Memories Off Another

 

第62話

 

11/25(日)

 奏雲祭当日。空は雲一つなく……とまではいかないが気持ち良いくらいに澄み渡った蒼さを見せつけていた。

「さーて、みんなー。待ちに待った奏雲祭当日です。思えば、今日この日の為に、私達は辛く長く苦しい日々を送ってきました……」

 奏雲祭実行委員による開催の合図を待つ中、飛世は芝居懸かった仕草でなにやら演説し始めだした。
 内容に関しては一部突っ込みたいところだが、それを口に出すのは無粋というものだろう。
 こういったイベントで飛世は持ち前のバイタリティを発揮し、クラスのムードメーカー的存在として八面六臂の活躍を見せる。
 日頃から眠い、だるい、かったるいを信条とする俺とは正反対だ。
 無論、優等生である桧月は積極的に仕切る、とまではいかないが、持ち前の基本能力の高さでクラスの中心になっていたし、他のクラスメイトの面々もなんだかんだでイベントやお祭り騒ぎな好きな連中ばかりなので、こういったイベントでは大いに盛り上がる。
 普段、無気力な俺でもやはりこういったイベントは大いに盛り上がってくれたほうが楽しいので有難い限りだ。
 何よりも今日という日には俺にとって運命の一日と言っても過言ではない。
 教室を見回して目的の人物の姿を見つける。向こうもたまたまこちらに視線を向けたのかバッチリ目と目が合う。
 互いの距離が離れているので言葉を交わすことはない。軽くアイコンタクトを交わすだけですぐに二人とも飛世へと戻す。
 今日は桧月との学園祭デート。これでテンションを上げるなと言うほうが不可能な注文だ。


《これより澄空高校学園祭『奏雲祭』を開始いたします》

 飛世の演説が一区切り付いたところで、スピーカーから奏雲祭開始を告げるアナウンスが流れる。

「それじゃー、みんな。年に一度のお祭り、はりきっていこーっ!」
『おーっ!!』

 飛世の号令に合わせてクラス全員の手が挙がる。
 待ちに待った澄空学園奏雲祭の開始である。

 

 

 と、威勢良く声を上げたものの、その勢いでそのままデートというわけにはいかない。なぜならばクラスで学園祭に参加する以上、クラスの出し物が存在し、それに労力を割かねばならないのだ。俺と桧月を含めたクラスメイトの約半数が午前中を担当し、午後は残り半数が担当するというのが大雑把な分担である。
 で、俺たちのクラスが何をやっているのかというと、だ。

「きゃーっ!」
「わーっ!?」

 と、教室内に響く悲鳴から察する事ができるかもしれないが、学園祭で喫茶店、演劇、屋台などと並んで、定番と言えるお化け屋敷だったりする。
 一般的な高校のお化け屋敷なんて、場所や予算の都合で作りそのものはチープなのだが、評判そのものは思ったよりも悪くないようだ。
 暗幕などで教室の光を遮断し、手作りのダンボール製の墓。ライトや色つきセロファンを組み合わせた照明装置などなどを用いてお化け屋敷らしい雰囲気を醸し出し、あの手この手で客を脅かす仕掛けを用意している。
 その甲斐あって、と言うべきか、開始直後から客が途切れることもなく、ひっきりなしに悲鳴を上げさせることに成功している。まぁ、主に悲鳴を上げてるのは一般の子供とか女の子ばっかなのはご愛嬌。男に悲鳴を出されも微妙だけだし。驚かすことには成功しているので文句も無い。まぁ、野郎の反応などはどーでもよい。
 女連れのヤツは徹頭徹尾念入りに脅かすところだがなっ!
 っていうか、こん中暑い。暗い場所で密閉された空間に、長時間閉じこもるのは中々にしんどい。もう秋というか冬に差し掛かる時期だからマシだけど、夏にこれやってたら死んでるぞ、マジに。

「わっ!!」

「わひゃっ!?」
「ひゃうっ!」

 出口にカモフラージュして置かれた掃除用具入れから飛び出し、通行人を脅かす俺。文章で説明すると凄くしょぼく感じるが、脅す効果としては悪くない。
 これで終わりと安堵しかけた隙をついての演出なので、思いのほか効果的だったりするのだ。
 現に今、俺が脅かした女子生徒二人組も驚きのあまり、涙目で尻餅を着いて……

