Memories Off Another

 

第61話

 

11/24(土)

 

 「うーむ」

 派手に飾り付けされた校門を前に一人、途方に暮れる。

 俺が今いるのは学園祭真っ只中の林鐘女子高等学校の校門前。私服とはいえ、男子高校生が女子高の前で一人きりというのは非常に居心地が悪い。
 不幸中の幸いなのは周りに一般客がたくさんいてそれに紛れることができることだろうか。
 仮にこれが下校中の時間とかにこんば場所で突っ立ってたりしたら……と思うと、非常に微妙な気分になるので忘却の彼方へと追いやった。

 何故俺がこんなところにいるのかというと、片瀬さんと一緒に学園祭を回る約束をさせられたからである。本当なら信も道連れにしたいところだったが、林女の学園祭は生徒経由で手に入るチケットがなければ入場できない。片瀬さんからもらったチケットは一枚だけなのでどうしようもなかった。
 片瀬さんに駄目元でチケットをもう一枚ねだったところで笑顔で却下されたというオチは言うまでもないのだろう。

「お、お待たせしました……」

 クイクイと袖を引かれて振り向くとそこには肩で息をしていてるメイド服の片瀬さんが……って、

「メイド服?」
「はぁ、はぁ……はい。どうです、似合いますか?」

 ここまで走って来たのか、息を整えながら、スカートのすそを掴んでくるりとその場で一回転する片瀬さん。頬が朱に染まっているのは急いでここまで来たからなのか、単に照れているのか。恥ずかしいならやらなければいいのにと突っ込みたいが、流石にそれをするほど野暮ではない。
 頭には白いカチューシャ。そして白いエプロンドレスに紺色のワンピース。どっからどうみても完璧なメイドだ。スカートはミニではなく、ちゃんとしたロングの長いスカートなのがポイントだ。ミニスカのメイドスカートなど邪道である。と、とある友人Bは拳を握って熱弁していた。

「うん。まぁ、似合う、けど…」

何故にメイド服?

「ウチのクラスはメイド喫茶をやっているですよ」

 えへへ、とはにかむ片瀬さんに不覚にもときめいてしまう。メイド喫茶とか、なんてベタなと思わなくもないが、片瀬さんみたいな可愛い子にメイド服というのは鬼に金棒というくらい反則的な破壊力を持っていた。まぁ、世の中、可愛いが正義という言葉も聞いたこともあるようなないような?桧月にメイド服とか着せてみたいなぁ……。今年は流石に無理だけど来年のクラスの出し物をさりげなく誘導できないだろうか。桧月と同じクラスになれる保障はないが。

「お昼、まだですよね?私のクラスでご馳走しちゃいます」

言うやいなや、片瀬さんは俺の手を取って歩き出す。

「んな、急がなくても」
「いーえ、せっかくのデートなんですから時間は無駄にできませんっ!」

 ぎゅっと俺の手を握りしめた片瀬さんに一蹴された。きっぱりとデートと言い切りやがりましたよ、この子。本当にこの子もたくましくなったなぁ。初めて会ったころの彼女はもっと押しが弱くてか弱い雰囲気だったというのに。たった一年でこうも変わるものなのか。
 とはいえ。

「せめて手は離さない?」
「……ダメですか?」
「できれば離して欲しいなと」
「……どうしても、ですか?」

 うぐっ。その捨てられた子犬のような目はやめて欲しい。

「どうしてもって程じゃないけどさ……」
「じゃあ、離しません…………今日だけでいいんです……お願いします」

 さて、これを断われる独り身の男がいたら見てみたい。いや、だって仕方ないだろう?こんな可愛い女の子がメイド服着て、今にも泣きそうな声と上目遣いで懇願してくるんだぜ?断われるわけがない。
「……今日だけだぞ」
「はいっ」

 そんなに嬉しそうに微笑まれると嬉しいやら歯がゆいやら困るような微妙な気分になってしまう。他に好きな女の子がいるというのいいんだろうか、俺。いや、どう考えてもよくないんだけど。あぁ、胃がじくじくと痛んできた気がする。とはいえ、こうして片瀬さんと約束した以上、今日一日は他の女の子のことは忘れるべきだろう。
 と、いうわけですまん、桧月。心の中で勝手に謝ってみたものの、脳裏に「私は全然気にしないよ」と、心の底から笑顔で手を振る桧月が浮かんでげんなりした。
 リアルでそういう反応してくれるに違いないので余計に泣けてくるね、こんちくしょうっ!

