Memories Off Another
第36話
図書室に行くと双海は既に本の整理を始めていたようだ。
テストも終わり、来訪者が格段に減ったこの場所で黙々と働いていた。
扉を開けた気配で気づいたのだろう。
双海が俺のほうを振り向き・・・・・・虚を突かれたように動きを止める。
その挙動に一矢報いた気分になり、俺はニヤリと口の端を上げる。
「よっ、お待たせ」
俺は片手を上げて声をかけるが、双海の視線は俺の後方に向けられていた。
「こんにちわ、詩音ちゃん」
「・・・こんにちわ」
どーでもいいが、放課後のこの時間にこんにちわという挨拶は正しいのだろうか。
桧月に挨拶を返した後、双海はじっと問いかけるような視線を向けてきた。
「手伝いをするなら人手が多いほうがいいと思ってな。桧月に助っ人を頼んだ。下手すると俺より力あるから思う存分使ってくぁっ!?」
言いかけて後頭部に衝撃が走った。
「俊くん・・・・誰が俊くんより力あるのかなぁ?」
俺が頭を抑えて蹲ってると上からそんな恐ろしげな声が聞こえてくる。
こいつ、人の頭をおもっきし鞄ではたきやがったな。
文句を言おうとして・・・・・・・顔を挙げて吐き出した言葉は別のものになっていた。
俺だって命は惜しい。
「すいません、ほんの軽い冗談です」
「ん、よろしい」
桧月は頷くと、
「そういうわけだからよろしくね、詩音ちゃん」
呆然と俺たちを見てる双海に向かって笑いかけた。
笑顔で誤魔化してもお前が凶暴なのは誤魔化しようがないぞ。
「あ・・・はい」
頷く双海に対して桧月の後ろから身振り手振りで「こいつは凶暴だから気をつけろ」というゼスチャーを送る。
それに対し双海は小さく吹き出し、桧月は訝しげに俺を振り返る。
もちろん、そのとき既に俺は肩を竦めて知らん振りだ。
桧月は微妙に釈然としない面持ちになるが、証拠不十分なので実力行使には出れまい。
「さて、面倒なことはさっさと終わらせるか」
内心でほくそ笑みながら二人を促した。
までは良かったのだが、本の整理を始めてそうそう俺は桧月と双海に取り残されて一人離れて作業をしている。
「わたしは詩音ちゃんとちょっと二人で話があるからここはお願いね」
俺がうんともすんとも言う前に桧月は双海を連れて行ってしまった。
なにやら微妙に俺にとって良からぬ事を企んでいる様な気がするのはなんでだろうな。
そういえば俺がさっき桧月に朝のことを話して図書室の手伝いとその後の同行を頼んだとき、思いっきり呆れたようなため息をつかれた。
なんで俺が双海との関係を誤解されるようなことをしてまでそんなことをしたのかというと、単に好きな子に告白しようと考えてるのに他の女の子と二人で出かけるのはどうよ?ってなことを思ったからだ。
傍から見ればデートに見えないこともない。
まぁ、億に一つも双海がそんなようなことを考えているとは思っていないが、あくまで俺の気分の問題だ。
自分で言うのもあれだが、性根はとことん曲がっているが妙なところで純粋なんじゃないかと自分を評したい。
激しくどーでもいいことだが。
ちなみに桧月を誘う建前は双海と仲良くする良い機会だろとか、適当な理由を取ってつけた。
始めは乗り気ではなかった桧月だが賢明の説得の末、なんとか連行した。
もちろん、今日の費用は双海の分も含め全て俺持ちとなってしまったが。
・・・・・・・と、いうか二人で何話してるんだろうな、一体。
桧月は時折り無駄にガードが固いから探りを入れるだけ無駄だろう。
後で双海を突っついてみるか。
「あの・・・桧月さん?二人で話というのは・・・・・・」
少し強引に連れ出された詩音ちゃんはちょっと困ったような顔をしてる。
最初に会ったときは表情を崩さないクールで綺麗な子だと思ったけどこういう表情は結構可愛い。
「うん、ごめんね。俊くんと二人っきりのところにお邪魔しちゃって」
「は?」
まったく俊くんってば時々妙に鋭いくせにこういうことには思いっきり鈍感なんだから。
どーしてもっていうからここまで来ちゃったけど、どう考えてもわたしお邪魔虫だよね。
「本の整理が終わったらわたしはさっさと帰るから、俊くんとごゆっくりどうぞ♪」
「あの・・・桧月さん?何か勘違いをされていませんか?」
わたしの言葉を聞いた詩音ちゃんがその表情を驚きから呆れに変えて静かにため息を吐いた。
「私は桧月さんを邪魔だとも思ってませんし、天野くんと二人が良いとも思ってません」
「そう・・・なの?」
わたしが詩音ちゃんの気持ちを探るように聞くと詩音ちゃんは迷いなくきっぱりと答えた。
「当然です」
うーん、こうきっぱり言われたんじゃわたしも反論の余地がない。
てっきり詩音ちゃんは俊くんのことを好きだと思ってたんだけどわたしの思い違いだったのかな?
