リリカルブレイカー
第23話 『駄目だ、こいつら。早く何とかしないと』
「こんな時間になに難しい顔してるの。何か問題でもあったのかしら?」
アースラ艦内にある一室。
何をするでもなく、モニターに表示されるデータをただ見つめていたクロノに声をかけたのは、二人分のコーヒーを手にしたリンディだった。
「いえ、問題というほどのことでも。ただ個人的にちょっと気になって」
クロノの分のコーヒーを手渡し、モニターを覗き込みリンディ。そこに表示されているのは彼女も見知っている少年のデータだった。
「勇斗くんの検査結果ね。特にこれといった異常は見受けられなかったんでしょ?」
遠峯勇斗。P.T事件においての現地協力者。類稀な魔力とは裏腹に魔法の才能は皆無。自称、不確定ながらも未来予知の能力を持つと怪しい少年。
その少年にかけられていたという魔力リミッターとそれに関する検査結果についてはリンディも既に報告は受けている。
新たな疑問は発生したものの、現時点では些事に過ぎないものばかりだ。執務官のクロノが気にかけるほどのものではない。
「えぇ。検査結果そのものには特筆すべきことはありません。ただ、勇斗個人の魔力に関してちょっと思うべきところがありまして」
そう言ってクロノがモニター内のとあるデータを拡大させる。
その内容は今回あらためて検査された勇斗の魔法資質の結果であった。
データはそれぞれ数値化され、レーダーチャートで表示されている。
その形は以前、アースラ内で行った時の検査と同様、限りなく直線に近い形状をした多角形であった。
「本当、いつ見ても限りなく非常識な結果ねぇ」
そのデータに関しても既に聞き及んでいたが、改めてそのデタラメさ具合に感嘆を禁じえない。
高いのは総魔力量と最大出力のみで他の数値は限りなくゼロに近い。グラフの形自体は以前と同じだが、リミッターがなくなったせいか、魔力量と出力に関しては以前のそれよりも増大していた。
「えぇ、まったくです。確かに魔力量と才能は必ずしも比例するとは限りませんが……」
クロノの言葉通り、個人の持つ魔力量と魔法に対する才能は必ずしも比例しない。
実際、クロノ自身もそれに該当する。両親ともに優れた魔導師である為か、クロノが生まれ持った魔力量はかなりのものがあった。その反面、彼の魔法に対する才能は魔力量に比すれば凡庸なものだった。
その彼が弱冠14歳の若さでAAA+クラスの魔導師に登り詰められたのは、優秀な師に恵まれたこともあったが、何よりも彼自身の努力の成果に他ならない。
似た様な境遇を持った勇斗に、クロノが少なからず共感を覚えていることを感じ取ったリンディだったが、彼女が口にしたのは別のことだった。
「彼の場合、それが極端過ぎる……クロノが懸念しているのはその事?」
「えぇ、その通りです。確かにリンカーコアを持っていてもその資質が低いことはありますが……彼ははっきり異常です」
出力だけでなく、魔力そのものを制限するリミッターをかけた状態でなのはの三倍以上の魔力量。
今回の検査で改めて計測した勇斗がさらに馬鹿げた数値を弾き出したことは言うまでもない。
常識として一個人が持ち得る魔力許容量を完全に超えていた。
それだけの魔力を持った人間は、過去の歴史を紐解いても片手の指で事足りるほどしか存在しないだろう。
にも関わらず、それを行使する素質が皆無。ただのレアケースと断じるにはあまりにも不自然なバランスである。
「まるでリンカーコアを持たない人間に無理やり強大な魔力だけを付与したような……」
以前は、その異常性に気付きながらもそんなこともあるだろうと、それほど気に留めることはなかった。
だが、勇斗にかけられたリミッターとそれに関する調査結果。それを知った後ではどうしてもただのレアケースと断じれなかった。
今回のことで過去のデータを調査してみたが、やはり勇斗ほど極端な例は過去に存在しない。
クロノが何を言いたのか察知したリンディが、彼の言葉を引き継ぐように口を開く。
「人為的に処置を施された人造魔導師。勇斗くんにその可能性があると?」
人造魔導師。人間に対して人為的な処理・調整を行うことで強力な魔力や魔法行使能力を得た魔導師。魔法文明が全盛になって以降、何度も実験と失敗を繰り
返し、研究されてきた技術である。フェイトを生み出した「プロジェクトF.A.T.E」、人の身体と機械を融合させ、常人を超える能力を付与させる『戦闘
機人』といった生命操作技術として根源を同じくするものである(ただし、フェイト・テスタロッサや後に生まれるであろうエリオ・モンディアルがリンカーコ
