リリカルブレイカー
第14話 『変身』
「……とくん!……くん!」
誰かの声が聞こえる。声が遠い。言葉も途切れ途切れで何を言っているのかわからない。
「しっ……て!……くん!」
「……ん」
白濁する意識の中でゆっくりと瞼を上げる。視界には薄ぼんやりとした誰かの泣き顔。
徐々にぶれていた輪郭が収まり、視界がはっきりしていく。
「ゆーとくんっ!しっかりして!」
涙目で叫ぶなのはの声に、ようやく意識を覚醒させる。
「……よ、元気、そうだな」
「ゆーとくん!……ぐすっ、よかったぁ」
ぐすっと涙ぐむなのはの頭を軽く叩こうとして、腕に走った痛みに思わずうめき声を上げてしまう。
「じっとしてて。大した怪我じゃないけど、あまり動かないほうがいい」
どうやら今の俺は仰向けに寝かされ、ユーノによって治療されてる真っ最中らしい。
全身に走る痛みに顔を顰めながら首を動かすと、倒れているプレシアを拘束するクロノと、それを心配そうに見つめるフェイト、寄り添うアルフの姿が見えた。
どうやら俺の目論見どおりに事が進んだらしい。
辺り一帯は俺とプレシアがいたと思しき場所を中心に放射状に亀裂が走っていた。アリシアのカプセルも地に落ちていたが、プレシアが防御魔法を張っていたのか、カプセルそのものは無傷だった。
「どのくらい気絶してた?」
「一分くらい、かな。僕達がここに着いた時、ちょうど君が自爆したところだったよ」
「もうっ、あんな無茶したらダメだよっ。すっごく心配したんだからねっ!」
なのはが涙を拭って、ぷんすかと頬を膨らませる。子供らしいその仕草に思わず笑みが零れてしまう。
「ゆーとくんっ!」
「ごめんなさい」
そんな俺をなのはが睨んでくるので、ここは素直に謝る。
でもあの状況で他に取れる手段って他になかったじゃん?って言ったらバスターでお仕置きされそうだから言わないけど。SLBなんて二度と喰らいたくない。
あそこで躊躇してたらプレシアに気付かれる可能性が高かった。俺としてはクロノ達の足を引っ張らないように考えて選択したベストの行動だったと思うんだ
が、心配かけたのは申し訳ないと思う。自分のせいで原作より状況悪化とか嫌だからと後先考えてなかったのは認める。もっとも、ああいう状況になってしまっ
た時点で問題外なのだけど。足手まといにだけはならないようにと思ってたんだが、失敗したなぁ。
あのプレシアへの文句はもっと安全な場所から言うべきだった。大いに反省。
「クロノも怒ってたよ。アースラに戻ったらリンディさんと二人で説教だってさ」
「うへぇ」
クロノの説教だけでも長そうなのにそこにリンディさんが加わるとどうなるんだ。普段温和なだけに、こういうときはその反動が大きそうでおっかない。
正座で一時間コースとか覚悟しないといけないだろうか。
げんなりとする俺になのははしたり顔でうんうんと頷く。
「一杯無茶してみんなに心配かけたんだから当然だよ」
無茶するにはお互い様だろと言いたい。よく見ればなのはやユーノのバリアジャケットは所々ダメージを負っている。
怪我らしいものはしていないが、なんだかんだで駆動炉まで相当な激戦だったようだ。
「ま、とにかくこれで一件落着、かな」
大本であるプレシアが拘束されたことで、ジュエルシードによる次元震も抑えたことになる。この後に俺等ができることはない。事後処理はクロノ達、管理局の仕事だ。
プレシアが生き残ったことが、どのような変化をもたらすかはわからない。フェイトがちゃんと心の整理をつけられるのか気がかりだが、俺が口出しできる領分でもない。なのはとアルフにケアは任せよう。
……大丈夫、だよな?などと、俺が考えているところにそれは突然起きた。
――喰イタイ
この場にいる全員の頭にその言葉は静かに響いた。全身が総毛立つ感覚。思わず反射的に起き上がる。
『プレシアからオーバーSランクの魔力反応発生!』
「うわっ!?」
