Memories Off Another
第37話
人のことを長い時間放置して戻ってきた桧月と双海はずいぶんと打ち解けたようで、やけに親しげに話すようになっていた。
二人が俺の居ないところで何を話していたのかは非常に気にはなるが、二人が楽しそうにしているのは良いことだ。うん。
俺が双海に何を話していたのか聞いたら「秘密です」の一言で返され、楽しげに笑っていた。
もちろん、桧月には聞く前に「とっても楽しいことだよ」と言われ、意味ありげな視線まで受けた。
絶対にあの視線は俺にとって面白くないことを話していたに違いない。
桧月彩花研究暦二年の俺が言うんだから絶対だ。昼飯2年分をかけてもいいぞ?
無論、二人は俺の抗議をこめた視線などものともせずに楽しそうに笑っているだけだ。
くそぅ、ちょっぴり疎外感。まぁ、笑ってる桧月を見る分にはこっちも嬉しいんだけどさ。
ほどなく俺達は図書委員の仕事を終え、商店街へと繰り出した。
「ね、詩音ちゃん。いつもそんなにたくさん持ち歩いてるの?」
桧月の視線が双海が両手で持つ袋に向けられている。
何が入ってるかは言うまでも無いだろう。
「ええ、いつものことですが…それが何か?」
「あ、そ、そうなんだ・・・あはは」
「一応代わりに突っ込んでやるけどその量を毎日持ち帰るのはかなり普通じゃないからな」
微妙に引きつった笑いを浮かべる桧月に変わって突っ込む。
「はぁ・・・そうなのですか」
きょとんとした顔で双海は頷く。
「まぁ、別に悪いことじゃないからいいけどな」
双海の反応に苦笑しつつ、
「でも、ま、授業中に本を読んでテスト範囲を聞き逃すなんて真似はもうしでかすなよ?」
そういってニヤリと笑う。
「あ、あれは・・・その・・・・・」
案の定、双海は顔を赤くして、しどろもどろになる。
「なに、何の話?」
「今、言ったとおりだ。授業中も関係ない本読んでてテスト範囲はおろか、テストがあることすら知らなかったもんな?」
俺が話を振ると双海は怒ったように顔をぷいと背け、
「も、もう、過ぎたことを蒸し返さないでくださいっ!」
と、拗ねた。
俺がそれを見て含み笑いをしてると、桧月がにやぁーっと嫌な笑いを浮かべてるのに気づいた。
「へぇー、さすが俊くん。違うクラスなのに詩音ちゃんのこと色々知ってるんだねぇ」
「くぁ・・・」
しまった。俺、墓穴を掘った?
自分の迂闊さに顔をしかめる。
俺の顔がそんなに面白かったのか桧月は嬉しそうにうんうんと頷く。
「仲が良いことはいいことだよねー。ね、詩音ちゃん?」
「え?あ、は、はい。そうですね」
突然、話を振られて頷く双海。おまえはおまえでよくわからないまま頷いたろ、今の。
「んふふー」
普段俺が智也とのことを冷やかすお返しのつもりなのか、桧月はとても満足そうだ。
俺が受けてるダメージはおまえの数倍だがなっ!
目的の喫茶店についた俺達は4人掛けの席に通された。
ここは信の姉貴がバイトしているので、それとなくチェックしてみたが、今日はまだいないようだ。
信にバレても困りはしないが、説明が面倒なことになりそうなので、少しだけ安堵する。
ちなみに窓側に桧月、その隣に双海。桧月の向かいに俺という図だ。
3人で同じダージリンを、俺一人で軽食を注文する。
「こんな時間にそんなに頼んで・・・そんなにお腹減ってるの?」
サンドイッチにパスタとピラフを頼んだ俺に呆れる桧月。
「育ち盛りだからな。これでも腹八分目だ」
「まったく、智也も俊くんも男の子ってどうしてこう・・・」
なにやらブツクサといいながら桧月はいつものため息をこぼす。
そんな桧月を無視して双海へと話を振る。
「そういや双海って紅茶に随分こだわりがあるみたいだけど、何か理由とかあんの?」
俺がふと感じた疑問を口にすると、双海は一瞬考え込み、ポツリと話し始めた。
「そう、ですね。紅茶は亡くなった母から色々教わっていたものですから」
「・・・えっ」
双海の何気ない一言に桧月が硬直する。
そういや前にそんなことを言ってたのを思い出した。
「なるほど、紅茶好きもその髪も母親譲りってわけだ?双海にとっては自慢のお母さんってところか」
軽い口調の俺に一瞬だけ桧月が咎める様な目つきをするが、それは本当に一瞬だけ。
俺の家庭の事情をすぐに思い出したのだろう。俺のほうから双海へと心配そうな顔で視線を向ける。
「えぇ、この髪も紅茶に関しての知識も含めて母から受け継いだものすべてはわたしにとってかけがえの無いものですから」
そういって双海はやんわりと微笑する。
双海のその表情を見て桧月も安堵したように緊張を解く。
「そっか。詩音ちゃんのお母さんは素敵な人だったんだね」
「もちろんです。母は今でもわたしの理想の人でもありますから」
少し得意げに話す双海に俺と桧月が顔を見合わせて笑う。
それを見た双海が微笑を浮かべたまま俺のことをジッと見る。
「・・・・・・なんだよ?」
「いえ、やっぱり不思議な人だなって思って」
