リリカルブレイカー

 

第6話 『俺の声が聞こえるか』

 

 


 あ……ありのまま今起こったことを話すぜ!

 両腕両足がまずボキッと折れて、そこにロッ骨にヒビが入り、ちょっと苦しくてうずくまったところに小錦がドスンと乗ってきた痛みがしたと思ったら、魔王とフェイトにデバイスを向けられていた。何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何が起きたのかわからなかった。
  素で何が起きたのかさっぱりわからない。そもそも俺は何をしていたんだっけ?と考えて、ジュエルシードの発動に巻き込まれたことを思い出し、体を動かそう としてその感覚がないことに気付く。そして認識する。自分がどこか見覚えのあるドラゴンになっている。いや、その中にいる、というべきだろうか。
 おk、状況把握。ジュエルシードの暴走体に取り込まれて、これからなのはとフェイトによるスーパーフルボッコタイムですね。
 うわぁ。
 さっきの痛みはフォトンランサーとかディバインシューターを雨あられと食らったんだろうか。……バスターとかスマッシャーはもっと痛いのか。イヤ過ぎる。
 そんなことを考えていると、ドラゴンは翼をはためかせて空中へと飛び上がる。
 速ぇ。自分自身が空を飛ぶ……と言うよりは空飛ぶ缶詰の中にいる感覚に戸惑いながら、声を出したり、このドラゴンを動かそうとするのだがこれと言った変化はない。
 むぅ、視覚と思考以外はどうにもならんらしい。
 痛いのはイヤだが仕方ない。おとなしくなのは達のスーパーフルボッコを味わうしかないのだろう。あの二人がいるのならば、この状況はすぐに解決する。
 そんな楽観を抱きながら、これから始まるスーパーフルボッコタイムに戦々恐々な俺だった。





 風を切り裂きながら竜は一直線にフェイトとアルフに向かって飛翔する。

「さっきよりも速いっ!?」
「くっ!」

 その巨体ゆえに大きく回避行動を取ろうとする二人だが、すれ違いざまに竜が不規則に翼をはためかせて発生させた気流の乱れに捉われ、動きを乱される。
 そこに竜のブレスが薙ぎ払うように撃ち放たれる。
  黒炎とも呼ぶのも生ぬるい苛烈な一撃。先程までは塊として撃ち出されていたそれは奔流となって弧を描く。塊と違い、一度かわしてもそのまま首の向きを傾け るだけで、方向を変えられるのだから厄介なこと極まりない。絶え間なく放たれる奔流にフェイトもアルフも回避行動を取るだけで精一杯。反撃に移る余裕がな い。

「ディバイーン…わきゃうっ!?」
『Round Shield』

 フェイトを援護しようとディバインバスターを撃とうとするなのはだが、魔力の収束を感じた竜は標的をなのはへと変更する。
 すんでのところでラウンドシールドを発動させて直撃を防ぐが、黒炎の奔流はシールドの上からでもなのはの魔力をガリガリと削っていく。

「なのはぁっ!」

 すかさずユーノがチェーンバインドで竜を拘束しようとするが、翼の一振りで絡みついたチェーンを易々と引き千切られてしまう。
 その動作のおかげで、一度はブレスが途切れるが、さほどの間をおかずにユーノに向かって再度撃ち放たれる。

「ユーノくんっ!」

 幸い、ブレスそのものの速度は速くない。シールドを解除したなのはが即座に抱きかかえるようにしてユーノを保護する。

「あんな威力の攻撃をタメ無しで撃ってくるなんて反則だよーっ!!」

 奔流から逃げ惑いながら叫ぶなのは。
 なのはの叫びにユーノも心の底から同意する。
 竜のブレスとなのはのディバインバスター。直接ぶつかり合えばおそらくなのはが押し切るだろう。だがディバインバスターの発射には若干の溜めを必要とするに対し、竜のブレスにはそれがない。威力そのものに大きな差がないのにこれでは、なのはが反則と嘆くのも仕方ない。

