リリカルブレイカー

 

 第12話 『作戦は一刻を争う』

 



「え。ジュエルシード、プレシアが持ってんの?」
「あぁ。前に戻ったときと、今回の探索の直前に全部転送しちまったんだよ」

 アースラになのは達が回収され治療を受けている間、アルフから聞いた話に俺は愕然としていた。
 プレシアの元にあるジュエルシードは全部で13個。これって原作より絶対数が多いよね?
 回収したジュエルシードはてっきりフェイトが全部持ってるもんだと思ったが当てが外れた。
 海での探索が失敗する可能性が考慮すれば、事前にジュエルシードをプレシアへ転送するのは十分有り得た話だった。
 なのはと決戦時にはフェイトが改めて全部持ち出してたんだっけ?
 うーん、これってひょっとしなくてもヤバイ?
 原作での正確な差異がわからんが、増加した分のジュエルシードがどれだけ影響するのかがさっぱり読めない。規模が増加した次元震を、リンディさんとアースラが抑えられるかどうか。






「お疲れさま。それから……初めまして、フェイトさん」

 なのは達の治療を終え、ブリッジへと向かった俺たちを迎えるリンディさん。フェイトの境遇を慮ってか、その声は深い憂慮に満ちていた。
 だが、フェイトは沈んだ表情のまま顔を上げず、手にしたボロボロのバルディッシュを握り締める。
 こちらに協力すると誓ったアルフと違い、フェイトは魔力を抑制する手錠を嵌められている。
 時の庭園にアースラが向かうまでの間、フェイトとアルフにはクロノらによる事情聴取が行われた。アルフのほうは積極的に知る限りの情報を話してくれた が、フェイトは黙秘したままずっとこんな調子だ。母親から攻撃されたショックもあるだろうが、フェイト自身はまだプレシアの味方だ。仕方なくはあるんだ が。

『母親が逮捕されるシーンを見せるのは忍びないわ。なのはさん、フェイトさんをどこか別の部屋に』
『あ、はい』

「フェイトちゃん、良かったら私の部屋」

 フェイトを誘うなのはの声は、オペレーターからの報告で中断される。
 ブリッジを見れば時の庭園に転送された武装隊が玉座の間に侵入し、プレシアと相対しているところだった。玉座に座るプレシアを取り囲む武装局員が降伏勧告を出すが、プレシアはそれを鼻で笑うだけで一切の動きを見せない。
 そして別働隊があの場所へと踏み込む。プレシアの生きる目的。この事件の発端とも言える彼女の元へと。
 クロノとエイミィさんはアルフの証言を検証する為に別室にいるままだが、通信は繋がっていて二人ともこの光景を見ているはずだ。

「えっ?」
「…………っ」

 それを見たなのはとフェイトが目を見開き、驚きに声にならない声を上げる。何かの液体に満たされたカプセルとそこに浮かぶ金色の髪を持つ幼い少女。
 フェイトと瓜二つの容姿を持つ、アリシア・テスタロッサの姿がそこにあった。

「私のアリシアに近寄らないで!」

 玉座からアリシアの元へ転移したプレシアが武装局員たちを吹き飛ばす。即座に武装局員たちが反撃するが、その攻撃は全て弾かれ徒労に終わる。
 逆にプレシアの雷撃が、玉座の間を含めた全ての武装局員たちへと降り注ぐ。

「あ」

 と小さく間抜けな声を上げたのは俺。やべぇ、雰囲気に飲まれてこの展開を伝えるの忘れてた。
 自分の犯したミスに背筋が凍りつき、血の気が引いていく。
 リンディさんの警告空しく、局員たちはその攻撃を防ぐことすらできず全員が崩れ落ちる。何人もの人間がバタバタと倒れていく光景は悪い冗談のようだった。
 崩れ落ちた局員たちはリンディさんの指示で即座にエイミィさんに強制送還される。エイミィさんの報告の中で、死人がいないという言葉を聞いて少なからず安堵した。
 自分の落ち度で余計な犠牲を出したことに関しては大いに自省すべきだが、後悔や泣き言はひとまず後回し。
 心の中で武装局員の人たちに謝罪しながら、小さく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

