Memories Off Another

 

第25話

 

 

 

 

楽しい時間というものはあっという間に過ぎていくもので。

カラオケボックスから出たころにはもう夕陽が沈みかけていた。

「これからどうしよっか?」

うーん、と伸びをしながら桧月が聞いてくる。

携帯のディスプレイで時間を確認するともう午後4時を過ぎていた。

ついでに着信履歴やメールもチェックするが、誰かから連絡があった形跡はなかった。

・・・・・・・・・双海からの連絡は、なし・・・・か。

ほんの数回の付き合いで双海が自分から多人数の付き合いに参加するとも思ってはいなかったが、
実際に連絡の一つもないと寂しいものはある。

もう少し双海を待って見たい気持ちはあるが、残念ながら俺のほうがタイムオーバーだ。

「悪いが、俺はこれからバイトなんで先に抜けるわ」

名残惜しくはあるが、バイトがある以上そうもいってられない。

「あ、そっか。俊くんバイトあるって言ってたもんね・・・」

今坂としてはまだまだ遊び足りないのだろう。途中で誰か一人でも抜けるのは気分的に盛り下がるらしい。

「まったく、こんな日にバイト入れるなんて、要領の悪い奴だな」

信が馬鹿にしたようにカラカラと笑う。

俺はスッと目を細め、殺気をこめた視線を信に送る。

「もとはと言えばお前のとばっちりを受けて俺が今日のシフト入っているんだがな・・・」

本来今日は俺のシフトじゃない。

普段なら信が入っているのだが、こいつが店長に無理行って休みを取ったせいで俺が代わりに入っているのだ。

俺も本当は休みたいところだが、昨日までテスト休みを貰っていた手前店長の頼みを断るわけにもいかなかった。

「はは、まぁまぁ。たまには親友の為に働くってのも悪くないだろ」

信は悪びれた様子もなくサラッと言ってくれる。

「どの口がいけしゃあしゃあと・・・・・」

俺が心の中でこの借りを必ず返すことを誓っていると、信はさらにとんでもないことを言い出した。

「と、いうわけで皆さん、寂しがり屋の俊くんの為にこれからルサックでの食事会を提案する次第であります」

ガスッ。

俺は迷わず信の額目掛けて右拳を突き出していた。

不意をついた攻撃に信は反応できず、見事に拳はクリーンヒットし、信の身体を仰け反らせていた。

「どつくぞ、おまえ。何の嫌がらせだ、コラ」

「いや、天野くん。もうどついてるから」

音羽さんの突込みを適当に聞き流しつつ、俺は信に詰め寄った。

「信くん、冗談もほどほどにしないと温厚な俺でも暴れるぞ?」

「誰が温厚なんだ?」

「さぁ?」

呆れ顔ので話す智也と桧月の呟きもこの際無視。

「いてて・・・・、まぁ落ち着けよ。そう急かさなくてもちゃんと教えてやるからさ」

額を押さえながら信がニヤリと笑う。

断っておくが俺は焦ってるわけでもなく、急かしてもいない。

あくまで殺意をこめた視線で信を睨んでいるだけで、それ以上でもそれ以下でもない。

勿論、信の答え如何では即座に息の根を止めるが。

何が楽しく他の面子が楽しくおしゃべりしてるのを眺めながら一人で労働に励まなければならんのだ。

別に俺がバイト中に桧月や智也たちが来るのは珍しいことでもないが、打ち上げの真っ最中に傍らで一人バイトの構図はとても切ないと思う。

「おほん、オレがこの提案をする理由はただ一つ!止むを得ない理由で一人打ち上げから撤収せねばならないお前を思ってのことだ!」

拳を握って力説する信だが俺から見ればその言葉に真意の欠片も見受けられない。

「・・・・・・ほう。具体的には?」

「何、そんな難しい理由じゃない。ただ単に、お前の目の届く範囲で打ち上げを続行しようというわけだ。
 それでお前のバイト終了に合わせて解散すれば最後まで参加した気分になれるだろ」

