リリカルブレイカー

 

 第10話 『元気出そうよ、ね?』

 



 そんなこんなであの手のこの手でなんとか両親を説得し、ユーなの共どもアースラのお世話になることになった。
 両親とのやりとりは色々あったが、ここでは割愛。
 なにはともあれ理解のある両親で本当に良かったと思う。
 まぁ、それはそれとして、俺、というかなのはのフォローとしてやることが一つだけあった。
 
 
「というわけで、俺となのははしばらく休むことになるんでよろしく」
『……というわけ、と言われても詳しいことは何にも聞いてないんだけど』

 電話口から呆れたようなガッカリしたような声が響く。

「まぁ、俺としては全部ぶっちゃけてしまいとこなんだが、色々とめんどくさい事情があってだな……」
『遠峯くんっていつもそうやってはぐらかすよね』
「基本、人間ができてないんだ。すまん」
『…………』

 否定も肯定もない沈黙の間が微妙に痛かった。

「……ごめんなさい」
『もう、しょうがないなぁ』

 と、言いつつもその声はどこか楽しそうだった。

「まぁ、そんなわけでバニングスにも伝えといてくれ。なのはの面倒は出来る限り見とくってな」
『自分で言えばいいのに』

 くすりと笑う気配が伝わってくる。

「や、だって俺あいつにあんま好かれてないっぽいしなぁ。俺が電話したら絶対不機嫌になるぞ、あいつ」

 普段の態度から見るに、俺が電話してもあんまいい顔はしないだろう。
 日頃から色々手を抜きまくりでいい加減な俺は、真面目なバニングスにとっては微妙に気に入らない存在なのだろう。
 露骨に嫌われてる……まではいかないが、好かれていることはまずない、と思う。
 俺がバニングスに電話したときの第一声を想像してみる。

『なんであんたが私に電話してくるのよ』

 うん、大体こんな感じだな。

『あはは、確かにそうかも。アリサちゃん、遠峯くんと話してると楽しそうだもんね』
「地が出ているという意味では間違ってないかもしれんが、色々話のつながりがおかしいぞ、それ」
『あはは』
「ま、いいや。長話してもなんだから今日はこの辺でな」

 時刻は二十時を回っている。小学三年生の身の上であまり長く話し込むのもまずいだろう。と、いうかそんなに月村と話し込む話題もない。

『うん、ありがとう、遠峯くん。色々気を使ってくれて』
「まぁ、なのはも色々手一杯だし。俺にできるのはこんくらいのもんだ」

 生きてきた年数の長さや経験の割にできることがしょぼすぎる。いい加減、自嘲も飽きてきたけど。

『……なのはちゃんのこと、よろしくね』
「おう、まかせとけ。そっちも元気でな。おやすみ」
『うん、遠峯君も元気で。おやすみなさい』

 月村の言葉を聞き届けたあと、ピと携帯の通話ボタンを押し、ベッドに寝転がる。

「おやすみなさい、か」

 こうして夜中に女の子へ電話するのはいつ振りだろう。
 年下とはいえ、ちょいとブランクが長かったこともあり、柄にもなく緊張してしまった。
 普段はメールで済ませてるもんなぁ。

 ――おやすみー――

 不意に昔の記憶が蘇り、胸がチクリと痛む。
 前世の記憶がある……といっても、その時の自分がどうなったのかどうかはさっぱり記憶がない。
 色々割り切ったつもりではいるが、時々不意に思い出したりもする。
 諦めが悪いというか未練がましいというか。うざっ。
 頭を振って、頭を切り替える。
 昔のことなんてどうでもいい。過ぎたことを言ってもどうしようもない。
 今はこれからのことだけを考えよう。
 手にした携帯を放り投げ、布団にもぐりこむ。
 色々堂々巡りしそうな思考を放棄して、俺は眠りについた。
 



 で、翌日。三人一緒に魔力資質の検査兼能力テストを受けたりしてるわけで。
 アースラの指揮下に入る以上、個々人の能力はきちんと把握しておかなかればならないのだから当然の処置だろう。
 魔力資質には当然、個人差がある。魔力そのものの量だったり、魔力を雷や炎に変えたりする変換資質などなど。個々人が持つ魔力資質によって、それぞれが得意とする魔法も変わってくる。
 なのはが砲撃や硬い防御、ユーノが補助や回復系を得意とするのも資質による部分が大きい。
 瞬間的に出せる魔力量が少なかったり、それを制御する力が無かったり、魔力をエネルギーに変換する効率が悪かったりすると、せっかく魔力があっても宝の持ち腐れだったりするわけだ、こんちくしょうっ!