「アリ……シア?」

 フェイトの呟きをよそに俺はモニターのプレシアを睨みつける。
 アリシアの眠るカプセルへと手を添えたプレシアは静かに独白していく。

「もう駄目ね……時間が無いわ。13個のジュエルシードでアルハザードへ辿り着けるかわからないけど」

 カプセルへと縋るプレシアは静かにこちらへと視線を向ける。憎悪にも似た暗い感情を秘めた目を。

「でも、もういいわ。終わりにする。この子を亡くしてからの暗鬱な日々を。この子の身代わりの人形を娘扱いするのも」

 プレシアの言葉にフェイトが身を竦める。反射的に口出ししたくなる衝動を押さえ込み、拳を強く握り締めて自らを抑制する。
 ここは俺なんかが口出すすべきじゃない。

「聞いていて?あなたのことよ、フェイト」

 フェイトに事実を知らせないようにすることはできたかもしれない。でも俺はそれをしない。プレシアに依存したままでは、例えなのはがいても立ち直れるかどうか怪しいからだ。
 確かに世の中には知らないでいたほうが良い事実もある。だけど、どんなに辛くて悲しい真実だとしてもそれを受け止め、自分で立ち上がらなければフェイト は、前に進むことさえできなくなるかもしれない。だからフェイトには全てを知らせる。自分で選んで、自分で決めて、自分の力で戦わせる為に。
 フェイトにはそれだけのことができると知っているとはいえ、こんな子供にやらせることじゃないなと自嘲する。他に方法が無い自分がやるせない。

「せっかくアリシアの記憶を上げたのにそっくりなのは見た目だけ。役立たずでちっとも使えない私のお人形」

 プレシアのその言葉に、エイミィがプレシアの過去を話し始める。
 プレシアがアリシアを事故で亡くし、人造生命を生み出す研究をしていたこと。フェイトという名前がその研究の開発コードであったことを。

「そうよ。その通り。だけど駄目ね。ちっとも上手くいかなかった。作り物の命は所詮、作り物」

 フェイトの表情が曇り、プレシアの言葉一つ一つに苛立ちが募っていく。違う!と叫びたい衝動を必死に押さえる。

「アリシアはもっと優しく笑ってくれた。アリシアは時々わがままを言うけど、私の言うことをとてもよく聞いてくれた」

 知らぬ間に歯を強く食いしばっていた。内から出る衝動を押さえ込む為に。非常に苛々してくる。むかついてくる。

「やめて……」
「アリシアはいつでも優しくしてくれた」

 なのはの呟きなど意に介さず、プレシアの独白は続く。

「フェイト。あなたはやっぱりアリシアの偽者よ」

 違う。

「せっかくあげたアリシアの記憶はあなたじゃ駄目だった」
「やめて……っ、やめてよっ!」
「アリシアが甦らせるまでの間に、私が慰みに使うだけのただのお人形」

 プレシアの言葉一つ一つに苛立ちが募っていく。プレシアの言葉全てを否定したい衝動を必死に抑える。

「だからもういらないわ。どこへなりと……消えなさいっ!」
「お願いっ!もう、やめてぇっ!」

 なのはの懇願にプレシアは高らかな笑いを上げる。

「良いことを教えてあげるわ。あなたを作り出してから私はずっとね、あなたが……」

 違う。そんなはずはない。そうじゃないはずだ。

「大嫌いだったのよっ!」

 プレシアのその言葉にフェイトの手からバルディッシュが零れ落ち、中央の宝玉が砕け散る。
 そして俺の我慢の限界もここまでだった。

「いい加減にしやがれ!」

 気付けば俺は思い切り叫んでいた。崩れ落ちようとしていたフェイトがビクリと身を竦める。

「さっきから黙って聞いてればねちねちねちねちと、くだらないことばっかほざきやがって!」

 俺の激昂にもプレシアは顔色一つ変えず、ただ冷たい目でこちらを見ている。
 それがますます俺を苛立たせる。
 一度吐き出した以上、俺の言葉は止まらない。感情の赴くまま、後先考えずに口走っていた。
 後でエイミィに録画されたのを見せられ悶絶する羽目になるのだが、そんなのを今の俺が知る由も無い。

