リリカルブレイカー

 

第16話 『俺のこの手が真っ赤に燃える』

 






 RPGでもシューティングでもなんでもいいが、大抵のゲームにはボスというものが存在する。長い苦難の果てに、ついに辿り着いた最後のボス。いわゆるラ スボスという奴だ。そいつを討ち果たしたとき、ゲームのエンディングを見るまでも無く、ある種の感動と達成感に包まれる、なんてことは多くのプレイヤーが 経験したことがあるだろう。
 だが、倒したはずのラスボスが立ち上がり、更なる力と異形へと変化した姿で再び立ち塞がったとしたら?
 初戦を苦戦することも無く、物足りないとさえ感じていたプレイヤーは、それでこそ倒し甲斐があると、意気揚々と挑むのか?それとも、初戦から全ての力を 注ぎ込み、HPもMPももう残ってねーよ!なんだよ、第二形態って!聞いてねーよ!こっちにはもう余力なんざ残ってねーよ!ふざけんな!、と絶望と共に挑 むのか?
 少なくとも今の俺の気分は限りなく後者だった。


 眼下のモントリヒトは既に新たな姿となって悠然と佇んでいた。
 でっかい球体から、今度はどんな複雑かつ異形に変化するのかと思いきや、意外にもモントリヒトが形成したのは人と同じ形だった。ただし、その身長は3 メートル前後はありそうだし、その肌……装甲?は例によって銀色に鈍く輝いている。おまけに両肩には、それぞれ赤と蒼の宝玉を埋め込まれたシールドのよう なものまで付いていた。そしてその頭部には鼻や口がなく、モントリヒトの本体と思われる巨大な目玉が一つあるだけ。ファンタジーやゲームに良く出てくる一 つ目巨人、サイクロプスの類がメタル化した感じだ。棍棒などの武器は持っておらず、徒手空拳だが、とっても強くて硬そうである。

「やっぱり、さっきより強くなってる……のかな?」

 隣のなのはがレイジングハートを構えながら呟く。たしかに触手とビームを撒き散らす球体と、金属の一つ目巨人。外見だけでどちらが強いのかを判別するのは難しいところだ。

「プレシアを取られたから弱体化、だと嬉しいかなぁ。18号吐き出したセルみたいに」
「相手は長い間、魔導師の魔力を蓄積してきた化け物だ。そんな安易な希望は抱かないほうがいいよ」
「だよ……なぁっ!?」

 クロノの言葉に同意しようとした言葉が、驚愕に変わる。眼前には10メートル以上の距離を一瞬にして跳躍し、拳を振り抜こうとするモントリヒト。

『Protection』
「このっ!」

 レイジングハートとユーノが同時にバリアを発動する。

「うそっ!?」

 だが、その二つのバリアはモントリヒトの拳が衝突すると何の抵抗も無く消失した。どころか、足場にしていたフローターフィールドさえ唐突に消え去る。
 それに驚く間も声を出す暇も無い。ほとんど反射的に右手でなのはを突き飛ばし、左腕を掲げる。

「がっ!?」

 腕のガードもくそもない。モントリヒトの拳はガードごと俺の体を打ち据え、その衝撃に肺の空気が一気に押し出される。足場も無く、宙に浮いたままの状態の俺は踏みとどまるどころか何の抵抗も無く吹き飛ばされた。
 次の衝撃は背中。壁にでもぶつかったのか。誰かが俺の名前を呼んだ気がするが、こっちは飛びそうな意識を繋ぎ止めるだけで精一杯だ。呼吸できているのか さえわからない。ぼやけた視界に桜色の閃光が迸る。だが、それはモントリヒトにヒットする前に消失した。バリアやシールドに遮られた、という感じではな い。
 ユーノとレイジングハートのバリアが何の抵抗も無く破られ、なのはの砲撃をもかき消す。脳裏に浮んだのは魔力結合をキャンセルするフィールド。

「離れろっ、なのはぁっ!」

 壁にめり込んだまま、力の限り叫んだつもりだったが、体に受けたダメージのせいか声量が思いのほか小さい。だが、それでもなのはには伝わったようで、モントリヒトが迫るより早く後退する。
 モントリヒトは無理になのはを追おうとはせず、くるりと俺のほうへ向き直る。くっ、第二形態でも俺を優先するのは相変わらずかよっ!モントリヒトに蒼と金の光が撃ち込まれるが、やはりなのはの砲撃と同じようにモントリヒトに当たる前にかき消される。

「くっ、そおっ!」

 胸と背中に走る痛みを無視して、足を振り上げ、足裏で壁を蹴って無理やり壁から抜け出す。浮遊感。動きが制限される空中にいるのはまずい。
 フローターフィールドを形成し、右腕を叩き込む。反動で床へと無理やり勢いをつけることで間一髪、五指を広げた迫るモントリヒトから逃れることに成功する。
 着地の衝撃で足が痺れそうになるが、これも無視してモントリヒトへと視線を向けると、またしても手を広げたまま落下してくる巨人の姿。