アを要しているのはあくまで偶発的な自然発生であり、彼女らはこの定義での人造魔導師には当てはまらない)。
だが、倫理的、そしてその成功率など様々な点から問題視され、現在では違法かつ禁忌とされている技術である。
無論、法律で禁止されているとはいえ、管理局の目を逃れ水面下でこの手の研究を進める者は後を絶たない。
勇斗の異常なまでに強大な魔力とアンバランスな素質はそういった者たちによる研究の成果ではないかとクロノは考えたのである。
「あくまで推論と可能性の問題、ですけどね。少なくとも検査結果ではそれらしき痕跡は一切見つかっていませんし、彼の身辺にも魔法世界と関わっていたという事実はありません」
人造魔導師というのは主に外科的な処置・処理が一般的な方法である。それゆえ、調査を行えば程度の差はあれ、何らかの痕跡を発見することが可能なのだ。
だが、勇斗の体もリンカーコアにも何らかの処置をされた痕跡は皆無。彼と初めて対面した後に、その言動から徹底的に身辺調査を行ったこともあった。
その結果はシロ。彼の両親は元よりその親族にまで手を広げて調査したが、魔法世界との関係を持ったものは存在せず、記録や記憶を改竄された形跡もなく、
DNA鑑定の結果でも、彼の両親の実子であることは証明された。(この事は後に勇斗に話し、謝罪している。無論、勇斗はそうされることを想定していたので
気に留めずに笑い流していた)
もっとも、個人レベルでの接触などは流石に調査しきれるものではないので、完全に魔法世界との関わりがないとは言い切れない。
「仮にその可能性があったとしても、その目的が謎よね。魔力が大きいだけでそれを扱えない魔導師の需要なんてないもの」
リンディの言うとおり、魔力が大きいだけでその力を制御できない魔導師など、基本的に何の役にも立たないし必要とされていない。
魔導師というものはただ力が大きれば良いというわけではない。無論、魔力が大きいに越したことはないが、それはあくまで制御された力であることが前提である。
完全に制御された10の力が制御されていない1000の力を凌駕することさえあるのだ。勇斗のようなアンバランスな力を持つものを必要とされることはまずないと言っていい。
仮に彼を一から魔導師として鍛え育て上げたとしても、まともな戦力になるかどうかは怪しいところだ。
勇斗がクロノと同じだけの努力を10年20年続けたとしても、彼と同じ領域に辿り着くことはまずないと言って良いだろう。如何に魔力が強大でもそれを扱う才能・資質が絶望的なレベルで低い。
「まともでない手段であの魔力を活かす手段があるのか。それとも本命はあの子が持っている予知能力?あの膨大な魔力はその副産物という可能性も……」
勇斗が持っていると言っていた予知能力。この力についても不明な点が多いが、彼が知るはずもないプレシア・テスタロッサについての知識を持っていたこと
は事実。この力が事実で、勇斗が人造魔導師として処置を加えられていた場合はこの力を得ることが本命だったとも考えられる。本人が扱えないほどの魔力はそ
の過程で得られた副産物ではないのかとリンディは推論する。
予知能力云々は勇斗が話の辻褄合わせにでっち上げたまったくの出鱈目なので、当の本人が聞いていたら乾いた笑いを浮かべながら目を逸らしたことだろう。
まさか別の世界で自分達に起きた話がアニメとして存在し、さらにはその記憶を持った人間がこの世界にいるという、今話している推論より遥かに荒唐無稽な出
来事が真実であると想像できるはずもない。
「または実験の失敗作……それゆえリミッターをかけて管理外世界に放置したという可能性もありますね」
「確かにそう考えるとリミッターをかけた理由としては納得はいくけど……」
人造魔導師の実験による失敗作。魔力を付与することには成功したものの、それを扱う資質を付与できなかった。ゆえに失敗作としてリミッターをかけてその魔力を封印。実験の痕跡を隠そうとした、と考えればある程度の辻褄合わせはできる。
とはいえ、それで疑問が全て消えたわけではない。処置した人造魔導師をわざわざ管理外世界とはいえ、自らの管理下に置かずに放置する理由。現在の技術であれほどの魔力を付与できるのか。何者がそれを為したのかなど細かく挙げていけばきりがない。
「結局は根拠のない推論に過ぎないわよねぇ。それを裏付ける証拠なんて何にもないんだもの」
真剣な表情でモニターのデータを睨んでいたリンディの表情が緩み、その手がカップへと伸びる。
