Memories Off Another
第23話
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たりぃ。ねみぃ。
毎朝のことながらそんなことを思いつつ電車を待つ。
結局昨日は桧月たちを別れて家に帰った後はすぐに寝た。
死んだように寝て起きたら夜の7時を回っていたわけだ。
智也との勝負があるからにはそれ以上の睡眠を取ることはなく、ひたすら勉強した。
ま、これも今日がテスト最終日と思えばなんてことはない。
とりあえず電車が来るまでのほんのわずかの間だけでも睡眠を取ろう。
そう思って目蓋を閉じる―――
「おはようございます」
せっかく閉じた目蓋をゆっくりと開けながら声のほうへと振り返るとそこには最近やたらと話す機会の増えた少女が立っていた。
自分から挨拶してきた割にはとくに笑顔も見せず、淡々とした表情で双海は俺の隣に並ぶ。
双海とここで会うときは無駄に早い時間が多い。俺にとって普段どおりの時間・・・つまり始業ベルのなる5分前前後に教室に着く
この時間帯で彼女に会うことは非常に珍しいと言えるだろう。多分。
「おはよう、今日はずいぶんとゆっくりなんだな」
「そうかもしれませんね」
「私も毎日図書委員の仕事をしてるわけではありませんから」
「そりゃ、そうだろうな。でも、双海ってなんとなく何も用がなくても早く学校に来てそうなイメージがあるけど」
俺が言うと双海は一瞬考え込むような素振りを見せ、
「・・・・・ご想像におまかせします。天野さんは逆にいつもギリギリまで学校に来なさそうですね」
正解。
「まぁ、早く行っても何か得するってわけでもないしな。俺はギリギリまで惰眠を貪るのが好きなんだ」
ふぁ、とあくびをしながら俺は答える。
「その割には随分と眠そうですど?」
双海のその声には若干楽しげな感じがする。
「今日はテストに備えて徹夜だ」
ついでに言えば惰眠はいくら貪ろうとも眠気が覚めることはない・・・と、思う。
「双海は今日のテスト自信あるのか?」
「・・・・・・さぁ、どうでしょう」
視線を向かいのホームへと移し、沈黙する双海。若干目が泳いでる気がしなくもない。
・・・・・・結構わかりやすいな、こいつも。
まぁ、これが演技とかならその限りではないが。
俺たちの間に沈黙が訪れたとき、ちょうど電車がやってきた。
「じゃ、またな」
「はい、ごきげんよう」
昇降口で双海と別れる。
別に俺の教室の前まで一緒に行ってもいいのだろうけど、流石にそれはちょっと気恥ずかしい。
双海もなんとなくそれを察してくれているのか、ここで別れることに特に疑問は抱いていないようだった。
どうでもいいが、俺が女の子と二人で登校するなんてシチュエーションがここ最近増えてるような・・・。
今までロクにそんな機会もなかったのに。
そう思うと妙な気分になる。別に何が変わったというわけでもないだろうに・・・・。
なんてこと考えながら靴を下駄箱に入れる。
「見たぞ、見たぞ、俊一くん〜」
「―――――うぉっ!?」
突然、背後からかけられた声。
慌てて振り向くとそこには気持ち悪いくらいニヤニヤした信が立っていた。
「ど、どこから沸いてきたお前は!?」
「まぁまぁ、そんなことはこの際どうでもいいじゃないか。それよりも・・・・・・」
動揺する俺をよそに信はがしっと俺の肩を掴み、まじめな顔で聞いてきた。
「おまえ・・・・いつのまに双海さんと話すようになった。そこら辺詳しく聞かせろ」
物凄い真剣な声だった。表情にもそれが見て取れる。
てっきり双海とのことを冷やかされるかと思っていただけにこの反応はかなり予想外だ。
「・・・・・いや、つい最近のことだが、なんでそんなに真剣なんだ」
つーか今の信からは妙な威圧感すら感じられる。何がこいつをここまでさせるのだろう。