「やば……っ!」

 すぐにその場を跳ぼうとして足に力をいれるが、思うように力が入らずよろけてしまう。捕まる――そう思った瞬間、考えるより早く腕を振りぬく。
 床を叩いた反動でほんの少しだけ、自分のいる位置をずらせた。数センチ先で巨人の指が床へと叩きつけられる。
 ――完全に殺る気だ、こいつ。
 少なくとも、俺が致命傷を負わない程度のダメージを与えることに躊躇はないようだ。
 顔を上げれば、腕を振り下ろした体勢で無防備なモントリヒトの頭。
 思い切り大地を蹴る。左腕が痺れて動かない。右手に魔力を集中。撃ち抜け。

「おおおおぉっ!!」

 渾身の力を込めて、モントリヒトの顎へ振り上げた拳を叩きつける。拳はそのまま綺麗に振り抜かれ、巨人はその上体を大きく仰け反らせる。

「ざまぁ……っ」

 おまけとばかりにモントリヒトの胸を蹴り付けて、大きく距離を取る。

「スティンガースナイプッ!」

 俺が離れると同時にクロノの声が聞こえた。蒼い鞭の向かう先はモントリヒト――ではなく壁。魔力の鞭が壁を突き崩し、崩落を起こさせる。モントリヒトは崩れ落ちた岩の中へと飲み込まれていく。
 流石、クロノ。理解が早い上に、対処も的確だ。

「ゆーとくんっ、平気っ!?」

 すかさずなのは達全員が俺の元へと飛んでくる。

「なんとか……」

 背中と左腕の痛みをやせ我慢しながら頷く。単純な打撃だったせいか、思いのほかダメージは少ない。とはいえ、バリアジャケット無しなら確実に行動不能になっていた。リニスとデバイスに心底感謝せざるをえない。

「今のうちに作戦会議、かな」
「え?」
「これで終われば苦労はないよ。あれはただの時間稼ぎに過ぎない」
「そ、そっか」

 クロノの言うとおりだ。ラスボスがあの程度で終わるはずがない。無駄に頑丈そうだし。

「あれ、アルフは?」

 ふと周りを見渡して気付いた。アルフの姿が何処にも無い。

「アルフには母さんとアリシアのことをお願いしたの」
「あー……」

 確かにプレシアを放っておいて、またあいつに取り込まれたらさっきまでの苦労が水の泡だ。アリシアとて、相手がAMF持ちならプレシアのシールドも意味 は無い。既にその命はないとしても、これからの戦いに巻き込まれたら一溜まりもないだろう。そうなった場合、なのは辺りが気を取られて物凄いピンチに落ち かねない。俺とて幼女のグロは御免こうむりたいとこだ。

「グッジョブ。ナイス判断だ」
「うん。でも問題は……」
「あいつをどうするか、だな。こっちの魔法がかき消されたのって……」
『Seached jummer fild』(ジャマーフィールドを検知しました)

 予想通りとはいえ、バルディッシュの言葉にげんなりせざるを得ない。いやいや、ここでAMFとか難易度高すぎるだろ。

「ジャマー……フィールド?」
「アンチマギリングフィールド。効果範囲内の魔力結合・魔法を無効にするAAAランクの防御魔法だよ」
「……えっと、つまり?」

 まだ必要最低限の知識しかないなのはが、クロノの言葉を理解できず首を傾げる。アースラに初めて行った時も思ったけど、何気に国語能力は年齢相応なんだよな、こいつ。

「フィールド内だと攻撃魔法はもちろん、飛行魔法なんかもキャンセルされちゃうんだ」
「えぇっ!?そ、それってどうすればいいのっ!?」

 クロノとユーノの説明で、状況を理解したなのははあたふたと慌て始める。まぁ、この時期ならその反応だよね。
 魔法を使い始めて一ヶ月も経ってないなのはにAMFの対処法なんてあるはずもない。
 つまり相手にAMFがある限り、今のなのはは完全に戦力外だ。あの強敵相手にそれは非常に勘弁して欲しいのだが。

「幸い、あいつのAMFは強力だが、範囲はそんなに広くない。近づかれたらとにかく距離を取るんだ。いいね」
「う、うん。わかった」

 魔法の使えないなのはなんて、本当にただの小学三年生の女の子でしかない。あいつの拳なんて喰らったら一発で終わりだ。
 そういう意味ではさっきのは本当に危なかった。狙いが俺で良かった……というべきか。ん?

「俺の強化は影響なかった気がするんだけど?」

 今頃になって気付いたが、俺の身体強化はAMFの効果を受けていない。そうでなければいくらバリアジャケットがあったとはいえ、意識を保っていたとは思えない。さっき、あいつを殴ったときも強化が無効にされてたらあの高さまで跳ぶことすらできなかったはずだ。

「当然だ。君のそれは魔力結合もしてないし、魔法ですらない。ただ魔力を圧縮・収束しているだけだ。AMFの効果を受ける要素がない」
「おぉ」

 そんな副次効果があるとは初めて知った。これはちょっと嬉しい誤算である。

「あ、じゃあっ、私もゆーとくんと同じことをやれば!」
「やめとけ。おまえ運動能力ゼロじゃん」
「どのみち、あれじゃあ大したダメージも与えられないよ」
「あうぅ……」

 俺とユーノ、ダブルの突っ込みにしょんぼりするなのは。実際、俺が殴った時も罅一つ入っていない。なのはが同じ事をしても役には立つまい。俺もだけど。

「で、クロノとフェイトはAMF対策あるん?」
「あぁ。かなり強力なAMFだが、手はある」
「私も。リニスに対処方法は一通り教わってるから」
「流石。二人とも頼りになる」

