Memories Off Another

 

第60話

 

 

 

 

さて、困った。

中目町から電車に乗ったのはいいが、会話のネタがない。いったい何を話せばいいのやら。

うー、こんなことなら現地集合にしときゃ良かったかもしれない。

で、詩音のほうはというと落ち着いた様子で隣に座っている。

「楽しみですね。俊一さんはマリンランドに行ったことあるのですか?」

「あー、中学んときに信とか友達数人で行ったことはあるな」

一応男女混みのグループだったけど。残念ながらその時は桧月と知り合う前だったので好きな女の子のいない時期だった。

だから単純に仲間同士でアトラクションを楽しむだけでデートのような雰囲気とは程遠い。

「まぁ、中学んときだからな。そん時に比べたら色々アトラクションとかも増えてるんじゃねぇの?」

「なるほど、それは楽しみですね。私も遊園地に行くのは久しぶりですから」

そーいや、詩音は元々海外にいたんだっけか。

「日本の遊園地は初めて?」

「いえ、昔は少しだけ日本にいたときもありますから。その時に父に連れて行ってもらいました」

「ふーん。何歳くらいのとき?」

「……そうですね。確か6歳とか7歳くらいのころでしょうか」

「ふーん。と、すると小学生になったかどうかってぐらいか」

「そうですね。あの時はこうして男の人と一緒に遊園地に行くことになるとは思いませんでしたけど」

「いや、そんなこと考える小学生のほうがおかしいから」

「ふふっ、その通りですね」

と、まぁ、こんな他愛もない話をしている間にあっさりと俺の緊張感は羽を生やしてどっかに飛んでいってしまった。

さすが、俺。緊張感なんて長続きしないぜ。

「ちなみにそれってもしかしなくても弁当?」

最初から気になっていた詩音の膝に置かれたバスケットを指差す。

普通なら9割がた弁当で決まりだろうが、相手は図書室の読み姫と称される詩音だ。

あれの中身が本で一杯でも俺は驚かない。

「えぇ。俊一さんに満足してもらえるよう朝からはりきって作っちゃいました」

「そ、そっか」

詩音が弁当を作ってくれるんじゃないかという期待はあったが、そんなことを面と向かって言われると流石に照れる。

「飲み物のほうも母直伝のブレンドですから、期待していてください」

「へー、そういや詩音の紅茶飲むのも久しぶりだっけか」

前に飲んだのはいつだっけ。うむ、今から昼飯が待ち遠しい。

 

 

 

 

 

「と、いうわけでやってきました。マリンランド」

「誰に向かって言ってるんですか?」

「いや、なんとなく」

詩音の突っ込みはさらりと流して辺りを見回す。

ちなみに詩音の持ってきたバスケットはもちろん俺が持っている。紳士として当然の配慮だ。

そこ、誰が紳士だとかいう突っ込みはなしだぞ。

「さすがに休日だけあって混んでるなぁ」

辺りを見回す限り、人、人、人の群れである。

観覧車から見ればまさに人がゴミのようだとムスカごっこができるに違いない。

「で、どーする?先に侍を探すのとアトラクション回るの、どっちを優先する?」

冬の大江戸祭り開催中ということもあって、目の付くところに江戸時代の商人とか町人とか火消しっぽいのはうろうろしてるが、あいにくと侍は見当たらない。

パンフに目を通す限りは冬の大江戸祭り期間中は江戸時代の衣装を着た人間がそこらをうろついたりするだけでなく、一部の区画を江戸時代っぽくセットを作ってあり、そこら辺で色々イベントをやってるらしい。

とはいえ、イベントの多くは午後かららしく、開園間もない時間の今では大したことをしてないっぽい。

「そうですね。大江戸祭りのイベントは午後からのようですし、午前中はアトラクションを回ることに専念しましょうか」

「了解」

「んじゃ、まぁ、最初は……」

 

 

「ちょ、ちょっと、これは回しすぎじゃないですかっ!?」

「はっはー。こういうのはマックスまでスピードを上げるもんだっ!」

コーヒーカップに乗るのなんて何年ぶりだろう。前に来たときは絶叫モノ中心でこーいうのは乗らなかったからなぁ。

と、いうわけで俺は真ん中のテーブルをガンガン回して、回転するスピードを限界まで上げる。

 

