Memories Off Another

 

第57話

 

 

 

 

 

「こんにちわ、お見舞いに来ました」

「右に同じです」

玄関のドアを開けて呆然とする俊一さんに私と片瀬さんは並んで挨拶した。

「あー、うん」

俊一さんはジャージ姿で、物凄く気だるそうに立って困惑しているようだった。

何で?どーして君ら二人がここにいるの?、とその表情が訴えている。相変わらずわかりやすい人ですね、本当に。

「・・・とりあえず上がってくれ」

「すみません、お邪魔します」

「はい、お邪魔します」

私と片瀬さんが靴を脱いで揃える間にも俊一さんはすごく辛そうに壁によりかかっていた。

「大丈夫・・・では、なさそうですね」

「見てのとおりだ。お茶だしもできんぞ」

俊一さんは壁に寄りかかったまま苦笑する。

「もう、病人にそんなことさせられませんよ。せっかくお見舞いに来たんですから後は私に任せてゆっくりしてください」

片瀬さん?あなた一人でなく私もいるんですが?

「じゃ、お言葉に甘えてそうするよ・・・・っと」

そう言って壁から身を離した俊一さんが足をふらつかせて私のほうに倒れこんでくる。

「え、あ、きゃっ!?」

「あっ」

慌てて俊一さんを受け止める私と短く声を上げる片瀬さん。

気が付くと俊一さんが私に抱きつくような体勢になっていた。

「す、すまん。足に力入んなくて」

「あ、い、いえ。風邪を引いておられるのですから仕方ありません」

慌てて離れようとする俊一さんをぎゅっと抱きしめて放さない。

多分、私の顔は真っ赤になっている。

「ふ、双海?」

「あ、あのこのままお部屋まで行きましょう?私がこうやって支えますから」

そのまま俊一さんが離れる前に肩を貸すようにして彼を支える。

「お、おう」

有無を言わせない私の口調に気圧されたように頷く俊一さん。

密着した体勢と彼の体の重さに胸がドキドキしてしまう。

「むー」

後ろで誰かが唸って睨んでる気がしますが、そんなのは無視です。

俊一さんの顔がそれを感じて引きつってるような気がしますけど、それより気になることが一つ。俊一さんに肩を貸して歩きながら、ポツリと呟く。

「今、苗字で私のこと呼びましたよね?」

「あう」

下から見上げるように睨むとつい、と目を逸らす俊一さん。

足を止めてジーッと無言で見上げる。

「双海さん、俊一くんは病人なんですから早く寝かせてあげてくださいっ」

後ろから片瀬さんの声。ちゃんと俊一さんに名前で呼んで欲しかったのだけれども、確かに彼女の言うとおりですね。

「・・・そうですね。行きましょう」

私は小さくため息をついて歩くのを再開した。

俊一さんの体からほっとしたように力が抜けるのを感じるが、それは後でゆっくりと追求することにしよう。

 

 

 

 

