リリカルブレイカー
第19話 『私も人間だから』
プレシアとフェイトとの面会から数日が経過していた。あれからフェイトたちと顔を会わせる機会は無かったが、リンディさんによると、フェイトはぎこちないながらもプレシアと親子として上手くやっているらしい。
で、肝心の処遇だが。
「クロノくん、フェイトちゃんはこれからどうなるの?」
なのはの中でプレシアやアルフは考慮の中にないらしい。
「事情があったとはいえ、彼女が次元干渉犯罪の一端を担ったのは紛れも無い事実だ。重罪だからね、数百年以上の幽閉が普通なんだが」
「そんな!」
思わず叫ぶなのはだが、これから先の結果を知っている俺としてはクロノの持って回った言い回しにニヤニヤさざるを得ない。わざわざ不安を煽るような言い方をするとかどんだけ素直じゃないんだ。
どうでもいいけど数百年って普通の人間なら生きてないだろ。いや、次元世界の中にはそれくらい生きる亜人みたいなのもいるんだろうか。
「なんだがっ!」
なのはの叫びに対して念を押すように強く言うクロノが、俺の表情に気付いて眉根を寄せる。
「なんだ、その顔は?」
「や、別に。どーぞ、どーぞ」
と、言いつつ、後ろでに回した手でデジカメの準備をする。
クロノは俺の顔に僅かの不快感を表しながらも、なのはに対しての説明を続ける。
「状況が特殊だし、彼女が自らの意思で次元犯罪に加担していなかったこともはっきりしている。後は偉い人達にその事実をどう理解させるかなんだけど、その辺にはちょっと自信がある。心配しなくていいよ」
そこまで言って、クロノはなのはを安心させるように笑みを浮かべる。
俺としてはプレシアのことも聞いておきたいところだ。ロストロギアの影響を受けていたとはいえ、主犯の彼女がフェイトのように軽い処罰で済むとも思えない。が、それをここで聞き出して、なのはの喜びに水を差すのも躊躇われる。後で改めて聞くべきだろう。
・・・・・・どんな刑に決まろうと、どのみち彼女の命はそう長くないのだろうし。微妙に暗鬱とした気分になり、静かに内心でため息を付く。
「クロノくん……」
「何も知らされず、ただ母親の願いを叶える為に一生懸命なだけだった子を罪に問う程、時空管理局は冷徹な集団じゃないから」
クロノのその言葉でようやくなのはも笑みを浮かべ、嬉しそうに言った。
「クロノくんってもしかして凄く優しい?」
「なっ!?」
「はは……」
その言葉に対するクロノとユーノの反応は両極端で中々に面白い。一人は顔を真っ赤なたこのように赤面し、もう一人は青筋を浮かべ乾いた笑みを浮かべる。その傍らで俺はシャッターを押しながら嘲笑を浮かべ、嫉妬乙と心の中で呟く。
「し、執務官として当然の発言だ!私情は別に入ってない!って、何を撮ってるっ!?」
「とっても優しいけど照れ屋さんなクロノくんの赤面した顔ですが何か?いやぁ、照れてるクロノくんも中々かわいいねぇ」
「あははっ、本当本当。別に照れなくてもいいのに」
「照れてないっ!」
いやいや真っ赤になって声を荒げたら、余計説得力ないがな。
その証拠になのははくすくすと笑い、さっきまで青筋浮かべてたユーノまで笑みを零している。
「なんだよ、笑うなよっ!」
年齢の割りに大人びているとはいえ、この辺はまだまだ青いねぇ。とりあえずなのはたちと一緒に笑っておいた。
ひとまずはこれで一件落着といったところかな。後は家に帰ってゆっくりしたいところではあるが、次元震の影響で空間が乱れ、数日は地球に戻れない。
ま、どうせこの怪我では何もできないので適当にゴロゴロするだけかな、と考えていると。
「あ、いたいた。勇斗くん」
「ほえ?」
呼びかけられた声に振り向くと、そこにはリンディさんが手招きしていた。
「勇斗くんはこれから何か予定とかあるの?」
「いや、この有様ですし部屋に帰ってゴロゴロしていようかと」
片手での生活って不便過ぎる。持ち込んだDSでドラクエをプレイするのにも難儀する始末だ。DSと一緒に持ち込んだ本を読むぐらいしか暇を潰す手段が無い。まぁ、DS本体を置いてやれば、片腕でも十分プレイはできるけど。
「そう、ならちょっとだけ私に付き合って貰えるかしら?」
「別に構いませんけど、何の用ですか?」
俺が尋ねるとリンディさんは腰と顎に手を当てて、見惚れるような笑顔を浮かべて言った。
「えぇ、ちょっと勇斗くんに色々お話したいことがあって。プレシアさんとの面会時の発言とか時の庭園での行動とか、その他諸々あなたの問題行動についてたっぷり二時間ほど。もちろんあなたの国の慣習にのっとって正座でね」
リンディさんから下された死刑宣告から逃れる術は無かった。
そしてリンディさんの説教が始まってきっかり二時間後。
「確認するけど、本当にあの時言った言葉は本気じゃないわよね?」
「本当に本当です。あの場限りのでまかせですってば。そもそも俺は同年代の女の子に興味はありませんです」
確かにあの時の俺の発言は問題発言だが、あれを本気に取られても困る。アルフならまだしも見た目幼女をどうこうする気などこれっぽちもない。
「そうなの?」
「はい」
「ゆーとくん、あなた、まさか……!」
突然、リンディさんがハッと何かに気付いたように息を呑み、こちらを凝視してくる。
「男の子が好きなの?」
そのあまりに予想外の発言に全力で畳に突っ伏した。
「ねーですっ!ありえねーですっ!幼女に興味がないだけで女子高生以上のナイスバディのお姉さんが大好きなだけです!」
ガバッと身を起こし、リンディさんの発言を全力で否定する。
ねーよっ!その発想はねーよ!糖分取り過ぎで脳が溶けてるんですか、あなたはっ!