「おろ?」

 暗くてよくわからなかったが、よく見れば女生徒の片割れは見知った顔だった。特徴的なツインテールに小柄な体。

「みなもちゃん?」
「え?」

 俺が声をかけるとみなもちゃんは首を傾げ、しげしげと俺を見つめる。暗いのとコスプレのせいで、パッと見で俺のことがわからなかいのだろう。吸血鬼をイメージしたこのタキシードもどきの衣装が、どれだけ人を脅かす効果があるのかは微妙なところだが。

「ひょっとして……俊一さんですか?」
「正解」

 そう答えて転んだみなもちゃんと、もう一人の女生徒に手を差し伸べる。

「あ、ありがとうございます」
「うぅー、心臓に悪いですよぉ」

 二人を助け起こすとみなもちゃんが涙目で見上げてくる。うむ、みなもちゃんには悪いが中々に可愛くてグッドだ。

「はっはっは、お化け屋敷だから仕方ない。それより退院おめでと。奏雲祭には間に合ったんだね」

 桧月から昨日、退院するとは聞いていたが、こうしてみなもちゃんの元気な姿を直に見るとやはりほっとする。
 手術後にも一、二回お見舞いに行ったが、最近はバイトと奏雲祭の準備で忙しくて、あまり顔を見に行くこともできなかったからなぁ。

「はい、俊一さんのお陰ですっ」
「いや、何もしてないぞ」

 みなもちゃんのはちきれんばかりの笑顔には非常に癒されるのだが、してもいないことに恩義を感じられてもちょっと困る。

「そんなことないですよぉ。俊一さんが考えてくれた千羽鶴のおかげで、私はリバビリい〜っぱい頑張れたんですよ?」
「あ……この人が」

 みなもちゃんの連れのショートカットの女の子が得心がいったように頷く。また妙なことを吹き込まれている気がしてならない。
 次の客もすぐに来ることだし、ここは下手に追求しないのがベストだろう。

「はいはい、戯言はあとでゆっくり聞きますからまた後でねー。後がつかえてますから」

 みなもちゃんの肩を押して丁重に出口へと誘導する。
 みなもちゃんは一瞬だけ、不満そうな表情を見せるがすぐに笑顔に切り替る。うむ、素直で聞き分けが良い子は好感度が高いぞ。

「はい。それじゃ、また後で。午後は必ず美術部に寄ってくださいネ!」
「あいよ」

 手を振るみなもちゃんと会釈する連れの子を見送って出口のドアを閉め、再び掃除用具入れの中へと舞い戻る。
 ポケットの中の携帯を取り出して時間を見ると、交代の時間まであと一時間半あることを示していた。

 

 

「お疲れー」
「うーい、後はまかせたー」

 待ち望んだ交代時間が訪れ、ようやく窮屈な環境から開放される。狭いところに長時間、閉じこもったせいでぎこちなくなった体を目一杯伸ばしてほぐす。

「お疲れ様、俊くん。色々大変だったねぇ」

 体を伸ばしたついでに盛大なあくびをする俺に、幽霊の衣装、というか白い着物に頭に三角のアレをつけた桧月がケラケラ笑いかけてきた。
 彼女も俺が潜んでいたポイントの少し前に隠れて脅かす役をしていたのだが、その表情からはまるで疲労を感じさない。

「ダメだよー、子供泣かしたら」
「あはは、天野くんの目つき悪いもんねー。小さい子には怖いよね」
「その格好もはまり役だし、自前の牙も持ってるしなー」

 桧月に同調するかのように他のクラスメイトたちも次々に囃し立てる。

「アーアーキコエナーイ」

 牙じゃなくて犬歯だし、俺が脅かした子供が泣き出したのも俺個人の責任ではなく、不可抗力に過ぎない。
 俺の反応にドッとクラスメイトたちの笑いが巻き起こり、ひとしきり笑ったり雑談した後、それぞれに散っていく。
 締め切った教室の窓やドアを開け放ち、空気を入れ替えた後、午後番の連中に引継ぎをするためだ。
 その後はまた各個人でクラスの手伝いをしたり、他のクラスを回ったりしていくのだろう。