「あ……え、と、元気出そうよ、ね?」
「なのは……こういうときはそっとしておいてあげるのが一番良いんだよ」
「あぁ。こういうときは下手に慰められるとかえって傷付けてしまうものだ」
「やかましいっ!そーゆーのは本人の聞こえないとこでやりやがれ、こんちくしょうっ!」

 人が現実に打ちひしがれてる後ろで泣けてくる雑談してんじゃねーよ!

「まずはその涙を拭いたほうがいい」
「泣いてないっ!泣いてないもんねっ!これは涙じゃなくてただの水だもんねっ!」

 クロノが出したハンカチは受け取らずに腕でごしごしと水を拭う。
 クロノはそれで気を悪くする素振りも見せず、俺の肩にポンと手を置く。

「まぁ、そう気を落とすことは無い。ここまで酷い結果は僕も見たことも聞いた事もないが、今後の努力と訓練次第ではある程度どうにかなることもあるかもしれない」
「励ましてるのかトドメを刺しているのかよくわからないお言葉をありがとよ、この野郎」

 優しく慰められるよりは遥かにマシだけどさ。これはこれでバカにされてるようで腹立ちますね、ちくしょうっ!

「くそ……っ残りの項目はユーノもクロノもなのはもぶっちぎってやる……!」
「別に気合を入れたからといって数値が上がるわけじゃないんだが」
「アーアーキコエナーイ」

 クロノの言葉に耳を塞ぎながら計測台へと向かう。
 残った検査項目は魔力の保有量と最大放出量のみ。他の項目に関しての結果は思い出したくもない。
 それぞれの結果はモニターにレーダーチャートで表されている。
 魔力を使い慣れていない俺と違って、スムーズに魔力を操れる二人は既に検査を全て終えている。
 今、表示されているのはなのはとユーノだけでなく、参考用に表示されたクロノの計三人分。クロノは全体的に大きい円状。流石に執務官だけあって、全ての 能力が高いレベルでまとまっている。なのはのはデコボコ。魔法を使うようになった期間を考えれば技術に得手不得手があるのは仕方ない。だが、それでも瞬間 最大出力や魔力保有量などの部分ではクロノを上回っているのは流石。チートもいい加減にしろと言いたい。ユーノは全体のバランスはいいのだが、攻撃能力や 魔力量という点では、前述の二人よりは数段下のようだ。
 俺のは全て終わってないが、既に悲惨な結果に終わるのは確定している。ちくそー。ちくそー。

『はいはーい。じゃ、ゆーとくん、おもいっきり魔力を全開にしてみてー』
「へーい」

 レントゲンを撮るような計測器の前に立ち、目を閉じて意識を集中する。
 そういえば今まで魔力を全開にしたことなかったなぁ。大抵その前に暴発してたしなっ!
 リンカーコアから流れる魔力を全身へと送り込み、徐々にその量を増やしていく。
 あぁ、それにしても計算違ったよなぁ。まさか、ここまで酷い結果になるとは思わなかった。
 今までの検査でミッド式どころか近代ベルカ式に対してもほとんど適正がないことが判明。魔力制御とか魔力を効率良くエネルギーに変換する能力が致命的に欠けていた。
 練習時に魔力弾とか、体外に魔力をエネルギーとして生成しようとして暴発していたのは、ここら辺の能力が低い為らしい。
 魔力使えるようになったとヌカ喜びした結果がこのザマだよ。
 なんだよ、魔法使うと爆発ってギャグか。どこの虚無かと問い詰めたい。アレか、使い魔でも使役しろってのか。ジャンルが違いますね。ハイ。
 あー、くそ。なんだか段々と腹が立ってきた。魔力があっても無くてもただ見てることしか出来ないってなにそれ。激しく意味ねぇ。
 クロノの言ったとおり努力や訓練でなんとかなるにしても、限界はあるだろうし短期間でどうにかなるもんじゃないだろう。

『ゆーとくん、ゆーとくん、ストープッ!』
「ほぇ?」

 エイミィの慌てたような声に思わず間抜けな声を出してしまった。
 目を開けて周りを見れば、クロノとユーノ、モニターのエイミィが目を丸くしてこちらを見ている。
 なのははみんなが何を驚いているのかわからないって顔だった。
 一体、何さ?