多少時間が経っていたことでいくらか温くなっていたが、糖分とミルクたっぷりのコーヒーの味は悪くなかった。
リンディの雰囲気が緩んだのに合わせてクロノも肩の力を抜き、椅子にもたれ掛かりながら自身のカップに口をつける。
口の中に広がるブラックの苦味がひどく心地よかったと同時に、母と同じ味付けでなかったことを密かに安堵した。
「えぇ。実際、ただの杞憂だと思います。リミッターがかけられて九年。真相がどうあれ、いまさら彼自身に何か起きることもないでしょう」
そう。今まで上げたのは全て根拠のない推測ばかりだ。それを実証する物証など何一つ存在しない。無用な危惧を抱かせる必要もないと判断したが故に本人にこのことは話していない。
実際、話しているクロノ達も本気でそんなことを考えているわけではなく、他愛のない雑談の延長として可能性を論じたに過ぎないのだ。
勇斗自身を見ていても何ら異常は――性格に問題はあるかもしれないが――ない。
「そうね。もっとも彼の場合、たとえ真相がどうだろうと簡単に受け入れちゃいそうだけども」
冗談交じりに言うリンディの言葉に、クロノもそうなった場合を想像してみる。
自身が何者かに何らかの処置をされたと告げられた時の勇斗の反応を。
自分よりも年下のくせに妙に達観した雰囲気を漂わせるときもある少年はどんな顔をするだろうか。
最初に浮かべる感情は驚き?恐怖?それとも不快感?どの感情を浮かべても不自然ではない。だが、最終的にあのとぼけた少年は素知らぬ顔でこう言う気がする。
「ふーん」、と。
思い浮かべてたその光景に自然と苦笑が零れる。結局、よくわからない変な奴というのがクロノの勇斗に対する評価である。
「違いありません。良くも悪くも深く考えない奴ですからね」
「ふふっ、本人が聞いたらなんて言うかしらね?」
「事実ですから」
「ふぇっくし!」
「ゆーとくん、風邪?」
「さぁ。誰か俺の噂でもしてんじゃないのか」
首を傾げるすずかに鼻を啜りながら答える。さすがにこんな時期に風邪とか微妙すぎて嫌だ。
「だとしたら間違いなく陰口かしらね。心当たりはさぞかし多いんでしょうけど」
「否定はせんけど何故に貴公はそこまで偉そうなのか?」
問いかけても金髪ツンデレはふふんと不敵な笑みを浮かべるだけでスルーされた。
胸を張るのはいいが、ツルペタな小学生にやられてもちっとも嬉しくない。今度アルフにでも頼んでみようか。
「誰か心当たりでもあるの?」
「はてさてどうだろ」
最近やたらと交友関係が広がってるので噂されるような相手には事欠かないような気がする。
プレシア親子とかナカジマ一家とか。まぁ、陰口叩いてるとしたらどっかの執務官あたりだろう。
「まぁ、それはさておき三人揃って何の用さ」
放課後になるや否や、三人示し合わせたように人の席まで押し寄せてきおった。
「ね、今日あんた暇?」
「暇と言えば暇だけど」
忙しいと言えば忙しい。何しろはやての誕生日まで残り少ないのである。
闇の書対策も色々あれこれ考えたり手を打ったりはしているが、これがベスト!と言えるようなものはない。
猫姉妹の行動とかヴォルケンズの反応とか完全に読みきれるはずもなく。フェイトん時のモントリヒトのような、俺の知らない不確定要素がないとも限らない。
深読みしだしたらキリがない。いっそのこと俺の知ってること全部話してクロノとリンディさんに丸投げしてしたいくらいだ。
猫姉妹も今のとこは行動を起こしてないだろうが、管理局とのつながりをもつ俺がヴォルケンズと接触した場合、何らかのリアクションを起こしてくる可能性はある。あぁもう面倒くさい。
あれこれ考えて行動するのは好きじゃないが、今回ばかりはそうもいかないのが辛いところだ。こうやって頭をうんうんと悩ませていると、なまじ知識があるのも考え物であると思う。あれこれ考えすぎて逆に動けなくなる。
あとついでにはやての誕生日プレゼントも考えなきゃならない。女の子にプレゼントするのは初めてではないが、小学三年生とかなるとまた話は別で、めんどくせーとか思わなくもないのだがそうもいかねーなぁと世の中の世知辛さを思い知らされている今日この頃である。
「じゃ、今日はあんたんちに襲撃かけるわね」
「あぁ、好きにすればいいんじゃないかな……んですと?」
軽く聞き流しかけた言葉に思わず顔を上げる。そこには三人娘がニヤニヤした顔でこちらを見つめていた。
「ほら、まだゆーとくんの家で遊んだことなかったでしょ?せっかくだから一度遊びに行って見たいなーって思って」
