Memories Off Another

 

第46話

 

 

 

一目見た瞬間に私は理解した。

あの人の傍らを歩く人が私にとって相容れないである存在であることを。

 

 

 

「あれ、天野くん?」

桜峰の改札を出たところでよく見知った顔の人を見かける。

正確には見知った顔、なんて一言で表せるような簡単な関係じゃないのだけれども。

天野俊一くん。私の想い人。

向こうも私に出会ったことに驚いているようでちょっとだけきょとんとした顔をしていた。

だけど。

そんなことよりも私にはもっと重大なことがあった。

「・・・・・・もしかして、デートですか?」

その人の傍らに寄り添うように歩く綺麗な人。

見慣れない・・・いや、一回だけ見たことあったかな?

とにかく、「俊一くんが綺麗な女の人と二人でいる」、ということが私には物凄く引っかかった。

「そんな風に見えるか?」

「・・・・・・じーっ」

呆れたように言う俊一くんの顔を凝視して観察する。

「違うみたいですね」

・・・うん、デートっていうより友達付き合いで仕方なく来たっていう感じ。

俊一くんはクールそうに見えて意外と顔に感情がストレートに出るタイプだからすぐにわかっちゃう。

ちょっとだけ安心。

でも一緒にいる子のほうはそう思ってないんじゃないかな。

一目見ただけで私の女としての勘が彼女は危ないと警告を鳴らしている。

「当然だ」

私の言葉に胸を張って言い切る天野くん。

天野くんのその言葉に一緒にいた女の子は残念そうにため息をつく。

・・・知ってはいたけど俊一くんってやっぱり鈍い。

「えー、と、二人は初対面、だよな。こっちが同じ学校の友達で・・・」

そんな私の想いも彼女の気持ちも気づかないまま俊一くんは私に彼女を紹介する。

前はちらっと見たけど近くで見ると凄い綺麗な人。

「双海詩音と申します」

「あ、どうも」

ぺこりと互いにお辞儀をする。

そのとき私は直感で理解した。

多分、私だけじゃなくて双海さんも。

目の前の人は壁。相容れない存在だと。

それは理屈じゃなくて女としての勘。

私と彼女の視線がぶつかり、火花が散った。

「俊一さんには色々お世話になってます」

俊一くんを名前で呼んでるっ!?

わ、私だってまだ心の中でしか名前で呼んでないのに・・・。

(※稲穂くんみたいにあだ名で呼ぶのはカウントしてません)

「で、こっちが同じバイト仲間で」

「俊一くんの親友で片瀬さやかです。よろしくお願いします」

双海さんに対抗して遂に私も俊一くんのことを名前で呼んだ。

わっわっ、家で一人のときとか、心の中ではいつも名前で呼んでたけどこうして本人の目の前で名前を呼んでしまった。

表面上はなんでもないように装っているけど、私凄いドキドキしてる。

「親友・・・ですか」

私の「親友」という言葉に双海さんが怪訝そうな視線を向けてくる。

「はい、バイトを始めた当時から色々お世話したりされたりの仲なんです。ね?」

と、俊一くんに笑いかける。

お世話にしたりされたりは本当のことだし、親しい友達って言うのも嘘じゃない。

稲穂くんに俊一くんは仲の良い女の子は少ないって聞いたことあるし、うん。

間違いじゃない・・・はず。

「あ、ああ。まぁ、そうだな」

俊一君はちょっとぎこちないながらも私の言葉に頷いてくれる。

よ、良かった・・・否定されないで。

内心でホッと一息をつく。

「それで、俊一くんと双海さんは桜峰に何か用でもあるんですか?」

「あぁ、それは「俊一さんがお弁当のお礼に是非、街を案内させてくれ、とおっしゃるものですから」

私は俊一くんに聞いたのに、何故か双海さんが答える。

だけどそんなことより気になる言葉があったのを私は聞き逃せなかった。

「言ってない。断じて俺はそんなこと言ってないぞ」

「お弁当・・・ですか?」

じろり、と俊一くんを睨む。

「あぁ、昼に双海から弁当を貰った・・・んですけど」

へーえ。俊一くん、女の子からお弁当貰ったら素直に受け取っちゃうんだ?

これは後でしっかり話を聞いておかない。それはそれとして、

「ふーん・・・・・・でも、桜峰って別に案内するようなところってあんまりないですよね?藤川とかならともかく」

「あぁ、だから「わたしにとっておきの穴場の場所を紹介してくれるらしいですよ。ね?」

またしても俊一くんの言葉をさえぎる双海さん。

あの、私は俊一くんに聞いたんですけど・・・?