「元気だしてよ、確かに子供に俊くんの顔はちょっと怖かったかもしれないけど、そんなに落ちこまなくていいから」

 桧月がまるでフォローになってないことを言いながらポンと俺の肩に手を置く。

「誰も最初から落ち込んでません」

 計五人ものがきんちょに泣かれたり、泣き出した女の子をあやそうとしたらもっと大泣きされたり、後から出てきた桧月が話しかけるとあっさりと泣き止んだりしたことに落ち込んだりなんか全然してません。
 憮然とする俺に、桧月は両手を背中へと回しながらクスクスと笑みを零す。

「じゃ、着替えてくるから待っててね」
「了解」

 手を上げて答えながら、それぞれの着替え場所へと移動する。
 当然、午後もこの衣装は使うので休憩時間中に着替えて午後番のヤツに渡さなければならない。
 自分達の教室スペースは全てお化け屋敷として使用している為、各個人の荷物を置いたり着替えをするスペースもない。その為、グラウンドで屋台を出すために教室を使わない隣のクラスの教室を、荷物置き場兼男子の着替えスペースとして間借りしている。無論、女子の更衣室はは別にある。
 パパっとタキシードもどきから制服へと着替えて、午後番の奴に衣装を渡して桧月の到着を待っていると、携帯がメールの着信を告げる。
 誰かと思って見てみると差出人は片瀬さんである。メールには今から俺のクラスに向かうと書いてあった。
 彼女とはつい先ほど顔を合わせたばかりである。彼女は昨日の時点で。うちの学園祭にも来ると宣言しており、その言葉どおり、彼女の友人二人組と一緒に客として訪れた。彼女は、実に脅かしがいがあり、俺の所までたどり着いた時点で涙目だった。こちらの最後の仕掛けにも、友達ともども悲鳴を上げてくれて、俺としても大満足である。
 桧月にもこういう面があれば、遊園地などに行ったときに、役得を期待できたのだが、智也の話を聞いた限りでは望みは薄そうだ。お化け屋敷の骸骨を怖がるどころか、欲しがるあたり、桧月の感性はどこかおかしい。標本の骸骨を借り出した時も、このラインが気に入らないとか妙なこだわりを見せていた。桧月のことはそれなりに理解しているつもりでいたが、まだまだ甘いのかもしれない。

「お待たせしました」
「別に待ってないぞ」

 人が回想に耽っているところに現れた片瀬さんにぴしゃりと言い放つ。
 昨日、あれやこれやと話しているうちにこっちのスケジュールをすっかり把握されてしまっている。桧月とデートをすることは告げているので、邪魔はされないと思うが、一抹の不安はつきない。

