「・・・・・まったく、秋子さんも無茶をいうなぁ」
「・・・・無駄口を叩いてる暇はない」
「・・・・はいはい」
「あははーっ、二人とも仲が良いですね」
現在、祐一達はヘルキャットを含む偵察部隊がようやく発見した施設――鉄竜騎兵団の基地に潜入していた。
潜入メンバーは祐一、舞、佐祐理の3人。
身体的能力、状況判断能力等を考慮しての少数精鋭の選抜である。
(香里、美汐も条件にあてはまるのだが、残ったメンバーの指揮兼お守りとして、基地付近に待機している)
「さて・・・・・どれだけの情報が得られるか・・・」
祐一達が潜入した施設は基地といっても古代遺跡を利用したもので、
地理的にはそれほど大した重要性も持たず、戦闘用の設備が整っているわけでもない。
強いて言えばそれを利用して実験場、あるいは研究施設的な意味合いが強いと予想されている場所だ。
「メインコンピュータのある場所がわかれば手っ取り早いんだが・・・そうもいかないか」
戦闘用の設備が整えられていないと言っても警備がずさんなわけではない。
そこかしこに監視カメラが設置され、定期的に警備兵が見回りをおこなっている。
ロクに情報もないままの潜入作戦だが、そもそも敵に関する情報が皆無と言ってもいい。
その状況を打開する手立てを得るのに手段を選んではいられなかった。
「とりあえずは奥に進むしかないか」
祐一の声に舞と佐祐理も頷く。
3人は警備の目を掻い潜り、奥へと進むうちに一つの区画へとたどり着いた。
「・・・・・この施設のサブコントロールルームみたいですね」
この区画の警備兵含む4人は舞の手によって既に地に伏している。
「さて・・・・上手く情報を引き出せればいいんだが・・・・・」
舞が倒した警備兵や研究員を拘束している間に祐一と佐祐理が基地のデータベースへとアクセスを試みる。
「パスワードロック・・・・解除。さすがに聖さんお手製のセキュリティクラッカーは強力ですねー」
「・・・・本当になぁ。普通こんな瞬時にセキュリティなんざ突破できないはずなんだが・・・・」
本来ならば解析と突破にかなりの時間が要されるであろう作業がほんの数瞬で行われたのだ。
二人は改めて聖の技術者としての能力に驚かされる。
「二人とも口より手を動かして」
コンピュータの扱いがあまり得意でない為、見張りに徹している舞は二人の会話に口を挟む。
「いや、ちゃんと動かしてるだろ」
舞のほうは向かずに声だけで答え、作業を継続する祐一だが、佐祐理がその後をやんわりと続ける。
「あははーっ、舞は自分が除け者にされた気になって拗ねてるだけですよ」
「なんだ、そうだったのか。それならそういえばいいのに」
「・・・・・ぽんぽこタヌキさん」
作業を続けながら笑いあう二人に舞はそっぽを向いてしまう。
距離と見張りという役割さえなければ二人にチョップの嵐を叩き込んでいたところだろう。
「心配するなって。データを吸い出すだけ吸い出してとっとと終わらせるから・・・・なっ、と」
祐一がそう言ってキーボードを強く叩いたと同時に―――
部屋の中、いや基地全体が赤いランプと共に警報に包まれた。
「まずいっ!気づかれたかっ!?」
「・・・・・・祐一」
「いや、俺のせいじゃないって!!」
ジロリと睨む舞に慌てて弁解する祐一だが既に状況はそんなことを言っている場合ではない。
「二人とも早くここから出ますよ!」
手早く作業を中断した佐祐理が二人に呼びかける。
「わかってるっ。これで・・・・・よしっ」
限られた時間の間に引き出したありったけの情報を自分のポータブルコンピュータに詰め込んだ祐一は最後の仕上げとして二つのプログラムを送り込む。
「祐一っ、早くっ」
舞の短い叫びと共に祐一も弾かれた様に行動を開始する。
部屋を出ると同時に駆けつけた警備兵二人と鉢合わせになる。
警備兵が銃を構える――――間にその懐には舞が飛び込んでいた。
その手には肌身離さず持っていた剣が握られている。
二筋の銀光。
崩れ落ちる二人の警備兵と同時に銃声。
奥の通路から舞を狙おうとしていた警備兵が崩れ落ちる。
「あははーっ、危なかったですね、舞」
撃った銃を下ろすことなく辺りを警戒する佐祐理が舞へと微笑む。