『ゆーとくん、どっか体が痛かったり、息切れしたりとかない?』

 俺は階段を昇り降りした老人ですか?

「ぜんぜん余裕ですが、何か?」

 別に体はなんともないし、魔力はまだ上がる気がする。

「よっ」

 漫画みたいに声出して気合いれようかとも思ったけど、後で恥ずかしくなるのは確実なのでやめておいた。
 小学生だからイタイのもある程度は許される気がするけど記録されてたら嫌過ぎる。

「んー、これが限界出力かな?」

 魔力自体はまだストックがある感じだが、これ以上は魔力を引き出せそうに無い。

『ふぇー、こりゃ驚いた。最大出力はユーノくん以上、クロノくん未満。総魔力量にいたってはなのはちゃんの3倍以上だよ』
「は?」

 待て。今、エイミィが言ってたことは何かおかしい。サラッと何かとんでもないことを言われた気がする。

「ごめん、よく聞こえなかった。もう一回」
『最大出力はユーノくん以上、クロノくん未満。総魔力量はなのはちゃんの3倍以上』
「……」

 いや、エイミィさん。今日は四月一日じゃないですよ?

「またまたご冗談を……」
『いや、冗談でもドッキリでも嘘でもなくて本当だってば』
「……マジで?」

 クロノに視線を向ける。とっても渋い顔して頷かれた。

「わぁっ、ゆーとくん。すごいすごいっ!」

 笑顔で駆け寄ってきたなのはが俺の手を握って上下にブンブン振ってくる。

「いやいや待て待て落ち着け、これは孔明の罠だ」
「君が落ち着け。慌てるのもわかるが、孔明の罠でもエイミィのドッキリでもなく、れっきとした事実だ」

 頭をこずかれた。クロノの言うとおりちょっとパニック状態だったのは否定できない。
 少しだけ落ち着いて現実を見つめなおそう。

「マジか」
「マジだ」
「ひょっとして俺って魔導師ランク凄いことになる?」

 なのはの総魔力量三倍以上となると間違いなくオーバーSランク。下手するとはやて以上だ。
 これはひょっとすると俺TUEEEEEフラグ!

「いや、それはない」

 1秒で否定された。

「なんでさ」
「確かに魔導師ランクに総魔力量や最大出力は大きく影響する。だけどそれを運用する技術がないんじゃ、まるで意味が無い」
『ちなみにゆーとくんの最大出力まで到達するのにかかる時間は、なのはちゃんのざっと30倍だね。瞬間最大出力は10分の1以下。エネルギー変換効率も同じようなもんだねー』
「おk。把握した」

 最大出力が高くても、そこに到達するまでに時間がかかる。そして瞬間的に出せる力は豆粒みたいなもの。いくら魔力量が多くても、それを制御できなければ意味は無い。
 冷静になって考えればすぐわかることだった。

「意味ねー。なんという宝の持ち腐れ」

 まったくだ、と呟くクロノの声をよそにへなへなと座り込む。もう、一気に力抜けた。やる気なくしたー。

「だ、大丈夫だよっ、クロノくんも言ってたじゃない。練習すればちゃんと使えるようになるよっ」

 それは正論だろうが、技術どころか適正値まで最低な人間が練習したところまでどこまで伸びるんだろうか。

『はい。これがゆーとくんの計測結果だよー』

 エイミィの声にモニターを見れば、クロノ、なのは、ユーノに続いて俺のデータが表示されていた。

「これは……なんともまぁ」

 頭上からクロノの呆れた声がするが、仕方ない。結果だけを見れば俺もそう思う。
 デコボコとか鋭角とかそんなレベルじゃねぇ。
 直線だった。ちょうど総魔力量と最大出力が正反対の位置にあって、その二つだけ――特に総魔力量だけがアホみたいに高くて、他のが限りなく無に等しいレベル。