「前にすずかの家にも行ったんだし、問題ないわよね」
「男の子の家って初めてだからちょっと楽しみなんだ」
俺が唖然としている間に三人娘は好き勝手なことを言っていた。あれか、この前の撮影会は今日の前フリでもあったのか、おい。
「都合が悪いなら次の機会にするけどどうかな?」
可愛く首を傾げる月村さんですが、そのうち俺の家に来るのは確定事項なわけですね。汚いな、流石月村汚い。
「それとも何?何か私達に見られて困るようなものでもあるの?」
むしろそっちのほうが面白いと言わんばかりに良い笑顔のアリサさん。
見られて困るものは無いが、下手に触られては困るものはある。まぁ、こいつらなら大丈夫だろうけど。
「まぁ、いっか。好きにすればいいんじゃないかな」
無理に反対する理由も無い。どうせ闇の書対策も妙案を思いつく気はしない。ならば気分転換を兼ねてこいつらと遊ぶのも悪くないだろう。
「よし、決まりね。ふっふっふ、前回の負けは今日あんたんちでしっかりと返してあげるわ!」
「ふぅん、良かろう。俺の連勝記録が伸びるだけの話よ」
ちなみに連勝しているのはアリサにだけで月村には負け越し、なのはは大体五分の戦績である。
「ふん、そうやって笑ってられるのも今のうちよ。何故なら見違えるほど強くなった私のポケモンが今度こそあんたを倒すんだから!」
「…………」
見事なほどに自ら敗北フラグを立てたアリサにどう答えたものかと一考し口を開いた。
「デレデレ☆ツンデーレ☆デレッデー☆ドン、チャン、テイィィン!ツンデレのアリサが勝負を仕掛けてきた」
「誰がツンデレかぁっ!」
ポケモンシルバーのライバルのBGMに合わせて口ずさんだらなのはと月村が盛大に噴き出し、アリサが吼えた。なのはと月村は笑いのツボにはまったらし
く、アリサに顔を見られないように顔を俯かせているが、肩が小刻みに震えているので笑いをこらえてるのがモロバレである。そしてそれを見てますますご機嫌
斜めになるアリサ。
仕方ない、フォローをしてやるか。
「デレッデーデー☆デレッデー☆ツンデーレ☆ツンデーレ☆ツンデーレ☆デレッデー☆」
「あは、あはははっ!」
「だ、だめっ、もう駄目ッ!あはははは!」
最後の一押しをしてやると堰を切ったように腹を抱えて笑い出す二人。
「その妙な歌はやめなさいっ!あんた達も笑うなぁ!」
俺の頬を両手で引っ張って怒鳴るツンデレだが、効果は逆効果のようだ。なのはと月村は更なる笑いの発作に包まれて笑い転げる寸前である。
「アリサは怒鳴った。しかし逆効果のようだ」
「あんたが余計なこと言うからーっ!」
「ツンデレ乙」
「誰がいつデレたかーっ!?」
「俺に対してはツンで、なのはとすずかに対してデレだと思うのだがいかがだろう?」
「いちいち律儀に答えるなっ!」
一体このツンデレは俺にどうしろと言うのだろうか。
なのはとすずかの笑いを止めようとする金髪ツンデレを横目にしながら、俺は静かにため息をついた。
「うぅ、ほっぺが痛いよぉ」
アリサの家のリムジンで送ってもらって俺んちまで到着したまではいいものの、月村が赤くなった頬を擦っていた。笑いの発作を止めるためにアリサが散々引っ張った結果がこの惨状である。
「大丈夫か?まったく……アリサももうちょい手加減してやれよな、大人気ない」
「おまえが言うなっ!」
「笑いが収まるタイミングでBGMを口ずさんで笑わせたのはゆーとくんだよぉ」
アリサにはたかれ、月村同様に赤くなった頬を擦るなのはが涙目で睨みつけられた。やれやれである。
肩を竦めて我が家の玄関の扉を開ける。
「ただいまー」
『お邪魔しまーす』
俺の声に続いて三人娘の挨拶の声が続いた所で、女の子三人の中に男一人という状況に慣れつつある自分に気付く。
前の記憶を鑑みれば、小学校低学年の頃はあまり男女の区別なく遊んでいたが、三、四年の頃から少しずつ男女別々のグループに分かれていったように思う。
ちょうど今がその時期なのだが、俺はこのままでいいのだろうかとも思わなくもない。ま、他に深い付き合いもないから別にいいかと割り切る傍ら、廊下の奥の
ドアが開き、パタパタとスリッパの音を鳴らす大人の女性が一人。ぶっちゃけ俺の母親である。
普段は父親と同様に会社に行っているはずだが、こないだの休日出勤の代休で今日は家にいるのである。
「ただいま、母さん」
「お帰りーって、あらあらまぁまぁ」
母さんは俺のすぐ後ろにいる三人の姿を見て、口に手を当てながら目を丸くする。その目に好奇の光が宿ったのはまぁ、予想通りではあった。