エイミィさんの警句とクロノの叫びが聞こえたのは全くの同時だった。
「母さんっ!」
「ダメだよっ、フェイトッ!なんかヤバイ!」
なんだ?意識を失っているプレシアから妙な光が溢れて出ている。それがクロノを弾き飛ばし、何らかのフィールドを張っているように見えた。
フェイトがプレシアに駆け寄ろうとしてアルフが抑えられている。
確かにアルフに言うとおり、アレは何かやばい。誰もが緊張と警戒に満ちた視線でプレシアから溢れ出る光を注視している。
――喰イタイ
再度、先ほどの声が脳裏に響き、次の瞬間、その声の主は姿を現した。
「げ」
プレシアの上に人の頭ほどもあろうかという巨大な目玉が出現する。そこからワイヤーフレームのように紫色の光が輪郭を形成し、プレシア自身もその中へと組み込まれていく。そしてフレームの間を満たすように白い光が満ちていく。
「何……あれ?」
なのはの呟きに答えるものはいない。そんなのこっちが聞きたいくらいだ。
あんなのが出てくるなんて聞いていない。まったく予想だにしていなかった事態に俺は大いに混乱していた。
何?何が起きている?なんでプレシアからあんな目玉が出てくる?ってか、アレ何?喰いたいって何を?
白い光が満ちた後に姿を現したのは巨大な目玉を中心に添えた、球体、だろうか?直径三メートルはありそうな巨大な球体。幾何学模様を刻まれた金属質の輝
き。そこから何本もの触手のようなものが生えてくる。巨大な目玉が周囲を一巡し、それがこちらを向いたときにピタリと動きが止まる。
――見ツケタ
「なぁ?アレ、明らかにこっちを狙ってる気がするんだけど」
「やっぱり?私もそう思うんだけど」
嫌な予感に顔を引きつらせながらも、なのははレイジングハートを構えて警戒態勢に入っている。なのはだけじゃない。
クロノもフェイトもデバイスを構え、臨戦態勢だ。俺もユーノに肩を借りながら目玉と向き合う。
「みんな、気を抜くな。こいつの正体は不明だが、明らかに敵意を持っている。エイミィっ!」
『アースラのデータベースに該当データあり!こいつは……第ニ級封印・破壊指定のロストロギア『モントリヒト』!」
「モントリヒト……?」
そんな名前聞いたことがない。何それ。
モントリヒトという名称らしい目玉は、こちらに視線を定めたまま、触手モドキを無造作に動かしている。目玉以外の部分は機械みたいだが、ナマモノの目玉がギュルギュル回っていて、物凄く不気味だ。
『人間のリンカーコアに寄生して魔力を吸い続ける機械生命体!こいつに取り憑かれた人間は負の感情を増幅されて、やがて……正気を失う……!』
エイミィさんの言葉に顔色を変えるフェイト。データを読み上げるエイミィさんの声に悲痛の色が混ざっていたのは、フェイトを気遣ってのことだろう。
そのデータが正しいのならば、プレシアが狂い、フェイトを憎悪したのはまさにこいつが全ての元凶という可能性が高い。
「こいつが……こいつが母さんを……?」
自らに言い聞かせるように呟くフェイト。アルフが抑えているせいか、辛うじてフェイトは平静を保っているが、いつ爆発してもおかしくない。
自らを虐げ、絶望を突きつけた母親が自然に狂ったのではなく、別の原因があって、それが眼前に現れたとしたら。
「内部に取り込まれたプレシア・テスタロッサはどうなっている?」
フェイトと目玉の両方に気を配りながら問いかけるクロノ。敵の魔力はオーバーSランク。能力は未知数。迂闊に飛び掛れる相手ではない。
今の問いはフェイトに言い聞かせて落ち着かせようという意図もあるのだろう。
『プレシア・テスタロッサのバイタル確認!今のところ生きてるけど、この状態が続くと危ないかも!』
その言葉を聞いたフェイトはすぐに行動を起こす。
『Thunder Smasher』
デバイスを構え、金色の魔法陣が形成される。
「サンダァァァァッ!」
「ダメだっ!フェイトっ!電撃系の魔法は中のプレシアまでダメージがいく!」
「――っ!」