見た目と違って以外のこの人強引なのかもしれない。

「穴場というかただの古本屋なんだけども・・・・・・」

「桜峰の古本屋って・・・・・・文誠堂のことですか?」

この辺りで古本屋で浮かぶのは文誠堂しか思い当たらない。

「いや、店の名前は知らん。海岸沿いの店だったけど」

「あ、じゃあ文誠堂のことですね。確かにあそこは普通の本屋さんとかには置いてない本もたくさんありますから穴場といえば穴場ですね。さっすが、俊一くん」

「と、まぁ、とりあえず俺らはそんなところだ」

「ふーん、なるほど・・・」

あそこはあまり人通りが良いとは言えない場所にあるし、扱ってる本も専門的なものが多いので知っている人はあまり多くない。

他ではあまり手に入らない本が手に入るので私もよく行く店なのだけれど、その店を俊一くんも知っていることがちょっと嬉しい。

自然と顔がにやけてしまう。

「それじゃ、俊一さん。そろそろ私たちは行きましょうか?」

「ん、そうだな。じゃ、そういうことだから。またな」

と、俊一君が手を振って歩き出す。

もちろん私はその場で見送るなんてことはせずに俊一くんの隣をぴったりと並んで歩く。

「・・・・・・・・あの、片瀬さん?」

「はい、なんでしょうか?」

ちょっとした偶然なんだけど嬉しくて仕方ない。うん、今日は良い日かもしれない。

「どうして片瀬さんが一緒に来るんですか?」

と、俊一くんを挟んで反対側を歩く双海さん。

私はその質問に対して単なる事実を答える。

「たまたま目的地が一緒だっただけですよ?」

「片瀬さんもその本屋に用があるのか?」

「はい、頼んでおいた本が入ったという連絡がありまして。ちょうど取りに行くところだったんですよ」

「ほう」

ちょっと意表を疲れたような顔の俊一くん。

「もう、偶然って言うか、運命ですよね」

「どういう運命なのか、さっぱり分からんがな」

と、素っ気無く答える俊一くん。

「ふふっ、そうですね」

運命でも偶然でもこうしてばったり好きな人に会って、一緒の目的地に迎えるのは嬉しい。

自然と笑いが込み上げてくるのも仕方ないと思う。

「・・・・・・」

そんな上機嫌な私とは対照的に双海さんはご機嫌斜めみたい。

「どうかしました?」

双海さんのそんな不機嫌オーラを感じたらしい俊一くん。

「・・・なんか双海怒ってる?」

「うふふっ、変な俊一さん。私が怒る理由なんて何もないじゃないですか」

「まぁ・・・」

と、曖昧に頷きつつもこの状況に困惑してる俊一くん。

ちょっと可愛いかも。

でも、と、私はここにいない一人の女の子のことを思い浮かべる。

桧月彩花さん。

俊一君が好きな人。

そしてその人には別に好きな人がいて、俊一くんもそのことに気がついてる。

ずっと彼のことを見てきたからわかっちゃった一つの事実。

そして彼は、その人以外の女の子のことはまるで視界に入ってない。

もうちょっと他の女の子の気持ちにも気を配って欲しいな。

ただあなたと一緒にいる。

それだけでこんなにも幸せになれちゃう女の子がここにいるんだよ?

寄り添うように彼との距離を縮める。

肩と肩が触れそうな距離。

私はそれだけで心臓が破裂しちゃうんじゃないかって思うくらいドキドキしてる。

「・・・」

ちらっと彼の顔を覗き見る。

「・・・・・・はぁ」

「どうした?」

「なんでもありません」

もうっ、私がこんなにもドキドキしてるのにまったく動じてない俊一くんがちょっと恨めしい。

 

 

 

 

 

 

