リリカルブレイカー
第18話 『あなた自身が確かめて』
何をどう言ってもこの悪魔はフォークを返してくれそうにないので、結局大人しく従う羽目になる。もっとも、照れたり焦ったりしたところを見せれば、なのはの思う壺なので、そういったものは心の奥底に押し込んで淡々と食べさせてもらっているのだが。
子供のやることを深く考えたら負けだよ、うん。
「まったく、人の嫌がることを率先してやるなんて、誰の影響受けたんだか」
「いや、間違いなく君だから」
「ゆーとくんだけには言われたくないよ」
即座に入れられた突込みに肩を竦め、口の中のものを咀嚼しながら二人の様子を眺める。
ユーノはなのはの肩越しに怨念めいた顔でこちらを睨み――あれ、無自覚なんだろうなぁ――、なのはは平静な俺の様子に微妙に不満そうだったが、人の世話
をするのが楽しいか、いつのまにかにこにことした笑顔で手を動かしていた。付け焼刃にも程があるというか、やっぱり人を弄るには向いてない性格だよね。
「どうでもいいけど、これやってると恋人みたいだよね」
「えっ?ふわっ、ええっ!?こ、恋人っ!?」
というわけで軽く反撃してみたら案の定、面白いくらい慌てふためいてくれる。ユーノの目つきがさらに険しくなったような気がするけど気にしない。
「え、えとっ、これはそういう意味じゃなくてですねっ、えと、そのあのっ」
顔を真っ赤にして、身振り手振りをしつつ否定しようとするなのはが小動物チックで面白い。ある意味シャッターチャンスではあるのだが、携帯もデジカメも
手元にないので、なのはの慌てぶりを見て楽しむに留める。俺とやり合うにはまだまだ経験値が足りない。後々このネタでまた遊んであげよう。
俺の苦笑に気付いたなのはがからかわれていることを悟り、頬を膨らませるのだが、それでも最後まで俺に食べさせるのは、律儀というかなんというか。感心するやら呆れるやらでやっぱり苦笑してしまう。
やがて一日ぶりの食事を終え、食後のお茶で一服していると、話題は自然とフェイトのことに移る。
フェイトの処遇については、なのはも聞いていたのだが、プレシアの事に関しては何も聞いてなかったらしい。寝て起きてすぐ俺のところに来たから当然か。
結局、俺が二人に一から説明する羽目になり、明日、テスタロッサ親子と面会ができることまでを伝える。クロノが逃げたのは、こいつらに説明する手間を俺に
押し付けたんじゃないだろうか、と邪推してしまう。
「フェイトちゃん……大丈夫かな」
お茶を両手で持ったなのはが俯きながら呟く。沈痛な面持ちからは、母親との対面に臨むフェイトへの憂慮がありありと見て取れる。
どう声をかけたものか。個人的にありきたりの言葉をかけるのは好きじゃないし、かといって結果がどう転ぶかわからないことを安易に「大丈夫だよ」と無責任なことを言うわけにもいかない。一しきり悩んだ末に出た言葉は、結局ありきたりの言葉だった。
「まぁ、なるようになるだろ。親子の問題だけに俺らにはどうしようもできん」
「あはは……それはそうなんだけどね」
力無く笑うなのはに、ため息をつきながらも言葉を続ける。まったく。語彙の少ない自分に辟易する。
「だから、まぁ、フェイトが落ち込んだら慰めてやればいいし、上手くいけば一緒に喜べばいい。友達になるんだろ?」
「…………」
俺の言葉が予想外だったのか、きょとんした顔で俺を見つめるなのは。
「……なんだよ」
その無言の視線が微妙に居心地が悪くて口を開くと、なのははいきなりおかしそうに笑い出す。笑いの発作を起こすなのはにユーノも目を丸くした。
わけが解らず憮然とした視線を送り続けていると、その視線に気付いたなのは、はにかんだ笑みを浮かべて言った。
「あはは、ごめんね。ゆーとくんって、冷たいように見えて、やっぱり優しいんだなって」
どっかで聞いたようなセリフに俺は肩を竦めて嘆息する。
「そうだぞ。知らなかったなら覚えとけ。そのうちテストに出るから」
「いやいや、出ないから。どんなテストだよ」
「あはは」
ユーノの適切な突っ込みに笑みをこぼすなのはを眺めながら思う。子供はそうやって無邪気に笑っているのが一番良い。
フェイトも同じように笑わせるにはどうすれば良いのか。お子様二人を眺め、ゆっくりとお茶を啜りながら思案する俺であった。
「はい、ゆーとくん。預かってたデバイスを返しておくよ」
「あ、ども」
翌日、プレシアらの面会に向かう途中で、エイミィさんから預かり処分になっていたデバイスを受け取る。
リニスから託された黒いインテリジェントデバイス。俺にとって初めての相棒となったデバイス。手にしていたのはほんのわずかな時間のはずなのに、妙に手に馴染む気がした。
「よ、一日ぶり」
俺の呼びかけに、自らを発光させて応えるデバイス。バルディッシュもそうだが、こいつは輪をかけて無口らしい。一般的にこういうものなのか、レイジングハートが饒舌なのか、イマイチ判断に悩むところである。
「でも、危ないところだったねー。その子、自爆装置付きだったから一歩間違えば危ないところだったよ」
「あー、なるほど。自爆装……ち?」
なん……だと?