「何が」
なんとなく双海の言いたそうなことを理解しつつ、素っ気無く答える。
「ふふっ、普通は私の母の話をするとみんな気を使ってそのことには触れないのにあなたは平然と話をするんですもの」
あらかた予想通りの答えに俺は肩をすくめる。
「別に双海は双海のお母さんが亡くなってるからって、誰彼構わず同情されたり慰めて欲しいわけでもないだろ。だったら余計な気遣いはかえって余計なお世話ってもんだ」
少なくとも俺の場合はそうだったし、そんな気遣いをされるほうが遥かに気だるい。
「たしかにそうですけど・・・・」
そこで言葉を切った双海は、
「そういう風に考えられる人は少ないですし、そう思ってても中々実行できないものですよ、普通は」
普通はにアクセントをつけてくすりと微笑んだ
桧月は双海の言葉にうんうん、と頷きながら、
「うん、ほら。俊くんは普通じゃないし、ね?」
笑顔で俺に同意を求めてきた。
「お待たせしました」
俺がどう反撃しようか考えようとしたところで、ウェイトレスさんが注文していた紅茶とサンドイッチを持って現れた。
「ごゆっくりどうぞ」
なんとなく気勢を削がれつつも、俺は紅茶のカップを手にしてポツリと前にも言ったようなセリフを言った。
「俺が普通じゃないのは認めるが、おまえらも十分普通じゃないからな」
その一言に桧月と双海は顔を見合わせ・・・、3人同時に吹き出す。
「ふっ、あははっ」
「ふふっ、あはは」
「ふっ、くくくっ」
「で、どうですか?お姫様、日本の紅茶のお味は?」
ゆっくりと3人で紅茶を味わいつつ、紅茶に煩い双海嬢に感想を求める。
ちなみにサンドイッチは二人にも好きにつまんでくれと奨めてある。
速攻でパクついてるのは俺だけだがな。
「そうですね、65点といったところでしょうか?」
俺と桧月は顔を見合わせて押し黙る。
少なくとも俺の知り限りではここの紅茶が一番美味い。
と、いうかこれ以上の味は知らない。
桧月も同じようなもんなんだろう。双海の発言に納得いかないような表情をしている。
「厳しいなぁ・・・私だったら90点ぐらいは点けちゃうけど」
俺も桧月に同意見だ。
「前に同じ」
「そうですか?この葉の蒸らし方にまだムラがあると思うのですが・・・・」
手にした紅茶を目を落とす。
「わかる?」
「わかんない」
桧月も微妙な顔つきで答える。
「それは、普段から美味しい紅茶を飲んでいないからですよ」
そんな俺たちの様子が面白かったのか、双海がふふっと笑って言う。
「・・・まぁ、一理ある」
「・・・だね」
双海以上に紅茶に詳しい知識を持っていない俺達は頷くしかない。
「あ、だったらさ、今度詩音ちゃんの入れた紅茶を飲んでみたいな」
「うん、それは言えてる。あんな辛口の点数を双海なら、ここの紅茶より美味いのなんて楽勝だろ?」
桧月の名案に頷き、挑戦的に双海に問いかける。
「ふふ、いいですよ。お二人に本当の紅茶というものをご馳走しましょう」
不敵に笑い返す双海。
むぅ、双海のやつこんな顔もできるのか、と妙なところで関心してしまう。結構意外だ。
「わ、楽しみ」
「だな」
双海の自信からすれば相当に美味い紅茶が期待できるのだろう。
普段はコンビニとかディーバックの紅茶しか飲まない俺らからすれば、本当に美味い紅茶の味など想像もできない。
「じゃあ、わたしは紅茶に合うお菓子とか作っていこうかな、クッキーとかどう?」
「大賛成だ」
無論、桧月の作ったものなら俺は諸手を上げて大歓迎だ。
「いいですね、小さい頃にやったティーパーティーを思い出します」
「てぃーぱーてぃ?」
「なんだか、物凄く上流階級な響きだな…」
「あら?そんなことはないですよ。イギリスなどではごく普通の一般家庭でも行われていますし、そんなに身構える必要はありませんよ」
聞きなれない言葉に戸惑う俺の様子がおかしかったのか双海がくすくすと笑う。
そんなに強張った顔してたか、俺?
こうして俺達は他後の一時を楽しく過ごした。
桧月と双海が追加で頼んだデザートの支払いはもちろん俺持ちだったが。
「今日はご馳走様でした」
「ありがとね、俊くん。また、みんなで来ようよ」
喫茶店から出て二人の女の子に礼を言われるのは悪い気分じゃない。
悪い気分ではない・・・が。
「そんときは支払いは各自でな」
俺が心の底から漏らした一言に二人が楽しげに笑う。
予想外の打撃を受けた財布の軽さが目に染みるなぁ。
まぁ、代価としては十分以上に楽しく過ごせたから俺としても大満足である。
「そういえばお二人にお伺いしたいことがあるのでしょうが、よろしいですか?」
双海が駅へ歩く途中何気なく聞いてきた。
「うん、もちろん」
「答えられことならな」
そして俺達は次に双海が放った一言に凍りついた。
「このあたりにお侍はいらっしゃいますか?」
「………」
「………」
俺と桧月は二人して言葉を失った。
(ギャグか?双海はギャグで言っているのかっ!?)