数分後。

「うぅ……気持ち悪い」

「……だから言ったじゃないですか、もう」

ベンチに項垂れる俺と背中をさすってくれる詩音。

うぅ……格好悪ぃ。

「ってか、おまえは平気なのか?」

「はい、あのくらいならなんとか大丈夫です」

「……」

涼しい顔でケロッと答えやがりましたよ、このお方は。詩音に対する認識を改めるべきかもしれない。

 

その後も俺らはジェットコースターにフリーフォール、ミラーハウスなどなどを渡り歩いているとあっという間に昼。

うん、さすが休日の遊園地。並んでる時間のほうが圧倒的になげぇよ、こんちくしょうっ!!

「つーか、腹減った……」

ベンチにグデっとしなだれかかる。朝から大したモン食ってないんだから歩き回ってりゃ腹も減るっつーの。

「ふふっ、それではお昼にしましょうか」

「異議なし」

詩音の言葉に諸手を上げて賛成する。

ベンチの中央にバスケットを置いて中を覗くとそこにはサンドイッチやからあげを始めとしたおかずの数々。

うむ。流石は詩音。味は前に食べた時に保障されてるので期待できそうだ。

「はい、どうぞ」

「お、さんきゅ」

詩音のポットから注がれた紅茶に口をつける。

「相変わらず美味いな。100点満点だ」

「うふふ、お口にあったのなら光栄です」

「いや、お世辞抜きで美味いって」

うん、つーか、マジに詩音の入れた紅茶以上に美味い紅茶を飲んだことがない。

この味に比べたら今まで一番美味いと思ってた、信の姉さんこと鈴さんがバイトしてる喫茶店の紅茶の味すら霞む。

慣れたら市販の紅茶が飲めなくなるんだけどマジで。……今後、普通の紅茶は紅茶以外の別物と思っていたほうが良いかもしれない。

「ありがとうございます。でも紅茶だけでなく、お弁当のほうもちゃんと食べてくださいね」

「もちろん、遠慮なくいただきます」

言われるまでもなく詩音の作ったサンドイッチもからあげも他のものも文句なしに美味く、贅沢な昼飯の時間を過ごすことになる。

そして詩音の弁当によって体力を取り戻した俺は再び詩音とのデート後半戦へ望んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて陽も暮れ始め、俺たちは観覧車へと身を移していた。

