Memories Off Another

 

第42話

 

 

 

「へぇ・・・随分いい席ですね?」

静流さんに先導されて着いた席は最前列から5列目の指定席。

試合観戦にはベストポジションと言えるのではないだろうか。

席順は通路側から静流さん、俺、小夜美さんの順だ。

「よく俺の分までチケット用意できましたね?」

よく分からないけどこの位置の指定席はそれなりに値段も高いのではないだろうか。

「あはは、本当は別の友達を誘ってたんだけどその子キャンセルしちゃったのよ」

「あぁ、なるほど」

小夜美さんの言葉に納得する。

「まぁ、あんな目に遭えばみんな二度と来ないわよね・・・」

「は?」

小夜美さんの不吉な独り言が耳に入った。

「あはは、試合が始まればわかるわよ」

俺が聞き返すと笑って返す小夜美さんが不意に真面目な顔つきに変わる。

「いい、俊一くん?試合が始まったら一瞬たりとも気を抜いちゃ駄目よ?常に集中して自分の身を守ること」

「はい?」

まったくもって意味がわからない。

おまけに普段はちゃらんぽらんな小夜美さんが有り得ないほど真剣な表情なのだ。

これで混乱するなというほうが無理だろう。

「ほら、二人とも。おしゃべりはそこまでよ。試合が始まるわよ!」

とてもさっきまで喫茶店で穏やかに話していた人と同一人物とは思えないくらい静流さんの目は活力に満ちて雰囲気もがらりと変わっている。

周囲の怒号に包まれ、負けじと静流さんもリング上の選手に声援を贈る。

本当にプロレスが好きなんだなぁ・・・。

「俊一くん、あなたの無事を祈るわ」

「は?」

俺が静流さんから小夜美さんへと視線を移した次の瞬間、その衝撃はやってきた。

「がっ!?」

右即頭部に鈍い打撃。

わけの分からないうちに視界が揺れる。

「つ〜〜〜〜っ」

頭を抱えて悶絶する俺。

い、一体何が起きたんだ?

事態を理解できないまま、にゅっとやわらかい感触が俺の頭を包む。

えーと、これは俺の首に誰かの腕が回されて引き寄せられた?

「し、静流さん?」

顔を上げると、その、なんというか静流さんの柔らかいものが思いっきり頭に押し付けられていてそのドキドキが止まらないというかなんていうか。

―――そう思考が加速してどこかに飛んで行ったのがまずかった。

「いっけぇ―――――っ、バーキンス!!そこで思いっきり絞めるのよっ!!」

「うおぉぉぉっっ!?」

静流さんの怒号と共に首が物凄い勢いで絞められる。

あ、柔らかい感触がより強く・・・・・・・

「って死ぬわっ!!!!」

甘美な誘惑よりも強く生命の危機を感じた俺は腕に力を込めて必死に脱出を図る・・・・・のだが。

静流さんの細腕にどこにこんな力があるのか、俺が全力を込めて腕を引き剥がそうとしてもびくともしない。

くっ、マジか?静流さん相手に力負けしてる!?

「そう!そこで間接をこうっ!!」

「あ、やな予感」

と、俺が呟いた途端、首が解放される。が、もちろんそこで終わったわけではない。

「いてっ!いてててっ!マジ、洒落になってねぇ!?」

首を解放された瞬間、俺の腕は静流さんに絡めとられ、見事なまでに間接を決められていた。

おまけに俺の叫びは完全に静流さんに届いてない。っていうか絶対この人自分が何してるか自覚してないよっ!?