「俺の母さん。で、こっちがクラスメイト」
母親相手に女友達を紹介するのはどうにもこそばゆい。下手に受け狙いにはしらず、適当に紹介する。
「アリサ・バニングスです」
「高町なのはです」
「月村すずかです」
「アリサちゃんになのはちゃん、すずかちゃんね。大したおもてなしもできないけどゆっくりしていってね」
と、言いつつ、母さんの視線はなのはにロックオンされ、興味深げに見つめていた。
それに気付いたなのはが困惑気味に首を傾げる。
「え、えと、何か?」
「あ、ごめんなさい。なのはちゃんのことはゆーちゃんから色々聞いてたから」
「ゆーちゃん?」
「色々?」
「なのはちゃんのこと?」
母さんの言葉で三人娘の視線が一斉に俺に向けられる。アリサの口元が緩み、キラリと眼が光ったように見えたのは多分気のせいじゃない。無視無視。
『えと、ゆーとくん。もしかして……』
『うむ、うちの家族には魔法のことも全部話してあるぞよ』
『ええっ!?』
そういやなのはにはそのこと話してなかったか。
驚きの声を念話だけで留め、表情には少ししか出さないとは器用なことをするものだ。なにやら小声で「なんで、なんでそんな簡単に話してるの……?」と、なにやらショックを受けているが、それを口ではなく念話で呟いてるのは流石と感心するべきだろうか。
そんななのはたちの様子を気付いているのか楽しんでいるのかは定かではないが、うちの母さんは相変わらずニコニコと俺等のことを眺めている。微妙に確信犯じゃねーだろうなぁ、こんちくせう。
とりあえず玄関でつっ立ってても仕方ないのでリビングまで三人を案内する。母さんはお茶菓子を用意しにキッチンへ。
「んじゃ、ちょっとここで待っててくれ。ちょっと俺は自分の部屋行ってくるから」
「あ、私も一緒に行く!ふっふっふ、怪しげなものを隠そうとしたってそうはいかないわよ」
と、二階の自分の部屋に戻ろうとした俺の前に立ち塞がったのは言うまでもなく金髪ツンデレだった。
口には出さないが、なのはと月村も俺の部屋に興味あるのか、アリサに賛同したそうな顔をしていた。
「別に来ても構わんが、そんなに俺の着替えが見たいのか?」
「な……っ!?」
この言葉の効果は覿面で真っ赤になったアリサに蹴り出されるようにリビングから追い出された。
初めて来る人の家だと言うのに物怖じしない性格は非常によろしい。
手早く着替えて戻ってくると、そこに母さんの姿はなく、三人娘が仲良くお茶をしていた。
月村の家で飲んだような本格的な紅茶ではないが、特に気にした様子はなかったことに少しだけ安堵する。
「おまたせ」
「お帰り、ゆーちゃん♪」
開口一番のアリサのセリフがこれだ。そのニヤニヤとした顔はこれ以上ないくらい嬉しそうで本当に楽しそうだった。
「おかえりー、ゆーちゃん♪」
「先にお茶頂いてます、ゆーちゃん♪」
あらかじめ三人で示し合わせていたのか、なのはと月村まで便乗していやがる。顔を見ればアリサ以外の二人もノリノリなのは一発でわかる。
もっとも、あらかじめ予想していたのでこれくらいで動揺する俺ではない。げんなりした顔を装いながらアリサが紅茶を口に含んだタイミングを見計らって口を開いた。
「まぁ、せいぜいゆっくりしていってくれ。あーたん」
ぶはっと、アリサの口から盛大に紅茶が吹き出された。ちっ、しまった。俺としたことが写メを撮り逃してしまった。
「あつっあつっ!」
「あああ、アリサちゃん、大丈夫っ!?」
「はわわっ!」
しまった。紅茶でやるのは失敗だったか。吹き出した紅茶がおもいっきりアリサの手にかかっていた。タオルを持ってアリサに慌てて駆け寄る。
幸い、口の中に含める程度には冷やしていたせいか、火傷はしていないようだ。タオルを手渡した後、キッチンに濡れタオルを取りに走る。
「ゆーとくん」
濡れタオルをなのはに手渡したところで、月村にジロリと睨まれた。流石に今回ばかりは申し開きもできないのでアリサに平伏して謝る。
「ごめんなさい、調子に乗りました。もうしません」
「うん。今度やるときはちゃんと危なくないタイミングでしないと駄目だよ?」
「御意」
「って、待ちなさない、こらぁっ!」
月村の言葉に頷くとアリサから怒声が飛んでくる。
「なんでしょうか、あーたん」
「どうしたの、あーたん」
「問題はそこじゃないっ!誰があーたんよっ!?誰がっ」
怒りが有頂天のあーたんだが、顔を真っ赤にしていてはまるで迫力がない。月村はニコニコしながら、俺は笑いそうになるのをこらえて平静を装いながらあーたんの反応を楽しむ。
