リリカルブレイカー

 

 

 第22話 『指切り』

 





 「迷った……」

 人の行きかう道のど真ん中、途方に暮れた勇斗の姿があった。
 自分にかけられていたという出力リミッターに関して、綿密な調査を受ける為にこの管理局本局へ辿り着いたのが正午。
 アースラに搭乗した際、クロノにフェイトへの荷物、なのはと勇斗の両親(勇斗となのはがそれぞれ両親へ事情を説明したときに、お互いに友人の名前を出し ていた為、本人達の知らぬ間に親同士の交流が出来ていたらしい。家を出る際に母親から荷物を渡され、そのことを聞かされた勇斗はなんとも言えない微妙な気 分を味わされていた)からアースラークルーへのおみやげを手渡し、リンディやエイミィを交えてまったりとお互いの近況を報告し合った。
 闇の書の件の対応についてはいまだに結論が出ていなかったが、それを除けば和気藹々とした道程だったといえよう。
 そして本局に辿り着き、一通りの検査を終えた後、結果が出るまでの暇を潰す方法として勇斗が選んだのが本局見学だった。
 クロノやエイミィ等は、今回の調査や別件での報告で手が離せず、案内がなくても問題ないと主張した挙句の結果がこの様である。
 形式上は船として分類されている時空管理局本局だが、その内部には様々な施設を内包しており管理局の本部としての役割に留まらず、一個の街としても機能している。
 探索の中、デパートはまだしも、ゲームセンターや動物園、水族館まで見つけたときの勇斗は驚くところなのか呆れるべきなのか真剣に悩んだほどだ。
 とはいえ、時空管理局本部ともなれば仕事に追われ、一年のほぼ九割以上をそこで過ごす局員も珍しくない。そういった局員達が気軽にかつ、身近にリフレッシュできる娯楽施設は欠かすことはできない。
 予算の無駄使いと言うなかれ。そういった施設は民間企業からの出資で運営されている為、資金的な問題はクリアされているし、そもそも太陽の光がない場所での生活なのだ。適度な息抜きもできなければ、仕事などやってられないだろう。管理局員とて一個の人間なのだから。
 そんな広大な場所を土地勘も宛てもなく、興味の引かれるままにさ迷い歩けば道に迷うのも当然と言えよう。

「ま、いっか」

 調査結果が出るだろうと言われていた時間にはまだ大分余裕がある。道などその辺にいる人に聞けばわかるだろうと楽観的な結論を出し、見知らぬ場所を見て回ろうと一歩を踏み出そうとし、

「――お?」

 いつの間にか服の裾を誰かに掴まれていた。
 振り返りみれば、そこには勇斗よりもさらに小さな子供の姿。
 年のころは小学校に上がるかどうかと言ったところだろうか。その右手はしっかりと勇斗の服の裾を掴み、涙ぐんだ瞳で勇斗を見つめていた。
 勇斗の第六感が最大限の警鐘を鳴らしていた。
 辺りにその子の保護者らしき人物はいない。小さな子供が街中で一人で涙目。それだけで状況把握には十分だ。

「えっと……ボ」

 「ボク、お父さんとお母さんは?」と訪ねようとして、その子がスカートをはいていることに気付く。短い髪から男の子かと思ったが、女の子のようだ。

「お嬢ちゃん、お父さんかお母さんは?」

 ――まったく、この年代はパッと見じゃ性別がわかりづらい。
 内心で毒づきながらも表面上は笑顔を装い、女の子を刺激しないように訪ねた。

「ふぇ……」

 が、そんな勇斗の想いも虚しく、女の子の涙は臨界点を突破しようとしていた。

「おねぇぇぇちゃぁぁぁん!おかぁぁぁぁさんっ!」

 それに気付いた時にはもはや止める術なし。如何に見た目の年齢以上の知識と経験を持っていたとしても、泣き出す迷子の涙を瞬時に止める術など無い。
 言葉にならない女の子の泣き声に行きかう人々が次々と足を止め、少女に裾を掴まれた勇斗に不審と非難の目を向ける。
 流石の勇斗もこれには大いに戸惑った。もしもこれが子供の姿でなかったら間違いなく警察――もとい局員に通報され、職務質問を受けていたに違いない。
 不幸中の幸いというべきか、周りの目には男の子が女の子に何かして泣かしているようにしか見えていない。それはそれで問題ではあるが。

「お、落ち着いて。お姉ちゃんもお母さんもすぐに見つかるからっ。ね、ねっ。ほら飴玉あげるからっ!」

 と、必死に泣きつく女の子をあやすのだが、まるで効果はない。そもそも勇斗の声を聞いてすらいなかった。
 ――誰でもいいから助けて
 即座に自力での解決を放棄した勇斗の心の叫びを聞きつけたかのように、救いの主は現われた。

「あー、こんなところにいたー」

 泣き声を聞きつけたのか、髪の短い少女の姉と思しき少女が、向かいの角から姿を見せて駆け寄ってくる。
 こちらは目の前で泣いている女の子と違い、腰まで届く髪の長さで性別は一目瞭然である。
 後頭部につけているであろう藍色のリボンがより、その可愛らしさを強調していた。