「良かったな、念願の侍の写真も撮れて」

「はい、これも全て俊一さんのおかげです」

午後になってすぐ、大江戸祭りイベントの中心区画へと向かった俺たちは、詩音の望みどおり侍との記念写真やイベントを存分に楽しんできた。

「別に大したことはしてないけどなー」

こうなったのはあくまで成り行きとか偶然の産物だ。

礼を言われるのはともかく、必要以上に感謝されるのはやはりこそばゆい。

「いいえ、俊一さんには本当に色々助けていただきました。始めて会ったあの日から」

穏やかなまなざしでこちらを見つめる詩音。

紅く染まる夕陽の光の中で微笑む詩音は妙に絵になっていて、その美しさにドギマギしてしまう。

うぐ、まずい。本気で可愛いとか思ってしまう。

「ふふっ、覚えてますか、私が初めて会った日のこと」

俺の心を見透かしたかのように笑う詩音の視線がどうにもこうにも居心地が悪い。

「忘れた」

だから俺は詩音から窓の外へ視線を移す。頂上まであと少しというところまで上がっていた。

「私はちゃんと覚えていますよ?本棚が倒れてきたときの俊一さんは見物でしたから」

「くぁ……」

あまり思い出したくない話に思わず声が出てしまう。

そーいえばそんなこともありましたね、どちくしょう。確かあの時は倒れてきた本棚の角に頭を打ち付けてその後に大量の本を浴びたんだっけか。

いつ、思い出しても間抜けすぎる。

「そんな思い出はとっとと忘れてくれ」

「それは出来ません、私にとって俊一さんの出来事は全部かけがえのない”想い出”なんですから」

「さよですか」

詩音が言った想い出という言葉に妙なアクセントに気付きつつもソレには触れず、静かにため息をつく。

いや、まぁ、俺も誰かの弱みとか握ったらそうそう忘れないけどさー。

「俊一さん。前にお話したことありましたよね?私が転校するかもしれない、と」

「そーいや、そんなことも言ってたな」

笑顔から一転、神妙な顔で話す詩音に相槌を打つ。

親父さんの都合でまた転校するかもしれないと、以前確かにそんな話をされた覚えがある。

「父はニュージーランドへ行くことが決まりました。明日にも日本を発ちます」

あまりに平然と話すものだから、詩音の言ったことが咄嗟には理解できなかった。

それは詩音の転校も意味する。

随分と急だな、そういうことはもっと早く言えよ、と軽口を叩くこともできない。

「そう、か」

俺はやっとのことでそれだけ呟く。

それ以上の言葉を発することも出来ず、俺はただ押し黙ることしか出来なかった。

どうやら俺は自分で予想した以上にショックを受けているらしい。

まったく想像していなかったわけではないが、親しくなった仲間が遠くへ行ってしまうとなるとやはり一抹の寂しさを感じてしまう。

「くすっ」

耳にした笑い声に顔を上げる。

「何か勘違いされていませんか?」

何故か、詩音はくすくすと込み上げてくる笑いの衝動を抑えられないといった感じでこちらを見ていた。

「勘違いって何を?」

つーか、今笑うとこ?

「日本を発つのは父だけです。私はここに残ります」

「は?」

詩音の言葉がすぐに理解できず間抜けな返答をしてしまう。

そしてその言葉を理解するとともに大きな安堵の息をつく。

「んだよ。紛らわしい言い方するなよ」

「うふふ、それは申し訳ありませんでした」

悪びれた様子は一切なく、にこやかに笑う詩音。

……こいつ、絶対わざとだな。

「つーか、なんで日本に残ることにしたんだ?」

確か詩音の母親は既に亡くなってると聞いた。たった一人の肉親である親父さんと離れてまで日本に残る理由があるのだろうか?

「俊一さんと同じ理由です」

「俺と?」

「はい、以前にお伺いしましたよね?俊一さんが私と同じ立場だったらどうするか、と」

あったっけ、そんなこと?

「好きな人がいるから。中途半端に一方通行な想いのまま終わりになんてできない。だから絶対に残る。あの時俊一さんはそう仰られました」

「あ〜」

ぐ、人から改めて聞くとなんて恥ずかしいことを臆面もなく喋ってやがるんだ、俺は。

過去の自分を張っ倒したい。とりあえずこれからはもっと自重しようと心から決意する。

「だから、フィンランドには父にだけ行って貰い、私はここに残ることにしちゃいました。」

えへ、と小さく舌を出す仕草は確かに可愛い。可愛いんだけど。

「そんな軽いノリでいいのか?親父さんのことは……」

たった一人の肉親とそんな簡単に別居を決めて心配になったりしないのだろうか?

「父のことなら平気です。父さんも向こうでお世話になっている女性がいるそうですから」

そうなの?

「私に内緒で一年以上も付き合っていたらしいんですよ?酷いと思いません?」

「や、そこで同意を求められても」

人んちの家庭事情なんてコメントに困る。

「つーか、親父さんはよく一人暮らしなんて許したな」

「一応、親戚の方が定期的に様子を見るという条件は出されましたけど、真摯に説得したら父も納得の上で許してもらいました」

えっへん、と胸を張る詩音。うん、なんだか詩音に対する認識を更に改めたほうが良いような気がするね。本当。

「なんて説得したんだ?」

「はい。好きな人が出来たので、その人に想いを届けるまでは離れるわけには行きません、て」

うわぁ。

「つーか、かえって反対されないのか、それ?」

世間一般の父親ってのは娘に彼氏とかできるのには断固反対しそうなものなんだけど。

「大丈夫です。私が好きな人がどんな人なのか。私がどれだけその人のことを好きなのかを話してきちんと納得して貰いましたから」

「へ、へぇ」

そこの辺り詳しく聞いてみたい気がするけど猛烈に嫌な予感がするのは何故?

