存在するのだが、それをリンディたちが知る由もない。
「こちらの関係者が勇斗個人を狙ったという可能性もゼロとはいえませんが……」
「だとしても目的が謎よね。勇斗くん自身は管理外世界の一般人に過ぎないし、彼個人に特筆する価値なんてないはずだもの」
如何に魔力が強大であろうと、基本的にその力を行使するのは本人にしかできない。資質のない勇斗に魔導師としての価値ははっきり言ってないに等しい。
無論、他人に供給することで、時と場合によって大きな戦力になることもあるが、そんなレアケースのためにわざわざ一個人を攫う理由にはならない。
クロノやリンディの脳裏に、以前に話した『勇斗が人造魔導師である可能性』がよぎったが、あの話自体、根拠のない与太話に過ぎないため口に出すことはしない。
「どちらにせよ、こちらでもできる限りのことはしてみないとね」
なのはに言ったように転移魔法の痕跡や、ロストロギアの紛失届けの洗い出しなど、クロノ達にできることがないわけではない。
それで手がかりがつかめる可能性は低いと考えているが、ただ推論を重ねるよりはよほど建設的である。
「このこと、フェイトちゃんにはやっぱり伝えるべきですかね?」
エイミィの質問に、そうね、とリンディは考え込む。フェイトに事情を伝えたところで彼女にできることは何もない。
彼女自身、裁判中の為、自由に動ける身分ではないのだ。
フェイトにとって、勇斗はなのはと同じ、初めてできた友達であり、かけがえのない存在であるはずだ。
なのは自身がそうであるように、勇斗が行方不明になったことを知れば大いに心を痛め、悲しませることは間違いないだろう。
余計な心配をかけるより、なんらかの進展があるまで黙っている、という選択肢も存在する。
「いいわ。彼女達には私から話しておきましょう」
「いいんですか?」
「どのみちいつかは話さなきゃならないでしょうしね。後になって知らされるよりは早いほうがいいでしょう?」
「……了解です」
少しの間をおいてクロノは頷いた。
今のフェイトは環境的にも精神的にも良い傾向にある。時間がかかるとはいえ、裁判の状況も順調であり、プレシアとの関係も良好なものを築いている。
そんなところに友人の失踪という悪いニュースを伝えたくないという思いがクロノにはあった。
だが、リンディの言うとおり、ビデオメールの件もありいつまでも隠しておくことはできない。失踪が長引けばなおさらである。
こういったことは後になって知らされるほうがショックが大きいものだ。
そんなクロノの心情を察したのだろう。リンディは笑っていった。
「そんなに心配しなくて大丈夫よ。フェイトさんにはプレシア女史もアルフもいる。なのはさんも私達もね」
「えぇ、わかっています」
リンディの言わんとすることを察して頷くクロノ。
もし、フェイトが一人ならば際限なく落ち込んだかもしれない。
しかし、なのはにアリサやすずかといった友人や家族達がいるように、フェイトにもプレシアやアルフ、そして自分達が支えとなることができる。
必要以上に心配することはないのだ。
「勇斗が行方不明……」
リンディから一通りの話を聞き終えたフェイトは呆然と呟く。
この場にいるのはプレシアとアルフのみ。勇斗のことを伝えたリンディはプレシアの目配せもあってこの場を退席している。
「彼のことが心配?」
「……うん。勇斗だけじゃなくなのはも。きっと落ち込んでるだろうなって」
「そうね、彼女は優しい子だから」
そう答えつつも、プレシアは内心で小さな驚きを覚えていた。
フェイトが行方不明になった勇斗だけなく、それを心配するなのはの事まで気にかけていることに。
娘のそんな些細な成長を密かに喜びつつ、フェイトの独白に耳を傾ける。
「こういう時。友達が困ったり苦しんでる時に何もして上げられないのって、こんなにも心が苦しいんだね」
もし自分が自由に動けるのなら。すぐにでもなのはの元へ駆けつけたい。
声をかけて、励まして、一緒に勇斗を探しに行きたい。
その想いだけがフェイトの心を占めていく。
「そうね。人にとって一番辛いのは自分が何もできないことだから」
プレシア自身。その想いを嫌というほど思い知らされ続けていた。自身が狂気に囚われてしまうほどに。
だからこそ。自らと同じ過ちを繰り返させないために、フェイトの肩を抱き、声をかける。
「だからこそ強くなりなさい。力や心だけなく、地位や権力も。あらゆる望みを叶えられるように強くなりなさい」