「もうこれは笑うしかないな」
「まったくだ」

 どうでもいいけどクロノくんってさっきから容赦ないよね。下手に慰められたり同情されるよりはよっぽどいいんだけどさ。
 つーか、どうしたもんかねー、本当。

「さて、これから二時間くらいなら僕は手が空いている。その時間なら契約どおり魔法を教えてあげられるがどうする?」

 本気で黄昏かけてたところに、頭上からした声に思わず、クロノの顔を見上げる。

「え?クロノが教えてくれんの?」

 驚きの余り、マジマジとクロノの顔を見つめてしまった。魔法を教えてくれるのがいつの間にか確定してたのもびっくりだが、執務官がじきじきに教えてくれるとは二重にびっくりだ。せいぜい適当な武装隊員くらいだと思ってたんだけど。

「僕では不満か?」
「いや、全然ありがたいけど」

 不満などあろうはずもない。どう考えてもこの中の面子で一番技術が高いのはクロノなのだ。
 それに不満を抱いたら誰に教えて貰えと言うのか。

「契約?魔法を教える……ってなんのこと?」
「ぼくも聞いてないけど」

 なのはとユーノが二人揃って首を傾げる。この二人には俺がアースラに乗る条件云々の話はしてないから疑問に思うのも当然だ。

「や、暇があったらアースラの人に魔法教えてくれって頼んだんだよ。ユーノはなのはと一緒にジュエルシード確保してもらわなきゃいけないから、負担かけちゃいけないと思って」

 ジュエルシード捜索に関しては、探索はアースラ、確保はなのはとユーノの二人で行うことになっている。二人がジュエルシード探索に協力するに当たって、アースラ側のメリットとして自分たちを戦力として提供したのだ。
 なのは自身の能力は、既に幾つものジュエルシードを危なげなく封印していることで実証されているし、何よりもなのは自身がフェイトとのことに関して強いこだわりを見せて、この件に関わりたいと思っている。
 アースラ単体でも事件解決は出来るが、クロノという戦力を温存できるのに越したことは無い。
 民間人が関わることにクロノはあまりいい顔をしなかっただろうが、なのはの希望とアースラのメリットを考えればおのずと答えは決まる。
 リンディさんもあぁ見えて結構したたかだもんね。
 まぁ、そんなわけでいつ出動になるかわからないユーノに負担をかけるよりは、アースラの武装局員の誰かにでも教えてもらおうと思ってたわけだ。

「で、あわよくばデバイスでも借りて練習できないかなー、とも思って」
「そういうのは口に出して言うものじゃない」
「細かいこと気にすると禿げるぞ」
「訓練用のデバイスを貸し出すつもりだったがいらないようだな」
「ごめんなさい」

 速攻で頭を下げた。

「なんか、ゆーとくんとクロノくんて仲良しさん?」
「みたいだね」
「そーなのか?」
「知らん」

 つれない執務官だった。







「げほっ、げほげほっ!くっそ、また失敗かよ……っ」

 魔力弾の生成に失敗し、また盛大に爆発させた。

「少し休憩にしよう。あんまり根を詰めすぎてもよくない」
「へーい」

 監督していたクロノの言葉に素直に従い、その場に座り込む。
 俺等がアースラに乗って既に10日が過ぎようとしていた。
 その間に発見したジュエルシード4つのうち、2つはなのは。それ以外の2つはこちらに隠れて探索しているフェイトが確保した。
 こっちの捜査の網を掻い潜ってジュエルシードを確保していくフェイトの手腕には、エイミィも感心していたっけ。
 で、その間、俺個人の訓練進捗具合はというと、とても芳しくない。

「10日かけて覚えた魔法は3つだけかぁ」

 それも初歩の初歩。リアルタイムでなのはが魔法を覚えていった過程を見てるだけに、この成果は凹まざるを得ない。
 俺は朝から晩まで訓練に費やしているのに対し、なのはが費やした時間は実戦と早朝訓練だけ。泣けてくるね。

「そう落ち込むことは無いよ。この短期間で3つも覚えれば上出来だ。正直な話、君がここまで努力するとは思ってなかったよ」
「そいつぁどーも」

 クロノが投げてよこした清涼飲料水のペットボトルを受け取って口を付ける。
 喉を潤すその液体が、疲労した体にはやけに美味く感じられた。

「つっても、魔法学校の平均とかに比べるとやっぱり大分遅いんだろ?」
「あぁ。だが、君の適正を考えればそれは仕方ない。いくら魔力を持っていても誰にでも向き不向きがある。君は全部苦手なんだからな」
「慰めても褒めてもないだろ、それ」