「あぁ、そういうこと。良かった。勇斗くんがそういう趣味を持ってたらどうしようかと本気で心配しちゃったわ」
「俺はむしろそういう発想ができるあなたの脳が心配です……」
「やぁねぇ。ちょっとしたジョークよ、ジョーク」
世の中には言っていい冗談と悪い冗談があると思うのですが。
「重ねて聞くようであれだけど、本当に同年代の子に興味はないの?」
「ないです。せいぜい友達レベルです」
これ以上、変な疑いをもたれてはたまらないのでそこはきっぱり否定しておく。
「例えば、勇斗くんの同い年でとびきり可愛くて、性格の良い勇斗くん好みの女の子に告白されたらどう?」
何がどう?なのかさっぱりですがな。
「十年、いや八年後とかならともかく、今の年代でそんなん言われても困ります。適当にあしらいますよ」
俺がそう答えるとリンディさんはなるほどなるほど、と納得したように頷く。
一体、今の質問に何の意味があったのだろうか。
「まぁ、いいわ。ゆーとくんもしっかり反省しているようだし、お説教はこれまでにしましょうか。楽にしていいわよ」
「へーい、おぉぉぉ、あ、足が」
一度立ち上がろうとしたが、足が痺れたことでソレも叶わず転げ回るという、醜態を晒す羽目になる。たかだか二時間程度の正座でここまで足が痺れるとは不覚。昔はこれぐらい平気だったはずなのに。良い意味でも悪い意味でも慣れって怖ぇ。
「ところで……フェイトのさんのことはもうクロノから聞いたのよね?」
「えぇ、まぁ。プレシアについてはまだ何も聞いてないですけど」
「そう。プレシア・テスタロッサについては正直に言うとフェイトさんと同じようにはいかないわ」
消沈したようなリンディさんの言葉にやはり、と思いながら姿勢を正してその続きを促す。
「いくらロストロギアの影響を受けていたとはいえ、彼女が行ったことは一歩間違えば幾つもの世界を滅ぼしかねない重罪なの。主犯である彼女はどうあっても終身刑を免れないわ。もっとも病に冒された彼女の命はそう長くない。おそらく裁判が終わる頃にはもう……」
「そう、ですか」
そう言って目を伏せるリンディさんにそれ以上返す言葉は無かった。
全てが救えると思うほど自惚れてもいないし、子供でもない。だが、それでもどうにもやるせない思いだけは残ってしまうようだ。果たしてこの結末は原作よりハッピーエンドと言えるのだろうか?
「今回の結末はあなたが知っているとおりになったのかしら?」
黙り込む俺の内心を見透かしたかのようにリンディさんの声が掛けられる。
「いや、俺の知ってる結末ではプレシアは助かってません。アリシアと一緒に虚数空間に飲み込まれてました」
そもそもあそこでモントリヒトなんて得体の知れないもんが出てくるとは夢にも思わなかった。今になって冷静に考えると俺が時の庭園に突っ込むとかマジ有
り得ないよね。笑えねぇ。本当ゾッとする。感情の勢いって本当おっかない。何度思い返しても自分の行動に血の気が引く思いだ。
「そもそも俺の見た未来では、俺は時の庭園に乗り込んでないですからね。傀儡兵はともかくあのモントリヒトってロストロギアが出てくるのは本当想定外でしたよ」
すっかり温くなったお茶を啜りながら、偽りの無い本心を吐露する。
「正直言うとこれで良かったのかっていう気持ちはあります。俺が動いたせいであのロストロギアを呼び出し、その結果としてなのはや他のみんなを危険に晒し
て……プレシアは助かってもトータルでそれがプラスになったのかっていうのは今の段階じゃ判断できません。今んとこはプラスかなって気はしますけど、将来
的にはどうなのかなって」
なのは達は結果的には大事なかったし、プレシアとフェイトも仲直りができた、ということは喜ばしいことだと思う。だが、それでもフェイトが母親と一緒に
いられるのは一年にも満たない。今は良くてもその後のフェイトがどうにも気がかりだ。原作のフェイトはなんだかんだで立ち直ってたけど、こちらのフェイト
も上手く立ち直れるとは限らない。下手にプレシアと幸せな時間を過ごせば、いざ別れのときに反動が酷いことになるんじゃないかという不安が尽きない。
理由はどうあれ、これは俺が改変してしまったことだ。それを安直に良いことだと断じれるほど、自分に自信を持てない。
自分が人の人生を変えてしまう。普通に生きていればそんなことを考えることはないだろうが、なまじ未来の知識を知っているばかりにその変化を容易に認識