あはは、と笑い流すエイミィさんの言葉に足を止め、左手にあるデバイスをまじまじと見つめる。そしてぎこちない動きでゆっくりと視線をエイミィさんへと移す。
「マジで?」
「うん、マジマジ。その子はプレシアさんとフェイトちゃんの為に作られた子でしょ?もし、術者が二人に危害を加えようとしたら、術者の魔力で自分もろとも自爆するプログラムがセットしてあったよ」
「自爆……?」
何それ、超怖い。おそらく今の俺は物凄く引き攣ってた顔をしているはずだ。
確かにフェイトらの為に残したデバイスなのにその力が彼女らに向けられては本末転倒だ。リニスがそういったプログラムを仕掛けるのは不思議なことではない。不思議ではないのだが……。
「うん、良くて行動不能。悪ければ肉片も残らずに木っ端微塵!」
うぉい!リニス――――ッ!!それ洒落になってないからーっ!?
ボンッと手でゼスチャーするエイミィに俺は絶句し、呆然と視線をデバイスに戻す。その視線に黒いデバイスは抑揚のない音声を発する。
『No problem』
「問題大アリだろっ!?」
もしモントリヒトが出てくる前にこいつを拾ってたら、確実に俺あの世行きだったじゃねーかよっ!?
「あはは、どうどう。まぁ、結果オーライということで。今はもう、そのプログラムは解除されてるから安心していいよ」
俺を宥めるエイミィさんに同調するように光るデバイス。ひょっとしてこいつ、物凄くイイ性格をしてるんじゃないだろうか?
このデバイスの封印を解いたことを、ほんのちょっぴり後悔した。
「面会時間は5分。申し訳ないがそれ以上は許可できない」
「あいあいよー」
プレシアのほうはなのはが面会してたらしいので、俺は先にフェイトと会う事に。エイミィさんは他に用事があるらしく、どこかへ行ってしまった。
クロノから簡単な注意事項を聞いた後、クロノと二人で面会室へと入る。中は小さな部屋だった。よくドラマで見るような面会室のような作りで内装と呼べる
ようなものはなく、部屋の中央を透明な板のようなもので仕切られ、その向こうに緊張した面持ちのフェイトと、その後方であくびをしているアルフの姿があっ
た。
「よっ」
「あっ、え、えっと、こんにちわ」
何故、挨拶しただけでそんなに慌てる?そんな反応をされるようなことをやらかした覚えはないのだが。
「ほら、フェイト。落ち着いて」
「あ、う、うん」
アルフに宥められるフェイトに首を傾げつつ、備えられた椅子に腰掛け、クロノは入口のすぐ傍に備えられた椅子へと腰を下ろす。
「えーと、元気?」
例の白い服を来たフェイトはなのはと同じようにところどころ包帯を巻いていたが、顔色などを見る限りは大したことなさそうだ。
「う、うん。……えっと、私達より、そっちのほうが酷い怪我だと思うんだけど」
困惑したように呟くフェイトと自分の姿を見比べる。確かにどう見ても俺のほうが重傷だった。
「まぁ、なんとか平気だと思う。多分。それよりはい」
仕切りに小さく開けられた穴からデバイスを差し出すと、フェイトは不思議そうに首を傾げる。
「えっと……?」
「前に言ったっけ?リニスの残したデバイスだよ」
そしてこのデバイスを手に入れた経緯をフェイトに語る。自らが消えた後もずっと、リニスはフェイトやアルフ、プレシアを心配し、想い続けていたことを。
「そっか……リニスが」
俺の話を聞き終えたフェイトはうっすらと涙ぐんでいた。その後ろにいるアルフもその目に涙を溜めていて、思わず笑みを零してしまう。
「ま、そんなわけだからこいつはフェイトが持っているといい」
「え、でも?」
「リニスが最後に残したものだからな。俺が持ち続けるにはちょっと重すぎる」
