ROUND10「少女との約束」
ワールドGPXペルー第2戦決勝スタート4時間前―――
「ふうっ・・・・・・。あと少しで決勝スタートか・・・・・」
緊張した面持ちで腰掛ける祐一。
既に第2戦の決勝スタート時刻は刻一刻と迫っている。
「まぁ、そんなに緊張する必要はないわよ。カノンのセッティングデータもばっちりだしね」
そう言って七瀬は祐一に向かって軽くウインクしてみせる。
「そうよぅっ!真琴がバージョンアップしたカノンは無敵なんだからっ!泥舟に乗った気でいなさいよ」
「真琴、それを言うなら大船の間違いですよ。泥舟じゃ沈みます」
「あぅー・・・・・」
美汐の突っ込みに小さくなる真琴。
「それにお前一人でやったわけじゃないだろ・・・・・・・ま、頼もしいことには変わりないけどな」
「えへへ〜。そうでしょ、そうでしょ」
コロコロと表情を変える真琴に苦笑しながら、祐一はカノンへと目を向ける。
いつもの白ではなく、黄土色のボディに身を包みんだ「ラリーカノン」。
アンダーガードやリヤウイングを大型化し、ボディ剛性もアップし、エンジンをVer.2に変更されている。
今回のコースは、アンデスの山岳を一晩をかけて走破する平均標高3000メートルを超える高地を走りぬく過酷なラリーコースだ。
前戦のグランドキャニオンコースと異なり、その全行程がオフロードコースとして成り立っている。
コースの路面は起伏が激しく、サスペンションにかかる負担は大きい。
また、標高の高い地形のため、空気は薄く、エンジントラブルも起きやすい。
その為にカノンを夜間および高地の走行に適応させなければならなかったのだ。
「それにしても名雪さん・・・・・今回のレース見にこれないなんてちょっと可哀想ですね」
口に人差し指を当てながら言う栞だが、祐一は仕方がないといったふうに肩をすくめる。
「ま、あいつは自分のマシンのシェイクダウンがあるからな。第3戦に間に合わせるためには仕方ないだろ」
そう、名雪は今この場にいない。
なぜならば、名雪用に開発しされたマシンがようやく完成し、日本でシェイクダウンを行っているのだ。
時差を考えると眠っている可能性もあるが・・・・・・・。
「名雪さん、日本に帰るとき凄く寂しそうだったんもんね」
実際にマシンが完成し、名雪が帰国したのは3日ほど前のことで、そのときのことを思い出すあゆ。
一人、帰国することになり、直前まで文句を言って唸っていた名雪は祐一の「いちごサンデーおごる」の一言であっさりと納得してしまった。
あまりの変わり身の早さに苦笑しつつも名雪らしいと思う祐一だったが、おごる数を限定しなかったおかげで、
後で後悔するハメになるのだが、それはまた別の話。
「これが今回のターゲット、カノン。決勝であのマシンを仕留めればいい」
「あんたには借りがある。借りたもんはちゃんと返すよ。久瀬さんよ」
久瀬と呼ばれた男はその言葉に鷹揚に頷き、口元に笑みを浮かべる。
普通の人間が見れば程度の差はあれ、不快感を感じるような笑みだ。
久瀬と話しているのはミッシングリンクチームのレーサー北川潤。
彼は以前、事故で左腕を失っており、レース用に開発された義手「サイボーグアーム」を使用している。
「このコースでクラッシュさせればカノンのコンピューターを確実に手に入れることができる。
君の腕には大金がかかったんだからね・・・・・期待しているよ」
「・・・・・・・・・・・」
北川はそれにたいして無言で応じ、その場から離れていった。
その顔には苦悩の色がありありと浮かんでいた。
(奴に借りがあるとはいえ・・・・・こんな汚れ役をやるなんてな・・・落ちぶれたもんだ)
そして、北川を影から見つめる人物が一人―――ナイト・シューマッハだ。
「久瀬に北川くんか・・・・・・注意だけはしておいたほうがよさそうね・・・・」
「さて、と・・・・・・」
「どうしたの?祐一くん」
不意に立ち上がった祐一にあゆが声をかける。
「ちょっと、散歩いってくる」