俺が聞くと信はフッと寂しげな表情で笑う。
「オレさ・・・・彼女の隣の席なのに今まで一度もまともに会話したことないんだぜ?」
「・・・・・・・」
悲壮感漂う表情だが、俺の肩を掴んだ手にグッと力が込められる。
「それなのになんで、ロクに女子とも話さない、目つきの悪い無愛想かつ無遠慮なお前が彼女のほうから声をかけられ、
あまつさえ一緒に学校に繰るだと!?」
沈み込んでいた信の声がだんだんと熱を帯びてきた。
っていうかこいつ駅からずっと見てたのか・・・・。そもそも後半部分のセリフはさり気なく俺に喧嘩を売っているのだろうか。
――――否定はしないが。
「とりあえず遅刻するから後で話さないか?」
ちなみにチャイムがなるまであと1,2分しかないはずだ。
いまさら遅刻などどうでも言いといえばいいが、間に合っていたはずのものをわざわざ遅刻するのも馬鹿らしい。
「いいやっ!遅刻なんかより俺の話の方が重要だっ!吐けっ!!どうやって双海さんを誑かしたっ!?」
信は肩にかけた手を俺の襟に回しガクガク揺さぶってくる。その上物凄く人聞きの悪いことを口走ってくれる。
幸いあたりに人は少ないから良いものの・・・・。とりあえずこいつは人の話を聞く気がなさそうだ。
「ぐほぉっ!?」
俺は迷わず拳を信の鳩尾へと突き入れた。
「遅刻するからその話は放課後な。じゃ、先に行くな」
跪いて悶絶する信をよそに俺はそそくさと教室へと向かった。
俺が教室に入ると同時に校舎にチャイムが鳴り響く。
信が間に合ったかどうかは・・・・・・・ま、俺の知ったことじゃない。
中間最後のテスト。そしてHRが終了し、待ちに待った放課後へと突入する。
夕方からバイトが入っているがそれもそのときまでは置いておく。
ちらっと桧月のほうを見ると、クラスの女子達と何か話している。
・・・・まぁ、わざわざ声をかける必要もないか。
「お、やっと出てきたな」
そう思って教室を出ると予想通りに廊下には智也に信、今坂が待ち構えていた。
今回は音羽さんもセットだ。
「こんにちわ、天野くん」
「お疲れさん、その様子だとテストのほうはばっちりみたいだな」
「さぁ、どうでしょう?結果をお楽しみにってところかな」
俺が言うと音羽さんはにんまりと笑って、答えをはぐらかす。
とはいえ、その表情から見るにそれなりの手ごたえは感じているようだ。
「智也・・・・勝負の件は忘れてないだろうな?」
「フッ、当然だ・・・。結果を楽しみにして待ってるんだな。ハッハッハ」
「あぁ、お前に奢ってもらうのを楽しみにしてるさ」
智也と二人でニヤリと笑いあう。
今回は真面目に勉強しただけあって俺もかなりの自信がある。勢いで多少のハンデをつけてしまったものの、そうそう遅れはとるまい。
だが、それは智也も同じなのか、その表情は自身の勝利を確信しているかのようだ。
・・・・・・・その確信を突き崩すのがまた快感でもあるが。
「ね、俊くん。彩ちゃんは?」
「まだ中で話してるぞ。すぐに来るだろ」
今坂に答えて教室の中に目を向けると、ちょうど鞄を持った桧月が教室から出てきた。
「あ、みんなもう揃ってるんだね。今日はこれからどうするの?」
ちなみに補足しておくと、定期テスト終了後の放課後は俺、桧月、智也、信、今坂のメンツでささやかな打ち上げが恒例となっている。
音羽さんもきっと信と今坂あたりに誘われたのだろう。
「はいはーい、唯笑に提案がありまーす!」
真っ先に子供のように手を上げる今坂。・・・・・・・訂正。今坂は精神的に十分子供だった。
「詩音ちゃんも一緒に誘ったらいいと思いまーす!」
「はいはーい、信くんも大賛成でーす」
今坂の提案に真っ先に信が手を上げて賛成する。
どうでもいいが、お前ら廊下ではしゃぐのは一緒にいる俺が恥ずかしいからやめれ。