 予想通りとはいえ、ここまで断言してくれるのはなかなか心強い。

「僕とフェイトで仕掛ける。なのはとユーノは距離を取って勇斗の護衛を頼む」
「わかった」
「うん、まかせて!」
「了解」

 俺一人だけ護衛対象ですか、そうですか。色々反論したい思いはあるが、相手の能力が全て解っていない以上、獲物の俺が突っ込むのは愚策でしかない。ここは大人しく従うしかないか。
 フェレットがなのはの肩から俺の肩へと移ると同時に、瓦礫から手を伸ばすようにしてモントリヒトがその姿を現す。
 あれだけの岩が直撃しても、ダメージらしきものを負っているようには見受けられない。やれやれ――っだ!?

「とおっ!?」

 猛然とした勢いでモントリヒトが走り出し、俺は手を引っ張られ、空中へと舞い上がる。右手一本で空に吊り上げられるのは、結構おっかない。
 内心びびりつつも、目に入った光景に思わず声を張り上げる。

「もっと速くっ!高くっ!あいつが跳んで来るっ!」
「わかってるっ!」

 俺が言うまでも無くなのははグンと飛翔するスピードを上げる。モントリヒトは既に足を曲げて、跳躍の体勢に入っている。さっきのことを鑑みれば、この程度の距離なら一瞬で詰められてしまう。
 モントリヒトがまさに跳躍しようとした瞬間――――

「サンダァァァァァッ!レイジ――――――ッ!」

 無数の雷が閃いた。
 いくらAMFが魔法を打ち消すといっても、魔法によって発生した雷や炎、物理的な攻撃には何の影響も及ぼさない。ましてや相手は金属。雷撃は弱点とも言えるはずだ。
だが、雷が巨人へと到達する直前、紫色の壁に弾かれる。寸暇を置かず、クロノのブレイズキャノンが撃ち放たれるが、紫の壁が消失すると同時にモントリヒトの眼前で蒼光が消失してしまう。
 AMFだけでなくそれ以外の防御もバッチリですか、そうですか。卑怯くせぇ。
 モントリヒトの巨大な瞳はフェイト達の攻撃など、まるで意に介さず俺だけに視線を固定している。高校生くらいの美少女ならともかく、こんな化け物に好かれても何も嬉しくない。
 巨体が跳ぶ――――その背に銀の羽根を生やして。
 速い。グングンと距離が詰まってくる。このままでは追いつかれるのも時間の問題か。そうなるとなのははモロにAMFの効果範囲に囚われることになる。

「なのは!手ぇ放せっ!早くっ!」
「ダメッ!絶対放さないもんっ!」

 こちらを振り向くことなく叫び、ぎゅっとその小さな手に力を込めてくる。

「アホかっ!このままじゃ、お前まで巻き込まれるだろがっ!俺なら大丈夫だから手を離せっ!」
「ヤダッ!ゆーとくんを見捨てるようなことなんて絶対にしないもんっ!レイジングハートッ!」
『Devine shooter』

 大きく孤を描くように飛翔しながら、なのはの周囲に4つの光球が生じる。

「シュートッ!」

 4つの光球が一直線に追いすがるモントリヒトに向かうが、それらは当然のごとくAMFによって消失し、足止めにすらならない。
 俺達とモントリヒトの間にクロノとフェイトが割り込み、攻撃をしかけるが、モントリヒトのAMFと防御魔法による二重の防御の前にはあまり効果がない。
 くっ、こっちが一方的に引っ張られている体勢では無理に腕を振り解くことも出来やしない。こんなときに頑固さを発動させるなよ!

「ユーノッ!」
「うんっ!」

 俺の肩からユーノが飛ぶ。空中に留まったユーノはバインドで周囲の岩を絡めとリ、それをバリケードの如く展開する。
が、それすらも銀の巨人の足を止めるに至らない。既に得た加速とその巨体はそれ自体が巨大な弾丸、いや砲弾のようなものだ。おまけに障壁でさらに硬度を増している。
銀の砲弾は苦も無く岩のバリケードを粉砕し、こちらに手を伸ばす。
 それから逃れようと軌道を変えるなのはだが、速度はともかく小回りが効いていない。あの巨体でなのはより小回りが効いて、スピードも速いとか反則にも程がある!だが、モントリヒトの反則具合は俺の想像の上を行っていた。
 肘の部分から腕が切り離され、更なる速度で飛んでくる。――俗に言うロケットパンチだ。

「うそぉ―――っ!?」
「反則にも程があるだろ―――――ッ!?」

 なのはと俺の悲鳴が重なる。飛翔する腕が本体とは別の軌道を描いて飛翔し、回り込むようにしてこちらの行く手を塞ぐ。すぐ後方には本体。まさに絶対絶命。

「このぉっ!!」
 
 金と蒼の閃光がそれぞれ腕とモントリヒト本体へと撃ち放たれる。行く手を塞いだ腕はAMFも防御魔法も発動できないのか、雷撃をモロに受け、弾き飛ばされる。

「やたっ!」

 その光景に思わず歓声を上げる俺だが、それは俺達を遮る影が生じたことで、すぐにぬか喜びだったことを思い知る。

「!?」

 なのはの足元で発生した桜色の羽根――フライヤーフィンが消失した。それはモントリヒトのAMF範囲内に囚われたことを意味する。
顔を上げた俺が見たのは眼前に振り下ろされる巨大な手。巨人の腕は二本。フェイトに弾き飛ばされたのとは別の、もう一本の腕。