できてしまう。この件に関わった当初は、力の無い俺なんかが大筋を変える事はないとタカを括っていたのだが、今更ながらにその考えが甘いということを思い
知る。
何も知らない無知も困りものだが、知り過ぎるというのもあまりよろしくない。本当、今更過ぎる。自分の考えの足りなさに大きくため息をついた。
「そうね。確かに先のことまで考えればキリがないわ。結果の良し悪しなんて全てが終わってみなければわからないもの」
でも、と区切ったリンディさんはクスリと笑みを浮かべて言った。
「あの子の、フェイトさんの笑顔を見れば、今回の結末もそう悪くないと思うわよ」
「……と言われましても」
俺はそれを一切見てないわけですが。
「しばらくは彼女たちに会わせてあげられないけど、本局へ移動する前にはなんとか機会を作るから。その時を楽しみにしててちょうだい」
リンディさんのやけに弾んだ声に、何かが引っかかる。あれはいたずらを思いついた子供の目だ。
「何か企んでますね」
「いいえ、私は何も」
私は、ということは他の誰かが企んでるわけですね。
微妙に気になるものの、リンディさん相手にそれを追求する気も起きず、出されたお茶菓子を味わってまったりすることにした。
そしてそれから数日が経過し、ようやく俺達は地球へと帰還することになる。
「ふぬ……っ!」
身体を伸ばし、全身で風を受ける。こうやって風や太陽の光をまともに浴びるのは随分久しぶりな気がする。
アースラ艦内の環境も悪くはないが、やはり人間こうやって陽射しを定期的に浴びるのが一番良い。
「それじゃ、なのはさん。さっき話したとおり後ほどお邪魔させていただくわね」
「はいっ。お待ちしてます。それじゃ勇斗くん、またねっ!」
「おー、気をつけて帰れなー」
元気良く手を振って駆け出すなのはとその肩に乗ったユーノをリンディさんと二人で見送る。朝早くから元気なお子様だねぇ。
「それじゃ、私たちも行きましょうか」
「はいな」
頷いてリンディさんを先導するように歩き出す。何故リンディさんが俺に同伴しているかというとうちの両親への説明の為である。
数日に渡って家を空けたこともあるし、何よりも俺の怪我もある。流石にリンディさんには保護者という名目があるので、俺たちを帰してそのままというわけ
にはいかないらしい。俺個人としてはそんなことしなくても、という気持ちも無くは無いのだが、大人には体裁というものがあるのでリンディさんの申し出に異
議を挟むことなく受け入れることにした。ウチの両親たちのリンディさんに対する心証を悪いものにしたくないという思いもある。
もっともそれ以上の問題として、あの両親にこの怪我をどう説明したものか。別にやましいことはないのだが、どうにも後ろめたい気分は拭えず、微妙に足取りを重くしていた。
結果だけ言えば、リンディさんに続いてこっぴどく説教を喰らう羽目になるわけだが、その辺りは割愛させてもらおう。リンディさんに対しての風当たりも俺
が心配してた程、大したことはなく杞憂に終わる。今後、どれほど関わるかはさっぱり不明だが、なんだかんだで母さんとリンディさんは良い茶飲み友達になり
そうな気がした。いずれ、その辺りを語る機会があるかもしれん。
とにかく、ここんとこ波乱続きだった俺の生活も、ようやくありふれた日常へと戻ることになる。
「うーす」
「あ、ゆーとくん。おはよー」
「あ、おはよう、ゆーとく……」
何やら感動の再会をしていたっぽいなのは達三人組に挨拶してみれば、振り返った月村がこちらを見た途端、返した言葉を途切れさせる。
久しぶりになのはに会って気が緩んだのか、うっすらと涙が浮かぶその目は三角巾で吊り下げられたギプス付きの俺の腕に固定されている。
「ちょっ、あんた、その腕どうしたのよっ!?」
「転んだんだよ。四階から一階まで。凄くね?多分校内記録更新したぜ」
「そんな記録ないし、そんなバカがいるかぁっ!」
ブイッと手を突き出すと、アリサが物凄い剣幕で怒鳴ってきた。何が不満なのかよくわからんが、とりあえず胸を張って答えておく。
「ここにいるぞー」
「だから威張るなぁっ!」
「ふぅん。相変わらずキレの良い突っ込み。腕は衰えてないようだな。安心したぞ」
「ああぁぁっ、もうっ!あんたこそ相っ変わらず小憎たらしいわねっ!」