せっかく手に入れたインテリジェントデバイスを手放すのは正直惜しい。というか物凄く勿体無い気分で一杯だが、どのみち俺には扱いきれない代物だ。手に入れた経緯が経緯だけに、フェイトに渡すのが筋だと思う。
両手でデバイスを持ったフェイトはそれを胸に抱いて、目を瞑る。手にしたデバイスからリニスの想いを感じ取ろうとしているように見えた。
やがてゆっくりと目を開けたフェイトは、手の平のデバイスを見つめた後、ゆっくりとその手をこちらへ差し出す。
「ありがとう。でも、やっぱりこの子はあなたが持っていて。私にはこの子と同じように、リニスが残してくれたバルディッシュがいるから大丈夫」
「や、でも」
「それにロストロギアから母さんを解放できたのはあなたのおかげだから。この子はあなたに持っていて欲しい。ね、君もそう思うでしょ?」
フェイトの呼びかけに答えるように、黒いデバイスは一瞬だけ明滅する。おまえ、一歩間違えれば俺ごと自爆するつもりだったとちゃうんかい?と突っ込みた
かったが、フェイトの手前、なんとか自制する。流石にここで空気読めない行動はしたくない。とはいえ、ここですんなりデバイスを受け取るのもなにかアレな
気がして、助けを求めるようにアルフに視線を向ける。
「あたしはフェイトが決めたことに異論はないよ」
助けを求める視線はあえなく却下されてしまった。まぁ、フェイトがそう言うのなら、こちらも拒否する理由はないのだが、どうも気持ち的に抵抗がある。あ
るのだが、結局断る理由が思い浮かばないのと、フェイトの期待するような視線に耐え切れず、結局、差し出されたデバイスを受け取ってしまう。
「え、と、じゃあ、有難くこいつは貰っとくよ。大切にする」
「うん。大事にしてあげて」
俺がデバイスを受け取ると、フェイトは嬉しそうに笑みを浮かべるのだが、プレシアとまだ話を付けていないせいか、どこか無理のある痛々しい笑みだった。
あー、なんかやだなぁ。こういう雰囲気。とはいえ、プレシアの件に関しては俺もどう転ぶのかさっぱり検討がつかない。何を言えばいいのか迷いながら頬を掻き、口を開く。
「えっとさ、プレシアのことなんだけど」
「うん」
プレシアの名前を出すと、フェイトから笑みが消える。プレシアのことは既にクロノから聞き知っているはずだから当然の反応だ。
「もし、直接話してプレシアに拒絶されても、フェイトのこと必要としている奴はいるから。そのことは忘れないでくれよ?」
「…………」
我ながらもう少しマシな言い方は無いものか。っていうかこの言い方で伝わるのか?と、自問自答しながらも言葉を選んで話し続ける。
「えっと、アルフもなのはもフェイトのことを大切に思ってて、心配してるから。フェイトには笑顔で居て欲しいと思ってるからさ、早く元気出して」
「…………」
「あー、っと。勿論俺も心配してる一人だからな?その、なんというかえーと?」
何も言葉を発さないフェイトにしどろもどろになる俺。あぁ、人をからかったり挑発するのは得意だが、こうやって面と向かって慰めたり励ましたりすること
は滅多に無い。事がことだけにお気楽な言葉も言えずに、困り果ててしまう。そんな俺を見て、フェイトはくすりと笑う。楽しそうに、というよりは苦笑という
表現が適切か。
「大丈夫。母さんが何を言っても、覚悟は出来てるから平気だよ」
「ん、そっか」
俺にはそれ以上にかける言葉は無かった。しょうもねぇなぁ、俺は。後何か言っておくことは、と。
「あー、そうだ。こいつの名前、フェイトがつけてくれないかな?」
そういって手を広げ、そこにあるデバイスを見せる。
「この子の名前……?」
「あぁ、まだこいつに名前ないんだ。俺はネーミングセンス悪いから、格好良い奴を考えてくれると有難い」
俺が名前をつけるとキ○グストーンとかサンラ○ザーとか、ブラックク○スとかパクリか微妙なものしか浮かばない。