「説明が必要ですかな、あーたん?」
「ねぇ?」
例によって月村と示し合わせたように首を傾げる。どうでもいいけど稀にこの子が物凄くブラックストマックに思えるのは俺だけだろうか。
「だからあんたたちは〜〜っ!」
「あ、アリサちゃん、落ち着いてっ」
「逆ギレよくない。あだ名で呼んでくれたクラスメイトに親しみを込めてあだ名を呼んであげたじゃないか。それとも何か?あーたんが俺のあだ名を呼ぶのは良くてその逆はダメなのか?」
俺の言葉となのはに抑えられ、辛うじて自制したらしいアリサだが、その頬があからさまに引き攣っていてニヤニヤが止まらない。
「う……な、なら私だけじゃなくてすずかやなのはにもあるんでしょうねっ。すずかはなんて呼ぶのよっ」
「…………すずちゃん?」
「今の間は何よっ!絶対に今考えたでしょっ!私の時と絶対に差があるでしょっ!」
「HAHAHAそんなことないさ」
「ちゃんと人の目を見て言いなさいっ!露骨に目を逸らすなぁっ!」
「まぁ、落ち着きたまえあーたん」
「あ・ん・た・が・い・う・な〜。ほら、すずかもなんか言ってやんなさいっ」
ご希望通りに月村のあだ名を考えたのに何が不満なのか。人の頬をぎうぎう引っ張るのはやめてほしい。ここぞとばかりに月村を自分の味方に引き入れようと必死だな、おい。
「すずちゃん、かぁ……うん、悪くないかも」
「…………」
「月村はすずちゃんで気に入ったみたいだけど?」
あーたんと違ってすずちゃんは俺の命名が気に入ってくれたらしい。
「ね、ね、ゆーとくん。私は?」
自分もあだ名で呼んで欲しいのか、なのはが子犬のように手をついて身を乗り出してきた。魔法使ってるときはアレだけど普段は子犬系だよね、こいつ。
「うむ、おまえに相応しいのが一つあるぞ」
「本当っ!?」
まぁ、なのはのあだ名なんて考えるまでもない。わくわくと目を輝かせるなのはに鷹揚に頷いて言った。
「白い悪魔」
あ、こけた。
「ひ、酷いよぉっ!なんで私が悪魔なのっ!?」
よっぽど期待していたのか、ガバっと起き上がって涙目で抗議してくるなのはだった。
「いや、そのセリフ違うから。ここはこう返すべきだぞ?『悪魔でいいよ。悪魔らしいやり方で……話を聞いてもらうから!』だ」
「誰のセリフなのか知らないけど、私そんなこと言わないもんっ!」
「…………」
「な、何、その目!?そんな冷めた目で見ないでよぉ!」
「や、知らないって幸せなことだなぁって思って」
「どういう意味っ!?」
「言葉通りだ」
その後もすったもんだの話し合いの末、今まで通りの呼び方をすることに落ち着くことになる。
主にあーたんと白い悪魔の抵抗によって。
「ちょっと、残念かも」
「と、月村は仰ってますが」
「……別に本人が良いなら好きにすれば?」
今までのやりとりで相当な体力を消耗したのか、ソファにもたれかかるアリサの言葉はすごく投げやりだった。
「そういえばなんですずかちゃんだけ苗字で呼んでるの?」
「ぬ?や、基本的に俺は苗字で呼んでるぞ、アリサやなのはとかが例外なだけで」
現に他のクラスメイトは例外的に名前で呼ぶやつもいるが、基本的には苗字で呼んでいる。
これは単に以前からの習慣である。小学校低学年くらいは基本的に名前を呼び捨て、小学校高学年くらいから苗字で呼ぶようになり、高校から女子だけさん付けで呼ぶようになっていた……気がする。
この風習はまぁ、地域差とかがあるのだろう。聖祥の場合は私立ということもあってか、名前にくん、ちゃん付けが普通で俺のように男女問わず呼び捨てにするのは少数派である。
「なのはは自分で名前で呼べって言ったからだし、アリサはバニングスって言うのがなんか呼びにくかっただけだし」
「そんな理由かいっ!」
「あ、だったら私もすずかでいいよ」
「ん、わかった。じゃあ今度からそうする」
「さらっと無視するなぁっ!」
「まぁまぁ落ち着けあーたん」
「だ・か・ら、あーたんは禁止って言ったでしょうが〜」
またしても両の頬を引っ張られる。
口では勝てないと悟ったのか、最近、実力行使が多くなってきたのが困る。
さすがに年下の女の子相手にやり返すのも大人気ないので、こちらからは手が出せない。
いつもなら止めてくれるなのはも『白い悪魔』で大いにご立腹なようで、さり気なくアリサと一緒に俺の頬を引っ張るのに参加していやがりますね、こんちくせう。
「ふふっ、みんな楽しそうね。はい、これケーキの差し入れよ」
母よ、息子が二人の女の子に頬を引っ張られているのに言う事はそれだけですか?
