リリカルブレイカー

 

 

 第24話 『あなたの思うままに』

 





「ほら、いらっしゃいフェイト」
「は、はいっ」

 プレシアに呼ばれたフェイトは緊張した様子で声を返し、恐る恐るプレシアの元へ向かう。
 本人は平静を保ってるつもりなのだろうが、右手と右足を同時に出している所からもその緊張具合が窺い知れる。
 そんなフェイトに苦笑しながらもベッドの上に腰掛け、自らの膝を叩いてそこに座るよう促すプレシア。

「し、失礼しますっ」

 そう言ってゆっくりと、壊れ物に触れるかのようにプレシアの膝の上へと座るフェイト。
 そのかしこまった姿勢にプレシアばかりでなく、狼形態でそれを眺めているアルフも苦笑を禁じえない。
 こうしてプレシアがフェイトを膝の上に乗せるのは今回が初めてではない。半ば日課になりつつもあるのだが、未だにフェイトは慣れる様子がない。
 フェイトがプレシアに対して自然に振舞うことができないのは、今までの経緯を考えれば当然のことではある。が、流石にそろそろ慣れて欲しいとプレシアが 考えるのも仕方のないことだろう。自らがその元凶であることを鑑みればあまり強くは言えないのだが、この程度でここまで緊張されてはプレシアとしても困っ たものである。
 これがアリシアであれば、こちらの心境お構いなしに甘えてくるだろうに。
 内心で静かにため息をつきつつも、手にしたブラシでフェイトの髪をゆっくりと梳かしていく。
 そしてそれを続けていくうちに緊張していたフェイトの力も抜け、目を閉じリラックスしていくのが見て取れる。
 以前のフェイトには見られなかった、心から安心しきった様子にアルフの尻尾はパタパタと揺れていた。


 アースラ内で暮すようになってから、プレシアの態度は劇的に変わっていた。
 そのあまりの変わりようにアルフは驚くより先に薄気味悪さを覚えたほどである。
 以前のプレシアは研究にかかりきりで、元よりフェイトやアルフとの接点は少なく、顔を合わせたら合わせたでフェイトに対し理不尽なまでに辛く当たっていた。
 それがアースラで一緒に暮らすようになってからというもの、時間の許す限りフェイトと一緒に過ごし、過保護としか言いようのないほどフェイトを甘やかそうとしている。
 具体的に言えば、寝るときは同じベッドの中、食事は必ず親子一緒に食べ、シャワーも一緒に入り、フェイトの髪を洗ったりドライヤーで乾かしたりなどなど一日中フェイトにべったりである。
 プレシアとしてはフェイトからももっと甘えて欲しいと考えているのだが、フェイト自身が進んで甘えられる性格で無い為、今のところあまりうまくいっていない。
 フェイトはそんなプレシアに戸惑いつつも、彼女――アリシア――の記憶にある優しい母を愛おしく想い、アルフもフェイトが喜ぶのなら、と一歩引いた位置で二人を見守っていたのだが。

「――――さてアルフ、準備はできてるわね?」

 プレシアの腕の中でフェイトが眠りについた後、アルフの戦いはそこから始まる。
 フェイトを見る時とは打って変わって獲物を狙う獣の目つきでアルフを見据えるプレシア。

「ふふん、もちろん。いつでもどうぞ」

 それに対し、アルフも獲物を前にした狼のごとき不敵な笑みを浮かべ応えた。




「私の命はあまり長くない。私の代わり――いえ、私とリニスの分まであなたがフェイトのことを守りなさい」

 フェイトとプレシアがアースラで暮らすことになって間もないとき、プレシアがアルフに向けて語った言葉だ。
 自身の身体は病に冒されている。たとえ、その身が生き長らえたとしても、今回の事件による罪で数百年単位の幽閉は免れない。
 今こうしているようにフェイトの傍にいられるのはせいぜい半年にも満たないだろう。
 フェイトはプレシアが生きている限り、一緒にいることを望むだろうが、プレシア自身はフェイトの枷になることを望んでいない。
 今はまだしも、裁判が終わりフェイトが自由の身になった時には、彼女が自分の意思で選択肢を選び、望むままの道を進むべきだと考えている。
 アリシアの妹であるフェイトが幸せになること。それが今のプレシアにとって唯一にして最大の望みとなっていた。
 ゆえにプレシアはフェイトの為にできることとして、二つの行動を起こした。
 一つは母親として、できる限りの時間をフェイトと過ごすこと。
 過去にフェイトにしてきたことを鑑みれば、今更、母親として接することはひどく独善的かつ身勝手なことだろうと思う。