「ディバイン・シューター!シュートッ!」

 なのはが発動したのは対フェイト用に覚えた魔力誘導弾、ディバインシューター。
 複数の魔力弾は弾速こそ遅いものの、チャージや大掛かりな魔法陣制御を必要としない為、発射速度と連射性能に優れる。威力そのものもディバインバスターには及ばないが、自動追尾とバリア貫通能力を付与してあるため、牽制には最適と言えるだろう。
 高速移動しながら発射された魔力弾は、桜色の弧を描きながら竜へと次々に着弾する。

「やったっ!?」
「いや、まだだっ!」

 着弾によって生じた爆煙を、翼の羽ばたきで吹き飛ばした竜の姿は全くの無傷だった。

「うそぉ……」

 確かにディバインバスターよりも威力は低いが、それでも並の魔導師に直撃すれば一撃で昏倒させる程の威力はあるのだ。
 全弾命中したにも関わらず、堪えた様子すらないのは流石のなのはもショックを隠しきれない。
 竜は低く唸りながらなのはへと視線を向けて吼える。真紅の瞳に怒りを湛えた竜がなのは達に向かって羽ばたこうとした瞬間――雷撃の弾丸が竜の翼目掛けて撃ち放たれる。その衝撃に踏鞴を踏んだ竜が振り返るも、雷撃が繰り出された方向には無人の空が広がるばかり。

「はああああぁっ!!」

 そこを狙って繰り出されたのは、竜の顎を狙い済ましたアルフ渾身の一撃。全身で体当たりするような勢いで竜の下顎を拳で打ち抜く。
 さすがの巨体も頭を揺さぶる一撃は効いたのか、グラリとその巨体が揺れる。

「よ……っし?」

 確かな手ごたえを感じて竜を振り返るアルフが見たものは、打ち抜かれた顎を大きく開き、今にも放たれようとしている黒炎のゆらぎだった。
タラリとアルフの額を冷や汗が伝う。

『Thunder rage get set』
『stand by ready』

 雷光が竜の巨体を絡め取るように拘束する。

「サンダーレイジッ!!」
「ディバインバスターッ!!」

 そこに降り注ぐ幾筋もの雷光と桜色の閃光が十字の形となって竜を射抜く。響き渡る竜の苦痛の叫び。
 だが、この一撃をもってしても竜はなお健在だった。体表を覆う鱗はところどころ剥がれ落ち、少なくないダメージを負ってはいるように見えるが、五体そのものは全くの無事だ。
 むしろ生半可に傷つけた分、却って怒らせてしまっただけのようにも見える。

「これは……」
「ちょっとまずいねぇ」

 真紅の瞳に怒りを滾らせて吼える竜の姿に、ユーノとアルフの呟きが重なる。
  ディバインバスターとサンダーレイジ。なのはとフェイトの攻撃魔法の中でも共に上位の威力を誇る魔法である。それが直撃してなお、あの程度のダメージでは 撃墜は容易ではない。なのはもフェイトもより威力の高い攻撃手段は存在するが、それを撃つチャンスを得られるかどうかが問題であった。
 バインドを容易に無理やり引き千切る膂力に加えて、冗談みたいな速射性を持った火力と悪夢のような装甲。全く持って化け物と呼ぶに相応しい存在だった。