「お褒めに預かり恐悦至極」
「褒めてないっ!」
「ア、アリサちゃん!抑えて抑えてっ」
「どーどー」
慌ててアリサを制止するなのはをフォローすべく、俺も制止の言葉をかけたのだが、
「だからあんたが言うなっ!」
朝っぱらからテンションの高いお子様である。
「えっと、その怪我大丈夫なの?」
「おう、全然問題ないぞ。ギプスが取れるまで一週間くらいかかるけど、それ以外はへっちゃらへーだ。心配には及ばん」
腕以外の傷は既に魔法によって完治している。利き手が使えないのは不便だが、それ以外は何も問題は無い。
自信満々に頷く俺に、月村も安心したように笑みを零し、
「そっか。だって、良かったね、アリサちゃん」
「……なんでそこであたしに振るわけ?」
「なーんでだろーねー?」
「うふふ、なーんでだろーねー」
俺はニヤニヤと、月村は微笑ましく笑みを浮かべ、アリサが青筋を浮かべ、なのはがそれを宥める。
いつも通りと言えばいつも通りな俺たちの日常だった。
「はい、ゆーとくんが休んでたときの分のノート」
「お?」
月村から差し出されたルーズリーフの束に思わず間抜けな声を上げてしまう。
見ればなのはも同じようにアリサからルーズリーフの束を差し出されて、きょとんとしていた。
なるほど、俺らが休んでいた分の授業内容を月村とアリサがしっかりルーズリーフに取ってくれていたらしい。
その辺りのことはすっかり頭から抜け落ちていたのでこれはこれで嬉しいサプライズだ。
「サンキュ。恩に着るよ」
礼を言ってルーズリーフを受け取るが、月村は何か考え込みながら、じーっ、とルーズリーフを持つ俺の手に視線を注いでいた。
「えっと、何か?」
「ゆーとくんって、確か右利きだったよね」
「うん」
「ギプス取れるまでノート取ってあげようか?」
「お願いします」
「早ッ!?」
「即答っ!?」
何故に月村でなくアリサとなのはが反応するか。
「うん、任されたよ」
「あんたねー、少しは考える素振りくらいみせないよ。いくらなんでも即答はないでしょ」
詰め寄ってくるアリサの後ろで、なのはも云々と頷いていた。
「や、即断即決即答がモットーだし。甘えられるとこは甘えておこうかと」
聖祥は出席番号が苗字の五十音順なので、俺と月村は実は男女で出席番号順で並んだとき隣だったりする。そのおかげで昔からイベントとか班分けとかで一緒
になる機会も多く、女子の中では一番仲が良かったりするのだ。少なくともアリサをからかうときに息を合わせたり、このくらいのことで遠慮しない程度には。
今のところ俺の中の女子好感度ランクでは月村が一位である。
「困ったときはお互い様だし。ね」
「そうそう」
さすがに左手でノートを取るのはしんどいのでここは月村の厚意に甘えたい。
お返しは翠屋のお菓子でいいかなーと考えつつ、月村ん家まで行ったことが無いのを思い出してどうやって渡そうか悩む。それなりに仲が良くても放課後まで男女で一緒にいる機会はそう多くない。
流石に学校にお菓子持ってくるのはまずいんだよなぁ。高校んときはそうでも無かった気がするが、小中は何故かその辺り厳しい。まぁ、機会があればその時でいいやと一人で結論付ける。
「ま、すずかがいいなら口出すことでもないけどさ」
さっきのは十分口出ししてたような気もするが、ここは大人の包容力でスルーしてあげよう。
「あ、そうだ。今日国語と理科の小テストあるんだよ」
ポンと思い出したように手を合わせる月村の発言に
「あぁ、そういえばそうだったわね」
「へー」
と流すアリサと俺。
「えぇぇぇぇっ!?」
と顔を青くして悲鳴を上げるのがなのは。
一週間以上、学校を休んでいては元から苦手な国語は勿論、理科もかなり危ないんじゃないだろうか。
「き、きき、聞いてないよっ!?」
見ていて哀れなほど慌てふためくなのは。
「あんたは休んでたんだから当然でしょ」
「だな」
「いや、あんたも少しは慌てなさいよ。さすがのあんただって休み明けの抜き打ちテストはキツイんじゃないの?利き手だって使えないでしょーに」
「そ、そうだよっ!テストだよっ、テスト!」
おまえは慌て過ぎだ。
「ふぅん」
涙目のなのはと訝しげな視線を向けてくるアリサに向けて不敵な笑みを浮かべる。
たかだか小テストごときで慌てるとは所詮小学生ですな。小テストごときの点数で一喜一憂などしていられんわ!