「でも、今日のレースは夜を徹して走るんだから、もっと休んでいたほうがいいわよ」
秋子に言われた祐一はそれに軽く頷くものの、その表情が僅かに歪む。
「駄目なんですよ・・・・・じっとしてるとこの間のリタイヤを思い出しちゃって・・・・・・だから、ちょっと気分転換に行って来ます」
そういって、祐一は秋子がそれ以上何かを言う前にトランスポーターを出て行ってしまう。
「あ、私も行きます!」
「ボクもっ!」
「真琴もっ!・・・・・ぇぐっ!」
祐一に続いて栞とあゆもそれに続き、真琴も飛び出そうとしたが、むんずとその襟首をつかまれる。
「あんたはダメよ。カノンの整備が残っているでしょ」
言うまでもなく、襟首を掴んでいるのは七瀬だ。
「あうっー。みしお〜」
「ダメです」
「あぅ・・・・」
「しっかし、ホント凄いにぎわいだよなぁ」
パドックを見回しながら歩く祐一はその人数に驚いている。
クスコ――ラパス間を走破するこのレースではここはあくまでスタート地点に過ぎない。
にもかかわらずパドックはレース関係者だけでなく、多くのギャラリーで埋め尽くされている。
「そうだね、あっ!タイヤキ屋さんがあるよっ!」
言うやいなや、突然走り出し、人ごみの中に消えていくあゆ。
「いっちゃいましたね・・・・・」
そのあまりの素早さに呆然とする栞。
「ああ・・・・・惜しい奴をなくしたもんだ」
「えっと・・・・・・それはちょっと酷いんじゃないんでしょうか?」
「まぁ、それはそれでこの際気にしないでおこう。運が良ければスタート前には戻ってくるだろ」
「運が悪ければ・・・・?」
「警察の厄介になってるだろうな、多分」
即答だった。
そして遠くで聞こえてくる、うぐぅの叫び声。
「さ、いこうか」
「そうですね。起きないから奇跡っていうんですから」
そして何事もなかったかのように歩き出す2人。
その後、しばらく何事もなかったかのように会話し、歩く2人だったが、ふと栞が足を止める。
「どうしたんだ?]
「え、と、ですね。あの子、どうしたのかなって」
栞の視線を辿っていくと、車椅子の少女へと辿り着く。
特徴的なツインテールの髪が目を引く小柄な少女だ。
年齢は祐一より下・・・・・栞と同じくらいだろう。
誰かとはぐれたのだろうか、しきりに辺りを見回して誰かを探しているようだった。
「あの、どうかしたんですか?」
その様子を見かねて、栞が遠慮がちに声をかける。
「え、あ、あの・・・」
少女は突然声をかけられて、戸惑っているようだった。
「いや、なんか困ってるみたいだからさ」
祐一が穏やかな口調だったからか、少女はいくらか落ち着きを取り戻したようだ。
「すみません。ちょっと友達とはぐれちゃって・・・・・あ、わたし、伊吹みなもっていいます」
「俺は相沢祐一。で、こっちが美坂栞。で、その友達ってどんな子なの?良かったら探すの手伝うけど」
「えーと、髪が長くて綺麗な人ですよ。わたしよりも一つ年上なんですけど・・・・」
「髪が長くて綺麗・・・・・・か」
「あ、みなもちゃん!」
栞と祐一が辺りを見回すのと同時にこちらへ向かって駆け寄ってくる少女がいた。
「彩花ちゃん」
彩花と呼ばれた少女はみなもの所まで辿り着くと安堵の溜息をつく。
「もうっ、心配させないでよね。せっかくここまで来て迷子になるなんて、唯笑ちゃんじゃないんだから・・・・」
「ごめんね、心配かけちゃって」
「無事だったらいいんだけどね・・・・・・この人たちは?」
頭に?が浮かんでそうな顔で視線を祐一達に向ける彩花。
「うん、相沢祐一さんと、美坂栞さん。一緒に彩花ちゃんを探してくれようとしてたんだ」
「まぁ、探そうとしたところに本人が来ちゃったから結局は何もしてないんだけどな」
「相沢・・・・・祐一さん?って確か・・・・・・富士岡GPXで初めてのサイバーでいきなり入賞しちゃったあの相沢さん!?」
「え?あ、ああ・・・・・そうだけど」
「わ、すっごぉい。本物だぁ!わたしサイバーのレーサーに会うの初めてなんです!
