GSと魔法使い(仮)
ヴァンパイア・パニック! その1
「貴様……何者だ?」
金髪の美女、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは困惑していた。
サウザウンドマスターによって掛けられた『登校地獄<インフェルヌス・スコラステイクス>』の呪い。
この呪いのおかげで最強の吸血鬼としての強大な魔力は封じられ、15年間女子中学生として麻帆良学園で過ごす羽目になってしまった。
呪いを解くためにはサウザンドマスターの血縁であるネギ・スプリングフィールドの血が大量に必要である。
その為に、大量の電力を使用することで自らの魔力を封じている結界を、今回の大停電を利用して時間制限付きではあるが無効化した。
クラスメイトの佐々木まき絵を半吸血鬼化し、ネギへの宣戦布告も行い、全ての準備は終えた。
長らく封じられていた強大な魔力を取り戻した高揚感とネギ・スプリングフィールドとの戦いへの期待。
座してこの場でネギの登場を待つだけのはずだったのに予想外の事態が起きた。
それが突然現れた目の前の男。
一見したところ学ランを来た間抜けな顔をしたボンクラな高校生にしか見えない。
だが、この男は自分の目の前で開かれた空間の穴を通って現れた。
通常の方法では強力な結界を張ってあるこの麻帆良学園都市内に転移など不可能なのだ。
間抜けな外見で判断することはできないとエヴァンジェリンは直感し、油断無く目の前の男を見据える。
が、不意にその姿が掻き消える。
「なっ!?」
最強の吸血鬼たる自分がその姿を見失ったことに驚愕する間もなく、次の瞬間には男が目の前に現れていた。
「ずっと前から愛してましたーっ!!」
ぎゅっとエヴァの両手を握って叫んだ。
そりゃ、もう力の限りに。
「…………」
エヴァの思考が停止した。
それはそうだ。
エヴァにとってこんな行動は予想外どころか常識の斜め遥か上を通り過ぎていた。
「ボクっ!横島忠夫っ!彼氏いるっ!?電話番号はっ!?」
「わぁっ、バカっ!押し倒すなっ!って、貴様どこに手を……やんっ!」
煩悩に支配された横島は本能の赴くままにエヴァを押し倒し、そのふくよかな体へと手を伸ばし始めた。
「って、いい加減にせんかああぁっーっ!!」
流石に貞操の危機を感じたエヴァは正気に戻り、横島を全力で蹴り飛ばす。
「あぁっ、軽いスキンシップなのにっ!」
蹴り飛ばされた横島はそのまま壁へとめり込んだ。
エヴァは肩で息をしながらその様子を見届ける。
「はぁ……はぁ……、なんなんだ、こいつはっ!」
その登場の仕方、自分ですら追えなかった動き、そして今のセクハラまがいの行動。
この横島忠夫と名乗った男は自分の常識の範疇に無い。
大事の前の小事とするには、あまりに予想外の闖入者であった。
「あてて、なんちゅー蹴りだ」
「っ!?」
壁にめり込んだ横島が何事も無かったかのように這い出る様はエヴァをまたしても驚かせる。
何しろさっきの蹴りは唯の蹴りではなく、自分の魔力を込めた全力の蹴りだったのだ。
並みの人間なら起き上がるどころか下手をすれば再起不能になるところだ。
「貴様……転移といい、さっきの動きといい、一般人ではあるまい……何者だ?」
こちらがそう聞いたところで簡単に自分の正体を吐露するはずがないだろうがな、と思いつつ問いかけた。
「ふふっ、何を隠そう、こう見えてボクッ、ゴーストスイーパーなんですっ!」
キラリンと、歯を光らせながら爽やかな笑顔を浮かべる横島。
似合わないことこの上ない。
「…………」
あっさりと白状した横島にエヴァは物凄い勢いで自分が脱力していくのを実感した。
「ゴ、ゴーストスイーパーか。なるほど、退魔を生業とするものが最強の吸血鬼たる私を倒して名声でも得ようとでもいうのか?浅ましい奴め」
相手が悪霊や妖怪を退治することを生業とする者と知り、フフンと、悪の魔法使いとしての自分を取り戻す。
賞金首として名を馳せた頃、自分に襲い来るものは魔法使いだけなく、エクソシストや退魔士なども数多くいた。
15年前、サウザウンドマスターに敗れて以来、賞金は解除されたが自らの名を上げるために自分を倒そうとするものがいてもおかしくはない。
それほど自分は闇の世界でその名を轟かせていたのだから。
GSを名乗る以上、この男もそのクチだろう。エヴァはそう判断した。
もっとも本当にそうならばいきなり自分を押し倒したりするはずはないのだが、横島の奇行にエヴァの思考は一部混乱しているようだ。
「へ、吸血鬼?誰が?」
エヴァの判断は即座にその言葉で否定された。
「私だっ!真祖にして最強の魔法使いっ!人形使いっ!闇の福音っ!不死の魔法使いっ!エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルッ!」
全力で叫んだ。
度重なる肩透かしをくらい、エヴァの堪忍袋の尾も切れ掛かっているのだろう。