 ――――何、この無茶苦茶な強さ。
 目の前で繰り広げられる悪夢みたいな光景に絶句していた。いやいやいやいやマジありえねぇ。
 なんなの、こいつのアホみたいな強さ。AAAクラスの魔導師が二人もいるのだからすぐに封印されるだろうと楽観していたのだが、それは大いに誤った認識だったらしい。逆に圧倒するとかどんだけだよ。
 もし、今自分の顔を鏡で見ることができれば、全身蒼白で冷や汗を流しているに違いない。バスターとサンダーレイジ喰らって堪えてないってどんだけ硬いんだよ。
 おまけにその痛みはきっちり俺に伝わってるのだから始末に負えない。目が覚めた時程ではないが、全身を思いっきり叩きつけられた様な痛みが体を苛んでいる。
 俺の体がちゃんとあるのならボロボロ涙が零れてるところである。俺涙目ってレベルじゃねぇ。
 いや、そんなことはどうでも良い。俺のことよりフェイトやなのは達がヤバイ。俺のせいであいつら怪我なんてさせたくない、
 体の自由が効かないとか言っている場合じゃなかった。何が何でもこのドラゴンを押さえつけなければならない。
 こんな状態でどこまでジュエルシードの力に抗えるのかはわからない。そもそも俺にそんなことが可能なのかどうか。
 だけどもやるしかない。俺のせいであんな小さな子供が傷付くところなんて絶対に見たくないのだから。
 体の感覚がない以上、今の俺にできるのはただ念じる。
 止まれ、止まれと強く。




 間断ない黒炎の奔流に晒され、なのはとフェイト、共に攻める機会を失っていた。
 正確に言えば、アクセルシューターやフォトンランサーなどは何度も撃ち込んでいるのだが、それらの攻撃ではせいぜいブレスを数瞬止める程度の役目しか果たさない。
 竜自身の攻撃もブレスだけでなく、翼や尾による直接打撃や翼の羽ばたきによって起こされる突風など多岐に渡るようになっている。
 おまけに固定砲台のようにその場で静止するのではなく、ドラゴン自身も空中を絶え間なく移動しながら攻撃するスタイルに切り替えてきた。
 ユーノやアルフがそれぞれ防御のサポートに入ってるため、ダメージらしいダメージは受けていないが、このままではいずれこちらが先に力尽きてしまうのは明白だろう。
 それがわかっているからこそ焦りが生じ、隙ができる。

「フェイトォッ!」

 竜の突進によりアルフが分断され、さらに翼から繰り出される突風の衝撃に吹き飛ばされるフェイト。

「くっ!」

 体勢を整える為にフェイトの動きが一瞬止まる。
 振り抜かれる竜の尾。回避も防御も間に合わない。

「フェイトちゃんっ!」

 そこに割り込んだのは白い影。唸りを上げて迫る尾の一撃に押されながらも、魔法陣の輝きが衝撃を相殺する。

「お願い、フェイトちゃん!力を貸して!」

 一度止められながらもなお、振りぬこうとする尾の一撃に顔をしかめながらも少女は懇願する。

「フェイトちゃんにも戦う理由があるのはわかるけど!だけど、今だけは力を貸して欲しいの!私の……大切な友達を、ゆーとくんを助けるために!」

 なのはに脳裏に浮かぶ、友達の姿。いつもすまし顔で人のことをおちょくってばかり。そのくせ、こっちが落ち込んだときには不敵な笑みを浮かべて励ましてくれた。
 その友達が今、目の前で危ない目に遭っているのだ。一分一秒でも早く助け出す。その為には形振りかまっていられない。

「友達……」
「フェイトちゃんも知ってるでしょっ、ゆーとくんのこと!」

 なのはに問われるフェイトだが、そんな聞き覚えのない名前を聞かされても首を傾げざるを得ない。そもそもフェイトと関わった人間なんて片手で足る程にしかいないのだ。
 そんな人物に心当たりなどない――と言おうとして一人の子供の顔が思い浮かんだ。

「なのはぁっ!」
「こいつっ!」

 ユーノとアルフのバインドが竜の尾を縛り付ける。二人のバインドはさほどの間を置かずに破壊されるが、なのはとフェイトの二人が離脱する間を作るにはそれで充分。

「あの子があのドラゴンの中に……?」

 ジュエルシードを自分に渡した少年。ただの子供にしか見えなかったがこの世界の住人が知るはずもないことを次々と言ってのけた怪しい少年。
 自分から食事を奢ると誘いながらもお金が足りず、結局自分も足りない分を払った。その時の落ち込みようがあまりにも滑稽で可笑しくて、後で思い出したとき自分でも知らない内に笑みを零していた。
 自分が良いと言ってるにも関わらず、足りなかった分のお金を必ず返すと言って泣きながら去っていったおかしな少年。
 そもそもお互いのことを知らないのにどうやってまた会うつもりだったのだろうか?
 あれがリニスに聞いたことのあるお笑い芸人、というモノだったのだろうかと真剣に考えたこともあった。
 考えれば考えるほどに突っ込みどころしか浮かばなかった少年の顔を思い浮かべる。

