Memories Off Another

 

第38話

 

 

10/23

 

 

「ふぅ・・・」

朝の図書委員の仕事を終え、一息つく。

どうも最近はすぐ物思いに耽る傾向にあるようで、図書委員の仕事はおろか、大好きな読書もあまり集中できていない。

考えるのはつい最近知り合ったばかりの人。

天野俊一さん。

いきなり私の前に現れ、何の気兼ねも遠慮も無しに私の心の中に入り込んできた人。

周りの全ての人達を拒絶していた私の心の仮面。

彼の予想外の行動はあっさりとその仮面を剥ぎ取り、本当の私を曝け出してしまう。

少し話しただけの私のことを随分と気に掛けて世話を焼いてくれる変な人。

意地っ張りで照れ屋でぶっきらぼうで、物凄く不器用だけど本当は凄く優しい人、というのは彩花さんの言葉。

彼と過ごした時間はほんのわずかだけど、私も同じ感想を抱いていた。

気付いたら私はことあるごとに彼のことを考え、自分から彼に話しかけるようになっていた。

(私はあの人のことが好き?)

自分に問いかける。

あの人といると楽しい。

彩花さん、智也さんと4人で栗拾いをした。

あの人の為にお弁当を作った。

この国では全ての人を拒絶すると誓ったはずの私が自分からそんな行動を起こしていた。

一緒にお弁当を食べた。

あの人は本当に美味しそうにそのお弁当を食べてくれた。

そして・・・間接キス。

思い出したとたん、ボッと自分の顔が赤くなるのを実感する。

うぅ・・・。

結局あの後はそのことを意識してまともに話すこともできなかった。

それなのにあの人は私の気も知らないで平然としていた。

なんだか不公平な気がしてちょっぴり悔しい。

だから昨日はその仕返しの意味を込めてちょっぴり意地悪をしてみた。

普段は何事にも動じないように見えても変なところで弱気なところもあるみたい。

慌てふためく俊一さんはちょっと可愛かった。

「・・・・・・」

私と俊一さん、そして桧月彩花さんの三人で喫茶店に行った。

俊一さんが彩花さんと一緒に来たときは驚いたけど、それは私にとって良いことだったと思う。

彩花さんから俊一さんのことを色々聞けた。

そして三人で喫茶店に行った帰りの光景。

 

 

「じゃ、俊くん、詩音ちゃん、またねー」

「おう」

「ごきげんよう」

私と俊一さんは二人で彩花さんを見送る。

私達の最寄り駅はこの中目町だけど彩花さんはここから一駅先の藍ヶ丘に住んでいるらしい。

「・・・・・・・」

ふと、横目で俊一さんを見る。

彩花さんの乗った電車を見送る俊一さんは凄く優しい目をしていた。

「さて、俺はスーパーに寄ってから帰るけど双海はどうする?」

「スーパー・・・ですか?」

俊一さんからそんな言葉が出るとは思いもせず、つい聞き返してしまう。

「前に言わなかったけ?俺今一人暮らし同然だから食料は自分で調達しなきゃならん」

そういえばそんなことを聞いたかもしれない。

「・・・・・・・あのっ、」

「ん?」

もし、よろしければ私が作りましょうか?