俺の頬を率先して引っ張ってるアリサはもちろん、なのはもすずかも母さんに礼は言うけど、俺の状況に対して一言も無いのはどうかと思うのですが。
「ゆーちゃんがはやてちゃん以外の女の子を連れてくるなんて本当、珍しいわねぇ。ねぇねぇ、ゆーちゃんの好きな子ってこの子達の中にいるの?」
母さんの爆弾発言にぴきりと俺の顔が引き攣る。
助けどころかさらりと核を投下してくれやがったよ、この母上は。三人娘の視線が驚きと共に見開かれ、俺に殺到したのは言うまでもない。
「いやいや教えないから」
と言ったものの、この手の話題で引くような相手ではなかった。
「なになに、ゆーとくん好きな子いるのっ?」
「誰々?うちの学校?」
「そもそもはやてちゃんって誰?」
三人が三人とも目を輝かせて迫ってくる。
正直に言おう。傀儡兵の十倍怖かった。
「言わねーしっ、教えねーしっ!断固黙秘権を発動するっ!」
思わず三人の勢いに後退りながら叫ぶが、俺の言葉にアリサがニヤリと嗤った。
「ふっふっふ、否定しないってことは好きな子がいるってのは本当のようね」
「ぬぐっ……」
ぬかった。母さんの核投下があまりの不意打ちだったので俺ともあろうものが選択肢を誤ったか。
そして見た。三人娘の奥で計画通り!と言わんばかりに微笑む母の姿を。
「謀ったな!?母さんっ!」
「あらあら人聞きの悪い。普段から無駄に落ち着いてて愛想のないゆーちゃんの困った顔見て楽しもうだなんてこれっぽちも思ってないわよ?」
「本音駄々漏れじゃねーかっ!?それでも母親か、おい!」
反射的に突っ込むも、母さんはそれすらも美味と言わんばかりにうふふと微笑んでいる。
さ、最低だ、この母親……!
「うわー、ゆーとくんがこんな動揺してるの初めて見たかも」
「確かになかなか見れるもんじゃないわね……流石だわ」
「ちょっと新鮮で面白いかも」
おまえらここぞとばかりに言いたい放題ですね。アリサはいつもどおりだけど露骨に目を輝かせてるすずかももの凄く新鮮だよ。悪い意味でなっ!
「フフフ。じゃ、私は邪魔にならないように引っ込んでるけど、ゆーちゃんの好きな子聞き出したらおばさんにも教えてね?」
『はーいっ!』
この短時間でなに結託してるのこの人たち。
「とゆーわけでぇ」
「尋問タイムといきましょーかぁ、ゆーちゃん♪」
「はやてちゃんって子のことも教えてもらおうかなー」
なんか今まで見た中で一番楽しそうなんですけどっ!
「はやてのことは幾らでも喋るけど、他の事には黙秘権を発動して断固拒否する」
笑顔でにじり寄ってくる三人から少しずつ後退る。なんだ、この迫力。
つーか、小学三年生の分際でなに人の色恋沙汰に興味持ってんの。そもそも俺が小学校の頃は――入学式の日に速攻で隣の席の子に一目惚れしてたね、そういえばっ!
過ぎ去りし日々に愕然としているといつの間にか背中が壁に当たっていた。
「ふふふっ、ゆーとくんっ。もう逃げられないよ〜」
「なのは、今の自分の鏡で見てみるといい。悪魔と言う言葉が相応しいぞ」
「うっ」
俺の言葉になのはの動きがピタリと止まる。良かった、ここでレイジングハートを構えながら「悪魔でいいよ」とか言われたら本気で卒倒しかねない。
「なのは、こいつの口車に乗っちゃダメよ。ここでこいつの弱みを握っとかないと延々とこいつに主導権を握られたままよ」
「うわぁ、何そのジャイアン理論。将来の夢はガキ大将ですか?空き地でリサイタルでも開きますか?」
「誰がジャイアンかぁっ!?」
間髪入れずにアリサを指差す。
「実際、学級委員もやってて事あるごとに仕切ってるから立場的には似たようなもんじゃないのか」
「うん、確かに」
「言われてみれば……」
矛先転換成功。ふふふのふ。アリサよ、俺を相手にするには君はまだ未熟っ!