「なんでそんな自信満々なのっ!ゆーとくん、勉強道具とか一切持ち込んでなかったよねっ!?」
「いや、そんなん当たり前だろ。たるいし」
流石にアースラに勉強道具を持ち込んだりはしない。いや、もしかしたらなのはは持ち込んだのかもしれないけど。この反応を見る限り、どちらにしろ成果らしきものはなさそうだ。
「とりあえず範囲だけおせーてくれぃ」
「うん、えっとね……」
「はいはい、なのはは時間ギリギリまであたしがミッチリ仕込んであげるから」
「うぅ……お願いしますぅ」
俺が教科書を持って月村の前の席に座る傍らで、なのははアリサに首根っこを掴まれて引き摺られていく。その様は昼下がりに売られていく子牛の様な哀愁を醸し出していた。
とても時の庭園で悪魔の様な活躍をした輩と同一人物には見えないね。とりあえずフェイトに見せるように一枚撮っておこうか。これを見せたときの二人の反応が楽しみである。
小テストなので、テスト終了後、隣の席の子と交換して答え合わせをするので、結果はすぐに出る。その結果はというと、
「うぅ……」
なのは撃沈。
「今回はしょうがないよ、次頑張ろう」
月村はまずまず。
「なんであんたみたいなのが毎回満点取れるわけ……本当、世の中理不尽だわ」
「さすがに左手じゃ書くの遅くて時間ギリギリだったけどなー」
選択式の問題が多かったことも幸いし、俺とアリサは普通に満点。字が普段より格段に汚いのは致し方なし。さすがにブランクと多少のハンデがあろうと小学校の勉強くらいはね。
人間使わない知識はどんどん忘れるものなので、中学以降もこの成績を維持できるかはかなり怪しい。
「うぅ、不公平だよぉ。ここ数日のゆーとくん、ドラクエと遊戯王しかやってるの見たこと無かったのにぃ」
「暇を持て余してたからなー。おかげで主人公用の錬金最強防具全部揃ったぜ」
何しろ運動も出来ないテレビも見れない。ネットも繋がらないでは持ち込んだゲームくらいしかやることがない。
一人のときはドラクエ。なのはとは遊戯王やってたおかげで退屈せずに済んだが。
「あんたら学校休んで何やってたのよ……」
そして俺たちが日常へと戻って数日後、アースラから連絡が入る。内容は裁判やら何やらの為にフェイトたちが本局へと移動すること、そしてその前に少しだけ俺たちがフェイトと会うことが出来るので、その待ち合わせについて。
その数分後、興奮したなのはから電話が来たのは言うまでも無いだろう。
さてさて。待ち合わせ場所に来たまではいいのだが。こっそりと林の中から覗いて見れば橋の上には人影が三つ。クロノとフェイト、アルフ。プレシアの姿は見当たらない。なのはもまだ来ていないようだ。
「よっこらせ、と」
とりあえず、ここなら見つかることもないだろう。しっかりと携帯の電源を切ってから地面へと腰を下ろす。
クロノとアルフはいつもの服だったが、フェイトは前に着てたワンピースではなく、黒いシャツとショートパンツといった出で立ちだ。
ここから見る分には、その顔に憂いはなく、純粋に友達を会うのを楽しみにしている様子が見て取れる。
クロノによると、フェイトはなのはだけでなく、俺とも話したいと言っていたらしい。それを聞いた俺も初めはフェイトと話す気満々だったのだが、フェイトの元気そうな姿を見て満足してしまった。
会う時間が限られているのならば、なのはとフェイトを二人っきりで時間の限り話をさせてやりたいと思う。俺との話に時間を割くよりはそっちのが有意義だろう。
こうして隠れているのもここに来るまでに原作の光景を思い出し、俺がなのはとフェイトの間に立ち入るのも絵面的にかなり微妙かなー、と感じてしまったわ
けだ。二人に気を遣わせて離れたクロノ達のように俺も一緒に離れればいいだけの気もするが、フェイトが俺とも話したいと言ってたのならそれもまた微妙な気
がするわけで。何を言ってるのかわからないと思うが、俺も良くわからん。
そうこうしている間に、程なくしてなのはが到着する。フェイトに駆け寄る様は本当に嬉しそうで尻尾を振った子犬という表現がぴったりである。
それを迎えるフェイトも笑顔を零し、なんとも微笑ましい光景だ。
脇役に過ぎない俺はこうして裏方に徹し、二人の記念写真を取ることに専念しよう。
そして感極まったなのはが涙を流しながらフェイトに抱きつき、フェイトもなのはをあやすようにしながら涙を流す。
あ、やべ。ちょっと涙腺にきた。
二人の会話までは流石に聞こえないが、あの二人が今までどんな想いでいたのかを知っているだけに、このシーンを知っていてもやはりくるものがある。
