Memories Off Another

 

第55話

 

 

11/11(日)

 

 

「だる・・・」

呟いた言葉はそのまま宙に吸い込まれてく。

バイト中にも関わらず激しく気力が湧かない。

や、いつも気力漲ってるのか、というとそんなことは全くちっとも全然ないんだけれども。

「おまえ、本当に大丈夫か?」

キッチンから顔を覗かせた信が気遣うように声を掛けてくる。

「全然っダメだな!」

「おいおい・・・」

何しろとにかく体がだるい。つーか、絶対にこれ熱出てるんだろうなぁ。

間違いなく、昨日雨ん中に立ち尽くしてたのが原因だろう。

桧月は大丈夫だろうか?

こんな状態だからバイトも休みたかったんだが、ここのところ休みを多めに取ってたもんだからこれ以上休んで他の面子に迷惑を掛けるわけにもいかない。

まぁ、なんとかやるしかないだろう。

「おはようございまーす」

背後から聞こえてきた声にビクリ、と体が震える。

「おはよー、片瀬さん。今日も可愛いね♪」

「お、おはよう」

いつもどおりに挨拶を返す信とぎこちなく動きで振り返り、挨拶を返す俺。

いかん、思いっきり動揺が態度に出てしまっている。

「・・・体調悪そうですけど、大丈夫ですか?」

片瀬さんは一瞬だけ、悲しそうに眉をひそめるが、すぐに心配そうな顔で俺を覗き込んでくる。

「このバカ、風邪引いたんだと。動きがトロくなってるから片瀬さんフォローしてやってくれよ」

俺が何か言うよりも早く、信が口を出す。

「はい、任されましたっ!」

それに対し、グっと拳を握る片瀬さん。

「と、ゆーわけであんまり無理しないでくださいね、俊一くん」

「・・・了解」

ね?、と笑いかけてくる片瀬さんに俺は頷くしかない。

信に目線を向けると、ニタニタと笑いながら上手くやれよ、と視線で語っていた。

くっ、時々妙に勘の鋭いヤツだからどこまで俺と片瀬さんのことを感づいてるかわからんっ。

下手なことを喋ってやぶ蛇になるのも困るのでここで何か文句を言うわけにもいかない。

・・・と、いうかそんな気力もないので俺はそのまま片瀬さんと一緒にフロアへと向かった。

 

 

「少し、ホッとしました」

「ん?」

フロアに出ると同時にポツリと片瀬さんが呟いた。

片瀬さんフロアを見回して、どの客にも呼ばれていないことを確認してからポツリ、ポツリと話し始める。

「いきなりあんなことして嫌われちゃったらどうしようって怖かったんです」

「む」

そりゃ、まぁ、びっくりはしましたともええ。

「別に嫌いにはならないさ」

と、いうか全く嬉しくないかというと、そりゃ嘘になるし、あの柔らかい唇の感触もまた・・・ってええぃっ!

「と、いうかバイト中はその話やめよう。色々、危ない」

あの時のことを思い出して、自分の体温が急上昇しているのを嫌でも自覚してしまう。

「ですね」

片瀬さんも同じなのか、頬を染めて俯いてしまう。

で、その仕草が妙にツボにくるわけで。

って、俺は昨日桧月に諦めない宣言したばっかだぞっ!?

だぁぁぁっっ、落ち着け、俺!明鏡止水の心だっ!心頭滅却すれば火もまた涼し!

俺が好きなのは桧月。俺が好きなのは桧月っ!

片瀬さんから目を逸らし、精神を集中する。

 

 

 

バイト中、その後のことは熱もあったせいか、あんまり覚えていない。

それなりに客の入りもあって慌しかったこともあり、片瀬さんと必要以上に会話する余裕もなくバイト終了の時間になった。

熱のせいで普段以上にミスが多かったのは、とりあえず済んだことだから追求するな。

 

 

 

「え、と・・・・・」

「・・・・・・・」

控え室には片瀬さんと俺の二人だけ。正直、気まずい。

他の面子は信の手引きかさっさと帰っちまった。

それをありがたく思うべきか、恨めしくおもうところかは微妙なとこだ。

「とりあえず、帰りましょうか?」

「・・・おう」

片瀬さんの言葉に頷いて二人並んでゆっくりと駅まで歩き出す。

うぅ、何を話していいのかさっぱりだ。

ってか、それ以上に頭がボーっとして何か考えるのがしんどい。

「あの、さ、俺好きなヤツいるんだぞ?」

「知ってます」

二人、顔を合わせることなく歩き続ける。

「振られたんですよね?」

「ぐっ」

身も蓋もない言葉だが、そのとおりなので反論できない。

「だけどまだ諦めてない。だから、その・・・」

その先に続く言葉を言うべきかどうか迷って、それでも俺は言葉を続けた。

「片瀬さんの気持ちには答えられない」

ふぅっと隣りからため息。

「そんなこと知りません」

「・・・・・・はい?」

俺が横を向くと、片瀬さんは笑顔で微笑んだ。

「俊一くんが誰を好きでも関係ありません。私があなたを好きなんですから」

どっかで聞いたような言葉に鼻白む。

「だから、私も諦めません」

俺の呆気にとられた顔がそんなに面白かったのか、クスクスと笑っている。

「ね、俊一くんがわたしのことどう思っているのか聞いてもいいですか?」

「仲の良いバイト仲間」

一瞬だけ考えて即答した。

「・・・・・・・・・」

あれ、何か片瀬さんの目がきつくなった気がするのは何故?