「くっそぉっ!!」

 俺に出来たのは、ようやく痺れの取れた左腕を振り上げ、右腕を無理やり引き下げることだけだった。




 バカでかいハンマーを思い切り叩きつけられたような衝撃。上も下もわからないまま引き飛ばされる中、ただひたすらになのはの小さな体を抱きかかえる様に引き込む。
視界どころか意識を留めることすら危うい中、ただただなのはの体を抱きしめる。どれほどの時間そうしていたのか。一瞬、もしくは数秒か。
 その終わりを告げたのは柔らかな感触だった。

「しっかりしてっ!」

 全身を苛む痛みの中、呼びかけられる声に応じようとなんとか意識を覚醒させる。

「フェイ……ト、か?」

 ぼやける視界の中、心配そうにこちらを覗き込むフェイトの顔が映る。

「じっとしてて。頭から出血してる」

 出血?マジか。反射的に手を頭に当てる。ぬちゃり。

「うわ」

 手の平にぬめりとした嫌な感覚。手の平が見事にべっとりと鮮血に染まっていた。
 かすり傷程度ならともかく、ここまでの出血量には慣れていないので、軽い眩暈を覚える。
 ちっ。しっかりしろ。このぐらいかすり傷の範疇だ。頭を軽く振って、状況の把握に努める。
 今の俺はなのはを抱きかかえたまま、魔法陣の上にいた。この魔力光の色はフェイトのか。どうやら吹き飛ばされた俺はフェイトのフローターフィールドに救われたらしい。でなれば完全に床に叩きつけられ、もっと酷いダメージを受けていたところだ。
 上を見上げればクロノが一人でモントリヒトを足止めしていた。AMFの間合いを見切っているのか、付かず離れずといった距離を保ち、的確に攻撃を浴びせている。もっともまともに攻撃が通っているようにも見えないが。

「なのはっ!勇斗っ!大丈夫ッ!?」
「あぁ、なんとか平……気?」

 こちらに飛んでくるユーノにそう返したとき、なのはを抱えている手にヌラリとした感触を覚える。そういえば、さっきからなのはは一言も喋っていない。

「なのは?」

 慌てて抱きかかえていた手を緩めて、顔を覗き込む――次の瞬間、頭の中が真っ白になった。
 なのはの目は閉ざされたまま。それはまだいい。だが、その額から流れ出る赤いものはなんだ?
 いや、頭ではわかっている。わかってはいるのだが、理性がそれを理解するのを拒むように思考を停止させていた。
 なんで?何故こうなった?俺のせい……なのか?俺がここに来て、あいつを引っ張り出したからなのはがこんな目にあったのか?
 手にかかる重みはあまりに小さくて軽い。自分より遥かに年下の小さな女の子。たとえ俺自身より力があったとしても、そんなのは何の関係も無い。
その女の子がこうして自分のせいで傷ついた。俺の軽はずみな行動のせいで。俺の。俺のせいで。

「なのは、しっかりして!」

 思考のループに陥りかけた所をユーノの叫び声で現実に引き戻される。
 ――そうだ。今は呆けている場合じゃない。反省も後悔もそんなものは全てが終わってからいくらでもできる。
 今、俺がやるべきことは――

「……ユーノ。なのはを頼む」

 そっと、胸に抱いたなのはをユーノへと引き渡す。回復魔法も怪我への対処知識もない俺がなのはに対してできることはない。

「うん、勇斗は……っ」

 なのはを抱えたユーノが俺の顔を見て、言葉を詰まらせる。多分、今の俺の顔には何の感情も浮かんでいない。
 自分でも驚くほど頭の中が冴え渡っていく。怒りと哀しみ。それらの感情が収束していく。ただ、一つのことを成す為に。その思考を研ぎ済ませていく。

「あいつは潰す……絶対に」
「あっ、待って!」

 フェイトの声を置き去りして駆け出す。この場に留まっていれば、またなのはが巻き込まれる。
 上を見れば、クロノが弾き飛ばされ、一直線にこちらに向かってくるモントリヒトの巨体。
 そうだ。来い。お前を呼び出したのが俺なら、俺の手で決着を着けてやる。

「バカッ!逃げろっ!」

 足を止めた俺にクロノが叫ぶ。その声を無視して、モントリヒトにのみ意識を集中する。奴の動き、その一つ一つに対応すべく、全身に魔力を漲らせていく。
 モントリヒトが降下しながら拳を振り上げる。それが振り下ろされると同時に跳ぶ。大地に叩きつけられた腕へと飛び乗り、その腕を駆け上がっていく。

「おおおおおっ!……らぁっ!」

 力の限り、握り締めた拳を、目玉のある頭部へ横殴りに叩きつける。モントリヒトの巨体がぐらりと揺らぐ。
 まだだ。まだ、全然足りない。着地と同時に右足を突き出し、横っ面に叩き込む。
 クロノは言った。俺の魔力は俺のテンション、つまり気持ちによって出力が左右されると。ならば、俺の気持ちが昂ぶれば昂ぶるほど、その強さは増していくはず。
 もっとだ。もっと、もっと。もっと、熱く……!強く……!