「もうっ、つれないですよー」
「変な希望を持たせても悪いからな」

 ぷくーっと、頬を膨らませて抗議する片瀬さんだが、この態度は俺なりのけじめなので譲れない。

「お待たせーって、あれ?」

 そしてタイミングがいいのか悪いのかわからい、微妙なタイミングで戻ってくる桧月。

「えっと、もしかしてお邪魔だった?」

 俺と片瀬さんの顔を見比べながら気まずそうに尋ねてくる桧月。いい加減、その反応は勘弁して欲しい。

「んなわけないっての。俺が待ってたのは片瀬さんじゃなくて桧月だよ」

 脱力しながら答えると、片瀬さんが不満そうに眉根を寄せてズイッと人差し指を立てて迫ってくる。

「何?」
「名前で呼んでくれるって約束しましたよね?」
「うっ……」

 約束まではした覚えはないが、片瀬さんの剣幕に思わず仰け反ってしまう。

「ほら、長い間そう呼んでたから、つい、そっちで呼んじゃうんだって」
「……」

 そんな俺の言い訳をまるで意に介さず、無言のプレッシャーをかけてくる片瀬さん。

「……じーっ」

 しまいには擬音まで付いてきた。

「……さやか」
「はいっ」

 片……さやかの圧力に抗しきれず、搾り出すように名前を呼ぶと、さやかは一瞬でご機嫌になり、笑顔で返事してくれる。
 女って度し難い。

「ふーん、相変わらず俊くんはモテるんだねぇー」

 傍らから聞こえてきた声に、ゾクッと背筋に悪寒が走る。振り向けばニコニコとした笑顔の桧月がそこに立っていた。

「不可抗力だ……」

 いやいや、と力無く首を振ってはみたものの、その言葉に何の説得力の欠片も無いのは、俺自身が一番解っていた。
 もし、これが自分のことではなく、他の誰かが同じような目に遭っていれば、間違いなく「憎しみで人が殺せたら……っ」、と言わんばかりの殺意を抱いていたに違いない。

「あはは、別に謙遜しなくてもいいのに」
「そうですよ。少なくとも私は俊一くんのこと、その、えと……好き、ですから」

 ケラケラと笑う桧月と対照的に、片瀬さんはその頬を染め、周囲に目を這わせながら伏目がちにとんでもない発言をしてくれた。
 瞬時に周囲に目を走らせるが、幸いなことにさやかの言葉は、俺と桧月以外の人間には聞かれていないようだ。そのことに安堵しながらも、さやかの告白に俺自身の頬が赤くなっていく。
 ぐっ、流石にこうも面と向かって言われると照れくさい。こればっかりはちょっとやそっとのことで耐性ができそうもない。

「……やっぱり、私はお邪魔かなー?」
「ないっ!それはないっ!絶対無いから!さぁ、行こう!今すぐ行こう!」
「え?あ、ちょ、ちょっと……っ!?」
「あっ」

 隣から聞こえた冷ややかな声に、思いっきり首を振り、桧月の手を取って歩き出す。
 このままだと駄目だ。なし崩し的に嫌なツボに嵌る。多少、強引でもこの場を脱出するしかない。さやかはこの際、無視することに決めた。後のことは知らん。
 途中で何人かのクラスメイトとすれ違い、桧月と繋いだ手に好奇の視線を向けられたが気にしない。後で冷やかされるかもしれないが気にしない。

「たくっ……」

 自分達の教室から離れ、他の階まで来たところでようやく足を止め、額に流れた嫌な汗を拭う。できれば人気のないところで一息つきたいが、流石に学祭中の校内にそんな場所はそうそう見つからないので仕方ない。
 本番はこれからなのに初っ端から嫌な感じに疲れてしまった。

「えっと、俊くん?」
「あーっ、と、勘違いするなよ?さやかが俺をどう思ってるかはともかく、俺はさやかのこと友達としてから見てないからな?」

 俺が好きなのはあくまで桧月だけだ、と続けたかったが、周りに人がいる為、そこまで言い切れない。我ながらヘタレだ。

「そうじゃなくて、手……」
「手?」

 振り返って視線を落とせば、俺の右手がしっかりと桧月の左手をホールドしていた。

「あっ、とわぅっ、すまん!」

 慌てて桧月の手を離す。とっさに掴んで意識しないまま、握りっぱなしだった。名残惜しいことこの上ないが、仕方ない。

「う、うん……」

 桧月は俺が握っていた手に右手を添え、頬を赤くしながら目を逸らす。
 やばい。可愛い。さっきまで大ピンチだったが、一転してなんか美味しい状況になった?

「……とりあえず、飯にしようか?」
「う、うん。そうだね。まずは外の屋台から見ていこっか?」

 色んな人で賑わう廊下を、二人並んで歩いていく。
 ちょっと良い雰囲気かもしれない。災い転じて福となす。一時はどうなることかと思ったが、これはこれでさやかに感謝しなくてはいけないかもしれない。

「さっきの片瀬さん?あの子のこと放っておいていいの?」
「問題ない。元々アポ無しだし。そもそも今日の俺は桧月と一緒に回るって宣言してるし。だから他の奴がどうなろうと俺は一切知らん」
「そう、なんだ」