「人形使い……闇の福音?おねーさんが?」
「ククっ……そうだ。貴様も裏の人間ならその名を聞いたことぐらいあるのだろう?」
驚いたように呟く横島に溜飲を下げたのか、不敵な笑みを浮かべるエヴァ。
「ハッハッハッハッ!」
横島は高らかに笑い、胸を張って答えた。
「全く知らんっ!」
「あぁ、マスターが落ちた」
今まで黙って成り行きを見守っていたメイドの一人、絡繰茶々丸はコケたエヴァが屋根から落下したのを見て流石に慌てふためく。
「ふ、ふざけてるのか、貴様っー!!」
が、幸いにも激昂したエヴァがすぐにお湯から顔を出すのを見て、茶々丸は安堵のため息を漏らす。
一方、完全に頭に血が上ったエヴァは怒りの余り、幻術が解け、本来の姿である10歳の容姿を曝け出していた。
「なっ!?」
今度ばかりは驚いたのは横島のほうだった。
絶世の美女が途端に幼い少女へと変わったのだ。横島にとって、それは重大な事実を意味する。
ギギギ、と動きがぎこちなくなる。
「そ、それがお前の正体か……?」
横島が動揺したと見たエヴァはニヤリと笑みを浮かべる。
「フン、そーだ。恐れ入ったかっ?」
エヴァからチラリと屋根の上のメイド5人へと目を向け、再びエヴァへと視線を戻す横島。
「お……」
「お?」
わなわなと震える横島を怪訝な顔で見やる。
「俺はメイド好きな変態幼女なんかに声かけてしまったのかあぁぁぁぁっ!?」
勿論、横島の叫びはエヴァにとって予想だにしない言葉であり、かつ看過することのできないものであった。
「誰がメイド好きの変態幼女かあぁぁーっ!?」
「おまえじゃあぁぁぁぁっ!!」
額をグリグリと付き合わせた二人の絶叫が大浴場に響き渡る。
横島が血の涙を流していることなどは些細なことだろう。
「あぁ、マスターがとっても楽しそう」
そんな二人を茶々丸はとっても生暖かい視線で見守っていた。
「クククッ、横島忠夫とか言ったな?この私をここまでコケにしてくれたヤツは久しぶりだよ」
ゆらりと、エヴァから黒いオーラが立ち昇る。
「へ?」
エヴァの雰囲気が変わったことに気づき、腰が引ける横島。
「殺すっ!貴様だけは絶対殺すッ!この手でくびり殺すっ!!氷爆<ニウィス・カースス>!!」
プッツンしたエヴァが右手を差し出すと同時に大量の氷が出現し、凍気と爆風が横島へと襲い掛かる。
「のわーっ!?」
常人離れした反射神経でそれをかわす横島だが、その背後にあった大浴場の壁が圧倒的な威力で破壊され、大穴を開いていた。
「ひ、ひえぇっ!?直撃したら死ぬっ!?」
タフさに定評のある横島とはいえ、その破壊力に冷や汗を流さずにはいられない。
「クククッ、避けたか。いいぞ、獲物は逃げるほうが狩りは楽しめる……っ!行けっ!我が下僕達よっ!」
エヴァが冷笑を浮かべ、指をパチンと鳴らすと、屋根の上に控えていたメイドの少女、佐々木まき絵、大河内アキラ、和泉亜子、明石裕奈の四人が横島へと襲い掛かる。
「な、なんだぁーっ!?」
美少女4人に迫られる構図は、横島にとって本来喜ばしいものではあるが、悲しいかな、彼女達は横島のストライクゾーンよりやや下の年齢だ。
まぁ、プロポーション的にはヒットする少女もいないではなかったが。
とはいえ、いつもの煩悩を爆発させるには、状況が悪すぎた。自らが陥った状況も理解できないまま、横島特有の奇怪な動きで少女達の拳や蹴りを次々へとかわしていく。
「この子達、吸血鬼化してるのかっ……?」
クスクス笑いながら襲ってくる少女達の人間離れしたスピードにかつて吸血鬼化した自分がダブる。
その証拠のように彼女らの口には牙のように尖った犬歯が見受けられた。
正確には彼女達は完全に吸血鬼化したのではなく、半吸血鬼化なのだが、元よりGSとして知識が不足気味な横島がそこまで分かるはずもない。
少女達の瞳からは意思の光は感じられない。
自分が吸血鬼化したときは意識はあったが、それは吸血鬼による個体差によるものなのか、別の術によるものなのか。
横島の知識で吸血鬼化を解除する方法は大ボスである吸血鬼を他の吸血鬼が噛み、秩序を崩壊させるものしかない。
(と、いうことは自分の意識を取り戻させれば……いや、取り戻しても命令されたら逆らえんもんなー。うーん、どうしたもんか)
と、思考した末に一つの結論を出す。
「戦術的撤退ーっ!!」
くるりと背を向け、エヴァが開けた穴から一目散に外へ逃げ出した。
「クククッ、貴様は私が殺すと言ったはずだ……っ!逃がすなーっ!!!」
怒りに震えるエヴァはまき絵たち4人に後を追わせ、自らも飛んでその後を追う。
「あ、マスター」
「エヴァンジェリンさん!!」
ネギが勢いよく大浴場へと飛び込んできたのはその直後だった。
「…………あ、あれ?」
ネギが目にしたのはエヴァの破壊の後とぽつんと一人佇む茶々丸だけだった。
UP DATE 08/1/25
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