「俊一さん」

「お、おう」

詩音のまなざしを真っ向から受け止め、ごくりと息を飲む。

 

「私はあなたが好き。ずっと、あなたと一緒にいたい」

 

片瀬さんの不意打ちとは違い、いつか言われるんじゃないかという、予想はしていた。

けど、まぁ。

予想していたからって実際にそれが現実になってみるとやっぱり衝撃は大きいわけで。

詩音の告白で俺の頭ん中は真っ白になる。

「あ、え、と……」

詩音の気持ち自体は嬉しい。だけど。それでもやっぱり俺の答えは一つしかない。

まともに働かない思考を無理やり動員して言葉を紡ぎ出す。

「……俺は、桧月が好きだから。詩音の気持ちには答えられない」

詩音の真摯な瞳を真っ向から受け止めつつ、ようやくそれだけの言葉を搾り出す。

目は逸らさない。例え詩音の好意に応えられなくても、その気持ちに対してはきちんと向き合いたいから。

「はい、そんなの知ってます。前に聞いてますから」

「はい?」

詩音から返ってきた予想外の反応に俺はまたしても間抜けな返事を返してしまう。

そんな俺を双海は楽しげに目を細めてくすくす笑っている。

「忘れてしまったんですか?前にルサックで恥ずかしげもなく熱弁されてたじゃないですか。俺は桧月が好きだ。だから諦めないって」

「……くぁ」

いや、覚えてますけどね?なんでそんな楽しげに語るの、君は?

つーか、そんなことを改めて指摘すな。自分の迂闊さ加減を再認識させられて顔の体温急上昇。

「うふふ、顔真っ赤ですよ?」

「やかましいっ!」

「あははははっ」

詩音はとうとう堪え切れなくなったのか、大口を開けて笑い出しやがった。

このヤロウ。どうしてくれようか。流石の俺も腹立ってきたぞ、こんちくしょう。

なんだかさっきまでのシリアスな雰囲気とかそういうものが色々台無しで真面目に答えた俺が馬鹿みたいじゃないか。

さっきのはアレか?俺をからかって笑おうという詩音なりのジョークか、こら。

「私も俊一さんと同じです」

文句の十や二十、言ってやろうかと口を開きかけたところを詩音に先んじられる。

「俊一さんが彩花さんを諦めないように、私も俊一さんのことをそんな簡単には諦めません」

詩音の瞳には愚直なまでに自分の意思を貫き通すという強い光が宿っていた。

その視線の強さに思わず怯んでしまう。

 

「今は俊一さんが彩花さんのことを好きでも構いません。……きっと、あなたを振り向かせてみせますから」

「……」

どっかで聞いたようなきっぱりとした宣言に何も言えずに黙り込む。

なんだかなぁ。

気付けば観覧車はもうすぐ一周しかけていた。

なんだかもう、色々とやれやれだ。

「……片瀬さんも詩音も俺のどこが良いってんだ」

「ふふっ、そう仰らないでください。せっかくですし、もう少し私の話に付き合っていただけませんか?」

「へいへい、ここまで来たらとことんお付き合いしますよ。毒を食らわば皿までってな」

観覧車を降りながら俺は投げやりに呟いた。

 

 

 

 

 

夕焼けの陽に照らされながら二人並んでベンチに座る。

「質問に質問を返すようですけど、どうして俊一さんは私なんかに話しかけてくれたんですか?」

「はい?」

質問の意図がわからない。詩音はいつのことを言っているのだろうか?

