Memories Off Another
第54話
「嫌な空だな・・・」
さっきまでは普通に晴れてたのに今はどす黒い雲が空を覆い始めている。
いかにもこれから雨が降りますって感じで憂鬱になる。
にも関わらず俺は公園のベンチに座ってボーっと人待ちだ。
何故か名前で呼ぶことを強制される羽目になった双海と喫茶店で数時間過ごして店をを出ると、桧月からメールが届いた。
そのメールには今坂と一緒に智也に告白したこと、そしてその結果を直接会って報告したいとだけあった。
何か胸を締め付けられるような感覚が俺を襲う。
智也がどちらを選んだのか俺にはわからない。
それをこれから桧月から聞く。ただ、どちらにしても俺は素直に喜ぶことはできないんだろうなぁ、と思った。
桧月には海の見えるあの公園で会おうと返信して、双海には用事ができたといって別れた。
「しっかし、本当に立て続けに色々起きるねぇ」
桧月に告白した日からまだ二日しか経ってない。
にも関わらず、片瀬さんに告白されるわ、双海に名前で呼ばれるように命令されるわ、また桧月に呼び出されるわ。
そんなに連続しないでもうちょい間隔を空けてくれたほうが精神的に安定するんだけどなぁ。
俺が一体何をしたというんだ?
そんなことを考えながら気持ちを落ち着かせようとする・・・・・・が、上手くいってない。
さっきから心臓がバクバクして仕方ない。なんつーか、こう自分から告白したときよりも緊張してるな、くそっ。
「お待たせ」
その声に顔を上げるといつの間にか桧月がいた。
桧月の表情は普段と変わりなく、その表情から智也がどちらを選んだのかは窺い知れない。
「決着はついたのか?」
「うん、ちゃんとはっきりさせてきたよ。だから俊くんにはちゃんと会って報告しなくちゃって思って」
「そっか」
そして桧月はそのまま言葉を続けた。
「智也はね、唯笑を選んだよ」
穏やかな表情のまま、大したことの無いかのような口調でさらっと言った。
桧月の表情は変わらない。なのに、なぜか胸が締め付けられるような感覚が俺を襲う。
「私も唯笑もきちんと気持ちをぶつけて、それで智也も選んでくれた。だから後悔はしてないよ」
別に私たちの縁が切れるわけじゃないもんね、と笑う。
俺が黙って桧月の言葉を聞く。
たしかに、言葉どおり後悔はしていないだろう。
だけど。
「あの、さ」
「ん?」
「無理しなくても、いいんだぞ?」
「ふふっ、やだなぁ、無理なんてしてないって」
ケラケラ笑って手を振る桧月。それが妙に痛々しくて胸がより締め付けられる。
「バーカ、俺を誰だと思ってる。おまえの空元気なんてお見通しだっての。泣きたいときは思いっきり泣いちまえ」
俺の言葉にクシャリと桧月の顔が歪む。
そして、その頬を一筋の涙が伝う。
「あ、あれ?お、おかしいな、なんで?」
それに自分でも戸惑いながら涙を拭う桧月。
だけど、拭った傍から次々と瞳から涙があふれていく。
「今だけでもいいから思いっきり吐き出しちまえよ。全部受け止めてやるからさ」
そしてゆっくりと桧月の肩を抱き寄せる。
桧月は一瞬だけビクッと体を強張らせるがそれに構わずしっかりとその頭を胸に抱く。
「うっ・・・うっ・・・・・ううっ・・・」
ゆっくり、小さな嗚咽が胸元から聞こえてくる。
同時にポツポツと空から水滴が降り注ぎ始める。
まるで桧月の涙に呼応するかのように。
「う、うわぁぁぁぁっ」
俺の胸にその顔を押し付けて、声を上げて泣いた。
次第に強くなっていく雨の中、かける言葉もなく、俺は彼女の肩と頭に回した手に力を込めることもできず、ただそこに立ち尽くすことしかできなかった。
俺は確かに桧月たち三人が決着をつけることを望んでいた。
だが、一体どういう結果を望んでいたんだろう。
智也が桧月を選べば、俺にとってのチャンスは低くなる。
だから智也が今坂を選べば?