以前、リニスが消えたときにも同じ言葉を投げかけた。
あの時のプレシアは確かにフェイトを憎み、疎んでいた。それでもこの言葉を伝えたのは本能的に自らと同じ過ちを繰り返させたくないと思っていたせいかもしれない。
「……私は強く、なれるのかな?私は一人じゃ何もできなかった。なのはや勇斗。アルフ、クロノ達がいなかったら母さんは……」
以前は即座に母の言葉に頷くことができたが、今回はすぐに頷くことはできなかった。
フェイトの脳裏に過ぎるのはジュエルシード事件。今の自分とプレシアがあるのは、自分の力だけではない。
なのはを始め、他の様々な人の力を借りて、助けてもらったからこそ今の幸せな時がある。
自分一人では母も自分も、何も救えなかった。
「フェイト」
プレシアはそっとフェイトの身体を引き寄せ、自らの身体にもたれ掛からせる。
「人との繋がりも強さのうちよ。自信を持っていいわ。あなたはきっと強くなれる。」
――過ちを犯し、それから目を逸らし続けた私よりずっと、と付け加える。
「前を向いて迷わず真っ直ぐ進みなさい。えへんと胸を張って、ね」
「……はいっ」
わずかの間を置いてフェイトは静かに、力強く、はっきりと頷いた。
その返事にプレシアは満足そうに頷き、そっとフェイトの頭を撫でた。
フェイトが時空管理局嘱託魔導師認定試験の受験を決意したのは、翌日の話である。
「んぁ?」
遠峰勇斗が目を覚ました時、そこは見知らぬ部屋のベッドの上だった。
見慣れぬ光景にガバっと身を起こし、慌てて視線を周囲に走らせる。
学校の教室と同じ程度の広さに、洋風の調度品を備えた高級ホテルの一室のような部屋だった。
当然ながら、勇斗には自らがこんな場所で寝ていた理由に心当たりは無い。
「……………なにっ、一体何が起きたっ!?」
自身に何があったのか把握出来ず、慌てふためく勇斗。
得も知れぬ悪寒に襲われながらもまずは自身の体を確認する。
怪我らしきものもなく、服装の乱れも無い。腰のベルトにはしっかりと相棒であるデバイスも存在する。
「……ふぅ。おまえも一緒だったか」
自分一人ではなく、デバイスも共にあったことにひとまず安堵の溜息をつく。
「そうか、俺は……」
頭を振って混乱した精神を落ち着かせ、自らの記憶を辿る。
学校が終わった後、自分は裏山で魔法の練習をしていた。
そしていざ帰ろうというとき、突然ダークブレイカーが何者かの攻撃を警告を発した。
すぐさま魔力を発動したのだが、相手の姿を見ることすらできずに背後から衝撃を受け、そのまま意識を失ったのだ。
「ブレイカー、どんな奴が誰でここはどこかわかるか?」
『sorry. I don't know. It was stopped a system till I came to here』
「マジか」
自らのデバイスの返答に思わず顔を顰める。
ダークブレイカーの機能を停止できる輩がいるということは間違いなく魔法絡みの事件に巻き込まれたということだ。
だが、自らの知識にこの時期に起きる魔法絡みの事件は存在しない。
強いて言えばはやての誕生日によるヴォルケンリッターの召喚だが、それが自分をこうして拉致することには繋がらない。
そもそもまだヴォルケンリッターが召喚されてすらいないのだ。
保有魔力量はともかく、それ以外に取り柄もない、家庭的にも特別な背景のない自分が拉致される理由など皆目見当がつかなかった。
「んー、考えてもわからんか」
何しろ情報が少なすぎる。相手の姿さえ見ていないのだからその思惑を測れるはずもない。
内心では大いに狼狽え、そのせいか手足にうまく力が入らない。表面上だけは平静を装いつつ、仰向けに倒れこむ。
マットの質は悪くなく、程よい柔らかさのおかげで適度にリラックスできた。
部屋の様子を改めて探る。窓はなく、扉が三つ。外の様子がわかりそうなものはないが、ただ監禁するにしては部屋の質が高過ぎる。
手足も拘束されておらず、すぐに自分がどうこうされるということはなさそうだが、ますます相手の意図が分からない。
「何が目的なのやら」
呟きながら随分と落ち着きを取り戻した自分を自覚する。
「いい加減、場慣れしてきたかなぁ」
本来ならもっと慌てふためき、落ち着きを無くしていい事態だが、ここ数カ月の体験ですっかり耐性がついていた。
そもそも自身が転生とでもいうべき体験をしているのだ。それに比べればこの程度の異常は許容範囲とも言えよう。
最初にジュエルシードの暴走体と遭遇した時は大いに混乱し、テンパッていたが。