「無表情な私。何を話しかけても興味のない私。……冷たい私そんな私になんで?どうしてなんですか?」

それを聞いてようやく詩音に会ったばかりのことを言っているのだと理解した。前にも同じようなことを聞かれたようなそうでないような。

「別に。ただ、なんとなく無理してるというか意図的にそんな風にしてるような気がしたからな。そーゆーのを見てるとそいつの本性を見たくなるからなー」

詩音と会ったときのことを思い出す。そう、最初は何を話しかけてもことごとく会話が続かずにちょっち凹んだ。

だけどもすぐにそれは彼女が自分から他人と距離を取り、周囲に壁を作ろうとしているのだと思った。かつての俺と同じように。

だから、その壁をちょこっと壊して詩音の本性を覗き見てやろうと思っただけだ。

「俊一さんらしい答えですね……少し私の話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」

「聞くだけでいいならいくらでもな」

そんな俺の答えにくすりと笑みを零し、詩音は語り始めた。

彼女の過去を。

小さいころから様々な国を移り住んだこと。

それぞれの国で友達ができ、今でも文通や電話で連絡を取り合ってること。

「たしかに別れは辛いものだったけれど、でもそれは新たな出会いの始まりでもあるのよ」

そう親父さんに教えられたと言う詩音の口調はいつしか素に戻っている。

無論、それを指摘する野暮はせずに黙って相槌を打つ。

「私の母はハーフだったの。祖父は北欧系、祖母は日本人。だから私はクォーターということになるわね」

「ふーん。ってことはその髪や目の色は母親譲りってわけか」

「えぇ。そして、他の人とは違う、この髪や目の色がいけなかったみたい」

「はい?」

何がいけないのかわからず首を傾げる。

詩音はそんな俺の様子に少し苦笑しながらも話を続ける。

「私、10年くらい前にも日本に来たことがあるのよ」

「そういや、さっきも言ってたな」

電車の中で前にも日本の遊園地に来たことがあるとかどうとか。

「ええ、そのときは急な話で私は日本語を上手く話せなかったの。そしてそんな私をクラスメイト達は『ガイジン』と呼んでイジメたわ」

「……」

昔の苦い経験が脳裏に思い浮かび、知らず知らずのうちに俺の視線は苦いものになっていた。

「確かに他の国でアジア人ということで嫌な思いをしたことはあったけど、まさか母国でそんなことになるなんてね……」

どこか自嘲するように息をつく詩音。

幼いころの詩音が感じたことを想像すると、やるせない気持ちになる。

人間ってのは無意識のうちに自分と異なるものを排除しようとする節がある。特に子供ならほんのちょっとの違いで格好の餌食にされるだろう。

「しかもクラスメイトだけじゃなくて、その父兄、先生達までもが私を『ガイジン』と呼んだわ」

「世の中には無神経な奴らが多いからな」

そのクラスメイト達はともかく父兄、先生達はきっと詩音がどう感じるかを考えず、きっと軽い気持ちで呼んでいたのだろう。

だが、当人の自覚あるなしに関わらず他人を傷つけるなんてのはよくあることだし、日常茶飯事だ。

俺だってそんなことをしていないとは言い切れない。いや、気付いてないだけできっとしている。俺自身も無神経な人間の一員だ。

「とても悲しかった……どうして?私は同じ肌、同じ髪、同じ血を引いているのに。ちょっと目が違うから?ちょっと話し方がおかしいから?」

詩音の声色に悲痛が表れ始めている。

「いじめのきっかけなんてそんなもんだ。日本なんて国は島国だからな。社会に出ればともかく小学校なんてとこじゃ外国の人間と関わることなんてそうそうない。物珍しかったんだろ」