「おねーちゃんっ!」

 その姿を見た女の子は、一瞬で泣き止み、即座に掴んでいた勇斗の服の裾を放して姉の元へ駆け出す。

「もー、一人で勝手に歩いちゃ駄目って言ったでしょ?めっ」
「うぅ……ごめんなさい」

 女の子が泣き止み、妹を嗜める姉と反省する妹という微笑ましい光景に、足を止めていた人々は口元に微かな笑みを浮かべながらその場を後にしていく。
 もっとも、この場で誰よりもほっとしたのは勇斗だろう。古今東西、女の子の涙というのは何者にも勝る最終兵器となり得る。
 知らない街中で自分よりも小さな女の子にいきなり泣き出されては、とても生きた心地がしないものだ。
 大きく安堵のため息をつきながら、二人の少女達の下へと歩み寄る。
 さすがに立ち去るにしても一声かけておかないと、なんとなく後味が悪い。

「良かったな、お姉ちゃん見つかって」
「!?」

 姉との会話に夢中になっていた女の子を声かけた途端、女の子はビクッと身体を縮こまらせ、即座に姉の後ろへと身を隠してしまう。

「おぉぅ……」

 女の子を刺激しないように出来る限り、優しく穏やかに声をかけたつもりだったのだが、ここまで露骨に怯えられると流石にショックを受ける。

「あの、どちら様ですか?」

 姉の少女も露骨に警戒心を露にして妹を庇うように、勇斗を睨みつける。
 勇斗より明らかに年下にも関わらず、この気概は大したものだと感心すると同時に、何故自分がこうも敵愾心むき出しにされなければならないのか。
 自分が誰から見ても善人だと主張するつもりはないが、これはこれで切ない気持ちで一杯になってしまう。

「や、ただの通りすがりだから気にしないでいいよ」

 俺ってそんなに悪人に見えるのかなぁ、と内心で大きく傷付きながら力なく首を振る。
 迷子が保護者を見つけたのならそれ以上関わる必要もない。心の中では泣き出したい気持ちで一杯であるが。
 踵を返し歩き出そうとしたその時。

「ねぇ、おねーちゃん。おかーさんは?」
「……………………え?」

 踏み出した一歩を思わず止め、顔だけちらりと振り返る。またしても嫌な予感全開である。

「え?あ、あれ?あれあれ?あれれ?お、おかーさーん?」

 妹に問われた姉は、露骨に顔色を変え、焦りに満ちた顔でキョロキョロと辺りを見回している。
 その子につられて勇斗も辺りを見回すが、姉妹の母親らしき人物はまったく見当たらない。

「おねーちゃん?おかーさんどこー?」
「えっ、えっと、あれー?お、おかしいなー、あはは」
「おいおい」

 思わず呟いた勇斗の言葉に反応するかのように、妹の女の子の瞳に再び涙が溜まっていく。
 なんのことはない。迷子が二人に増えただけで何も解決していなかった。

「だ、だいじょうぶっ!おかーさんはわたしがすぐに見つけるからっ。ねっ、ねっ!」

 妹の涙に気付いた姉が慌てて妹を宥めるが、姉の焦りを敏感に感じ取っているのかまるで効果はない。
 と、いうか宥めてる姉自身がその瞳に涙を浮かべていては、まるっきり逆効果だ。
(おねーちゃん、丸っきり駄目じゃん)
 心の中でおもいっきり突っ込んで見たものの、このままにしておくわけにもいかない。
 やれやれと大きくため息をついて、今にも泣き出しそうな妹の顔の前に手を差し出す。

「心配すんな。おにーちゃんも一緒に探してやるから。ほら、飴でも舐めて元気だしな。なっ?」

 しゃがみこんで目線を低くしながら、女の子を怯えさせないように努めて優しい笑顔(のつもり)で笑いかける。
 が、女の子はまたしても怯えた顔で即座に姉の影へと回り込んでしまう。

「…………うぐぅ」

 勇斗は涙を流しながら手を付き跪きたい気持ちで一杯になった。
 事実、彼の頭はその心情どおり思いっきり項垂れていた。流石に手を付いて跪くのは自制したが。
 手助けしたいのはやまやまだが、当の本人にここまで嫌われていては何もできない。
 どうしたものかと頭を掻きながら顔を上げると、姉の少女とばっちり目が合う。
 姉のほうは妹と違い、きょとんとした目で勇斗を見つめている。
 これならコミュニケーションが取れるかもしれないと一縷の望みを託し、にへらと締りのない笑みを浮かべて手を振る勇斗。

「おにいちゃんもおかあさん、探してくれるの?」

 首を傾げて訪ねる少女に内心ガッツポーズをとる。

「おう、任せとけ。見つかるまで一緒に探してやるぞ」
「うん、ありがとうっ!」

 勇斗が力強く頷くと、少女もはちきれんばかりの笑顔を見せる。
 その笑顔に気をよくした勇斗は立ち上がり、姉の少女の頭を撫でようと手を伸ばすが、その手はすっと避けられる。

「…………」

 さりげなく避けたほうの少女は、先ほど変わらないニコニコとした笑顔のまま勇斗を見上げている。

「……お母さん、探そうか?」
「うん!」

 少女の元気な返事に癒されつつも、どこかやるせない思いで一杯な勇斗だった。

「んじゃま、とりあえずその辺歩いてみるか」
「みよー!」

 いまだに姉の影に隠れている妹とは対照的に、姉のほうは随分と人懐こい性格のようだ。
 所々、行動に棘があるように感じるのは気のせいということにして、二人を先導するように歩き出した。
 むんず、と服の裾を引かれる感覚。
 デジャブを感じつつも、振り返り見れば、予想通りに笑顔のまま自分の服の裾を掴んでいる少女の顔があった。
 そして妹は姉の手をぎゅっと握ったまま、怯えながらこちらを見上げている。
 ――この姉妹は人の服の裾を掴むのが趣味なのか?