詩音ちゃんは口調も表情も冷静そのものと言った感じで感情を表に出さない。
「だいたいどうしてそんな話になったのか理解できません」
そう言って詩音ちゃんは本の整理に取り掛かる。
ただ見てるわけにもいかなかったので、わたしも手伝いながら話を続ける。
「だって、唯笑ちゃんとか信くんの話聞いてると詩音ちゃん、クラスの人ともあまり喋らないんでしょ?」
唯笑ちゃんは残念がってたし、信くんなんか必死に訴えてたもんね。
「でも俊くんとは普通に話してるみたいだし、詩音ちゃんにとっては特別なのかなぁって思ったんだけど・・・違った?」
わたしが聞くと詩音ちゃんはその手を止めて少しだけ考える素振りを見せる。
「私にとって特別というより、天野くん自身が特別に変わった方だと思いますけど」
あ、それ聞きようによってはちょっと酷いかも。でも、
「うん、それは確かに言えてる。パッと見じゃよくわからないけど話せば話すほど変な人だってわかるよね」
「桧月さんもそう思いますか?」
「うん、伊達に知り合って2年以上経ってないからね」
俊くんと会ったばかりの頃を思い出す。
最初はちょっと目つきが怖くて近寄りがたいかなって思ったけど彼と接すれば接するほどにその印象は変わっていった。
「・・・・・・桧月さんにとって天野くんはどんな人なんですか?」
「え?」
見ると詩音ちゃんはこちらに向き直って真剣な眼差しをしていた。
「わたしにとっての・・・俊くん・・・か。うーん」
ちょっと考えてみる。
もちろんただの友達・・・と簡単に言えるほど浅い仲じゃないと思う。
あの日俊くんに助けてもらって今日まで一杯話をしてきた。
男の子の友達も少なくはないけど彼はやっぱりわたしにとって特別な一人に当たるとは思う。
智也に対して持ってる特別な気持ちとはまた違う気持ち。
親友・・・っていうのもちょっと違うかな。なんだろう。
「・・・・・・やっぱり命の恩人で大事な友達・・・・・・かな」
「命の恩人・・・・・・?」
詩音ちゃんの疑問に静かに頷く。
「わたしね、中学のころに交通事故にあったんだ」
あの雨の日。目前に迫ったトラックの光景を思い浮かべる。
何が起こったのかわからないまま、次に瞬間には衝撃がわたしを襲った。
あれ、トラックの衝撃ってこんなに軽いのかな?なんてそのときのわたしは思いながら意識を失ってしまった。
そして次に目が覚めたときには病院のベッドの上だった。
そこにはお父さんやお母さんだけじゃなく、智也や唯笑ちゃんまでがいた。
そこで初めてわたしは自分に起こったことを理解し、自分のことを助けてくれた男の子のことを知った。
自分の身を呈して見ず知らずのわたしのことを助けてくれた男の子。
おかげでわたしの怪我は大したことなかったんだけどその子は意識不明の重体。
手術は無事に終わったらしいけどその子は一日経っても目を覚ますことは無かった。
わたしは無理を言ってずっとその子に付き添わせてもらった。
もし、その男の子がわたしを助けてくれなかったら自分は死んでいたのかもしれない。
彼が助けてくれたおかげでわたしは今ここにいる。
だけどその代わりに彼が死んでしまったら。
そう思うと胸が苦しくて。せつなくて。
ただひたすら彼が助かることだけを祈った。
「お願い・・・目を覚まして・・・・・・っ」
彼の手を握ってそう強く想った。
その祈りが届いたのか、次の瞬間、彼はゆっくりと目を開いていった。