流石にここでカメラを向けるのは無粋、かな。
「良かったな……二人とも」
「それに関しては同意だが、君はこんなとこで何やってるんだ」
「何って、脇役らしく舞台裏に潜んでるだけやん」
「ひょっとしてフェイトに会わないつもりなのか?」
「あぁ。別にこれが最後ってわけでもないしな。今更のこのこ出てくのもなんか気まずい……し?」
いや待て、俺は誰と話しているんだ。
ぎぎぎ、と音がしそうな勢いで振り向くとそこにはやれやれと呆れた顔をしたクロノが立っていた。
「いつからそこに?」
「たった今だ。君の持ってるカメラのレンズが反射しているのに気付いてな」
おおう、しまった。俺としたことがなんたる不覚。
「じゃ、そゆことで」
初志貫徹。あの光景を見た後にフェイトに会うのはなおさら気恥ずかしい気がするので、手を上げて挨拶した俺は即逃亡を図った。
「え?え?ちょっ、ゆ、ゆーとくんっ!?」
「ク、クロノ……これは?」
逃亡を図った俺はあっさりとバインドで捕獲され、簀巻きにされた状態でなのはたちの前に放り出されていた。
流石にこれは想像の範囲外だったのか、さっきまで涙を流していたなのはもフェイトも目を白黒させて驚いていた。
「そこの林に隠れていたんだよ。ここに来てフェイトと顔会わせるのが照れ臭かったらしい」
「ゆーとくんでも照れることがあるんだ」
何気になのはが失礼なことを言っている気がする。
「私も人間だから……」
「似合わないからやめろ」
神妙な顔をして言ったら即これだよ。
「俺の扱い酷くね?」
「君の日頃の行いを考えれば妥当だろう」
血も涙も無いクロノの言葉にうんうんと頷くなのは。
清廉潔白な俺が一体何をしたというのか、小一時間ほど問い詰めたい。後でしっぺしちゃる。
「これはちょっと酷いんじゃ……」
「そーだ、そーだ、怪我人なんだからもっといたわれー」
俺のあんまりな扱いに困惑するフェイトに便乗して、抗議の声を上げる。
「そもそも俺は縛られるより縛るほうが大好きだ!」
「そんな性癖を暴露されても困るんだが」
と呆れながらも、ようやくバインドを解除してくれる。
「あまり時間がないんだから余計な手間を取らせないでくれ」
「むしろ全く手間がかからないようにするつもりだったんだがなー」
「……もしかして私の会うのが嫌だった?」
「いやいや、違う違う。クロノの言うとおり照れ臭くなっただけだって」
不安そうに呟くフェイトに苦笑しながら手を振って否定する。だからアルフさん、フェイトの後ろで威嚇しないでください。
「なら、良かった。君にも話したいこと、あったから」
「そか」
気付いたらクロノたちは俺とフェイトを残して場を離れていた。
って、おーい。なのはまでいっちゃうの?
『うん、わたしはちゃんと言いたいこと言えたから、今度はゆーとくんの番だよ』
と、念話で返されても。聞きたい話はあっても、俺から言うことは特に何もないんだが。
「えっと、プレシアとはちゃんと仲良くやれてる?」
俺にとって唯一の気がかりはそれだ。リンディさんやクロノからはただ上手くやってるとだけで、あまり詳しい話は聞いていない。二人を疑うわけではないが、フェイト本人の口から話を聞かないうちには、心底安堵することもできない。
「うん。まだ、ちょっとぎこちないとこもあるけど、母さんは昔の母さん……アリシアの記憶にあるとおりの優しい母さんに戻ってくれたよ。私のことも……ちゃんと、娘だって、言ってくれたんだよ」
言いながらそのときのことを思い出したのか、フェイトはうっすらと涙を浮かべる。
「うん」
「君やなのはとと話して後、母さんに会いに行ったんだ。始めは母さん、私のこと見てくれなくて。やっぱり母さんは私のこと嫌いなのかなって、母さんにとってただの人形でしかないのかなって思った」
「うん」
「でも、それでも私はやっぱり母さんが好きだから。言ったんだ。私は母さんの娘で、もし母さんが私を娘だって思ってくれるなら、世界中の誰からも、どんな出来事からも母さんを守るって。わたしが母さんの娘だからじゃない。母さんが……私の母さんだからって」
「うん」
「そしたらね、母さんがわたしのこと抱きしめてくれて……今までごめんなさいって言ってくれて……うっくっ」
「そっか、良かったな」
堰が溢れたように涙を流すフェイトの頭にそっと手を伸ばして、くしゃくしゃっと頭を撫でる。
「うん……うんっ」
フェイトはそれ以上言葉に出来ず、両手で涙を拭う。