「ま、いっか」

 あまり深く考えず、今はこの子達の母親を探すことに専念しようと気持ちを切り替える。

「そういや君達の名前は?」
「ギンガー!」
「……スバル」

 聞き覚えのありすぎる名前に思考が停止すること数秒。



「なん……だと?」


 引き攣った顔でそれだけ呟くのが精一杯だった。





 とはいえ、それでやることが変わるわけでもない。
 幸いにして、彼女達の母親であるクイント・ナカジマはすぐに見つかった、いや、見つけてもらったというべきか。
 五分ほど歩いたところでスバルが音を上げ(勇斗に会う前から長い時間迷子になってたらしい)、困り果てた勇斗が最終手段とばかりに周囲へ無差別念話を送信したのである。
 周囲の人たちから一斉に注目を浴び、スバルが縮こまったりする場面もあったが、効果は抜群でさほどの間を置かずにクイントからの念話が届くことになる。
 そうして無事に合流したまでは良かったのだが。

「やー、初対面なのにいきなりご馳走してもらって申し訳ありません」

 何故かクイント、ナカジマ姉妹と一緒に夕食を食べていたりする。しかも何故か中華である。もしかしたら中華によく似た何かなのかもしれないが、勇斗はそこまで突っ込むことはしない。

「あら、娘が世話になったんだからこれくらいは当然よ。それに出会い頭にアレだものねぇ?」
「あ、あはは……まぁ、よく考えたら朝食ったきりでしたからねぇ」

 クイントの含み笑いにつられて、いや、それ以上に目の前にある大量の料理に乾いた笑いしか出せない勇斗。
 スバルとギンガが人並み外れた大食いであることは知っていたが、実際にこうして目にするとなんとも言えない感慨を覚える。
 スバル、ギンガ共に可愛らしい見た目を裏切るように目前にある山のような料理を次々に平らげていくし、クイントに至ってはその二人を軽く凌駕する勢いである。
 ごく普通の一般人の感覚を持つ勇斗が圧倒されるのも無理はない。
 そもそもどうしてこうなったのか。そもそもの発端となった出来事を思い出し、勇斗は小さくため息をついた。
 念話によって無事にクイントと合流したまでは良かったのだが、出会い頭の挨拶直後に勇斗の腹の虫が盛大に鳴ったのである。
 こちらについて早々検査が始まり、昼食を食べる間もなかった。
 色々な検査を受けている内に空腹を忘れていたが、夕食時ともなればそれを思い出すのも無理はないだろう。

「つーか、こっちの金持たないまま出歩くとかねーな……」

 あまりにクロノ達がバタバタしていたせいで、勇斗もクロノ達も換金することを失念していた。
 クロノとの待ち合わせの時間まではあと数時間もある。こうしてクイントと出会っていなければ、その時間まで空腹で街をさ迷い歩いていたことは確実だろう。

「こっちの……っていうことは、勇斗くんは管理外世界の子なの?」
「えぇ。地球ってとこですけど。ちょっとしたゴタゴタがあって、それに巻き込まれたというか、首を突っ込んだのが原因で色々ありまして」
「へぇ、中々面白そう。ね、ね、良かったら勇斗くんの世界のこと詳しく聞かせてくれない?」
「聞きたいー」

 興味津々と言った感じに身を乗り出すクイントと、それに手を挙げて賛同するギンガ。スバルも声こそ出さないが、僅かに期待するような目を勇斗に向けている。

「まぁ、それは全然構わないんですが」
「本当!?私、地上本部の所属だから管理外世界に関わることって滅多になくって。機会さえあれば色々知りたいなーって思ってたのよ」
「はぁ」

 何から話すべきかと思う以上に、自分が持っていたクイントのイメージと目の前にいるクイントのギャップの差に戸惑う勇斗。
 理想の母親のような性格をイメージしていたのだが、実際にこうして話しているとそれが大きな誤りであったことを思い知らされる。
 一言で言えば明るくて勢いがある。落ち着いた母親というよりは、社交性に富んだ女子大生のお姉さんというのが一番しっくり来る。
 あなたは一体何歳ですか?流石に既婚の女性に年齢を問い正したりしないだけの分別は持っているので口に出したりはしないが。
 スバル・ギンガ以上に好奇心に満ちた視線に戸惑いながら、クイント及びギンガの質問攻めに遭う勇斗であった。




「んー、美味しかったー。もう大満足っ」
「まんぞくー!」
「まんぞくー」
「そりゃあれだけ食べればねぇ……」

 ナカジマ一家に聞こえないよう小さな声で呟く勇斗。クイントとギンガの質問攻めはともかく三人の異常な食いっぷりの良さに多少当てられたようである。

「ね、ね、勇斗くんはこれからまだ時間ある?良かったら、私達と一緒にの食後の運動しない?」
「食後の運動、ですか」

 携帯の時間を確認するが、クロノとの待ち合わせまでは大分ある。
 どうせ決まった目的もないし、断る理由もない。
 それにナカジマ一家がする運動と聞いて連想するのはシューティングアーツ。
 殴ったり蹴ったりされるのはアレだが、あの魔力で動くローラー型デバイスには興味がある。
 あわよくば、自分もちょっとくらいならやらせてもらえるかもしれないという邪な思いも湧いてくる。
 空を飛べない勇斗にとって、それは非常に魅力的な提案に思えた。

