リリカルブレイカー

 

 第17話 『皆にいっぱい心配させた罰なの』

 




 次に俺が目を覚ましたとき、そこはアースラの医務室だった。時の庭園で俺が気を失ってから丸一日眠り続けていたらしい。
 俺の怪我は全治三週間。全身に擦過傷と打撲多数。特に酷いのが右腕。どうやら最後の自爆で骨折してたらしく、今はギプスで完全に固定されていた。頭には包帯が巻かれ、鏡で見た自分の姿は中々に痛々しい。ってか自分の自爆が一番ダメージでかいってどうなのよ。

「人の忠告を無視して無茶した君が一番悪い。自業自得だな。しばらくは動かずに安静にしているんだな」
「へいへい」

 クロノの有難いお言葉に肩を竦めて答える。自分だって頭に包帯巻いているくせに。
 まぁ、この有様では動こうという気も起きない。というか、筋肉痛で身体を動かすのも億劫だ。
 そんなことよりも、だ。俺の視線を察したのか、俺よりも先にクロノが口を開く。

「無傷、とはいかないが全員無事だ。プレシアも含めて、な。怪我も君以外は軽傷の範囲だ」
「なのはも?」
「あぁ。精密検査の結果も問題なし。傷跡も残らないし、後遺症の心配もないよ」
「……そっか」

 それを聞いてようやく安心することができた。最大の懸念が解消され、肩の荷が一つ下りたことになる。

「とはいえ、あれだけの激戦だったんだ。流石に疲れたらしく、検査を受けた後ぐっすり眠ってるよ」
「まぁ、丸半日戦いっぱなしだもんなぁ」

 消耗したのは魔力や体力だけではない。長時間の戦闘は気力といった精神的な消耗も大きかっただろう。海でのジュエルシード封印からゆっくり休む間もなかったのだ。俺よりは軽傷とはいえ、しばらくは目覚めないんじゃないだろうか。

「……そういやクロノはちゃんと休んだのか?」

 長時間の戦闘をこなしたのはクロノも同じだ。執務官が激務なのは承知の上だが、もしもあの一戦の後に休みなしで活動していたのなら、どんだけ化け物なんだ、と言いたくなるところだ。っていうか罰ゲーム?

「さすがにあの戦いの後に休み無しで動けるほど僕もタフじゃない。事後処理や武装隊員の治療後にしっかり睡眠は取らせて貰ったよ」
「だよねぇ」

 とはいえ、俺やなのはたちのように時間の許す限り休んだ、というわけではないだろう。この件の事後処理がたかだか数時間で終わるとも思えない。休息も必要最低限ってところなんだろうなぁ。社会人は大変だ。

「……そういやプレシアとフェイトの扱いは?」
「フェイトとアルフの二人は護送室だ。どんな理由があるにせよ、あの二人はこの事件の重要参考人だからね。しばらくは隔離することになる」
「そっか。で、プレシアは?」

 淡白な反応をする俺に、クロノは意外そうに眉を上げる。どんな事情があろうともあの二人が事件の実行犯なのは違いない。何事もなかったかのように俺たちと同じ扱いにできるはずがないのだ。こればっかりはどうしようもない。

「プレシア・テスタロッサはフェイト達とは別室で治療中だ。今回の件とは別に、元々病を患っていたようだ。現在では治る見込みのない、ね。多分、半年も持たないというのが医師の見解だ」

 そういえば、そんな話だった気もするな、と朧気な記憶を引っ張り出す。俺が知る知識との最大の違いがプレシアの生存。だが、それもたった半年足らずの延 命に過ぎない。それがフェイトにとってプラスに働くのかどうか。なのはやクロノたちに余分な怪我と負担をかけさせただけの価値があるのか。それを考えると どうにも暗鬱な気分になってくる。