「詩音ちゃんって・・・・・双海さんのことだよね?私まだ話したことないんだよね」
「そうなの?」
俺が聞くと彼女は素直に頷いて言った。
「うん、彼女いつも教室にいないし、話す機会がほとんど無いんだ」
隣の席にいるあの信がろくに話したことも無いというくらいなら、転校してきた音羽さんが双海と話したことが無くても当たり前かもしれない。
もっともそんな双海の名前を覚えているだけでも俺にとってはある意味賞賛に値する。
俺だったら転校して1ヶ月やそこらで関わりの薄いクラスメイトの名前を覚えていることなど絶対に出来まい。
「唯笑もあんまりお話したことないよ?でもこの前、一緒にテスト勉強したからこの機会にもっと仲良くなっておこうと思って」
「さっすが、唯笑ちゃん。オレもその意見には賛成だな」
「オレは構わないぞ」
「わたしも別に反対はしないよ」
「わたしも詩音ちゃんと仲良くなりたいから賛成かな。あとは・・・・・」
そういった桧月の視線が俺に向けられ、つられるように他の皆の視線が俺に集中する。
「別に俺も構わないが・・・・・・・肝心の双海はどこにいるんだ?」
「またまたー、待ち合わせて学校に来てるくらいだから携帯の番号くらい知ってるんだろ?」
さらりと爆弾発言をする信。
俺が反論しようと口を開く前に周りの反応のほうが早かった。
「えっ!待ち合わせってホント!?」
「なになに、俊くんと詩音ちゃんってやっぱりそういう関係なの?」
「おまえ・・・・・・いつの間に」
「へぇ・・・・・天野くんもすみに置けないんだね・・・・・」
「いや、違うから」
今坂、智也、音羽さんの反応はともかくとして、桧月の「やっぱり」とかはかなり心にグサッとくるんですがっ。
そのうち泣くぞ、俺が。
俺は心の中で涙しつつ、ため息をつきながら言った。
「双海とはたまたま偶然会っただけし、待ち合わせなんてしてない。当然、携帯の番号など知らん」
勝手に勘違いして勝手に誤解するのは、いい加減勘弁して欲しいぞ。
「使えない奴だな、おまえも・・・・」
「信にだけは言われたくねぇ」
好き勝手言う信を睨み付けるが、長年の付き合いだけあってその程度で動じる気配は無い。
「えー、それじゃあ詩音ちゃん誘えないよー」
縋るような目で俺を見る今坂。
「俺に言われても困る。図書室でも見てくれば?運が良ければいるかもな」
「あ、そっか。詩音ちゃん図書委員だもんね」
「・・・・・・・・・・なんだよ」
桧月は俺のことを見て何やらニヤニヤした笑みを浮かべている。
それが意味するところを察して俺はますます泣きたい気分になってきた。
くそぅ、片思いの相手に完全にアウトオブ眼中ってツライなぁ。
「善は急げだ。早く図書室行こうぜ」
「あぁ、さっさと行ってこい」
逸る信を俺は冷たくあしらう。
だが、そんな俺に皆が「何言ってるんだ、こいつ?」的な視線を向けてくる。
「何言ってるの?ほら、俊くんも早くいこ?」
桧月に視線だけでなく実際に口に出されて言われた。
「・・・・・・・なんで俺が?」
「だって、双海さんと一番仲が良いのは天野くんなんでしょ?」
「オレたち双海とまともに会話したのはこの前が初めてだし」
音羽さんと智也のダブルコンボ。
「・・・・・・・・」
「そういうことだ。さっさと行こうぜっ!」
「そうそう。善は急げだよっ」
「・・・・・うぐぅ」
反論する余地もなく今坂と信に引きずられるように俺は図書室へと連行されていった。
テスト期間が終わり、普段どおりに人のいない図書室に彼女は当たり前のようにそこに座っていた。
今坂と桧月に両脇を固められ、俺の背後には信が陣取る。
なんとなく理不尽なものを感じながら立ち尽くす俺に気づいて、双海は顔をあげる。
「こんにちわ。・・・・・・・どうかしたのですか?」