 どことなく嬉しそうに見えるのは俺の自惚れだろうか。さっきのやりとりも考えようによっては俺にヤキモチを妬いてくれたように思えなくも無い。
 ……いや、それはないか。詩音とのデートを勧めてくるような桧月に、そんな甘い期待ができるはずもない。
 そのことに若干、凹みかけたが、この状況を少しでも改善するために桧月を学祭デートに誘ったのだ。こんなことでへこたれてる暇は無い。よし。

「屋台の次はどこ行く?」
「えっと、そうだね。屋台の後は唯笑と智也のクラスに行ってみようか」
「あー、あいつらんとこは喫茶店だっけ。詩音特製の紅茶を出してるって言ってたな」

 今坂が詩音ちゃんの紅茶がすっごく美味しいんだよ、と騒いでいたのはつい最近のことであるし、詩音からも是非立ち寄ってくださいと誘われていた。
 あいつがどの時間帯にいるのかはさっぱりわからんが。

「うん。詩音ちゃんの紅茶を目玉に、小夜美さん経由で仕入れたスペシャルパンを出すって言ってたよ」
「……詩音の紅茶はともかく、小夜美さん経由という時点でそこはかとない地雷臭が漂ってるんだが?特にスペシャルとかいう辺り」

 小夜美さん経由のスペシャルパンと聞いて連想されるのは、言うまでも無く購買のゲテモノパンの数々である。
 中には食えるものもわずかながらに存在するが、ほとんどは味も見た目も罰ゲームに使うようなものばかりだ。あれを喫茶店で出せば大顰蹙を買うのは間違いない。

「そこはほらっ、小夜美さんの良心に期待すればっ」
「できるのか……?あの人にそんなもの」

 お釣りを間違えたり、人を静流さんに対する盾として利用しようとした人だ。自分に被害が及ぶ場合はともかく、それ以外にはあまり良心の呵責とかなさそうな気がする。

「わ、私はあまり小夜美さんのこと知らないから……あはは」

 と乾いた笑いを浮かべる桧月だが、こればっかりは警戒を怠るわけにはいかないだろう。
 紅茶はともかく、パンにだけは細心の注意を払おうと心に決める。

「あ、彩ちゃん、俊くん」
「あん?」
「あ、唯笑」

 一階に下りたところで、今坂と出くわした。腕には学祭実行委員の腕章をしている。そういや実行委員になって忙しいとかなんとか言ってたっけ。

「ね、二人とも智ちゃんか信くん見なかった?」
「いや、さっぱり」
「私も見てないけど?」

 俺達が答えると、今坂は悔しそうに唸り始めた。

「むむむ、二人とも何処行ったんだよぉ」

 知らんがな。内心で呟いてから、そういえばあの二人が、この日の為に色々暗躍していたことを思い出す。

「あの二人、クラスの手伝いもしないでずっと放課後何かしてたんだよ。絶対に何か怪しいこと企んでるんに違いないよう」
「まぁ、智也と信だからな」
「うん、智也と信くんだもんね。って、俊くんがそれを言う?」

 何気に失礼な桧月だった。

「あの二人と一緒にされるのは凄く心外だぞ」
「え?」
「え?」

 二人してハモりやがった。

「そーかそーか、あいつらが何を企んでいるのか教えてやろうと思ったが必要ないようだな」
「あぁっ、嘘嘘っ!ごめん!謝るから教えてよ!」

 慌てて手を合わせて謝罪する今坂だが、その程度で機嫌が直るほど俺は安くない。器が小さいとか言うな。

「情報を得るにはそれ相応の対価を払うってのは世の決まりごとでな」
「中学の時の彩ちゃんの水着写真一枚!」
「あの二人が何を企んでいるかというとだな……ごにょごにょ」
「ちょっ、唯笑!?」

 驚く桧月を他所に、俺は知り得る限りの情報を今坂に耳打ちで伝える。
 桧月の水着写真に比べれば、あいつらの情報などゴミ屑以下の価値しかない。

「と、いうわけだ」
「そ、そんな恐ろしいことを……っ!?」

 俺から全てを聞いた今坂は信じられない、と言った表情で顔色を変え、よろよろと後ずさる。
 おまえの気持ちはよくわかる。確かにあいつらがやろうとしていることは常識では考えられない。思考が常に非常識へと傾く奴らならではの恐ろしい企みだ。