「ありがとう」
「・・・・・・さすが」
(・・・・・絶対この二人オレより強いよ)
祐一が手を出す間もなく、警備員3人を打ち倒した二人に心の内で苦笑する。
3人はひたすら目的の場所を目指して走る。
目指すべき場所は出口―――――――ではなくゾイドの格納庫。
潜入が発覚した場合、限られた出口が塞がれてしまえば脱出は困難となる。
基地の規模から言えば祐一たちが潜入した経路は既に敵に知られていることだろう.。
が、優れたゾイド乗りである3人ならば敵ゾイドの奪取逃亡という敵の裏を掻く強硬手段も可能だ。
こういった事態のためにあらかじめ格納庫の場所は真っ先に調べてある。
「聖さんの作ったプログラム、上手く動いているみたいですね」
「あぁ、敵さんも大分混乱しているようだ」
「はちみつくまさん」
警備兵達の動きには今ひとつ統率が取れていなかった。
祐一が先ほどメインコンピュータに仕込んだ一つ目のファイル。
それは基地の警備・監視系の機能を大きく狂わせ、誤った情報をたれ流す(某目つきの悪い黒づくめの傭兵曰く、聖の性格そのままの)性質の悪いウィルスだった。
そのウィルスの効果によって基地内の情報が錯綜し、警備兵達の足並みが揃っていない。
祐一たち3人からすればその混乱のさなかで格納庫へと辿り着くのはそう難しい話ではなかった。
現れる兵達を舞の剣戟、佐祐理の正確無比な銃撃、気休め程度の祐一のサポートによって打ち倒し、あるいは撒くことで3人は格納庫へ侵入した。
「・・・・・間違いない。浩平が戦ったゾイド同タイプの奴だ」
そこには浩平の戦闘記録に映し出されていたディマンティス、ディロフォースらの小型ゾイドが整然と並び立っていた。
中には見たことのないモグラ型のゾイドも存在する。
だが、状況はそれに対する考察を許さない。
「祐一さんっ」
「ちっ」
佐祐理の叫びと同時にサッと物陰に隠れる3人。
寸暇を置かずに3人が立っていた場所へ銃弾が疾る。
格納庫の警備に見つかった。
いくら誤ったが錯綜しているとはいえ、流石に格納庫の警備をおろそかにしたりはしないらしい。
「祐一、佐祐理。私が囮になるからその隙に・・・」
祐一と佐祐理が反論する前に舞は物陰から飛び出し疾走する。
警備の注意が舞へと注がれる。
そして祐一と佐祐理はその隙を逃すほど愚かではない。
「佐祐理さんっ!」
「はいっ!!」
二人がそれぞれ分散して手近のゾイドへ走る。
祐一はディロフォース。
佐祐理はモグラ型ゾイド、グランチャーへと飛び乗る。
如何に初めて乗った機体だろうと、ゾイドの基本操作そのものは大きく変わることはない。
汎用性を欠いた量産兵器など欠陥品以外の何者でもない。
ディロフォースの剥き出しのコックピットに乗り込んだ祐一は躊躇うことなく、舞を庇う様に警備兵との間に機体を滑り込ませる。
そして間髪いれずに口内の小型荷電粒子砲を発射する。
出力はジェノザウラーなど比較にならないほど低いがそれでも警備兵達の足場を崩し、混乱を誘うには十分だった。
「舞っ、今のうちにだ!!」
祐一に言われるまでもなく舞は手近のディロフォースへと乗り移る。
他に中型以上のゾイドがあればそちらに乗ることも考えたが、この格納庫には小型3種しか存在していなかった。
祐一と舞が周りの機体、あるいは施設に粒子法砲放ち、さらに基地の混乱をあおる。
そして一撃を加えた時点ですばやく3機の機体は基地からの脱出を図る。
以下に祐一達の腕が優れていようとも数で攻められてはひとたまりもない。
3機が全速で疾走し、地下通路の出口が見えたその瞬間、祐一の背筋を悪寒が駆け抜けた。
理屈も根拠もない、ただ戦士としての本能が告げた警告。
「――――止まれ、みんなっ!!」
「っ!!」
「!?」
3機のゾイドが止まったその眼前―――外を繋ぐ出口を塞ぐように圧倒的な光が満たされる。
見間違うはずもない破壊の光。荷電粒子の渦だった。
「――――ちっ!」
「はぇ〜」
「・・・・・」
3人の額に冷や汗が伝う。
もし、そのまま出口へと駆け抜けていたら今の光に飲み込まれ一瞬で消滅していただろう。
荷電粒子の光が途切れた瞬間、見計らい3機が外へと飛び出す。
