Memories Off Another

 

第52話

 

 

 

11/10(土)

 

 

「ぐぅ・・・」

憔悴しきった顔のまま、駅で電車を待つ。

昨日のアレから今の今まで一睡もできんかった。

正直、まだ訳がわからず混乱している。

 

 

 

 

 

片瀬さんが走り去っていくのを呆然と見送る。

 

「・・・・・・・・え?は?え?えぅ?おおぅ?」

 

頬が燃えるように熱い。

えっ?今、俺、何された?え?片瀬さんが俺を好きって言って?

しかも、唇に残る柔らかい感触。

「・・・・・・キス、された?」

ポツリ、と呟く。

サーッと血の気が引いていくのを感じる。

あれ?俺、昨日桧月に告ったばっかですよ?

その翌日に他の女の子とキス?

うおおおおっ!?

いや、でも片瀬さんは滅茶苦茶可愛いし、性格も良いし、唇は暖かくて柔らかくてふにゅっとした感覚がまた気持ち良くて、うおぉぉっ!?

あかん、落ち着け、俺。思考がてんぱってる。

とりあえずここでボーっと立ってても仕方ない。

とっとと帰ろう。

「帰る方向、片瀬さんと同じなんだよな・・・」

今日は電車で来たから、当然駅に向かわないと行けない訳で。

下手すると片瀬さんと駅で鉢合わせ?

いかんっ!?今のてんぱった状態だと何話していいのかさっぱりわからんっ!?

・・・いや、片瀬さんは走っていったし、電車の方向が違うからホームも違うし大丈夫・・・か?

頭を振りながらゆっくりと駅に向かって歩き出す。

 

 

 

とりあえず状況を整理しよう。

俺は帰り道に片瀬さんと一緒に歩いていきなり告白されて、キスされた。

しかも唇と唇のマウストゥマウスだ。

 

 

・・・・・・・・ファーストキスを女の子に奪われたっ!?

 

 

しかもその感触が柔らかくて何か凄く良かった。

あぁっ、でも俺が好きなのは桧月なのにっ!?

嬉しいけど困ったっ!?

いやいやいや、とりあえずもっと状況分析。

 

 

片瀬さんはどんな女の子?

一言で言えば美少女。

見た目。ものすっごい可愛いし、最初に会ったときに比べて髪も伸びててますます俺好み。

・・・・・・あと、着痩せするタイプなのか意外に胸が大きい。信調べによるとDかそれ以上あるとかないとか。

さっきのことをよ〜く、思い出してみるとキスされたとき何か胸のあたりに柔らかい感触がふにゅっと・・・・っ。

「・・・・・・・くぁ」

ブンブンと顔を振る。傍から見たら通報されかねない不審者っぷりだが、今はそれどころじゃない。

性格。素直で大人しい。微妙に天然ボケも入ってるけど微笑ましいレベルでむしろ好感が持てる。

気も利くし、からかうと素直に反応してくれていぢめ甲斐もある。

料理の練習もよくするって言ってたし、家事も一通りできそう。

普段話していて楽しいし、相性も悪くない。

バイト中に組んで仕事的にコンビネーションを一番取れて楽ができるのは彼女だ。

・・・・・・っていうかバイトの面子ん中じゃ一番相性が良いって言っても良い。

阿吽の呼吸ってやつ?

・・・・・・・・・あれ?

冷静に考えてみると片瀬さんって俺の理想にぴったりじゃん?

でもあくまで俺が好きなのは桧月であって片瀬さんではない。

いや、片瀬さんが好きか嫌いかで言えば好きに決まってるけど、やっぱり桧月に対する好きは別次元なとこにある。

桧月に対する好きはこう理屈じゃない。好みがどうとか以前の所から湧き上がっている。

自分でも上手く説明できないけど。

・・・・・・いや、でも桧月も十分過ぎるほど俺の理想のタイプではあるんだよな。

こう、気の強いとこもあるけどそれをからかうのがそれはそれで楽しいし。

スタンス的に完全に対等というか、片瀬さんとは違う意味で気を張らなくて済むというか。

あっ!?俺ってもしかして節操なしっ!?

ちょっと自己嫌悪。

違うっ、違うんだっ!確かに片瀬さんは可愛いけど俺は桧月一筋っ!

桧月が一番好きなんだっ!

そりゃ、確かに桧月にはまだ相手されてないけどそれはそれっ!