なるほど。悪意の無いさわやかな笑顔でもっともらしい理由を言ってくれる。

「ようはバイト中の俺のことを冷やかしながら飲み食いしようってだけだろうが」

俺はその光景を想像してげんなりしながら信の言葉を要約した。

「そのとおり!さすが我が親友。理解が早いねぇ」

「・・・・・・・・・」

「――はうっ!?」

周りの連中が呆れたようなため息をつく中、俺は素早く手刀を信のみぞおちに叩き込む。

「じゃ、そろそろ時間がないから俺はいくわ。間違ってもこいつの言うことは聞かなくていいからな」

信に一撃を与えた手をあげて、俺は桧月たちに告げる。

無論、信の末路など見届けるまでも無い。

「うん。またね」

「バイト頑張ってね〜」

信を除いた面子に見送られながら俺はバイトへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございまーす」

「あ、天野くん。おはようございます」

俺がバックヤードに入って挨拶すると、ちょうどフロアから戻ってきた片瀬さんと出くわした。

確か彼女は俺より一時間前からシフトに入っていたはずだ。

「どう、今日の入りは?」

「今のところはいつもどおり、かな?特に忙しいわけでもないですけど、ものすごく暇ってわけでもないですよ」

彼女は下げてきた食器を手際よく洗い場に出しながら言った。

「そっか。それは何より」

たまに休日でも付近でイベントも無いのにいきなり忙しい日もあったりするのだが、今日はそういったこともなくいつも通りの客足らしい。

「それより、友達来てますよ」

「・・・・・・・・誰の?」

手を洗いながら片瀬さんに聞き返す。何となく物凄い嫌な予感。

「天野くんの」

「・・・・・・・・何人?」

「5人」

予感の的中率90%突破。

「・・・・・・」

俺はそっとフロアの方を見渡してすぐにそいつらを発見した。

「あ、あいつら・・・・」

脱力して思わず、そのまま膝をついてしまった。

「あ、天野くん、大丈夫ですか?」

そんな俺の様子に慌てて片瀬さんが駆け寄ってくる。

「あ、あぁ、ええと、大丈夫だから気にしなくていいよ」

軽い頭痛をに俺は額を押さえながら立ち上がる。

俺が見つけたのは言うまでもなく、桧月達だ。

くそ、あいつら俺が別れた後、すぐに追ってきやがったな。

駅では見かけなかったから多分、俺が乗った1,2本後の電車で来たんだろう。

なんとなく来るんじゃないかとは思ってたけど、実際に来られるとそれはそれでなんか癪だ。

そんなことを考えてると客席からの呼び出し音がなる。

確認するまでもなく、それは桧月たちが座っている席からだった。

その証拠に俺に気づいた桧月がこちらに手を振っていた。

「・・・・わたしがいこっか?」

「いや、俺が行ってくる」

片瀬さんの申し出を丁重に断り、俺は桧月たちのテーブルへと向かった。

 

 

 

「はい、ご注文はお決まりでしょうか?」

俺は特に感情を表さず、文句を言うことも無く、淡々と聞いた。

「へー、天野くんってウェイターやってたんだ?なんか意外な感じ」

「それはよく言われる」

音羽さんが漏らした感想に俺はいつもどおりの答えを返した。

実際に同じことを桧月達にも言われたことがあるし、クラスメイトとかも俺がウェイターをやっていることを知ると大抵は同じ反応が返ってくる。

自分でも反論する気もないし、その必要も無い。

「だよなぁ。こんな目つきの悪くて普段から愛想のない奴が接客やってるとこも珍しいもんな」

「さよか。で、ご注文は?」

智也の言葉を肩をすくめて流し、俺はオーダーの催促をした。

今はフロアには俺と片瀬さんの二人しかいない。

そんなに忙しい時間帯でないとはいえ、ここで話し込んで片瀬さん一人に仕事を任せるわけにもいかない。

ここに長居しても話のネタにされるだけなので、とっとと真面目に仕事しよう。

「でも、実際にこうして見ると結構似合ってるね、その格好」

「あ、音羽さんもそう思う?俊くんって黙ってるとクールな感じだから結構格好良かったりするときもあるんだよね」

「そりゃ、どーも」

言葉では平然とかわしていたが、内心何気ない桧月の言葉に浮かれていたりもする。

「いっとくけど煽てても何も奢らないからな」

「あははっ、それは残念」

そういって笑う桧月を見るだけで心が弾むのは、まぁ惚れた弱みということで放っておこう。

 