きょとんとしていたフェイトは、僅かに逡巡したあと、ゆっくりと頷く。
「うん、わかった。格好良いの考えてみる」
「ん、よろしく」
控えめな笑みを浮かべて頷くフェイトの表情を見る限り、やはり元気になったとは言い難いが、俺がこれ以上できることはなさそうだ。
丁度、話に区切りが付いたところで、クロノが面会時間の終了を告げ、俺はフェイトとアルフに「またな」と言い残して退出する。
わかりきっていたことではあるが、自分に出来ないことを思い知らされると若干、気が滅入るねぇ。
「あ、ゆーとくん……」
プレシアとの面会室の前まで行くと、なのはがしょんぼりした様子で立ち尽くしていた。傍らに立っているユーノとリンディさんも浮かない顔をしている。
「その様子だと上手くいかなかったみたいだな」
俺が聞くと、なのはは力の無い笑みを浮かべながら頷く。
「うん、フェイトちゃんと仲良くしてってお願いしたんだけど……」
あえなく撃沈、と。俺にとっては予想通りの結果ではあるが、正直なのはが纏ってる雰囲気は辛気臭くて困る。だから昨日の内にプレシアと会うのはやめとけって言ったのに。
「てい」
既に包帯の取れたなのはの額目掛けて、渾身の力を込めたデコピンをお見舞いする。
「あいたっ!?い、いきなり何するのっ!?」
「いや、辛気臭い顔してるから、つい」
額を両手で押さえながら涙目のなのはにしれっと言い放つ。
「プレシアのほうは俺がなんとかしてやるからお前はフェイトんとこ行っとれ」
俺の言葉に沈んでいたなのはの表情がパッと明るくなり、勢い込んで迫ってくる。
「なんとかできるのっ!?」
「できるといいなぁ、的な?」
俺の答えに、しょんぼりとした顔に戻るなのは。心なしかリンディさんたちの視線も冷たいものになってるのは気のせいでせうか?
一応、俺なりに策は考えてきたけども、プレシアが本当に心からフェイトを嫌ってたら端からお手上げである。ぶっちゃけカウンセラーでも何でもない俺にそこまで面倒見れるはずも無い。
「まぁ、そんなわけで今度は俺がプレシアに突貫したいんですけども、いいんですか?」
「そうね。勇斗くんが面会している間、なのはさんがフェイトさんと面会するのなら、クロノを付き添わせるけどどうする?」
と、俺ではなく、なのはに尋ねるリンディさん。なのははリンディさんと俺を交互に目を這わせ、わずかの時間考え込んでから答える。
「あ、と、ゆーとくんとプレシアさんの話の後で大丈夫です。プレシアさんのことも気になりますから」
「え?聞いてくの?なのはが?」
反射的に呟いた言葉に、この場の全員の視線が俺に集中する。
「何か、なのはさんに聞かれたら、いけないことでもあるの?」
「なのはというか18歳未満には刺激が強いというか、教育上よくないというか……」
って、この面子の中で18歳以上、リンディさんしかいねぇし。
「一体、何を話すつもりなんだ、君は」
「聞きたい?別に言ってもいいけど後悔しない?」
呆れたように呟くクロノに念を押すように確認する。
「え、ええと……」
「18歳未満お断りかつ、裏表の全く無い素直で率直かつ忌憚の無いことを一切合財洗いざらい全部ここで聞きたいと?ここにいるお子様に間違いなく倫理的に問題になることを喋るけど一向に構わないわけ?つか、本当に言っていいんだな?」
口ごもったクロノに反論の隙を与えずに言葉を吐き出し、しつこいくらいの念を押す。
一息で喋ったため、ぜぇはぁと息を切らす俺に誰もが微妙な視線を向けつつ、口を開かない――ただ一人を除いて。
「勇斗くんとプレシアの面会には私が立ち会います。なのはさんとユーノくんは話は聞かせてあげられないけど、ここで待っているか、フェイトさんに会いに行くかは自由にしていいわよ。クロノはなのはさん達に付き添ってあげて。以上、勇斗くん、何か問題はある?」
