Memories Off Another

 

第56話

 

 

11/12(月)

 

 

 

 

 

体が動かない。

目覚ましのアラームで目覚め、最初に思ったのはそれだった。

だるくて頭がボーっとする。うむ、完璧無欠に熱出てるっぽい。

そう判断した俺は0.3秒で学校を休むと即決し、再び眠りについた。

 

 

 

 

授業中。先生の話に耳を傾けながら隣の席に目を向ける。

そこにいるべきはずの人物がいないことを再度確認し、心の中でため息をつく。

ホームルームの時点で彼の席が空いていたと、いうことは今日一日彼は学校に来ないのだろう。

遅刻するくらいならサボるねっ!、と何の自慢にもならないことを胸を張って公言していた。

サボりならサボりでいい。彼の気まぐれは今に始まったことでないので気が向かない、の一言で休んだことも何度かある。

だが、今回彼がいない原因はその気まぐれではなく、自分にあった。

それが私の気を重くさせていた。

絶対、私のせいだよねぇ・・・。

土曜日の出来事があった直後の彼の欠席だったので、流石に気になったのでメールを送ってみた。

それに対して返ってきたのはただ一言。

 

『風邪引いた』

 

「・・・・・・はぁ」

何をどう考えてもあの雨の日の出来事が原因だろう。

雨の中、彼に縋って思いきり泣いた。そのことを思い返すだけでも顔が火照ってくるがそれはひとまず置いておく。

季節は秋から冬に移ろいつつある時期だ。その雨の中でずっと立ち尽くしていたのだから風邪を引いてもおかしくない。

何をどう好意的に解釈しても彼が風邪を引いた原因は自分で間違いない。

そのことが何より申し訳なかった。

思えば私は彼に甘えてばかりだ。

あの人の好意に甘えて、助けられてばかりだ。

あの人の気持ちを知って、それに応えられない私。

智也とのことがあって、あんなことがあっても、私はまだ俊くんを上手く異性として意識できていない。

色々助けられてばかりで異性というよりはやっぱり恩人で大事な友達、というのが一番しっくりくる。

彼の気持ちを知って、どう接していくのが一番良いのかはわからない。

だけど、私にできることはやっていこう。

お見舞い、行こう、うん。

そう決意した。

「・・・さん、桧月さん」

「え?」

「え、じゃなくて・・・問題、先生に当てられてるよ」

「あ・・・・・・」

隣の席のクラスメイトに言われて、先生が白い目でこちらを見てるのにようやく気づいた。

「あ、す、すいません、聞いてませんでしたっ」

ドッと教室中が笑いに包まれる。

うぅ・・・は、恥ずかしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休み。

そっと彼の教室を覗き込む。

教室の隅から隅までを見渡すが、彼の姿はない。

もう何処か他のところに行ってしまったのだろうか?

そう思いつつ、ふと顔見知りの少女と目が合うと、すぐにその少女はこちらに駆け寄ってくる。

「詩音ちゃん?どうしたの?」

と、彩花さんが不思議そうな顔つきで聞いてくる。

「ごきげよう、彩花さん。俊一さん、どこに行かれたかご存知ありませんか?」

「あ、えっとぉ・・・」

私が聞くと、なぜか彩花さんは気まずそうに言いよどんだ。

「・・・今日は風邪で休んでるんだ」

「あ、そうでしたか」

それを聞いて心の中で落胆する。道理で朝、駅で待っていても彼に会えなかったはずだ。

せっかく、今日も彼の分のお弁当を作ってきたのに。

「え、と・・・ごめん、ね」

その思いが顔に出ていたのだろうか、桧月さんが申し訳なさそうに言った。

「何故、桧月さんが謝るのでしょうか?別に桧月さんが悪いわけではないでしょう?」

「あー、うん。まぁ、そうなんだけどね。あはは」

私が不思議そうに言うと、彼女がどこか歯切れの悪い口調で言った。

「あ、そうだ。お昼、これからでしょ?良かったら一緒に食べない?」

「はぁ、構いませんけれども」

どこか不自然な彩花さんの様子に怪訝に思いつつも頷く。

「じゃ、天気もいいし、屋上にいこ?ちょっと待ってて、お弁当持ってくるから」

パタパタと自分の席へ戻る彼女を見送りつつ、俊一さんのことを考える。

確か、今はお一人で暮らしてるといってましたよね。

お見舞い・・・行ったら、喜んでくれるかな。

 

 

 

 

 

「この辺り・・・かな」

稲穂くんに教えてもらったことをメモした地図を手に道を進んでいく。

昨日の俊一くんが体調を悪そうにしていたのが気になってメールしたら、

 

『体が動かん』

 

と、だけ返ってきて不謹慎だとは思うけど笑ってしまった。

この調子だとご飯も食べずに寝込んでいるに違いない。

だから、ほんの少しでも彼の力になりたくて、こうして食材を買い込んでお見舞いに向かっている。

・・・ご飯、作ったら喜んで貰えるかな。

それで美味しいって彼に言ってもらえたら。

・・・・・・うん、凄く幸せかもしれない。

そんなことを考えながら歩いていると見覚えのある人たちを見つける。

・・・あれ?