 

 

 

「天野くんの学校も今日でテスト終わったんだよね。打ち上げでも行ってたの?」

桧月たちのオーダーを取り終えて、バックヤードに戻ると、ドリンクを用意してる片瀬さんが声をかけてくる。

「まぁ、そんなところ。んで、あいつらは途中で抜けた俺を冷やかしにわざわざここまでやってきた暇人どもだ」

「ふーん、そうなんだ」

「まったく・・・・人がわざわざ働いてるところで2次会しなくてもいいだろうに」

片瀬さんを手伝って5人分のドリンクを用意しながらぼやくと、何故か片瀬さんはクスクスと笑っていた。

「・・・・何?」

「ううん、文句を言ってる割になんか嬉しそうだなって思って」

横に目を向けると片瀬さんがいたずらっぽい笑顔でこっちを見ている。

こういった視線はあまり面白くない。

「いや、気のせいだろ」

そっけなく言って俺は準備したドリンクをトレーに載せていく。

片瀬さんが入ってきたときに一通りの仕事を教えてたのが俺だったということもあって、バイト仲間の中で彼女と俺はわりと仲が良い。

それだけにたまにこんな風に俺の気持ちを見透かされてしまうときもある。

彼女の場合は信や桧月と違って悪意もないし、それほど俺をからかおうという気も無いため、さほど悪い気はしないのだが、
だからといって、必ずしも良い気分になるわけでもない。

「ちょっと・・・・・うらやましいかな」

「なんかいった?」

「ううん、なんでもないです」

確かに何か呟いたように聞こえたが、まぁそれを深く追求する必要も無い。

信や智也がしつこく催促する前にドリンクを持っていこう。

 

 

 

「チーズハンバーグのお客様は?」

「はーい、唯笑だよ」

俺は手にしたチーズハンバーグとライスの皿を手際良くテーブルの上に並べていく。

「ミックスグリルのお客様?」

「あ、それはおれ」

手にしたミックスグリルを智也の前に置く。

「うむ、ご苦労」

「こちらカルボナーラになります」

智也の偉そうな言葉を無視して、俺は桧月の前にカルボナーラとセットのスープを置く。

「ありがと。・・・・でも、よく一度にそんなにたくさん持てるねぇ」

桧月が感心したように俺を見つめる。

「ま、これくらいはな」

俺は肩をすくめて言った。今回俺が一度に持ってきた料理はスープなど含めて5つ。

別にファミレスである程度バイトしてれば誰でも身に付く技術なので、そんなに威張れる技術でもない。

「そうそう、これぐらいキッチンメインのオレだってできるし、大したことじゃないよ」

大したことじゃないと言い張るわりには顔が得意気なのは気のせいか、信?

「でも、おまえ、2,3回運ぶ途中で料理を床にぶちまけたことあったよな」

「い、いや、それは昔のことだっ。だいたいおまえだって―――」

俺が突っ込むと、途端慌てふためく信の言葉を先回りして俺は言った。

「料理は落としたことないぞ。一度もな」

「ぐっ」

「――――まぁ、他のミスは色々あるけどさ」

注文間違えたり、テーブルの場所間違えたりなんてのは、始めた当初は日常茶飯事だった。

「それより、ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」

ここでそのことを追求されるのは面倒だったので俺は早々にこの場から離れておくことにした。

信や音羽さんの分の料理は俺の前に片瀬さんが運んでくれているので、みんなの前には各自が注文した料理がテーブル一杯に並べられている。

「うん、みんなオッケーだよ」

音羽さんの言葉に頷くみんなに俺は頷くと、

「では、信以外はごゆっくりどうぞ」

「やれやれ、相変わらず素直じゃないねぇ」

信がこれみよがしに大げさにため息をつくが相手にはしない。

「俊くん、後でデザート頼むと思うからその時はお願いね」

「了解。いつでもどうぞ」

俺はそういって他のテーブルへ向かう。

あー、なんだかんだいって俺、桧月がここに来てるの喜んでるなぁ。

あの場に混じれないのは悔しいけど、桧月がいるだけで嬉しかったりする複雑な心境だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は既に午後21時を回ろうとしているが、いまだに桧月たちは帰る気配を見せない。