と、言おうとして言葉を飲み込む。

「あ、い、いえ、あっ、と・・・・私も買い物があるのでお供します」

「お供って・・・ま、いっか。じゃ、さっさと行こう」

「・・・はい」

さすがに知り合って間もない私がそこまでするのは差し出がましいかもしれない。

そして何より俊一さんの家で二人っきりということを想像したらなんだかもの凄く恥ずかしくなってしまう。

「・・・・・・なんか顔赤くないか?」

俊一さんが不意に私の顔を覗き込む。

顔と顔と距離が物凄く近い。

「い、いえっ!そんなことはないですっ!全然大丈夫っ!」

「・・・なら、いいけどな」

怪訝な表情ながらも俊一さんは私の少し前を歩いていく。

あぁ、もうびっくりした。いきなりあんな近くに顔を寄せてくるんだもの。

自分の胸に手を当てると心臓が物凄くドキドキしてるのがわかる。

落ち着いて、ただ買い物に一緒に行くだけなんだから。

「そ、そういえば俊一さんはなんで一人暮らしをなさってるんですか?」

「んー、今親が出張中なんだよ」

「出張・・・ですか?」

「あぁ」

「なるほど、参勤交代ですか。やはり日本のサラリーマンは大変なのですね」

「・・・・・・」

「どうしたのですか?」

俊一さんがスーパーの前で足を止めてなんともいえない怪訝な表情で私を見ている。

「いや、参勤交代って何時の時代の話だよ?」

「え?」

「参勤交代は江戸時代の制度で今の時代にはそんなもんないぞ」

「そ、そうなのですか?」

少しだけうろたえる私に対して俊一さんは呆れたように苦笑する。

「うちのはただ勤めている会社の用事で遠くに出張しているだけだって」

「はぁ、ご両親ともですか?」

「うんにゃ、母親だけ。父親は俺が物心つく前に死んでるからな」

「・・・・・・」

俊一さんが何気なく答えた言葉に私は一瞬言葉を失ってしまう。

「ま、双海と似たような境遇だな。もっとも俺の場合は父親のことは何も覚えてないから悲しいなんてこともないんだけどな」

「・・・・・・・」

さっきの喫茶店でのやりとりを思い出す。

 

「誰彼構わず同情されたり慰めて欲しいわけでもないだろ。だったら余計な気遣いはかえって余計なお世話ってもんだ」

 

そっか。あれは俊一さん自身のことなんだ。

だから俊一さんは気安く人を慰めたりしない。

慰めや同情は必ずしも相手が望むものではないと知っているから。

「強いんですね、天野くんは」

私の言葉に俊一さんは一瞬、虚を突かれた顔をしてすぐにそっぽを向く。

「ふん、鈍いだけだ」

「ふふっ」

「何だよ・・・」

「いえ、意地っ張りで照れ屋っていう彩花さんの言葉そのままだなんて思ってませんよ?」

くすくす笑いながら、俊一さんの隣を歩く。

「あんの野郎・・・・・・」

そう言って顔をしかめる俊一さんはどこか嬉しそうに見える。

そんな俊一さんと一緒に今こうしていることが本当に楽しい。

 

 

 

「一人暮らしなのにそんなにたくさん買い込むんですか?」

私の視線は俊一さんが片手で押すカートの荷台に固定されている。

上下二つのカートには大量のインスタント食品や食材が山のように積まれている。

「そうだよ。何度も来るのは面倒だからまとめ買いしてるんだよ」

「・・・なるほど」

俊一さんらしい合理的な理由に思わず頷いてしまう。

「でも、ちょっとレトルト食品が多くないですか?」

カートの中には野菜や魚などもあるけど6割ほどはインスタントラーメンや冷凍食品といったものが占めている。

あれでは栄養バランスが偏ってしまうのではないだろうか。

「いーの。これはただの非常食だから。普段はバイト先とかで食べてるから問題ない」

「ご自分で料理とかもされるんですか?」

「簡単なものだけなら、な。あんまり手の込んだものはめったに作らない」

肩を竦めて言う俊一さんに私は一つの確信を抱き始めていた。

「・・・・・・もしかして天野くんってただの面倒くさがり?」

「・・・・・・・悪いか」

むすっとして答える俊一さんに私は思わず噴き出してしまう。

「ぷっ・・・・。いえ、とても俊一さんらしいと思いますよ?」

「誰がどう聞いてもそれは褒めてないだろ。ま、事実だからいいけどな」

そういって俊一さんは突然ニヤリと笑う。

「にしても双海はホント、最初のころと随分変わったよな。会ったばかりの頃にはこうして一緒にスーパーに来る光景なんて想像もできなかったぞ」

「え、あ、それは、その」

不敵な笑みを浮かべて言う俊一さんの言葉に私は動揺してしまう。

「もしかして俺に惚れた?」

ボンッと自分の顔が真っ赤になったのがわかる。

「な、なななななななっ!?」

どころかあまりにも動揺が大きくて声まで裏返ってしまう。

「冗談だ。そんなに怒るな」

そう真顔で言い残してつまらなさそうに先を歩いていってしまう。

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」

俊一さんのそんな態度に私は恥ずかしさから一転、心の底からふつふつと怒りが込み上げてくるのを実感した。

なぜ、私一人がこんなに心乱されなければならないのだろう。

こんな無愛想で無遠慮で、無神経な人相手に。

もし、ここで私と俊一さんの二人だけならきっとこう叫んでいただろう。

「バカっ!!」

心の中で思いっきり叫んだ。

 