俺にとってのチャンスは増えるかもしれない。だけどこうして桧月が今泣いている。
チャンスが増えようが何しようが全く嬉しかないぞ、こんちくしょう。
無性に自分が腹立たしくて情けない。
彼女が泣いているのに、今はこうして肩を抱くことしかできない自分が歯がゆい。
もっと強くなりたい。全てを守る力とは言わない。
ただ、自分にとって一番大切な人だけは守れるくらいには強くなりたい。
降りしきる雨の中、強くそう思った。
「落ち着いたか?」
「あ・・・うん」
ひとしきり泣いた後、桧月が気まずそうな顔で俺から離れる。
その感触がちょっと惜しい。
「え、と・・・その、ゴメン」
「気にするな。むしろ俺は嬉しかったからな」
思いっきり泣いたことで多少は気が晴れたのか、先ほどまでの無理をしているかのような危うさはもう無かった。
「とりあえず、色々言いたいことはあるかもしれんが、俺んち行くか。こっからなら15分ちょいくらいで着くしな」
「え?」
何でそーなるの?と言いたげな顔で目を丸くする桧月。
「その格好で家まで帰る気か、お前は?」
じと目で桧月の格好を見やる。
「あぅ・・・」
桧月が泣いている間もずっと雨は降り続いていたので二人ともびしょ濡れだ。
どころか、制服が濡れてうっすらと透けてるのがまた艶めかしい。
そんな状態で電車に乗るのも、自分の家に帰えるのもまずいと思い至ったのか、困ったように唸る桧月。
全身びしょ濡れで目も真っ赤。
そんな状態で帰ったら家族にもいらん心配をかけるだけだろうに。
「あ、えっと!どこかで乾くまで時間つぶしていくとかっ!」
流石に俺の家に来るのは抵抗あるらしい。
「そんな濡れ鼠な格好でどこで時間潰す気だ。乾く前に風邪引くぞ」
「あうぅ」
ここで押し問答しても時間の無駄だな・・・。ってか今現在進行形で雨降ってるし。
そう判断した俺は桧月の手を掴んでさっさと歩き出す。
「あ、ちょ、ちょっとっ!?」
「問答無用。諦めろ。じゃないとさっき泣いてたこと智也たちに言いふらすぞ」
「ちょっ、ちょっと、なんでそーなるのよっ!?」
「おめーがグダグダ言ってるからだ。さっさと行くぞ」
途中にコンビニでもあればいいのだが、あいにくこの近くにはない。
雨もこの調子だとしばらくは止みそうにない。
「ほら、ちょい走るぞっ」
「わわっ、待ってよぉっ!!」
そういって小走りで桧月の手を引いていく。
慌てる桧月の様子に思わず、口元が緩む。
うん、少しは元気出てきたみたいだな。
「うー、もう強引なんだからー」
「好きなやつを濡れたまま家に帰すよりはよっぽどマシだな」
ニヤリと笑いながら、桧月にタオルを渡す。
俺は気にしないのだが、桧月は人様の家に濡れたまま上がる気はないらしく、上がる前にタオルを要求してきたのだ。
「うぅ・・・」
俺の言葉に桧月は僅かに赤くなって唸る。
うむ、すげぇ可愛い。
昨日からのぎこちなかった雰囲気がいつの間にか消えていた。
「え、と、お邪魔します」
初めて上がる俺の家に緊張しているのか遠慮がちに上がる桧月。
「ほれ、着替え貸してやるからさっさとシャワー浴びて来い。乾燥機で制服もかわかさんといかんしな」
「え、あ、だったら、俊くんが先に使いなよ。私は後でいいから」
「アホ」
たわけたことを抜かす桧月にチョップをお見舞いする。
「いたっ!?」
「こーゆうのはレディーファーストって決まってんだよ。グダグダ言わずにとっとと入れ、ドアホウ」
桧月の背中を押して脱衣所へと押し込む。
で、乾燥機の使い方と、着替えを用意してようやく桧月も観念したようだ。
「はぁ・・・本当に強引なんだから」
「今に始まったことじゃないから諦めろ」
ハッハッハ、と笑いながら脱衣所から出ようとしたところで桧月がボソリと呟く。
「覗いたらダメだからね」
「するかっ!!}
「うん、信用してる♪」
振り返って突っ込むとそこにはとびっきりの笑顔。
それに思わず鼻白む。
「俊くんは紳士だもんねー」
呆気に取られた俺に一矢報いた気でいるのか、クスクスと笑い出す。
「・・・アホくさ」
俺は憮然としてドアを閉めた。
まぁ、大分元気が出てきたみたいだし、何より、かな?