 ――――それでも
 フェイトがまだ自分を母親として認め、求めているのなら――――

 過去の贖罪、アリシアとリニス、そして自分自身の為に。フェイトと親子として生きていく。
 きっと、それがアリシアとリニスの望む、自分達の姿だろう。
 そしてもう一つ。
 プレシアの使いとして必要な知識、技能はリニスによって教え込こまれ、魔導師としては高いレベルにはあるフェイトだが、他の面、特に人間的には年齢相応の成長しか遂げていない。
 もちろん、今後もプレシアが親として傍にいられるならそれでも問題ない。フェイトの成長に合わせて色々教えていけばいいのだが、プレシアに残された時間はそう多くはない。
 だからこそ、プレシアは自らの代わりにフェイトを支え、守る存在として使い魔のアルフに目をつけた。
 自身の経験から得た処世術、特に善意の人間を装った悪意を持つ人間や悪徳企業などに対する術。それら全てをアルフに授けるべく、一週間のうち三日間を講義に費やすようになった。
 アルフ自身はこういった講義や頭を使うことはあまり好きではない。だが、フェイトの笑顔の為に必要なことなら話は別である。
 アルフも、フェイトの能力的な面に関しては十二分に信頼しているが、いかんせん人が良すぎると常々思っていた。プレシアの言うように善意を装った悪人にコロッとだまされると言うことは十分にあり得ることだと。
 フェイトに悪意を持って近づく人間、いやどんなことからもフェイトを自分が守り抜くと――あの日、フェイトと使い魔の契約を成した日に決めていた。物理的な意味合いだけではなく、精神的な意味でも。
 
 
 こうして一人と一匹の利害は一致した。
 
 
「アルフ。フェイトの純真さを利用し、泣かすような輩がいたとしたら、どうするかわかっているわね」
「ふん、そんなの決まってるじゃないか。ありとあらゆる手段を用いてそいつを排除する。生まれてきたことを後悔させてねっ」
「そう、その通りよ。そしてその為に必要なことは・・・・・・」

 こうしてプレシアとアルフの夜は過ぎていく。
 そしてその光景を眺めている人影が三つ。

「なんていうか・・・・・・プレシアさんって最初会った時とは完っ全に別人だよねぇ」
「アリシアの蘇生に向けられていた狂気がベクトルを変えただけとも思えるが・・・・・・」
「どちらにしても極端から極端に走る性格よねぇ」

 それぞれに呟く執務官補佐と執務官、そしてアースラ艦長の背中にはそこはかとない哀愁が漂っていた








「ヒュゥゥ……」

 息を吸い込むと同時に精神を集中し、魔力を集中させる。
 脳裏に魔力を発動させるイメージを描き、

「ハッ!」

 短い掛け声とともに放出する。
 莫大な魔力が体から放たれると同時に体全体が浮遊感に包み込まれる。

「やったっ!やったよ、ゆーとくん!」
「うん、そう。その調子。そのまま魔力の放出を続けて」

 ユーノに言われるまま魔力の放出を続ける。
 ついでに出力も上げ続けるが、現状を維持するだけでこれといった効果はでなかった。

「ふい〜っ」

 やがて集中力を切らした俺は魔力の放出を止め、そのままヘナヘナと地面に座り込む。

「うん。まずは一歩前進ってとこだね。今度からはもっと長い時間今のを維持し続けられるようにしてみようか」
「……了解。でも今日はもう疲れたやめー。ギブっ」

 短時間の魔力行使にも関わらず、普段以上の気力を消耗した俺はだらしなく四肢を投げ出し、地面に横たわる。

「あはは、お疲れ様。でもついにゆーとくんも飛べるようになったんだね。おめでとうっ」
「……」

 なのはの笑顔は心からのもので悪意はないのはわかっている。わかっているのだが、今の彼女の言葉にどうしても悪意しか感じられないのは俺の性格がねじ曲がっているせいだろう。

「そーですね。たった10cm程度地面に浮かんだだけなのを飛んだと表現していいかは甚だしく疑問だがなー」

 おまけにジャンプして10cm以上の高さから発動してもゆっくりと規定の高さまで下がっていくという微妙加減。
 素直に喜ぶのは中々難しい。

「でもでもでもっ、今まで出来なかったことが出来るようになったんだよ!もっと自信持たなくちゃ!」
「それはそーなんだけどさー。ていっ」
「にゃぁっ!?ひゃんでわらひのくひふらむのーっ!?」
「自由に空を飛び回りなおかつ、レイジングハート無しでも魔法使えるようになり始めたお前に言われると皮肉にしか聞こえん!」

 つまんだなのはのほっぺをむにむにと引っ張る。うむ、相変わらずぷにぷにと柔らかいほっぺである。

「ごひゃいだよー!」
「それってただの八つ当たりだよね」
「うむ、その通りだ」

 しみじみとしたユーノの呟きに頷き、なのはの頬から手を放す。

「うー、ゆーとくんやっぱりいじめっこだよぉ」
「まぁ、気にするな。そのうち快感に変わるかもしれないぞ?」
「絶対イヤだよ……」

 うん、俺も実際にそうなったらかなり困る。
 なのはがなおも文句を続けようとしたところで、なのはの携帯が鳴り出す。

「はい、もしもし。なのはです」
『……』
「あ、エイミィさん。うん、おはようクロノくん」

 どうやら相手はアースラの面々らしい。
 すぐさまなのはが傍らにいる俺とユーノも会話に参加できるように携帯を操作する。
 アースラ脅威の技術力の賜物であり、俺の携帯もアースラからの通信が届くよう改造されている。
 便利は便利だけど壊れたらメーカーじゃ修理してもらえ無いんだろうなぁ。
 