「わたし達だけじゃあのジュエルシードは封印できない……でも、みんなでやれば!」

 あの白い子の言うとおりだった。あのジュエルシードの暴走体であるドラゴンは手強い。
 今までのようにお互いが好き勝手に戦って、その隙を突くだけではあのドラゴンを落とすには足りない。
 自分とアルフだけでは力が足りない。でもあの子の言うように力を合わせれば。

「アルフ」
「あー、はいはい。一時休戦だね。わかってるよ。この際だからしょーがないね」

 自分が言葉を発するまでもなく、アルフはその意図を察してくれる。元々あのジュエルシードを強制発動させたのは自分たちだ。
 ならばそれに巻き込んだ責任は取らなければならない。

『さっきの砲撃より強い魔法、ある?』

 竜のブレスをかわしながら白い子に念話を飛ばす。
 自分の最強の攻撃魔法を使えば必ずあの竜へダメージを与えられる。だが、それを持ってしても仕留め切れない可能性がある。
 確実にあのドラゴンを仕留める為にはもう一手欲しい。

『……うん!あるある!とっておきのおっきいのがあるよ!』

 フェイトの意図することが伝わったのだろう。なのはは弾んだ声で念話を返す。
 フェイトと協力できることがよほど嬉しいのだろう。もしくは友達とやらを助け出せる確率が上がったからか。
 お互いに回避行動を取りながら垣間見たその表情は笑顔だった。

『でも、その分時間がかかっちゃう……シュート!』

 翼による一撃から後退しながらディバインシューターを撃ち込む。
文字通りけん制にしかならない一撃だが、反撃できる時にしておかないと一気に押し込まれてしまう。

『私も同じ。だから――』

 強い攻撃にはそれだけチャージに時間がかかる。それはフェイトにも同じことが言えた。

「ぼくたちでその時間を作る!」
「そういうこと!」

 ユーノのバインドが巨体を拘束し、そこにアルフが拳を撃ち込む。
巨体が揺るぐのは一瞬。そのまま追撃して反撃を受けるような愚を犯さず、即座に離脱する。

「アーク・セイバァーッ!」

 バインドを引き千切った竜がそれを追う前に、金色の刃が竜の頭めがけて飛来する。絶妙な角度で振るわれた翼が刃を弾き飛ばす。

「今」
「うん!バスター!!」

 間髪おかずに桜色の奔流が逆方向から撃ち放たれる。
回避が間に合わないと判断した竜は黒炎を撃ち放つ。
激突する黒炎と桜色の閃光が拮抗するのは数秒。

「ちっこいの!」
「わかってる!」

 幾重にも施されたバインドが竜の口を塞ぐように放たれる。拘束できるのはほんの一瞬でも、戦いにおいてはその一瞬が大きな隙を生み出すこともある。
 事実、ほんのわずかに弱まった黒炎を桜色の光が一気に飲み込み、竜の頭部を打ち据える。揺らいだ巨体はすぐに持ち直し、高速飛行からのブレスが孤を描く。
 ディバインバスターでは決定打足りえない。だが、確実にそのダメージは蓄積していく。今程度のダメージでは必殺の一撃を放つためのチャージ時間を稼げない。ならばそれができる程度までにダメージを与えて弱らせる必要がある。

「シュート!」

 ディバインシューターを竜の眼前で誘爆させる。目晦まし。

「はああぁっ!」

 念話による打ち合わせどおりのタイミング。
 竜が視界を失ったわずかの隙をついてフェイトが一気に接近し、刃を振り下ろす。最も防御が薄く、脆い箇所。紅き瞳へと。
 竜の絶叫が響き渡る。