「右に跳んでっ!」

 フェイトの声にすぐさま左足で跳ぶ。さっきまで俺がいた位置に、蚊でも叩き潰すかのようにモントリヒトの右手が叩きつけられる。

「サンダァァァ!スマッシャァァァァッ!」
「ふっ」

 モントリヒトの正面から撃ち込まれる雷撃。俺は着地すると同時に地を蹴り、モントリヒトの背後から拳を叩きつける。
 雷撃と拳を遮るは紫の障壁。障壁から発せられる反発力で、体ごと拳が吹き飛ばされる。

「……っ、まだまだぁっ!」

 床に体を叩きつけられながらも、転がりながら体を起こす。
 まだだ。これしきで倒れてなどいられない。もっと、もっと熱くなれ。もっと強く、強く……!そして奴を倒す手段を考えろ。どんな手を使ってでも倒す手段を見つけ出せ。
 モントリヒトの体が旋回。風を切りながらその腕が猛烈な勢いで振り回される。

「くっ」

 地面にこれでもかというくらい体を擦り付ける勢いで伏せて、その腕をやり過ごす。風圧だけで体が飛ばされそうになるのを、しっかりと両手で床を掴むことで防ぐ。

「このおぉぉっ!」

 上空から降下してきたクロノが、勢いそのままにデバイスを振りぬく。どごん、という打撃音と共にモントリヒトの巨体が数メートル吹き飛ばされる。
 執務官すげー、と思いつつも、体を起こして突撃する。

「奴のシールドの宝玉を狙え!あれがAMFとシールドの発生装置だ!」

 その言葉を実証するかのようにクロノの魔力弾が撃ち込まれる。当然のようにそれに対してAMFが発動し、魔力弾はかき消されたが、確かに奴の蒼い宝玉が光を発しているのを見た。
 それを確認した俺とフェイトが左右から挟み込むように移動し、同時に突撃する。
 伸ばされた手に躊躇することなく、疾走する速度を上げる。身を捩ってかわそうとするが、指が左肩を掠めた。その衝撃で体を一回転させながらも足は止めない。焼けるような鈍い痛みが左肩を襲う。無視。腕に飛び乗る。
 目指すは先ほど光った蒼い宝玉と対を成す赤き宝玉。

「撃ち抜ぶっ!?」

 拳を振りあげた瞬間、目の前に迫る紫の壁。その先に透けて見える赤い宝玉が光を放っていた。紫の壁に体ごと衝突し、弾き飛ばされる。
 虚空を見上げながら、今日だけで何度目になるかわからない、体が宙に浮く感覚。不意に胴に腕が回されて、引っ張られる。

「君は退いてろ……と言っても聞かない、か」

 俺を肩に抱えたまま飛ぶクロノが、人の目を見て小さくため息をつく。
 
「ってか、人を荷物のように担ぐのやめれ。この体勢は頭に血が上るだろうが」
「奴への攻撃は僕とフェイトでやる。君は囮として回避に専念するんだ。いいね」
「……了解」

 さらりと文句を受け流されつつも、クロノの指示に頷く。
 くどいようだが、俺の攻撃ではダメージを与えられない。それは今までの攻撃が証明している。例え、一回や二回、同じ箇所を攻撃したところでダメージを与 えることはできない。だが、奴が俺を捕まえようとする瞬間だけは紫の障壁は解除されるし、俺に注意が向けられる分、クロノ達への攻撃も頻度が減る。必然的 にクロノたちが攻撃するチャンスは増えるし、体勢を崩すくらいなら俺にだってできる。やれることがひとつでもあるならいくらでも動いてやる。

「くれぐれもへまをするな」
「そっちこそなぁっ!」

 俺の声を合図に空中に放り出される。俺は体をひねりつつ、空中でフローターフィールドを展開、それを足場にして再度跳躍し、こちらに向かっていたモントリヒトの背後に回りこむ。
 地面を滑りながら着地しつつ、次の動作へ出るために力を溜める。右か左か、上か正面か。次にモントリヒトが起こす動きに対応するために意識を尖らしていく。
 ここから先は一つのミスも許されない。奴の一挙手一投足に意識を集中し、突き崩す。
 巨人は俺が後ろに回ったことで足を止め、左足を軸として振り向こうとする。

「そこおっ!」

 背後にフィールド展開。後ろに滑る勢いをも利用して体ごとフィールドの中へと突っ込む。プロレスのリングロープと同じ要領だ。
 反動を利用して飛び出した俺は地面すれすれを飛び、足先を突き出す。
 突き出された足先は狙い通り、巨人の軸足へと突き刺さり、その巨体を横転させる。だが、巨人はそれでも俺を捕らえるべく手を伸ばしてくる。起き上がったばかりの俺は逃げられない。