「喜んでお供させていただきます」

 少年は打算に満ちた思いのまま、クイントの誘いに乗った――――までは良かったのだが。

「……どうしてこうなった」

 本局内にあるトレーニングルーム。クイントに連れられるままにここに来た勇斗はバリアジャケット姿のクイントと対峙していた。

「お母さんもおにいちゃんも頑張れーっ!」
「んふふー。シューティングアーツやってみたいんでしょ?だったら勇斗くんの実力を知っておかないと適切に教えられないじゃない?」
「や、だったら別に模擬戦形式じゃなくても」
「これが一番手っ取り早くてわかりやすいの。大丈夫、ちゃんと手加減はして上げるから」

 勇斗の予想通り、クイントの言う食後の運動とはスバルとギンガにシューティングアーツを教えることだった。
 だが、乗り気のギンガに対して、スバルのほうはあまり気乗りしない様子だった。
 出会った当初から感じていたことだが、現在のスバルはSTS時と違い、かなり控えめな性格らしい。
 スバルがこのような態度を見せるのは毎度のことらしく、クイントも仕方ないかといった表情で苦笑しながらギンガの分のローラー型デバイスを準備していた。
 が、そこでめざとくスバルの分のデバイスを見つけた勇斗がスバルの代わりにシューティングアーツをやってみたいと申し出たのが事の発端だった。
(バトルマニア?)
 妙にわくわくとした表情でこちらを見つめるクイントに対してそんなことを感じてしまう勇斗。
 

「さぁさぁ、勇斗くんも早くバリアジャケット展開して。時間が勿体無いよ」
「……ま、いっか」
『Get set』

 手加減するといった言葉通り、クイントの腕にリボルバーナックルは展開されていない。
 それで大怪我をすることもないだろうと判断した勇斗は、流れにまかせたままバリアジャケットを展開する。

「へぇ……」

 勇斗の展開したバリアジャケットの質に、思わず感嘆の息を漏らすクイント。
 勇斗本人の魔力資質は絶望的だが、バリアジャケットはデバイスによって構築される。
 勇斗の無駄にでかい魔力を使ってダークブレイカーが構成したバリアジャケットの性能は、なのはやフェイトと比較しても遜色ない代物である。

「先手は譲ってあげる。いつでもどうぞ」
「じゃ、遠慮なく」

 右手を突き出し、半身に構える。勿論、勇斗は武術の心得などはないので漫画の見様見真似である。
 辛うじて腰が引けてないのは、日頃のダークブレイカーによるシミュレーションの成果でもあった。

「魔力……全開っ!」

 勇斗の全身を膨大な魔力が満たし、その身体能力を引き上げる。
 右足で地を蹴り上げ、一足飛びにクイントの元まで駆け抜ける。
 勢いを減じぬまま、後ろに引いた拳を突き出す。仕掛けもフェイントもない愚直なだけの真っ直ぐな一撃。
 そんな一撃がクイントに通じるはずもなく、わずかな体捌きだけでかわされる。
 無論、勇斗も今の一撃が当たるとは微塵も思っていない。振り抜いた拳の勢いそのままに体を反転。振り上げられた左の踵がクイントへと襲いかかる。
 だが、その渾身の力を込めた一撃もわずかに上半身を反らすだけでかわされる。
 それは空中に跳んだ勇斗の体を無防備にクイントへ晒していることを意味する。
 勇斗が体勢を整える間もなくクイントの足が閃き、小柄な体が大きく弾き飛ばされる。

「くおっのぉ!」

 空中を回転しながら吹き飛ばされながらも、フローターフィールドを形成して体を止める。
 無防備な状態に食らったにも関わらず、勇斗の体にダメージはほとんどない。明らかにそうなるように加減された一撃だった。
 その証拠にクイントは笑顔で手招きしている。

「にゃろおっ……!」

 勝てないまでも一矢くらいは報いてやる。
 勇斗の湧き上がる闘争心を反映するように魔力が増大し、クイント目掛けて跳ぶ。

「ライダアアアキィ――ック!」

 フローターフィールドによる反動と跳躍の勢いで加速した蹴りがクイントへと炸裂する。

「ふーん、なるほど。フィールドの反動を足場にして加速……ね。中々面白いこと考えるわね」

 しかし、勇斗にとって最大級の威力を込めた一撃も、クイントの突き出した手の平で簡単に受け止められていた。
 防御魔法を発動するまでもなく、無造作に掲げられた手ががっしりと勇斗の足を掴みとっている。

「うぞ……」

 流石にこれには勇斗も絶句する。ブレイドフォームを除けば、一撃の破壊力は最大の威力を誇る。
 それがこうも簡単に受け止められてはショックも大きい。

「残念、無念、また来週〜」
「つぁっ!」

 クイントに放り投げられ、受身も取れずに無様に転げまわる。

「魔力は大きいけど、体術も魔力の収束率もまだまだね」
「ぬぐ……っ」

 片手を付いて立ち上がる勇斗へウインクを送るクイント。
 その余裕が勇斗のちっぽけな自尊心を刺激する。

「ブレイカー、魔力リミッター完全解除……!」
『OK,Boss. limit break』
「え?」

 ダークブレイカーが無機質な音声を発した後、ベルトの本玉が強い輝きを発し、勇斗の魔力が一気に増大する。
 その余りに大きな魔力量に流石のクイントもたじろぐ。

「ちょ、ちょっと勇斗くん?もしかして今まで魔力リミッター付けてたの?」
「えぇ、まぁ。元々扱えてない魔力だったら普段は抑えとけって、とある執務官にアドバイス貰ってたんで」