 

 

 

「なぁ、いつまで怒ってるんだ?」

「怒ってません」

スーパーからの帰り道で二人並んで歩く。

俊一さんは両手一杯にスーパーの袋を提げていて、一男子高校生としてその光景は大きな違和感を醸し出している。

「まぁ、それならいいんだけどさ」

心底どうでもよさそうな口調で俊一さんは続ける。

「あんまり眉間に皺寄せてるとしわになるぞ?」

誰のせいですかっ!?誰のっ!?

と、喉まで出掛かった言葉をグッと飲み込む。

「・・・余計なお世話です」

「声が震えてるぞ」

「・・・気のせいです」

「ふーん」

楽しんでる。この人は絶対に私で楽しんでる。

顔を見なくても俊一さんの口調の端々からそんな雰囲気を察することができる。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

二人沈黙したまま歩く。

ちらりと横目で俊一さんの顔を盗み見る。

朝と同じ表情。

何回か呼びかけても反応してくれなかったあのときと同じ。

俊一さんがここではないどこか遠くにいるかのように感じてしまう。

「天野くん」

「ん?」

今度はすぐ反応してくれた。

気が付くといつもの分かれ道に来ていた。

「ごきげんよう。また明日」

「ん、おう。ごきげんよう」

軽く手をあげて俊一さんは行ってしまう。

一度も振り返ることもなく。

「また明日・・・か」

 

 

 

「でも、そんなに会う機会がないのよね・・・」

そもそも違うクラスで部活も委員会も違うのに普通にしてたらそうそう会う機会なんてない。

今日の朝は図書委員の仕事があったから駅での待ち伏せは失敗。

俊一さんと同じクラスの彩花さんが羨ましい、

彩花・・・・・・さん、か。

俊一さんに命を助けられた人。

彩花さんは俊一さんのことを大事な人だと言ってはいたけど、そこに異性として、という意味は込められていなかった、と思う。

でも俊一さんは?

彩花さんといるときの俊一さんはいつも楽しそうで凄く優しい目をしている。

やっぱり俊一さんは彩花さんのことを?

「・・・・・・・ふぅ」

そこまで考えて私は思考を中断した。

相当重症かもしれない。

私が彼

をどう思っているか。

それを考えるまでもなく実感させられてしまった。

そこに鳴り響く予鈴の鐘。

「え?あっ?もう、こんな時間!?」

どうやら自分で思っていたより長い時間考え込んでいたみたい。

「あぁっ、急がないと遅刻しちゃうっ!!」

慌ててバタバタと自分の荷物を抱えこみ、図書室の鍵を閉める。

今は、まだそんなに結論を急ぐのはやめよう。

私はまだあの人と出会ったばかりなのだから。

時間はまだある。

そうですよね、俊一さん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Up DATE 06/11/5


>楽しく読ませてもらっています。背景とかきれいでいいです。なるべくゲームと違う展開の方がいいです。彩花って、生きてるだけでいいですよねえ。

序盤はゲームの展開と被ってますけどここら辺以降はオリジナル展開になってますよー。
そもそも彩花は外伝以外では出番がないですからね。orz

>とても面白かったですw今まで見たメモオフSSのなかで1番かも。続き期待しています。ちなみに私は俊×彩派でw

ありがとうございますー。そう言って頂けるのが何よりの励みになりますね。さて、結果はどう転ぶでしょうw

>遊ばれてますね〜天野君。ただ今回は遊びだけで話の進展も伏線になりそうなこともなかったような?気のせいですか?

伏線といえば伏線のようなものもあったような。(というか、今回の話で一個消化w)今回以降と照らし合わせると何かあるかも?

>彩花か詩音か、俊くんはどんな結末をむかえるのか楽しみです。

最終的な結末はまだ先ですけど、近いうちに最初のヤマを迎えます。・・・・年内には書けるといいなぁ。