「俊一くん」

片瀬さんが俺の前に回りこみ、上目遣いで睨んでくる。

と、思ったらすっとその手が俺の額に触れてくる。

「・・・・・・もしもし?」

俺が不審に思ってると不意に頬に軽い痛みが走り、とパンッという音がした。

「熱、ありますよ。もう・・・こんな状態で無茶しないでください」

一瞬何が起こったのかわからなかったが、どうやら俺の頬は片瀬さんに両手で挟まれてるらしい。

「ほへくひゃいらいりょーぶらって、かたへひゃんっ?」

喋ろうとしたが頬を両端から引っ張られて上手く話せない。

何の真似でせうか?

「家に帰ったらすぐに寝て、大人しくしてくださいね。ちゃんと薬飲んでゆっくり寝てください。いいですねっ!」

むにむにと俺の頬を引っ張りながら片瀬さんがまなじりを吊り上げる。

こくこくと頷くと片瀬さんはにっこりと笑い、俺の頬はようやく開放される。

「約束ですからねっ。それじゃ、帰りましょう」

そっと片瀬さんが俺の手を握り締めて歩き出す。

「えっと・・・片瀬さん?」

「私に心配させた罰です。駅に着くまで絶対に放しません」

その言葉と同時にきゅっと手に力が込められる。

「・・・・・・うぐぅ」

そう言われてしまっては、バイト中に足引っ張ったこともあって無碍にその手を振り払うわけにもいかない。

先を歩く片瀬さんを見たら、耳まで真っ赤だった。

・・・・・・・つーか、これ誰かに見られたら俺、死亡フラグじゃね?

そんなことを考えながら俺は片瀬さんに連行されていった。

っていうか、片瀬さんってこんな強引な子だったっけ?

そんな俺の疑問に答えるものはもちろんいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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Up DATE 08/5/8


とりあえず片瀬さんとの一応の決着でした まる。

詩音が一歩出遅れてる感があるなぁ。

>更新が早いですね、2話続けて読めたのにはびっくり、うれしい限りです
本当は週一で毎回更新できるのがベストなんですけど中々そうもいきません(汗
>智也はついに唯笑を選びましたか、詳細は1stのpureで補完ですね(笑
>彩花のシーンはお約束ですね〜・・・大好きですよ(笑
>気に入った曲を聞きながら読むと楽しいです
個人的にはEterityとかRain then clearとかお勧めですw
>しかしこれでルート確定してないんですか、このかつてない試練って・・気になりますね〜
>思い浮かぶのは詩音が俊君をヘリでさらって行くシーン
>ごめんなさい、前々回のインパクト強すぎでして・・(笑
まぁ、あのネタは大好評でしたね。まぁ、詩音も誰かさんの影響で原作より大分行動派になっていますが。
>PS)長編でキャラのイメージ画像が変わるのはプロでもよくある事なので
>気にしなくてもいいと思いますよ、良い方に変わるのは歓迎ですし
とりあえずそのうち設定画とかなのをまとめてあげたいとこですねー。
>追伸)彩花の画像みました、黄色のカチューシャに違和感を感じたのですが
>これは唯笑からもらったもの?
中学の彩花が制服と私服のときそれぞれ服に合わせて変えてたみたいなんで唯笑と合わせてみました。

>・・何がある?!
>とまあ予測できた展開といえば展開。
>さあ,彩花が参戦できる準備が整った!!
>にしても彩花選ばない智也というのもイメージできにくかったんですが。。。
>いや,唯笑が下とかいう訳ではなく原作の展開的に・・・。
これに関しては完全に自分の力不足というか描写不足ですね。
ただ、Pureをやったイメージだと智也は本当にきっかけああればそっちに転ぶイメージしかなかったもので・・・。
Pureのような唯笑に転ぶイベントをもう少し挟むべきでしたね。反省。
伏線は張ってあったんですけどそれが小さすぎ&序盤過ぎて・・・orz
>ルート確定ではないにしてもほぼ確定かと思うんですけどどうよ(笑)
まぁ、その次回をお楽しみに、ということで。

>かつてない試練。
>修羅場か?
その辺りは多分、次回あたり。