「ぐうっ……!」

 振り下ろされた手を両手で受け止める。あまりの重量に支える両腕が悲鳴を上げ、足元が陥没する。このまま握り潰されるか、押し潰されるか。
 大ピンチにも程があるが、同時に今がチャンスでもある。このタイミングならば障壁は形成されまい。もちろん、この隙を逃す二人ではない。

『Blaze Canon』
「アークッ!セイバァァァッ!」

 蒼の奔流と金の刃が蒼い宝玉目掛けて飛ぶ。そしてAMFの影響下にありながらも二つの光が宝玉へと激突し、巨体が吹き飛び、俺も解放される。

「……ちっ」

 モントリヒトから距離を取りながら、その姿を確認した俺は思わず舌打ちする。
 二人の攻撃は確かに宝玉へと直撃した。だが、AMFの効果で威力を減じたのか、宝玉を破壊するには至っていない。二人が与えたダメージは小さな皹に留まっていた。

『予想より防御が硬い……』
「だけど効いてる。あいつを潰すまで何度でも繰り返すまでだ……!」

 フェイトの念話に拳を握り直しながら答える。硬さの代償か、球体時の出鱈目な再生能力は消失しているようだ。あの防御力で再生能力そのままだったら、確実に詰む。

『どのみちあいつを倒さなきゃ脱出もできないんだ。このまま行く!』
『うん!』
「おう!」


 この巨人との戦闘を始めて、どのくらいの時間が経ったのだろうか。宝玉に一撃を入れたせいか、奴の防御に隙がなくなった。
 俺を捕らえることよりも、自らの防御に専念するように行動パターンが変化していった。おかげであれ以降、こちらはまともにダメージを与えることができず、時間と共に体力と魔力を消耗していくだけだった。魔力は俺が供給できるからいいものの、体力のほうはそうもいかない。
 実際、俺の体は何度も奴の攻撃を掠め、その度に吹き飛ばされている。バリアジャケットがなければとっくに戦線離脱しているところだ。
 確実に蓄積していく疲労の中、完全に防戦へと回っていた。奴を突き崩す一瞬のチャンスを待ちながら。

「ちいぃぃっ!」

 転げまわりながら連続して繰り出される巨人の足をかわす。

「手をっ!」

 フェイトの声に転げまわりながら天に向かって手を伸ばす。飛来するフェイトが俺の手を掴み、モントリヒトの射程距離から離脱する。

「後ろだっ!」

 距離を取って安堵するまもなくクロノの警告。飛翔するこちらの後を追うようにモントリヒトの腕が切り離され、文字通り飛んでくる。
 待ち望んでいたチャンスに自然と口の端が釣りあがる。

「そいつを待ってたっ!フェイトッ!」
「はいっ!」

 フェイトがぐるりと回転し、飛来する腕と向き合った瞬間に俺の手を離す。当然、俺はモントリヒトの腕に向かって飛ばされるが、この軌道ならばギリギリ腕の上を通り抜けられる。

「ここだぁっ!」

 腕とすれ違う瞬間、拳を思い切り眼下に叩きつける。上からのベクトルを受けた腕はそのまま進路を変更し、床を砕きながら停止する。すかさず、肘の部分にあるバーニアをフェイトが切り裂き、その機能を停止させる。装甲以外の箇所はそれほど硬くないようだ。
 俺は拳を振るった直後にフローターフィールドを形成し、反転。両手で抱えるようにしてその腕を持ち上げる。

「クロノ!奴の宝玉をこっちに向けてくれ!」

 ジャイアントスイングの要領で腕を振り回しながら叫ぶ。

『了解ッ!』

 俺の意図を察したクロノが、砲撃で奴の足場を崩す。バランスを崩し、膝をつくモントリヒトが肩のシールド――AMFを発生させる蒼い宝玉をこちらに晒す。

「ロケット!パァァァァァンチッ!!」

 そして腕を掴んでいた両手を離す。
 確かにモントリヒトの装甲は硬い。だけどこうして奴の装甲自身をぶち当ててやれば……!
 唸りを上げて飛ぶモントリヒトの腕。紫の障壁が発生するが、自らの身体は対象外なのか、宝玉に向かって突き進む腕は何事も無かったかのように障壁をすり抜け、シールドに直撃し、腕もろとも砕け散る。

「よっしゃあっ!」
「やった!」
「まだだ!一気に決めるよ!」

 歓声を上げる俺とフェイトを窘めるように声を上げたクロノがS2Uを高々と掲げ、クロノの前方に幾つもの環状魔法陣が浮かび上がる。

「バルディッシュ!」
『Thunder Smasher』

 バルディッシュを構えたフェイトも同じように砲撃の体勢に入る。そして放たれる二つの砲撃とそれを遮る紫の障壁。

「いけるか……?」

 AMFが消えた今なら奴の障壁も貫けるはず――。
 だが、そんな俺の思惑を裏切るかのように巨人が張った障壁は全く揺るぎを見せることなく、二つの砲撃を遮り続ける。

「くっ……硬い!」
「AMF無しでもこの硬さか……!」

 二人の声にも焦りが出ているが、続いて起きた現象が更なる衝撃を俺達にもたらす。
 砕かれたシールドと腕の破片の一つが浮かび上がり、本体へとくっついて光を放ち出す。

「まさか……再生しようとしているのかっ!?」
「くそっ!」

 クロノが驚愕に満ちた声を上げるのと同時に、俺は左手で床を叩いて跳躍する。
 再生のスピードは球体時とは比較にならないくらい遅い。再生中は動けないのか、障壁以外は何の動きも見せてはいないが、このままではまずい。同じ手が二 度通用するとは限らない。AMFが復活してしまえば、こちらの勝ち目は限りなく少なくなってしまう。奴が完全に再生する前にあの障壁を破り、本体を破壊し なければならない。