「パーフェクトです」
気付けば自然と敬礼で返していた。にこりと微笑むリンディさんに何故か悪寒を感じたのは俺だけじゃないと思う。
面会室は当たり前のようにフェイトのとこと同じような作りでプレシアは仕切りの向こう側に気だるげに座っていた。
俺は仕切りの前に設置された椅子に座り、リンディさんはクロノと同じように扉近くの椅子に腰を下ろす。
「ちっす」
片手で挨拶するも、眼前の女性はつまらなそうに一瞥するだけで、それ以上の反応は見せない。
「随分と酷い有様ね」
何から話そうか迷っていると、意外なことにプレシアから声をかけてきた。フェイトと同じ白い服を来たプレシアの瞳は穏やかで、確かに以前に比べて柔らかい雰囲気を纏っているようにも思える。
「ちょっとばかし無茶が過ぎたようで。大いに反省してるとこです。自分の力量に合わないことはするもんじゃないですね」
「そうね。あなたの力は未熟すぎる。戦いの場に出るならもっと技量を上げてからにしなさい。その程度の力じゃ自分の身を守るどころか、仲間まで傷付けることになるわ」
「…………」
あるぇー?プレシアを説得?しに来たはずがなんで俺、逆に諭されてるの?
絶句してる俺にプレシアは可笑しそうに笑みを浮かべる。しかもその目にはまるで子供を慈しむような温もりさえ浮かんでいた。何これ、予想外にも程がある。
落ち着け、俺。ここで呑まれるな。とりあえず世間話は端に置いてさっさと本題に入ろう。
「えっと、フェイトのことなんだけど」
「使い捨ての道具のことなんて私の知ったことではないわね」
人が最後まで言う前にぴしゃりと言い切りやがった。その悠然とした態度からは怒りや憎しみといったものを読み取ることはできない。強いて言うならどうで
もいい、無関心、と言うのが一番適切なんだろうか。本当にフェイトのことをどうでもいいと思っているのか、はたまた興味のないフリなのかは判別できない。
最初のやり取りは想定外だったが、この反応は事前の話で聞いていたとおりなので予想の範疇ではある。情や正論で訴えるという手段はすでになのはやリンディ
さんが試みたはず。なら、俺が同じことをしても効果はないだろう。っていうか情や正論で訴えるのは俺のキャラじゃないのでやりたくないし。
「じゃ、フェイトは俺が貰ってもいいですよね?」
「好きにすれば?」
「母親に捨てられて落ち込んでるところに付け込んで、あなたに向けられている忠誠心というか依存心を全部俺に向けさせて、心身ともに俺の思うがままにさせても問題ないわけですよね?」
「……興味がないわね」
と表情を変えることなく言いいつも、答えるまでに若干の間があったわけですが。
「ってことは、だ」
一度言葉を切り、プレシアの反応を見逃さないよう、真っ向から彼女の目を見据え、力の限りに叫ぶ。
「10年後までにフェイトを×××として●●し、俺を△△△△と○○させ、とても人には言えないような○○なこととか□□を仕込んで俺色に染め上げてもお構いなしってことだなっ!?あまつさへぶっ!?」
「駄目に決まってるでしょっ!」
「構うに決まってるでしょっ!人の娘を何だと思ってるのよっ!?」
リンディさんのハリセンが俺の頭をどつき、プレシアの拳が仕切りに炸裂する。
「――はっ!?」
「ふっ」
すぐにプレシアが自分の失態を悟るがもう遅い。どつかれた頭をさすりながら口の端を吊り上げる。まさに計画通り!
正直、こんな上手くいくとはこれっぽちも思ってなかったので俺もびっくりだ。リンディさんの突っ込みは予想外だったけど。っていうかリンディさん、そのハリセンはどこから出しましたか?