「生まれがどうだろうと、フェイトはあんたの娘でアリシアの妹だろう!!アリシアが今のあんたとフェイトを見たら、どう思うか考えたことあるのかよっ!」
「私の娘でアリシアの妹……?人形相手に何をふざけたことを」

 アリシアの名前にプレシアの顔色が変わる。

「ふざけたも何も、実際その通りだろうが!アリシアの遺伝子を使った時点でフェイトはあんたの娘だよ!形や生まれ方なんか関係ない!今のあんたをアリシアが見たら、さぞ悲しむだろうよ!」
「何も知らない子供が……っ!愛するものと未来を奪われた痛みと悲しみがどれほどのものか知りもしないくせに……っ」
「知ってるさ!俺だって全部失った!過去も未来も、誰よりも好きだった奴も全部!痛くて辛くて悲しかったさ!死んだほうがマシだって思うくらいに!」

 遠峯勇斗としてではなく、その前の「鷺沢侑斗」としての俺。遠峯勇斗が何故、鷺沢悠斗としての記憶を持っているのかはわからない。
 鷺沢悠斗が死んで転生でもしたのか、ただ単に遠峯勇斗が鷺沢悠斗としての記憶を持っているだけなのか。
 そんなのはどっちでもいい。ただ俺の主観としては、恋人もいて幸せだった日々をいきなり奪われたようなものだ。
 鷺沢悠斗として死んだ記憶もなく、いきなり別人として生きることを強いられた。選択権も何もあったもんじゃない。
 訳もわからずそんな状況になって、絶望したしもう何もかもどうでもいいと思ったりもした。吹っ切って立ち直るまで結構な時間を必要とした。

「それでも!その痛みや絶望を周りのやつにぶつけていい理由になんかならない!アリシアのことは同情するが、そんなのはフェイトに八つ当たりする理由にはならねぇよっ!」
「八つ当たりですって?」
「そうだよ、あんたはフェイトを道具としてじゃなく、自分の娘として、アリシアの妹として愛することができたはずだ!それをしなかったのはアリシアを甦らせることができなくて八つ当たりする相手が欲しかっただけだろ!器がちいせーんだよ!」

 力のかぎり叫んだ俺をプレシアが思い切り睨むが、そんなものに怯む今の俺ではない。

「くだらない……どこの世界に作り出した紛い物を自分の娘として扱う親がいるというの?」
「紛い物なんかじゃない!何度でも言ってやる!お前がどう思おうとフェイトはあんたの娘なんだよ!家族に生まれ方や血のつながりとか関係あるか!」

 思い浮かべるのはリンディさんの養子になったフェイト。ヴォルケンリッターに囲まれたはやて。
 そして笑って送り出してくれた俺の両親。
 そう、家族になるのに生まれや血のつながりなんて問題じゃない。プレシアにだってフェイトを娘として扱うことができたはずなんだ。

「フェイトを犠牲にしてアリシアを生き返らせたって、それでアリシアが喜ぶのかよ!母親が自分の妹を虐めたって悲しむんじゃないのかよ……」

 ――優しいから壊れちゃったんだよ
 かすかに記憶に残るアリシアの言葉。きっとアリシアだって、今のプレシアの姿なんて望んでいないはずなんだ。

「…………」

 プレシアの顔から怒りが消え去る。そのプレシアの瞳を見た瞬間、悪寒が走った。
 プレシアの顔には何の感情も浮かんでいない。無表情のはずなのに酷く不安を掻き立てられる。