 基本的に魔力は大きければ大きいほど、その制御に必要な技術のレベルも高くなってくる。
 ましてや勇斗の魔力量はAAAクラスの魔導師と比較しても桁外れに大きい。
 それだけ大きな魔力を才能皆無の勇斗が扱えるはずもなく、却って暴走の危険すら孕んでいる。
 以前、アースラで支給品のデバイスを壊したのが良い例だ。
 ダークブレイカーのサポートを得ても、その制御は基本的に大雑把なもので、一般的に見れば安定しているとはとても言い難い。
 それゆえ、クロノのアドバイスで普段はリミッターでその大きすぎる魔力を制限している。
 暴走の危険を抑えるのはもちろん、小さな魔力のほうが魔力コントロールをしやすいからだ。
 もちろん、このリミッターは自主的に付けたものなので、勇斗の意思で自由に解除できる。

「えーと、リミッター付けてた状態でもAAAクラスの魔力はあったと思うんだけどー?」

 勇斗が膨大な魔力を持っているにも関わらず、ロクに魔法を使えないということは食事の時に聞き及んでいる。
 実際、リミッターを付けた状態でも勇斗の魔力量は陸戦AAランクのクイントを上回っていた。
 今の勇斗の魔力量はそれすらも生温いと感じられるほどに大きい。

「これが俺の全力全開……そしてこれがぁっ!」

 地を蹴り上げて疾走。その右手はベルトの宝玉部分に添えられている。

『blade form』

 ダークブレイカーの宝玉から光の柄が生じ、勇斗の右手がそれを引き抜く。
 限りなく黒に近い紺色の巨大な刃が真一文字に閃く。
 クイントはわずかに後退することで、危なげなく黒刃を回避。
 振り抜いた刃が避けられたと判断するや否や、左足で床を叩きつけ、急制動をかける。
 ダークブレイカーを後ろに引き込み、剣先は真っ直ぐにクイントを狙い定めている。

「俺のジョーカーだっ!!」

 右足が床を蹴るのと同時に雷光のごとく漆黒の刃が突き出される。
 間違いなく今の勇斗にとって最大最強の一撃。
 ――決まった!
 これ以上ないくらい最高のタイミングで繰り出した自身の一撃に、自覚の無いまま口の端が釣り上がる。

「――甘い」
「!?」

 だが、その笑みは次の瞬間には凍りつくことになる。
 クイントの繰り出した拳が正面から黒刃と激突し、寸暇を置かず粉々に撃ち砕く。
 ナックルバンカー。拳の全面に硬質のフィールドを形成し叩き込むことで、高威力の衝撃を撃ち込むシューティングアーツの技の一つである。
 二人の体が交錯し、踏み込んだ勢いのまま立ち位置が逆転する。

「くっ!」
「チェックメイト、ね」

 一瞬の亡失から立ち直り、瞬時に振り返る勇斗の眼前にクイントの拳が突き出される。
 寸止めにも関わらず、拳圧によって勇斗の髪が揺らぐ。

「ギブっす……」

 そう呟いた勇斗はへなへなと腰が抜けたように座り込む。
 勝てるとは思っていなかったが、ここまで徹底的に力の差を見せつけられてはぐうの音も出ない。

「ふふっ。魔力の大きさに頼ってるだけじゃ、戦いには勝てないわよ」
「肝に命じときます……」

 クイントが差し出した手を取り、ゆっくりと立ち上がる勇斗。
 クイントと対峙した時間はごく僅かにも関わらず、体力的にも精神的にも大きく消耗していた。
 人と戦う時の緊張が並大抵のことでないことを改めて思い知らさせると同時に、自分より年下のはずの少女たちに畏敬の念を抱いてしまう。
 自分は模擬戦でもこの有様なのに、彼女たちは幾度も実戦をこなし平然としている。ことあるごとに自分との差を思い知らされるばかりだった。

「おかあさんすごーい!」
「うん、かっこよかったー!」

 模擬戦が終わったと判断したギンガとスバルがクイントに駆け寄り、楽しげにはしゃぎ回る。
 その子供ならではの無邪気さに勇斗の頬が緩むのも束の間、

「おにいちゃんはいいとこ一つもなかったねー」
「ほっとけ」

 ギンガの悪意のない笑顔の一言で密かに傷ついていた。
 それから約一時間ほど、勇斗はギンガとともにクイントからシューティングアーツの手ほどきを受けることとなる。
 もっとも一時間で教わることはたかがしれており、ローラー型デバイスの扱いについて教わっただけで時間が過ぎてしまう。
 クイントがギンガ、スバルにシューティングアーツを教え始めたのはつい最近のことらしく、ギンガもさほどローラー型デバイスの扱いに慣れているわけではない。
 が、魔力ばかり大きくて資質のない勇斗と差は歴然で、曲がりになりにも自由に動けていた。
 それに引き換え勇斗は、真っ直ぐに走るどころか、魔力コントロールの加減を間違え、後頭部から転ぶ始末。
 ギンガとスバルの二人に思い切り笑われ、年上の面目丸潰れであった。




 クロノとの待ち合わせ時間が近づき、ナカジマ一家との別れの時が近づいていた。

「今日はありがとうございました。食事までご馳走になった上に色々教えて貰ったり」
「気にしないで。この子達が随分お世話になっちゃったし。困ったときはお互い様。ね?」
「そう言ってもらえると助かります」