静流さんの視線は完全にリング上に固定され、俺のことなど完全にアウトおぶ眼中だ。

そしてリング上のバーキンスと長谷川の体勢を見てようやく俺は状況を理解した。

バーキンスが長谷川に決めてる技と俺が静流さんに掛けられてるのとまったく同じだ。

なるほど・・・静流さんは応援してる相手の動きをそのままトレースしてるわけか・・・。

「って、納得してる場合じゃねぇ・・・・・っ!」

なんとか技を外そうと腕に全力を込めるが、ビクともしない。

くっ、これが野郎ならば膝に打撃をくれてやるのだが静流さん相手にはそういうわけにもいかない。

「ヒュゥゥゥ」

無闇に力を入れる愚を避け、深呼吸とともに全身の力を溜める。

少々の痛みは無視だ。

「こっ、のぉぉ・・・!」

限界まで溜めた力を一気に開放し、静流さんからの魔手から脱出する。

「お、やるね、少年」

「やるね、じゃねぇぇっ!!」

感心する小夜美さんに対して俺は怒号を飛ばす。

「さっきからどーも言ってることがおかしいと思ったらこういう罠か!?」

「あはは・・・・、ごめんね、そういうわけなのよ」

小夜美さんに文句を言いつつも、俺はリング上から注意をそらない。

小夜美さんたちの友達がキャンセルしたのも静流さんの隣に座ったからだろう。

今は先ほどまでと攻防が一転し、長谷川の猛攻が続いてるがそれも何時まで続くかわからない。

バーキンスが攻めに転じればすかさず静流さんもシンクロ攻撃を繰り出すのだろう。

「って、やば!?」

バーキンスが長谷川のボディプレスをかわし、エルボーで反撃。

って、ことは・・・・

「ほら、きたぁっ!?」

超高速で撃ち出される肘。

俺はすかさず腕を上げてガード。

インパクトと同時に腕を外側に回転させ、そのまま受け流す。

が、安堵はしていられない。バーキンスは続けざまに間接技を決めようとしている。

そこですかさず俺が取った行動は・・・

「南無三っ!!」

「え?」

隣の小夜美さんを生け贄に差し出した。

「い、いやぁぁぁぁっ!!」

小夜美さんの悲鳴が歓声に埋もれたのは言うまでも無い。

 

 

「はぁはぁはぁ・・・よ、よくもやったわねぇ」

辛くも生き残った小夜美さんが息も絶え絶えに恨めしい視線を送ってくる。

「先にはめたのはそっちでしょう」

俺は毅然とした態度で睨み返す。どう考えても俺の取った行動に非は無いはずだ。

「人聞きの悪いこといわないでよっ、ほらそんなことより早く自分の席に戻りなさい!」

「断る」

誰が好き好んで死地に飛び込まなければならないのか。

俺はそんなマゾでは断じてない。攻められるより攻めるが俺の主義だ。

「ふーん、可愛そうに・・・今後の購買ではバナナ納豆パン以外買えなくなるのね・・・」

よよよ、と泣き真似をする小夜美さん

「謀ったな、シャアっ!?」

そういう手段に訴えやがりますか!?

「ほーら、わかったらさっさと戻りなさい。大人の言うことは聞くものよ?」

「あんたのやってることは大人げねぇよっ!!」

大人というよりは正に外道だっ!

「は!?」

背後からの気配を感じ、とっさに腕を上げてガード体勢を取る。

ぎりぎりのタイミングで静流さんのラリアットを防ぐ。

いってぇ・・・、腕が思いっきり痺れたぞ。女の細腕で繰り出すラリアットじゃねぇぞ、これ。

「俊一くん・・・あなたの尊い犠牲は無駄にしないわ・・・安らかに眠ってちょうだい・・・・」

「勝手に殺すなぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

「ぜぇ・・・・・ぜぇ・・・・・・」

つ、疲れた・・・。

試合終了までひたすら静流さんの苛烈な攻撃は終わらなかった。

ひたすらそれを防戦した俺はこうして極度の疲労に苛まれていた。

「ごめんなさい・・・・私、またやっちゃったのね」

試合が終わったと共に正気に戻った(?)静流さんが心底申し訳なさそうな顔で謝ってくる。

「・・・い、いえ」

さすがにそんな顔で謝られたら男としてそれ以上言うこともできない。

とりあえずは耐え抜いた自分に拍手を贈りたい。

「俊一くん・・・・・・あなたはよく頑張ったわ。静流の攻撃にここまで耐え抜いたのはあなたが始めてよ」

「・・・・・・言うことはそれだけですか?」

「あ、うーんと、さすがに言いにくいんだけどね・・・・?」

困ったように笑う小夜美さんの笑顔に不吉な予感がよぎる。

「さ、二人とも。第二試合始まるわよっ!!」

再び闘魂モードへ変化した静流さんが笑顔をこぼす。

「・・・・・・・・・・・・・・・はい?」

今、なんと言いましたか?