「耳赤いぞ?」

 これ以上鬱な気分に浸ると、俺的にも片瀬さんにも申し訳ないので、気分転換に片瀬さんをからかうことにしよう。

「……そういうのはわざわざ口に出さないでおくのが紳士だと思います」

 上目遣いに睨んでくるが、顔が真っ赤なのでまるで迫力がない。いくら積極的になったとはいえ、照れを拭い切れないのがなんとも彼女らしい。

「恥ずかしいなら無理しなくていいのに」

 しかし、そういう態度を取られると俺のSッ気が全開になるのもこれまたお約束である。口の端をつり上げながらからかう。

「……うぅ」

 ふっ、最近は色々借りを作ってばかりだったからいい機会だ。この機会にきっちり誰がいぢめられる側なのか叩き込んでおこうか。

「てい」
「あっ」

パシャリ。片手は片手は塞がれているので右手の携帯で真っ赤になった片瀬さんを激写する。歩きながらだったのでブレてるが、片瀬さんにそれがわかるはずもない。

「ふっふっふー、赤面メイドさんの画像ゲットー」
「あぅ……いきなり撮らないでくださいよー」
「ふっ、油断してるお前が悪いのだよ」
「……完全に悪役の台詞ですね。それ」
「褒め言葉だな」
「小物っぽいです」
「……言うようになったな」
「おかげさまで」
「「……」」

 二人してジト目で睨み合う。歩きながら、しかも片手を繋いでいるのでさぞかしアレな光景だろう。その短い沈黙を破ったのは俺達二人のどちらでもなく第三者だった。

「はいはーい。二人ともイチャつくのはそれくらいにして目線こちらにお願いしまーす」
「あん?」
「え?」

二人で視線を前に戻すと出迎えたのはカメラのフラッシュ。そこにはカメラを携えた林女の制服に身を包んだ眼鏡の女の子がいた。

「廊下でいちゃつくのもほどほどにねー、さやか〜」
「香澄ちゃん」
「誰?」

一人首を傾げる俺。

「あ、紹介しますね。私の友達で水原香澄ちゃん。見てのとおり写真部です」
「はじめまして。水原香澄です。天野俊一くん?」

 ニヤリ、としか表現できない笑みを浮かべて彼女は言った。

「……どうして俺を知っている?」
「ふふん、さやかからあなたのことはよ〜く聞かされていますから」

 水原さんとやらは眼鏡を指で押し上げながら意味深に微笑んだ。何故か片瀬さんは再び顔を赤くして俯いている。

「何を聞かされたのか追求したい気もするがやめておこう」
「そうですか?それは残念」

 あー、なんというべきだろう。こいつには同類というべきか、同じSの匂いを感じる。人をからかって喜ぶタイプだ。あまりお近づきにならないほうが懸命な気がする。

「片瀬さんも難儀な友達を持ったもんだなぁ」
「……わかってくれますか」

 心から同情の意を表すると、片瀬さんは心底疲れたようにため息をついた。うん、それだけで普段色々苦労させられてるのがよくわかった。

「あはは。だって仕方ないじゃない。さやかってばいっつもイヂメてオーラ出してるんだもん。その気はなくてもついつい、ねー」
「あぁ、確かに」
「そこで納得しないでくださいっ!!」
「ふふふ、素直じゃないなー。本当は好きな人に構ってもらえて嬉しいくせにー?嫌よ嫌よも好きのうちってやつ?」
「か、香澄ちゃん!」