拳を叩きつけた姿勢のまま固まっていたプレシアは、小刻みに震えながらゆっくりと居住まいを正すが、一度取ってしまったリアクションは覆しようが無い。
心なしか顔も赤い気がする。俺は口を開かず、ただニヤニヤしながら立ち上がり、そそくさと後ずさりながらドアへと向かう。
「じゃ、俺はもうこれで十分なんで。あ、リンディさん、後でプレシアさんが反応したとこだけ録画データのダビングお願いしますね」
「なっ……!」
クロノの説明によると、この部屋の様子は常時録画されているらしい。一度ああいった反応を見せれば、プレシアがどう言い繕おうが効果は無い。
「じゃあ、プレシアさん。後は娘さんとご〜ゆ〜くっ〜り〜」
思わず声を漏らすプレシアときょとんとした顔でこちらを見ているリンディさんに、ひらひらと手を振りながらそっと部屋から退出する。
任務完了。正直、自分でもこんな展開アリなのかと首を傾げざるを得ないが、これなら後はなんとかなるだろう。
「…………」
言い忘れたことがあったので、もう一度、扉を開け、首だけひょこっと中を覗き込む。
「何をどうしたらアリシアが喜ぶのか……それを考えてください」
それだけ言って、そっと扉を閉じた。
「……恥ずいこと言ったかな」
我ながら似合わないことを言ったという自覚はある。が、まぁ、プレシアには一番効果的な言葉なんじゃないかなとも思う。
一息ついて辺りを見回すが、なのはたちの姿はなかった。フェイトのところに行ったのだろうか。
何を話してるのか気になる気もするが、俺が気にするだけ野暮な気もしなくもない。
大人しく部屋で養生しときますか。
「……一体、何なのあの子は」
勇斗がドアを閉めた後、そう呟いたプレシアはへなへなと脱力したようにテーブルに伏せる。そんなプレシアに苦笑を浮かべるリンディも間違いなくプレシアと同じ気持ちを共有していた。
「確かに色々おかしな子ではあるけど……」
オーバーSクラスの魔力に加えて、本来、彼が持つはずの無い知識を持ち、言動も普通の九歳児とは言い難い。資質や精神的な面で言えば、なのはも普通とは
言い難いが、根本的な問題で勇斗は何かが普通とは違う。彼が語った、未来を夢として見る能力に関しても、その全てが真実だとは思っていない。まだ何か隠し
ていることがあるのは間違いない。だが、
「根は悪い子じゃないと思うわ。純粋にあなたとフェイトさんのことを心配している。多分、ね」
「あれは心配しているのではなくて、楽しんでいるように見えたのだけど……」
ゆっくりと伏せていた身を起こしながら呟くプレシアに、またしても苦笑を漏らすリンディ。
「確かにそれは否定できないわね」
あれはあの子の素の性格だろう。人をからかって遊ぶ、度を過ぎれば人間関係を悪化させかねない性質の悪い性格だ。先ほどプレシアに対してかけた言葉の中
で、『良い子』と明言しなかった理由の一端はそこにもある。もちろん、先の勇斗の問題発言にも理由はある。『良い子』は間違ってもあんなことは口にしな
い。あの時の勇斗の発言は、プレシアをはめる為の演技で、目が限りなく本気に見えたのは気のせいだと思いたい。どちらにしろ時の庭園の件も含め、勇斗に説
教する事柄がまた一つ増えたことにリンディは内心でため息をつく。
どうにも居心地が悪そうに視線をさ迷わせながら押し黙るプレシアに、リンディは何も言わない。視線を合わせることも無く、備えられた椅子に腰掛け、静か
にプレシアの言葉を待つ。時空管理局の提督としてではなく、子供を持つ母親として愚痴や言いたいことがあるなら話を聞こう、とその態度で物語っていた。
「今更……今更どんな顔をしてあの子に会えるのよ」
搾り出すように呟かれた言葉は悔恨と苦悩に満ちていた。
モントリヒトというロストロギアによって、確かに自分の精神は変調を来たしていた。だが、それでも自らの行いは、全て自分の意思で行ったものだ。二人目
の娘とも言える存在を憎み、この手で傷付けた。その時の自分の感情、記憶、手に残る感触。その全てを自分は確かに覚えている。
本当は自分でも分かっていた。執務官が言った通り、失った過去を取り戻すことなどできるはずがないことを。だが、それでもそれに縋らなければならなかっ
た。あらゆる手段を模索し、ありとあらゆる手法を試した。そしていつしか狂気に囚われ、モントリヒトというロストロギアに憑りつかれ、その狂気は加速し
た。