「プレシアの意識は戻った?意識を失う前と何か変化は?」

 モントリヒトを破壊した影響が出たかどうかを確認する問い掛け。あの時、エイミィさんとの通信は途中で切れてしまったので、モントリヒトに対する情報は中途半端にしか得ていない。
 モントリヒトがプレシアの精神を狂わせていたとして、どこからどこまで影響を与えていたのか、モントリヒトを破壊することで、その精神は復調するのか?それとも狂った精神は元に戻らないのか。それらの意を込めた質問にクロノは複雑な表情を浮かべて言った。

「彼女の意識は戻ったよ。モントリヒトを破壊したことが功を奏したんだろう。次元震を起こそうとしていた彼女とは、まるで別人のように穏やかになって、こちらにも協力的だよ」

 ただし、と前置きをしてからクロノは静かにため息をつく。

「フェイトとの面会を頑なに拒絶している。道具と話すことは無い、とね。フェイトのほうはプレシアとの面会を望んでいるんだが……」

 その言葉に眉を顰める。はてさて、これはどう判断すればいいのだろう。管理局には好意的でフェイトだけ拒絶?それだけを聞くとあまり良い展開ではない。

「クロノとリンディさんの見解は?」
「……なんともいえない。性格が変わったことに関してはモントリヒトの影響下から脱したということで説明はつくが……フェイトの事に関しては、ね」
「モントリヒトの件を抜きにしても、本心からフェイトを憎んでいた……ってことか?」
「もしくは、本心を偽ってフェイトを自分から遠ざけようとしている可能性もある、というのが母さ……艦長の見解だ」
「……自分から遠ざける、ねぇ」

 クロノの話を聞きながら、ベッドに身を横たえる。
 確かにその線も考えられなくはない。狂気に走った親が、本来愛すべき子供を憎み、傷付け、疎んできた。それが正気に戻ったとき、親はどんな気持ちでいる のだろうか?例え、理由があったとしても何事もなかったかのように我が子に接することができるだろうか?否。まともな神経を持った人間ならできるはずがな い……と思う。だからプレシアはフェイトを拒絶しているのだろうか。自分に時間がないことは彼女自身もわかっていたはずだ。フェイトを受け入れ、娘として 扱ってもそう遠くないうちに別れは訪れる。一度は拒絶され、それでも心を通わせた肉親が逝ってしまえば、フェイトはより深い悲しみに包まれるだろう。だっ たら初めから受け入れず、自分から遠ざけることでやがて来る別れの悲しみを少なくしようとでも言うのか。

「正気に戻ったプレシアが、本心ではフェイトを自分の子供として認識し、愛していたとしたら、今はどういう気分なんだろうな」
「さて、な」

 クロノの疑問に対する答えを俺は持たない。実際にそんな経験をしていない俺達がその答えを持つはずがない。想像は出来ても、その当人の気持ちを理解する ことなどできるはずもないのだから。ましてや俺とクロノは親ですらない。どれだけ想像しようが、考えようが、プレシアの気持ちを理解することなどできはし ない。今、俺が考えていることもただの推測だ。今のプレシアの本心など知りようが無い。

「――優しいから、壊れた、か」

 闇の書の中でアリシアが語った言葉。プレシアの願いはたった一人の娘と静かに幸せに暮らすことだけだったはずだ。どこにでもある、誰にでも手に入れられるはずの当たり前の小さな幸せ。
 そしてフェイトの願いは家族で幸せに暮らすこと。これまたどこにでもある、誰でも手に入れられるはずの当たり前な小さな幸せ。
 プレシアが正気に、元の優しい性格に戻れば全てが上手くいく。モントリヒトを倒したとき俺はそう思っていたし、フェイトはずっと前からそう信じて頑張ってきた。だけどその先に待っていたのはこれだ。
 プレシアはフェイトを遠ざけ、その余命も残り少ない。二人の願いは相反するものではないはずなのに。大それた願いではないはずなのに。それが叶うことはないのか。

「壊れやすい願いばっかだな、本当」

 こんなにも小さくささやかな願いですら、世界は叶えてくれやしない。
 呟く俺にクロノは黙したまま何も語らない。クロノ自身、俺と同じようなことを考えたことがあるのだろう。多分、俺よりも深く、何度も。一人の子供とし て、執務官として、人間として。世界は何時だってこんなはずじゃないことばっかり。プレシアに言い放った言葉は自分自身にも言い聞かせた言葉なんだろう な、と思いつつ、自分がするべきことを考える。