 再び赤面する片瀬さん。あー、その、なんだ。片瀬さんがいぢめたくなるキャラなのは激しく同意なのだが、俺を引き合いに出されるのはちと困る。

「この子ってばね、何かっていうとすぐあなたのことばっかり話すんですよ?俊一くんが、俊一くんがって。ほーんと、いじらしいんだから」
「あー、あはは……」
「うぅ」

 そんなん聞かされても俺としては反応に困る。いや、嬉しいっちゃ嬉しいんだけどもやっぱり色々複雑過ぎる。

「うふふ、この子は色々お買い得ですよー?ほら、こんな華奢なのに出るとこは出てるし」
「わきゃっ!?あっちょ、ちょっと、香澄ちゃんっ!?あっ……んっ、やぁっ、ふぁんっ!?」
「あー」

 片瀬さんが縮こまってる隙に水原さんは片瀬さんの背後に回り、片瀬さんの胸を鷲づかみにする。
 わきわきと蠢くその指と片瀬さんの出す声がなんとも艶めかしい。非常に目の毒だ。

「んんー?ねぇ、さやか。またちょっと大きくなったんじゃない?」
「……あっ……んんっ、ちょっ、いい加減に……っ」
「あ、天野さんも触ってみます?この子これでもEカップもあるんですよ?」
「マジか」

 Eカップという言葉に思わず反応してしまう。いや、密かに大きいなとは思ってたけどまさかそこまで……片瀬さんって着痩せするタイプだったのか。

「こらぁっ!!」
「あいたぁっ!?」

 片瀬さんの左肘が水原さんのこめかみを直撃。

「おぉ」

 そのまま体を旋回させ、真正面からの掌手が水原さんの顎に炸裂。そのまま水原さんは声もなく崩れ落ちる。

「惚れ惚れするような連続技だった」
「俊一くんも見てないで助けてくださいっ」
「いや、その必要なかったし」

 現に襲ってた側の水原さんはしゃがみこんで悶絶している。綺麗に入ったからなぁ。
 そして何より女子高校生に胸を揉まれるメイドさんの図は中々に貴重かつエロスで止め難くて、むしろいいぞ、もっとやれとエールを送りたいくらいで。

「うぅーっ」

 そういう風に涙目で睨まれてもそれがこちらの嗜虐心を余計に刺激するということがこの子は学習できないんだろうか?

「ほら、こうやって手を離さないくらいの余裕はあったんだし」

 俺が左手を上げるとつられる様に片瀬さんの右手が上がる。襲われてる最中も一瞬たりとも離さなかったのは律儀というかなんというか。

「だからそういうことは口に出さないでください……っ」
「あはは、本当にさやかは一途だよねー。そこが可愛いとこなんだけど♪」
「香澄ちゃん……まだ足りない?」

 ぐっと拳を握り締めて睨みつける片瀬さんに、顎を押さえてた水原さんは慌てて両手を挙げる。

「あはは、降参、降参。これ以上、恋路の邪魔したら馬に蹴られちゃうからね」
「うぅー」

 恨みがましそうに睨みつけるのは良いんだが、そろそろ移動してもらわないと俺が困ってしまう。

「とりあえず二人ともその辺にしてくれ。さっきから目立ってしょうがない」
「え?」

 片瀬さんが辺りを見回すまでもなく俺達は周囲の人たちの注目を浴びていた。
 そりゃ、メイドの可愛い子が女子高生に胸揉まれて、あんな声出してたら俺だって注目する。

「あぁぅ……」

 そのことにようやく思い至った片瀬さんは再び赤面。対する水原さんはそれをニヤニヤした表情であからさまに楽しんでいた。
 それはもう「計画どおりっ!!」と、言わんばかりの某月のようなイイ笑顔で。

「い、いきましょう」

 片瀬さんは足早にこの場から立ち去ろうと俺の手を引いて歩き出す。無論、俺もこういう注目のされ方は嬉しくないので逆らわずについていく。

「ゆっくりしていってねっ!」

 背後からかけられた煽るような声に片瀬さんが振り向くことはなく、ただ歩く速度をあげるだけだった。

 