『大変大変!ちょっと見てください!屋敷内に魔力反応多数!』
『なんだ……何が起こってる!?』

 エイミィとクロノの声に舌打ちする。
 モニターが映し出すのは時の庭園の床から現れる無数の鎧たち。傀儡兵か。
 別に俺の言葉でプレシアが大人しくなるとは端から思ってないが、やっぱりこうなるか。

「プレシア・テスタロッサ、あなたまさか……!?」
「私たちの旅を邪魔されたくないのよ」

 アリシアのカプセルを台座から宙に浮かべるプレシア。

「私たちは旅立つの!忘れられた都、アルハザードへっ!取り戻すのよ!全てを!」
「あの分からず屋が……っ」

 踵を返して、走り出す。

「ゆーとくんっ!?」
「プレシアをぶん殴りに行く!一発入れないと気がすまねぇっ!!」

 ここまで頭にきたのも久々だ。昔TVで見てたときもそうそうキてた気がするが、こうして当事者として関わるとここまで腹が立つものとは。
 ただのアニメのキャラではなく、この世界において生きるただの人間として接したせいかもしれない。

「そんな無茶な!」
「無茶でも何でも関係ない。やると言ったらやる。絶対にぶん殴る!」

 ユーノにそう答えたとき、呆然とした顔でこちらを見るフェイトが目に入った。
 何か不思議な生き物を見るような目でこちらを見ている。前にもこんな珍獣を見るような目をされたような?

「…………」
「……あぁっ、もう!」

 呆けたフェイトを見ていると、どうしようもない苛立ちを感じてしまった。
 放っておいても自分で立ち直るだろうが、とりあえず自分の思うままに行動することにする。

「あ」

 床に落ちたバルディッシュを拾い上げ、フェイトに握らせる。そしてフェイトにおもいっきり魔力を注ぎ込む。
 ディバイドエナジー。自らの魔力を他人に分け与える魔法。俺が少しでも役に立てればと、念話の次に習得した魔法だ。

「このまま泣き寝入りするのも、プレシアに文句を言いに行くのもおまえの自由だ」

 そっと握り締めた手を離す。あー、もう、こういった説教じみたこと言うのは大嫌いなんだけどなぁ。
 あー、やだやだ。

「自分で決めろ。自分の意思で。プレシアの人形のまま終わるのか。フェイト・テスタロッサとしての自分を始めるのか」

 今までのフェイトは自分の意思ではなく、プレシアの意思で動いてきた。ただプレシアに認めてもらいたい。それだけで。
 今まではそれだけで良かったのかもしれない。でもフェイトにはプレシアだけじゃない。もっと多くの人間と関わることになる。
 使い魔のアルフ、なのは。そしてシグナムやはやて、アリサやすずか。エリオとキャロ。もっともっと多くの人たちと出会って、絆を紡いでいく。
 それを為すのはプレシアの人形ではなく、フェイト・テスタロッサ自身。
 フェイトに背を向けて、今度こそ走り出す。これ以上、俺が手を差し伸べる必要は無い。俺が余計なことをするまでも無く、フェイトは自分で立ち上がれるから。

「あ、ゆーとくん、待って!」

 なのはが後ろから声をかけてくるが止まらない。
 今頃はクロノも転送ポッドに向かってるはずだ。俺自身は転移を使えないからそれに便乗するしかないだろう。



「クロノッ!」

 転送ポッドへ向かうクロノを呼び止める。

「俺も行くっ!」
「君が?」

 俺の言葉にクロノは意外そうに眉を上げる。

「あそこなら飛ぶ必要な無い。俺だって戦える!今は少しでも戦力が必要だろ?」

 プレシアはジュエルシードと時の庭園の動力を用いて次元震を発動させようとしている。もし、中規模以上の次元震が発動すれば地球を含め、複数の世界が消滅してしまう。それを止めるために、クロノだけでなくリンディさんも出撃するはずだ。
 飛べない、撃てない俺だけど、場所が室内かつ傀儡兵ならば俺の新しい力で戦える。なのはたちには遠く及ばないけど、それでもないよりはマシなはずだ。
 冷静に考えれば戦力どころか足手まといなはずだが、この時の俺は頭に血が昇っていて、冷静に戦力の差まで考えることができていなかった。