「あの・・・お風呂空いたよ?」
リビングでくつろいでいると、シャワーを浴び、俺の貸したシャツとジャージに着替えた桧月がおずおずと入ってきた。
その桧月を見て、心の中で俺、おもいっきりガッツポーズ。
風呂も沸かしていたので浴室に入っていた時間からしてしっかり風呂にも入ってきたんだろう。
風呂上りの桧月。それだけでもレアものなのにブカブカのジャージで気恥ずかしそうにしてるのがまたポイント高い。
心のメモリーにしっかりと今の光景を焼き付ける。
「ふぇ、ふぇっくしっ!」
「大丈夫?」
「おう、とりあえず俺も風呂入ってくるわ」
ずずっと鼻をすすりながら答える。むぅ、やっぱこの時期に雨に濡れたのはまずかったか。
タオルで拭いても大分身体が冷えてるのを実感する。
キッチンに用意しておいたカップにお湯を入れ、紅茶を桧月に渡す。
「まぁ、適当にくつろいでろ。キッチンも適当に使っていいから」
「・・・うん、ありがと」
自分の着替えを持って脱衣所に入る。
乾燥機がごうごうと回っている。
・・・・・・・制服だけじゃなくて下着もやっぱ乾かしてるんだよな。
そーすると今の桧月は・・・って、いかんいかん!
頭をブンブンと振って雑念を振り払う。
余計なことは考えるな、俺のアホ。
つ、と視線を湯船に移す。
・・・・・さっきまで桧月が入ってたんだよな、ここ。
俺は自分の家にも関わらず妙にドキドキしながら風呂に入ることになってしまった。
「おろ?」
心ゆくまで体を温め、リビングに入るとなにやらキッチンからいい匂いが漂ってきた。
「あ、冷蔵庫の食材勝手に使っちゃってるけどいいよね?」
「全然オッケーだけど、もしかして晩飯作ってくれてる?」
時計を見るともう18時を回っていた。
「うん、お世話になりっぱなしってもやっぱりまずいかなって思って」
「おぉ・・・」
グッと拳を握りしめる。
なんだ、この新婚生活みたいな美味しすぎるシチュエーションは。
「もう少しでできるからテレビでも見てて待っててよ」
「イエッサー」
俺は素直にそれに従い、桧月お手製の料理を待つことにした。
「ご馳走さまでした。とっても美味しかったです」
桧月の作ってくれた夕食を綺麗に平らげ、パンッと手を合わせる。
「はい、おそまつさまでした」
「いやー、やっぱ桧月は料理上手いなー。マジで美味かった」
まさか、自分ちで桧月の料理を堪能できるとは夢にも思わなかった。
「どういたしまして。あれだけ美味しそうに食べてくれたなら私も作った甲斐があったよ」
「はっはっは、そりゃ桧月の作ったもんなら何でも美味く食えるさ」
料理が美味くてなおかつ自分が好きな女の子が作ってくれたものだ。美味くないはずがない。
つーか、なんだこの幸せなシチュエーションは。
さっきまでの公園の出来事が嘘みたいだ。
「じゃ、食器は俺が片付けるからちょっと待っててくれよな」
「あ、いいよ。私がやるから」
「いーって、いーって。美味い飯を作ってもらったのにそこまでさせらんないって」
立ち上がろうとする桧月の肩を押さえ、食器をまとめてキッチンに持っていく。
こんな上機嫌で食器を洗うことなんて滅多にないしなっ。
「あの・・・今日はありがとね」
食後のお茶を飲んでいると、おずおずとそう切り出してきた。
「もう、吹っ切れたみたいだな」
俺が言うと桧月は静かに頷く。
「もともとね、自分が選ばれなかった場合の覚悟もしてたし、相手が唯笑だったらいいやって思ってたから」
えへへ、と笑う桧月。
「覚悟してようが、頭でわかっててもそれなりにショックは受けるもんだろ。自覚する、しないに関わらずに、な」