 

「すみません、ほんっとうにすみません!」
「いや、そんなに謝んなくていいって」

 先ほどの場所からそれなりに歩いたところで片瀬さんは大げさに頭を下げる。
 注目されたことと、自分の友達の態度のどちらに対して謝ってるのかは判断つかないが、その程度のことで謝られては俺としては苦笑するしかない。

「俺はちょっと注目されただけだし。片瀬さんが謝ることじゃないだろ。元凶はどう考えてもあの水原さんとやらだし。むしろ役得?」
「うぅ、お恥ずかしいところをお見せしました」

 自分がどんな声を出していたのか思い出したのか、片瀬さんの頬が再び朱に染まる。この子、さっきから赤面してばっかな。

「まぁ、その、なんだ。がんばれ?」
「なんで、そこで疑問系なんですか。……はぁ」
「大丈夫。生きてればきっといいことがあるさ」
「何か物凄く失礼なこと考えてませんか?」
「多分、片瀬さんの想像通りだと思う」

 さっきまでの様子を思い返せば常日頃から片瀬さんがあの水原さんに振り回されている光景が容易に想像できる。

「ご心配には及びません。確かに香澄ちゃんは性格に色々問題ありますけど根は良い子ですから大丈夫です。あんなのでもれっきとした私の親友なんですよ」

 と、片瀬さんは口に指を当てて微笑んだ。

「親友と言い張るわりに酷い言い草なのは気のせいか?」
「親友だからこそ、ですよ」

 さらりと言ってのけた片瀬さんはクスリ、と笑って俺の手を引いていく。

「さ、早く私のクラスに行きましょう。変な足止めされちゃいましたから」

 

 

 

 流石に自分のクラスまで手を繋いでいくのは恥ずかしかったらしく片瀬さん自ら自重してくれた。メイドさんと手を繋いだままメイド喫茶に入るという羞恥プレイを行わずに済んだことに安堵しつつ、案内された席に着く。

「ご主人様、こちらがメニューになります。ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「……おう」

 喫茶店として装飾された教室に入るなり、片瀬さんはその姿通りメイドとして振る舞い始めた。
 おしぼりとお冷を置くとそのままクラスの手伝いに戻っていく。俺がここにいる間はクラスを手伝うらしい。
 しかし、まぁ、なんだ。馴染み深い顔にご主人様と呼ばれるのは中々に妙な気分だ。俺にメイド属性はないが、片瀬さんのような可愛い女の子がメイドとして振る舞われれば、悪い気はしない。クラスメイトに一人メイド萌えを公言しては憚らないヤツが一人いた気もするが、今ならその気持ちがほんのちょっぴりわかる。
 可愛い女の子のメイドは正義!メイドそのものではなく、可愛い女の子がメイド、というのが俺的な最重要ポイントだ。
 メニューを眺めつつ、周りの様子も観察してみる。女子高のメイド喫茶というだけあって中々に盛況だった。俺のほかにも他校の男子生徒や女子の姿も見受けられ、席もほとんど埋まっている。名門というだけあって、メイドをしてるここのクラスの子達のレベルも中々に高い。
 が、その中でも片瀬さんはやはり断トツに可愛いし、接客の動きも他の子たちに比べて高い。ルサックでバイトしてる経験を見事に活かしていると言えよう。
 他のメイドさん達に比べて一際輝いているように見えるのは俺の身内贔屓だろうか?