あ、わたし、みなもちゃんのいとこで桧月彩花っていいます。せっかくですからサイン貰えますか?」
「え、え?あ・・・・・はい。俺なんかのでよければ」
かなり興奮気味の彩花にうろたえる祐一。
今までにサインを頼まれたことなんかないのだから、ある意味当然の反応だ。
「これで・・・・いいかな?」
慣れないサインをなんとか書きながら彩花に渡す。
「はい、ありがとうございます!」
素直に喜ぶ彩花に祐一はどうも落ち着かない様子だ。
ただ単に照れてるだけだろうが。
「彩花ちゃん、相沢さんてもしかして凄い人なの?」
「うん、なんていったって、始めて走ったサイバーでいきなり3位入賞なんだよ。
第1戦じゃ、リタイヤしちゃったけど、絶対に凄いレーサーになると思ってるんだ、わたしは」
「へぇー、そうなんだ。わたしもサイン貰っちゃおうかな」
「いや、そこまで誉められると・・・・なんか照れるな・・・・」
「・・・・・・祐一さん、鼻の下伸びてますよ・・・・」
栞の零下まで達しそうな冷たい視線が祐一に突き刺さる。
「お、おほん!それはそうとして桧月さんは随分サイバーが好きみたいだね」
わざとらしく咳払いをして話題を変えようとする祐一。
「はい、レース見るの大好きなんです。今回はたまたま懸賞でチケットが当たったんで」
「伊吹さんもレース好きなんですか?」
「いえ、わたしはあんまり見ないんですけど・・・・・・わたし、昔から体が弱くて・・・・入退院を繰り返してたんです。
だから、こういうところに来ることってあんまりなかったんで、つれてきて貰ったんです」
「そうなんですか・・・・・・」
栞の表情にはみなもに対する理解の色が浮かんでいる。
栞も今でこそ元気だが、昔は体が弱くみなもとおなじように入退院を繰り返していたからだ。
「それとわたしに敬語使うのやめて貰えますか?あんまりそういうのって慣れてなくて」
「じゃ、みなもちゃんもそうしないといけないですね。わたし達って多分同い年ぐらいですから。じゃないとわたしもみなもさんって呼びますよ?」
「それはいやですぅ・・・・・じゃなくっていや・・・だよ」
「くくっ・・・・っ・・・あははは」
そんなみなもの様子がおかしかったらしく祐一は声を上げて笑い出す。
彩花のほうも同じらしく、笑いをこらえてるようだ。
「祐一さん!なんでそこで笑うんですかっ!?そんなことする人嫌いですよっ!」
「彩花ちゃんも!もうっ・・・・」
「あはは・・・・・だって2人ともなんかおかしいんだもん。あははっ・・・」
笑いの発作を抑えきれない祐一と彩花に頬を膨らませる栞とみなも。
会って数分ほどしかたってないが、4人はすっかり打ち解けていた。
「それでね、あの画材は・・・・」
「え、でもそれはあれじゃない?」
すっかり打ち解けた栞とみなもは今ではお互いの共通の趣味である絵の話題に入っている。
「しっかし、あの二人随分盛り上がってるなぁ・・・・・」
境遇も似ていたせいか、もう昔からの親友のように話している二人を見て祐一は呟く。
「うん・・・・最近みなもちゃんあんまり元気なかったんだ。あんな楽しそうなみなもちゃん見るの久しぶり」
「そうなのか?そんなふうに見えなかったけどな」
「実はね、みなもちゃんの足・・・・本当はもう、治ってるんだ。正式に退院できたのはついこの間なんだけど」
「・・・・・・え?」
「もともとはね、病気の手術の後遺症で歩けなけくなっちゃったんだけど、
それは一時的なものでお医者さんの話だとみなもちゃんさえ、その気になればもう歩けるんだって」
彩花の話を祐一は複雑な表情で聞いていた。
「ただ、みなもちゃんはいくら言っても自分で立とうとしないんだ・・・・・。病気は治ってもやっぱり怖いんだと思う・・・・」
「歩く勇気・・・・・・・か。・・・・・・・・・よしっ」
空を見上げ遠い目をしていた祐一だが、意を決したように頷く。
そして少し離れたみなもたちのところへ歩いていく。
「みなもちゃん」
「はい?」
いきなり祐一に話し掛けられてきょとんとするみなも。
「桧月さんから聞いたんだけど、みなもちゃんってつい最近退院したばっかなんだろ?それでちょっと提案があるんだ」
「提案・・・・ですか?」
「ああ、退院祝いとして、俺は今日のレースで6位までに入賞してみせる」
「えっ!ほんとですか?」
レースに疎いみなもでも6位入賞がそれなりに難しいということぐらいは知っている。
「ああ・・・・・その代わりといってはなんだけど・・・・」
そこまで言って、ちょっと言いづらそうに目を伏せる。
「もし、俺が6位入賞できたらみなもちゃんも歩いて見せてくれないか?」
「えっ・・・・・・」
「桧月さんから聞いたよ・・・・足のこと・・・・・」
「・・・・・・・・」
足のことを言われて驚いた表情を見せたみなもだが、すぐに顔を伏せ、俯いてしまう。
「ちょっと、祐一さん・・・・・」
だが、祐一は栞の言葉を手でさえぎり、続ける。