「ま、とにかくプレシアとフェイトを会わせないことには何も始まんねーか」
「それはそうなんだが……相変わらず軽いな、君は」

 軽い口調で言い放つ俺に、クロノが呆れたような表情を浮かべる。

「や、どーせ他人事だし」

 結局、どこまで行ってもこれはプレシア親子の問題でしかない。他人でしかない俺達があれこれ考えたことで、根本的な問題を解決することはできないだろうし。

「他人事に激昂して怒鳴り散らした人間が言っても説得力はないがな」
「……ぎゃふん」

 やめて、やめて。人の黒歴史を掘り返すのはやーめーてー。時の庭園突入時の俺を揶揄するクロノにぐぅの音も出ずに脱力する。

「あれは、まぁ……若気の至りという奴で」
「君はまだ9歳だろうに」
「こまけぇこたぁ気にすんな」

 俺が手を振って言うと、クロノは静かにため息をついた。

「で、この件についてはどうすんのさ」

 最終的には二人を面会させることになるだろうが、物事にはタイミングというものがある。事が事だけに遅すぎても早すぎても良い結果にはならないだろう。

「今日一日は様子見、だな。あまり長引かせてもフェイトが精神的に参ってしまうだろうし、明日にも二人を引き合わせてみようと思っている」

 僕と艦長が立ち会ってね、と付け足して言葉を切るクロノ。明日、か。

「それって俺らも立ち会える?」
「君らの立場はあくまで協力者だ。外部の人間を立ち会わせるわけにはいかないよ」

 と、首を振るクロノ。

「まぁ、そうだよねぇ」

 他人事と言い張ったものの、気にならないと言えば嘘になる。今回の件に関しては少なからず俺にも原因、いや責任か?少なくとも最終的には原作と同じ程度 にはフェイトが笑える結末にしなければならないと思う。まぁ、何をどうすればいいのかはさっぱり思い浮かばないのだが。たかだか9歳の子供が説教したって プレシアに通じるはずもない。っていうかその場に立ち会えなければ何も出来ないのだけども。

「ただし」
「ん?」
「なんだかんだで君達はテスタロッサ親子と関わりを持っている。二人を引き合わせる前に短時間ならフェイトとプレシア、両方との面会は許可できる」
「ひゅう」

 おぉ。クロノの粋な計らいに思わず口笛を吹いてしまう。

「さすが、話がわかる」
「理由や経緯はどうあれ、テスタロッサ親子が一番反応を見せたのは君達だからね。……事が上手く運ぶならそれに越したことはないさ」
「……ま、そうだよな」

 後半、幾分柔らかな口調になったクロノに同意の意を込めて頷く。
 起こしていた体を横たえ、小さく息をつきながら目を閉じる。最良の結果は無理でも、少しでもより良い結果に終わることを誰しもが望んでいるのだから。

「勇斗」
「あん?」

 クロノの声色が不意に変わった。それにつられて、身体を起こしながらクロノを見ると、声色同様、やけに真剣な顔をしていた。
 何さ?

「モントリヒトの障壁を破ったとき、君の周りに魔法陣が浮かんだのを覚えているな?」
「……あぁ」

 そういえばそんなこともあった。というか色々気にかけることが多すぎて、すっかり忘れていた。あの後、いきなり魔力が上がったおかげであの障壁を突破できたんだよなぁ。

「あれは魔力を抑制する出力リミッター解除の術式だ。君に何か心当たりはあるか?」
「は?」

 今、なんとクロノはなんと言った?魔力の出力リミッター?俺に?