「君には無理……いや、エイミィ。敵は駆動炉から魔力の供給を受けているんだったな?」
『うん、そうだよ!』
「……いいだろう。こちらの指示には絶対に従うこと。いいね」
「おうよ」

 是非も無い。流石にクロノを無視をして突っ走るほどの度胸は元から無い。

「ゆーとくんっ!クロノくんっ!」

 そうこうしてるうちになのはとユーノが追い付いてくる。フェイトとアルフの姿は見当たらない。医務室のほうか?

「私も行く!」
「僕もっ!」
「……よし、行こう!」

 俺たちの同行を承諾したクロノはすぐさま走り出し、俺たちも続く。

「と、その前に。なのは、手出して」
「?」

 走りながら差し出されたなのはの手を握り、魔力を送り込む。

「俺よりなのはが全快のほうが戦力バランスいいからな」

 海上決戦から数時間も経ってない連戦だ。フェイト同様、なのはもそれなりに消耗したままだったはず。
 こうして魔力を供給することで大分マシになったはずだ。

「ありがとう。でも、ゆーとくんは」
「全然余裕。魔力、気力、体力共に万全だ」

 俺が保有する魔力量はなのはの三倍以上。消耗したなのはとフェイトを全快させてなおまだ余裕がある。だから戦力的に遥かに劣る俺が、二人を回復させるのは当然と言える。

「ね、さっき言ってた全部失ったって……」

 再びポッドへ走りながら、なのはが気遣わしげに口にした言葉にドキリとする。

「あ、あー、あれな……」

 やべぇ。勢いに任せていらんことまで言ってしまったことに今更ながらに気付いた。

「全部でまかせというかノリというか。すまん、勢いに任せて適当に言った」
「勇斗……」
「あはは……」

 ユーノがジト目で睨んでくるのを笑って誤魔化す。

「……本当に本当?」
「大丈夫。"遠峯勇斗"はさっき言ったような不幸とは一切無縁だ。心配無用。気にするな」
「わわっ」

 まだ心配そうななのはの頭を掴んでやや乱暴に撫でる。

「も、もーっ!」

 ぷんすかと可愛く怒るなのはに自然と笑みが浮かぶ。

「わはは、今はとにかくプレシアをぶっ飛ばす!」
「……」

 そんなやり取りの中、クロノだけは何も言わず俺に視線を向けていたことに、俺は気付いていなかった。









「おーおー、うじゃうじゃいやがる」

 意空間の狭間に漂う時の庭園。岩盤を繰りぬいて浮上した城、というのが一番適切な表現だろうか。
 そこへと降り立った俺たちの行く手に立ち塞がるのは無数の傀儡兵。それぞれがAクラスの魔力を持つ機械仕掛けの鎧。
 さっきまでの俺なら挑もうとすら思わなかったに違いない。だが、今は違う。アドレナリンが過剰なまでに分泌され、興奮状態にあるせいか、恐怖もためらいも感じない。
 体の奥底から湧き上がる魔力。今の俺ならどんなことでもできる気がする。

「っていうか、ゆーとくん戦えるようになったの?」
「まぁ、見てなって」

 俺が戦うということに不安を隠せないなのはの呟きに、俺は不敵な笑みを浮かべ、腕を突き出し、広げた掌を一本一本握り締めていく。
そこに魔力を集中し、手近にある岩へと思い切り叩き付ける。
 拳を叩きつけられた箇所は粉砕され、拳大の穴が開いている。

「わ、すごい」

 なのはの感嘆の声に気分を良くしつつ、この技を解説する。

「どーよ?魔力を魔法として使うんじゃなく、収束したまま体に留める。で、それをこうやって体全体を覆うことで攻撃力・防御力ともに大幅アップ!」

 おまけに身体能力まで上がるおまけつき。2,3メートルの垂直ジャンプも余裕。100m世界新だって狙えるね。

「そ、そんなことできるの?」
「……できることはできるけど、消耗する魔力が馬鹿みたいに多いのに、得られる効果がもの凄く小さいよ。そんなことするくらいなら素直に身体能力強化とかの魔法を使ったほうがいいと思うんだけど……」
「生憎とそんなんまだ使えないんだよ」