モントリヒトが破壊されたことで自分は狂気から解き放たれた。だが、それで自らの行いが清算されたわけではない。フェイトに抱いていた狂おしいまでの憎
悪は確かに自分の中にあったものなのだ。例え正気に戻ったとして、それで今まで抱いていた憎しみが全て消え去ったわけではない。
無論、今ならば自らの過ちを認めることができる。だが、いや、だからこそ、というべきか。あれだけのことをしてきた自分が、今更母親としてフェイトに接することなどできるはずがなかった。
仮にそれができたとしても、自分の命はそう長くない。今の自分がフェイトとの距離を近づけても結局は傷付けてしまうだけではないのか。近づいても傷つくだけならば、いっそ最初から下手な希望など抱かせずに遠ざけるべきではないか。それがプレシアの出した結論だった。
だが、そんなプレシアの目論見はあっさりと崩壊してしまう。思考のうちであらゆるシミュレートを重ね、どんな美辞麗句や正論を並べ立てられようとも跳ね
除け、フェイトがどんなことをしても突き放し、本心を晒すようなことは絶対にしないはずだった。その為の手段も覚悟も全て揃っていたはずなのに。よりにも
よってあんな子供騙しとしかいえない手管に引っかかってしまうとは。あまりにも情けなくて自己嫌悪すると同時に、怒りが込み上げてくる。そう、思い返せば
あの子供には時の庭園でもさんざ好き勝手に罵声を浴びせられたのだ。年増だのなんだの人が気にしていることを遠慮ナシに抉った上に先ほどの一件。
「……そうね、あの子には必ずお返しをしてあげなければならないわね、フ、フフフ」
今回の件による罪状で生きている間に自由を得られることは無いだろう。だが、どんな手段でも良い。あの子供にはなんらかの形で必ず返礼をしようと心に決める。
「え、え〜と、プレシア……さん?」
先ほどのプレシアの言葉に返答しようとしたリンディだったが、いきなり虚ろな瞳で虚ろな笑みを浮かべるプレシアにドン引きしていた。
「こほん。と、とにかく……っ」
場の雰囲気を切り替えようと、大きく咳払いをしたリンディは、先ほど投げかけようとした言葉を伝える為に口を開く。
「過去のことはどうあれ、今のあなたがフェイトさんを大事に思っているのならそれでいいんじゃないかしら。犯した過ちも過去も消すことはできない。だからこそ今を生きて未来に繋げるべきではなくて?あなた自身だけの為でなく、アリシアさんとフェイトさんの為にも、ね」
「……今更、あの子と親子になんてなれるはずがないわ」
搾り出されるように呟かれた声に、リンディは静かに嘆息する。
「それは、あなた自身が確かめて。あの子と会って、話して。答えを出すのはそれからで十分でしょう?」
リンディもそれ以上を語る気は無いのか、静かに立ち上がりプレシアに背を向ける。
「一時間後、フェイトさんを連れてきます。先ほども告げたように彼女、どうしてもあなたに話したいことがあるそうよ」
リンディが退室し、一人プレシアは目を閉じる。
「アリシアの妹……ね」
アリシアが生前、妹が欲しいとプレシアにねだり、困らされた記憶が蘇る。
アリシアの死後、一度も思い出すことすらなかった記憶。
――何をどうしたらアリシアが喜ぶのか……それを考えてください
勇斗の残した言葉が脳裏に過ぎる。
アリシアは優しい子だった。
もしアリシアが生きていたら、フェイトのことをどう思っていただろうか。
もしアリシアが今の自分たちを見ていたら何を望むのだろうか。
いつしかプレシアの頬には幾筋もの涙が伝っていた。
■PREVIEW NEXT EPISODE■
時の庭園での出来事から数日が経過した。
以前の日常へと戻るなのはとフェイト。そして訪れる別れの時。
二人の少女は互いの名前を呼び合い、再会を誓うのであった。
勇斗『私も人間だから』
UP DATE 09/8/23
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主人公がやっと主人公らしい活躍でけた
ボツネタ
・なのはが怪我→ゆーと叫ぶ「ゆるざん!」→そのときふしぎなことがおこった!
流石に自重しました。ゴッドフィンガーも自重するべきか散々悩んだのですが、結局入れてしまいました。
そこで萎えた人はゴメンナサイ。
今回の処刑BGM
なのはの怪我から:光の戦士
ゴッドフィンガー:明鏡止水〜されど掌は烈火のごとく〜
Blade Form:仮面ライダーBLACK RX