「……その様子だと何もなさそうだな」

 あるはずがない。少なくともユーノが現れるまで魔法なんかと無縁の生活を送ってきたのだ。それからわずか一ヶ月足らず。魔力リミッターをかけられることなどなかったし、かけられる理由すら見当たらない。そもそも誰が何のためにそんなことをする必要があるというのだ。
 クロノやリンディさんにも、今までの経緯は話しているため、俺の反応も予想の範囲内だったのだろう。クロノはやっぱりか、と呟いて頷く。

「当たり前だが、魔力リミッターが自然にかかるなんてことはあり得ない。つまり、何者かが君に魔力リミッターをかけたことになる」

 見知らぬ何者か、いやそれ以前に自分が知らない間に自分の身体に何かされていた。善意、もしくは悪意によるものか、どちらにしろ良い気分はしない。得も 言われぬ不快感と不安が胸の奥から込み上げてくる。誰が何のために?いや、そもそも俺がいたのは魔法とは無縁の管理外世界だ。何故、そんな俺に魔力リミッ ターをかける必要がある?そもそも一体いつから?
 確かに俺はこの世界に生まれた時から前の世界の知識と、俺という意識を持っていた。だが、赤ん坊や幼少期のころは意識も曖昧になることが多かったし、寝 てる間などは今でも完全に無防備だ。そういったときに誰かが魔力リミッターをかけることなど造作も無い。……だけど誰が一体何のために?いくら考えても結 局はそこに行き着いてしまう。

「アースラ内で行った検査では、今の君に魔力的な異常や負荷といったものは見受けられない。魔力リミッターも含めてね。その怪我を除けば、精神、肉体とも正常だ。その点は安心してくれていい」
「……あぁ」

 と言われても、心から安堵できるはずもない。本人の知らない間にかけられた魔力リミッターなんて、普通に考えたら悪意によるものではないかと疑ってしまう。

「そう不安そうな顔をするな。魔力の制御ができない子供に安全対策としてリミッターをかけることはそんなに珍しいことじゃない。これは推測でしかないが、 何らかの理由で君の世界を訪れた魔導師が君の資質に気付き、暴走しないようにリミッターをかけていったんじゃないかな。リミッターそのものは君に対して害 を及ぼすものじゃないしね」
「……そういうもんなのか」

 返す言葉は自分で思っているより沈んだものになっていた。無駄にショックを受けているらしい自分に内心で舌打ちする。
 クロノの言っていることは確かにあり得ない話ではないと思う。だが、海鳴には俺のほかになのはやはやてらもいる。少なくとも俺の知る限りでは二人にリミッターがかけられていたという事実はないはずだ。
 よりにもよって何故俺だけ?八神家を監視している猫姉妹の仕業か?いや、少なくとも魔法に関わってからはやての家に行った事はない。猫姉妹が俺に何かする理由にはならない。

「君に実害がないことは保障するよ。もし不安が残るなら本局でもっと本格的な検査を受けてもいい。もっとも空間が安定してからのことだから当分先の話になるが」
「本局ねぇ」

 まぁ、クロノがそこまで言うなら大丈夫なんだろう。気休めに嘘を言うような奴でもないし。
 とはいえ、本局での検査というのは些か心惹かれるものがある。や、検査自体はあまり興味ないが、本局そのものは俺にとって未知の領域だ。
 異空間に浮かぶ魔法文明が生み出した巨大な船とも言うべき施設。中に色んな施設が混在するらしい、それに興味を惹かれないはずがない。

「まぁ、念のため受けておこうかな。手続きよろしくお願いします」

 興味のない素振りを見せつつ、クロノに頭を下げたとこで、ふと重大なことに気付く。

「俺が使ってたデバイスは?」

 目が覚めたときは既にこの病人服?のようなものを着ていてバリアジャケットは解除されていたし、辺りを見回してもあの黒いデバイスは何処にも見当たらない。

「あぁ、あのデバイスなら技術班が検査しているよ。君に許可を取らなかったのは申し訳ないと思うが、正体不明のデバイスを無闇に放置することもできないからね」
「ん、ちゃんと管理してくれるならいいや」