 ジロリと横目でにらみ付けるが、クロノは全く気にせず、

「あぁ。単なる事実を述べただけだ」

 しらっと言ってのけやがりましたよ、こいつ。

「けっ」

 だが、その遠慮の無さが案外心地よかったりもする。
 向こうがどう感じてるかは知らないが、この十日間で大分クロノとも打ち解けられたような気がする。友達、というよりは悪友みたいな感じだが。

「君はもっと自分に自信を持っていい。確かに君に魔法を使う適正はないが、絶対的な魔力量という努力では得られないアドバンテージがある。
 時間は人の十倍二十倍はかかるだろうが、努力次第でいくらでも強くなれるさ」
「十倍二十倍ってめちゃくちゃハンデじゃねーか?」

 ニ・三倍なら軽く流せるかもしれないけど十倍二十倍はさすがに無理ゲーだと思うんだが。

「事実だから仕方が無い。無責任なことを言って責任転嫁をされても困るからな」
「しねーよ、んなこと。責任転嫁カコワルイ」
「それはこちらとしても助かる」

 共に沈黙。
 野郎相手に気まずいとも思わないが、今の俺はどの程度、信用されてるんだろうか?

「そーいや、俺が言ってた件の立証はできた?」

 あれから大したことは話していない。こちらからも特に言及してないし、向こうからも何か聞かれることはなかった。
 俺の質問にクロノは片目を開け、

「目下の所、検証中……と言いたいところだが、こちらが調べられる限り、君の言ったことは概ね正しいことが判っている」
「さすが。仕事が速い」

 俺の証言が手がかりになったとはいえ、それをこの短時間で検証できるのはやっぱり凄いことなんだと思う。
 プロジェクト『Fate』なんて絶対に非合法だからデータは少ないだろうに。

「で、俺は今どの程度信頼されてるんでせうか?」
「60%、と言ったところだな、君が全てを語ってるなんて僕も艦長も思っていない。だが、少なくともこちらに対して害意は持ってないと判断している」

 前の三割に比べたら大分進歩したように思える。
 クロノがこうして俺に付き合ってくれるのは、俺の監視の意味合いもあるのだろう。
 まぁ、何にしろ俺が敵意を持ってないと思ってくれればそれで十分だ。別に俺の全てを信じてもらう必要性はないし。

「まぁ、実際に害意なんて持ってないしなぁ」

 むしろこっちが世話になってる分感謝してるくらいだ。

「ま、雑談はこの辺にして訓練再開といきますか」

 飲み干して空になったペットボトルをゴミ箱にシュート。ホールインワン。

「もう一度、魔力運用を一からおさらいだ。術式の構築そのものは上手くいってるんだ。魔法として発動させる最後の制御を誤るな」
「それはわかってるけどさー」

 理屈でわかるのとそれを実践するのはまた別の話。頭でわかってそれが即実践できるなら誰も苦労しねーです。
 もう既に同じことを何回繰り返したのか数えるのもアホらしい。つくづく自分に魔法の才能が無いのを思い知らされる。

「つべこべ文句言わない。これがクリアできなきゃ次のステップには進めないんだから」
「へーい」

 両手を胸の前に向かい合わせ、魔力を集中させる。デバイスは未使用。
 前に一度訓練用のを借りたら、魔力の許容量オーバーでぶっ壊しました。それ以来、使用許可が下りてません。
 弁償しなきゃいけないのかどうか、密かに戦々恐々してるのは秘密である。
 掌へと魔力を集中させ、術式を構築していく。ここまではいつも問題ない。問題は構築した術式を発動させる瞬間。いつも同じタイミングで、魔力は俺の制御能力を超えて暴発してしまう。
 毎度毎度同じとこで失敗してるだけに嫌でも緊張してしまう。漫画みたいな魔力や気みたいな使い方ができないのがなんとも……ん?

「どうした。急に手を止めて?」
「いや、ふと思いついたことがあってさ」

 術式を破棄して右手を振り払う。その仕草で集中させた魔力は霧散する。
 グッと拳を握り締め、再度魔力を集中していく。
 さて、上手くいくかな?