手にした地図と彼女たちが居る場所を見比べる。

もしかしなくても・・・俊一くんの家、ですよ、ね?

 

 

 

「あれ?詩音ちゃん?」

前を歩く人影を見つけて、声をかける。

「彩花さん?」

よく見るとその手には私と同じようにスーパーの手提げ袋がぶら下がっている。

「どうしたんですか?彩花さんの最寄り駅はこちら・・・ではなかったですよね?」

「うん、ちょっと用事があってね。詩音ちゃんは買い物帰り?」

詩音ちゃんと私の行く先は同じ方向らしいのでそのまま詩音ちゃんと並んで歩く。

「・・・はい、そんなところです」

「へー、詩音ちゃんの家ってこの近くなの?」

「いえ、最寄り駅は中目町ですけど、こちらのほうではないですよ」

「あ、そうなんだ。ってことは詩音ちゃんも何か用事があるの?」

「はい。俊一さんのお見舞いです」

その言葉に一瞬ドキリとする。

「あ、そ、そうなんだ」

「彩花さんは俊一さんの家の場所をご存知でしょうか?」

「え、うん。知ってるけど・・・」

知ってるも何もこの間言ったばかりだし、私の目的地もそこなのだ。

「もし、よろしければ案内していただけないでしょうか?稲穂さんから地図を頂いたのですが・・・その、文字が読めなくて」

と、困ったように手にした紙をこちらに向ける。

そこには何か地図らしきものにミミズがのたくったような文字のような何かが描かれていた。

「なるほど。信くんの文字は汚くて読めないって智也が言ってたっけ」

困ったように頷く詩音ちゃんに私も苦笑を返す。

「うん、大丈夫。俊くんの家はすぐそこだから」

 

 

 

「あの、すみません」

「はい?」

俊くんの家の前まで辿り着いたところで、誰かに声をかけられた。

振り返ってみると、そこには林女の制服を来た女の子。

あれ?

「片瀬さん?」

私が口を開くより先に詩音ちゃんが反応する。

そう、片瀬さやかさん。前に俊くんに紹介されたことのあるルサックでバイトしている女の子だ。

「はい、こんにちわ。桧月さん、双海さん」

そう言ってぺこりとおじぎする片瀬さん。

「えっと・・・俊一くんが風邪引いて倒れたって聞いてお見舞いに来たんですけど、お二人も同じでしょうか?」

「え?いや、え、とその私は・・・」

「はい。私はそうですよ。やっぱり大切な人を放って置けませんから」

口ごもる私と対照的に詩音ちゃんははっきりと答える。

一瞬、片瀬さんと詩音ちゃんの間で火花が散ったように見えたのは・・・気のせい・・・だよね?あはは・・・・・・。

「わ、私は別の用事でそのついでに詩音ちゃんを案内しただけだから、あ、あははは」

詩音ちゃんの『大切な人』という言葉に動揺した私の口からはそんな言葉が出ていた。

「じゃあ、私はもう行くから。それじゃあねっ」

「あ、はい。ありがとうございました。ごきげんよう」

「はい、また」

手を振りながら早歩きで二人から離れる。

やがて角を回り、二人の姿が見えなかったところでふうっとため息をつく。

「・・・俊くん、モテるんだ」

ポツリと呟いた。

俊くんと知り合って間もない上に、違うクラスの詩音ちゃん。同じバイトしている片瀬さん。

それだけの関係で風邪を引いた男の子のお見舞いになんて行くわけがない。

二人が俊くんに一定以上の好意を持っているなんてことは明白だった。

その二人がお見舞いに行ってるのに、わざわざ私が行って二人の邪魔をする必要はない。

なんだか、肩透かしを食らった気分だ。

「大切な人、か」

詩音ちゃんが行っていた言葉がやけに耳に残っていた。

・・・・・・もしかして私、詩音ちゃんと二股かけられた?

と考えてすぐにありえないと、思い直す。

何をどう考えてもそんな器用なことも不誠実なことができる性格じゃないのだ、彼は。

あの二人がお見舞いに来たことを俊くんはどう思うだろうか?