「今更聞くのもあれですけど、寝てました?」

俊一さんの部屋に入り、彼をベッドに寝かせると最初に言葉を発したのは片瀬さん。

「いや、熱くて喉が渇いたから水飲もうとしてた」

「あ、でしたら私スポーツドリンク買って来ました。俊一くんはゆっくり休んでてください。私準備しますから」

「あぁ、台所とかは適当に使ってくれて良いから頼むわ」

「はい、お任せください」

そう言って片瀬さんは部屋を出て行った・・・と、思ったらひょこっと顔だけ覗かせる。

「抜け駆け禁止ですよ」

と、言い残して今度こそキッチンに向かっていったようだ。

「抜け駆け・・・って何を?」

「彼女の戯言です。気になさらないでください」

「あ、そう・・・」

俊一さんの笑顔が強張っているように見えますが、きっと気のせいですよね。

「熱は測りましたか?」

「いや、まったく」

「食事は?」

「準備できるように見えるか?」

「お薬は?」

「切らした」

予想どおりと言えば予想通りの答え。

とはいえ、それでは治るものも治らないでしょうに。

抗議の意を込めて俊一さんの目を見つめる。

「・・・・・・」

やがてそれに耐えられなくなったかのように視線を逸らす俊一さん。

「なんで目を逸らすんですか?」

「いや、なんか双海が怖かったから」

目を合わさないまま、呟く俊一さん。

失礼な人ですね。私のどこが怖いというんでしょうか。

「また苗字になってますよ?」

「・・・・・・すいません、詩音様」

「様はいりません、様は。もう」

一度、俊一さんに私のことをどう思っているのかじっくりと問いただす必要があるようですね。

「お待たせしました」

私が小さくため息をつくのと同時に、片瀬さんが部屋に戻ってくる。

片瀬さんが手にしたお盆にはコップと濡れタオル、そしてお皿に盛り付けられた白桃が載せられていた。

「はい、どうぞ」

片瀬さんは机の上にお盆を載せると、かいがいしくコップを俊一さんに差し出す。

「ん、サンキュ」

俊一さんは受け取った飲み物をよっぽど喉が渇いていたらしく、一息で飲み干す。

「缶詰の桃も持ってきたんですけど食べられますか?」

「ん、くれ」

「はい」

俊一さんが言うと、片瀬さんは嬉しそうに頷き、爪楊枝を刺した桃を俊一さんに差し出す。

食べやすいように配慮したのか、桃は一口サイズに切り揃えられている。

「はい、あーんしてください♪」

「!?」

「いっ!?」

「はい、あーん」

驚愕する私と俊一さんをよそに片瀬さんはしてやったりといった顔で繰り返す。

「い、いや、自分で食べるからいいって」

おたおたしながら俊一さんが片瀬さんから桃を受け取ろうと手を伸ばすけど、片瀬さんは手をさっと引っ込める。

「ダメです。俊一さんは病人なんですけから遠慮しちゃダメです」

「い、いや、けど・・・」

「・・・それとも私が差し出した桃なんて食べられませんか?」

笑顔から一転して、落ち込んだ表情へと変わる片瀬さん。

その手がありましたか・・・。

こうなった場合、俊一さんが断れるはずもない。

「うぅ、いただきます」

がっくりと項垂れて降参する俊一さん。人がいいのもほどほどにしないといけませんよ?

「ふふ、人間素直が一番ですよ、はい、あーん」

「あ、あーん」

嬉しそうに俊一さんの口へ桃を差し出す片瀬さんと顔を真っ赤にしてそれを食べる俊一さん。

・・・・・・・・羨ましい。

「味のほうはいかがですか?」

「うん、美味い」

「えへへ、まだまだありますよ、はい、あーん」

「お、おう」

再び差し出された桃を照れながらも口にする俊一さん。

恨みがましい視線で二人を睨みつけるけれども、二人はそれに気づかない。

むぅぅ、何、二人の世界作ってるんですか、まったく!

 

 

 

 

先生、詩音さんが物凄い勢いでこっち睨んでます。めっちゃ睨んでます。物凄く怖いです、ハイ。

とても目を合わせられません。

僕が何か悪いことでもしたんでしょーか?

片瀬さんから差し出された桃を食べながら、冷や汗ダラダラです。

何がどーなって、俺がこんな目に遭わなければならないのでせうか?

いや、本来なら可愛い女の子にこうやって食べさせて貰うのは男の夢の一つですよ?

片瀬さんが食べさせてくれる桃は甘くて美味しいんだけど、この状況は流石に恥ずかしい、そして何より詩音が怖い。

これ、なんていぢめ?

やがて片瀬さんが持ってきた桃を食べ終わると、ようやく詩音からの視線も和らぐ。

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さまでした」

笑顔で片瀬さんが頷くのと同時に響く俺の腹の音。

「・・・・・・」

きょとんとした片瀬さんと詩音の視線がちょびっと痛い。

「あー、まぁ、朝からずっと食べてなかったからな」

ポリポリと頬を掻きながら呟く。

うん、よくよく考えてみれば昨日家に帰ってから何も食べてない。そりゃ桃缶一個くらいじゃ足りんよ。

中途半端に腹が満たされたことでかえって空腹を感じてしまったようだ。

やがて、詩音がくすっと笑って立ち上がり、

「俊一さん、お台所お借りします。すぐにお食事をご用意しますので、それまでゆっくりお休みになってください」

「あー、うん。さんきゅ」

「はい、じゃあ俊一くんは横になってください」

片瀬さんに肩を押さえられて横になると、額に濡れタオルが載せられる。

「あ、冷たくて気持ちいい」

「ふふっ、他に何かして欲しいことありますか?」

「いや、大丈夫」

「そうですか」

そのまま横になっていると、片瀬さんと詩音の視線が突き刺さっているのを感じて微妙に居心地が悪いような照れくさいような。

「抜け駆け禁止、ですよ」

やさしく微笑む片瀬さんに詩音は一言だけ残して部屋を出て行った。

抜け駆け禁止って・・・もしかして詩音も俺のことを?

んなアホな・・・と、考えようとしてやめた。

今の状態で物事を考えると普通に頭痛がする。今は大人しく休んでよう。

俺は目を瞑り、片瀬さんも無言のまま時間が過ぎていく。

静寂な時間。だけどそれは気まずいものではなく穏やかに時が流れていく。

やがて詩音の足音が聞こえてきた。

「俊一さん?起きていらっしゃいますか?」

「おう、食欲もばっちりだ」

詩音の声に目を開いて、身を起こす。頭痛やダルさは感じるがそれ以上に空腹感が勝っていた。

「お口に合うと良いのですが・・・」

そういって詩音が手したレンゲを差し出す。

俺の口元に。

「・・・自分で食べるのはダメ?」

一応聞いてみる。

「片瀬さんは良くて私はダメなんですか?」

と、いたずらっぽい笑顔の詩音。

僕に選択肢はないんでしょうか?