『――そう、なのはさんには魔導師としての溢れる才能と未来があるわ』

 そして他愛もない雑談から、またリンディさんの勧誘が始まった。
 リンディさんがなのはを誘うのは今回に始まったことではない。もはやお馴染みというか恒例というか。
 俺とユーノは深々とため息をつき、なのはもまたか……と言った感じに若干引き攣った顔をしていた。

『だからね〜、今の学校卒業してからでいいし、基本業務の希望も聞くからやっぱりウチに就職しない?お給料は良いし、福利厚生もバッチリだし♪』
「あ、あのあの前から申し上げてます通り、流石に小卒で就職というのはこちらの世界のこの国の法律的にはちょっと……なんというか……」

 いきなり猫なで声に変わったリンディに困惑しながらも反論するなのは。
 まぁ、さすがに小卒で就職は無いわなぁ。世界どころか国が変われば風習も変わる。能力さえあれば今の年齢で働くことも可能なのは考えようによっては素晴らしいことだが、日本の常識的にも世間的にも小卒は無理がある。原作での中卒もかなりアレだけど。
 こっちの世界の経歴としてなのは達はやっぱ中卒で記録されてたんだろうか?
 ちなみに俺がリンディさんに勧誘されたことは一度もない。当たり前と言えば当たり前だが。
 年齢的にバイトもできない身の上としてはお給料の部分に非常に惹かれるものがある。
 いかんせん、元大学生の感覚だと小学生で扱える金額は非常に心許ない。ガンプラももっと買いたいし、16になったらすぐに免許も取ってバイクもまた買いたい。あと自分専用のPCも欲しいのである。
 とはいえ、俺程度の力ではバイト扱いで働くのも難しいのかなぁ。
 今度クイントさんにでも相談してみようか。海では無理でも海以上に人材不足な陸なら幾らか基準が緩いかもしれない。

「なっ、僕は使い魔じゃない!一応、人間の魔導師だっ!」
『あぁ、そうだったか、忘れてたよ。その姿があまりにも様になってるもんだからな』
「っ、なんだとぉ……」

 などとしょーもないことを考えていると、いつの間にかクロノとユーノの喧嘩が始まってたでござる。

「あっ、変身」

 クロノの言葉にカチンときたユーノがなのはの肩から降り、久々の人間形態になる。本当に久々だなぁ。

「これならどうだ」
『うん、人間形態への変身も隙が無い。やっぱり優秀な使い魔だな』

 胸を張って言い返すユーノに動じた様子もなく、平然とユーノを使い魔扱いするクロノ。

「っ。別に使い魔だからどうこうってことはないけど。なんかクロノに悪意を持って言われると妙にカチンとくる」
『心外だなぁ。褒めてるんじゃないか、優秀だって』
「嘘つけっ!大体クロノはなんで僕にそう突っかかるんだ」
『はぁっ!?それは自意識過剰というものじゃないか。それを言うならなんで君は僕のこと呼び捨てにするんだっ』

 双方熱くなってまいりました。

「呼び捨てでいいって言ったじゃないか!」

 うん、言ったな確かに。俺も一緒に言われたから間違いない。

「それにクロノだってなのはにクロノくんって言われてポッとかしてたくせに」
『はぁっ!?誰がいつっ!?何月何日の何時何分!?証拠はあるのかっ!?』

 普段年齢以上に大人びてるクロノくんも熱くなるとこのザマである。やれやれである。

「ゆーとっ!」

 傍観者を気取っていたらこっちに振られた。
 まぁ、ここはユーノ先生の言い分が正論なので加勢してあげよう。

「聞きたいかね?」
『!?』

 呼び掛けたユーノではなく、携帯を取り出し、気のない声でクロノに問いかける。

「5月×日15時34分。証拠はこの画像かな?」

 空中に浮かぶモニターに向け、保存してある画像を見せる。無論、この画像はいつぞやのアースラ内で撮影したクロノがポっとしたときの画像である。

「どーだっ!これが動かぬ証拠だ!」
『ぐっ……くくっ』

 勝ち誇るユーノと顔を真っ赤にして体を震わせるクロノ。これはこれでレアかもしれない。迷わずシャッターを押して即保存する。

『って、撮るなぁっ!』

 モニターの向こうで怒鳴られてもまったく怖くない。俺は無表情で肩を竦めるだけだ。

「あはは。やっぱりいいなぁ、男の子同士は仲良しさんで」

 このやりとりを仲良しさんの一言で断じれる女の子思考ってたまに凄いと思うな、俺。

「なのは……それは違う!」
『し……心外だ』

 二人揃って反論するが、それはなのはとエイミィさんの笑いを誘うだけである。

『ま、やんちゃ坊主たちは置いておいて。実は今回の通信はいつものご連絡なのですよ』

 アースラ側から俺達に連絡することと言えば、言うまでもなくフェイト達のことである。
 フェイトと別れてから月日が経つのは早いもので、もう二度目の公判が終わったそうである。
 フェイトに関してはほぼ無罪、最低でも執行猶予の範囲になるらしい。
 主犯であるプレシアに関しては情状酌量の余地ありということで減刑を申請しているが、事件の重大さゆえに実刑を免れることは難しいとクロノは言っていた。
 もっとも当の本人は自身の余命が長くないことを悟っている為か、自身の裁判結果自体にはあまり興味がないらしい。