つーか、よくもファミレスで延々とダベってて飽きないな。ほぼ毎日学校で会ってるくせに。

・・・・・・あいつら本当に俺が終わるまで居座る気か。いや、桧月がいてくれるのは嬉しくもあり、悲しいのだけれども。

ため息をつきながら下げてきた食器を洗い場へに置いていく。

「ってか、腹減った・・・・・」

昼に食べてから今の今まで何も食べてないのだから当然の結果とも言える。

人の目の前で思う存分飯を食ってるあいつらが恨めしく思える。

自分でも逆恨みに近い思いだというのは百も承知だが、思うだけなら実害はないのでとことん勝手に恨んでおく。

「もう、だから暇なときに休憩行ってくれば良かったじゃないですか」

腹を抱えてうな垂れる俺を片瀬さんはクスクス笑っている。

「と、言われてもなぁ・・・・・」

食器を片した俺はそのままフロアのほうに向かい、片瀬さんも横に並んで歩く。

俺より先に仕事してる子を差し置いて休憩に入る気にもならん。

桧月達がフロアにいるときにスタッフルームで一人で食うのも味気ないし、かといって元々予定されていた休憩時間でもないのに桧月達に合流して飯を食うのは片瀬さんに対して気が引けるし、いざ混んできたときに素早く仕事に戻れない。(流石にルサックの制服のままで客席で飯は食えない)