クロノの言葉にフェイトの動きが止まる。相手は金属。プレシアがその中に囚われているのならば、電撃による攻撃はそのまま中のプレシアへと伝わる可能性がある。
『みんな、気をつけて!一度、そいつに取り憑かれたらそれっきり引き剥がせないよっ!』
フェイトの魔力に反応したのか、うねうねくねっていた触手がピタリと動きを止める。相変わらず視線はこちらに定めたままなのが、非常に嫌な予感全開である。
「万一、取り憑かれた場合の対処方法はあるのか?」
『えっと、その時、憑いてる人より大きな魔力を持った人間がいる時、その人に取り憑こうと実体化するみたい』
「っていうことは、今ここにプレシアさんより大きな魔力を持った人がいるから、あれが出てきたってこと?」
「母さんより大きな魔力を持った人……?」
フェイトの言葉にみんなの視線が一斉に俺に集中する。
「え、アレが出てきたの俺のせい?」
嫌な予感的中。クロノが思いっきり渋い顔で首肯する。
それを合図にした訳でないだろうが、静止していた触手が一斉にこちら目掛けて飛来する。その総数は軽く十を超える。
「ディバイン・シューター!シュートっ!」
「フォトンランサー!ファイアッ!」
「スティンガースナイプッ!」
それらを金と桜色、蒼の閃光が全て撃ち落し、俺はユーノに肩を借りたまま後方へと飛ぶ。ユーノの治療のおかげで、多少の痛みはあるが、動きそのものには支障はない。
「エイミィっ!勇斗をアースラに転送してくれ!」
目玉の狙いは間違いなく俺。で、俺の力は問題外。傀儡兵と違って、独立稼動タイプのこいつに大量の魔力を浴びせても効果は無い。
そんな俺がこの場にいても邪魔になるだけ。ここまで来て外野に押しやられるのは癪だが仕方ない。
『了解……えっ!』
うわぁ。エイミィさんが上げた声にまたまた嫌な予感しかしない。
『モントリヒトから時の庭園全体を覆うように結界が……ッ……っ!』
エイミィさんの言葉が途中からノイズ交じりとなって聞こえなくなる。
「ひょっとして……閉じ込められた?」
「みたい、だね」
エイミィさんが残した言葉と状況から推察すると、多分この目玉野郎が通信と転移を妨害する結界を張ったに違いない。
フェイトたちに撃ち落された触手は千切れた傍から再生している。伊達にプレシアの魔力を吸い続けてたわけでなく、戦闘力も半端じゃなく高そうだ。
こんなのに狙われるとか本当勘弁して欲しい。
ギロリとモントリヒトの目がギュルギュルと動き回り、俺達を睥睨する。まるで獲物を見つけた肉食獣が舌舐めずりをしているかのようだ。
この場合のメインディッシュってやっぱり俺なんだろうなぁ。あんなナマモノもどきに寄生されるとかゾッとしない話だ。
「ちっ!ユーノは勇斗のガードを!残りの全員で一気に仕掛ける!!」
「うんっ!」
クロノの言葉にユーノ以外の全員が頷き、モントリヒトを取り囲むように移動し、行動を開始する。
「チェーンバインドッ!」
まずはアルフによるバインド。魔力の鎖がモントリヒトの触手へと絡みつき拘束する。その隙にバルディッシュを携えたフェイトが接近。黒き戦斧に金色の刃が煌く。
「はあぁぁぁっ!?」
戦鎌を振り下ろそうとしたフェイトの顔に驚愕が走る。アルフが拘束したものとは別にさらに触手が生まれ、その手を伸ばす。必然とフェイトは振り下ろそう
とした手を止め、回避行動に移らざるをえない。伸ばされる銀の魔手を舞うようにかわし、戦鎌で払いのけ、モントリヒト本体から引き離されるフェイト。
「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト」
「ディバィィィィン!バスタァァァァァッ!!」
そこを狙い撃つ二人の魔導師。剣状の蒼く輝く刃が無数に降り注ぎ、桜色の閃光が球体を丸ごと飲み込む。
「やったか……?」
「や、そのセリフは失敗フラグだ」
クロノに対して呟いた言葉に反応するかのように、五つの閃光が迸る。