「ご注文はお決まりでしょうか、ご主人様?」

 メニューを眺めて注文しようと顔を上げれば、タイミングよく……いや、間違いなく狙ってた片瀬さんが微笑んでいた。

「えっと」
「タラコスパゲッティとダージリンティでよろしいでしょうか?」
「……何故にわかった?」

 俺が口を開く前に頼もうとしたメニューをずばり言い当てられた。エスパーか、貴様は。

「あは。俊一くんの好みの把握は私の研究課題ですから」

 ぺロリと舌を出す仕草もポイント高いが、そんな研究をしているとは初耳だ。いや、確かに普段から食べ物の好みとかよく聞かれた気もしなくないけど。

「物好きにもほどがあるぞ」
「女の子は、好きな人のことはなんでも知りたがるものなんですよ」

 唇に人差し指を当て、周りの人に聞こえないように小声で呟いた片瀬さんはそう言い残していった。
 なんだかなぁ。肩肘を付いて視線を彷徨わせるがどうにもこうにも自分の頬が熱を持つのを自覚してしまう。

「―――?」

 不意に視線を感じ周囲に視線を這わせる。

「……くぁ」

 すぐに感じた視線の意味を理解した。メイドさんをしている女子生徒達の視線がチラチラとこちらに向いているのだ。
 あぁ、そりゃそうだよねー。理由なんて考えるまでもない。女子校でクラスメイトが他校の男子生徒をわざわざ連れてくりゃ誰だって注目するわ。ってか、女子校に限ったことでもねーか。
 自意識過剰と言われようとも一旦気付いたものはどうにも気になって仕方ない。注文したものが届くまで俺は居心地の悪さを感じながらもお冷をすすっていた。

 

 

「すみません。度々お待たせして」

 俺が食事を終えて廊下で待っていると、程なく制服に着替えた片瀬さんがやってくる。
 (ちなみに食事代は自分で出すつもりだったのだが片瀬さんがどうしても、というので大人しく奢ってもらった)

「それは構わんが、クラス抜け出して良かったのか?」

 教室の中は相変わらず盛況で人手がいくらあっても足りないように見えるのだが。

「はい、問題ありません。ちゃんと契約済みですから大丈夫です。行きましょう」

 そう言って片瀬さんは再び俺の手に指を絡めてくる。改めて感じるその手の小ささと温もりに胸の鼓動が早くなるのを自覚する。

「えっと、もう一つお願いしたいことがあるんですけどいいですか?」

 俺の手を引きながら片瀬さんは上目遣いにこちらを見上げてくる。

「内容によるな」

 迂闊に安請け合いしてとんでもないことをさせられては叶わん。

「私のこと、さやかって名前で呼んでください」
「うえっ!?」
「えっと、双海さんのことは名前で呼んでましたよね?だから私のことも名前で呼んで欲しいんです」
「え、え〜と」

 何故、それを片瀬さんが知っているっ!?……片瀬さんの前で詩音って言ったことあったけ?
 つーか、二人が顔合わせたのってそんな多くないよな?あれ、おろろ?

「まさか、双海さんは良くて私はダメってことはないですよね?」
「あぁー、まぁーそう言われるとなー」

 片瀬さんの睨むような視線から目を逸らしながら思案する。まぁ、別に本人がそう呼べと言うなら断る理由もない。
 とはいえ、他に好きな子がいるのに自分に好意を寄せてくれる女の子の名前を呼ぶと言うのはなんだかどうよ?と言う気もしなくもない。
 いや、詩音の時はその時点ではっきりと好意を示されたわけでもないし……ってたかが呼び方一つで大げさ過ぎですね、ハイ。

「了解。えっと……さやか、さん」

 うわ。照れ臭い。今まで苗字で呼んできた相手をいきなり名前で呼ぶのって無性になんだか照れ臭い。
 詩音のときもそうだったけど片瀬さんの場合は付き合いが長いだけ余計に恥ずかしい気がする。

「……私としては呼び捨てのほうが嬉しいんですけど」
「マジで?」
「……是非お願いします」

 だからイチイチ顔を赤らめるのはやめて欲しい。こっちまで影響出てくるっちゅーに。

「えっと……さやか」
「はい!」

 

 

 その後は二人で学園祭をゆっくりまったりと回ることになる。体育館で行われる吹奏楽部の演奏やら演劇。クラスごとに出されてる模擬店などなど。名門女子校の学園祭ということでもっと華やかかつ穏やかなイメージを抱いていたが、さほど特別ということもなく何処にでもありふれた賑やかな学園祭だった。