なんだかなぁ。

知り合って間もない双海がよくわからないのは今に始まったことでないが、片瀬さんが何かいつもと様子が違う。

むぅ。一瞬考え込んだが、どうせわからなさそうなのですぐに考えるのをやめた。

考えても答えの出ないことなら考えないほうが楽だ。

右手に不機嫌な双海。

左手にやけにぴったりと寄り添う片瀬さんと並んで歩く。

・・・・・・・・・・ふと、桧月、智也、今坂の関係が脳裏に過ぎた。

えーと、周りの人から見たらこの状況ってどう見えるんだろう。

「・・・どうかしたんですか?」

知らず知らずのうちに顔をしかめていたようだ。

双海が怪訝そうに俺の顔を覗きこんでくる。

「いや、なんでもない」

考え出すと無駄に頭痛に悩まれそうなのでこの件に関してもそれ以上考えるのはやめた。

「ってか、着いたぞ。ほれ、そこの店だ」

「ここ・・・ですか」

双海は興味深そうに店内を覗き込む。

中には本棚に入りきらない本などが所狭しと詰まれ、他では見たこともなさそうなよくわからん雑誌が並べられている。

ぱっと見で何語で書いてあるのかすらまったくわからない不可解な文字が並ぶタイトルの本も一つや二つではない。

いかにも一見さんお断りみたいな雰囲気がかもし出されている。

まぁ、かなり私見だけど。

「あ、じゃ、私中を見てきますっ」

ふらふらと餌付けされる犬のように双海が店内へと吸い込まれていく。

俺にはあまり興味を引かれるものではないが、双海には宝の山にでも見えているんだろう。

なんか微妙に声が上擦っていたし。ここに来たのは正解だったようだ。

「片瀬さんも用があるんだろ。いかなくていいのか?」

いまだに俺の隣にいる片瀬さんに聞くと、何故か深いため息をつかれる。

「なに?」

「・・・・・・にぶちんの人には教えてあげません」

「は?」

そういって片瀬さんは店へと歩き出し、中に入る直前に振り向いてべーっと、舌を出す。

そのまま片瀬さんは俺を残して店内へ入っていく。

べーって・・・俺が何かしましたか?

頭にクエスチョンマークを浮かべながら首を傾げる。

一人入り口に取り残されただけで無く、他にも何か色々取り残されている気がする。

「何なんだ、一体・・・」

俺の疑問に答えるものはもちろん誰もいなかった。

 

 

 

一人で店先に立っていても仕方ないので俺も店内へと踏み込んだ。

店のカウンターでは店員と思しき中年の人と片瀬さんが話している。

取り置きしてもらったらしい本のことでも話しているんだろう。

入り口からは双海の姿は見当たらない。奥のほうでも行っているのだろう。

二人のことはそれ以上気にせず、ゆっくりと陳列された本を眺めていく。

うーむ、前来たときにも思ったけど、本当に一般書店で売られてなさそうな本ばっかだ。

誰がこんな本を買うのだろうと思ったけど、つい先ほど嬉々としてこの店に入ったやつがいたな。そういえば。

とりあえず読めもしない国の言葉で書いてあるものはスルーして、日本語の本を探す。

基本的にこの手の本屋にはあまり縁のない俺だが、せっかくなのでチェックしておきたいカテゴリーもある。

文学書とか辞書とかその手の本は真っ平ごめんだが、日本や西欧の神話とかそういったものはわりと興味があったりする。

わざわざ買いに行ったりとかするほでもないが、こういう機会ぐらいはチェックしてもいいかな、と思う。

「と、いけねっ」

ぼっーっとしながら歩いてたのがまずかったのか、積み上げられた本に肘が当たって崩れてしまう。

ぐぅっ、己の不注意さにげんなりしながら崩れた本を拾おうとする俺を鋭い女の声が制した。

「触らないで。そのままでいいわ」

「え?」

声に振り向くと鋭い目つきのエプロンをした女の子が立っていた。

年は俺と同じくらいだろうか。ここの店員・・・かな?

「それ以上被害を増やされても困るから」

「あぁ、すみません・・・」

別にそんなヘマはしないよ、と心の中で突っ込んだが店員さんがそう言っている以上、手出しをするのはやめて一言謝った。

「あなた、高校生よね?」

「そうですけど」

澄空の制服着てるんだから見りゃわかるだろ、と心の中で突っ込む。

さっきから口調に不必要なまでに棘を感じるのは気のせいだろうか。

目つき一つとっても不機嫌を通り越してガン飛ばしの領域に入ってると思う。

詰まれた本を崩しただけでここまで敵意むき出しの視線を浴びる理由にはならないのだが。

「ウチに漫画は売ってないわよ」

「みたいですね」

そんなもんは見ればわかる。

ってか誰も漫画のことなんざ聞いてねぇ。

そんなに俺は漫画以外の本は一切読まない人間に見えるか、こら。

その店員は俺のことを見定めるようにジッと見つめ、やがてフン、と小さく鼻息をついて立ち去っていく。

・・・・・・喧嘩を売られている?

なんだあの態度は。そりゃ本を崩したのはこっちが悪いがあそこまで慇懃無礼な態度をつかれなければならないものだろうか。

「胸糞悪っ・・・」

小声で呟いて、立ち去ろうとし、崩した本に先を遮られていることに気づいた。

(あの女、触るなって言っておいて自分で片す気ねぇじゃねぇかっ・・・!)