そんなわけで休憩に入らず飯も食わずそのまま現在に至る。

「ほんと、天野くんって変なところで頑固ですよね」

「別に飯食わないで仕事するのは珍しくないし、どうしようもなく暇ってわけでもないんだから無理して休憩しなくてもいいだろ」

「でも、お腹が減っている状態で無理して働くほど忙しくもなかったですよ?」

横から見上げてくる視線がなんだか居心地が悪い。

フロア全体を見渡せる位置で立ち止まる。

自然と片瀬さんも俺の隣で立ち止まる。

今のところは落ち着いていて、特にやることはない。

フロアにもう一人いるバイトも今は手持ち無沙汰になってキッチンの連中とおしゃべりをしている。

桧月達のほうも雑談に花をさかせているようだ。

「済んだことだからどっちでもいいよ・・・・」

俺は心底どうでもよさそうな顔で無愛想に言った。

「稲穂くんたちに合流したいんですよね?」

「別に」

素っ気無く答える俺に片瀬さんは呆れたようにため息をつく。

「・・・・・・ほんとに意地っ張りですね」

「性根が腐ってるからな」

「わたし、天野くんの代わりに22時まで働こうかなって思ってるんですけど・・・」

ちらっと横目で伺うと片瀬さんが探るような目つきでこっちをみている。

片瀬さんの今日のシフトは16時から21時。俺は17時から22時。

ようは俺の代わりに1時間余分に働くことで俺を桧月達に合流させてくれようとしてくるらしい。

「いいよ、気を使わなくても。そっちは俺より長く働いてるんだから気にせず上がってくれ」

俺は丁重に片瀬さんの申し出を断った。

信とかと違って彼女の場合は善意から言ってくれているのは間違いないが、俺の都合でわざわざ彼女の手をわずらわせるのは申し訳ない。

つーか、やっぱり自分が先に上がって、代わりに働いている人の前で仲間に合流する気にはなれん。

「ふふっ、予想通りのお言葉、ありがとうございます」

片瀬さんから返ってきた意外な反応に俺は眉根を寄せる。

「そこは笑うとこじゃないと思うが・・・・・」

「いえいえ、わたしのことを気遣ってくれた天野くんの優しさが身に染みてしまいまして」

片瀬さんは何がそんなに嬉しいのかそこはかとなくはにかんだ顔でこっちを横目にしている。

「そりゃ、勘違いだ」

・・・・・・・・その顔を見てるとなんだか無性に照れくさくなってきた。

彼女が俺をからかっているとわかっていても少しドキッとさせられてしまう。

「先月ちょっと遊びすぎて金が厳しいんだよ。だから稼げるところで稼ぎたいけだ」

前半嘘で後半は本当。もっとも今日は稼ぎたいとこではないが。

「ふふっ、そういうことにしておいてあげます」

「それしかないからな」

片瀬さんは何もかもわかってますといった顔でクスクス笑っている。

自分の考え方が見透かされているようで物凄く面白くないが、迂闊なことを言っても薮蛇になるだけなので必要以上に反論はしない。

俺は静かにため息を付きながら、桧月へと目を向ける。

他のみんなと談笑していた桧月が不意にこちらを見て目が合った。

桧月が笑顔でこちらに小さく手を振っている。

たったそれだけのことが。

たったそれだけのことで物凄く嬉しくなっている自分がいた。

俺はそれを表に出すことなく、無表情を装って一度だけ手を振って応える。

・・・・・・・・我ながら重症だなぁ。

「さて、それではわたしは時間になったので上がりますね」

隣の片瀬さんが時計を見ながら言う。

時計の針は21時を回っていた。

「うん、お疲れ」

「・・・・・・・・」

自分で上がると宣言したにも関わらず片瀬さんは何故かそのまま俺のことを見上げている。

「何?」

「・・・・・・・・・本当に代わらなくてもいいんですか?」

そのことか。彼女の気遣いはありがたいが、ここはそれに甘えるところではない。

だから、俺は軽く笑いながら言った。

「当然。気持ちだけもらっとくよ。ありがとな」

彼女は俺の言葉を聞くと呆れたようなため息をつき、

「うん、わかりました。・・・・・・・頑張ってくださいね」

いたずらっぽい笑顔でそう言い残していった。

「・・・・・・・何を?」

何に対して頑張れと言ったのかがわからず、首を傾げる。

バイトを・・・・ってわけじゃないだろうが、何かを応援される覚えが無い。

謎だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、俊くん」

22時を過ぎて、スタッフルームを出ると、桧月がそんな言葉と共に迎えてくれた。

残念ながら智也他のおまけ付きだが。

「本当におまえら、俺が上がるまでいるしな・・・・」

「あはは、ここまできて天野くんだけ置いて帰るっていうわけにもいかないでしょ?」

「そうそう。やっぱりみんなで楽しまないとね」

嬉しさを心の奥底に隠しながら言う俺を、音羽さんと今坂が笑い合う。

「ほら、差し入れだ」

智也から放り投げられた缶ジュースをキャッチして、俺はポツリといった。

「たいした暇人だよ・・・・・」

俺は缶の蓋を開けようとして・・・・・信と智也が何かを企んでいるような笑みを浮かべているのに気づいた。

手にした缶は炭酸だ。

やれやれ・・・・・・浅はかな奴らだ。

俺は二人に気づかれないように静かにため息をつきながら缶のプルトップを起こす。缶を開け口を二人に向かって。

「って、冷てっ!?」

「な、何しやがる!?」

予想通りに振られていた中身が勢い良く信と智也に降り注ぐ。

「どアホ。お前らの考えることくらいお見通しだっての」

俺は冷めた視線で二人に応えた。

「・・・・・もう、しょうがないなぁ」

「二人して、差し入れ買いにいったと思ったら、こういうことだったの・・・・。感心して損した」

「ふえぇぇ、俊くん。なんでわかったの?」

桧月と音羽さんが二人に呆れているのと対照的に今坂が感嘆の声を上げる。

普段、智也に騙されてばかりの今坂からすればなんで俺が智也たちの罠を見破れたにのか不思議でしょうがないだろう。

「・・・・・・・まぁ、勘ってことで」

詳しく説明するのも面倒なので、簡単に答えた。

「おまえ、人の好意を無駄にしてるとそのうちバチが当たるぞ」

「まったくだ、信じられんことをする奴だ」

自分達が仕掛けた罠の洗礼を浴びた信たちが好き勝手ほざいていやがる。

「二人が言っても説得力ゼロだってば・・・・」

「うん、唯笑もそう思う」

「唯笑ちゃんに同じ」

「「う”」」

女性陣からの冷たい視線と一言に二人のアホは弁護の機会も与えられず縮こまるしかなかった。

「ばーか」

そして俺はそんな二人に駄目押しの一言と嘲笑を浴びせるのみだった。

 