「くっ!」
五つの閃光は俺達を個々に狙い撃ち、こちらに飛んできたのはユーノが受け止める。
「そんな……無傷?」
自らに向けられた閃光を防いだなのはが呆然と呟く。
モントリヒトは爆煙から悠然と姿を表し、その装甲は鈍い輝きを放っている。ショックを受けているのはなのはだけじゃない。クロノもフェイトも少なからず驚きを見せていた。
俺とて例外ではない。なのはの砲撃食らって無傷とかどんなインチキ。
「いや、違う。奴の装甲は純粋魔力ダメージを受け付けないんだ。奴の攻撃を迎撃した時、物理ダメージ設定にしていたスティンガースナイプは確かに奴の本体を傷つけていた」
最初に触手を迎撃したときのことを言ってるのか。だが、その傷は既に再生したのか、こちらからは傷らしきものは窺えない。
「じゃあ、物理ダメージ設定で!」
パンと掌に拳を打ちつけ、獰猛な笑みを浮かべるアルフ。なんだか凄く嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「でも、加減を間違えたら母さんが……」
「うっ、そっか」
アルフ自身はプレシアの安否などどうでもよさそうだが、プレシアに何かあればフェイトが悲しむことになる。それはアルフの望むべき結果ではない。
物理ダメージなら通るが、その威力が大きすぎれば、奴の装甲を抜いた分のダメージはそのままプレシアが受けることになる。
「生半可なダメージはすぐ再生する上に、下手にデカイダメージを与えるとプレシアがヤバイ。ひでぇハンデだな」
「でもやるしかない。必ず、母さんを取り戻す」
力強く宣言したフェイトは、強くバルディッシュを握り締めて構える。今のフェイトには躊躇いも迷いもない。
プレシアが狂った原因が奴ならば、奴を倒しプレシアを救出すれば、アリシアの記憶にある優しい母に戻るのではないかという想いもあるのかもしれない。
「うん、やろう。私達も協力するから、一緒に頑張ろう!」
「あぁ。どのみち奴は放っておけない。あんな危険なものを野放しには出来ないからね」
なのはもクロノも気力十分。っていうかラスボスだったはずのプレシアが一転して囚われのヒロインとか何この超展開。
や、わかりやすいラスボスが出てきたのは良いんだが、俺としては予想外の事態に置いてけぼりを食らった気分である。
そしてラスボスのターゲットであり、近接戦しかできない上に飛べない俺もヒロインポジションですね、わかります。
フェイトとプレシアが和解出来そうな目が出てきたのは良いが、それ以外はまったく喜べない。
「アルフはあの子を守ってあげて」
「あぁ、任せときな」
さっきのように飛べない俺を犬形態で乗せてくれるのか。だが、それよりも先にモントリヒトが動く。
ジャキっと全身の至るところから緑色の宝玉が開き、発光を始める。
「あー、またしても嫌な予感」
「くるぞっ!」
クロノが叫んだ直後、無数の宝玉から閃光が迸る。無差別にばら撒かれる光はその進路にあるものを撃ち砕き破壊する。何、この超破壊兵器。
「くっ……重いっ!」
こちらに飛んできたのは固さに定評あるユーノ先生が全て防ぐ。だが、閃光の弾丸は絶え間なく降り注ぎ、容赦なくユーノのシールドを削り取る。これだけの
攻撃を全方位にばら撒かれては、なのはたちも容易に反撃に移れない。この攻撃がいつまで続くのか?ユーノの影に隠れることしかできない歯痒さに拳を握り締
める。
不意に弾丸が止む。流石にこれだけの攻撃を無制限に撃ち続けることはできないのか。緑の宝玉はまるでチャージへのカウントダウンを示すかのように点滅している。
「勇斗!ユーノ!足元に気をつけろっ!」
「は?」
モントリヒトの触手の何本かが地面に撃ち込まれているのに気付いたときには、時既に遅し。
「おわぁぁあぁっ!?」
「勇斗っ!」
床を突き破ってきた触手にユーノが弾き飛ばされ、俺は足を絡め取られて、そのまま宙高く舞い上げられる!