「いける!いけるよ、フェイトちゃん!」
「うん」

 互いに好き勝手に動くのではない。
 お互いがお互いにタイミングを合わせていくことで防御に余裕が生まれ、攻撃のチャンスが増えていく。
 四人全員がその確かな手応えを感じていた。





 それからどれだけの時間が経ったのだろうか。

「たくっ!どんだけタフなんだいっ!」

 アルフの自棄になったような叫びに誰もが頷く。
 竜の牙を。ブレスを。翼を。どれだけの回数を防御、回避をしてきたのだろう。どれだけの攻撃を撃ち込んだのか。
 確かにダメージは蓄積し、ドラゴンの動きも鈍りその力にも衰えが見え始めた。


 ――――だが、それ以上になのは達の消耗が激しかった。

 魔法の行使に消耗するのは魔力だけではない。長時間動き続ければ気力も体力も消耗する。敵が気を抜けない強敵であればあるほど、その消耗の度合いは激しい。
 なのはもフェイトも肩で息をしている。アルフとユーノもそれは変わりない。
 決めの一手を撃つだけの余力は残してある。だが、それを決めるための布石を打つ力が残っていない。後一手。ほんのわずかなピースが足りない。

「このぉっ!!」

 一瞬の隙をついてフェイトが竜の首の根元へと取り付く。

『Thunder smasher』

 零距離射撃。その一撃は確かにより強いダメージを与えるが、同時にフェイトの隙を作ることになる。

「あ」

 咆哮と共に竜の体が旋回し、振り落とされる。

「フェイトちゃん!」
「フェイトォッ!」

 なのはとアルフの叫びが重なる。
 無防備なフェイトに振り下ろされる翼の一撃。回避も防御も援護も間に合わない。
 次の瞬間に訪れる自らの結末を想像して反射的に目を閉じるフェイト。
 風圧がフェイトの全身をさらう。




「…………?」

 だが、その次に訪れるはずの衝撃が訪れない。
恐る恐る目を開いて見れば、竜の一撃はフェイトに当たるほんの数センチ手前で静止していた。

「どういう……こと?」

 呆然としたなのはの呟きに答えるものはいない。
何故、竜が動きを止めたのか。
誰も答えを出せずに、ただただ見守っていた。


(俺の声が聞こえるかっ!!)


 静寂を打ち破ったのは一つの声。なのはとユーノにとっては聞き慣れた。フェイトにとっては聞き覚えのある。アルフにとっては初めて聞く声。
 少年の声が確かに全員の脳裏に響いていた。

「ゆーとくん!?」

(フェイト!なのは!俺がこいつを抑えてるうちに……早くっ!)

 その声は苦しげに震えていた。気付けば竜は何かに耐えるように小刻みに震えて出している。それに気付いたフェイトは即座に離脱して距離を取る。
 もはや何が起きているかは明白だ。取り込まれたはずの少年の意識が、あの竜の動きを抑えているのだろう。

「ゆーとくん、大丈夫なの!?」
(全然っ!大丈夫じゃねぇっ!大丈夫じゃねぇけど早くジュエルシードをっ……封、いんっ!早く……じゃないとっ!虹吹いた写メばらまく……っ!」
「なななっ!だから虹なんて吹いてないってばーっ!!」

 フェイトにとって、会話の最後の部分は意味不明だったが、口調とは裏腹に意外と余裕がありそうな少年の様子になのはとユーノ、ともどもホッと安堵のため息を漏らす。
 だが、あまり時間の猶予は無さそうだ。黒竜は咆哮を上げながら、その体を動かそうとしている。

(アルフっ!ユーノ!バインドをっ!……俺だけじゃ、持たないっ!)