「・・・・・・・へぇ、よく今のに飛び込まなかったものね」
外へと飛び出した祐一達の横手からゆらりと一機のゾイドが姿を表す。
「ジェノ・・・ザウラー・・・・・」
祐一が戦慄と共に呟く。
青き虐殺竜。しかも一目でそれとわかるカスタムタイプだ。
オーガノイドシステムを制限したジェノザウラーは多数量産されていたが、目の前の機体が発するプレッシャーはそれとは比較にならない。
おそらく浩平のオリジナルジェノザウラーと同等以上の能力をもっていることが見て取れた。
そのコックピットで不敵な笑みを見せる少女―――広瀬真希。
「まいったね、こりゃ・・・・・・」
祐一が緊張に満ちた表情で呟く。
オリジナルジェノザウラーの戦闘力は嫌というほど味わっている祐一たちだ。
それを操る相手の技量を低く見積もることなどできやしない。
今の祐一達には勝ち目はもちろん逃げることさえ難しいだろう。
「スノークリスタル。相沢祐一と川澄舞、それに倉田佐祐理ね」
「佐祐理たちのこと・・・・・ご存知なのですか?」
すぐに祐一達に攻撃を仕掛けないジェノザウラーに疑念を抱きながらも問い返す。
「うふふ、まぁねー。あなた達のことは西方大陸戦争のときからマークしてたのよ」
「へぇ・・・・・そりゃ光栄だ」
「氷上のお気に入りの相沢祐一とその仲間達・・・・・どこまで楽しませてくれるのかしら」
「・・・・・・氷上だと?」
狂気を秘めた笑みを浮かべる広瀬と、氷上の名に顔を強張せる祐一。
じりじりと一歩近づいてくるジェノザウラーとの距離を取ろうと祐一達も後退していく。
「そ、あいつ随分あんたのこと買ってるわよ」
「・・・・・・・男にそんなこと言われてもちっとも嬉しくないけどな」
過去形ではない現在進行形の物言いに祐一の内心は穏やかではない。
氷上は確かに祐一の手によって倒された。
ゾイドの残骸から脱出した形跡など見つからなかった。そして死体とおぼしきものも。
「ふふっ、まぁあのデススティンガーを止めたんだからあいつの目も節穴じゃないみたいだけど・・・」
そんな祐一の心境をあざ笑うかのように広瀬は悠然とした態度を崩さない。
「基地に侵入者がいるって聞いたときは流石に驚いたけど、まさかそれがあなた達だったとはねぇ・・・」
恍惚すら浮かべていた広瀬の瞳が唐突に獲物を狙う猛獣のそれへと変貌する。
「せいぜい楽しませてちょうだいっ!!」
広瀬の声と同時に突撃するジェノザウラー。
祐一のディロフォースは瞬時に飛びのいてキラークローの一撃をかわす。
だが、それで精一杯。
反撃の一撃を見舞う暇もない。
「くっ・・・・そぉっ!!」
全員を冷や汗が伝う。
こんな小型の機体では直撃どころかかすり傷一つで致命傷になりかねない。
「・・・・・っ!」
舞のディロフォースが粒子砲を撃つがジェノザウラーは苦もなくそれを避ける。
頭部の2連ビーム砲を発射する。
佐祐理のグランチャーのすぐ傍に被弾。
「――――――っ!!」
ジェノザウラーが旋回。
尾の一撃が舞のディロフォースの鼻先を掠める。
「あははっ、ホラホラ。もっと真面目にやらないとすぐに終わっちゃうわよっ!」
祐一達3人を翻弄し、嬲るのを心の底から楽しんでいる笑いだった。
それを口惜しいとも思うが、今の祐一たちには攻撃を避けるだけで手一杯だ。
歴然たる戦力差。勝ち目など万に一つもあろうはうがない。
2連パルスレーザー、あるいはキラークローによる攻撃を次々に放つジェノザウラー。
祐一たちは反撃どころか全力で回避を行う事しかできない。
当然の結果としてさほどの間も無く彼らは背後に壁、前方にはジェノザウラーという状況にまで追い込まれていた。
「そんな鬼ごっこはもう終わりかしら?」
追い詰めたねずみの様子を楽しむように広瀬が笑う。
「どうやら、そうみたいだな」
広瀬が律儀に答える祐一に眉根を寄せた次の瞬間――――祐一の口端が持ち上がり笑みをかたどる。
「時間稼ぎはここまだ」
祐一の宣言と同時にジェノザウラーのコックピット内に警告音が鳴り響く。
その音の意味を察する前に広瀬はその場を飛びのく。
ジェノザウラーがいた場所を直撃するのは超遠距離からの砲撃。
だが、ジェノザウラーを狙う攻撃の手は一つではない。