(そ、そんなのわたしにもわかんないよっ!ね、ここって笑うべきなの?)
(わからん。でも双海だからおもいっきり大真面目に言っている可能性もあるぞ?)
(やっぱり?)
桧月との間でそんなアイコンタクトが成立した気がする。
一瞬考えた末、俺は一番無難な答えを返すことを選択した。
「……このあたりにはいないぞ」
俺が言うと双海は残念そうに目を伏せた。
「……そうですか」
どうやら大マジだったらしい。ギャグとしてリアクションしなくて良かったと桧月と二人で密かに胸を撫で下ろす。
「ね、なんでそんなことを?」
「海外の友達に是非、写真を取ってきて欲しいと頼まれんです。私自身久しぶりの日本ですからお侍とまた会えるのを楽しみにしていたのですが・・・」
「・・・また?」
双海の言葉に違和感を感じて思わず訊き返す。
「小さいころにお侍さんに会ったことあるの?」
俺の発した言葉を補うように桧月が続ける。
「はい。いっぱいいました」
またしても桧月と顔を見合わせる。
江戸時代から200年以上も経ってる現代に侍など存在していようはずもない。
ましてやいっぱいいたって・・・。
「・・・・・・他にも忍者とか・・・・・・芸者さんとか・・・・殿様もいらっしゃいました」
と、なると可能性としては一つしかないだろう。
「なぁ、そこって、周りに観光客とかいなかった?カメラもってたりとか?」
「・・・・そう言われてみると・・・お年寄りや子供連れの家族が多かったようにも思います」
予感的中。
「・・・あのね詩音ちゃん、凄く言いにくいんだけど・・・それって多分・・・」
「間違いなく観光地だな」
気まずそうに言おうとする桧月を遮って断言した。
「観光地・・・ですか?」
「ああ、双海が見た侍や忍者とかは本物じゃなくてアトラクションというじか、見世物・・・・・だな」
「・・・・本当なのですか?」
怪訝そうに双海は桧月に向かって尋ねる。
「・・・うん、残念だけど今の日本にお侍さんとか忍者はいないよ・・・」
「まぁ、そういうことだ」
「そう・・・・・・なのですか」
俺たちがきっぱり断言すると双海はシュンと、俯いてしまう。
双海の間違った認識には驚きだが、こればっかりはどうしようもない。
俺と桧月はかける言葉もなく、ただ静かに駅への道のりを歩いてく。
・・・・・とはいえ、微妙に重苦しい雰囲気は俺の好みじゃない。
「ま、いないもんは仕方ない。あんまり長く気に病むなよ。落ち込んでも、どーせ得することは無いからな」
欠伸を欠きながら、どーでも良さげな口調を装って言う。
「・・・・・・他人事みたいに言いますね」
「悪いが他人事だ。双海が落ち込もうが何しようが俺の知ったこっちゃ無いからな」
くすくすと、笑い声をしたほうを見ると、桧月が必死に笑いをこらえていた。
いや、待て。今のやりとりのどこに笑えるとこがあったんだ。
俺が何か言おうとする前にもう一方からも忍び笑いの声が聞こえてきた。
「いや、おまえら今のどこに受ける要素があったんだ?」
俺が疑念を思いっきり表情に出して聞くと、
「ふふっ、いえいえ、なんでもないですよ。ね、彩花さん?」
「うん、そうそう。何でもないよ。他人事って言いながら思いっきり詩音ちゃんのこと気にかけてるんだなぁ、なんて全然思ってないよ。ね、詩音ちゃん?」
「ええ、もちろんです。天野くんらしい不器用な気遣いだなんてこれっぽちも思っていませんよ?」
「・・・・・・・」
なんだ、おい。ひょっとしておまえら二人グルか?
「また、二人して妙な勘違いを・・・・」
「ふふっ、天野くん、耳まで真っ赤ですよ?」
「知るかっ!!」
ってか、このパターン最近多くないか?
うぐぅ・・・・・・。おのれ、桧月め・・・・そのうち目にものを見せてやる。
まぁ、そのときは俺も綺麗さっぱり完膚なきまでに玉砕しそうだがなっ!
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Up DATE 06/9/1
>初めて書きますwすごく大好きですwどんな結果になっても俊くんの気持ちは変わらないままであってほしいですねwたとえ誰とも結ばれないとしても
ありがとうございますー。
シナリオ的には詩音に偏りつつもありますが、俊くん本人の気持ちは連載開始時から変わってませんからね。
良くも悪くも単純一途な彼なので、これから色々動きがありますが、簡単には変わらないでしょう。
結末は・・・続きをお楽しみにというところでw
まぁ、最近は無駄にいじられている気がしなくもないですが・・・。