「このままで良いとは自分でも思ってないだろ?」
「・・・・・・わかりました」
みなもの小さな声に祐一の顔に明るいものが走る・・・・・・・が、
「ただし、6位じゃなくて3位です。表彰台に上がったらわたしも歩いて見せます」
「いっ・・・・さ、3位?・・・う、うーん」
6位入賞もほとんど思いつきだけで言った祐一に3位入賞は難しい。
無論、狙っていないわけではないが、第1戦での結果も考えるとやはり容易ではない。
「・・・・やっぱり無理ですよね・・・・」
考え込む祐一の顔をみて、自分の提案が無茶なことだったと思う。
「いや、そんなことはない!よし!みなもちゃんの退院祝いは俺の3位入賞だ!」
みなもの暗い表情をみて、自分の弱気な考えを打ち払う。
「え、でも・・・・・・」
本当にできるんですか?――とみなもの視線は訴えていた。
「大丈夫、約束する!指きりしよっか」
「・・・・・はい」
祐一が差し出した小指にみなもも静かにその小さな指を絡める。
「俺は絶対に3位入賞してみせる・・・・!約束だ!」
祐一は力強くその言葉を誓うのだった。
スタート時刻が迫ってきた為、チームに戻ろうとしている祐一。
栞はまだもう少しみなもたちと話してから戻るということで一人で歩いている。
「相沢くん」
祐一を呼び止める声。
「振り返るとナイト・シューマッハが立っていた」
「何、状況説明してるのよ」
「いや、別に」
と、言う割には祐一の顔には何でこいつが俺に話し掛けてくる?と言いたそうな疑念が浮かんでいた。
第1戦で言われたこともあって、祐一はあまりシューマッハのことをあまり快く思っていなかった。
「俺に何か用?」
こちらには何もないと言ったような感じだが、シューマッハはそれを無視して続ける。
「一つだけ忠告があるわ。北川潤に気をつけなさい。彼は荒っぽいドライビングをするから」
それだけ言うとシューマッハはすぐに踵を返して去っていってしまった。
「・・・・・なんなんだ?一体・・・・・」
無論、祐一の疑問に答える者はいなかった。
そして、いよいよ第2戦ペルーラウンド決勝がスタートしようとしていた。
2ヒート制のこのレースはスタート地点のクスコから中継地点であるプーノまでが前半戦。
プーノには各チームのトランスポーターが先回りし、マシンを整備。
その間にドライバーは休息をとり、最終ゴールであるラパスまでの後半戦へと望むのである。
当然、極端に高い標高のため、空気も薄くマシンのコックピットには酸素ボンベが欠かせない。
また、丸一晩たった一人で走りぬくという、精神的にも肉体的にも―――マシンにとっても過酷なレースである。
STARTING GRID *順位*ゼッケン*ドライバー名
1*1.ナイト・シューマッハ
2*23.倉田佐祐理
3*21.住井 護
4*7.川澄 舞
5*5.折原 浩平
・・・・・・・・・・・・
7*13.北川 潤
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
14*30.相沢 祐一
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
「栞、うぐぅは戻ってきたか?」
スターティンググリッドについたカノンの中で無線を通じてあゆの安否(?)を確かめる。
「うぐぅじゃないよっ!ボクをおいていくなんて酷いよっ」
「いや、あれは置いていったんじゃなくて、おまえが勝手にいなくなっただけだろ」
「うぐぅ・・・・・祐一くんボクのこと嫌い?」
「そんなことは全然ないぞ」
(からかうと面白いだけだ)
と、心の中で付け足す。
「とにかく間に合ってよかったじゃないか。そっちはスタートしたらすぐにプーノに向かうんだろ?頑張れよ」
メカニックの邪魔をしないようにな、とあゆには聞こえないように呟く。
「うん!祐一くんも頑張って!プーノで待ってるからね」
「おう、まかせとけ」
シグナルが赤から青に変わり、24台のマシンが一斉にスタートしていく。
「相沢さんは出だし好調。カノンの調子も問題ありません」
「では、私たちもすぐに出発しましょう。栞ちゃんにヘリに連絡お願いね」
「はい!」
秋子は美汐の報告に頷くとすぐに指示を出していく。
中継地点であるプーノに先回りするために各チームのトランスポーターはそれぞれ専用のヘリとドッキングすることが可能なのだ。
次々とヘリがトランスポーターをドッキングし、プーノへ向けて飛び立っていく。
夕日がペルーの大地を照らし、シューマッハを先頭に次々とマシンが疾走していく。
間もなく夕日も沈み、零下45℃の世界が闇を支配していく。
過去3年間の完走率は32%。
果たして闇を潜り抜け暁のゴールへは何人が辿り着くのか・・・・・・。
2002/5/3
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間隔あけすぎです・・・・(汗)