飛びのいたジェノザウラーを背後から強襲する黒影。
「ライトニングサイクス!?」
振り下ろされたクローの一撃を自らの爪で打ち払うジェノザウラー。
初撃を防がれた美汐のサイクスは迷うことなく走り抜き、ジェノザウラーとの距離を取る。
それを見たジェノザウラーが反撃の一打を放とうとした瞬間に横手からもう一つの黒影が迫る。
「スットライクッレァァァクロォォォォ!!!」
光学迷彩を解除し、超至近距離から光り輝く爪を振りぬく真琴のシャドーフォックス。
「こっのぉぉぉぉぉっ!!」
フォックスのクローが直撃するかと思われた瞬間、ジェノザウラーが驚異的な反応速度で体を捌き、その一撃を受け流す。
だけでは終わらずそのまま回転の勢いを利用した尾の一撃をフォックスに放つ。
「わぁっ」
慌てて尾の一撃をかわした真琴は冷や汗を掻きながらも、美汐同様にジェノザウラーとの間合いを広げる。
「あぅーっ、美汐と真琴のコンビネーションアタックをかわすなんて生意気ようっ!!」
「落ち着いて、真琴・・・・油断のならない相手のようですから」
必殺の一撃を鮮やかに凌がれ地団太を踏む真琴と、広瀬の技量に感嘆する美汐。
「伏兵がいたとはね・・・・」
今の一撃は広瀬にとても楽観できるものではなかった。
額に流れる一筋の汗がそれを何よりも物語っている。
いなした一撃も無傷とは言えず、ジェノザウラーの装甲に大きな傷を残している。
「・・・・っ!」
ハッとなった広瀬が慌てて祐一たちのいた場所を振り向くがすでに3人の機体の気配はない。
最初の砲撃でジェノザウラーが飛びのいた瞬間に撤収を始めていたのだ。
「やってくれるわね・・・・・・!」
まんまと祐一たちを逃したことに怒りを覚えた広瀬の顔が朱に染まる。
ジェノザウラーの攻撃を避けつつも最初から祐一たちはこれを狙っていたのだ。
広瀬の脳裏に最後に見た祐一の表情が甦る。
それは嘲笑。
「ふふっ・・・・あははははっ!」
突如笑い出した広瀬に不吉なものを感じ、真琴と美汐が身構える。
「上等じゃない・・・・・・っ!!!一人残らずこの地上から消し去ってあげるわっ!!」
凶笑が一転し、赫怒に満ちた表情へと変わる。
「ふんだっ!ほえ面かくのはそっちなんだからねっ!」
真琴のフォックスと美汐のサイクスが同時に走り出す。
ジェノザウラーを間に挟んでの交差攻撃。
ジェノザウラーが2機の射撃をかわしたところにフォックスとサイクスが同時に飛び込む。
「舐めるんじゃないわよ!!」
ジェノザウラーの首を狙ったサイクスの牙は首をかしげてかわし、逆に頭突きを打ち込む。
背後から飛び掛るフォックスを尾でなぎ払う。
ジェノザウラーの反撃を受けながらも2機は―――受けた反撃の勢いも利用し――走り抜ける。
「―――っ!!」
広瀬がジェノザウラーの足元に転がるものに気づいた瞬間、それは強烈な光を放ち、辺りを包み込む。
「閃光弾!?」
「へっへーんだっ!!バーカ、バーカ!!」
光に紛れて真琴の声がこだまする。
「このっ・・・・!!」
頭に血が上った広瀬はないふり構わずに荷電粒子砲の発射体勢をとる。
狙いなど定めていない。
ただ怒りの赴くままに荷電粒子砲のトリガーを引き絞る。
「なめるんじゃないわよっ―――――――!!」
出力全開。加減、遠慮、警戒、その他一切を排除した、ただ怒りに任せた一撃が放たれる。
白光を突き抜ける青き破壊の閃光。
たが、それらが真琴や美汐の機体を貫くことは無く、ただ木々を消し去るのみ。
辺り一体を包んだ閃光が姿を消し、そこには蒼い虐殺竜ただ一機が佇んでいた。
既にサイクスもシャドーフォックスも視界に映っていなければレーダー内に反応はない。
「あははっ・・・・このあたしが完全に出し抜かれたわけね」
ジェノザウラーのコックピットの中で一人広瀬は笑っていた。
「スノークリスタル・・・・相沢祐一・・・・川澄舞・・・・倉田佐祐理・・・・天野美汐・・・・沢渡真琴・・・・この代償は高く付くわよ?」
笑っている口調とは裏腹に広瀬の目には激しい怒りの炎と狂気が満ちていた。
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UPDATE 2006/7/13