「またこのオチかあぁぁぁっ!?」
ついさっきも同じようにプレシアに捕まったばかり。宙に舞い上がったままモントリヒトの目玉と視線が合う。
―喰ラウ
先ほどまでと違い、頭に声が響いたわけではない。俺の錯覚かもしれないが、その視線は確かにそう物語っているように感じられた。
「美女ならまだしも目玉に喰われるなんて嫌だあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
心の底から絶叫した。空を飛べない俺には宙でなす術など無い。このまま触手に引きずり込まれて奴に喰われる光景が脳裏を掠める。実際には喰われるのではなく、あれが俺のリンカーコアに寄生して魔力と精神を喰らうのだろうが、どちらにしろ全力で御免被りたい。
「させないっ!」
視界を掠めたのは黒い影。金の閃きが触手を切り裂き、小さな手が俺の体を抱きとめる。
「た、助かったぁ!サンキュっ!フェイト!愛してる!」
「え?あ、えっ、えと」
とにかくあの巨大目玉から逃れられた感激の余り、思わずフェイトに抱きつく。フェイトが戸惑ったり、お姫様抱っこされてる俺格好悪いとか、とっさに自分が何を口走ったのか一切合財色々気にしていられなかった。それだけ本能的な恐怖が大きかったのである。
「ディバインシューターッ!シュートッ!」
「ブレイズキャノンッ!」
ディバインシューターが触手を刈り取り、クロノの砲撃が放たれる。
直撃コース!ってか、あの威力はプレシアやばくね?と心配する俺だが、それは杞憂どころじゃなかった。
ディバインシューターはモントリヒトを覆うように展開した球状のシールドに弾かれ、その上に展開された板状のシールドがブレイズキャノンを受け止める。
ブレイズキャノンはそのまま何の抵抗も無く板に吸い込まれ、消失。だが、板状のシールドは消えることなく、蒼い輝きに包まれる。
「あ、またやな予感」
「まさか……魔力反射シールド!?」
俺の呟きとユーノの叫びが重なる。シールドが一際強く輝いたと思った直後、クロノの魔力光と同じ輝きが拡散するように撃ち放たれる。
「くっ!」
俺とフェイトがいる場所はモロにそれの射程距離内。俺を抱えたまま回避行動を取るフェイトだが、両手が塞がっている上に、拡散具合が半端じゃない。
「あっ!」
「フェイトっ!?」
俺を庇うように身を挺したフェイトの肩を魔力弾が掠める。フェイトの顔が痛みにゆがみ、その衝撃でまたしても俺は放り出される。
くそっ!完全にお荷物過ぎる!