仕方なく俺は自分でその場を片付けてから、本来の目的である神話関係の本を探すことにした。

 

 

結局俺は何冊かの本を流し見した後、一冊の本を持ってレジへと向かった。

元々は双海をここに連れて来るのが目的だったから、俺が本を買う理由はないのだが、何も買わずにここを出ると、あの女に「やっぱりか」と思われそうで癪だったからだ。

別にそう思われたところでどうということは無いが、むかつくものはむかつく。

幸いというかレジをしていたのは中年のおじさんでこちらは物凄く親切そうな人だった。

片瀬さんは会計を済ませた後なのか、他の本を物色している。

そういやあの子も相当な本好きだって話をしたことがあったな。

ちらりと店の奥を見ると、あの店員がこっちを睨んでいた。

なんか文句あるのか、と言いたくなったが、ガンを飛ばし返すだけにとどめてさっさと店を出る。

なんなんだ、あいつは。

とりあえず俺のリストにあいつは敵と赤文字で記入された。

あくびを掻きながら二人を待つこと数分、先に出てきたのは片瀬さん。

「お目当ての本は手に入ったのか?」

「はい、ばっちりですよ」

右手で軽くぶいっと出す仕草がちょっと可愛い。

「俊一くんも何か買ってましたよね?」

しっかりと俺が会計をしていたところをチェックしてたらしい。

意外にこの子は目ざとかったりもする。

「あぁ、本をな」

「・・・・・・・・」

あ、目つきが険しくなった。

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

互いに無言で意地(?)の張り合い。

「・・・・・・はぁ、意地が悪いのもほどほどにしないと友達なくしますよ?」

と、根負けしてため息をついたのは片瀬さん。

「じゃ、俺の友達やめる?」

「絶対にイヤです♪」

にっこりと笑顔できっぱりすっぱり断言する片瀬さん。

「それは一安心」

一瞬の間を置いて二人で笑いあう。

「あははっ、もう。それで、何の本買ったんですか?」

「んー、アーサー王物語」

言って、買った本を取り出す。

普段の俺じゃ滅多に買わない分厚さと値段を誇る。

有名どころだけどきっちり読んだことはないのでちょうど良いだろう。

決して某ゲームの影響ではない。

「へぇー、あ、読み終わったら貸してもらっていいですか?」

「もちろん」

片瀬さんとそんな会話をしつつ双海が店から出てきたのは30分後のことだった。

両手には紙袋一杯の本があったことはあえて言うまでも無いか。

「随分買い込んだな・・・」

「・・・・わぁ」

片瀬さんも双海が抱えた本の量に圧倒されているようだ。

ってか、よくそんな買う金あるな。

「えぇ、おかげさまで、良い本がたくさん手に入りました。ありがとうございます」

双海はすっかりご機嫌だ。

でもその量はさすがにやめとけと突っ込みたい。

「いいけどな・・・別に」

流石に重そうだったので双海の紙袋を持とうかと申し出たがあっさりと断られた。

実際、双海はさほどの苦も無く歩いてる。

双海って意外に怪力なのかもしれない。

「・・・双海さんって変わった方ですね」

「まったくだ」

3人で駅に帰る途中、俺は深く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Up DATE 07/6/28


>まさか鷹野ちゃんが出ずに片瀬さんが出るとは予想が外れた〜と叫びつつ一人PCの前で喜んでました^^
>「もう、偶然っていうか、運命ですよね」 ・・・・い、いかん彩花ファンなのに頷きそうになりました。
>今回は俊くんのいじられ度ポイントがアップ^^してるみたいですがこのまま本屋に入ると鷹野ちゃんに
>一刀両断にされそうな・・^^
今回はずっと片瀬さんのターン!
と、いうことで片瀬さん中心の話に持ってきましたw
鷹乃はまだゲスト出演なのでちょびっとしか出ませんでしたが俊くんは敵認定したようです。

>片瀬さん登場!
>詩音はもう完全に好意持ってますね。今回の俊一はまさに二股な人でしたw
>彩花にも頑張って欲しいところですが、彼女は全く自覚うんぬんより感情面からそっちの想いが今の所ないのでどうしようもないよなあ・・・。
>戦況は彩花に不利なる一方です。巻き返しに期待。
想いがないという点では俊くんも似たり寄ったりするのですがw
とりあえず今は彩花充電中・・・と、いうことで。