別に詩音に限ったことじゃない。同じ日本人同士でもほんのささいなきっかけからいじめが起こるのはよくあることだ。胸糞悪いことだけどな。

俺の抑揚のない声に詩音は頷き、

「ええ、そしてそのほんのちょっとが彼らにはとても大きく、深い溝だったみたい。それに気付いた私は、仮面を被ることにしたのよ」

仮面、ねぇ。

「自分の国に来たときにだけつける、滑稽な仮面。私はみんなを見ません、ですから私もみんなも私を見ないでください。放っておいて欲しい」

他所の国には受け入れられ、自分の母国に拒絶される。その苦しみがどれだけのもんなのか、経験のない俺には理解してやれない。

「それは今回来たときも同じ。私は仮面を被り皆さんとの接触を拒んでいたの」

初めて会った時の、会話を、いや人との関わりを拒絶する詩音を思い出す。

「でも、ここにはあなたがいた。人の事情なんて関係ないとばかりに人の心に無造作に入り込んでくる無神経なあなた」

「……それは遠まわしに俺を責めているのか?」

ジト目で睨むと真剣な表情から一転して笑みを零す詩音。

「うふふっ、まさか。褒めてるの」

それは絶対嘘だ。

「本当よ。俊一さんのおかげで彩花さんや今坂さん達とも仲良く出来たんだから」

「人の心を読むなよっ!?」

「ふふっ、わざわざそんなことしなくても顔に書いてあるもの」

「ええぃっ、猫じゃあるまいし人のほっぺをつつくなっ!」

「いいじゃない、減るものじゃないんだから」

「そーゆー問題じゃないわっ!」

「残念」

詩音の指を払いのけると心底残念そうに言われた。キャラ変わってないか、おい。

「まったく……真面目な話だと思って真剣に聞いて損した」

「そんなことないわよ。私があなたを好きになったきっかけなんだもの」

「ぐっ」

憮然とした俺にくすくす笑いながら言う詩音。

改めてそう言われるとなんか恥ずい。

「人の気持ちにお構い無しに自分の思うまま、気の向くままに接するそんなあなたに私の仮面は剥がされちゃったの」

それは遠まわしに俺を我侭だと言ってるんだろうか?否定できんけどさ。

「そんなあなただから、私は興味を持った。この人は何を考えてるんだろう、どんな人なんだろうって、考えながら次第に惹かれていった」

「……物好きにもほどがあるな」

そんなことを言われるとどうにもこうにも照れくさくて仕方ない。

「そうね。ぶっきらぼうを装うくせにお節介でお人好しで照れ屋でどうしようもなく一途でそして、凄く優しい人」

「過大評価だぞ、それ」

「そういう所が照れ屋なの」

「……」

これ以上言うと藪蛇になりそうなので押し黙るしかなかった。

「そんなあなただから私はあなたが好き。大好き。あなたが彩花さんを諦めないように私も同じようにあなたを諦めません」

「……はぁ」

そこまできっぱりと宣言されると何も言い返せないんだが?

自分の顔が真っ赤になってるのを自覚しつつ、静かにため息をつく。

何をどう聞いても詩音のは過大評価以外の何者でもない。

「俺は詩音が思ってるほど大したヤツじゃない」

「そんなことないですよ」

「最後まで聞け」

「……?」

俺の声色に普段と違うものが含まれているのに気づいた詩音が怪訝な顔をする。

あんまり話して楽しいもんじゃないが仕方ない、か。

「前に話したことあったっけ?俺も詩音と同じように家族は片親しかいないんだ」

「え?」

どうやら話してなかったらしい。詩音の顔が驚愕に彩られるのを横目に話を続ける。

「俺の場合は父親がいないんだけどな。もっとも、物心付いたときからいなかったからそれを寂しいとも思わなかったし、欲しいとも思ってなかった」

友達が父親の話をしても特に羨ましいとか思わなかったあたり、我ながら冷めた子供だったと思わざるを得ない。

「まぁ、その分、母さんが苦労したとは思うんだけど、俺自身は何不自由なく育てられた」

口に出すと恥ずかしいから言わないけど、母さんからはしっかり愛情を受けて育ったし、それについても十分感謝してる。

だから父親がいないのを不満にも思わなかったし、反抗期らしいものもなく、概ね家庭関係は良好だと思う。多分。

何故、父親がいないのは実は俺自身も知らない。死んだのか、離婚でもしたのかはわからんが、母さんから話さない以上、聞く必要もないんだと思ってる。

俺の淡々と話す様子から詩音も同情や憐憫の言葉をかけることなく、話を聞いている。

「でも、ま、詩音が経験したとおり、本人が気にしてなくても周りはそうでもないんだよなぁ。自分と違うほんのちょっとってのが随分気になるらしくてな」

例えば授業参観。父親がいなくて母さんが働いてる以上、当然仕事の都合で来れない。

親の都合で誰も来ない、なんてのは別に俺に限ったことでもなかったけど似たようなことが続けば自然と周りはそれを気にかけていくものだった。

それは父親に関しての作文だのなんだの、ほんの些細なことだったり。

気付けば、俺はクラスでいじめを受けていた。

「そん時の俺はどうしようもなくヘタレでな。母さんには心配かけたくないから何も相談しない。そのくせ、自分で解決しようともせず、すぐ泣いて誰かの助けを待ってるだけのただの甘ったれだった」