 勇斗からしてみれば、クイントには会って早々、今に到るまで世話になりっぱなしだった。
 食事からシューティングアーツの教示、果てはクロノとの待ち合わせ区画の道案内までして貰っていた。
 妙なとこで義理堅いところがあるこの少年は、これから先、クイント相手には頭が上がらないだろうな、と無意識の内に自覚していた。

「おにいちゃん、また一緒にあそぼーね。今度はわたしがみっちりシューティングアーツ教えてあげるから」

 今日一日で随分と勇斗に懐いたギンガが、服の裾を掴みながら笑いかける。
 勇斗からしてみれば、その言葉の前半はともかく、後半部分には苦笑するしかない。

「はっはっは。そんときはよろしくなー。つっても、次がいつになるかはわからんが」

 こんなにも自分に懐いてくれている少女と遊んでやりたいのは山々だが、自分が本局やミッドチルダを訪れる機会はそうそうない。
 逆にギンガ達が管理外世界である地球を訪れることもまずないだろう。
 メールなどのやりとりならともかく、今回のように一緒に遊ぶ機会などそうそう生まれない。

「むー。だめー、おにいちゃんはまたわたしと遊ぶのー」
「や、そう言われてもなぁ」

 可愛らしく頬を膨らませるギンガが裾を引っ張るが、こればっかりは気軽に約束できる問題でもない。

「ふふっ。大丈夫よー、ギンガ。お兄ちゃんが管理局に入ればいつでも会えるから」
「いやいやいや。今んとこそんな予定微塵もありませんから」
「あら、そうなの?」

 心底意外、というような表情で首を傾げるクイント。その可愛らしい様はとても二児の母親とは思えない。

「や、だって俺魔法の才能ないですし」

 今現在において、勇斗は管理局に入ろうとは考えていなかった。
 魔法について興味はあるが、魔力量が大きいだけで大したことが出来るわけでもない。
 闇の書事件はともかく、10年後もなのはやフェイト達の手助けをしようなどとも考えていない。
 無論、魔法をもっと知りたいという個人的欲求はあるが。

「別に魔法を使う人間だけが管理局員になるわけじゃないわよ?勇斗くんは真面目そうだし、裏方とか事務作業に向いてるかも。何だったら私が推薦状出してあげてもいいわよ」
「いやいやいや。そういう問題でもないですから」
「そうなの?気が変わったらいつでも言ってちょうだい。隊長に掛け合うくらいはして上げるから」
「どこまで本気ですか?」
「もちろん全部」

 勇斗の疑わしげな視線ににっこりとした笑顔で答えるクイント。
 気休めでも武装局員や執務官になれると言わない辺り、今の言葉も本気かもしれないと勇斗は思った。
 ちなみにギンガは未だに頬を膨らませたまま勇斗を睨みつけている。

「……高校入った後なら考えておきますよ」

 その視線に耐えかねてボソリと妥協案を零す。

「高校?」
「それっていつー?」

 親子揃って首を傾げるクイントとギンガ。ちなみにスバルは未だに勇斗に対して警戒を解かず、先程からずっとクイントの影から覗き見ている状態である。

「えっと高校ってのは、こっちの世界で義務教育が終わった後に学校で、大体7年後くらい?」
「おーそーいーっ!」

 ポツリと呟いた勇斗の言葉にあからさまな不満を示すギンガ。

「わかった!わかった!たまにはこっちに来れるよう頼んでみるからそれで我慢しろっ!」
「だってさ、ギンガ。その辺で許してあげなさい。じゃないとおにいちゃんに嫌われちゃうわよー?」

 せめてもの妥協案を出す勇斗に助け舟を出すクイント。

「むー」

 ギンガはそれでもなお不満そうだったが、大好きな母親の言葉に渋々と引き下がる。

「ぜったいだよ?ぜったいまた遊んでくれないとダメだよ?」
「わーった、わーった。ほら、指切り」

 そういってギンガに小指を差し出す勇斗。

「ゆびきり?」

 差し出された言葉の意味がわからず、首を傾げるギンガ。
 

「俺の世界で約束するときはこうするの。ほら、ギンガも同じように指出して」
「こう?」

 勇斗の指を真似て、ギンガも同じように小指を差し出す。

「そ。で、こうやって指を絡めて。指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます、ゆびきった、と」

 勇斗が言い切るのと同時に二人の指が離れる。
 自分の小指を眺めながら、不思議そうに呟くギンガ。

「今のが指切り?」
「そ、約束破ったら針千本飲まなきゃいけないんだ」
「針を飲むの……?すごく、痛そう」
「うん、だからこれは絶対に約束を守るっていう誓いなんだ」
「へー。ね、おにいちゃん。もっかい指切りしよ!」
「あいよ。ほら」

 勇斗が差し出した小指に、今度はギンガから指を絡め、楽しそうに絡めた指を揺らす。

「ゆびきりげんまーん、嘘ついたらはりせんぼんのーます!ゆびきったー!」
「ふふっ、良かったね。ギンガ」
「うん!おにいちゃん、約束破ったら針千本だよー」
「はいはい。わかってますよー」

 元気にはしゃぎ回るギンガに勇斗とクイントは頬を緩ませ、スバルはどことなく羨ましそうな瞳で見つめていた。

「それじゃ、勇斗くん。こっちに来る時があったら絶対連絡ちょうだいね」
「えぇ、もちろん。俺も針は飲みたくないですから。な、ギンガ?」
「うん、約束だよー」

 クイントの足にぴったりとくっついているギンガに目配せすると、ギンガもクイントにくっついたまま手を振り返す。
 ギンガと反対側の足にくっついてるスバルに手を振ると、こちらもどこかビクビクしながら小さく手を振り返してくれる。
 完全に打ち解けたとは言い難いが、手を振り返す程度には気を許してくれたようだ。
 今のスバルをなのはと会わせたらどうなるだろうか?心の中に湧いてでた疑問に実行してみたい衝動にかられるが、実行するにしてもそれはまた次以降の機会だろう。