「フェイトちゃんはそのこと知ってるの?」

 なのはの問いにクロノは静かに首を横に振る。

『プレシア本人は、当分伝えるつもりはないそうだ』

 フェイトはプレシアの身体のことを知らない。それをフェイトに伝えることは容易だが、内容が内容だけに安易に行えることでもなかった。

「……そっか」

 なのはもそれを理解しつつ、フェイトの心情を考えるとやりきれないといった表情で俯く。
 フェイトから届いた過去二回のビデオメール(魔法製のディスク含む)で姿を見せたプレシアは、時の庭園で見た彼女とは別人のように穏やかで、どこにでもいる子を想う母親で。フェイトとプレシアはどこにでもいる幸せな親子だった。
 ただしその幸せな時間はあくまで時間制限付き。それも最悪数ヶ月、長くても一年にも満たない時間。
 その時間が終わりを告げた時。フェイトの心情を考えれば、なのはが落ち込むのも無理はない。俺だって同じ気持ちなのだから。
 とはいえ、俺まで落ち込むわけにはいかない。

「おまえが落ち込んでも仕方ないだろ」
「ふぇっ?」

 ポンと多少の勢いをつけてなのはの頭に手を置く。

「先のことを今から心配したって仕方ない。フェイトが落ち込んだ時に元気付けてやるのが友達の役目だろ」

 口で言うほど簡単なことではないだろう。
 だが、俺達が落ち込んだところで良いことがあるわけでもない。ならばフェイトが落ち込んだときに、少しでも元気になる手助けをできるように心構えをしておくほうがよほど健全である。
 俺の手を頭に載せたまま、きょとんしていたなのはだったが、やがて勢いよく頷いて言った。

「うんっ。そうだよね、私達がフェイトちゃんの傍にいてあげればいいんだよねっ」

 そこまで言った覚えはないのだが、なのはが笑顔になったのならばよし。

「そういうことだ」
『もちろんこっちでもできる限りのフォローはするつもりだ。その辺りはあまり意識せず、今までどおりにフェイトと接してやってくれ』
「うんっ、ありがとう。二人とも」
『で、お待ちかねのアレはもう送っといたから。今日辺り届いてるんじゃないかな』
「本当ですかっ?」

 エイミィさんのお言葉にぱぁっとなのはの顔が輝く。言うでもないがアレというのはフェイトからのビデオメールである。

『あぁ、返事を作ったら通信をくれ。責任を持って彼女に手渡すから』
「うんっ、ありがとう」
『じゃ、こっちからもまた連絡するね。あと、今日の夕方くらいに例の通信入れるから』
「はい、待ってます」
『何の話だ?』
『内緒のお話だよ♪』

 エイミィさんの答えに「まぁ、いいか」と呟きながらも訝しむクロノ。
 執務官通さないであんな話決めてよかったのかと突っ込みたいとこだが、サプライズにしていたほうが面白いので口には出すまい。

『じゃあ、ユーノ。引き続き二人にちゃんと魔法を教えるんだぞ』
「心配しなくてもちゃんとやるよ」
『……可愛くないな、君は』
「可愛くなくて結構だよっ」

 小声で呟くクロノを忌々しげに睨みつけるユーノ。
 いつの間にこの二人はこんな相性悪くなったのだろうか。

「まぁ、喧嘩するほど仲がいいとも言うか」
『「違う!」』
「あははっ、それじゃあ、また」
『またね』

 思わず呟いた言葉に異口同音で反応する男の子組とは対照的に、女の子組はさわやかな挨拶をかわしながら通信を切るのであった。

「もしかしたらもう届いてるかな?」
「うん、届いてるかも」
「また三人組に拉致られる放課後が始まるお……」
「じゃあ、帰ろっ」

 もちろんなのははそんな俺の言葉に耳を貸すことなく、早足で帰路につく。
 その後は学校に行って、放課後には三人組に拉致られ、フェイトから送られたビデオを見て、なのはがフェイトの様子に感動して泣き出して。アリサとすずかがなのはが慰めて、俺がこっそりと撮影する。
 アリサとすずかは習い事がある為、返信用のビデオメールはまた後日ということで解散。
 残った俺は魔法用のディスクを見るのとサプライズの為、そのまま高町家に連行されるのであった。







「うー、疲れたぁ」
「お疲れ様、アルフ」

 調査審問の為、フェイトとアルフ、プレシアの三人は本局へと訪れていた。

「しっかし裁判ってのは色々と面倒で疲れるね」
「うん、色々とね」
「肩は凝るし、お腹も減ったし……」
「今日はエイミィが夕食を作ってくれてるらしいから、それまで我慢なさいな」
「へ〜い」

 プレシアに嗜められるアルフに思わず笑みを浮かべるフェイト。
 一時期のアルフはプレシアに対し、事あるごとに嫌悪感を露にしていたのだが今ではそれが嘘のように消失していた。
 自分にとって一番身近な二人が仲良くしてくれているのを見ると、自然と頬が緩んでしまう。