当時の自分を思い出しながら自嘲する。と、いうか今思い出しても本当に情けない。情けなさのあまり、昔の自分をぶん殴りたいくらいだ。

「俊一さんが……です、か?」

「今の俺からは想像できないってか?」

呆然とした表情の詩音がこくりと頷く。

「ま、小学校低学年の頃の話だしな。男子三日会わざれば活目してみよってな。何年も経てば変わるもんだ」

泣けば誰か助けてくれる。自分は悪くない。だから誰か助けてくるはずだ。それが当然だと。

当時は本当にそう思ってたん。我ながら世の中舐めんな、と心の底からそう思う。どんだけ甘ったれだよ。

直接の原因が自分だろうが、それ以外のことだろうが、自分のことは自分で解決しなければならない。

無論、誰かの力を借りるのは悪いことじゃない。が、自分が何もしようともせずにただ助けてもらおうなんて虫が良すぎるのだ。

そんな当たり前のことに俺が気付くのには随分と時間がかかったものだ。

「で、まぁ、そうしてイジめらてるうちになんかブチ切れてなー。気付いたらいじめの主犯格を全員ブチのめしてた」

「え?」

はっはっはー、と笑いながらその光景を思い浮かべる。

何がきっかけだったかはもう覚えてないけど頭が真っ白になって気付いたら三、四人のクラスメイトが鼻血を出して地面にはいつくばっていて、俺は先生に取り押さえられていた。

「いやー、すぐ泣くやつほどキレると危ないって見本だったな、あれは。はっはっは」

「そ、そういう問題ですか……?」

「さぁ?まぁ、そんなことがあって俺に対するいじめはそれっきりぱったり止んだよ。現金なもんだ」

別にクラス全員が積極的にいじめに参加してたわけではない。けど、積極的にいじめを止めようとした輩もいなかった。

そんなことをすれば次は、自分がいじめられる側になる可能性があるからだ。

「で、いじめは止まったけど、キレると危ない俺はめでたくクラスから孤立。そん時に俺もなんか悟っちゃたんだよな。詩音と同じように」

クラスでのコミュニケーションは最低限。体育とかのチームを組んでも腫れ物扱い。

「お前らが何しようと関係ない。俺もお前らなんか知ったこっちゃないから関わるなってな」

「――――っ」

「要するに俺も詩音と同じだったんだよ。だから、かな。詩音が気になって話しかけたりしたのは」

詩音が纏っている空気。それはかつて俺も持っていたものだからなんとなく気になった。

「ま、流石にここまで同じ理由だとは思ってなかったけど」

「そう、だったんですか……」

「で、それから一年くらいして、母さんの仕事の関係で転校。とはいえ、そんな性格だったから初めは転入したクラスでもあんまり馴染めなくてさ」

詩音ほど明確な拒絶はしてなかったはずだけども、間違っても社交的と言えるような性格じゃなかったのは確かだ。

表面上は何気なく人付き合いをしていても、自分からそれ以上深く踏み込もうとは決してしなかった。

「でも、そこにはバカだけど憎めない気の良いやつがいて、さ。何かと構ってくるそいつにはいつの間にか気を許していて気付いたら悪友になってたワケ。
 それから、かな。少しずつだけど友達が増えて、今みたいに普通に過ごせるようになったのは」

「それって、もしかして……」

「そ、稲穂信。恥ずかしいから信はもちろん他のヤツのも内緒だぞ?」

「彩花さんにも?」

「ぐっ。……まぁ、そうかな」

桧月に隠し事とかはするつもりはないんだけど進んで話すべきことでもない。何より自分の汚点をわざわざ知らせるなんて真似したくはないのだ。

「ふふっ、二人だけの秘密ってわけね」

非常に不本意ながらそういうことになってしまう。いや、桧月に昔のこととか聞かれれば普通に話すよ?