中に放り出された俺に再度、触手が迫る。
「こ……のっ!ナマモノ風情が調子に乗るなぁぁぁぁっ!」
魔力を右の拳に集中。俺の体を掴もうとした触手へ拳を叩きつける。その衝撃に触手は俺への軌道をずらす。
続けざまに他の触手が何本も飛来するが、それは緑色のチェーンによって遮られる。
「アルフッ!フェイトをっ!」
俺は落下速度緩和の魔法を発動させながら叫ぶ。俺が叫ぶまでも無く、アルフが体勢を崩したフェイトを受け止める。
アルフに受け止められたフェイトはすぐに自力で飛翔し、バルディッシュを構えなおす。
拡散して反射した為か、思ったほどフェイトへのダメージはなさそうだ。
そのことに安堵しつつも、先ほど目の前で見せられたフェイトの苦痛に歪んだ顔が脳裏をよぎる。
「あったまきた!この目玉野郎!ぜってぇ、ぶっとばす!」
頭に血が上った俺は叫びながら、片手をついて床へと降り立つ――瞬間、俺が着地した床が罅割れる。
「へ?」
プレシアとの戦闘や次元震、そしてモントリヒトとの戦闘で大分床にもガタが来ていたのかもしれない。
落下速度を多少緩和したとはいえ、俺が着地した時の衝撃が床の耐久限度に止めを刺したっぽい。
「のおおぉぉぉぉぉっ!?」
改めて跳躍する間もなく、俺は床の崩壊に飲まれていった。
勇斗が床の崩壊に飲まれて十分ほどが経過しようとしていた。
彼の救出にはユーノを向かわせ、残った全員で応戦していたが、戦況は芳しくなかった。
強力な再生能力に加え、魔力攻撃を吸収、拡散して反射するシールドが厄介極まりない。幸い、魔力反射シールドは一度に一方向しか展開できないことは判明
したが、通常のシールドも予想以上に固い。なのは達の力なら、破るのは難しくないが、問題はプレシアが中にいる以上、強力すぎる攻撃を迂闊に仕掛けるわけ
にもいかない。
モントリヒトの防御を抜き、なおかつプレシアにダメージを与えないように加減するのは口で言うほど容易なことではない。この面子の中でそれだけの技量を持つ者は限られている。魔法を覚えて間もないなのはでは、非殺傷以外での微妙な手加減をする技術はまだ持ち得ていない。
フェイトは技量という点では基準を満たしているが、相手が母親を内包している為、肝心なところで踏ん切りがつけられない。
クロノの攻撃は反射シールドで防がれ、他の攻撃は魔力シールドや装甲に遮られる。向こうの攻撃は触手だけでなく、チャージが完了すれば嵐のような斉射。
こちらが落とされることは無いが、魔力を消耗するばかりでモントリヒトに決定的なダメージを与えることが出来ない。
特に動力炉の封印に魔力の大半を費やしたなのはの消耗が激しい。元よりなのは本人の体力は同年代と比べても低いほうだ。海上決戦からここに至るまでの連戦で魔力も体力も底が見え始めていた。
「一か八か、突っ込む!サポートを!」
「待て、フェイトッ!それは無謀だっ!」
そんななのはの消耗を見て取ったフェイトがクロノの制止を振り切って接近を試みる。無数の触手による防壁に加え、相手は魔導師のリンカーコアに寄生する
という能力を持った相手だ。最大の魔力を持った勇斗が近辺にいるとはいえ、他の誰かが寄生されない保証は無い。どのように魔導師のリンカーコアに寄生する
のか?そのプロセスが判明しない以上、クロスレンジでの攻撃はリスクが大きすぎる。
迫り来る触手をすり抜け、切り裂き、モントリヒトへ肉薄するフェイト。やむなくクロノたちも魔力弾を触手、または本体へと撃ち込むことでサポートに徹する。
触手による弾幕を潜り抜けたフェイトが思い切りバルディッシュを振りかぶる。
『Scythe Slash』
バリア貫通能力を付与され、刃の強度を増した魔力刃がその輝きを増す。フェイトがバルディッシュを限界まで引いて、振り下ろす直前。床からフェイトの体を貫かんと湧き出る触手。