 

 

 

「今日はありがとうございました。本っ当に楽しかったです」
「そいつぁ、良かったな。ま、俺のほうも十分楽しませてもらったし、おあいこだな」

 既に陽は暮れ後夜祭へと時を移していた。
 校庭に中央で燃え盛る炎を眺めながら二人で地べたに腰を下ろして語り合う。

「えへへー」
「何、薄気味の悪い笑い浮かべてんだ」
「私、こうやって好きな人と一緒に学園祭を過ごすのが夢の一つだったんですよ。また一つ夢が叶ったんだって思うとどうしても嬉しくって」
「……」

 さやかをからかうどころか盛大なカウンターを貰ってしまった。こういう反応をされるとどうにもこうにも対応し辛いというかなんというか。

「本当は腕も組めたらもっと素敵だったんですけど、ね」
「……それは諦めろ」

 手を繋ぐのも俺の中ではデッドラインギリギリなのに腕組みとかはマジで勘弁。主に彩花的な問題で。

「はい、それは恋人になるまでとっておきます」

 しれっと言ってのける。

「人のファーストキスを奪った奴の台詞か?」
「あうっ」

 さやかに視線を合わせずに言ったものの、あの時のことを思い出せば今でも鮮明に柔らかい唇の感触が浮かんでしまう。
 校庭の炎のおかげで、顔が赤くなってるのを誤魔化せるが幸い、か?

「あれは、その……勢いというかなんといいますか」

 横目で眺めるさやかは人差し指を突き合わせながら顔を真っ赤にしてあたふたしている。

「な、俺のどこがいいんだ?」
「……はい?」

 さやかは何を問われたのかわからないというようにきょとんとした表情でこちらを見上げていた。

「だからさ、俺のどこが……その、気に入られたのかなって。俺なんて別に取り得もないし、頭も特別良いわけじゃない。俺より顔や性格の良い奴だっていくらでもいるし、さ」

 さやかに告白された時からずっと抱いていた疑問。俺が桧月に対して好意を示しているのにそれでも俺のことを好きといってくれるさやかや詩音。
 はっきり言って俺の何が二人に好かれたのかさっぱりわからない。二人に対して特別なことをした覚えも……あー、まぁ、詩音に関してはちょっと干渉し過ぎたかもしれない。とはいえ、それはせいぜいきっかけ程度で好かれる原因……ではないと思う。一体全体、さやかや詩音は俺の何を好きになってくれたんだろう?

「全部です」

「はい?」

 身も蓋もない答えに俺が思わず訊き返してしまった。

「だから全部ですよ。俊一くんの声も顔も。意地悪なとこも優しいところも全部です」
「……」

 ある意味一番反応に困る回答だった。俺が言葉に詰まっているの見て、さやかはクスリと笑みを零す。

「俊一くんは桧月さんのどこが好きですか?」
「どこがってそりゃあ……」

 桧月のどこが好き、と言われて考えてみる。

「全部?」
「ですよね、やっぱり」

 そう言ってさやかは複雑そうに笑う。

「人を好きになるのに理由なんてないと思うんです。多分きっかけは自分でも気付かないくらい何気なく、本当に些細なことで。気付いたらその人を好きになっちゃってるんです」
「……」
「本当にその人のことが好きなら、その人の何処が好きとかって結局後付の理由なんだって、思います」
「なるほど、な」

 確かにさやかの言うとおりかもしれない。俺が桧月を好きなことに理由なんて付けられない。
 どこが好きかと言われれば、桧月のこと全てが愛おしくて。気付いたとき、いや、初めて会って、すれ違ったあの時から桧月に恋してたんだろう。

「難しく考えるだけ野暮ってもんか」

 俺は芝生に背を預けて空を見上げる。

「そういうことです。第一、俊一くんが悩んでる姿って似合わないです」
「うっせ」
「ふふっ」

 二人して小さく笑いあう。

「私は俊一くんが好きです。だからいつでもそのままのあなたを見ていたい。例え、あなたの隣にいるのが私じゃなくても。ずっとそのままのあなたでいてください」
「……難しい注文だなぁ」