「エイミィ、随分と張り切ってたみたいだけど何かあるのかな?」

 今日に限ってエイミィは夕食の時間を指定し、それまでにはアースラに帰るように指示してきた。
 エイミィが料理を作ること自体は珍しいことではないが、わざわざ時間を指定するというのは自由気ままな彼女にしては珍しいことだった。

「ま、あたしとしては美味しいご飯が食べられるんならそれでいいや。ああ見えてエイミィは料理上手いからねー」
「もう、アルフったら。……母さん?」

 今にも涎を垂らしそうなくらいだらしなく頬を緩ませるアルフに苦笑していると、プレシアがじっと自分のことを見ているのに気付く。

「裁判が終わったらあなたはどうするか考えてる?」

 ――裁判が終わったら。
 自分は自由の身になり、プレシアは刑を執行される。クロノやリンディの尽力で多少の減刑はされるだろうが、実刑は免れない。
 かなり長期間の幽閉、あるいは隔離処分が降されるであろうことは既に聞いている。
 自分が自由になったとき、どうするか。漠然と考え続けてはいた。
 リンディからは管理局に入らないかと誘われているし、なのはや勇斗といった友人に会いに行きたいとも思う。
 だが、それらを押しのけるほど強い気持ちがフェイトの中にはあった。

「私は母さんやアルフと一緒にいれればそれで十分かな」

 やっと心が通じ合えた。唯一の肉親である母とずっと一緒に過ごしたい。それは偽らざるフェイトの本心であった。

「フェイト」

 フェイトの頭に手を置いたプレシアは叱るのではなく、諭すように穏やかな声で語りかける。

「あなたはこれまではずっと私の為に生きていた」

 それがプレシアの望みでもあり、フェイトの望みでもあった。誰に強制されたわけでもない。フェイト自身の想い。でも、とプレシアは言葉を続ける。

「これからは自分自身の為に生きなさい。あなたの思うままに。あなたが望むとおりに、ね」
「……自分自身、のため」

 自分に囚われるな。暗にプレシアはそう告げていた。

「今の私の望みはあなた自身が幸せになること。私だけでなく、あなたの自身の世界を広げなさい。自分が一番したいこと、やりたいことがなんなのかゆっくり考えてみなさい」
「……はい」

 頷いてはみたものの、やはりすぐには答えは出せそうにない。母と一緒に笑って過ごすことが自分にとってなにより望んだことなのだから。
 でも、とフェイトは自問自答する。自分と母を切り離して考えた場合はどうだろう?
 自分自身の世界を広げる。
 思い浮かぶのは高町なのはの笑顔であり、遠峰勇斗の自分を見守るような穏やかな眼差しだった。
 自分が何をしたいのか。今は答えが出せない。だけど裁判が終わり自由になったら。
 まず始めに友達に会いに行こう。そこから自分の世界が広がる気がする。
 自分が何をしたいのか、全てはそこから始まるのだと。
 プレシアの手に優しく撫でられながら、フェイトは静かに確信していた。

「ところでフェイト。勇斗くんへの返事はどうするの?」

 びくりとフェイトがその身を震わせる。
 勇斗への返事。
 ――それは時の庭園で勢いのままに勇斗が何も考えずに口走った「愛している」という言葉に対しての返事である。
 勇斗本人にフェイトを異性としてどうこうという気持ちは皆無なのだが、いかんせん対人経験が少ないフェイトがそれを察することはできず、思いっきり言葉通り真に受けていた。
 異性からの告白どころか友達すらいなかったフェイトが、母であるプレシアへ相談したのは極めて当然の流れである。
 ただ今回の場合は相手が悪かったと言うべきか、運が悪かったと言うべきか。
 年増やらなにやら罵詈雑言を浴びせられたことの勇斗への意趣返し、そして娘の初々しい反応をみたいという理由で結婚を唆されたことはフェイトの記憶に新しい。
 勇斗のことは嫌いではないが、そもそも男女の恋愛観すら持ち得ていないフェイトにいきなり結婚というには過程も心の準備もなさ過ぎであった。
 自らの誤った知識を勇斗に指摘された時は、今すぐ結婚しなくていいという事実に心の底から安堵すると同時に顔から火が出そうなくらい恥ずかしい思いをした。
 咄嗟に勇斗のデバイス――ダークブレイカーのことに言及して話題を逸らせたのは超ファインプレーだったと密かにフェイトは自画自賛するほどである。
 ちなみに勇斗は話の流れですっかり誤解が解けた気でいるが、もちろんフェイトは依然と勘違いしたままだ。
 プレシアとアルフはフェイトの勘違いだということは理解しているが、フェイトの成長の為という名目の元あえてフェイトには伝えていない。