「二人してこっち見るなぁ!だいたいアンタだって同じ学級委員でしょうがっ」
「や、俺は押し付けられただけだし」
「私だってそうよっ」
一、二年の頃ならばともかく、三年生にもなると学級委員が面倒な役割だというのは周知の事実だ。
基本的にこういった役割を割り振られる人間は自分から進んで立候補する人間と、他人に押し付けられた運のない人間の二通りである。
不運にも今のクラスに自分から進んで厄介ごとを引き受けてくれる酔狂な(限りなく私見)人間はおらず、なんやかんやで俺とアリサが学級委員を引き受けさせられる羽目になったのである。
アリサは仕切り上手な所や面倒見の良さを買われ、俺は部活もやってない塾も行ってない暇人として。あとは下手に成績が良いとこういったことを押し付けられやすいという弊害もある。
「で、それはそれとしてゆーとくんの好きな人って誰なの?私たちの知ってる人?」
何事もなかったかのように話題をリバースされた。やはり一番手強いのは貴様か、すずか!
口調は何気ない風だが、その瞳は他の誰より輝いて見えた。普段、地味なくせにこういうときは無駄に押せ押せである。
「ノーコメント。どちらにせよ、答える義務はない。俺が答えなきゃいけない理由を是非とも教えてくれ」
「私たちが勇斗の弱みを握るため」
「帰れ」
「じゃあじゃあ、ヒントだけでもっ!年とか住んでる場所とか」
「却下。答える必要性が無い」
そんな情報は俺が知りたいくらいである。
「というか、そういうおまえらはどうなのよ?好きなヤツとかいないの?」
『え?』
俺の言葉に三人とも顔を見合わせる。まぁ、俺の知ってる通りならこいつら19歳になっても男の影すら見当たらないわけだが。
もしかしなくても未だに初恋すらまだなんじゃないだろうか。
「えっと、私は今のところそういうのは……すずかちゃんは?」
「私も特にいない……かな。アリサちゃん」
「……いないわよ」
三人が三人とも微妙に困ったような表情で顔を見合わせている。顔がちっとも赤くなっていない辺り、素でいないようだ。
「駄目だ、こいつら。早く何とかしないと」
盛大に溜息をつきながら言ってやった。
三人とも同級生の間では密かにそれなりに人気高いのに。予想していたことではあるが、これは酷い。ユーノや友人たちに憐憫を感じてしまう。
「う、うるさいっ、わざわざ声に出して言うな!」
「いや、ついつい。まー、個人の自由だから別に文句を言う気はないから気にするな」
「うぅ、そう言いながらもゆーとくんの視線に思いっきり哀れみを感じるよぅ」
「うむ、鋭いな。褒めてやろう」
「全然嬉しくないよ……」
多分、ユーノも聞いたら悲しむと思うよ。
「え、えっと、じゃあ、はやてちゃんって子のことは?」
自分たちの旗色が悪いと思ったのか、ここぞとばかりに話題を切り替えるすずか。
些か強引な気もするが、ここは大人の態度で乗って上げるしよう。
「はやて、ね。まぁ、そっちはそのうち紹介するよ。間違いなくお前らとも気が合うだろうさ」
はやての誕生日まであとわずか。それまでには対応を決めなければならない。なのは以外は今すぐに紹介しても問題ないが、なのはが絡むとヴォルケンリッターや猫姉妹の対応がややこしくなる。状況がある程度安定するまでは、慎重な対応をしなければならないだろう。
「へー。どんな子なの?」
「芸人?」
「あんた……絶対適当に言ってるでしょう?」
「当たらずとも遠からずってとこだな」
「何よそれ。もっと真面目に答えなさいよね」
「んー、何から話したものか」
そんなこんなで三人が帰るまで雑談したりゲームしたりして過ごしたのであった。
三人が笑顔で帰ったのを見送りながら、空を見上げて思う。
こんな当たり前で何気ない日常。きっと誰もがずっと続いて当然だと思っている日々。
だけどそんな当たり前の日々は何かの拍子に簡単に失われてしまうことを俺は知っている。いや、俺だけじゃない。誰もがそれを知っていてなお日常を生きている。それだけの話だ。
胸の奥がチクリと痛む。
失われた未来。そこにあるはずだった笑顔。
失われた過去は戻らない。
「現在を戦って未来を変える、か」
俺がいることで変わる未来。それがどんな結末を迎えるかはわからない。動こうが動くまいが、俺の知る通りの未来にはならないだろう。
なら少しでも自らの望む未来の為にできる限りのことをしていくだけだ。
なのはやアリサ、すずかの笑顔。そこに加わるフェイトやはやて。あいつらが笑って過ごせる小さな幸せを壊さないように。
そして何よりも俺自身の為に。精一杯頑張ろうと改めて思った。
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自らの過ちを悔い、残された時間の全てを娘の為に費やすプレシア。
母の笑顔の為、戦い続けた少女は戸惑いながらも今ある幸せを噛み締めていく。
プレシア『あなたの思うままに』
UP DATE 09/10/25
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