「じゃ、クイントさん。お世話になりました。ギンガもスバルもまたなー」
「またね。勇斗くん」
「おにいちゃん、またねー」
「ばいばーい」


 名残惜しい気持ちを振り払い、小さく手を振った後、ナカジマ一家に向けて背を向ける。
 予想もしない形で、思わぬ人物達の出会いを果たしてしまったが、悪い気分ではなかった。
 勇斗の記憶ではクイントは地上部隊の一員で、本局にいるような役職ではない。本局にいるのは恐らく戦闘機人であるギンガやスバルのメンテナンス絡みだろうと推測するが、そこら辺の事情は知ったところでどうこうする話でも無いのであまり興味はない。
 自分が習得出来るかどうかは別にして、近代ベルカ式を教わる機会が出来たこと。そしてギンガといった妹のような存在が出来たのが単純に楽しかった。
 無論、今の世界で周りにいる子供――なのはやユーノ達は友人というよりは妹や弟と言った感覚が一番近い。だが、本人以外からしてみれば勇斗は9歳の小学三年生に過ぎず、扱いもそれ相応、魔法関係の力関係に至っては最底辺である。
 ギンガのように純粋に自分を年上の存在として慕ってくれる存在は、勇斗にとって非常に新鮮だった。

「駄目元でリンディさんに頼んでみるかな」

 そんなに高い頻度で会いに行くことはできないだろうが、半年、もしくは一年に一回くらいなら頼み込めばミッドチルダか本局には連れてきてもらえるだろうと、楽観的に思考する。
 実際、リンディに今回の出来事を話した所、勇斗の予想以上にあっさりと許可が降り、1,2ヶ月に一度の頻度でナカジマ家と接することになったのは余談である。
 クイントが数年の内に死亡することを思い出した勇斗が、悩み葛藤することになるのはまだしばらく後のことであった。






「すまないな。待たせてしまったか?」

 クロノが待ち合わせの応接室に入ると、そこには既に勇斗がお茶を飲みながらくつろいでいた。

「や、今来たとこだ。それよかお茶飲む?」
「……君が入れるのか?」

 確かにこの部屋には日本茶の用意がしてあったが、目の前の少年が自分でお茶を入れたとなるとなんとも言えぬ違和感を感じてしまう。

「別に毒なんて入れねーから心配するな。要らんのなら別に構わんが」

 思わず呟いた言葉に少年は半目でこちらを睨みつける。微妙にズレた反論がなんとも彼らしい。

「いや、せっかくだ。貰おう」
「了解」

 勇斗が急須から湯呑みにお茶を注ぐのを眺めながら、やはりどこか掴みどころの無い少年だと思う。
 自分より一回り以上年下のはずなのに、どうにもその仕草一つ一つが見た目を裏切っている。
 精神年齢で言えばなのはやフェイトも年不相応なのだが、目の前の少年はそれ以上の根本的な部分で違うように思える。

「ほいよ」
「あぁ、ありがとう。済まないな、こんな時間まで待たせてしまって」

 勇斗に入れたお茶をすすりながら頭を下げる。
 検査の結果自体は少し前に出ていたのだが、執務官であるクロノの時間が取れなかった。
 執務官と言う職務柄、本局に来てやることは山ほどあった。フェイトやプレシアの裁判における手続きやその他の業務における報告。その他諸々の雑務を片付けてようやく開放されたのがつい先程だ。艦長であるリンディや執務官補佐のエイミィもそう大差のない状態だろう。
 本人の希望とは言え、管理外世界の民間人である勇斗をこんな時間まで放置して待たせることには小さな引け目を感じていた。
 が、当の勇斗はそんな憂慮は無用だとばかりに小さく笑みを浮かべる。

「いや、こっちが無理言って頼んだようなもんだから仕方ない。気にされても困る。で、なんかわかった?」

 勇斗が管理局の精密検査を受けた理由。それは彼自身にかけられていたリミッターについて調べるためだ。
 リミッター自体に危険性がないことは判明しているが、本人の知らぬ間に付けられたというはあまり良い気はしないだろう。
 今回の検査で何か一つでも情報を得られれば、というのが今回の経緯だ。

「結論から言おう。君には二重のリミッターがかけられていた」
「二重?」

 予想もしていなかった言葉に勇斗の表情が訝しげなものに変わる。

「あぁ。その一つは君も知っての通り、時の庭園で解かれたものだ。生憎とリミッターが解けた理由まではわからなかった。あの極限状態で高まった君の魔力にリミッターが耐えられなかったか……」

 もしくはリミッターをかけた第三者があの場にいた、もしくは監視をしていて意図的に解除したか。後者の可能性を口に出さず、心の中だけで呟く。
 今の段階では判断材料が少なすぎる。今のところ勇斗の周辺では不審な出来事は起きていないのだから、わざわざ不安がらせることを言う必要もないだろう。