「フェイトちゃんっ!」
なのはが悲鳴を上げる。触手がフェイトの体を貫く。
否。触手が貫いたのはその残像。
ブリッツアクション。短距離限定の超高速移動魔法を発動させたフェイトは既にモントリヒトの後方に回り込み、その刃を振り下ろそうとしている。
金色の刃が紫の障壁に食い止められる。だが、フェイトは構わずバルディッシュを握る腕に力を込め続ける。
「はぁぁぁっ!!」
気合一閃。フェイトの咆哮とともに振りぬかれたバルディッシュの魔力刃が障壁を切り裂く。続けざまに刃を振り上げようとしたフェイトが見たものは、輝く緑の宝玉。
攻撃態勢に入ったフェイトにそれをかわす余力は無い。そして撃ち出された魔力弾がフェイトを小さな体を捉える。一発。ニ発。三発。四発。五発。途切れることなく撃ち出される弾丸の全てがフェイトを捉える。
「フェイトちゃんっ!」
助けに入ろうとするなのはだが、モントリヒトはそれすらも許さない。緑の宝玉はフェイトだけに向けられたのでない。魔力弾による弾幕が他者の介入を許さ
ない。なのはもクロノもアルフも。それぞれが己に向けられた攻撃を防ぐのに手一杯でフェイトのフォローまで手が回らない。
「……くっ」
弾丸の連射を喰らったフェイトは、なんとか空中で姿勢を制御し着地する。
バルディッシュによって防御魔法「ディフェンサー」が発動した為、致命傷はさけたがフェイトの防御は元々高くない。
今の攻撃によってかなり魔力を減らしてしまった。だが、これしきで諦めるわけにはいかない。膝を着き、肩で息を切らしながらもキッと顔を上げる。
「フェイトっ!」
「危ないっ!」
アルフとなのはが悲鳴にも近い声を上げる。
「……っ!」
顔を上げたフェイトに迫るのは特大の魔力球。とっさに立ち上がろうとするフェイトだが、これまでのダメージと疲労で足に力が入らずにそのまま崩れ落ちる。
回避も防御も間に合わない。そうフェイトが思った瞬間――
「させるかぁぁぁっ!」
弾丸のように飛び込む影が一つ。
迫り来る輝きに飛び込んだ勢いのまま、振りかざした右手を叩きつける。
「って、重ッ!熱ッ!痛ッ!無理だ、これーっ!?」
叩き付けた右手は僅かに魔力弾の速度を僅かに減じたものの、相殺にはまるで威力が足らず、たまらず両手で受ける。もちろん片手でどうしようもなかったも
のが両手に変わったところで、どうにかなりはしない。ほんの数瞬だけ押さえ込むのが関の山。それを過ぎれば瞬く間にフェイト共々飲み込まれる。
「ディバインバスタァァァッ!」
フェイトと飛び込んだ影を救ったのは横合いから放たれた桜色の閃光。桜色の奔流が、モントリヒトが放った魔力弾を跡形も無く飲み込む。
飛び込んだ影が作り出したほんの僅かの間が、なのはにディバインバスターを撃つチャンスを与えたのだ。
「おわあぁぁぁっ!?」
魔力弾を直に受け止めていた影、遠峯勇斗はディバインバスターの余波で思い切り吹き飛ばれ、フェイトの傍に叩きつけられていたが。
「だ、大丈夫?」
「へ、平気……」
叩きつけられた時に強かに顔面を打ちつけたため、鼻を押さえながらよろよろと起き上がる勇斗。
フェイトには強がって見せても、その目には思いっきり涙が浮かんでいる辺り格好が付かない。
「フェイトちゃんっ!ゆーとくんっ!平気ッ!?」
「おー、おかげさまでなー。……いてて」
モントリヒトに向けてデバイスを構えたまま降りてくるなのはに片手を上げて応える勇斗。
なのはの見る限り、服はボロボロだが勇斗自身に大きな怪我はないようだ。
「馬鹿っ!なんで戻ってきたっ!?奴の狙いは君なんだぞっ!そのまま終わるまで隠れてろ!」
勇斗の無事に安堵しつつも罵声を飛ばすクロノ。