「ど、どうって言われても勇斗はその、友達だし……別に付き合ってとかそういうこと言われたわけじゃないし……」

 確かに告白はされた。友達にもなった。だが、そこから先どうこうしようとは何も言われていない。フェイトから返事をどうこうする義理はないのだが。

「あら、あなたはせっかく告白してくれた男の子に何も返事を返さないつもりなの?」
「う、うぅ……」

 プレシアの言葉に反論することもできず、俯きながら首から上を赤一色に染め上げるフェイト。
 当たり前だが、まともな人付き合いの無かったフェイトに、人から告白された時に対する術や知識などあろうはずもない。
 勇斗のことは好きか嫌いかで言えば好きだ。だが、それが男女のそれかというとまた別の問題である。
 友達として好きなのか、異性として好きなのか。フェイトは勇斗のことをほとんど知らない上に、恋愛経験も無く幼いフェイトがそう簡単に答えを出せるはずも無い。
 ビデオメールでのやりとりは直接顔を合わせてないこともあって、特に意識せず話しているが、実際に顔を合わせた時、今回のように煽られてしまえばたちまちフェイトの脳はオーバーヒートしてしまうだろう。

「勇斗くんも可哀想に。せっかく勇気を振り絞って告白したのに、何の返事を貰えないなんてねぇ」
「うぅ……」

 プレシアの本心を微塵も込めていない言葉だがフェイトには効果抜群だ。
 顔を真っ赤にしながらうー、うーと唸り始めるフェイト。
 そしてそんなフェイトをグッと抱きしめたくなる衝動掻き立てられる一人と一匹。
 困り果てて悩むフェイトの姿は反則的なまでの可愛さを醸し出していた。
 今のフェイトの姿を見れば誰もが嗜虐心を掻き立てられ、ちょっかいを掛けたくなるような可愛さ。言うなればドS生産機というべきか。
 冷静な様を装っているプレシアとアルフだが、その内心はフェイトの可愛らしい様に萌え狂るわんばかりに興奮していた。
 フェイトが顔を赤くしたり照れたりする反応がまた堪んないんだよねー、と惚気るアルフの表情はとても蕩けていたと後にエイミィは語る。

「ふふっ。勇斗くんに会った時にどうするのか今からしっかり考えておきなさい」

 とうとうフェイトがその眼に涙を浮かべ始めた時、この話はおしまいとばかりにプレシアがフェイトの頭を撫でる。
 フェイトが可哀想という理由ではなく、涙目で見上げるフェイトの凄まじい破壊力にこれ以上自らの衝動を制しきる自信がなかっただけである。

「……はい」

 プレシアの言葉にゆっくりと頷いたフェイトだが、結局、アースラに戻るまでフェイトは顔を真っ赤にしたままであった。
 このように勇斗をダシにしてプレシアがフェイトを可愛がるのは、勇斗がフェイトに本心から感情を抱いていないことをリンディと連携して確認しているからこそできることである。
 もっとも、仮にフェイトが勇斗や他の誰かに恋愛感情を抱いたとしても、プレシアはそれに干渉しようとも思っていない。
 あくまでフェイトの意思を尊重して見守るというスタンスである。――――ただし、フェイトを泣かせないという条件付きではあったが。
 もし、仮にフェイトをいたずらに悲しませ、泣かすような愚かな輩がいた場合――
「もちろん、噛み殺す♪」
「生まれてきた事を後悔させてあげるわ」
 一匹と一人の手によって地獄を見ることは必定であろう。





 そしてアースラに戻ったフェイトとアルフが夕食の時間に呼び出された先に待っていたのは――

「おおっ、いらっしゃい」
「いらっしゃ〜い」

 手を振って待ち構えていたエイミィとリンディ、クロノ。プレシアの姿もある。そして大量に盛り付けられた豪華な料理の数々だった。

「おぉっ肉!肉!」
「エイミィ……どうしたの、これ?」

 目の前のご馳走にしっぽを振るアルフと、あまりの豪華さに唖然とするフェイト。

「えへへー。今日はフェイトちゃんとアルフの契約記念日でしょ?せっかくの記念日だからちょっとしたお祝いをしようって」
「ちょ、ちょっとってレベルじゃないよ、これ。かなりの量と豪華さだよ」

 目の前に並べられた料理の数々はとてもフェイト達だけで食べ切れる量ではなく、軽く10人前は超えているだろう。

「えっへへ。趣味はいってまーす」
「さぁ、今日は二人が主役なんだから座って座って」
「ほら、アルフも」
「ふふっ、おめでとう。二人とも」

 リンディとクロノに促されるままに席に着くフェイトとアルフ。
 その二人の前にプレシアが持ってきたケーキが置かれる。

「ふっふっふー、実はこのケーキ、プレシアさんのお手製なんだよ〜」
「母さんの……!?」
「うぇっ!?」

 驚くフェイトとアルフの視線を受けたプレシアは少しだけ照れた笑みを浮かべる。

「ケーキなんて作るの何年ぶりかわからないけど、今の私に出来るのはこれくらいだから……ごめんなさいね。大したことできなくて」
「そ……そんなことない。そんなことないよっ。母さんが作ってくれただけで……私嬉しくて」

 プレシアが自分のため作ってくれたケーキ。ただそれだけでフェイトの胸は一杯になり、自然と涙が溢れてくる。

「ほらほら、誕生日じゃないけどケーキ用のキャンドルも用意したよ。これを三本立てて、火を付けて……と」
「この習慣、なのはさん達の世界でもおんなじなんですってね」
「ケーキと……ろうそくですか?」
「で、照明を少し落として」
「わぁ……綺麗」
「……うん」