 

「ん、うまい」

詩音が作ってくれたのはおかゆだった。

レトルトのものに詩音が味付けしてくれたらしいが、濃い目の味付けが非常に俺好みで美味い。

「ふふっ、気に入っていただけたようで何よりです」

笑顔でレンゲによそったおかゆを差し出す詩音。

片瀬さんもだけど君も本当に嬉しそうですねっ!

こっちが気恥ずかしがってるのをあからさまに楽しんでいやがる。

多少癪に思わないでもないが、詩音のおかゆの魅力には抗えず、大人しくされるがままにおかゆを食べる。

 

 

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さまでした」

先ほどと片瀬さんと同じやりとり。

詩音が作ってくれたおかゆをすべて平らげ、満腹感に包まれる。

詩音のほうも実に満ち足りた笑顔で嬉しそうだ。

「後は薬を飲んでゆっくり寝てくださいね」

「了解」

詩音は風邪薬まで用意していてくれたらしく、俺に手渡してくれる。

うーむ、当分二人には頭が上がりそうにない。

「・・・・・・」

「どうした?」

俺に薬を手渡した後、詩音は手にしたコップと俺を見比べている。

「・・・よろしければ口移しいたしましょうか?」

そっと上目遣いでとんでもないことを口にした。

「ぶっ!?」

「なっ!?」

吹き出す俺と、驚愕に歪んだ片瀬さんの声。

慌てて詩音を見ると、彼女はにっこりと笑い、

「冗談です」

・・・・・・・心臓に悪い冗談はやめて欲しいと心底思った。

「でも、俊一さんがお望みなら・・・私は構いませんよ」

クスクスと笑いながらまた爆弾を投下する詩音。

うん、冗談でもやめてください。あなたの後ろに鬼神が一柱降臨なさってます、はい。

「謹んで遠慮しておきます・・・」

もしかしなくても詩音は俺をからかって遊んでるだけじゃないんだろうか?

詩音からコップを受け取って薬を飲みながら、この復讐を必ずすることを誓う。

空腹が満たされ、横になって一息ついたら、途端に眠気が襲ってきた。

 

 

 

 

「俊一さん?」

返事は規則正しい穏やかな寝息。

「寝ちゃった、みたいですね・・・」

俊一さんの顔を覗き込むようにしてその頬をつつく片瀬さん。

「赤ん坊並みの寝つきの良さですね」

布団を俊一さんに掛け直すと、安心しきって眠る俊一さんの顔が微笑ましくて思わず笑みが零れてしまう。

俊一さんの寝顔を見るのはこれが初めてじゃない。

だけれども、なんだか新しい一面を発見した気分になり嬉しくなってしまう。

「私たち、どうしましょうか?」

俊一さんの額に新しい濡れタオルをおいた片瀬さんが首を傾げる。

この寝つきなら多分数時間は俊一さんは目を覚まさない。

さっきの状態なら俊一さんの容態も心配する必要はないだろうとも思う。

そして俊一さんには自分が寝てしまった時用にと、あらかじめこの家の合鍵を渡されている。

だから帰るときにわざわざ俊一さんを起こして戸締りをさせる必要はない。

変なところで用意がいいのは熱があるときでも変わらないみたい。

「もう少し、俊一さんの寝顔を見ていきませんか?」

「大いに賛成です」

そして二人で俊一さんを起こさないように小さく笑いあう。

そんな私たちをよそに俊一さんは静かに規則正しい呼吸を繰り返す。

帰るのはもう少し俊一さんの寝顔を眺めてから。

 

 

俊一さん?あなたが彩花さんのことを思っているのは百も承知です。

でも、ここにこんなにもあなたに心奪われた女の子もいるんですよ?

あなたの無遠慮な行動のせいで私はこんなになっちゃったんです。

責任、取ってくださいね?

 

 

 

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Up DATE 08/6/9


>『体が動かん』に噴きました。
>わからないでもないですが、アレ呼ばわり…二人とも強くなっちゃって…
朱に交われば赤くなるって奴ですねっ!
>彩花はこれは何かしらイベント無いと参入難しいかもですね。
流石に智也との件があって一週間も経ってないですからねぇ。即フラグ成立というわけにもいかないようです。
>3種連載でペースも早くなってますが、御無理はなさらないように。
>それでは。
まー、無理はしない性格なんでその辺りは問題ないかと。つーか、更新できるときにしないとまた更新が停滞する可能性が・・・(汗

>彩花さん一時撤退ですか、残念。
>次回は詩音と片瀬さんですか、個人的には順番に家に来て固まるシーンが好きなんですけど
>こういうのも新鮮でいいかも(笑
そーゆー展開も考えてたんですけどねー。ただ、彩花を一歩踏み込めない感を出したかったのでこんな感じになりました。
>ちなみに暴走キャラは大好きなので遠慮しなくていいですよ(笑
>更新楽しみにしてま〜す
うぃっす。今回は詩音が暴走しました。