 

 

 

 

 

「結局、詩音ちゃんから連絡なかったね」

桜峰駅まで歩く中、智也と今坂に続いて俺の隣を歩く桧月が残念そうに呟いた。

「あぁ、そうだな」

何度もチェックした携帯のディスプレイを見ながら俺は頷く。

予想通りといえば予想通りだが、やはり少し残念かなとも思う。

「ま、双海さんも色々都合ってものがあったんだろうし、次の機会に期待しようぜ」

「うんっ!それまでに唯笑、詩音ちゃんと仲良くなっちゃおうっと」

信の言葉に今坂が気合を入れてガッツポーズを取る。

そんな気合を入れる今坂を見て、今坂に付きまとわれる双海を想像した。

「・・・・・・・・・・」

すまん、双海。頑張ってくれ。俺はこの場にいない少女に対して一人心の中で深く謝罪した。

「でも、音羽さん。本当に送っていかなくていいのか?」

既に22時を回っていたこともあって音羽さんに送ろうかと提案したが、あっさりと断られてしまった。

(桧月と今坂は智也が近所なのであえて俺が送る理由がない。残念ながら)

「うん、大丈夫。わたしんちって駅から近いから心配いらないよ。気持ちだけ貰っておくね」

「了解。何かあったら信が責任取るから安心してくれ」

「何故にオレ!?」

「なんだ、信。音羽さんじゃ不満なのか?」

慌てる信に智也がニヤリと笑いながら突っ込む。

「へー、信君ってばサイテー、ヒドー」

勿論俺も便乗するのを忘れない。

「信くん、酷いよ・・・・・」

音羽さんもすかさずノッてくれた。落ち込んだようなポーズをとって信を慌てさせる。

「いや、誰もそんなこと言ってないって!?ってゆーか、なんで冷たい目でみんなオレを見るっ!?」

「信くん・・・・そういう人だったんだ」

桧月が冷たい視線を信に向け、今坂が止めの一言を放つ。

「信くん・・・・・・最低・・・・」

「ゆ、唯笑ちゃんまで・・・・・・・!」

ガーン!!と、背景に文字が出てそうな勢いで信がショックを受け、その場に力なく膝をつく。

「違う、違うんだ、オレは・・・・っオレは・・・・っ!!」

「・・・くっ・・・・わはははははっ」

「あはっ、あはははは」

そんな信の様子に堪えきれず笑い始めた俺に釣られるように信を除く全員が笑い出していた

 

 

 

 