 暗くなった室内で、ケーキのキャンドルに灯された灯りが神秘的な雰囲気を醸し出し、思わず感嘆の声を漏らすフェイトとアルフ。

「さ、二人で火を吹き消して」
「あ、えぇと」
「その……」

 こうやって祝われる経験がない二人は思わず顔を見合わせてしどろもどろになってしまう。

「ほら、二人とも遠慮しないで」
「じゃ、アルフ……」
「う、うん。それじゃぁ……」

 プレシアに促され、意を決する二人。せーのっとタイミングを合わせてろうそくの灯を吹き消す二人。
 照明が元の明るさを取り戻し、拍手の音が響き渡る。

「記念日おめでとう」
「二人ともおめでとう」
「よかったね、二人とも」
「あ、ありがとうっ。みんな、ありがとうっ」
「あー、もう。あんまりフェイトを照れさせないで。私もなんだか照れるんだから」

 祝われたのがフェイトだけならばともかく、自分もセットととなると流石のアルフも照れくさくなったようで、フェイト共々顔を赤くし、周囲の笑いを誘っていた。
 そしてそこに響き渡るさらなる拍手の音。

『あはは、おめでとう。フェイトちゃん、アルフさん。今日はそんな記念日だったんだね。私からもお礼を言わせて』
『僕からも』
『よっ、おめでとさん』

 突然の声に振り向くとそこには空間モニター越しに映る友人達の姿があった。

「なのはに勇斗……!?」
「ユーノも」
『『うん』』
『おう』

 驚く二人に画面越しの少年少女はしてやったりといった顔で頷く。

「えっえっ、これってリアルタイム通信じゃ!?」
「可愛い身内の特別な日だと、管理の注意力も散漫になるらしいわね」

 慌てるフェイトにしたり顔で答えるリンディ。その奥ではクロノが静かにため息をついていた。

「厳密には0.05秒遅れで繋いでるので、リアルタイム通信ではないですしね」

 誰がどう聞いても詭弁でしかないのだが、それを気に留める無粋な者はこの場には存在しない。
 

「なのは……」
『うん』

 モニターの中央に映るなのは。そこから一歩引いた位置に勇斗が立っていた。

「こっちはその、元気だよ。みんな凄く優しくてなんだか上手く心がついてこない」
『あはは。きっとすぐ追いついてくるよ、きっと大丈夫』
「うん」
『アルフ、元気?』
「あぁ、もう滅茶苦茶元気!」
『元気そうで何よりだ』
「……あ」

 勇斗に声をかけられると同時に、先刻プレシアにからかわれたことを思い出し、ボンッとフェイトの顔が赤面する。

『?どした?なんか動揺してるみたいだけど』
「な、何でもない!何でもない!何でもない!平気だよっ!」

 不思議そうに小首を傾げる勇斗に真っ赤になりながら手を振って否定するフェイト。
 そんなフェイトをクロノを除く女性陣は生暖かい目で見守っていた。

「そ、それより勇斗達がいるのは外なの!?そこは森の中っ!?」
『うん、裏山。今はあんまり長く話せないし、贈り物もすぐに送れないから』
『フッ』
『……なに、ゆーとくんその笑いは』
『フッフッフ、後のお楽しみよ』
『うー、絶対また何か企んでるよぅ」

 怪しげな笑みを浮かべる勇斗に不審感を全開にするなのはだったが、時間がないことを思い出し、今は追求しないことにしたようだ。
 
『こほん。私たちからのお祝い。見ててね』
『standby ready』
『いくよ、ユーノくん。ゆーとくん!レイジングハート』
『all right』
『うん!』
『いつでも』

 右肩にユーノ。左肩に勇斗の手を置かれたなのはがレイジングハートを構え、天を仰ぐ。

『夜空に向けて……砲撃魔法平和利用編!』
『Starlight Breaker』
『スターライトブレイカー!打ち上げ花火バージョン!』

 フルドライブモードのレイジングハートの先端に巨大な魔力が収束し、桜色の輝きが周囲を染め上げる。

『ブレイク……シュート!』

 爆音と共に夜空へ撃ち出され、爆発音と共に細やかな光となって四散。それが一発だけではなく細やかな連鎖を起こし、夜空を華やかに彩る。
 桜色の光だけでなく、緑と青の光が入り交じり、本物の花火さながらの彩りを与えていた。

「凄い……」
「まぁ……」
「綺麗……」
「光のアートね」
「また無闇に巨大な魔力を……」
「凄いなのは……!夜空にきらきら光が舞って……凄く綺麗」

 今までに見たことのない美しい光景に思わず感嘆の息を漏らすフェイト。
 他のアースラの面々もその光景に見惚れ、あるいは呆れたりしながらも、その様に心奪われていた。
 だが、その後に続けられた出来事に別の意味で度肝を抜かれる。