明らかに本を借りに来たわけはない、俺たちの様子を見て不審に思ったのだろう。
双海の顔には訝しげな表情が浮かんでいる。
「あー、とだな・・・・その・・・・なんだ」
「ほら、早く言えよ」
背後の信に急かされる。
そんなにせかすなら人に頼らずに自分で言えっつーに。
両脇の二人にもその視線で急かされる。
なーんで、こんなことになってるんだろう。
「俺らこれからテスト終了の打ち上げに行くんだけどさ、良かったら双海も一緒に行かない?」
「・・・・・・私が、ですか?」
「うん、詩音ちゃんもこの前一緒に勉強したじゃない?だからこの機会にもっと詩音ちゃんと仲良くなりたいなって思って」
「・・・・・・・・残念ですが図書委員の仕事がありますから」
一瞬、考え込むような素振りを見せたものの、双海は無関心そうな顔で淡々と言った。
「んー、そっかぁ・・・それじゃあ仕方ないよね・・・・」
図書委員としたれっきとした理由がある以上無理に誘うことは出来ない。
流石の今坂も今回は駄々っ子戦法を使うわけにはいかないらしい。
「あ、だったら、図書委員の仕事が終わってからでもいいから途中で合流してくれない?どうせオレ達夕方過ぎても集まってるからさ」
つれない双海の態度に慌てた信が話に割り込んでくる。こいつはこいつで必死だな。
つーか、それ以前に、俺は夕方からバイトなんだが・・・・。
「・・・・・・・・」
「あ、これ俊の携帯の番号。気が向いたらいつでもかけてよ」
双海が返事をする前に携帯番号を書いたメモを双海に渡す。
双海は無理やり渡されたメモと俺の顔を無表情に見比べる。
・・・・・・・・・・ん?
「いや、待て。なんで俺の番号なんだ」
「だって、オレらの中で一番双海さんと親しいのはおまえだろ?だったらおまえの番号を渡すが一番双海さんが気兼ねしないですむだろ?」
「そーいう問題じゃない。なんで俺の番号を許可なく人に教えるんだよ?」
根本的に間違ってる。
「まぁまぁ、そうカタイこと言うなって。別に双海さんがおまえの番号を知ったって害があるわけじゃないんだし。
じゃ、双海さん。そーいうことなんで気が向いたらよろしくね」
自分の言いたいことを言うと信は俺が止める間も無くさっさと図書室から出て行ってしまう。
「あの野郎・・・・・・・」
「あはは、まぁ信くんも悪気があるわけじゃないから、そんなに怒らない、怒らない」
「悪気があってやってたらとっくに知り合いやめてるけどな・・・・」
ポンポンと肩をたたく桧月に俺は脱力しながら言った。
「あの・・・・・ご迷惑ならこれはお返ししますけど」
そんな俺の様子を見かねたのか、双海がおずおずとメモを差し出してきた。
「いや、それは別にいいよ。あのバカが言ったとおり別に双海が俺の番号知ってても問題があるわけじゃないからな。
双海のほうで差し支えなければ貰ってくれ」
「・・・・・・・・・・・・はい」
「じゃ、あんまり智也たちを待たせても可哀想だし、私達もいこっか」
「・・・だな。あんまり長居しても双海の邪魔になるだけだろうし」
「・・・・そんなことないのに」
「ん?何か言った?」
小声で双海が何か言ったような気がしたが・・・。
「いえ、何でもありません」
「詩音ちゃん、今日来れなくても今度は絶対に行こうね」
「もちろん、今日だって都合が良くなったらいつでも連絡してね。私達も待ってるから」
桧月さん?連絡されるのは俺なんだが。
「と、いうわけだ。気が向いたらいつでも連絡してくれ」
苦笑しながら俺もそう言った。
確かに俺も双海と一緒にいたくないわけじゃないしな。
「・・・・・・・はい」
静かに頷く双海を後にし、俺たちは図書室を後にした。
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Up DATE 04/9/15