「・・・・・・・って、片瀬さん俺が桧月のことを好きなの知ってるんだよな」

それでも俺のことを好きで、あまつさえキスまで・・・・・・。

っていうか、アレ、俺のファーストキスなんですけど。

いかん、またキスの感触思い出してしまった。

頬を染めた片瀬さんはそりゃ可愛くて・・・・・。

「・・・・・・くぁっ」

ぶんぶんとまた頭を振る。

うー、正直困った。

どんな顔して桧月に顔合わせりゃいいんだ?

いや、別に今の俺は桧月とどうこうっていう関係じゃないけどさ。

あうあぅ。

ちきしょうっ、美少女に告白されて、本来なら嬉しいはずなのに困った。

すっごくせつねぇっ!

 

 

 

 

 

なんてことを一晩中、家に帰ってから今の今まで考えてた。

うぅ・・・考えてみれば片瀬さんがしたことって俺が桧月にしてることと同じなんだよなぁ。キスはしてないけど。

あぁ、もしかしなくても俺って桧月に対して迷惑っ!?

「・・・・ん」

いやいやでも自分の気持ちに嘘は付けないし、退くべきところじゃないっ。

「・・・・・さん」

退いたらきっと後で後悔する。だから真っ向から自分の気持ちと向き合う。

それに過ちはないはずだ。

「俊一さんっ!!」

「うおぃっ!?」

突然耳元で名前を呼ばれ素っ頓狂な声を上げてしまう。

振り返るとぷく〜っと頬を膨らませた双海さんが立っていました。

物凄く不満そうな顔でこっち睨んでます、はい。

「昨日に続いてまた無視するなんて・・・・・・ちょっと酷くないですか?」

「いや、本当にスマン。また考え事をしてたもんで」

「また、彩花さんのことですか?」

当たらずとも遠からずというか。

「いや、それもあるんだけどまた別のことで・・・」

ついと目を逸らしてしまう。

言えるわけがない。まさか別の女の子に告白されてファーストキスを奪われたなんてっ。

「昨日、片瀬さんと何かあったのですか?」

「何故、それをっ!?」

余りの双海の鋭さに驚く俺に対し、双海は呆れたようにため息をつく。

「今、知りました」

「・・・・・・くぁ」

カマかけられたっ!?双海にハメられたのかっ!?

「ご自分では気付いてないのかもしれませんが、物凄く疲れている顔をしていらっしゃいますよ」

「えぅ・・・」

いや、一応、自分でも自覚はあるんですけどね?

とはいえ、双海のいうとおり疲れているのは事実なので返す言葉はない。

そうこう話しているうちに電車が来たので二人で乗り込む。

「今日、学校が終わった後、何かご予定ありますか?」

「んー?まぁ、今日はバイトないから暇って言えば暇だけど」

正直言えば今すぐ帰って寝たいとこではあるけど、学校で寝ればとりあえずは十分だろう。

「でしたら、少し相談に乗っていただきたいことがあるのでお時間をいただけますか?」

そう言った双海の顔は真剣で、どこか寂しげな表情をしていた。

「・・・・・・結構重い話?」

「そうかもしれません」

「そっか。ま、俺でよければいくらでも相談に乗るよ。どこまで力になれるかは知らんけどなっ」

もし今日何か予定があったとしても大抵のことならキャンセルしていたと思う。

今の双海からはそんな雰囲気が漂っていた。

 

 

 

 

 

「私、また転校することになるかもしれません」

放課後、いつもの店で注文した紅茶が来たところで双海は開口一番そう切り出してきた。

「それはまた・・・・・いきなりだな」

双海の言葉になんとも言えず、そう曖昧に答える。

「また親父さんの都合・・・だっけか?」

俺が訪ねると双海はこくんと頷く。

双海が今まで考古学者である親父さんの都合で転校を繰り返してきたことは聞いている。

「まだ、正式に決まったわけではないのですが、もしかしたら来週にもここを発つことになるかもしれません」

感情を押し殺したような声で双海は淡々と話す。

「来週って・・・そんな急なのか?」

「はい」

最初に会った頃とは違う。無表情ではなく、無理に感情を押し殺したような声。

「・・・・・・そっか」

双海のつらそうな顔を見るとロクな言葉が思い浮かばない。

双海自身、転校などしたくないという思いが今の表情からは見て取れる。

そんな双海にありきたちな慰めの言葉なんてかけることができなかった。

「俺に相談したいって言ったよな?何か俺に力になれること、あるのか?」

そんなものがあるとは思えないが、聞くだけ聞いてみる。

「俊一さんが同じ立場だったらどうしますか?」

「ん?」

双海が言った言葉の意図がいまいち理解できない。

双海と同じ立場・・・?

「もし、俊一さんが両親の都合でどこか遠くへ引っ越さなくてはならないとき・・・俊一さんならどうしますか?」

「どうするって・・・」

俺が引っ越す?親の都合で?