 ユーノの呆れたような苦笑するような生暖かい視線とお言葉は一発で切り捨てる。
 俺が今、使える魔法は念話とディバイドエナジー。後は魔法陣を足場として形成するフローターフィールド、落下速度を緩和する魔法。
 身体能力強化どころかただ浮いたり飛んだりすることもできない。攻撃魔法に関しては全部爆発するしな!ぶっちゃけ人とか物にダメージ与えられるレベルの魔法を暴発させたら俺までダメージを受けるし。一度試してエライ目に遭ったのも、忌まわしい記憶である。

「手持ちの札で一番使えるのがこれなんだからしゃーないべ」

 ちなみにこれ、当然ながら非殺傷設定なんて便利なもんは当然ない。今回は傀儡兵が相手だから気にする必要ないけど。

「お喋りの時間はそこまでだ。作戦は一刻を争う」

 クロノの言葉どおり、傀儡兵たちはこちらをターゲットと見定めたのかこちらに向かって動き出そうとしていた。
 なのはがレイジングハートを構えるが、クロノが片手を挙げて制する。

「勇斗。君が使えるかどうかの試金石だ。君がやれ」

 なるほど。ここでこいつらを倒せなきゃ、先に進むまでもなくアースラで留守番ってことになるわけだ。

「上等!一気に蹴散らすっ!」

 両の拳を握り締め、一気に魔力出力を上げる。一足飛びに間合いを詰めようと足に力をいれ、一気に踏み込む――

「ぐえっ!?」
「そうじゃない。その溜め込んだ魔力を直接あいつらにぶつけるんだ」

 クロノに首根っこ捕まえて押さえられた。

「首を絞めるな、首を!思いっきり絞まったじゃねーかっ!」
「細かいことは気にするな。とにかく言われたとおりにやれ。時間が惜しい」
「ぬぐっ……!」

 色々言いたいことはあるのだが、確かにクロノの言うとおり時間が惜しい。
 もたもたしてるとプレシアがジュエルシードを発動させて手遅れになってしまう。それは洒落にならん。

「わーったよ、くそっ!」

 この怒りは眼前の傀儡兵に全部ぶつけてやる!腕を大きく広げ、両手がそれぞれ濃紺の魔力光の輝きに包まれていく。

「ぶっとべっ!!」

 気合一閃。咆哮と共に広げた両腕を交差させるように勢いよく振り下ろす。
 拳を包んでいた輝きが奔流となって傀儡兵たちの姿を飲み込んでいく。
 その圧巻とも言える光景に、無意識のうちに口の端が釣り上がる。

「はっはー!どうだっ!傀儡兵程度なら俺にだっ……て?」

 魔力の光が収まった時、そこから現れたのは数えるのもアホらしい数の傀儡兵たち。その姿は先ほどまでとなんら変わりなく、傷一つ見えたようには見えない。
 あ、あれ……?

「な、なんで……?」
「魔力をエネルギーに変換したわけでもなく、そのまま浴びせただけだ。ダメージなんて与えられるわけないだろう」

 呆然とする俺の呟きにクロノが答える。

「あー」

 俺の技は圧縮した魔力を体内に留めることで、身体能力や破壊力を強化させている。
 けど、今のように体外に圧縮魔力を放出したからといって、物理的破壊力が生じるわけではない。
 基本的に魔力というのはあくまで素材や燃料のようなものに過ぎず、魔法というプログラムを通して初めて様々な効果を発生させることができるのだ。
 魔力そのものを浴びたからといって普通の人間や物質になんらかの作用を及ぼすことはない。
 クロノに言われるままにやってしまったが、傀儡兵達にダメージがないのは当たり前のことだった。
 てっきり、俺の知らない不思議バリアでもあるのかと思ってしまったぜ。