 クロノの判断は妥当なものなので文句つけようがない。リニスから託された大事なもの、という認識はあるが、事態が事態だけに俺もあのデバイスについて全てわかっているわけではない。メンテの件も含めて専門家に任せておくべきだろう。

「有耶無耶になっていたが、あのデバイスを手に入れた経緯。しっかり聞かせてもらおうか」
「了解」

 と言っても、大して話すことはない気もするのだが。
 部屋の外から迫る音に気付いたのは、デバイスを手に入れた経緯を一通り話し終えたところだった。



「ゆーとくんっ!」

 バタバタと慌しい音と共にドアが開かれ、なのはが飛び込んでくる。その額や腕には包帯が巻かれており、小さな女の子に不釣合いなそれらは、なのはの姿を酷く痛々しいものに感じさせていた。脳裏にフラッシュバックするのは、目を閉じたまま血を流すなのはの姿。
 彼女が傷ついたのは間違いなく俺のせいだ。どんな顔で向き合えばいいのだろうか。

「良かった。ちゃんと目が覚めたんだね!」
「お、おう」

 が、なのはは俯く俺の内心などお構い無しに駆け寄ってきて、ぎゅっと俺の左手を握る。その勢いのまま、なのはと真っ向から目を合わせてしまう。
 そこには、俺を責めるような意思や隔意は無く、俺の身を案じて揺れる瞳。まぁ、なのは自身は怪我の理由が俺にあるとはこれっぽちも思ってもいないだろうから、当然といえば当然なのだけど。

「本当に本当に心配したんだからねっ!もうっ、駄目だよ、あんな無茶したら!」
「……あぁ、悪かった。反省してるよ」

 なのはに対する負い目と無茶をした自覚はあるので、ぷくーっと頬を膨らませるなのはに苦笑しながら謝罪する。

『自省するのはおおいに結構だが、済んだことにいつまでも囚われないことだ。なのはも君が落ち込んだ姿を見れば、却って気にしてしまうからな』
『うるせーよ。言われなくてもわかってるっつーの。てか、人の心を読むな』
『君があまりにも分かりやすいんだよ』

 クロノに説教されるまでも無い。元々自虐趣味はないし、なのはを見てればそんな気も失せる。
 同じ過ちは繰り返さないよう、後でしっかり一人反省会はしなきゃならないが。

「大体ゆーとくんは魔法もほとんど使えないのに無茶し過ぎだよ。それなのに一人でどんどん出ちゃうし。私たちがどれだけ心配したと思ってるのっ!?」
「え?あ、はい……」

 あるぇー?なんか説教始まった?

「くっくっくく……」
「あはは……」

 変な声が聞こえたと思ったら、クロノの野郎が笑いを抑えきれないといった感じで肩を揺らしていやがる。
 いつの間にかその隣にはユーノまで来ていて、同情するように苦笑を浮かべていた。

「なのはの言うとおりだな。僕や艦長も君には色々言いたいことがある。一人一時間の説教は覚悟しておくんだな」
「げ」

 いやいや、一人一時間の説教とかどんだけ長いんだよっ!?

「ゆーとくんがやった無茶を考えれば当然だよっ。大体ゆーとくんは普段から……」
「僕は仕事があるからお暇させてもらうよ。なのは、ユーノ、勇斗のことはよろしく頼む」
「うん、まかせてっ」
「了解」

 そう行って部屋から出て行くクロノに力強く頷くなのは。ユーノはともかく、なのはは何かの使命に目覚めたかのように瞳に力が漲っている。

「さて、ゆーとくん?お説教はまだまだこれからだよ?」

 くるりと向き直ったなのはがにこやかに宣言する。
 えー?いや、でも、たしかに今回は俺の軽率な行動に問題が多かったのは確かだ。自戒の意味も込めてここは大人しく聞き入れよう。
 ……と決意してから、15分後。延々と続けられるなのはの説教を聞きながら俺は思った。
 無茶をすることに関しては、なのはも人のこと言えなくね?と。今さらながらにそのことに思い至ると今度は腹が立ってきた。
 自分が一番無茶しているのに、人に無茶するなと説教するのは何事か。うん、ここは反撃に出ても許されるだろう。