「こ、のおぉぉぉっ!」

 フローターフィールドによる反動を利用して、二つの光を遮る障壁に魔力を集中した足先を繰り出す。
 ――通じない。逆に弾かれた。
 踏ん張りの効かない飛び蹴りでは駄目だ。瞬間的破壊力はともかく、負荷をかけ続けることが出来ない。
 今の自分に出来る一番効果的な方法は何か?思考を巡らせようとしたその時――――上空から桜色の閃光が溢れた。
 その光の発信源に目を向けたとき、安堵すると共に、自然と口元に笑みが浮かんでしまう。
 ――流石、主人公。最後の最後で美味しいところを全て持っていく。

「ごめん、皆!後はまかせて!」

 光の羽根を広げたレイジングハートを勇ましく掲げる白き魔導師。その眼前には星々の煌きが収束するように強大な光球が輝きを発していた。
 AMFを封じた今なら、なのはの火力も最大限に発揮することができる。

「スターライトォッ!」
「駄目だ!まだ撃つな!」

 クロノの叫びに暴発寸前の輝きに杖を振り下ろそうとしていたなのはの動きがピタリと止まる。

「今、撃っても本体を完全に破壊することはできない!僕達があの障壁を破るまで待つんだ!」

 確かにクロノが言うとおりだった。障壁とAMFが無くてもなお、あの装甲は驚異的な防御力を誇る。あれを完膚なきまでに一撃で破壊できるのは、なのはの スターライトブレイカーだけだろう。障壁越しのスターライトブレイカーでは、多分、本体を完全に破壊することは出来ない。
 そして今のなのはに二発目はない。ユーノの治療によって、動けるくらいには回復したみたいだが、この短時間で完全に回復しているはずが無い。よく見れば なのはの身体は小さく震え、息も切らしていた。魔力は俺が補充できても、体力が限界だろう。それはこの場にいる全員に言えることだ。なのは以外の全員で障 壁を破り、スターライトブレイカーで決める。これが俺達の取り得る最良かつ最後の手段だ。

「で、でもっ!」
「僕達を信じて、なのはっ!」

 モントリヒトの障壁に緑色の鎖が絡みつき、負荷を増大させる。

「私達が必ず破るからっ!」

 金の奔流がその輝きを増す。
 あぁ、そうだ。そうだとも。こんな奴にこの面子が負けるはずもない。
 胸の奥から湧き上がる熱い衝動。もっと、もっとだ。もっと熱く、もっと激しく。もっと燃え上がれ。
 湧き上がる衝動のまま、右手を掲げる。俺の気持ちが昂ぶれば、魔力値は上がる。もっともっと昂ぶらせるには……!

「俺のこの手が真っ赤に燃えるぅっ!」

 掲げた右手に魔力を集中。濃紺の輝きが右手全体を包み込んでいく。

「勝利を掴めと!轟き叫ぶぅっ!」

 咆哮と共に、右手を包むこむ光がその輝きを増していく。もっとだ……もっともっと、燃え上がれ……!

「ぶわぁくねつっ!」

 拳を強く握り締め、地を蹴る。

「ゴォォォドッ!フィンガァァァァッ!!」

 五指を広げ、全魔力を集中した掌を障壁と叩きつける。掌に込められた魔力と障壁が干渉し、激しい光を放つ。

「ぐううぅぅっ!!」

 障壁から発する反発力に、足、腰、身体全体で抗い、障壁を破るべく腕を押し込んでいく。

「うおおおおぉぉっ!!」

 だが、雄たけびと共に押し込む腕は障壁を貫くことなく、その途中でピタリと止まってしまう。どれだけ力を込めようともそれ以上先へ進められない。フェイトたちに目を向ける余裕も無い。右手一本。いや、指先一本でいい……!頼む、貫いてくれぇ……っ!
 だが、どれだけ願っても、力を、想いを込めても、右手は一ミリたりともその先へ進むことは無い。腕の感触はあとほんの少しの力で障壁が破れることを伝えているのに……っ。あと少し……っ、ほんの少しなのに……っ!
 足掻く俺達をあざ笑うかのように、破壊されたモントリヒトの腕が修復されていく。
 ――もう駄目なのか?

「く……そぉぉぉぉっ!」

 口から迸る絶叫も空しく、諦めかけた――――その時、不思議なことが起こった。

「!?」

 俺の体を取り巻くようにオレンジ色の輝き、否、オレンジ色の環状魔法陣が浮かび上がる。
 ――これはなんだ?魔法?誰の?何の?この色はこの場にいる誰のものとも違う。何だ、何が起きている?
 突然の事態に困惑する俺の思いとは無関係に魔法陣は輝きを増し――粉々に砕け散った。
 一体、何が起きたのか?俺が疑問に思うよりも早く変化は訪れた。
 リンカーコアを通じて湧き上がる魔力量が、突然一気に増大したのだ。

「魔力が上がった……?」

 訳がわからない。自分の身に一体何が起きたのか?全く理解できない。理解できないが、この力ならば―――いける。

「う、おおおおおぉぉっ!!」

 力の限り叫びながら、増大した魔力を全て右手に注ぎ込む。指先がほんの少しずつだが、動き出す。一ミリ、二ミリ、三ミリ……っ!