「ふーん、自力でリミッターが壊せることもあるんか」
「魔力リミッターにも色々あってね。バインドと同じように状況次第では力ずくで壊せることも稀にあるんだよ」

 最もそれには掛けられたリミッターの術式が相当にお粗末な場合に限られる。
 そもそも犯罪者などにかけられることが多いリミッターがそんな容易に壊されてしまっては本末転倒だ。
 個人レベルならともかく、管理局が正式にかけたリミッターが力ずくで解除されることはまずあり得ない。

「そしてもう一つのリミッターについてたが、以前、君はレイジングハートを使おうとしてリンクに失敗したと言っていたな?」
「あぁ、そういえばそんなこともあったなぁ」
「その原因がもう一つのリミッターのせいだ。こいつは魔力を制限するだけじゃなく、リンカーコアの外部とのリンクを遮断する。レイジングハートのリンクに失敗したのも、初期に魔力を全く扱えなかったのはこいつが原因だ」
「なんでそんなものを?」
「以前にも言った通り、君の大きすぎる魔力が暴走するのを危惧して、というのが一番可能性が高い。制御し切れない大きな魔力が危険だと言うことは君も身を持って味わっているだろう?」
「まぁ、な」

 自らの右手を抑えながら頷く勇斗。日頃から魔法を発動させては失敗し、自らの体を傷つけた彼にしてみれば、魔力暴走の可能性はそう低くない。
 もし、もっと彼の精神が幼く、無自覚に魔力を発動させていれば。それが街中や人が密集している場所であれば?
 下手なテロよりも大きな被害をもたらしていた可能性がある。ぞっとしない話だ。

「そのリミッターが解けたのはおそらく君がジュエルシードに取り込まれた時だ。強制発動したジュエルシードが君の魔力を無理やり引き出したせいだろうな。外部からの無理やり引きちぎられたような痕跡が微かに見つかったよ」

 無論、それによる悪影響は今はないがな、と付け加える。

「そしてその二つのリミッターがかけられたのは8年から9年ほど前」
「ってことは俺が生まれてすぐってこと、か。暴走を防ぐためって言えば聞こえはいいがなんともまぁ、都合の良い話だねぇ」
「まぁ、な」

 自分のことなのに他人事のように語る勇斗に思わず苦笑が漏れる。
 実際、彼の言うとおり些か都合の良い、というか出来すぎな話だ。
 魔力の暴走を防ぐ為に赤ん坊のうちにリミッターをかけるというのはそう珍しい話ではない。
 生まれつき魔力の大きい子供はいるし、無自覚のうちに魔力を発動させる例も少なくない。
 だが、それはあくまで魔法が日常的に使われる管理世界に置いての話だ。
 それを管理外世界の人間。それも生まれたばかりの赤ん坊に二重のリミッターを設ける。魔導師と何の縁もゆかりもない人間がだ。
 これを自然な出来事と捉えるには無理がある。

「申し訳ないが、検査の結果わかったのはこれだけだ。これ以上に関しては僕たちも調べようも無い」

 残念ながら勇斗の体に残された術の痕跡からだけではそれ以上の情報は得られない。
 誰が何の目的で勇斗に処置を施したのか。それについては何の手がかりを得ることはできなかった。

「そうか。ま、わからないものはどうしようもないな」

 が、当の本人はあっけらかんとしていて特に何かを気にした様子はない。
 言葉通り、わからないものはなるようにしかならないと気楽に考えているのだろう。

「ただ、君にかけられた術式から悪影響を及ぼすものは一切ない。今現在において後遺症もないことは保証するよ」
「ん、それだけで十分だ。フェイトの裁判とかで忙しいのに悪かったな。ありがとう。感謝する」

 姿勢を正した勇斗が頭を下げる。普段の調子がアレなのに、こういう所では礼儀正しい。
 やはりどうにも掴み難い少年だった。

「いや、これくらいはお安い御用さ。気になることがあったら何でも気軽に相談してくれていい」

 口には出ささないが、P.T事件に置いて勇斗のもたらした情報によって大分助けられている。
 勇斗の協力がなかったとしても、事件は解決出来たと思うが、あの情報のおかげでスムーズにことが運んだ部分もある。
 現地協力者に対してこれくらいの協力は惜しむほどの労力でも無い。

「ん、そん時はよろしく頼む」

 そう言って勇斗は湯呑みに手を伸ばし、お茶を啜る。すっかり冷え切っていたであろうそれにわずかに顔をしかめたのがクロノには妙に可笑しく感じられた。

「明日は昼ごろにここを発つ。それまでゆっくりしていってくれ」
「言われんでもそうするがなー。もう体中痛くてあんま動きたくねぇ」
「……君は今まで何をやってたんだ?」

 勇斗がシューティングアーツの練習で何度も転んだことをクロノが知る由もない。
 勇斗のほうも今日起こった事を手短に話すのは難しいと感じたのか、苦笑交じりの顔をして言った。

「ま、色々と、な……」
「色々、ねぇ」

 見知った人間のいないこの本局で、どうやったら体を痛めるようなことができるのか。
 話題には事欠かない少年だとクロノは思う。
 どうやらフェイトやプレシアに聞かせる話題が一つ増えることになりそうだ。
 詳しい話を聞こうとしたところで、ふと思い出した事がある。

「……そういえば君、こっちで食事取ったか?」
「今頃、それを聞くかお前は」






■PREVIEW NEXT EPISODE■

勇斗の家を襲撃する三人の少女。
そこで彼女達は思いもよらぬ勇斗の秘密を知るのであった

勇斗『駄目だ、こいつら。早く何とかしないと』

 

 

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UP DATE 09/10/10

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エサマスターネタが使いたかった。後悔はしてない。