「てい」
「ふぇっ!?」

 不意打ち気味になのはの鼻をつまむ。本当は両手でうめぼしグリグリの刑に処したいところだが、右腕が使えないのでしょうがない。

「よくよく考えたらおまえも人のこと言えないくらい無茶してるじゃねーか」
「そ、そんなことないよー。私、無茶なんてしてないもんっ!」

 鼻をつまんでいるせいか、なのはの声がくぐもって中々愉快なことになっている。

「いーや、してるね。モントリヒトに追っかけられたとき、人が離せって言っても手を離さなかったのはどこの誰かな〜?」
「だ、だって、あそこで手を離したらゆーとくんがっ……」
「手を離さなかった結果、一緒にぶっ飛ばされて怪我して心配させて、迷惑をかけたのは何処の誰だったかな?」

 我ながらちょっと意地の悪い言い方かな、と思わないでもない。が、後のなのは撃墜事件防止の為にも、自分が無茶をした結果、人に心配させたり迷惑をかけ ることの重大さを、早い段階で自覚させるべきだ。人のことを言えた義理じゃないが、自身のことは今はとりあえず置いておいて。

「う、うぅ……」
「……まぁ、俺のことを心配してくれたのは有難かったけど、気持ち優先で行動することがベストじゃないってこと。自分の力と状況を考えて、常にベストな結果を出せるようになろうな。俺みたいに無茶をして人に心配させたり迷惑かけるのは嫌だろ?」
「……う、うん」

 なのはが大人しく頷いたところで鼻から手を離し、ポンポンと頭を叩くと、なのははくすぐったそうに目を細める。

「でも勇斗がそれを言う?」
「それはほら、反面教師的な意味で」

 ユーノの的確な突っ込みに反論できず、目を泳がしながら答える。

「あはは。ゆーとくんも一緒に悪いとこ直してしかなきゃね」
「そーですねー」

 小学三年生と同じレベルにある自分が情けなくて泣けてきた。なのはとユーノは力なくうなだれる俺に声を上げて笑い合う。

「お」

 そんなとき、俺の腹の虫がきゅるきゅる〜、と鳴き出す。

「そういや、昨日から何も食ってないんだっけ……」

 それは腹も減るわなぁ。意識した途端、猛烈な空腹感が湧き上がってきた。

「あはは、私もお腹空いてきたかも……」
「なのはも昨日の夜食べて、さっき起きたばっかりだもんね」
「ユーノは?」
「僕もまだ。なのはが起きてから一緒に食べようと思ってたから」

 はいはい。そこで俺とか入ってないあたり、ユーノはとことんなのはラブですね。

「まぁ、とりあえずは飯だな。……って」

 二人は普通に食堂までいけばいいのだろうが、俺はどうすればいいのだろう。勝手に出歩いていいものなのか。正直今の状態で歩くのは中々しんどいのだが。

「あ、ゆーとくんの分は私たちが取ってきてあげるよ。それでみんなで一緒に食べよっ」
「ん、じゃあお願いする。よろしく頼む」
「あ、リクエストか何かある?」
「肉が食いたい」

 丸一日寝てた怪我人がリクエストするようなものではない気がするが、それ以上に空腹感が強い。おかげで食欲も普段の二割増しである。

「うん、わかった。行こっ、ユーノくん」
「うん」

 俺が頼むと、なのはは嬉しそうに頷いてユーノと一緒に食堂へと向かう。
 動けないってのは中々だるいなぁ、と思いつつ、見送る俺はまだ気付いていなかった。
 この先に待ち受ける羞恥プレイと言う名の罰ゲームのことを。




「お待たせ。はい、勇斗」
「さんきゅ」

 程なくして二人が戻り、ユーノが俺の分の食事をベッドに備え付けのテーブルに載せてくれる。
 ユーノに礼を言いつつ、フォークに手を伸ばそうとして右手が固定されていることに気付く。
 あー、そうか。右手使えないなんだっけ……。しばらくは色々不自由する羽目になりそうだなぁ、と暗鬱になってるとこになのはが俺の様子に気付く。