「……無茶苦茶するな、君は」

 クロノが呆れた顔で呟くが、今の俺には全く気にならない。

「ふっふっふー。だけどこれは大きな進歩じゃね?」

 思いつきで試したことが思いのほか上手くいっただけに、クロノの呆れた視線なぞどこ吹く風だ。
 使える。この技はいける。

「浮かれてるところ申し訳ないが、それはそんなに大した技じゃないぞ」
「なんですと?」

 静かにため息を吐きながら言うクロノを振り返る。
 せっかくまともに使える技が増えたというのにその言葉は聞き捨てならない。

「はっきり言って今、君がやっていることは魔導師なら誰でもできる。技術レベルで言えば最低のFランクだ。だが、誰もそんなことをする人間はいない。何故だかわかるか?」
「知らん」

 魔法初心者の俺にそんなこと聞かれてわかるはずない。技術的に最低ランクってのは、わからなくもないけど。

「魔力の消費に対して得られる効果が低すぎるからだ。ちゃんと術式を組んで魔法として発動させてやれば、半分以下の魔力で同じ効果を発揮できる。そんなに難しくない難度でな」
「おおぅ……」

 なんという衝撃の事実……でもないか。俺のやってることは文字通り力技に過ぎない。ちょっと工夫すればもっと効率の良い方法なんていくらでもあるんだろう。
 例えて言うなら、川を渡るのに橋がすぐそこにあるのに泳いで渡るみたいな?確かに非効率極まりねーなー。

「第一、そんな無茶な使い方をすればあっという間に魔力が底を尽きる。並みの魔導師が同じことをすれば3分も持たないぞ」
「いや、全然平気だけど?」

 今現在進行形で技は発動中。使い始めてから3分くらい経った気がするが、特にこれといった変化はない。たしかに魔力は常時消費している感はあるが、それで底がついたり、辛いとはまったく感じないのだが。

「そんなはずは……いや、そうだったな。君の魔力量は冗談みたいな量だったか」

 どうでもいいけど本人の目の前でそんな頭痛そうにため息つくな。

「ま、細かいことはいいや。俺が使える手札が増えたことに変わりないんだし」
「ポジティブだな」
「うだうだ言ってもしゃーねーしなぁ。手持ちの札でやりくりするしかないだろ」

 愚痴愚痴文句を言ったところで何も解決しない。うだうだ悩んでいるよりは、こうして何かしら動いてるほうがよっぽど建設的だ。
 最近はどうにも思考が泥沼にハマりつつあった気がしなくもないけど。

「なぁなぁ、一回だけ模擬戦やってみない?」

 流石にクロノに勝とうとは思ってないが、今の自分がどれだけ動けるかは試してみたい。
 昨日までに覚えた念話などの魔法に比べて、確実に魔力を使っているという実感がある。自分一人で試すより、他の誰か相手に試してみたい衝動に駆られるのは、魔法初心者として仕方ないと思う。

「僕としてはそんなことよりさっきまでの訓練に戻ることをお勧めする。そんな力技に頼るより、基礎を覚えたほうがよっぽど有意義だぞ」
「つーても、そっちは全然進歩ないからなぁ。諦めるつもりはないけど、ちょっとした気分転換は必要じゃん?そこから何か掴めるかもしれないし」

 実際、訓練のほうは行き詰まってる。才能がない状態なのはわかっててやってるけど、それでも凹むものは凹む。
 できないもんを繰り返すより、多少、遠回りで方向性が変わったとしても新しい一歩を踏み出せたなら、そっち方面に進みたくなるのは人間の性だろう。

「……仕方ない、一回だけだぞ」

 俺の興奮した様子に、渋々と頷くクロノ。なんだかんだで面倒見いいよね、この子。

「勝負は先に一発入れたほうが勝ち。ハンデとして僕は最初の1分は攻撃しない」
「了解」

 彼我の実力差を鑑みればハンデは当然。クロノはS2Uどころかバリアジャケットも展開していない。
 や、実際にはそんなハンデ関係無しに歯が立たないが、今回は端から勝ち負けは関係ない。
 俺がどれだけ動けるかを実感するためにクロノが付き合ってくれるだけの話だ。
 出し惜しみはしない。最初から全力で行く……!

「行くぞ……!」
「いつでも」

 魔力の出力を全開。一撃を繰り出すために、軸足に力を込め……

警報が鳴り響いた。

『エマージェンシー!捜索域の海域にて、大型の魔力反応を感知!』







■PREVIEW NEXT EPISODE■

勇斗達が見たものは海上で複数のジュエルシードを封印しようとするフェイトの姿。
翻弄されるフェイトの危機に白き魔導師が翔ぶ。
ただ一つの想いを伝えるために。

なのは『友達になりたいんだ』

 

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UP DATE 09/7/10

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