 さやかに目を向けず、空を眺めたまま呟く。

「大丈夫です。私が好きな俊一くんならきっとできます」
「絶対、それ過大評価。後で泣き見ても知らんぞー」
「そうならない為に、こうして俊一くんにアタックをかけてるんです」
「さよですか」

 

「はい、絶対に、俊一くんに振り向いてもらいますから」

 

 

 

 

 

 

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Up DATE 09/2/10


>お互いの過去暴露…ってか俊一の過去は本編通して初だったような。
まぁ、あんまり暴露できる内容でもないし機会もありませんからねー。本人的にはできれば秘密にしときたい内容でしょう。
>そして、これからもっと…の台詞、詩音END確定ですね?
さて、それはどうでせう?
>ある意味で詩音の父親公認とも取れるし…見送りイベント挟んで欲しいかなー、とも。
まぁ、小説とか本編見る限り理解のやる父親のようですしえ
>とりあえずハッピーエンドは期待出来そうですし、期待してます。
ここまで続いてバッドエンドとかイヤ過ぎるw
>勿論急がなくてもいいですし、ずっと続くのもそれはそれで問題ありませんよ?
まぁ、それでも三ヶ月以上は空けすぎだろー、と。今さらデスね、はい。

>正直、物語初期の初代テキストの流用の多さと、全編にわたる誤字脱字の多さが気になりました。
>当然、同じ時系列上の物語なのでイベントは同じものが多くなるのでしょうが、智也とこの主人公は全く考え方の違うキャラクターなのですから、心理描写やセリフの変更はあってもよかったのではないかと思いました。
あー、耳が痛い。耳が痛い。まったくもってその通りなので反論も何もありません(汗)っていうか改めて見なおすと色々酷すぎて書き直したくなってくる。orz
>しかし、物語も後半になるにつれ、ストーリーがオリジナルのものになったことは良かったと思います。
今、描き直せばもうちょいマシなものになりそうなんですけどねー。でもさすがにそれをやると完結しなさそうなので自重します。
多分、完結後に誤字脱字の修正くらいは……。
>Memories Offらしい主人公の悩みとか、トラウマとかが無いので、少し主人公が深く考えてしまう出来事に直面するシーンがあった方がよかったのかな?とも思いました。
オリジナル主人公でトラウマとか深い悩みとか持ってると厨二病っぽくなっちゃうんで加減が難しいんですよね。
深く考えるのは本編の智也や主人公たちがやってるのでこの主人公はお気楽前向き思考で突っ走ってもらいます。
>まあ、素人の戯言なので、あまり気にしないでくださいw
素人どうこう以前に読んでくれる方の感想・意見こそが重要なのでこれからもビシバシとお願いします〜。

>ずっと続きを読み続けたい気持ちも少しはありますがSSの場合は完結はさせてほしいです。
>読み物の場合どんな結末を迎えるかが一番楽しみで期待している所でもありますから。
>その気になれば番外編とかまたやればいいですもんね(笑
完結してない良作は完結した駄作に劣るとも言われますしね。時間はかかってもしっかり完結させようと思います。
最低でも今年中には。理想を言えば夏までには完結させたいとこです・・・w

>詩音さん転校しないんだ・・・てっきり俊君が止めるかどうかで変わるものと思ってました。
現時点では彩花第一ですからね。詩音を一番に想えない現状では止める権利とか資格がないのでしょう。
>詩音の身の上話はかなり懐かしいな〜もうゲームも手放してるのでおぼろげなのですが読みながら少し思い出す部分もあります。
つ[PSP版]……1stPSPの初回限定版が何処にも売ってないんだぜorz

>ゲーム自体は古いですがこれは最近なんですね
>がんばってください
ありがとうございます〜。時間はかかっても延々と描き続けておりますw