それだけ聞ければもう十分だ。リンディさんの言うとおりだった。今のフェイトを見れば、プレシアが助かった意味は十分にある。その先に待っている別れも今のフェイトなら乗り越えていけるだろう。
フェイトにハンカチを差し出しながらそう確信することができた。
「ちゃんとお礼を言いたいと思ってて」
「ん」
ひとしきり泣いた後、ハンカチで涙を拭ったフェイトは照れくさそうにはにかむ。
「優しい母さんに戻ってくれたのは君のおかげ……本当にありがとう」
「…………」
面と向かって初めて見た笑顔。本当に嬉しそうな、心からの笑顔に思わず見とれてしまう。
やばい、可愛い。なんだか胸がドキドキしてきた。
「そ、そういうのはなのはやクロノ達に言ってくれ。俺は餌になっただけし。俺のほうこそ礼を言わなきゃな。フェイトやアルフにも散々助けてもらったし」
高鳴る鼓動を誤魔化すように、なんとか言葉を絞り出す。
あのモントリヒトを呼び出した以外、俺は役に立ってない。最後はともかく、それ以外は基本的に俺のほうがフェイト達に助けてもらいっぱなしだった。
「お互い様、かな」
「だな」
言って、お互いに小さく笑う。
「ま、友達だからな。こまけぇこたぁ気にすんな」
「え?友……達?」
俺の言葉にフェイトはきょとんとした顔を浮かべる。
「えっと、俺はとっくにそのつもりだったけどまずかったか?」
言ってから思い出したが、フェイトはなのはと友達になったばかりだった。なのはを差し置いて友達宣言は少しばかり図々しかったか。
「あ、そうじゃなくて。私は、その、君の名前も覚えてなかった」
「ありゃま」
しゅんとなるフェイトを見て、あれ?と首を傾げる。
「そもそも俺名前教えたっけ?」
「え、と……」
と訪ねてもフェイトは微妙に困った表情を浮かべるだけだった。思い返してみれば、フェイトに名乗った記憶が全く無い。名前を覚えて無くても当然だった。
「勇斗。遠峯勇斗」
「……勇斗」
「おう」
フェイトが俺の名前を呼び、頷いて応える。
するとフェイトは何か躊躇うような素振りを見せ、やがて意を決したように深呼吸して言った。
「……その、不束者ですが末永くよろしくお願いします」
「…………は?」
いや、待て。今の言葉はなにかおかしい。おまけに何故に頬を染めるか。
「ちょっと待った。今のセリフは何か間違ってる」
「え?そんなはずない……と思うんだけど」
「いやいやおかしいから。その台詞は結婚とかするときに言う台詞だぞ?」
「え、うん。だから合ってる……よね?」
後半は自信なさげに呟くフェイトの言葉に一瞬、言葉を失う。
何か嫌な汗が背中に流れるのを感じる。
「すまんが、俺にはさっぱり訳がわからん。一から説明してくれ」
「え、うん。……前に告白してくれたよね?」
告……白だと?
「誰が?」
「勇斗が」
「誰に」
「私に」
「どこで?」
「時の庭園で愛してるって」
その時のことを思い出しているのか、顔を真っ赤にしつつも、てきぱきと答えていくフェイト。一方の俺は顔面蒼白だ。
やべぇ。
さっぱり覚えがないのだが、あのときは無駄にテンションハイだったし、切羽詰って追い詰められてたからその時のノリと勢いで何を口走っていても不思議
じゃない。っていうかフェイトがそう言ったのならそうなのだろう。おまけにフェイトは真に受けてるっぽい。えっと、どうしよう。こういう反応されると、勢
いで口にしただけとは言い出しづらい。
「えーと、それで?」
内心の動揺を隠しつつ、先を促す。
「そのことを母さんに言ったら……その、うちの家訓で最初に告白された男の子に助けられたら結婚しなきゃいけないんだって……」
「――――はっ!?」
いかん。あまりの馬鹿馬鹿しさに一瞬、意識が飛びかけてしまった。な、なにを考えてるんだ、あのおばはん……。
確かにフェイトは可愛らしいし、将来有望というか確定だが、今の幼女相手に結婚とか恋愛感情とかどうあがいてもねーよ。確かに可愛いとは思ったけど!
っていうか何それ。何、一体プレシアは何を考えている。フェイトにこんなこと吹き込んでどうしようというのか。
不意に思い出すのはいつぞやのリンディさんの何か企んでいるかのような態度。そしてその前に聞かれた意図不明な質問。
嫌がらせか?俺に対する嫌がらせなのかっ!?俺が幼女は守備範囲外というのを考慮に入れた上での嫌がらせなのかっ!?
リンディさんとプレシアが結託して俺に対する嫌がらせを始めたとでも言うのかっ!?
あぁ、でも将来を考えるとわりと美味しい!?