「ここからが本当の戦いよ・・・・、でも、大丈夫。あなたならきっと生き抜けると、お姉さん信じてるわ」

「・・・・・・・マジですか?」

「マジよ」

「いっけぇ――――っ!!」

 

 

 

そこから先の出来事は想像に任せるとしよう。

ってか思い出したくない。

 

 

 

「あー、楽しかった。プロレスはやっぱり最高ねっ」

「・・・・・・・」

「そりゃ、あれだけ暴れればあんたは楽しいでしょうけどね」

困ったように呟く小夜美さん。

俺のほうはというと喋る気力も残っていない。

とりあえず静流さんとは絶対にもう二度とプロレスに行かないことを深く決意した。

「ふふ、それにしても俊一くんって頑丈なのね。ちょっと安心しちゃった」

「そうですか・・・」

静流さんの優しげな微笑とその言葉には色んな意味で裏があることを俺は悟った。

だめだ・・・この人小夜美さん以上に危険人物だ。

小夜美さん以上に警戒を怠ってはならないことを今日一日で嫌というほど理解した。

「それじゃ、二人ともまたね」

「うーす」

「ええ、またね」

電車が静流さんの最寄り駅である藍ヶ丘に到着し、静流さんを見送る。

「それにしても、本当、今日はお疲れ様」

そう言って、小夜美さんはミネラルウォーターのペットボトルを差し出してくる。

「とりあえず恨みますよ?」

ペットボトルを受け取りつつも、俺はジト目で睨む。

流石に今日の代価がペットボトル一本では割に合わなさ過ぎる。

「あはは。ま、それはそれとして俊一くんのこと見直したわよ。静流の攻撃に耐え切ったのはあなたが初めてだもの」

「・・・・・・一体何人が犠牲になったんですか?」

「二桁は下らないわね」

「・・・・・・・・」

はぁ、と俺と小夜美さんは深いため息をついた。

とりあえず犠牲者となった人々に黙祷を捧げたいと思う。

「はい、そんな頑張った少年におねーさんからのご褒美」

つい、と俺の目の前に出される2枚のチケット。

「遊園地のフリーパス?」

「彼女はいなくても好きな子ぐらいはいるんでしょ?それ上げるからさっさと告白しちゃいなさい、ね?」

「・・・・・・・」

脳裏に浮かぶ桧月の顔。

「・・・じゃあ、ありがたく貰っときます」

「ふふ、良い報告待ってるよ、少年♪」

「・・・・・・えー?」

俺が棒読みであからさまな抗議の視線を送る。

「なによぉ、それくらい当然の義務でしょ?」

「何も知らない一般人を死地に送り込むのはアリなんですか?」

訴えたら勝てる気がする。

「むーっ!」

「・・・・・・・」

小夜美さんの威嚇に対して俺も負けじと無言の抗議を送る。

「・・・・・はぁ、仕方ないわね。お姉さんが降りてあげるわよ」

よし、勝った。

俺は心の中で小さくガッツポーズを取った。

 

 

 

 

 

 

 

一人、中目町で降りて自宅までの道のりを歩く。

さて、このチケットどうしたもんだかねぇ。

期限までは一ヶ月以上あるからそう焦ることはない。

が、問題は誰と行くか、だ。

桧月は・・・・・

「誘っても来ねぇよな・・・」

誘っても断られるシーンは浮かぶがあいつと二人で遊園地に行ってる自分が想像できない。

我ながら情けない。

「やべぇ、本気で使い道がねぇな」

野郎と行くのは論外。

「う〜ん」

使う当ての無いチケットを睨みつける。

冬の大江戸祭り・・・・・・ねぇ。

桧月が来ないとなると他に誘えそうな女の子は・・・・・。

ものの見事に浮かばなかった。

ああ、そりゃもう完膚無くまで徹底的に浮かびませんとも。

・・・・・・ま、いいや。

どうにでもなるだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Up DATE 07/4/14


>今回はヒロインの彩花と詩音は出てきませんでしたのがちょっと残念です
>ですがこれから起きるであろう惨劇(笑)を楽しみにしていますガンバレ俊クン!!!!

今回もヒロイン組は出番なしです。とりあえず俊クンはぼろぼろになりながらも惨劇を耐え抜きましたw

ここ最近は番外編みたいな感じでしたけど次回はちゃんと彩花出ますーw

ちなみにこっそり片瀬さんのイラスト差し替えました。カラーじゃないですけど。
あとは少し前に日記の載せた絵とかも一枚。
何気に片瀬さんのプロフ見てる人多いなーと、思って久々に自分の絵見たんですけどもの凄くいけてなかったですね。orz

AnotherのTOP絵も含めて片瀬さんの絵もそのうちカラー化したいなー、と思う今日この頃。