「いよっと!」
腹筋を使ってベッドの上から跳ね起き、そのまま室内を探索する。
ベッドの他には机や筆記用具などが存在したが、この場所の手がかりになるようなものはなにもない。
部屋に備えられた三つの扉のウチ、二つは浴室とトイレが個別に存在していた。
「随分と豪勢なことで」
監禁するにしてはやけに待遇の良い部屋であることに呆れながら残った扉へと向かう。最後に残った扉が外へ出る唯一の場所であることは間違いないだろう。
ドアノブを回してみるが、やはり当然のように鍵がかかっていた。
ならば、と扉から少し距離を取り、五指を広げた右手を突き出し、人差し指から一本ずつ指を折り、拳を強く握り締める。
「ブレイカー」
『Get set』
一言で主の考えを察したダークブレイカーがバリアジャケットを展開。
漆黒のジャケットに身を包んだ勇斗はすぐさま魔力を開放。
背後に展開したフローターフィールドへ向かって軽くステップを踏む。
「衝撃のぉぉぉ……」
柔軟性を持たせたフィールドに体を沈み込ませ、腰だめに構えた拳に全魔力を集中する。
狙いはもちろん目の前の扉。
「ファーストブリットォォッ!」
フィールドの反動をそのまま突進の勢いに変えて繰り出す一撃。
だが、勇斗の拳が扉に触れようとした瞬間、青色の魔法陣が浮かび上がり、拳を遮る。
「ちいいっ!」
敢え無く拳ごと体を弾かれ、大きく後退る。
「うー、やっぱ結界ぐらい張ってあるか」
ならばと今度は向きを変え、再度フローターフィールドを展開。
「撃滅のセカンドブリットォッ!!」
壁に向けて再度の一撃。
が、こちらも扉の時と同様に結界によって阻まれる。
「ムリ、お手上げ」
デバイスを取り上げなかったのも、勇斗の力では結界を破ることはできないという確信があったからこそだろう。
ならば意固地になって結界を破ろうとしても徒労に終わるに違いない。
そう判断した勇斗はあっさりと力尽くでの脱出を諦める。
「しかしまぁ、どーしたもんかね」
今すぐ自分の身に危険がないと推測したものの、現状では気休めにしかならない。
相手が何者で、自分が何の目的でここに連れてこられたのかわからなければ対策のとりようもないのだ。
開き直った勇斗はバリアジャケットを解除し、ベッドの上に体を投げ出す。
「ま、なるよーになるかね」
少なくとも現状に置いて体を動かしてできることはない。
現状でできることはいざという時に行動を起こせるように備えておくこと。
そしてこれから為すこと、自分がここに拉致される理由など模索することである。
開き直るしかない心境の中、勇斗はそっと目を閉じ、なんらかの変化が起きる機を待つ。
気がかりは色々ある。
家族のこと、なのはたちやはやてのこと。
当たり前のように圏外を表示する携帯電話の時間を見れば、丸一日近い時間が経過してていた。
家族や友達に心配をかけたことはもちろん、無事に帰れたとしても、行方不明になったことの理由付けなど、頭の痛い問題は山盛りである。
おまけにはやての誕生日までの時間は残り少ない。騎士たちが蒐集に取り掛かるまでまだ時間はあるとはいえ、自分がいつまで拘束されているのかも予想出来ない。
万が一に備えて幾つか手は打ったものの、それがどう転ぶのかは皆目見当がつかないのだ。できればそれが徒労になるようにしたい。
そして何よりも気になることが一つ。
「はやての誕生日までに戻れるかなぁ」
彼女の誕生日を一緒に祝うと約束した。
自分にとっては些細なことだが、約束した彼女にとっては友達に祝ってもらう初めての誕生日のはず。
――期待しないで待っとるよ
口ではそう言っていたが、内心ではおおいに喜び、期待していてくれたはずだ。
ヴォルケンリッターやリーゼアリア、リーゼロッテらグレアム提督の動向が読めないため、なのはやすずからを誘うことはできないが、自分ひとりでもちゃんと彼女を祝うつもりでいた。
その約束が反故にされたとあれば彼女は間違いなく心を痛めるだろう。
事情を話し、きちんと謝れば彼女は笑って許してくれるに違いない。自分の痛みや悲しみを全部自分の心の中にしまいこんで。幼いくせに何もかも自分ひとりで抱え込んでしまう子だから。
そこまで考えた途端、勇斗の胸に何とも言えない熱い何かがこみ上げてくる。
――何が何でも帰らねばならない。はやての誕生日を祝えるように。約束を守るために。
少なくとも全てを知っている自分があの子の悲しみを増やしてはいけない。
今すぐにでも体を動かし、ここを脱出したい衝動を必死に押さえ込む。