「・・・・・・うーん」

そういきなり言われてもピンと来ない。

「好きな人と・・・彩花さんと離れなくてはいけないとしたら?」

ポツリと、双海は小さな声で呟いた。

「残る」

俺は即答した。

いきなり様子が変わった俺に双海は少しあっけに取られたような顔をした。

「一人暮らしでもしてでも意地でも残る。絶対に残る。引越しなんて絶対にしないね。親だろうがなんだろうが絶対説得してやる」

あぁ、そうだとも。

今、こんな状態で桧月と離れ離れなんてごめんだ。

「桧月さんがいるからですか?」

気持ちが通じ合っていれば遠距離恋愛でもいいかもしれない。

けど。

「おう、こんな中途半端に一方通行な想いのまま終わりになんてできないね。両想いになるにしろ、終わるにしろ決着はなんとしてもつける」

そうだとも。ずっと、ずっと好きだったんだ。

「少なくとも今はあいつともっと一緒にいたい。・・・・・・だから親には無理言ってでもなんとか残らせてもらうようとことん足掻く、かな」

そこまで言って俺は紅茶のカップに口をつける。

「・・・・・・本当に彩花さんのこと、好きなんですね」

深いため息をつきながら双海が言う。

「まぁな」

そんなにはっきり言われるとこっちも照れる。

なんとなく気恥ずかしくなって視線を外へと向ける。

「彩花さんが智也さんを選んだとしても、ですか?」

「・・・そんなのは最初から覚悟の上だからな。そう簡単に諦められるほど、軽い気持ちでもないんだ」

困ったことにな。

そう付け足して双海に苦笑を浮かべる。

「だから俺は簡単には諦めないし、譲らない。それが俺のあいつに対する想いの強さだからな。それだけは智也だろうが誰だろうと譲る気はない」

「好きな人に対する想いの強さ・・・・・・ですか」

自分の胸に手を当てて呟く双海。

「・・・・・・・・・って、俺の場合どうするかっての聞いたところで双海の参考になるのか?」

「ええ、とっても。わたしも自分の気持ちに素直にならないといけないといけませんね」

そう言った何故か双海は複雑そうな笑みを浮かべている。

自分の気持ちに素直に・・・?

んー、と?今までの会話の流れからすると・・・?

「もしかして双海、好きなヤツでもいるのか?」

へぇ、意外だ。

違うクラスってのもあるけど双海が他の男と話してるのなんて一度も見たことないからなぁ。

「・・・・・・」

「お?」

何故か双海の視線がきつくなった。

おもわず冷や汗を浮かべてしまうほどに。

「ふ、双海さん?」

双海は無言。

そして視線は絶対零度の域にまで達していようとしている。

「いますよ」

「お?」

「鈍感で、お人好しで、自分勝手で、人の都合お構い無しにズカズカと心の中に入り込んできちゃう酷い人なんです」

「へ、へぇ?」

・・・・・・そんなヤツのどこが良いんでしょうか?

っていうか、何故にそんな冷たい視線で私を見るのでせう?

「俊一さん、今からする私のお願いに、“はい”か“イエス”でお答え下さいね?」

「うわ、選択肢ねぇっ!?」

不意に双海はプレッシャーをかき消して、笑顔を見せる。

「私のことは”詩音”と、名前で呼んでください」

「え?」

「返事は“はい”か“イエス”ですよ?」

と、笑顔のままプレッシャーを放つ双海。

「い、いえす・・・・」

ビッと何故か敬礼してしまう俺。

「約束ですからね」

人差し指を唇に当ててにっこりと微笑む双海。

いや、その仕草は可愛いんだけどね?

俺の第六感が色んな意味で後戻りできなくなってきたと囁くのは何故でせう?

 

 

 

 

 

 

 

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Up DATE 08/2/11


>小説のあとがきなんかでたまに作中のキャラが脳内で勝手に動き出しているというのを
>読んだ事がありますがその状態ですかね(笑
まさにそんな感じですw
>片瀬さんは1年以上バイトで見続けただけあって俊くんの影響を一番受けているかも。
>実に片瀬さんらしい告白でした

>次は詩音の番?それとも休憩入るでしょうか?なんにしても続きが楽しみです。
予告どおり今回は詩音のターンでした。でもちょっと軽めだったかなぁ。
次回は智也・彩花・唯笑編でお送りする予定です〜。

>最高!!
>いい感じになってきましたね。次回がたのしみです
片瀬さんが詩音・彩花を差し置いて出番多くなってきたので反論ないか不安だったのですが、
そう言っていただけるとありがたいです〜。