いくら鈍感な俊くんでもあの二人の気持ちに気づくだろう。

・・・・・・訳がわからない顔をして困惑してる彼の表情が浮かび、思わず笑いが零れてしまう。

お詫びはまた今度・・・かな。

彼の家の方角を見て、そっと呟く。

「早く元気になってね」

 

 

 

 

 

「なんだろう、ものすごく美味しいチャンスを逃した気がする」

そしてすぐ近くで物凄く恐ろしいことが起きてる気がするのは何故だろう?

俺は風邪とは違う悪寒に身を震わせていた。

 

 

 

 

 

 

「桧月さん、どうしたんでしょうね?」

「さぁ・・・?」

何か慌てたように歩いていった桧月さんの不自然な様子に双海さんと二人で首を傾げる。

俊一くんと何かあった・・・のかな。

チクリと心が痛んだ気もするけれどもそれはひとまず後回し。

「こうして二人きりで話すのは初めてですね」

「そうですね」

双海さんと正面から向き合う。

彼女もしっかりと私の目を見つめ返してくる。

亜麻色の綺麗な髪に整った顔立ち。

改めてみると本当に綺麗な人だと思う。

「時間も勿体無いことですし、単刀直入にお聞きします」

「はい」

双海さんの言葉にしっかりと頷き返す。

「私は俊一さんが好きです。あなたも・・・同じでしょうか?」

「はい、私も俊一くんが好きです」

っていうか、告白しちゃいました。キスもしてしまいました。

不意にあのときの感触を思い出して顔が熱くなるのを感じる。

そんな私を訝しげな目で見つめてくる双海さんの瞳を私も負けじと見つめ返す。

そしてそのまま見つめあい・・・

「ぷっ・・・あはは」

「ふふっ・・ふふ」

全く同時にお互いが吹き出す。

「双海さんと私はお互いライバル、ってことになりますね」

「そのようですね」

「もっとも、一番の強敵は桧月さんですけど・・・」

そう言って、彼女が去った方向に目を向け、双海さんもつられるように同じ方向に目を向ける。

「お互い、苦労しそうですね」

「でも、負けませんよ?」

「それはこちらも同じです。何せ好きになった人がアレですから」

双海さんの言った『アレ』の発音に意味深なものを感じ取り、苦笑が漏れる。

多分、双海さんと私と同じように彼から少なからず影響を受けているのかもしれない。

「アレですもんねぇ」

二人してクスクスと笑いがこぼれる。

「お互い、頑張るしかないですね」

「まったくです。でも、とりあえずは・・・俊一くんのお見舞い、すませちゃいましょう」

「はい」

そして、私たちは俊一くんの家のインターホンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TOPへ  SSメニューへ Memories Off Another Index BACK NEXT

採点(10段階評価で、10が最高です) 10
お名前(なくても可)
できれば感想をお願いします

Up DATE 08/5/22


そろそろイメージイラストを新しいのに差し替えたいなー、と思う今日この頃。
やっぱ彩花×詩音だけでなく片瀬さんや俊くんも描くべきでしょーか?

>片瀬さん、その言動はまさしく女版俊一ですね。
>おかげで詩音が一歩どころか五歩程出遅れてる感が…由々しき事態です。
>彩花の気持ちが俊一に向かうまでに二人がどれだけ距離を縮められるのか?
>そして感想レスに並ぶ"待て、次回"…期待してます。
まー、こんな次回になりました。彩花戦略的撤退。やっぱりとーぶんは踏み込めそうにないですねぇ。
次回は詩音のターン!に、なるといいなぁ。

>片瀬さん強くなりましたね、前〜中の頃の俊君見てるみたい(笑
>ずっと読んでた読者としてはキャラの成長は見ていて嬉しいんですよね
片瀬さんはなんだかんだで一番俊くんの影響受けてますからね。
バイトでの共同作業とか経て、詩音よりも行動的になってます。
・・・・・・・本当はもっと大人しめの子だったはずだったのに、いつの間にかある種の暴走キャラに・・・。
>俊君は逆に後退気味だけど一段落すれば元に戻るのかな?
後退っつーより周りが押せ押せになって戸惑ってる感じですかねw
>智也が唯笑を選んだのは私は納得かも、Pureだけじゃなく1st本編やAfter Rain
>などでどれだけ唯笑が智也を思っているかは描かれてるし
>その気持ちに智也が気づけば十分この展開もありえると思うので。
>きっかけは俊君が影響しているかもですけどね(笑
まー、ゲーム本編に頼らずともこのSSの文章だけで納得させられる展開を描ききるのがベストなんですけどね(汗
それが上手くできなかったのが心残りというか反省点です。