『うん、続けていくよ。二人とも』
『うん!』
『おうよ!』
『『『せーのっ!』』』

 一度目に勝る轟音と光の連鎖。

「れ、連発!?」
「相変わらず……なんつーバカ魔力っ!?」

 スターライトブレイカーの二連発。常識を疑うような魔力量に唖然とするアースラ組だったが、そこにさらに不敵な声が響く。

『何を勘違いしてるんだ……?』
「……なに?」

 ニヤリとした笑みを浮かべる勇斗の声が静かに響く。

『俺たちのターンはまだ終わっちゃいないぜ!』
「ま、まさか……」
『スターライトブレイカァァァ!』
『グォレンダァ!』

 そこからはフェイト達の想像を絶する光景だった。
 スターライトブレイカーが五連発で撃ち出されるシーンはまさに圧巻の一言に尽きた。
 もうそれはそんじょそこらの花火大会など目じゃないほどの圧倒的な光と音の乱舞。

「なんて非常識な……」

 フェイトやクロノ、エイミィだけでなく、流石のプレシアもその出鱈目な光景に言葉を失っていた。
 ここまでくると驚きも感動も通り越してただただ呆れるばかりである。

『ハァハァ……ハァハァ……』

 とはいえ、流石に計七発ものスターライトブレイカーは堪えたらしく、なのはもユーノも盛大に息を切らしていた。

「な、なのは……ユーノ、大丈夫?」
『あ、あははっ。大丈夫』
『も……全然っ』
『そんな息絶え絶えに言っても説得力ないがなー』
「なんで君は平然としてるんだ……?」
『鍛えてますから』

 そういうレベルの問題ではない。クロノの中で勇斗はなのは以上に常識も非常識も超越した変態に認定された瞬間である。

『ちゃんとしたプレゼントはビデオの返事と一緒に送るね』
『あ、俺のはもうエイミィさんに渡してあるから』
『……え?』

 息も絶え絶えななのはがギギギと首をゆっくり後ろに回して勇斗を振り返る。

『エイミィさーん』
「はいはーい」

 勇斗が呼びかけると、エイミィは予め用意してあったプレゼントをそれぞれフェイトとアルフに手渡す。

「え?え?」
『俺から二人へのお祝い。大したもんじゃないけど受け取ってくれ』
「あ、ありが『なんでなんで!なんでどーしてぇっ!?』

 フェイトの感謝の言葉をかき消したのは、動揺したなのはの声だった。

『なんでなんでゆーとくんプレゼント用意してるの!?私たちが連絡受けたのついこないだだよぉっ!?』
『勘だ』
『嘘だっ!!』
『チッ』
『ほら、今舌打ちしたぁっ!ズルイズルイッ!なんで自分だけフェイトちゃんにプレゼント送ってるのさぁ!』
『そんなの決まってるじゃないか』
『……なんとなくわかった気がするけど一応言ってみて』
『人を出し抜くとか好きだからーっ!』
『ゆーとくんの……バカァァァァァッ!!』
『あーっ!?』

 そして炸裂する爆発音。

「あ、あのなのはちゃん……そろそろ時間なんだけど」
『あっ、あの今のはどうしても今日のうちに伝えたかったお祝い!』
「……うん……ありがとう。ありがと、なのは。……あと、勇斗、大丈夫?」
『う〜い』

 と返事は帰ってくるものの、勇斗は倒れ伏したまま起き上がらず片手を上げるのみである。

『きっとすぐ、すぐにまた逢えるから。だから今は普通にお別れ。またね、フェイトちゃん』
「うん、ありがとう。なのは」

 フェイトが感謝の言葉を伝えると、なのはは嬉しそうに頷き、その肩でユーノが、後ろには復活した勇斗が静かに手を振っていた。
 そしてモニターの映像が途切れる。

「ごめんね、ここまで」

 エイミィが心から申し訳なさそうに謝るが、フェイトには今ので十分だった。

「うん。みんな……ありがとう。なんだか色々……嬉しくて、胸が詰まったり……ごめんなさい……全然上手く言えないんだけど……本当に……ありがとうっ」

 自然と溢れる涙を堪えながら湧き上がる言葉を口にしていくフェイト。

「ほらっ、泣かないの。なのはちゃんや勇斗くんに笑われるわよ」

 奇しくも。プレシアがフェイトに投げかけた言葉は数時間前に、なのはがアリサからかけられたものとほぼ同じものだった。

「そうだよ、フェイトォ。今はご飯なんだから」
「そういうあなたももらい泣きしてるわよ」
「あうぅっ。そういう突っ込みは反則だよぉ」

 プレシアの突っ込みにドッと笑いが巻き起こる。
 そしてアースラでは手の開いた他の乗員を巻き込み、フェイトとアルフの契約記念日を盛大に祝われたのであった。
 たくさんの笑顔と温もりに包まれて……。
 フェイトは今、確かな幸せを感じていた。










 ――遠峰勇斗が行方不明になったと知らされたのはその十日後。
 5月31日のことだった。





■PREVIEW NEXT EPISODE■

 突然姿を暗ました遠峰勇斗。
 約束をかわした少女。共に過ごすクラスメイト達。
 それは彼と関わりのある少女たちに不安と悲しみをもたらすのであった。

 勇斗『僕がニュータイプだ』

 

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UP DATE 09/10/25

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