「勇斗……?」
俺が固まっていたのを不審に思ったフェイトが上目遣いに顔を覗き込んでくる。
あの二人に対する追求は後で考えよう。冷静になれ、俺。とりあえず今はフェイトの過ちを正さねばならない。
「フェイト……」
「は、はいっ」
ポンとフェイトの肩に手を置き、神妙な顔をして語りかける。
「お前は騙されている。それは真っ赤な嘘だ」
「え?」
「世の中そんな家訓はない。プレシアはお前をからかって遊んでるだけだ」
「え?え?そうなのっ?」
「うん、間違いない」
「えっと、それじゃ、結婚とかしなくていいの?」
「当たり前だ」
この年で結婚とかいくらなんでもありえないだろう。常識的に考えて。問題は、ずっと時の庭園で暮らしていたフェイトに世間一般の常識がないということだ。や、普通に生活を送る程度のものはあるんだろうが、母親に言われた程度でそんなデタラメを信じるのはまずいだろう。
「そ、そうなんだ。良かった……本当に」
心の底からホッとしたように安堵のため息をつくフェイト。実は物凄く抵抗があったらしい。
それはそれで複雑な気も……まったくしないか。とにかく素直すぎるのも考え物である。
フェイトはそのまま何やら小声でぶつくさ呟いていたが、不意に顔を上げて言った。
「あ、そうだ。リニスの残したデバイス、持ってる?」
「ん、こいつか?」
ポケットから黒いプレート状のデバイスを取り出す。リニスの残した名も無きデバイス。
アースラで受け取って以来、肌身離さず持ち歩いている。
「その子の名前、ちゃんと考えてきたんだ」
「さんきゅ。なんて名前?」
「うん、えっとね」
フェイトは俺の手の中のデバイスを見つめながら、一呼吸置いて言った。
「ダークブレイカー」
微妙に物騒な名前だった。
「バルディッシュは闇を貫く雷神の槍、夜を切り裂く閃光の戦斧。この子はバルディッシュの兄弟だから闇を破壊する黒き刃、夜を照らす赤き光っていう意味を込めたんだけど、どう、かな?」
「……良いんじゃないか。おまえはどう思う?」
手の中の黒いデバイスは喜びを表すかのように輝く。
『Thank you』
「だとさ。こいつも気に入ったみたいだ。ありがとな」
「うん。気に入ってもらえて、良かった」
そう言って笑うフェイトは本当に良い笑顔だった。
色々苦労もあったけど、この笑顔が代価ならばそう悪いものでもなかったと思う。
「時間だ、そろそろいいか」
フェイトの笑顔に和んでいると、ちょうどクロノが声をかけてくる。
「あぁ、問題ない」
「うん」
「フェイトちゃんっ!」
俺たちが頷くと、なのはがフェイトに駆け寄り、ツインテールをくくったピンクのリボンを解き、フェイトに差し出す。
「思い出に出来るもの、こんなのしかないんだけど」
「……じゃ、私も」
フェイトも同じように黒いリボンを解き、なのはへと差し出す。
そしてお互いに差し出した手を重ねる。
「ありがとう、なのは」
「フェイトちゃん……」
「きっとまた」
「うん……」
再会を約束した二人の手がゆっくりと離れていく。
俺も何かフェイトに渡したいかな、と思ったがそうそう都合よく渡せるものがあるはずもなく。
まぁ、ここで俺が何かするのも無粋というものだろう。
「ん」
そうしてフェイトから手を離したなのはの肩に、アルフが預かっていたユーノを乗せる。
どうでもいいけどこんな時くらい人間の姿に戻ってもいいんじゃないだろうか。本当にどうでもいいけど。
「ありがとう、アルフさんも元気でね」
「あぁ。色々ありがとうね、なのは、ユーノ、勇斗」
「こっちこそ」
ナイスおっぱい!時の庭園でのあの感触は忘れません。と、心の中だけで付け足しておく。
「それじゃ、僕も」
「うん、クロノくんもまたね」
「フェイト達のことよろしくな」
「あぁ、任せておけ」
お互いに拳を突き出して、軽く合わせる。
転移の魔法陣を発動させたクロノたちを三人で見送る。
「フェイト。今まで甘えられなかった分、いっぱいお母さんに甘えておけ。自分で我侭かなって思うくらいが丁度良いはずだ」
「えと、うん。……頑張ってみる」
魔法陣の輝きが増していく中、なのはとフェイトの二人はうっすらと涙を浮かべている。
裁判を受けている人物と管理外世界の人間の直接の面会やリアルタイム通信は禁じられている。裁判が終わるまでの半年間、フェイトと直接会うことはできない。
少しだけ長いお別れを惜しむようにフェイトがゆっくり手を振り、それを見たなのはが大きく手を振り返す。
そして魔法陣が一際強い輝きを放ったとき、三人の姿は跡形もなく消えていた。
それでも俺たちは一言も発することなく、余韻を味わうように海風に当っていた。
「なのは」
「帰るか」
「うん!」
こうして俺たちが関わった一つの事件は終わりを迎えることとなる。
五月半ばを過ぎた空は綺麗に澄み渡り、風が踊っていた。
リリカルブレイカー 第一部 完
なのはと別れた帰り道、携帯がメールの着信を告げる音を鳴らす。
そのメールを見て、ぴしりと動きを止める俺。
浸っていたハッピーエンドが一瞬で吹き飛び、一難去ってまた一難、という言葉が脳裏に過ぎる。
色々あり過ぎて忘れていた、いや考えないようにしていたというべきか。今まではフェイトの事があったため、先のことは気にすまいと考えていたが、こうして本人から連絡が来ては嫌でも考えざるを得ない。
一通のメールに返事を返しながら、俺は不覚ため息をついた。
『最近、見かけないけどどうしたん?
八神はやて』
■PREVIEW NEXT EPISODE■
一難去ってまた一難。
一つの苦難が解決しても、運命はそれを嘲笑うかのように次なる苦難を運んでくるのであった。
勇斗『間違ってるのは俺じゃない』
UP DATE 09/8/28