中目町駅で信と別れ、一人夜空を見上げながら歩いていると携帯に着信があった。

登録されていない番号だった。

俺は微かな期待と確信を持ちながら電話へと出た。

「どうした、双海?」

『――――っ!?』

電話越しにう息を飲む気配が伝わってきた。

『・・・・・なんで、わかったんですか?』

双海の恐る恐るといった感じで訊いてくる声が聞こえる。

「ただの勘。なんとなくそうじゃないかなって思っただけ」

『そうですか・・・・』

「ごめんな、さっきは」

『・・・・え?』

「なんか、信とか無理やり誘おうとしてたからさ、迷惑だったかな、と思って」

『・・・・・・そんなことありません』

一瞬の間を置いて双海は静かに言った。

「そっか、それは良かった」

俺は話しながら近くの公園へと向かった。なんとなくそんな気分だった。

「でも、いまさら天野くんがそんなことで謝ってくるとは意外ですね」

「・・・・・なんで」

俺が訊き返すと双海は意地悪げに答えた。

『一番最初に物凄く手の込んだ真似で私を騙すようなことをした人だからです』

・・・・・・・・・言われて見ればそうかもしれない。

「まぁ、そんなこともあったかな」

公園のベンチに座って空を見上げる。

満天の星空とまではいかないが、それなりに星が夜空に輝いていた。

『てっきり、今日もあの後何か仕掛けてくるんじゃないかって警戒してたんですけどね』

電話越しに聞こえる双海の声はどことなくそうなることを期待しているように感じた。

「まぁ・・・・・やろうと思えば仕掛けられたかもしない・・・・・けど」

『けど・・・・・?』

「あんまり干渉しすぎるのも迷惑になるかなって思っただけ。あんまりしつことやって双海に嫌われたくもなかったしな」

『・・・・・・』

双海の沈黙にかまわず俺は言葉を続ける。

「ま、きっかけみたいなもの作るまではちょっと強引にいったけどさ、それ以上干渉するのは俺の主義じゃない。
 俺も人に必要以上に干渉されるのは好きじゃないしな」

『・・・はい』

「だから、これからは今までみたいな騙まし討ちはしない。最終的にどうするかは双海が判断することだし」

『・・・・・・・』

「でも、ま、双海がこうして電話くれたのはちょっと嬉しかった」

『そう・・・なのですか?』

「うん。今日、結局来なかったし、連絡も無かったから少しだけ心配してた」

『・・・・少しだけ、ですか?』

どことなく不満そうな双海の声に思わず笑みがこぼれてしまう。

「そ、少しだけ。だーって、今までの双海の様子だとこうして電話してくれたことだけでも奇跡みたいに思えるし」

『・・・・・・どーいう意味ですか、それ』

「さぁ?言葉どおり・・・かな?」

『天野くん・・・・性格悪いって言われてません?』

「あぁ、それはよく言われる」

『・・・・・・もう』

電話越しでも双海がため息をついているのがわかって、ついつい忍び笑い漏らしてしまう。

『・・・・・・何も聞かないんですね、わたしが今日行かなかった理由』

「・・・・・聞いてほしい?」

『そういうわけじゃないですけど・・・・・』

「なんとなく・・・・・来ないような気がしてた。まだ、自分から動くには考える時間が必要なんじゃないかなって」

『・・・・・・そう、かもしれませんね』

「・・・・・・・・・・・・・・・」

『・・・・・・・・・・・・・・・』

お互いに沈黙。

だけど気まずいという雰囲気はなく、自然に訪れた穏やかな沈黙だった。

やがて、ポツリと電話機越しに双海が言った。

『――――ありがとうございます』

「・・・・・・礼を言われるようなことをした覚えはないけどな」

『・・・・・なんとなく、ですよ」

「そっか」

『では、あまり長電話するのも迷惑でしょうし、そろそろ切りますね』

「迷惑・・・ってことはないけどな。ま、遅くなっても俺が遅刻する可能性が上がるだけだし」

『ふふっ。それではお休みなさい。ごきげんよう』

「・・・・ああ、ごきげんよう。またな」

『・・・・・・・はい』

切れた電話をポケットにしまい、俺は再び夜空を見上げた。

「・・・・・・なかなか悪くない一日、だったな」

 

 

 

 

 

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Up DATE 05/11/03


前回すぐ書き上げると言ったくせにメモオフ#5やったり、風邪引いたり、予想以上に長くなってまた遅れました。

ごめんなさい。・・・・・・・・・・なんか、いつも謝ってばっかだなぁ。

■>>彩花のツッコミ厳しいですね(笑)それと詩音が出なくて少し寂しかったです(泣)

多分に小説アニヴァーサリーの影響受けてます。俊に対して容赦がないのはそれなりの理由がありますが・・・。
まぁ、そのお話は次の機会に。

■>>毎回楽しみに読まして頂いてます。今回の話も良かったです。これからも頑張ってください。(ちなみに私は俊×彩花派です)

そう言って頂けるのが一番の原動力になります。ありがとうございます。
さてさて俊一は今のところ彩花に夢中ですが、(無自覚のうちに詩音に傾いてるかも)彩花自身は今のところアウトオブ眼中ってな感じですw