 少年の叫びにバインドが幾重にも竜の体へと絡み付いていく。
 体の制御を取り戻したのか、魔力の鎖に抗い暴れ出し始めるが、戒めを破ることができない。今までのダメージに加え、少年の抑えが効いている為か、ギリギリの所で拘束できている。

「なのはっ!」
「フェイトっ!」

 二人が呼びかけるまでも無く、なのはとフェイトはそれぞれの最強の攻撃を繰り出す準備をしていた。

『Phalanx Shift』
「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

 フェイトの詠唱と共に周囲には次々と光球が浮かび上がっていく。瞬く間にその数を増やし、その総数は30を超える。その全てが連射型の大型光球。合計38個のフォトンスフィアから毎秒7発の斉射を4秒継続し、総数1064発のフォトンランサーで敵を撃ち貫く。
 師であるリニスによって伝えられた現在のフェイトの最大最強の攻撃魔法。


「ゆーとくん……絶対に助けるよ!」
『Starlight Breaker』

 深呼吸と共にシーリングモードに変形したレイジングハートを高々と掲げる。なのはの周囲に桜色の閃光が次々と現れ、前方に設置した巨大な魔法陣の中央へと収束していく。
 その光景は、名前の由来となった星空に流星が落ちる様、「星の光(スターライト)」を幻想させ、更に輝きを増していく。
 なのはが今までに使用した魔力だけでなく、他の魔導師が使用した周囲の魔力残滓さえも収束・再利用することで、術者の限界を超えた威力を叩き出す必殺必倒の攻撃魔法。

 必死に拘束を逃れようとして暴れる竜を押さえながら、その中にいる少年はその光景を見て思った。



――――死ぬ。絶対に死ぬ。



 非殺傷設定。物理的なダメージを与えない純粋魔力攻撃。だが、それはあくまで肉体が傷付かないだけの話で痛みは当然ある。
 今までに食らった攻撃でも泣くほど痛かった。だが、これから自分が受けるであろう攻撃はそれら全てを足してなお、お釣りが来るであろうほどの威力を誇ることは想像に難くない。
 それがAAAクラスの二人の魔導師から同時に繰り出されるのだ。


――逃げたい。今すぐ竜の拘束を解除して本気で逃げたい。


 だが、そうなればあの少女達を今度こそ傷付けてしまう。意識を取り戻して以来、ずっと竜の動きを止めようと念じていたが、それが叶ったのはフェイトの零距離を受けた直後だ。
 それまでに蓄積されたダメージと、彼女の与えたショックでようやく自分の意識を表に出せるようになったのだ。
 次も上手くいくとは限らないし、なにより彼女達に余力は残っていない。
 自分の選択肢がないことに少年は絶望し、これから起こる運命を受け入れた。


「フォトンランサー・ファランクスシフト……ッ!」
「これが私の全力全開!」

 そんな少年の悲壮な決意を知ることなく、二人の少女は全ての力を注ぎ込む。

「撃ち砕け……!」
「スターライト……ッ!」

 38個のフォトンスフィアが激しいスパークを起こし、桜色の光球は直径1メートルを超えてなお輝きを増す。

「ファイアッ!!」
「ブレイカ――ッ!!」

 そしてそれぞれのトリガーが引かれる。

 無数の雷の槍が。
 桜色の閃光が柱となって。
 轟音と共に竜の姿を飲み込み、断末魔の叫びが響き渡る。


「うわぁ……」
「……死んだ、かな」


 その凄まじい光景を見た使い魔とフェレットもどきは、同時に引きつった顔で呟いた。
 二人は確かに聞いた。
 断末魔の叫びは竜のものだけではない。
「うぎゃ―――――ーっ!!」と少年の絶叫が確かに二人の耳には届いていたのである。





■PREVIEW NEXT EPISODE■

仮初とはいえ、フェイトと力を合わせたなのはは確かな手ごたえを感じていた。
そしてなのはとフェイト。
彼女らの力によって救われた勇斗もまた新たな力に目覚めようとしていた。

勇斗『秘密』

 

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UP DATE 09/6/26

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