「って、うぉいっ!それがわかってるんなら無意味なことやらせんなよっ!」
「別に無意味じゃないさ。あいつらをよく見るんだ」

 食って掛かる俺にクロノはまともに取り合わず、傀儡兵たちを指差す。

「あん?」

 別に何も変化は……。

「……動きが、止まってる?」
「そうか!あいつらは外部から魔力供給を受けてる!そこに大量の魔力を浴びせてやれば……!」

 言われて見れば、先ほどまでこちらに向かおうと動き出していた傀儡兵たちは、その動きをピタリと止めている。
 なにやらユーノが解説っぽいこと喋っているがどういうこと?

「魔力を外部供給に頼ってる魔導兵器に、別の魔力を大量に浴びせてやれば、供給される魔力の波長が変化し、動作不良を起こす」

 それほど長い時間じゃないがな、と短く付け足すクロノ。

「もっとも、それを実行するには馬鹿みたいな量の魔力が必要になる上、そんな使い方するくらいなら普通に砲撃やバインドで使ったほうが遥かに効率が良い」
「今の魔力量だとなのはのディバインバスター二発分ぐらいだもんね」
「え」
「そんなに?」

 うわぁ。確かにそれは盛大な魔力の無駄遣いな気がする。俺が顔を引きつらせ、なのはが驚きの声を上げている間にもクロノはデバイスのS2Uを掲げる。

『Stinger Snipe』

 S2Uの先端から光の鞭が発生し、動きを止めた傀儡兵らを次々と撃ち貫き、薙ぎ払う。
 速い。光の鞭は瞬く間に門を塞ぐように立ちはだかっていた傀儡兵を一掃する。

「道はできた!いくよ!」
「おう!」
「う、うん!」

 クロノに続いて、俺、なのは、ユーノの順に駆け出していく。
 庭園の扉はさっきのクロノの魔法で吹き飛んでいる。
 扉の中は回廊となっており、次元震の影響か床が所々崩れ落ちた箇所には、無駄にカラフルな空間とそこに混じった黒い穴を覗き見ることができる。

「その穴、黒い空間があるところは気をつけて」
「虚数空間。落ちたら最後、飛行魔法もキャンセルされて二度と上がってこれない」
「き、気をつける」

 ユーノとクロノの言葉に、なのはがおっかなびっくり答える。俺の場合は元から飛べないので、落ちたらアウトという点ではあまり関係ない。

「それと勇斗は絶対に前に出るな。敵の動きを止めるのだけに専念してくれれば、それでいい」

 虚数空間への注意を促したクロノが次に言った言葉がこれだった。

「なんで。俺だって」
「戦えない。あいつらは個々にAランクの魔力を持っている。君の魔力自体はSランク以上だが、戦闘力で言えばEランクだ。まともに戦えやしない」
「む」

 反論しようと開いた言葉を遮られ、口を噤む。そんなことはない、と言いたいところだが、クロノがそう言うならそうなのだろう。
 魔力全開でいけば傀儡兵くらいなら蹴散らせそうな気はするんだがなぁ。

「少しでも戦力が欲しいからこそ、ここに来るのを許可したが、勝手に動かれれば足手まといだ。僕の指示に従えないならアースラに強制送還する」
「……了解」

 クロノの言うことに反論の余地はない。俺だって自己満足の為に足手まといになるのは本望じゃない。
 直接殴ったり暴れたりできないのは不満だが、アースラでお留守番するよりは遥かにマシだ。どんな形だろうとプレシアの元に辿り着いて一発ぶん殴れればそれでいい。
 今の話だと、そのチャンスがあるかどうか限りなく怪しい気がしてきたけど。
 まずは次元震を止めることが最優先だ。俺個人の欲求なんか優先できるはずもない。

「それと気付いてるかどうかは知らないが、君の瞬間最大出力はこの前の計測より遥かに上がってる」
「……あぁ」

 言われて見ればそんな感じだ。特に意識していなかったけど、この前、というかつい数時間前に比べても湧き上がる力が比較にならないくらい強くなってる気がする。
 なんでだろう?