「あ、そっか。ゆーとくん、利き手を怪我してるんだっけ」
「まぁ、左手は使えるし。ちょいと不便だけどな」
「んー、あ、そうだっ!」

 左手でフォークを取ろうとする前に、ひょいとなのはが俺のフォークを奪い去る。

「もしもし?」

 俺が何のつもりかと問いかける前になのははから揚げをフォークで突き刺し、俺の前に突き出す。

「はい、ゆーとくん。あーん♪」
「ちょっ!?」
「…………っ」

 なのはの奇行にユーノが声を上げる。
 そして俺の脳裏には、昔の光景が過ぎる。

――え、と、はい、あーん

 それは遠い日の想い出。
 どこにでもあるような公園のベンチに座り、差し出されたのは小さく分けられたハンバーグ。
 真っ赤になりながらも、嬉しそうで、でも困ったような彼女の顔が鮮明に浮かび上がり、なのはの姿と重なる。

「ゆーとくん?」

 絶句する俺を不思議に思ったなのはが首を傾げ、想い出の彼女のイメージが霧散する。

「あ、と、それはねーよ。どんな羞恥プレイだよ」

 動揺をひた隠しにしながら、なんとかそれだけの言葉を絞り出す。

「左手で食べるの大変でしょ?私が食べさせてあげるよ。はい、あーん♪」
「…………いやいや」

 胸の中に棘が刺さったような痛みを仕舞い込み、小さく首を振る。
 幸いなのはは俺の動揺に気付くことなく、無邪気にからあげを差し出してくる。
 ん、大丈夫。もういつもの俺に戻った。

「いいから。自分で食べられるから」
「そうだよ。それになのはがするくらいなら僕がっ」
「いや、それは死んでも勘弁な」

 がたっと物凄い勢いで立ち上がるユーノにぴしゃりと言い放つ。女の子にやられるだけでも羞恥プレイレベルなのに男に食べさせられるのは罰ゲームってレベルじゃねーぞ。そんなのを受け入れるくらいなら俺は断食を選ぶ。

「だーめ。ゆーとくんは怪我人なんだから人の厚意はちゃんと受けないと」
「いや、怪我人とか関係ないから。飯くらい普通に食えるから」

 そう言ってなんとかなのはを説得しようとしたのだが、なのはは笑顔のままフォークを突き出し、頑として譲ろうとしない。

「だーめっ。わたし、もう決めたもん。ゆーとくんには私が絶対食べさせてあげる。はい、あーん」

 おかしい。人がここまで引き攣った顔で拒絶してるにも関わらず、なのはが笑顔を崩さない。普段のなのはだったら嫌がる人間にここまで強引なことをするはずがない。

「嫌がらせかっ!?嫌がらせなんだなっ!?」
「あはは、やだなぁ」

 俺の叫びになのはは動揺することなく、静かに言い放った。

「別に普段の仕返しをするチャンスだとか、照れるゆーとくんを見れる貴重チャンスだなー、なんてこれっぽっちも思ってないよ?」
「嘘だっ!!厚意どころか悪意の全力全開じゃねーかっ!?」
「はい、あーん」
「無視かよっ!?」
「むー。ゆーとくんはそんなに私に食べさせられるの嫌なの?」
「はっきり言って嫌だ」

 笑顔から一転、ぷくーっと頬を膨らませるなのはに、きっぱり躊躇い無く言い放つ。

「じゃ、なおさらだね。はい、あーん?」
「うぉいっ!?」
「皆にいっぱい心配させた罰なの。はい、あーん♪」

 にっこりとするなのはに悪魔の笑顔を見た。


■PREVIEW NEXT EPISODE■

戦いは終わった。だが、事件の全てが解決したわけではない。
母と子。すれ違う想いと願い。
果たして二人が笑い合える時は訪れるのか

リンディ『あなた自身が確かめて』

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UP DATE 09/8/7