「あの日、俊くんに出逢ったことがわたしにとって奇跡だったのかもしれないね」
「そんなことがあったんですか・・・」
さっきまで無表情を保っていた詩音ちゃんの表情が憂いを含んだものに変わっていた。
「わたしは俊くんのおかげで今こうして生きている。だから俊くんはわたしにとって大切な友達であると同時にかけがえの無い恩人なんだ」
それから俊くんと過ごしてきた時を思い浮かべる。
「でもね、俊くんは全然そのことを恩に着せたりとかは一度もしないんの。それどころかわたしがそのことを気にしてるとかえって不機嫌になっちゃうんだよ?」
詩音ちゃんは黙ってわたしの話を聞いている。
「俺がそうしたいからやったことだ。必要以上に気にされるとこっちがかったるいからとっとと適度に忘れろって言ってね」
「なんとなく・・・想像できる気がします」
「でしょ?俊くんって初めて会ったときからそうだったんだ。そんなの忘れられるはずないのにね」
そのときの光景を思い浮かべて思い出し笑いをしてしまう。
「でも、天野くんらしいですね」
詩音ちゃんもその光景が浮かんだのか少しだけ含み笑いをする。
「でしょ?多分俊くんは本音のつもりなんだけど絶対にあれは照れ隠しだったと思うんだ」
そして何よりわたしの為を思ってそう言ってくれた。
「意地っ張りで照れ屋でぶっきらぼうで・・・・・物凄く不器用だけど本当は凄く優しい人」
本人に言ったら絶対に否定すると思うけど。
「・・・・・・それがわたしにとっての俊くんかな」
うん、そう。いつも気だるそうに悪い目つきをしてるけど困ったときにはいつでも力を貸してくれる。
「詩音ちゃんにとって、俊くんはどうなの?」
「えっ?私・・・・ですか?」
「うん、わたしだけ話したんじゃ不公平だしね。詩音ちゃんの正直な気持ちを聞きたいな♪」
詩音ちゃんはちょっとだけを視線を上にずらして考え込む。
「私にはまだ・・・・・・彼がどんな人なのかはっきりとはわかりません。でも」
詩音ちゃんは一旦言葉を切る。
「でも?」
「きっと、桧月さんと同じ考えになるような気がします」
そして詩音ちゃんは優しく微笑んだ。
わたしもそれに釣られて笑みが零れてしまう。
「あ、詩音ちゃん。わたしのことは苗字じゃなくて彩花って呼んでね。わたしだけ名前を呼んでるのってなんか不公平な感じだもの」
「では・・・彩花さん」
躊躇い・・・というより少し照れた感じで詩音ちゃんがわたしの名前を呼ぶ。
「うん」
わたしは自分でできる限りの笑顔でそれに応えた。
余談だけど後で合流した俊くんは少しだけ拗ねていた。
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Up DATE 06/8/1
>こんな話を書かれると彩花でいきたくなるじゃないか〜!!!
>しかしこれ、後半人間関係のもつれっぷりが凄いことになりそうですね、智也方面と絡むことでさらに。あんまドロドロしたのは好きでないので、今のテンポを忘れず、かといって軽すぎず全てを解決することを期待します。
>では、これからも頑張ってください、応援しています。
HAHAHA、だってまだ詩音編で彩花編には行ってないものー。どこからどこまでが詩音編とか彩花編なのかはボクモシリマセン。
今後の展開に関してはまぁ、成り行きまかせというか、俊一くんの性格からしてドロドロする前にある程度の決着が着くんじゃないのかな、と。
どう贔屓目に見ても一方通行の片思いですしーw