勇斗個人の魔力量は桁外れだが、いかんせんそれを扱う技量がない。このモントリヒト相手に彼が出来ることはない。それは彼自身もわかっているはずだ。
彼自身がモントリヒトのターゲットである以上、最良の選択はモントリヒトの手の届かないところに退避していることだ。
もし勇斗にモントリヒトが取り憑いてしまえば、そこから引き剥がす手段はないのだから。
「そーしたいのはやまやまなんだが、俺にも戦う理由ができちまったからなぁ」
溢れ出た涙を指で拭い、しっかりと両足で立ち上がる。心なしか足が震えているように見えるのは恐怖の為か。
「わけのわからないことをっ!戦えない君の出る幕じゃないっ」
勇斗の返答は不遜なまでの自信に満ちた声。
「それはどうかな」
クロノがそれを訝しむ間もなく、勇斗はポケットから何かを取り出す。
「まさか……!?」
『Get set』
勇斗が手にしているのはX字の形をした金属製プレート。フェイトの声に応えるようにプレートは音声を発する。
漆黒に彩られたそれの正体にいち早く気付いたフェイトにニヤリと笑みを浮かべる勇斗。
「リニスの置き土産さ」
「リニスの……?」
リニス。フェイトを一人前の魔導師として育て上げたプレシアの使い魔。久しく口にすることのなかった名前にフェイトの瞳が揺れる。
「二人とも危ないっ!」
なのはの警句と同時に三人がその場を飛びのく。勇斗を狙って繰り出された触手は空しく空を切る結果となる。
「見せてやるよ……リニスから預かった力と想いっ!」
地面に転がるように着地した勇斗はすぐさまに起き上がり、漆黒のプレートを握り締めたまま右肘を立て、左手を抱え込むように上半身を捻る。
強く握り締められた両の拳が軋むように音を上げる。
「変身!」
瞬間的に腕が交差した後、交差気味に掲げられた左手が半円を描き、さらに反転する。
溢れ出す魔力の奔流。黒いプレートが輝きだし、濃紺の光が全身を包み込み、その姿を変えていく。
かつてレイジングハートを手にした時以上の高揚感と魔力が勇斗を包み込む。あのとき以来、感じていた己の無力。劣等感。
思えば、彼がこの事件に関わったのは自らの確固とした意思によるものではない。
友人である少女を放っておけなかったといえば、聞こえはいいが、見て見ぬ振りをするのは後味が悪いというだけの軽い気持ち。
なんとなく。流れで。それが良いか悪いかはまた別の問題である。
初めから十全たる覚悟と決意を持って物事に取り組むことのできる人間はそう多くない。そうできる人間にしたって、それ以前の過程で相応の経験を経てようやく覚悟と決意を持つことができるのだ。
勇斗は良くも悪くも自分の限界を知っていた。力がないこと。自分が何を成さずとも最終的にはハッピーエンドとも言うべき結末に落ち着くことを。それゆ
え、今回のことは自覚の有る無しに関わらず、どこか他人事として考えている節があった。こうして時の庭園内部へと来ることになったのは、今までの惰性とそ
の場の勢いに過ぎない。
だが、今は違う。クロノやフェイトらにはこの僅かな時間に勇斗の身に何が起こったのかを知り得ない。それでも彼自身から溢れ出る魔力と気迫。自分が戦うという確固たる意思を感じ取ることが出来た。
勇斗の全身を覆う光が消える。
両手には銀色に煌く手甲。漆黒のジャケット。そして腰にある銀色のベルトには鈍い輝きを放つ赤き宝玉。
漆黒のバリアジャケットに身を包んだ少年は高らかに叫ぶ。
「やぁぁぁぁってやるぜっ!!」
■PREVIEW NEXT EPISODE■
託されたのは母と子の幸せを願う想い。
プレシアを救出のため、少年と少女は一丸となって古の遺産へと挑む
なのは『おっきいのいきます』
UP DATE 09/7/26
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