少なくとも俺はそうだったしな。
「うん、そうみたい。でももう大丈夫。思いっきり泣いたらすっきりしたから」
「そうか」
完全に平気、というわけでもないだろう。が、少なくとも今の桧月なら必要以上に落ち込んだり、自分を追い込んだりはしないだろう。
「・・・それと、ごめんね」
「何が?」
俺が胡乱気な目で見ると桧月は気まずそうな顔で言葉を続ける。
「私、俊くんの気持ち知ってて甘えちゃって・・・・。智也のことはもう平気だけどやっぱり俊くんの気持ちには答えられないよ・・・」
俺は目をスッと細め、手を桧月へと差し出し・・・・・・デコピンを放つ。
全力全開の手加減抜きだ。
「あいたっ!?」
「バカタレ、別に智也とケリ着いたからってすぐにお前の気持ちが俺に向くなんて端ッから考えてねーっての」
そこまでご都合主義じゃないぞ、俺は。
「え、あの、その・・・・・・」
額を押さえながらうろたえる桧月。
「前にも言ったろ?俺はお前に頼られると嬉しい。恋人とかどーとか以前に友達としてでもいい。俺が好きでやってるんだから気にする必要も無い」
「あ、う・・・」
少しだけ桧月の頬が赤くなるのを見て、自然と笑みが浮かぶ。
「だからお前のこともそう簡単には諦めない。しっかりとお前に振り向かせやるから覚悟しとくんだなっ!」
胸を張って宣言する。
「あ、え、と・・・・お手柔らかにお願いします」
「・・・・」
一瞬の沈黙。
なんだ、それ?
そして二人同時に噴き出して笑い合う。
桧月がこうして笑っている。それだけで俺は何でもできる気がした。
「巷に雨が降るが如く・・・か」
「何それ?」
「んー、と何かの詩の一説だったかな?やー、昨日から妙によそよそしい態度取られてたけど、またこうして笑いあえて良かったなって」
「あ、あれは、だって、しょうがないでしょ・・・ごにょごにょ」
自分の態度がぎこちないという自覚はあったらしく小声でボソボソと呟く桧月。
その様子に笑みが浮かんでしまう。
「ははっ、ま、別に責めてないって」
「・・・そういえば今日の俊くんだって学校にいるときは何かヘンじゃなかった?」
「そうか?」
「うん、なんか昨日よりもそわそわしてたって言うか、何かずっと考えたみたい。ひょっとして昨日何かあったの?」
ドキリ、と心臓が跳ね上がる感覚。
脳裏に浮かぶのは片瀬さんの顔、そして唇の柔らかい感触。
「・・・なんで目を逸らすの?」
「や、別にそんなことはないぞ?」
極めて自然に桧月のほうに振り向く。
「・・・油の切れたロボットみたいに動きが鈍い気がするんだけど?」
「はっはっは、気のせいだろ?」
「・・・顔色悪いよ?」
「まぁ、そんなときもある」
「ま、俊くんが何しててもどーせ私には関係ないけどねー」
そう言ってクスリと笑う桧月。
いかん。早いとこ片瀬さんのことなんとかしないと色々心臓に悪い。
クスクス笑う桧月を見て、心からそう思った。
その後、服が乾いた桧月を駅まで送っていった。
雨は止んで、空に浮かぶ月を見上げて思い出す。
「俊くん、いつもありがとう」
別れ際の桧月はそういって照れくさそうに笑顔を見せた。
あいつの笑顔の為なら何だってできる。
心の底からそう思った。
だが、そのときの俺はまだ知らなかった。
数日後にかつてない試練が訪れることを。
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Up DATE 08/4/18
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