「いっけえぇぇぇぇっ!!」

 そして遂に人差し指が障壁を貫く。その確かな手ごたえに口の端が釣りあがり、人差し指へ全ての魔力を集中させる。指先一つ。俺が制御できる量を超えて。

「ヒィィィトッ!エンドォッ!」

 魔法を発動させる。限界を超えて集められた魔力は暴発し、破壊のエネルギーへと変わっていく。荒れ狂う破壊の力はモントリヒトの強固な障壁へ皹を入れ、それが蜘蛛の巣状に広がっていく。
 例え、どんな強固な壁だろうと、小さな穴一つ空いてしまえば。川の流れを堰き止める堤防が小さな穴一つで決壊するように。皹が障壁全体に広がった時――――金と蒼の閃光が紫の壁を撃ち砕いた。
 障壁が破れ、その中で暴発していた魔力が俺の右腕を丸ごと飲み込みつつ、体をも吹き飛ばす。その衝撃と右腕が引き裂かれるような痛みに意識が飛びそうに なるが、歯を食いしばって意識を繋ぎ止める。まだ意識を失うわけにはいかない。モントリヒトの消滅を見届けるまでは……っ。

「スタァァァライトォッ!ブレイカァァァァァッ!!」

 瓦礫に叩きつけられ、朦朧とする視界の中で、まさに星を砕かんとする勢いで桜色の閃光が迸る。先ほどの撃ったものよりも更に太く、強い輝きを放つ光に飲み込まれる巨人の姿。
 眩い輝きの中で、その輪郭は揺らぎ、崩れ落ちていく。
 決まった。これ以上ないくらい完璧に。後は、最後の詰めを残すのみ。

「フルドライブ、いけるか?」

 桜色の奔流が迸る中、痛む体に鞭打って身を起こす。バリアジャケットが消し飛んだ右手は動かないどころか、まったく感覚がなかった。これはヤバイかな、と思いつつ、腰のデバイスへと声をかける。

『three second』
「十分だっ!」

 辛うじて動く左手をベルトの宝玉へとかざす。

『Blade Form』

 デバイスの無機質な声と共にベルトから光の柄が生じ、それをしっかりと握り締める。
 まだだ。まだ、早い。俺がフルドライブを扱えるのはわずか三秒。使い時を誤るわけにはいかない。
 スターライトブレイカーの光が勢いを弱め、やがて消え去っていく。そこに巨人の姿はない。巨大なクレーターの中心にあるのは巨人の成れの果て。
 だが、俺も、クロノも、フェイトも、ユーノも。誰一人として気を緩めるものはいない。当たり前だ。あの目玉はあの状態からあの姿で復活したのだから。奴の本体を消し去るまでこの戦いは終わらない。
 そして瓦礫の中から光が浮かび上がる。モントリヒトの核となる目玉が。

「今だ!」

 俺は握り締めた柄を引き抜き、蒼と緑の鎖が幾重にも目玉へ絡みつき、フェイトが飛ぶ。
 黒い金属質でできた柄と鍔先。柄と鋭く尖った鍔先の中央には紅い宝玉。そこから形成されるのは濃紺に輝く魔力の刃。ただし、その刃の長さは俺の身長をも 超える。一言で言えばバルディッシュのザンバーフォームだ。本来なら通常の剣サイズまで刃を収束させたいところだが、俺の能力ではデバイスの力を借りても これが精一杯。おまけにこの形状を保っていられるのはほんの数秒。魔力刃の形成にリソースを割いているため、俺の身体能力も大きく下がるが、攻撃力だけは 格段に上昇している。

「そこぉっ!」

 振り抜いた大剣を投擲。すぐさま床を蹴って疾走。光の刃が巨大な目玉を刺し貫く。

 ――残り二秒。

 フェイトが閃光の刃を振り下ろすのと同時に大剣の柄を握る。

 ――残り一秒。

「はあああぁぁっ!!」
「ずあああぁぁっ!!」

 金の刃が天から地へ一直線に奔り、濃紺の刃が真一文字に奔る。

 ――ゼロ。濃紺の魔力刃が霧散する。

 十文字に切り裂かれた目玉。古の遺産は音もなく爆発し――――消失した。


 ……終わった。今度こそ。モントリヒトの消滅を見届けたことで、緊張の糸がぷつんと切れた。

「もー、ダメ。限界」

 体力も気力も、限界を超えて使い果たした。カラン、と手からデバイスが零れ落ち、がっくりと膝を付く。
 重くなった目蓋に抗うこともなく、俺は意識を手放した。





■PREVIEW NEXT EPISODE■

ジュエルシードを巡る事件はひとまずの決着を迎えることとなる。
力を使い果たし、傷付いた戦士達は一時の休息を過ごすのであった。

なのは『皆にいっぱい心配させた罰なの』

 

 

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UP DATE 09/8/2

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