「犠牲者が出る前に止めないとっ!ありがとっ、俊くんっ!彩ちゃんもまたねーっ!」
「報酬忘れんなよーっ!」
「うんっ!休み明けに持ってくるよーっ!」
「ちょっと、唯笑!」

 走り去る今坂に声をかける桧月だが、あっという間に今坂の背中は見えなくなっていた。どうでもいいが学祭実行委員が廊下を走るな。

「やれやれだ」

 智也も信も今坂も、世話が焼けるねぇ。

「やれやれ、じゃなーいっ!」
「ごふぅっ!?」

 後頭部に走る衝撃に思わず頭を抱えてうずくまる。何事かと思って見上げれば、拳を握り締めた桧月が仁王立ちで立っていた。その顔は何故か真っ赤に燃え上がっている。

「何、勝手なやりとりしてるのよっ!」
「お互いの利益を尊重した公正な取引じゃないか、っておおっ!?」

 頭を抑えながら反論したら、胸倉を掴まれて立ち上がらせられた。釣り上がった桧月の目つきが非常に怖い。

「なんでそこで私の写真を取引に使うのよっ!?」
「待て待て落ち着けっ!これは今坂の罠だっ!俺から写真を希望したわけじゃなぞっ!」
「〜〜〜〜っ」

 桧月のあまりの剣幕に必死で弁解する。桧月も俺の言ってることが正論の為か、それ以上の言葉を告げず、代わりに声にならない声がかみ締めた歯から漏れ出している。

「と、とりあえず落ち着け、な?」

 必死に宥めた成果か、桧月は俺の胸倉を掴んだまま、スーハーと深呼吸を始める。どうでもいいが顔が近い。これはこれでドキドキものである。

「……写真は没収するからね?」

 何度か深呼吸を繰り返して、気を落ち着けた桧月は、ようやく俺の胸倉から手を離し、そう言った。

「横暴だ」
「何か言ったかな?」

 そう言ってにこりと笑う桧月だが、その見た目とは裏腹に途轍もない威圧感を放っている。
 駄目だ。あの目は逆らうどころか反論をした瞬間に俺はヤられる。

「いえ、何も」

 ゆえに俺は涙を飲んで首を振るしかなかった。俺だって命は惜しい。
 くそぅ、後で今坂に根回ししてダミーの写真を用意してもらうしかあるまい。

「何か、変なこと企んでない?」
「滅相も無い」

 ジロリと睨む桧月に、両手を挙げて降参の意を示す。
 ちっ、鋭い。これは細心の注意を払って行動せねばならないようだ。

「漫才は終わった?」
「え?」
「よぅ」

 そこに現れたのは最新の転入生こと、音羽さんだった。屋台でも回っていたのか、その手には戦利品と思しき袋がぶら下がっている。

「二人で夫婦漫才をするのはいいんだけど、もうちょっと人目を気にしたほうがいいんじゃないかな、お二人さん」
「え?」
「おぉぅ」

 音羽さんが呆れたように手を向けた先には、遠巻きに俺達に注目する人だかり。
 まぁ、たしかにこんだけ人がいる中で、あれだけ騒げば注目を集めて当たり前である。

「あ、あはは。お、お騒がせしましたー」
「じゃ、そゆことで。音羽さんもまたなっ」

 昨日も同じようなことがあったなぁ、と既視感を感じつつ、そそくさとその場を脱出する俺達であった。







 

 

 

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Up DATE 09/10/18


更新空きすぎて泣いて土下座したい。
とりあえず今年中には絶対完結させるつもりで。目標は来月中。
今回以降に頂いた感想については日記で随時返していきますのであしからず。

>片瀬さん可愛すぎだと思うです。とりあえずあの世までおもちk(ry
>まだどう終わるかが見えてこない展開に期待しつつ。。今日もあの世は快晴です(何
ノリと勢いで出して、オリキャラがここまで出張るのは正直どうなんだろうと思うこともあるのですが、それなりに人気が出てると嬉しいもんですね。
とりあえず現世に戻ってきて〜