Eランク相当の自分ではなのはやフェイトのように力任せの行動は起こせない。
ならば残された手は考える事。相手が自分の知識や小細工が通じるかどうかすらもわからない。
が、何もせずに諦めるという選択肢はなかった。
逸る気持ちを落ち着かせ、頭をフルに回転させる。
自分の居場所に戻るチャンスを最大限に活かす為に。
そしてその機は思いの外早く訪れることになった。
「めーしー!腹減ったぞー」
目が覚めてから一時間後、勇斗は力の限り思い切り叫んでいた。
考えてみれば丸一日食事を取っていない。一度空腹を自覚すれば、後は際限ない空腹感を覚えるのも必定と言えよう。
部屋の中に冷蔵庫や食事などはない。こちらを餓死させようという魂胆でなければ、こうして空腹を訴えていれば食事の差し入れぐらいはあるはずだ。
そして案の定、ガチャリと扉が開き、食事を載せたワゴンを運んだ初老の男性が姿を見せる。
当然だが、その男性に見覚えはない。魔法に関わりのある初老の男性といえばグレアム提督を思い浮かべたが、生憎と勇斗に面識はないし、眼前の男性は記憶の中にあるグレアムと違い、かなり華奢な体格で、提督というより執事と言ったほうがお似合いな容姿だ。
初老の男性はベッドの上にあぐらをかく勇斗に優雅に一礼する。
「食事は一日三食お持ち致します。貴方様が大人しくされていればこちらから危害を加えることはありません」
(問答無用で拉致っといて何を抜け抜けと)
心の中で毒づき、殴りかかりたくなる衝動を抑えながら、相手の様子を伺う。
一見無防備に見えるが、おそらく自分が襲いかかったとしてもあっさりと返り討ちに遭うに違いない。
が、まるっきり話が通じないこともなさそうだ。この機を逃がす手はない。
「ならなんで俺なんかを拉致した?何が目的だ」
「申し訳ありませんが、私にはそれをお答えすることはできません」
間髪入れずに返ってきた答えが予想の範囲内であったことに辟易しつつも、次の質問を投げかける。
「んじゃ、とっとと家に帰してくれないか。こう見えても忙しいんだ。守らなきゃいけない約束があるんでな」
射殺さんばかりの気持ちで睨みつけるが、当然目の前の相手はそれに怯むこと無く口を開く。
「申し訳ありませんが、それもできません。私としても心苦しいばかりですが、最低でも数日間は拘束させて頂くことになります。最悪、半年ほどはここにいて
もらうかもしれませんが、心配なさいますな。この部屋からの外出は許可出来ませんが、ご入用のものがあれば可能な限りは用意致しましょう」
「なるほど、ね」
図らずも自分の推測を裏付ける発言を得たことで自然と勇斗の口が笑みを象る。
その勇斗の表情の変化を疑問に思ったのか、相手はほんの僅かに眉根を寄せる。
「――――」
が、次の瞬間に勇斗が発した言葉に初老の男性は言葉を失う。
「……生憎とあなたのおっしゃる言葉の意味がわかりかねます」
初老の男性が答えるまでの僅かの間とほんの僅かの狼狽した気配。それが勇斗に自身の推測が真実であるという確信に与えた。
「隠す必要はないさ。こちとらあんたらの目的も手段も全てお見通しだ」
そして小さな声で、しかし相手にはっきりと聞こえるようにそれを口に出す。
それによってこちらを訝しんでいた相手の雰囲気が豹変する。こちらが不穏な動きをすればすぐにでも襲いかかってきそうな殺気を顕にした態度へと。
「おまえ……一体どうしてそれを……っ」
「かつて戦争があった……」
相手の剥き出しの殺気に内心で大いに怯えつつも、表面上は不敵な笑みを崩さないまま勇斗は口を開く。
いきなり語りだした勇斗の真意が読めないまでも、いざとなればすぐに行動に移れるよう身構える初老の男性。
「その戦いの中で、特殊な力を持った人間がいたってのは聞いたことはあるか?鋭い洞察力を持ち、時には未来を垣間見ることすらできたという力を持った者がいたことを」
「まさか……おまえが?」
相手の反応に満足し、自分に酔いながら鷹揚に頷き、バカは言った。
「そう、僕がニュータイプだ」
■PREVIEW NEXT EPISODE■
囚われの身となった勇斗。
果たして勇斗はこの窮地を脱出し、自らの居場所に戻ることができるのか。
そしてついに迎える闇の書の覚醒。
物語は新たな局面を迎えようとしていた。
アリサ『あんたを殺すわ』
UP DATE 09/10/25
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