「どうやら君は感情の昂ぶりと出力が比例しているらしい。テンションだけは下げるな。少しでも出力が下がれば効果はないからね」
「テンション下がるようなこと言った直後にする説明じゃないな」
「できなかったり、魔力が尽きればその場で強制送還するだけの話だ。今からでも戻るか?」

 挑発するようなクロノの物言いに思わず頬が引き攣る。
 野郎。俺がどう答えるかわかってて聞いてやがる。さっきの写真の意趣返しか?

「誰が!最後までやるに決まってんだろっ!」
「その意気だ」
「クロノくんとゆーとくんって、やっぱり仲良しさん?」
「みたいだね」

 後ろの年少二人組の言葉は今は無視。

「どーでもいいけど感情によって強さが変わるとか、なんか主人公っぽくない?」

 強くなってEランクとか切なすぎて泣けてきそうだけど。

「単に自分の力を制御できないくらい未熟なだけだろう」
「ですよね」

 容赦ないクロノの言葉にぐうの音も出なかった。
 回廊を走り続ける内に次の扉が近づき、クロノがその扉を蹴り開ける。扉の先は広いホールになっていて、そこにも無数の傀儡兵が待ち構えていた。

「勇斗!」
「おうよ!」

 ホールに飛び込むと同時に両手を頭上から振り降ろし、あらかじめ溜め込んでいた魔力を盛大にぶちまける。
 多量の魔力を浴びた傀儡兵たちはその動きを停止し、飛行していた奴らもボトボトと落ちていく。
 なんか田舎の木を蹴ったら落ちてくるクワガタみてぇ。あれってカブト虫はなかなか落ちてこないんだよね。

「ここから二手に別れる。なのはとユーノは最上階にある駆動炉の封印を!勇斗は僕と一緒にプレシアの元へ!」
「うんっ!」
「わっ」

 フライヤーフィンを発生させたなのはがユーノを掴んで、動きを止めた傀儡兵を飛び越え、階上へ向かっていく。
 なんか人間形態でもフェレットと同じ扱いな気がするのは俺の気のせいだろうか。
 A'sのクロノは散々ユーノをフェレットとか使い魔扱いしてたけど、実はなのはも喋るフェレット程度にしかユーノを認識してないんじゃないんだろうか。

「クロノくんとゆーとくんも気をつけて!」

 なのはの声にクロノは笑みを浮かべて頷き、俺はサムズアップで応じる。

「僕達も行こう」
『Blaze Cannon』

 S2Uから放たれた砲撃が、道を塞ぐ傀儡兵たちを吹き飛ばす。階下への道へ走り出しながら疑問に思ったことを聞いてみる。

「そういや俺があいつ等と一緒じゃないのはなんで?」

 プレシアに用がある俺としては願ったり叶ったりだが、クロノが任務に関して俺の私情を考慮するはずもない。

「なのはたちに初心者のお守りをさせるわけにはいかないだろう?」
「俺は子供か?」
「どこからどう見てもな」

 そうでした。

「ここからは時間との勝負だ。遅れるな」
「その言葉、そのまま返す。初心者に負けたら格好悪いぞ」

 併走していたクロノの先に出ようと走るスピードを上げていく。するとクロノも負けじと速度を上げて行く。

「口の減らない奴だ」
「おまえもな」







■PREVIEW NEXT EPISODE■

プレシアの元へと向かうクロノと勇斗。
アルフと合流した三人はついにプレシアの元へ辿り着く。
病に冒されなお圧倒的な力を持つプレシアを相手に勝算はあるのか。

勇斗『吹き飛べ』




※※※※※※
圧縮した魔力を体内に止めることで身体能力が上昇する。
傀儡兵が大量の魔力を浴びせると動きを止める。
上記二点はこのSSのオリジナル設定です。

 

 

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UP DATE 09/7/21

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