「まぁ、そんなわけで俺はお前が思ってるほど大したヤツじゃないぞ」

「なんで、そのことを私に教えてくれたの?」

「べーつに。少なくともお前を特別扱いしたわけじゃない。そこんとこは勘違いするなよ」

「ツンデレですね?」

「そうそう。表面上は冷たくしてても実は・・・って、なんでそんな言葉を知っている!?」

「稲穂さんから聞いたの。あいつはツンデレだから言葉どおりに受け取るなって言ってたわよ?」

信、あとでシメる。

「ツンデレとかそーじゃなくてだな。ただ単にお前の話だけ聞いて自分のことを話さないってのはなんとなくアンフェアだと思っただけだって」

「アンフェア……ねぇ」

なんだ、その呆れたような顔は。

「ふふっ。昔、父が言ってわよ。自分の弱みを他人に見せられる男は本当は強い男だって」

「……」

「そんな嫌そうな顔しないでよ。褒めてるんだから」

「知らん」

「うーん、じゃあ惚れ直したって言い直せばいいかしら」

「ぐぁ」

なんだろうね、もう。また地雷原に自分から飛び込んだようなこの感覚はっ!?

俺様もう泣きたいよ、こんちくしょう。

項垂れる俺を見て、くすくす笑ってる詩音は確かに可愛いんだけど、好きって言われて嬉しいんだけども素直に喜べない俺になんだかとってもどちくしょうっ!

「どーでもいーけど、お前口調が素に戻ってるぞ」

「え?あ、こ、こほん」

やっぱり自覚なかったんか。素の口調のほうが今までとギャップがあって可愛らしいぞ、と言おうと思ったけど照れくさいのと、墓穴を掘りそうなので自重しとく。

ほーんと、なーんでこうなったんだろうねぇ。

ベンチにもたれかかったまま脱力し、夕焼けを眺める。

「ふふっ、俊一さんと出会って一ヶ月程度しか経ってないのに随分と昔のことのように思えます」

「まぁ、色々あったからなぁ」

特にここ一ヶ月前後はその密度が高かった気がする。

詩音だけではなく、音羽さんやみなもちゃんとの出会い。静流さん小夜美さんコンビとのプロレス観戦。みなもちゃんの手術。彩花への告白に片瀬さんからの告白。

うん、振り返ってみると今までの人生の中でもこの一ヶ月は波乱万丈でそろそろ平穏な流れになって欲しいなー、と思わざるを得ない。

「そうですね、本当に色んなことがありました。でも……」

双海はそこで言葉を切り、にこりと笑顔を向けてくる。

「これからもっと、色んなことがありますよ」

「……」

極上の笑顔のはずなのに無性に不安を煽られるのは何故でせう?

俺の望んでいる極々平凡で穏やかな日々が遥か彼方に飛び去っていくようなそんな錯覚。うん、気のせいだよね、きっと。心の底からそう思いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Up DATE 08/9/19


6の話も書きたいなーと思いつつ、なんとか今年中に完結させたいなぁ

>極めて混沌としてきました、全く予想がつきません。
>皆が笑える展開が一番なんですけどね。
>智也と信は、結果は分かりつつも、まあ頑張れとしか…
>次回の詩音とのデートの続き、期待してます。それでは。
まー、俊くんがどっちかってーとギャグキャラなのでラストはみんな笑顔で追われる終われるんじゃないかなー、と。多分。

>詩音といよいよデート開始、出だしは普通ですが片瀬さんと違い詩音はもうあまり日にちが無いんですよね。
>その辺りどう描かれるのかが気になります。
>カキコオロギ・・やっぱりやるんだ(笑
>そろそろエンディングに向けての複線がちらほらと
>やっぱり学園祭が最後なのかな?意表をついてクリスマスまでいくのかとも思っていましたが
>この年のクリスマスは雪が降りますので(雪蛍より)
こんな感じでデートは終わりましたとさ、と。
カキコオロギは6でも受け継がれている以上、避けて通れませんw
いい加減クライマックスに入りたいんですけど学園祭で終わるにはちょっと尺が足りない感じですね。
ゲームみたいに個別ルートだったら学園祭で終われたんでしょうけど片瀬さんが予定以上に出番多くなっちゃったし(汗
後何話かかるかわかりませんが、もうハッピーENDまではもうちょいかかりそうです。